おいでよ魔導国   作:うぞうむぞう

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見切り発車です。


帝国の守護者

 ドワーフの王国より戻ってから一週間。アインズは慌ただしい日々を送っていた。

 ドワーフ王国より齎される新しいルーン武具、集まってきた冒険者と訓練所の作成、デミウルゴスに任せた聖王国。そして、バハルス帝国属国の件など考えなければならないことは多かった。

 そんなある日、アインズはエ・ランテルの執務室で来訪者を待っていた。扉の側には本日のメイド番であるフィースが控えている。

 ヌルヌル君に餌をあげているとドアがノックされ、フィースが来訪者の名を告げる。

 

「アインズ様、アルベド様とデミウルゴス様です」

 

 アルベドとデミウルゴスが入室し、それぞれが深々とお辞儀すると挨拶の口上を述べる。

 

「おはようございます、アインズ様」

「うむ。おはよう、アルベド、デミウルゴス。デミウルゴスは、この忙しい時期に呼び戻してすまなかったな」

「勿体なきお言葉……このデミウルゴス、お呼びとあらば、いついかなる時にも御身の前に駆けつける所存に御座います。

 ですが、聖王国の方は大体片付きまして、今はドッペルゲンガーと部下に任せております。回復の為のトーチャーが少々不足しておりますが、今のところ大きな問題は無いため御気遣い頂く必要は御座いません」

 

 控え目な返答であったが、デミウルゴスの表情には満足気な笑みが浮かんでいた。

 アインズは頷くと報告にあった聖王国の件を思い出す――

 

――ヤルダバオト率いる数千もの悪魔の軍勢は、聖王国の王都および周辺都市を襲撃し、一夜にして陥落せしめた。下位の悪魔を倒す冒険者もいたそうだが、デミウルゴス配下の魔将が召喚したものであり、ナザリックの損害はゼロとのことだった。捕らえた王族や軍人、冒険者、その他多くの国民は、王都に作った巨大な牧場に従事させているという。そこからナザリックに運び込まれた皮は、既に数万にも及んでいた。

 

 襲撃の目的はいくつかある――デミウルゴスからこっそり聞き出したのだが――皮や資産を奪いナザリックのものとすること、周辺国家に対し強い恐怖を与えることだ。

 襲撃を派手に見せることで、ヤルダバオトの存在はバッチリ知れ渡っている。周辺国家は無視できず、何らかの対応に迫られるはず――特に動いて欲しいのは法国だ。

 また、国家に限らず強い個人――プレイヤーが討伐しにくるかもしれないが、いざとなれはドッペルゲンガーを切り捨てれば良い。

 

(やはり優秀な部下に任せた方がうまくいく……上司は黙って見守れば良いのだ。それにしても――捕らえた人間を牧場で働かせるとは、さすがはデミウルゴス。

 羊の皮を剥ぐなど、不器用なアンデッドでは務まらんからな)

 

ふと、部下の職場風景を見てみたい衝動に駈られたが、ヤルダバオトとのマッチポンプがばれると面倒だと思い直し、本題に入ることにする。

 

「ところで、お前たちを呼んだのは他でもない。帝国のことなのだが――」

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓の近郊を五台の馬車が進んでいる。その中の一際豪奢な馬車に乗るバハルス帝国の皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、自らの側近たちと共にナザリックへと向かっていた。

 

「陛下、陛下は魔導国が提示してきた属国化の条件をどう考えてます?」

 

 正面に座る帝国四騎士の一人、"雷光"バジウッド・ペシュメルが不安そうに尋ねてくる。

 彼が本当に気にしているのは条件に()()()()()()()ことであろう。

 

「……提示された条件は事細かではあるが、無理なことはない。むしろ想像していたよりも遥かに受け入れ易いものだ。ただ一つ、帝国の支配者――いや、私の今後について一切触れていないことだけが不安だがな」

 

 提示された条件にはジルクニフについて何も記述されていなかった。魔導国からの話によれば、ジルクニフの処遇については魔導王と直接会ったときに決める、とのことだった。

 正に今日がジルクニフにとって運命の日といえるであろう。初めて魔導王に会ったときから続いている胃痛は、日に日にその強度を増し、今や最高潮に達していた。

 ちなみに頭頂部にできた禿げも同様に成長しているが、頭を下げる機会が無いため幸いにも他人に知られることはなかった……。

 

「……皇帝陛下と呼ばれるのも今日までかもしれんな。バジウッド、今までよく仕えてくれた。感謝する」

「え、縁起でもないことを言わないでくださいよ! 俺は陛下にどこまでもお供しますぜ!」

 

 ジルクニフはくたびれた表情を隠さず、視線を外に向け溜息をつく。

 

「地位を剥奪され放逐されるならまだ良い。法国密談の件がバレたことを考えると処刑される可能性もある。最悪は……アンデッドとされ、未来永劫傀儡となって帝国を支配するのに使われることも考えられる。そうなった場合もお前はそんなことが言えるのか? ――無理をするな。お前にも家族がいよう。」

 

 バジウッドは何かを言おうとして何度も口を開くが、その思いは言葉となることはなかった。

 気まずい空気が漂い始めた頃、ジルクニフが乗る馬車に一人の騎兵が近寄ってきた。

 

「陛下、まもなく到着いたします。入り口にはメイドが一人いるとのことです」

「……そうか」

 

 声を掛けたのは帝国四騎士の一人、"重爆"レイナース。今回志願してきたため連れてきたのだが、彼女は以前から魔導国へ行きたがっているような素振りを見せていた。もし彼女が帝国を離れることになったとしたら……いや、どうでもいい。なるようになれ、だ。謁見後のことなど考えても意味はない。

闘技場での一件以降、ジルクニフは皇帝という地位すら煩わしいと思うほど憔悴していた。

 そして今回の謁見だ。あの強大な存在達の前に出るなど……誰かに替われるものなら替わって欲しかった。

 相変わらず心配そうな顔をしているバジウッドを横目に、力なく手を振るとジルクニフは馬車を降りた。周りを見渡せば以前訪れたときと変わらない風景、そして……ログハウス前には1人の美しいメイドがいる。記憶の中からユリ・アルファという名前を思い出す。

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下にお目通り願いたい」

「お待ちしておりました。アインズ様の準備はお済になっているとのことですので、早速ですがご案内いたします」

 

 

 

 

(まさしく神話の世界だな……これ程の力を見せられておきながら、なぜ抵抗することを選んだのか)

 

 ジルクニフはナザリック地下大墳墓の九階層を進みながら、過去の自分の愚かさに自嘲的な笑みを浮かべた。後ろを振り返れば皆圧倒的な美の世界を前に呆然としたまま、音をたてないように歩いている。

 今回連れてきた者は――以前ここまで来なかったレイナースを除けば――ほとんど変わらない。この後に続く恐怖を知っているからこそ、無意識に先の事を考えないようにしているのかもしれない。

 

(ここで引き返せないかな……)

 

 そんなことは不可能だと、理解していながらも心の中でそっと呟く。

 やがて、大きな扉の前に着く。ゆっくりと扉が開いていき……予想通りの圧倒的な恐怖が風のように吹き付けてきた。

 

(未だ私はバハルス帝国の皇帝。ここが私の最期の場だとしても――いや、最期だからこそ貧相な姿は見せてはならぬ)

 

 精神防御のマジックアイテムを握りしめ、胸を張り正面を向く。見渡せば居並ぶ異形の者たち、その奥の階段下に控える階層守護者と呼ばれる者たち、玉座の脇に控える腰から羽を生やした美女、そして――玉座に座るアインズ・ウール・ゴウン――魔導王。

 圧倒的な力の嵐の中、ジルクニフは歩き出す。この場こそ、己の最期の戦場であると決心を固め進む。

 ジルクニフはゆっくりと歩を進めた。やがて階段下まで辿り着くと跪き口を開く――前に魔導王が語りかける。

 

「――よくぞ参られた、ジルクニフ殿。挨拶は不要。貴殿の立ち位置が曖昧なままでは挨拶にも困ろう。

早速だが、その件を決める前についてひとつはっきりさせねばならぬことがある」

 

 ジルクニフは魔導王をまっすぐに見つめ、何を言われても即答できるように雑念を振り払う。

 

「率直に言おう。当初、私の考えでは帝国を使って大義名分の下、魔導国を建国する。その後帝国には正義を行う魔導国に歯向かう悪の連合を組織してもらう。我々は悪の連合を一網打尽し、連合に与した国を残らず併合する――予定であった」

 

 ジルクニフは思考――呼吸も停止し、顔色が真っ青になっていく。魔導王の言った通り、魔導国を建国させ対魔導国の大連合を作るのが当初の目的だった。

 しかし、それすらも魔導王の手の内だった、そう言われたのだ。

 魔導王は邪悪に嗤う。ジルクニフはこれから何を言われるのか、頭をフル回転させ可能性を考えた。

 

「一応確認しただけだ、気に病む必要は無い。私がそうするように仕掛けたのだから――ところでジルクニフ殿、貴殿はこの場で私に"友になろう"と言ったな」

 

 言った。魔導王の顔を直視しないようにジルクニフは頭を下げ、震えながらも返す言葉が見つからない。心なしか、視線が自分の頭頂部に集まっているような気がする。

 

「……先ほど、私は帝国を利用する予定だったと言ったが、貴殿からの友の提案を受け入れたことにより方針を変えた。余程の事がない限り私は一度決めたことを覆すことはしない。私が友であることを受け入れたのであれば、貴殿を今も友だと考えている」

 

 ジルクニフには魔導王が言っていることが理解できなかった。友になる話を提案したのは、拒絶されることを前提に、交渉を有利に進めるための一手に過ぎなかったのだから。

 それに……魔導王が心底自分のことを友というのであれば、なぜ自分はこれ程までに追い詰められているのか? 全て自分の被害妄想であったというのか?

――そんなはずはない。それではなぜ、あのタイミングで、帝国の闘技場で法国との会談の場に現れたのだ?私を潜在的な敵として、ずっと監視していたからではないか?

 否定的な意見がいくつも湧いてくるが、そんなジルクニフの心境などお構い無しに魔導王が続ける。

 

「だからこそ、帝国の闘技場で"私の敵にはなるな"という意思表示をしたつもりだ。私の友であれ、と。

――属国の提案に対して即答を避けたのは、そういうことだ。このまま貴殿をただの属国の王にして良いものかと。

 さて、貴殿はどうかな?」

 

 ジルクニフは驚愕の顔を隠せなかった。今までの事が走馬燈のように、寄せては返す思考の波となって押し寄せてきた。魔導王は最初の会談から、こそこそと動き回るジルクニフの身を案じていたのか、と。

 ジルクニフは考える。頭から煙が出そうな程に。何しろ今までの自分の考えが勘違いであり、全て裏目に出ていたのだから。

 考え抜いて――やがて結論を出す。自分の浅はかな駆け引きなど無意味、考えるだけ無駄だったのだ。もはや引き返す道はないと、魔導王の顔をまっすぐに見て重々しく口を開く。

 

「……友を提案したのは、ただ我が国を対等に見せかけるための虚勢であり、断られることを前提とした交渉の手段の一つに過ぎなかった。

 全て魔導王陛下の仰る通り、私は掌の上で踊る道化師のようなもの。友など恐れ多い失言であった。……できることならば、この命をもって償いとさせて頂きたい」

 

 ジルクニフの返答を聞き、暫く思案する魔導王。やがて強い口調で語り掛ける。

 

「ジルクニフ殿、貴殿は私を友と呼んだのだ。その責任は果たさなければならぬ。貴殿をアインズ・ウール・ゴウン魔導国の領域守護者に任命する。守護者としてバハルス帝国を発展させ、己の価値を証明せよ」

 

 皇帝の地位等おまけ。兼任すると良い、と続ける。

 ジルクニフは何を言われているのか理解できず、ポカーンとしていた。

 

「私は君を評価している。

 まず、魔導国建国に尽力した功績――たとえこちらの思惑通りであったとしても、だ。

 次に、君は完全な形で帝国を譲ろうとした。愚かな者であれば属国など判断できなかったであろう。そうすれば近い将来多くの戦火を招き国力を落とした状態で魔導国に下っていた可能性が高い。

 何より気に入ったのは……初めて会ったとき、私や部下を前にしながらも君の堂々とした振る舞い。さすがは鮮血帝と呼ばれることはある」

 

 そもそも領域守護者とは如何なる存在なのか?勝手な思い込みほど恐ろしいものは無いと、身をもって思い知らされたばかりだ。しかし、自分が今まで通り帝国を支配することになる、ということはおぼろ気に理解できた。

 そして、確信したことがある。それは、アインズ・ウール・ゴウンには決して勝てない、ということだ。

 

 ジルクニフはかつて無いほどの意思を込めて語る。もはや迷いは無かった。

 

「魔導王陛下。今の私は陛下の友と呼ばれるのにふさわしくありません。故に"陛下"と呼ばせて頂きたい。いつか、陛下の友となれるよう全力を尽くすことを誓いましょう」

 

 

 この日、新たな領域守護者が誕生した。

 


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