おいでよ魔導国   作:うぞうむぞう

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説明しなければならない。
説明するには捏造しなければならない。
情報が足りないのです。


魔導国の冒険者

 新たな領域守護者が誕生してから数日。

 バハルス帝国の帝都には既にデス・ナイト三百体、ソウル・イーター三百体が送られていた。これらのアンデッドはアインズの支配下のままであるが、領域守護者であるジルクニフに従うよう命じている。

 逆に帝国からは大量の金品を始め、様々な物資が送り届けられていた。ジルクニフには帝国で流通している金貨二十億枚相当の金品を送るよう申し付けている。

 これは強制徴収したものではなく、デス・ナイトやソウル・イーターの代金でもない。ジルクニフ個人を守護する新たなシモベを召喚するための対価である。ジルクニフにはレベル八十前後のシモベ五体を送る予定だ。

 レベル八十相当のシモベであれば一体の召喚につきユグドラシル金貨三~四千万枚ほどが必要なので、多く見積もっても二億枚――帝国金貨の価値がユグドラシル金貨のおよそ半分としても、相当上乗せしているように思われるだろう。

 この事を誰かに問い詰められたとしたら、アインズはこのように言うつもりだ。これは「手数料」である、と。

 

 手数料分はエクスチェンジボックス――パンドラズ・アクターを音改さんに変身させたうえ――で換金し、アインズのポケットマネーとして補充される算段だ。

 アインズのポケットマネーはシャルティア復活、アルベドのシモベ十五体召喚などで枯渇寸前であったため、これで一安心と胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 エ・ランテルの執務室、革張りの豪華な椅子に深くもたれかけ、アインズは次に何をすべきか天井の八肢の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちを眺めながら考える。

 

「帝国方面はジルクニフに任せておけば問題ないだろう。次は……集まってきた冒険者たちか。アインザックに任せているが――まだまだ冒険に出られそうなチームはいないらしいな。まぁ問題があれば相談に来るだろう。次の件は――」

 

 

 

 エ・ランテルの街には戦争前の活気が戻っていた。

 アンデッドの支配する街というイメージが先行し各国の商人たちが避けていたのが原因だが、帝国が属国になったことでエ・ランテルから退避していた商人が戻り、交易が再開されたためだ。また、数多くの冒険者志願のものたちが押し寄せてきたことも拍車を掛けている。

 とはいえ、超級のアンデッドが街中を闊歩するという恐怖をすぐには拭えないものがほとんどであるが――

 

 そんなエ・ランテルにある冒険者組合、その組合長――プルトン・アインザックは苛立ちを隠せなかった。

 

「全く、どいつもこいつも! 冒険者を舐めるな!」

 

 冒険者を志願する者たちが応接室から出ていくと、アインザックは吐き捨てる。

 

 というのも、連日冒険者を志願するものが後を絶たないのであるが、集まってくるのが銅級、鉄級冒険者ならまだ良い。元農夫やゴロツキなど、まともな喧嘩すら未経験のものが圧倒的に多い。

 その上、冒険に出なくても金はでるのか、出たらいくらもらえるのか等くだらない質問に、何度叩きだそうと考えたことか。

 そのような者達も魔導王陛下から適正を見るように命じられているため無下にはできず、魔術師組合の者やミスリル級冒険者チーム『虹』のモックナックたちを始めとしたエ・ランテル生え抜きの冒険者チーム、それからエ・ランテルの新たな住人――カルネ村より移住してきたゴブリンたち――に協力してもらい、なんとか最低限の身体能力の測定、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の適性能力を見ている状況であった。

 

 ふと、窓の外を眺めると休むことなく働き続けるデス・ナイトやソウル・イーターの姿が目に入った。

 

(……まだ始まったばかりだ。俺も彼らに負けないように頑張らないとな)

 

 

 

「ハァッ!」「フッ!」

 

 威勢の良い声と木剣を打ち付ける音が響く。その数は数百に達していた。

 ここは冒険者訓練所、中でも戦士職を希望する者が集まっている。

 

「そこまで! 今日は終了だ!」

 

 モックナックは訓練生――冒険者見習いたちの中でも実戦経験がないもの――の前で訓練終了を宣言する。

 

「明日はここにいる全員ダンジョンに挑め! 一階層も突破できなかった奴は罰としてエ・ランテルを一周走ってもらう! サボらないようにデス・ナイトが後ろから付いていくからな!」

 

 それを聞いた訓練生たちはその状況を想像して悲鳴を上げる。

 

 連日入ってくる冒険者見習いはとにかく数が多い。本来ならもう少し戦闘の基礎を叩き込んでから実戦に向かわせたいが、そんな余裕はなかった。

 とはいえ、一階層はスケルトンやゾンビばかりだ。特殊攻撃もなく、剣を振る気概さえあれば問題なく踏破できるはずだ。

 

 モックナックは訓練所を出ると、近くにある外周部城壁の階段を上る。途中、警備のデス・ナイトとすれ違いながら城壁の上に到着すると少し離れた場所に佇むダンジョンの入り口を感慨深げに眺める。

 

(ダンジョン、か……早く『虹』の仲間たちと十階層を目指したいものだ)

 

 モックナックは腰に佩いた――五階層踏破の恩賞として頂いた――強い魔力を帯びたロングソードを見つめる。柄にはルーンと呼ばれる特殊な文字が彫られている。

 

 ダンジョンは現在十階層まで作成されている。

 五階層までには難度四十までのアンデッドが配置され、踏破したものを白金級冒険者相当と見做し冒険に出る資格と装備、魔導国冒険者としての給料が与えられている。

 つまり、五階層を抜けられないものは冒険者見習いであり、冒険にも出られず魔導国からの給料ももらえない。手持ちの資産がなければ魔導国からの支給品のみで生活することになる。

 五階層を踏破したのは、現在のところモックナック率いる冒険者チーム『虹』や数えるほどのチームのみだ。

 十階層付近の情報は秘匿されているが、踏破したものはアダマンタイト級冒険者相当とされ、魔導王陛下により貴重な装備が下賜されるそうだ。

 当然のことながら十階層に辿り着いたチームは未だ存在しない――

 

(十階層に辿り着けば、組合長が魔導王陛下より賜った強大な魔力を秘めた短剣と同等――いや、それ以上の武器や防具が頂けるかもしれない。そして、アダマンタイト級冒険者の称号――モモン殿の領域に踏み込むことも不可能ではない)

 

 モックナックは未来の自分の姿を思い浮かべ、鼓動が高鳴るのを感じていた。

 

 

 

 

「すまないな、モックナック。本来ならダンジョンの深層に挑んだり、冒険の旅に出られるというのに……新人育成に付き合わせてしまって」

 

 アインザックは一日の冒険者面談と適性審査を終え、エ・ランテルの最高級宿屋である「黄金の輝き亭」にモックナックと魔術師組合長ラケシルを伴い食事に来ていた。

 

「仕方ありませんよ。あれだけの冒険者志願のものたちが放置されるのは見過ごせませんからね。落ち着くまでは付き合いますよ」

 

 モックナックは手をひらひらさせながら軽い口調で答えるが、アインザックとラケシルは顔を見合わせ渋い顔をしている。

 

「帝国が魔導国の属国となったことは知っているだろう? 実は……帝国には魔導王陛下のアンデッドたちが送られることになっている。ただでさえ帝国は数多くの騎士を使って国を守っていたため冒険者の仕事は少なかった。その上アンデッドが送られたら――」

「……もっと増えるんですか?」

「そうだろうな。まぁ、今来ている者よりはまともな冒険者たちだとは思うがな」

 

 今までの志願者たちは、魔導王陛下の帝都演説を聞きつけて来たのだろう。これから魔導国に来る志願者は、帝国近辺で仕事がなくなった冒険者だと考えられる。

 モックナックも同じように顔を顰め溜息をつく。

 

「高位の冒険者チームはどうするのでしょうかね。帝国に居場所がないとなると――王国や都市国家連合ですか」

 

 すると、それまで黙って聞いていたラケシルが声のトーンを落として話し出す。

 

「私なら王国には行かんな。行くなら都市国家連合の方がまだ可能性がある……聡い者なら分かっているはずだ、()()帝国が、戦わずして魔導国の属国に下った意味を」

 

 三人の間に緊張が走る。

 今は様子を窺っているだろうが、魔導国に隣接する国家が帝国に続くことは想像に難くない。ただでさえ魔導国と隣接する恐怖に耐えられないのに、今はヤルダバオトの脅威がある。

 彼の強大な魔王に一夜にして滅ぼされた聖王国のことを考えれば、魔導国の庇護下に入ることが得策と考える国家も多いはずだ。

 そのような情勢でも王国は動かない。魔導王にあれ程の力を見せつけられ、現在もヤルダバオトのいる聖王国と隣接しているにも拘わらず。

 ヤルダバオトに襲撃された時もモモンがいなければ王都は壊滅していた可能性が高い。そのモモンは既に魔導国に下っている……。

 近い将来、王国は滅びる。ヤルダバオトに滅ぼされるか、魔導国の逆鱗に触れるか、それとも自滅の道を辿るか――それらを理解してなお王国へ向かう冒険者などいない。

 

 重い空気を変えるように、運ばれた泡酒を一気に飲み干してアインザックが言う。

 

「みな冒険者なんだ、生き場所くらいは自分たちで選ぶ。それに魔導王陛下であれば無抵抗のものには危害は加えないさ。

 それよりもラケシル、王国に逃がした魔術師組合のメンバーたちを呼び戻せないか? 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が不足しているんだろう?」

 

「連絡はしているのだが、王国の組合が止めているようでな……まぁ、何とかしよう。

 それにしても人手が足りんぞ?これからもっと増えるというのに……これではいつまでたっても冒険に出られんではないか」

 

 アインザックが頷いているのを見てモックナックが驚いたように聞き返す。

 

「ちょっと待ってください、お二人とも冒険に出られるのですか? 仮にそうだとしても、先に私のチームを行かせてほしいのですが……」

 

 アインザックとラケシルが二人揃ってニヤリと嗤う。

 

「ハハハ、それは勿論だとも。ただし、今日来たばかりのヒヨっこが一人前になる頃には我らも出ていくつもりだがな!」

 

 然り、と三人は笑い声を上げた。

 魔導王陛下に敬服し強大な力の恩恵を受け、夢を見ることを許された特権に心から感謝して。

 

 

 

 翌日、アインザックは魔導王アインズ・ウール・ゴウンの住居に向かっていた。

 目的はカルネ村からより多くのゴブリンたちに移住してもらい、訓練所に従事してもらうよう請うためである。

 魔導王の住居が近づいてくるにつれ、敷地内にあるモモンの屋敷が見えてくる。最近忙しくて彼に会っていないことを思い出す。彼に新米冒険者たちの訓練を手伝ってもらうことを考えたが、そんなことに彼を使うなんてとんでもない、と思い直した。

 門の警護をしているデス・ナイトに来訪の目的を告げると、デス・ナイトは奥に走っていき、ほどなくして地下聖堂の王(クリプトロード)がやってくる。

 デス・ナイトにはすっかり慣れたアインザックではあったが、デス・ナイトを遥かに超える力を感じる彼の存在には緊張を隠せなかった。

 中庭へ通され魔導王の住居に向かって歩き出すと、すぐに金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

 音のする方向にはモモンの騎獣である『森の賢王』ハムスケとデス・ナイト、帝国の闘技場から魔導王陛下直々に連れてこられた『武王』ゴ・ギン。

 どうやらデス・ナイトと武王が戦闘訓練をしているようだ。武王の振り回す巨大な槌をデス・ナイトは盾で防いでいるが、体勢を維持しながらも時折数メートル後退している。

 

(さすがは武王だな。デス・ナイト相手にあれほど優勢に戦えるとは)

 

 名残惜しいが本来の目的を思い出し、扉をノックすると中にいた八肢の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に扉を開けてもらい執務室を目指す。執務室に辿り着き中にいるメイドに用件を告げると室内へ通された。

 豪華な椅子に座る魔導王陛下の姿を目の当たりにすると、ほっと緊張が解けて一息つく。

 

「どうしたアインザック、何か問題でもあったか? ルーン武具なら一部の冒険者に褒美として渡す分くらいしか生産できていないぞ」

 

 魔導王陛下に声を掛けられると、アインザックは素直に相談事を持ち掛ける。

 

「なるほど……それでは早速手配しよう。これから冒険者が増えるとなると多い方がいいな」

 

 魔導王陛下は<伝言(メッセージ)>を使い何者かに指示を出しているようだ。相変わらずの対応の速さに改めて感服する。

 

「手配したぞ、近日中には多くのゴブリンが訪れるはずだ」

「ありがとうございます、魔導王陛下」

 

 深々とお辞儀し感謝の言葉を述べると、魔導王陛下が思い出したように尋ねてくる。

 

「そういえば、ダンジョンの階層を更に掘り進めようと思うのだが……十層を抜けそうな冒険者はいるか?」

 

 アインザックは苦笑しながら答える。

 

「陛下、十階層を超えられるのは恐らくモモン殿だけかと……蒼の薔薇であれば、もしかしたら可能かもしれませんが――」

「そうか……確かに焦っても仕方ないかもしれん。だが、いつかモモンの領域に辿り着く者――大英雄の誕生を待ちたいのだ。そのための準備と心得よ」

 

 

 

(大英雄、か。私には届かない遥かな高みだと分かっている。彼らはどうだろうか)

 

 アインザックは冒険者組合に戻ると、今日の冒険者志願の面接を始める。

 あどけなさの残る緊張した面持ちの志願者が椅子に座るのを確認すると、アインザックはいつもと違う質問をする。

 

「君たちはモモンのような大英雄になりたいと、考えたことはあるかね?」

 

 




・アインズ様所持金上限=10億
・シャルティア5億なのに80シモベ=4000万って安いでしょうか?
・全て揃っている魔導国でも、人間を育てるのは時間がかかるのではないでしょうか

DENROK様、誤字脱字報告ありがとうございます

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