横須賀女子海洋学校は他の多くの学校がそうであるように、全寮制をとる。そして軍艦道部のメンバーは晴風艦内にそれぞれ自室を持っていた。
そして人数の関係上、ましろは艦長の明乃以外で唯一1人部屋である。ましろはこの降ってわいたような特権を存分に生かし、周りには秘密にしておいた趣味のぬいぐるみたちを持ち込んではあちこちに飾っていた。
「ああー、かわいいなー、ボコは」
最近のお気に入りのぬいぐるみに顔をうずめ、本日受けた「お前、軍艦道に向かない」という傷を癒そうとする。
「……私、やっぱ向かないのかな……」
ふと冷静になり、ベットの上に倒れこんた。
正直自覚はあった。自分一人だけ頭に血が上り、周りを置いて行っていたのではないか、という風にも思っていた。でも、
「そのぐらいじゃ、あきらめきれない……」
もう何年も前からの夢だ。一度言われたぐらいで、はいそうですかと止められるわけがない。
「私だって、ボコみたいにボコられても戦ってやる……」
キャラクターコンセプトで傷だらけのボコボコにされているぬいぐるみのクマを、ぎゅっと抱きしめた。
その時、部屋のドアがノックされた。
「ひゃあっ!?」
ましろは飛び上がり、急いでぬいぐるみコレクションをカーテンで隠す。
「ど、どなたですか?」
「岬です。……遅くにごめんね、宗谷さん」
ましろはドアを開けた。
明乃は艦長の帽子をもって立っていた。ましろは彼女を部屋の中に招き入れ、使っていなかった椅子を一つ差し出し、自分も座る。
「どうしたんですか? 艦長」
「うん、実はね。私、部をやめようと思ってるの。それで宗谷さんに部長を代わってもらえないかなって」
「…………」
「やっぱり私には向いていないなって。でも宗谷さんなら」
「岬さん」
ましろは早口で喋る明乃を制した。
「あなた、去年の中学生全国大会、長野県連合艦隊の艦長の1人として参加していましたよね?」
「……どうして?」
「母が教えてくれたんです。期待の新星が入ってくれたって」
「そう、でも今は関係ないでしょ?」
明乃は目を伏せていた。
「いいえ。あります」
ましろは明乃と対照的に、真っ直ぐ明乃を見つめる。
「なぜあなたは、軍艦道のなかった横須賀女子に入学し、そこでさらに、復活した軍艦道を始めたんですか?」
「…………、宗谷さん」
「なんですか?」
「宗谷さんは、軍艦道、好き?」
「はい」
ましろは即答する。
「でも、艦長。今は私の質問に」
「なんで?」
明乃はましろの抗議を遮った。ましろは声を荒げそうになるが、明乃の真剣な目を見てそれを飲み込む。
「……軍艦道は、チーム戦です」
ましろはしかたなく話し始めた。
「立った一隻の艦を動かすのにも、たくさんの仲間が協力しなければなりません。乗員の気持ちが一つになることで、はじめて艦は一つの生き物みたいに動けるんです。それが、すごくかっこよく感じて……」
ましろの脳裏に、かつての姉たちの雄姿が思い浮かぶ。
「ねえさんたちは、とても優秀な選手でした。横須賀女子の黄金時代を支えていたメンバーです。そんな姿を昔から見ていたからこそ、私も軍艦道に憧れたんでしょう」
「でも、中学ではやってなかったんだよね?」
「神奈川には中学生のクラブチームがなかったんです。宇佐マリーンの中等部に入るしか軍艦道ができなくて……。私は絶対に横須賀女子にはいるって決めてたから、今までできなかったんです」
明乃が初めてほほ笑んだ。
「そうなんだ」
「ええ」
ましろの表情もつられて緩む。そして、あることを思いついて、ましろは明乃に頼み込んだ。
「よかったら、話、聞かせてもらえませんか?」
「え?」
明乃は面を食らったような顔になる。
「姉や母以外から軍艦道に関する話を聞くことがなくて。ぜひ経験者から話を聞きたいんです!」
「え、えっと……それは」
「お願いします!」
困ったように瞳を泳がせていた明乃だが、しばらくして口を開いた。
「じゃあ、全国大会の初戦の話とか……」
「ぜひっ!」
ましろは身を乗り出した。
それから二人はいろいろなことを話した。軍艦道のこと。好きな艦。家族や地元の話。ただ友達の話だけは、明乃が拒んだためできなかった。
夜もだいぶ過ぎた。就寝時間はとっくの昔に過ぎている。起きているのがばれないように部屋の電気は消して、机上のライトスタンドだけがお互いを照らしていた。
だいたいの話題を話しつくしてしまい、二人の間に沈黙が下りる。
「ねえ、艦長」
「なあに? 宗谷さん」
「もう一度、お聞きしてもいいですか?」
「…………うん」
「なぜあなたは、この学校に入ったんですか? 何があったんですか?」
「実は、ね……」