ガールズ&フリート   作:栄人

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在りし日の思い出です!……だけど幼馴染みでピンチ!

軍艦道中学生全国大会は大波乱の決勝を迎えていた。優勝確実と目された横須賀宇佐マリーン学園中等部艦隊の相手は、なんと初出場の長野県連合艦隊。

しかも長野は予選からここまで一隻の轟沈も大破も出しておらず、このまま優勝すれば日本の近代軍艦道始まって以来の偉業となる。

そんなわけで、今年の中学生大会は例年以上の盛り上がりと注目を集めていた。

「いよいよ決勝だね、モカちゃん」

「そうだね、ミケちゃん」

知名もえかと岬明乃は軍艦が並ぶ波止場に並んで、海を眺めていた。

「大丈夫! 私たちなら勝てるよ。何たって私たち!」

明乃が飛び上がった。

「軍艦道で世界一になるんだもんね!」

「うん!」

ともかもにっこりと微笑み、2人はハイタッチを交わした。

 

 

海戦の設計士艦隊(デザイナー・フリート)

この大会を通して長野県チームについた異名だ。

その名の通り、彼女たちはまるで初弾から決着弾まで、展開の全てをコントロールするかのような試合を行う。中学生とは思えない、一糸乱れぬ艦隊運動。精確な射撃。それでいて奇をてらわない戦法は、在りし日の宗谷流を思い起こさせた。

そして決勝。夜戦だった。暗闇の中、お互いはなんとか相手を補足し、砲撃戦を始める。

宇佐マリーンは火力を活かして激しい砲撃を行った。その餌食になったのは、

 

 明乃率いる重巡洋艦「筑摩」ではなく、もえかの乗る旗艦、戦艦「信濃」だった。艦と艦隊の頭脳である艦橋へ直撃弾を食らったのだ。

 

「信濃艦橋被弾!」

 見張り員からあげられた報告に、明乃は耳を疑った。

「戦隊司令部はっ!?」

「応答しません! 信濃艦長も!」

 明乃は双眼鏡をのぞく。もえかは艦隊司令として信濃に乗っていた。信濃艦長が無事なら指揮は彼女に引き継がれるはずだが、信濃の被害がわからない。

 そうしているうちに、信濃に集中砲火が浴びせられる。

 明乃は直感的に命じた。

「おもーかーじっ! 信濃と敵艦隊の間に入って!それに探照灯照射!」

「正気ですか!? 艦長!」

夜戦で探照灯を使えばこちらがまるわかりだ。撃ってくださいと言っているものである。

「信濃がやられたら、戦力的にこっちが不利になる。急いで!」

 筑摩は敵艦隊と信濃の間に割り込んだ。そして強力なサーチライトで相手を照らす。

「こーげき始めっ!」

筑摩の砲塔が火を噴く。が、1対多数の状況。筑摩は格好の的となり、集中砲火を浴びる。

「機関停止!」

「第3砲塔破壊されました!」

「とにかく撃ち続けて! 信濃の戦線離脱を支援!」

明乃は伝声管に叫ぶ。

「信濃離脱しません!」

だが帰ってきたのはそんなセリフだった。

「なんで!?」

もしかしたら、操舵そのものが不可能なのかもしれない。しかしそうなればほぼ間違いなく白旗が上がるはずだが、信濃にそれは掲げられていない。

 

そして、

「白旗、上がりました。我々の負けです」

「……そう」

明乃は制帽を取ると、床に座り込んだ。

この瞬間、史上初の無轟沈優勝は消え去ったのだ。

そして信濃は何事もなく動き出し、長野艦隊と宇佐マリーン艦隊は砲撃を交わしながら筑摩を置いて進んでいった。

 

 

長野は優勝した。

他に大破や中破が出たものの、筑摩以外の轟沈はなかった。これは長野の奇跡として長く語り継がれることとなる。

「ごめんね、モカちゃん。筑摩が沈んでなければ……」

「いいんだよ、ミケちゃん。これだって十分すごいことなんだから!」

もえかはにっこり笑って明乃の手を取る。

「だから気にしないで、ミケちゃん」

「そういえば、大丈夫だったの? あの砲撃」

明乃は尋ねる。あの艦橋への直撃弾は、結局大きな被害はなかった。通信ができなかったのも、一時的な機械の不具合だったらしい。

「うん、でも筑摩が出なかったら危なかったよ、ありがとう」

もえかのその一言で、明乃の肩の力がほっと抜けた。

あの犠牲は無駄ではなかった。それがわかっただけでもやもやとした気持ちが吹き飛んだ。

 

はずだったのに。

 

「本当にさー、なんなんだろうね、筑摩」

試合会場の更衣室に入った明乃が聞いたのは、そんな言葉だった。

明乃はとっさに足を止め、ついたての所で身を潜める。

「そうそう。艦橋に命中弾来たぐらいでうちらの前に出てきてさ、邪魔で砲撃できないっての」

話しているのは信濃の砲術士だ。

「まあまあ、そう言いなさんなって」

そう言ってとりなしたのは信濃砲術長。

「あれ作戦だから」

「作戦?」

明乃の身がこわばる。

作戦? そんなことは聞いてないのに……。

「艦橋が砲撃された時にさ、とっさに筑摩と通信を切ったんだよ。そうすれば、バカの明乃なら早とちりして離脱支援で私らの前に出るでしょ? 探照灯つけて。宇佐マリーンの連中が探照灯照らした艦をほっとくわけないし。そうすれば筑摩が砲撃されている間に他の艦は状況を立て直せるし、相手の砲弾も消費させられる。いやー、流石モカだね、あの一瞬であそこまで考えられるんだから」

「ちなみにそれ、明乃は知ってたの?」

「言うわけないじゃん。あいつ、『海の仲間は家族だから〜』とか言ってるし、こんな生け贄作戦教えたら反対して面倒くさいし」

明乃は息を飲んだ。

「そんな、ウソだ……」

そうつぶやいて、更衣室から飛び出す。

廊下を走っていると、もえかがいた。

「ミケちゃん? どうかした?」

「ねえ! 私たちを囮にしたってほんとなの!?」

もえかの顔がわかりやすく凍りついた。

「私に何も言わないで? そんなに面倒だったの?」

「違う! 聞いて、ミケちゃんっ!!」

「生け贄にしたことはいいんだよ。でも、そんなに信用してもらえなかったのかな? 私……」

「違う!」

「……ごめんね、……も、……知名さん」

明乃は、後ろで何かを言うもえかを半ば無視して走り去った。

それから、もえかと口を聞くことはなくなった。

 

季節は過ぎ、各々進学先を決め始めた。明乃たち長野連合艦隊の艦長級には全員横須賀宇佐マリーン学園から推薦入学の案内が来た。誰もが知る軍艦道の名門だ。ほとんどはそれを受けたが、明乃は軍艦道のない横須賀女子海洋学校を受験し、入学したのだった。

 

「こんな所かな。私の話は」

明乃は遠い目をしていた。たった数ヶ月前前のことなのに、はるか昔のことのように話していた。

「だから、これ以上軍艦道を続けることが辛いの。わかって、くれた?」

明乃は小さい子を諭す様にましろを見たが、

「いいえ、全く」

ましろは首を横に振った。

「やっぱり艦長は、私の最初の質問に答えていません。なんでこの学校に入学したんですか? 学校なんて他にたくさんあるのに」

「それは、船員になりたくて」

「では、校長があの話をした時に、なんであの場に残ったんですか?」

「………………」

明乃は押し黙った。

あの日、校長が臨時集会で廃校の危機と軍艦道復活を訴えた日。それは決して強制ではなかった。

「やりたい人は残りなさい」

校長はそう呼びかけ、それに答えたのが今の晴風乗員31人だ。明乃も含めて。

黙りこくる明乃に、ましろはそっと囁いた。

「好きなんでしょう。軍艦道」

「好き………?」

「はい。きっと、艦長は軍艦道が大好きなんですよ。辛いって思っていても、無意識で求めてしまうぐらい」

「……確かに、そうかもしれない」

明乃は懐かしそうに笑った。

軍艦道から離れて、自分の中にぽっかり穴が空いてしまった気がしていた。

潮風を感じるたびに、船の汽笛を聞くたびに、航海実習で舵輪を握るたびに、暮らしのあちこちに軍艦道の面影が潜んでいて、明乃の意識を引きずり込んだ。

離れれば離れるだけ、またあの艦橋に立ちたいと思ってしまう。だから、ほとんど無意識的に、明乃は軍艦道を選んでいたのだろう。

「私、軍艦道が大好きだったんだね」

明乃の瞳から、涙が一筋溢れた。

「気づきましたか? 艦長」

ましろは微笑む。

「あなたがやりたいと思っているのなら、何を遠慮する必要があるんですか。辞めるなんて言わないでください」

「……ありがとう」

明乃は、司令官の制帽を愛おしそうに抱く。

「もう一度、頑張ってみるよ」

「よろしくお願いします、艦長」

 

「ところで、同い年なんだから敬語はやめてほしいな、シロちゃん」

「シロちゃんっ!? いや、そこはしっかりしなくては」

「せめて練習以外は。どう?」

「……わかりました」

「ほら! まただよ、シロちゃん」

「わかった。岬さん。これからよろしくね」

「うん! あ」

「どうしたの?」

「どうしよう、消灯時間結構すぎちゃってるよ。見つかっちゃったら……」

「はぁ、泊まってく?」

「! ありがとう、シロちゃん」

 




登場人物の紹介
知名もえか……明乃の幼馴染み。昨年の長野艦隊司令を務め、「東郷元帥の生まれ変わり」と称された。現在宇佐マリーン軍艦道に在籍している。

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