カマシ作戦。40キロ四方に設定された試合海域の境界ギリギリを通ってカガーノヴィチの後ろへと回り込もうという作戦だ。巡洋艦「ラーザリ・カガーノヴィチ」の砲は艦首に二つ、艦尾に一つ。法の数が少ない方から攻めた方がやりやすいだろうという趣旨である。
「なるほどねー。単艦戦は百八十度反転して海域の真ん中で会敵するのがセオリーだし、後ろは普通警戒しないもんねー」
ハリウッドが感心する。
作戦を聞いていないはずの彼女がなぜそれを知っているのかというと、海上に設置された大型スクリーンのおかげだ。
CGで簡単に示された艦の位置。上空の飛行船から撮影されたそれぞれの空撮映像に。しかも、艦橋に設置されたカメラ映像も映し出されている。
「キャップ、結構はっきり映るんだね、艦橋。声まではっきり撮ってるし」
「うん。軍艦道は、こういう映像でも使わないと試合の経過が単調でつまらないって言われちゃうし、それに違反行為の監視の目的もあるんだよ。スクリーンにはないけど通信室にも監視カメラがあるの」
「へぇ~」
そのとき、もえかはカガーノヴィチの異変に気付いた。
「どうした? キャップ」
「……今、カガーノヴィチの艦長が取り舵270度の指示を出した」
「270!? 180じゃなくて? 反転しないの!?」
「晴風の作戦を、・・・・・・読み切ってる」
最初に異変に気付いたのは、見張り員のマチコだった。
『カガーノヴィチ発見! ……正面向いてます!!』
「正面だとっ!?」
それを聞いたましろは、驚いて双眼鏡をのぞいた。そして息をのむ。
「艦長……。カガーノヴィチは本艦に向けて接近中!」
「なんで!? 作戦が漏れてってことっ!?」
芽衣が叫ぶ。明乃の指示は素早かった。
「第4戦速! おもーかーじ180度、よーそろー! ひとまず距離を取って!」
「おもーかーじっ!………180度!」
「もどぉせぇっ!」
「も、もどーせー!」
晴風が回航している間にも、カガーノヴィチは接近していた。
『カガーノヴィチ発砲!……着弾、今っ!』
晴風のやや後方で水柱が上がり、轟音と衝撃が襲う。
幸子はすばやく端末を操り、カガーノヴィチのデータを呼び出す。
「カガーノヴィチの主砲である3連装速射砲は設計上3門斉射しかできません。威力は97キロの砲弾を37キロ先まで届かせることができます。散布界が広いのがせめてもの救いですが……」
ましろも険しい顔で幸子に続く。
「あれの最高速度は確か、36・5ノット。うちの37ノットと大差ない……」
その時、伝声管から麻侖の怒鳴り声が響いた。
『機関はあんまり持てねえ! この速度出し続けたら30分でぶっ壊れちまうよぉ!』
「だが速度を下げたらすぐに追いつかれるぞ!」
「……第3戦速まで落として。沿海高校の射撃命中率はあまり高くないから、一定の距離さえ空いていればそんなに恐れる物じゃない。麻侖ちゃん、それでどれだけ持つ?」
『持って四、五十分ってとこでい。無茶な動かし方しなければの話だけど』
「ありがとう、じゃあそれで」
明乃はそういって、ちらりと上の方を見つめた。
「……鈴ちゃん、少しだけ右に曲がって、すぐに左旋回してほしいんだけど、できる?」
「ええっ!? う、うん。……たぶん」
「魚雷は……、ここじゃつかえない……。タマちゃん、戦闘左砲戦。全門斉射よぉーいっ!」
「うぃ」
「魚雷を使わないんですか? 砲撃にはまだ少し距離があると思いますが……」
「うん。カガーノヴィチの装甲は距離を詰めれば晴風でも抜けるから。シロちゃん、上から、カガーノヴィチの動きをよく見ていてほしいの」
「……わかりました」
明乃はましろの問いにはっきりとは答えなかった。ましろは少し不満だったが、大人しく艦長の指示に従う。
艦橋の上にある覗き戸から顔を出し、後ろに着けるカガーノヴィチを見つめた。
「おもーかーじっ! 一杯!……とーりかーじっ270度!! よーそろーっ」
右に曲がっていた船体が急速な左回転で大きく揺れる。駆逐艦ならではの小回りの良さだ。
これなら、カガーノヴィチのすきをつけたかもしれない、とましろは確信したのだが、
「こーげき始『カガーノヴィチ発砲!!』
晴風の砲が火を噴くより先に、相手の砲弾がこちらを襲ってきた。
「回避っ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃっ」
カガーノヴィチに対して横を向けようとしていた晴風は、あわてて右へ、先ほどと同じ平行の向きに戻るとする。
しかし、いくら小回りが利くとはいえ、弾速にかなうはずがない。晴風を強い衝撃と轟音が襲った。
『こ、後部甲板被弾!!……いえ、弾がかすめたみたいですっ!』
マチコの慌てた声が聞こえる。晴風の後部から黒煙が上がっていた。
「被害報告!! みんな、大丈夫!?」
明乃は伝声管に飛びついた。
『機関、何とか無事でい……』
『こちら射撃管制! 三番砲故障したみたいです!』
『青木っす! いまからダメコン向かいます!!』
「ひとまずは大丈夫みたいですね」
幸子がタブレットに被害をまとめ、安堵する。戦闘不能になるようなダメージではなかったようだ。
「……艦長」
ましろが、神妙な面持ちで降りてきた。明乃はその顔を見てすぐに、
「痛たたっ!」
足を抑えてうずくまった。幸子が慌てて駆け寄る
「艦長!? 大丈夫ですか!」
「うん、さっきの砲撃で、ちょっと足をくじちゃったみたい」
「美波さんのところに行きましょう! さ、私につかまって」
「ううん、シロちゃんにお願いしようかな」
「…………」
頼むこむように自分を見上げる明乃を、ましろは拒否できなかった。
「え、でも艦長と副官が同時に不在だなんて」
「いや、私が連れていく」
ましろは幸子からひったくるように明乃をおんぶする。
「被害がはっきり判明するまでとりあえず今のままの進路と速度を維持。砲撃があったら、とにかく回避して」
「私はすぐに戻る。それまで、少し頼んだ」
二人はそういって艦橋から出ていった。
「シロの奴、いつもなら絶対反対するのに。変なの」
芽衣は眉をひそめた。
「気づいた?」
ましろの背中にいる明乃は彼女の耳元で小さくささやく。ましろは正面を向いたまま答えた。
「……晴風が右に旋回した時から、カガーノヴィチの砲位角は左に回ってた。……艦橋での会話が、向こうにもれている可能性が高い、と思う」
「私もそう思う。たぶん、艦橋のカメラからだと思う」
「でも、試合中は外部との連絡は禁止されてるはず。スマホは持ち込めないし、通信室も監視されてる。……いったいどうやって」
通信関係に関しては、軍艦道のルールは徹底されている。通信機器は試合中持ち込むことはできないし、艦隊戦では盗聴も禁止だ。幸子のタブレットも、通信機能は切られており、試合後に審判によってチェックされる。
二人がわざわざ艦橋から出たのも、艦橋内が盗聴されている可能性が高いからだ。
「……ラジオ、だと思う」
「ラジオ!?」
「うん。スピーカーと、後簡単な装置さえあれば、アンテナは艦のものを利用してラジオ電波を受信できる。見張り員がこっそり聞く分にはたぶんばれないし、ポジション的に、先読みをするような指示を出しても変には見えないから」
ましろはとっさに上を見た。もちろん、そこには天井しか見えないが、自分たちの情報を流している電波が漂っているような気がした。
「……でも、証拠がない。証拠がないから、審判に訴えられない」
ましろは悲痛な顔で言う。
「うん。この状態で相手の不正を訴えても、逆にこっちが名誉棄損で失格になるかもしれない」
軍艦道では、試合相手や審判への侮辱も違反行為の対象だ。このせいで、確定的な証拠があるわけでもないのに、相手が不正をしていると訴えることはできないのである。
「……どうする? 岬さん」
「私は、いったん美波さんのところに行って、人を集めて探ってみようと思う。けがをしたことにしちゃったし……。あと、もし試合状況を電波で流してるんだとしたら……」
「会場から、でしょう?」
「うん。この試合は、ネット中継されてないから。観客席のスクリーンが見えるところに協力者がいるはず」
それを聞いて、ましろは意を決した。
「……私に、一つだけ考えがある」
「……もしかして、シロちゃん」
「大丈夫、岬さん。ルールに反することはしないから」
「……わかった。お願い、シロちゃん」
「了解です、艦長」
明乃は自分の帽子を、ましろにかぶせた。
ましろは明乃を背負ったまま、小さく敬礼をした。
ちなみに、明乃は別にけがをしたわけではないのでいつまでも負ぶっている必要はなかったのだが、二人がそれに気づいたのは医務室の前に到着してからであった。