途中で「コナンの二次創作を読んでるんだよな……?」って思っても安心してください、ちゃんとコナンです。
16/12/1 本文加筆修正
彼女と初めて会った時の衝撃を、僕は一生忘れないだろう。
黒づくめの組織に潜入し、ようやくコードネーム"Bourbon"を与えられたばかりの頃の任務の時のことだ。
パーティーに潜入し、とある重役数人から情報を引き出し、場合によっては始末しろというよくあるものだった。同じ任務につくのは、ベルモットと、シードルという未だ顔を合わせたことのない幹部だった。
「あら、私とバーボンだけじゃなくてシードルも使うのね。」
「ベルモットは知っているんですね、どんな方なんですか? このシードルという人は。」
「バーボンはまだ会ったことなかったかしら? 面白いやつよ。」
僕の質問に具体的な答えを返さず、ふふふ、と妖しく笑って彼女は去っていった。
シードルという幹部について、僕が知っていることはあまり多くない。独自の広い情報網を有すること。ベルモットと並んであの方やラムに気に入られているにも関わらず、幹部の人間にあまり悪感情を抱かれていないということ。そして、女性であること。
組織の情報を探るために高い地位にいながら、比較的近づきやすいベルモットと関係を深めようとしたが、思った以上にガードが堅く情報を引き出せないでいた。ベルモットは組織の構成員にすら手の内を見せない徹底的な秘密主義だったからだ。その信条は組織内部からも不信感を募らせるもの。ベルモットから情報を奪うのは至難の業だとすぐに分かった。
組織は裏切り者には爪のカケラほどの慈悲も見せない。昨日まで一緒に酒を飲んでいた仲であろうとなんの躊躇も見せず引き金を引く。公安の人間だとバレないためには慎重すぎるほどに慎重にならなくてはならない。手の内の分からないベルモットに不用意に近づくのは危険だった。
そういうわけでシードルの存在は渡りに船とも言える。まだ断言は出来ないが、ベルモットより取り入りやすいかもしれない。
突然舞い込んできたチャンス、逃すわけにはいかない。そう意気込んで、懐から携帯を取り出した。
***
複数あるセーフハウスの一つ、住宅街にひっそりと佇む小さなマンションに僕は訪れていた。鍵を開けて中に入り、後ろ手に鍵をかけ直す。玄関には見慣れた靴が二足、きちんと並べて置かれていた。その隣に自分の靴を並べて置く。そして廊下の突き当りにあるリビングへのドアを開き、ソファーに座っていた信頼する仲間に声をかけた。
「ただいま、スコッチ。」
「お帰り、バーボン。」
道すがら買ってきた缶ビールと枝豆などの簡単なつまみをローテーブルに雑に並べる。油断ならないスパイ生活において、アルコールは手っ取り早くリラックスできる便利なツールだ。勿論二日酔いなどという不様なことにはならないよう度数も量も控えめにしなければならないが、それでも気の置けない友との晩酌は僕にとって数少ない癒やしの一つであった。
「今日もお疲れ。」
「ああ、スコッチもな。」
プルタブを開けた缶同士をカツンと軽く打ち鳴らして一気に中身を煽る。ビールの苦味とアルコールの辛味が口内に広がった。少し前はビールの美味しさがよくわからなくて避けていたが、スコッチに合わせて飲むようになってからは段々美味しく感じるようになった。
缶から口を離して、ほっと息をつく。組織内では常に緊張状態で息が詰まる。隙を見せたら死ぬかもしれないのだから。任務を請け負ったのは自分の意志でもあったけれど、四六時中気を張って仮面を被り続けるのは流石に疲れる。そういう点では、スコッチに本当に感謝している。たった一人で組織に潜入するのと、一人でも頼れる仲間がいるのとでは全然違う。
枝豆をつまみつつ雑談を続ける。今のところスパイ疑惑はかけられていないが、いつ何時どこから情報が漏れるか分からない。あまり言いたくはないが、どちらかが死んだとしても、こうやってこまめに情報を共有することで公安に情報を届けられる可能性が高まる。だが、正直スコッチを失うような状況になったら、自分が何をするか分からない。組織に潜入しているということを忘れなければいいのだが。
「――あ、そうだ。シードルのことは知ってるよな?」
「ベルモットの代わりになりそうな幹部のことだろ? 彼女がどうかしたのか?」
「今度同じ任務につくことになったんだ。ベルモットも一緒だけどな。」
「何!?」
「上手く行けば、組織のことが一気に分かるかもしれない。」
無意識に手に力が入っていたのか、持っていた缶がミシリと悲鳴を上げた。その音に慌てて力を抜く。僕の一連の動作をじっと見ていたスコッチが、眉根をやや寄せて真剣な顔をして言った。
「バーボン、肩の力を抜いておかないと駄目だぞ。油断は禁物といえど、変に力が入り過ぎても怪しまれる。」
「分かってるさ。ただ、ようやくあの方に近づく取っ掛かりができるかもしれないと思うとどうしてもな。」
「そうだな。期待通りだといいんだがなあ。」
「嫌なこと言うなよ。例え駄目だったとしても今まで接触できなかった幹部のことが分かるんだ、一歩進むことには違いない。」
情けない言葉を吐くスコッチをじろりと睨む。同じことを思わなかったわけではないけど、そういうことを口にしたら本当のことになりそうで嫌だった。だから言わなかったのに、と視線に乗せて訴えれば、スコッチは頬を掻いて申し訳無さそうに笑った。
「ははは、悪い悪い。今日は任務のせいでちょっと気が滅入っててな、考えが良くない方に傾いちまう。」
「へえ? 勿論話してくれるんだよな?」
「分かった分かった、話すからそう睨むな。今日やるはめになった任務はな――」
話せば意外と楽になるものだ。共有して、一緒に背負ってやる。そうすれば、この窮屈な生活も耐えられるんだ。それが、組織に潜入してから学んだことの一つでもあった。
スコッチの話を聞きながら、アルコールに酔って一晩を過ごした。
***
潜入予定のパーティーの会場から近くも遠くもないホテルに僕は訪れていた。大理石の床は天井から下げられた豪奢なシャンデリアの光を反射し、毛足の長い絨毯には埃一つ付いてやしない。何もここまでお高いホテルを指定せずとも、と考えて、そういえばあの魔女は世界的な大女優でもあったな、と思い出す。指定された部屋の鍵をフロントで受け取り、複数あるエレベーターの一つに乗り込む。階数を表示するパネルの数字が二桁を超すのを見ながら、昨日突然送られてきたメールの内容を反芻した。
――シードルが、任務前日までには顔合わせしておきたい、と言ったそうだ。大抵の幹部は当日に顔合わせする。情報分野の僕と組む幹部は、ベルモットを除けば殆ど暗殺特化の者ばかりだからだ。標的を陥落させたり、誘き出したりするのはこちらの仕事だが、それまでは殺害を実行する彼らに仕事は殆どない。だから、顔を合わせる必要が無い。しかし今回は割りと特殊な任務だ。僕、ベルモット、シードルは諜報に長ける人間。さっきも言ったが必然的に任務の相方になるのはスナイパーが多い。なのに今回は三人全員での仕事だ。揃って現場に出て、相手から情報を引き出す。こういった場において、連携が出来ないのは致命的だ。口裏を合わせる必要が多少ある。
……任務の詳細は、実はまだ知らない。ベルモットとシードルはラムから直接メールを貰える立場にあるが、僕はそうではないから。彼女達に教えてもらわないと、僕は何も出来ない。普段なら内容は部下を経由してUSBで渡されたり、ベルモット辺りとの任務だったら口頭もしくはメールで伝えられたりするのだが、今回は顔を合わせるのだからと未だに詳細が手に入っていない。今日は任務決行三日前だが、複数ターゲットがいるというのに詳しい打ち合わせがこれからだなんて些か杜撰なのではと溜息を吐きそうになる。
ホテルの中層階で降り、絨毯の敷かれた廊下を進む。目的の部屋はこの長い廊下の一番端、角部屋だ。最も侵入されにくい部屋を選んだのは二人のうちどちらだろうか。発案者のシードルと思うのが妥当か。
などと思いつつ辿り着いた部屋の鍵を開け中に入る。広々とした部屋で息をつく前に、不審物の類がないか粗方調べる。一通りの確認を済ませ、夜景の望める窓際に設置された一人がけのソファーに腰掛けた。
長いような短いような時間の後、突然組織用の携帯が鳴り出した。メールだ。確認すると、全く見覚えのないアドレスからのものだった。内容は、と開いた瞬間、ちょっと疲れてるのかなと思った。
『わたしメリーさん 今✕✕ホテルのロビーにいるの』
ホテル名は丁度僕がいるホテルのものだった。
再びメールの受信音が鳴る。先ほどのものと同じメアドだ。
『わ たしメリーさ ん 今エ レベーターホールにい るの』
『わタ しメ リー さん 今エレベ ーターに乗って ルわ』
『ワたシメリ ーさん 今エレ ベータ ーを降 りタとこ ろよ』
『ワたシメリーさn 今廊下ヲ歩いテルの』
ホラーはお呼びじゃないんですけど、と誤魔化すように呟いた。疲れてるんじゃなくて憑かれてたんですかね。いや悪戯なんでしょうけど。
六回目の受信音が鳴り響く。順当に行って、『今部屋の前にいるの』とかでしょう?
『 もうすぐあえるね 』
ヒュ、と喉が鳴った気がした。
ドンドンドンドンドンドンドンドン。突然響き渡った音に思わず体がビクリと跳ねる。ドアが激しく叩かれているようだ。唾を飲み込み、携帯片手にドアに近づく。悪戯の犯人だろう、驚いたら相手の思う壺だ。そう、こんな悪戯怖くない怖くない。さっきはちょっと油断してただけ。
ドクンドクンという音がする。まるで耳元に心臓があるみたいだ。鼓動と比例して呼吸も速くなる。これじゃまるで怖いと思ってるみたいじゃないか。
ようやくドアの前まで辿り着く。ドアノブに手をかけようとした瞬間、唐突に叩く音が止まった。いなくなったのだろうか、と恐る恐る覗き穴を覗きこむ。
「 あーけーて 」
見えたのは、こちらをじっと見つめる血走った目玉。それを認識したと同時にドア越しに言われた言葉。少女のような、老婆のような、形容しがたい声。
「ひぃっ!?」
観念します怖いです。
携帯を取り落として尻もちをつく。ドアノブが動き、ぎぃ、とゆっくりゆっくりドアが開かれる。鍵かけとけばよかった、なんて後悔しても意味は無い。後悔先に立たず。完全にドアが開く前に、ぎゅっと目を瞑る。なんで僕がこんな目に。ドアの軋む音が止まった。
一分か、それ以上か、はたまた数十秒か。何も起きない。いつまでもこうやってドアの前でへたり込んで目を瞑っているのもアホらしくなり、そっと目を開けた。
目に飛び込んできたのはボサボサの長い黒髪のヒトガタ。
「うわあああ!!」
髪の間から覗く口元が、にんまりと不気味に歪んで、手を伸ばし、
「ドッキリ大成功!」
髪がなくなった。
いや、これだと語弊がある。あの長い黒髪は鬘だったようで、伸ばした手で一気に取り去った。鬘の下から出てきたのは満面の笑みを湛えた子供の顔だった。
「……え、」
「いやあーこんなに怖がってくれるなんてこっちも脅かしがいというものがあるね! あ、大丈夫? 立てる?」
子供は心底楽しいという感情を惜しげも無く前面に押し出した笑顔をこちらに向け、手を差し伸べてきた。しかし油断はできない。組織用の携帯のアドレスを知っていたこと、この部屋の場所に迷わず来たこと、それから察するに、この子供は――
「さっさと立ちなさい、バーボン。それとも怖すぎて腰が抜けちゃったのかしら?」
「ご協力あざっした、ベル姐さん!」
子供の背後から現れたのは金髪の絶世の美女、ベルモットだった。僕を見下すような嘲笑をその秀麗な面立ちに乗せ、真っ赤な口紅の塗られた唇から毒を吐く。そんな彼女を子供は見上げて、ぱあっと笑った。
「……ちょっとびっくりしただけです。」
差し出された手を無視して一人で立ち上がる。子供はきょとんと無視された自分の手を一瞬見やったが、すぐにそっか、と言って引っ込めた。その声に悪感情は見当たらなかった。
子供に急かされてさっきまで僕が座っていたソファーに戻る。ローテーブルを挟んだ向かいの二人がけのソファーに二人は座った。ボク窓際ね! と言って窓に近い方に座った子供を見るベルモットの目が、存外優しかったのが印象的だった。
自分でも書いてる途中で「あれれー? おかしいな~」と思うような謎展開でしたが、まあシードルの性格を如実に表しているので、これはこれでいいかなと投稿した次第です。
安室さんは多分怖いと感じても幽霊はいないと信じて自分の気持ちを誤魔化そうとするタイプだと思います。ただの偏見です。限界点を突破すると普通に怖がりそう。我が家の安室さんはこんなんです。あと意外と俗っぽくてノリが良さそう。
因みにベル姐さんもちょっとノリノリでした。シードルのやらかす悪戯を傍観しつつたまに手を貸す人です。今回は声のお手伝いでした。シードルは別に声を自在に変えられるわけではありませんので。ベル姐さんは結構愉快犯だと良い。
16.0814 訂正・追記 1026 訂正
原作降谷さん年表は下記でとりあえず進めます。降谷さんエリート過ぎワロタ。
二十三歳→警察学校(スコッチ・伊達・松田(?)同期)(萩原は中学とか高校の友人で高卒で警察学校に行ったから早めに警官になってる)(松田さんはよく分からないからとりあえず同期ってことで)
二十四歳→公安になる
めっちゃ優秀で上から一目置かれる
二十四〜二十五歳→優秀さを買われて組織に潜入
ベルモットに取り入る
割りと早くコードネームをもらう
(スコッチも同様)
二十五〜二十六歳→バーボン、スコッチ、ライのスリーマンセル
スコッチ死亡
バーボンはライ絶対殺すマンに進化
二十七歳→ライがFBIだとバレる
二十九歳→原作開始
佐藤刑事も同期なんですかね、高木刑事は一個下ですよね、この六人がどういう関係なのか筆者めちゃくちゃ知りたいなあ〜。
降谷さんが三十路秒読みってだけでやばいのに調べれば調べるほど降谷さんが年齢サバ読んでる疑惑が濃厚になって頭おかしくなりそうです。
松田さんは七年前には機動隊のエース……イコール八年前までには警察学校を卒業。降谷さんはこの時二十一歳です。普通の大学生です。高卒じゃ公安になれないから大学生やってなきゃおかしい。どういうことなんですか青山先生……。
降谷さんサバ読んでるか海外で飛び級大卒してるかしかないんですが。海外の大卒は通用するのでせうか。仕組み複雑すぎて筆者こんがらがってきました。