「え?」
ましろはもう一度周りを見回した。
「えっと、1,2,3……」
「……何べん数えても同じだと思うよ、宗谷さん」
洋美が言うが、ましろはその現実を認めようとしない。
「いや、これは何かの間違いだ。……よし、眼科に行ってみよう、そういえばこの間の眼科検診に引っかかってから行ってなかったし……」
「宗谷さーん」
ひたすら現実逃避に走るましろの肩を洋美は大きくゆすった。
だが、ましろがこうなるのも無理はない。全校集会の後、校長の呼びかけに応じてその場に残ったのは、たったの31人。一隻動かすので精いっぱいの人数だ。
しかも、
「先輩はっ! 2,3年の先輩方はどうした!?」
「2年はもうクラブに入ってる人が多いし、3年生は受験があるから……」
入学したばっかの一年生だけだった。
「やっぱりあまり集まらないわね」
苦笑いを浮かべつつ、古庄がやってきた。
「まあいいわ。こっちのほうが都合もいいもの」
そして、周りも見回す。
「軍艦道の教官を務めさせてもらう、古庄です。航海科の生徒は私の授業を受けた人もいるでしょう。私自身も学生時代は軍艦道をやっていました。これから頑張りましょう」
とまあ、無難にあいさつ。
「さっそくこの中に軍艦道経験者は?」
古庄が尋ねるが、手をあげる者はいない。
「あれ? 宗谷さんは?」
やれなんだかんだ言っていたましろなら経験があるだろうと思っていた洋美だが、ましろは手を上げる様子はない。
洋美は首をかしげるが、ましろは顔を真っ赤にして、首をすぼめていた。
「……ルールは完璧なんだけど」
「まあ、最低30人集めるのは大変だもんね……」
そんな中、
「おや、あなたは?」
小さく手を上げる少女がいた。
「えっと、昔、小さいときに……」
少女は恥ずかしそうに声を上げた。
「名前は?」
「岬明乃です。古庄教官」
少女が言う。
ましろはその顔に見覚えがあった。
「あの顔、どっかで……?」
だがすぐに移動が始まってしまい、思い出すことが出来なかった。
「軍艦道に使われる軍艦は、すべて特殊カーボンで内部が守られている。艦橋を始めすべての窓ガラスは超強化対爆ガラスが使用され、大和主砲の45口径46センチ砲による直撃弾を受けても大丈夫なの。砲弾や水雷も軍艦道連盟規定の弱装弾しか使えないから、十分安全よ」
軍艦道のための軍艦があるという埠頭に行く間、入部希望者一同は古庄から軍艦道に関する一通りの説明を受けていた。
「でも、それでしたら決着がつかないのでは?」
上品そうな少女が疑問を口にする。
「安心して、万里小路さん。軍艦道の軍艦には各所に特殊なセンサーが取り付けられているわ。攻撃が命中すると、センサーがそれを検知して、被弾場所や威力に応じて艦に擬似ダメージを与えるの。機関付近に当たれば、機関の速力低下。浸水相当なら該当区域が自動で閉鎖されたりね」
「へぇー」
感心の声が湧いた。
古庄は満足そうに頷いて、さらに説明を続ける。
「一口に軍艦道と言っても、いくつかの種目があるわ。一対一の一騎打ちで行う単艦戦。双方艦隊を組む艦隊戦。それに基本ルールに乗っ取ればそれ以外何でもありの無制限艦隊戦。連盟非公認だけど、潜水艦戦や艦内制圧戦ってのもある」
「でも私たちがするのって」
1人が声を上げる。
「ええそうね、この人数じゃ単艦戦しか出来ないわ」
古庄が言葉を引き継ぐ。
「艦隊戦がしたかったぞなー」
「まあまあ、サトちゃん。また人が入れば出来るかもしれないし」
「あー、それなんだけど……」
古庄は気まずそうに遠くを見つめていた。
「ま、百聞は一見にしかず。見えたわ。あれが我が校唯一の軍艦。陽炎型航洋艦「晴風」よ」
そこにあったのは、たった1隻の古い航洋艦だった。
「あれ?」
「思ったより小さくない?」
「もっとでっかいのかと思ったなー」
皆が口々に期待はずれだという感想を述べる中、
「え、なんで……」
ましろは1人震えていた。
「きょ、教官! 横須賀女子が保有しているのはこの艦だけですか!? 舞風は? 浦風は?それに比叡、あと、戦艦武蔵はっ!?」
続々上がる名前に少し驚いた顔をする古庄。
「よく知ってるわね、宗谷さん。確かに昔はそれらもあったけど」
「昔はって、まさか!」
「ええ、赤字補填のために売却したわ。晴風だけが売れ残って、学校の端っこで係留されてたのよ」
ましろはワナワナと崩れ落ちる。
「そんな、母さん……、これで全国に勝てって言ってるの? 正気じゃない……」
「宗谷さん!? ちょっと大丈夫っ!?」
すっかり腰の砕けたましろに1人慌てる洋美の後ろから声がかけられた。
「えっと、大丈夫? 黒木さん、宗谷さん?」
「あ、はい、ええっと……」
「はい」
彼女が手を差し出す。
己の痴態を見られたましろは赤面しつつも、その手を取って立ち上がった。
「わたし、岬明乃。よろしくね」
彼女が、明乃が言った。
一方その頃。校長室では、発案者である真雪が1人書類と格闘していた。
「連盟への登録と、共済の加入と、あとなにがあったかしら……」
その顔は若干やつれている。
「まさか、残ってたのが晴風しかないなんて、予想外だったわね。もうちょっとあると思ってたんだけど」
古庄や娘のましろが聞いたら激怒しそうなセリフを吐きつつ、真雪はタブレットにとある画面を移す。
長野県軍艦道協会のホームページだった。
「岬明乃。軍艦道中学生全国大会で、史上初めて長野県連合艦隊を勝利に導いたうちの1人にして、重巡洋艦「筑摩」艦長。……これほどの人材が強豪校に引き抜かれずうちに来たのは不思議だけと、彼女がいれば、あるいは」
真雪は拳を固めた。
「勝てる。宇佐マリーン学園に!」
真雪は見落としていた。
確かにホームページの大会成績には全国大会優勝とある。だが、その詳細に、「本大会では決勝での重巡洋艦筑摩以外、1隻の轟沈も出すことなく、・・・・・・」という一文があったことに。