全国大会一回戦。横須賀女子海洋学校対沿海高等学校の試合は、日本海山陰沖で行われようとしていた。
「では、改めて試合相手の説明をさせてもらいますね。もうなんどもやってきましたが」
そう前置きして、幸子はスクリーンにスライドを映し出した。
「沿海高校は青森県大湊を母港とする学校です。生徒数は少なく、軍艦道でも目立った成績は残していません。でも、学校を上げて軍艦道を支援しているので、一回戦から大いに盛り上がっています。
使用している軍艦はおもにソ連製。今回対戦するマクシム・ゴーリキー級軽巡「ラーザリ・カガーノヴィチ」が主力です。武装は18センチ三連装砲が3基9門。8,5センチ高角砲8基に、機関砲が16。それに三連装魚雷発射管2基です。主砲射程は約38000メートル。発射速度は毎分5,5発。最大速力32ノット。舷側装甲70mmで、うちの砲なら距離3000まで寄れば抜けます」
「それってだいぶ厳しいんじゃ……」
「ホノルルと違って雷撃の危険があるのが厄介だな」
ましろは腕を組む。
「やっぱり私たちには最初の作戦しかない」
「雷撃ですか?」
「うん。試合開始とともに、相手の後ろに回り込む。カガーノヴィチの三連装砲は後部甲板には一基しかないから、正面よりはやりやすい。だから、執拗に後ろに着けて、チャンスを見て魚雷を撃ち込む。名付けて……、」
「カマシ作戦ですよね!!」
作戦名考案者、幸子が目を輝かせた。
「カマシってどういう意味?」
「脅す、とかそんな感じらしいよ。後ろから脅すんだって」
「へー」
明乃はもう一度みんなの方を向いた。
「とにかく、カマシ作戦を遂行しよう!」
「「「おおー!」」」
試合前の挨拶は、鳥取港で行われた。
代表として前に出た明乃とましろと対面したのは、
「--------。-----------、----------」
「『我は沿海高校
「横須賀女子の艦長、岬です」
「私は副司令、サリンカです。どうか、お見知りおきを」
「えっと……。よろしく、お願いします。副長の宗谷です」
「-----、----------。-----------」
「『おお、あの名門宗谷のものか。これは光栄である』と、ツァーリ・ニジェーリカは申しております」
「……こちらこそ」
ましろと明乃は困惑を隠せないまま、ニジェーリカとサリンカを見つめていた。
サリンカはまあいい。機関長麻掄と同じぐらい小柄だが、ニコニコと柔らかい笑顔で応対している。気になるのは、そのサリンカの後ろに隠れるようにしている高身長の少女、ニジェーリカである。
何かもぞもぞとしゃべっているようだが、何を言っているのかはわからない。そんな彼女の言葉を、サリンカが伝声しているのだ。
あんなに偉そうなことを言っているくせに、ニジェーリカは、大きな体を必死にちぢこませてサリンカの後ろに隠れようとしていた。
「あの、ニジェーリカさんは?」
明乃が聞くと、サリンカはいとおしそうにニジェーリカの頭を撫でた。
「申し訳ありません。ツァーリは極度の人見知りで。初対面の方を前にすると、こうなってしまうのです」
「その人見知りの彼女があんな尊大な言葉を?」
ましろは表情がひきつったまま首をかしげるが、サリンカはさも当然という風に頷いた。
「ええ。私はツァーリのお言葉をそのままお伝えしているだけなので」
「「そうですか……」」
こういわれれば、二人は納得するしかないのだった。
――――――
主審の号令とともに、晴風とカガーノヴィチが港から離れていく。鳥取砂丘に設営された特設観覧席の巨大スクリーンには、飛行船から撮影された艦の様子が映し出されていた。
「キャップはどー思う? 晴風、勝てると思う?」
客席にいたハリウッドは、隣のもえかを見た。もえかはスクリーンから目をそらさずに答える。
「カガーノヴィチは、ホノルルよりも火力や装甲の面で劣ってる。沿海高校自体、その戦法は正面突破でごくありふれたものだから、可能性は十分にあると思う」
「じゃ、安心してみてられるわね」
「だといいけど……」
「あら? こんなところにいたの?」
突然、二人に声がかけられた。驚いて振り返ると、校長の宗谷真雪が立っていた。
もえかとハリウッドは立ち上がろうとして真雪に制される。
「そのままでいいわ。それにしても、二人は晴風には乗らないの?」
「はい。私たちは有明の乗員なので」
「あら、もったいない」
もえかの返答に真雪は顔をしかめた。
「晴風が執る作戦は知ってる?」
「すみません、校長。私たちも聞かされてなくて」
「そうなの? はぁ、せっかくいい選手がいるっていうのに、これじゃあ宝の持ち腐れね」
作戦を知らされていないのも、晴風に乗ったことがないのも、すべて……。
「ましろのせいでしょ?」
真雪が核心をついてきた。
「…………。『私の助けを借りることは、絶対にない』と、言われてしまいました」
もえかは曖昧にほほ笑む。真雪も呆れたように笑った。
「あの子もね、頑固だし意地っ張りだし。高校生にもなった困ったものだわ」
「はぁ……」
「あなたはどう思ってる? 知名さん」
突然の質問に、もえかは固まる。
「……私が、悪いんです。だから、宗谷さんのことは仕方がないかなって」
「自分に自信がないところがあなたの悪いところよ」
真雪は人差し指でもえかの額を軽くたたいた。
「でもちょーっと問題だよねー。軍艦道って連携第一だっていうのにさ」
「ハリウッド! 失礼でしょ!」
ざっくばらんに言い放ったハリウッドをもえかはたしなめたが、真雪はむしろ爆笑した。
「うふふふふっ! ほんとっ、その通りよ! よく言ってくれたわ」
ハリウッドの肩をバンバン叩き。
「親の私が言うのもおかしいけど、あの子は聡い子なの。さっきも言ったけど、頑固で意地っ張りなだけで」
「はい……」
「このままではいけないって、ましろも気づいているわ。あとはきっかけだけ。なにかあれば、きっと、ね」
三人の目は、航跡を描いて進む晴風に注がれた。
――――――
「宇佐マリーンの司令ともあろう人間が一回戦の観戦とはな」
ミス・プレシデントがその声を聴いたとき、思わず身体を固くした。
だがそれを相手に悟られぬよう、落ち着いて言い返す。
「……そのままその台詞をお返しするわ。聖グロリアーナのホーキンズ提督?」
聖グロリアーナ女学院軍艦道の提督、ホーキンズは犬歯を見せて凶暴そうに笑った。
「別にこんなちんけな試合を見に来たわけじゃねえさ。てめぇに話があったんだよ、プレシデント」
「あら? 何かしら?」
プレシデントが首をかしげると、ホーキンズはいら立ちを隠さずにじり寄る。
「とぼけんじゃねえ。うちと宇佐マリーンの取り決め、破棄するってどういうことだ?」
「日本語がお分かりなら理解できるでしょう。そのままの意味よ。来年度以降、宇佐マリーンと聖グロで関東の単艦戦出場枠を融通しあう協定は取り消す。うちは枠いっぱいまで選手登録を行うので、全国に行きたければ力ずくで奪いなさい、ということよ」
「ふざけてんのか?」
「『聖グロの不良集団』相手にふざけるほど、私は肝が据わっていないわ」
ホーキンズは何も言わず、懐から取り出した拳銃をプレシデントの頭に突き付けた。17世紀に使用されていた年代物の拳銃だ。
「あいにくあたしらは『不良』じゃねえ、『海賊』なんだ。お望み通り力ずくで行かせてもらうぜ」
「あら? その割に脇が甘いのね」
ホーキングは自分の脇腹に硬いものを感じた。それは一発で人間など粉々になってしまうような大口径の回転式拳銃だった。
「ちっ。相変わらずだな」
「あなたこそ」
お互いに拳銃を向けあい、緊迫した空気が漂う。
「考えを変える気は?」
「ないわ」
二人は同時に、引き金を引いた。
「なにやってんの、プレちゃん」
「なにしてんだ、提督」
宇佐マリーンと聖グロの副官は、銃口から星条旗とユニオンジャックを出したオモチャの銃を持っている己の上官を見て呆れるしかないのだった。
「よくできてんじゃねえか! プレシデント」
「あなたのだって。一瞬本物かと思ったわ」
「ばーか。そんなわけねえだろ」
「一瞬って言ったでしょっ! 一瞬だけよ」
二人して大盛り上がりするなか、そのテンションについていけないマンハッタンと、聖グロ提督付き副官ドレークは頭を抱える。
「会うたびに謎のシリアスモードいれるの止めてくんないかなぁ。周りのお客さん引いてるじゃん」
「いや、面目ねえ。うちのバカ提督が」
「いや、プレちゃんもこういうの好きだし……」
「あー、そんでさ、話し戻すけど」
そんな副官ズをしり目に、さっきとは一転和やかなモードでホーキンズは繰り出した。
「やっぱダメ? 何だったらあの横須賀女子も巻き込んでやってもいいぜ。うちの枠を譲ってもいいし」
「ごめんなさいね。もう決めたことなの。このままじゃだめだって思って」
実は、宇佐マリーンが持っていた「関東地区の全国大会出場枠独占」は、あくまで「宇佐マリーンが出場登録していた艦がすべて出場した」という意味に過ぎなかったのだ。
関東には聖グロリアーナ女学院という古参の強豪校があった。優勝経験すらある名門であり、普通なら、予選で宇佐と聖グロは死闘を演じるはずだった。しかし、地区予選での消耗を嫌った両校は艦の登録を調整しあうことで予選会を避けてきたのだ。
プレシデントの意思は変わらないと読み取り、ホーキンズはため息交じりに空を仰ぐ。
「はぁ、ま、別にいいけどよ。楽にとはいかなくなるが、一枠二枠は確保できるだろうし。ただ横須賀女子には災難じゃねえか? 駆逐艦で単艦戦にでるなんざ、聞いたことがねえし、うちもそのつもりはない。あいつらが当たる相手は格上ばっかになるぞ」
「艦種で優劣は決められないのよ、ホーキンズ」
――――――――
「ツァーリ。オプリチニクの配置は完了しました。作戦は予定通り進んでいます」
「―----、―---。……--、―---------?」
「……もはや、我々には手段を選んでいる余裕はありません。何としても、勝たなくてはいけないのです」
「―-、―----。―----」
「安心してください。絶対にばれません。もしばれても、全責任は私が」
「―-----!!」
「……ありがたきお言葉。このサリンカ、全力を尽くさせていただきます。我が沿海高校の、栄光を遺すのために」
カガーノヴィチは進む。
沿海高校と横須賀女子海洋学校の戦いが、幕明けようとしていた。
登場人物の紹介
ニジェーリカ……沿海高校軍艦道の司令官。白いコートをいつも着用している。極度の人見知りで、いつも黒い長髪で顔を隠すか、サリンカの後ろに隠れている。もぞもぞとしゃべるためその言葉はサリンカによって伝えられているが、実際彼女があの喋り方なのかは不明。
サリンカ……沿海高校副官。ニジェーリカの保護者でもあり、純粋に指揮官としても尊敬している。ニコニコ柔和な笑みで、とても人当たりが良いが、しれっと怖いことを言ったりもする。
沿海高校・・・・・・青森県大湊を母港にする学校。とても小規模だが生徒同士の中はよい。同じ県内のプラウダ高校とは、なぜか昔から対立している。ちなみに継続高校とはもっと仲が悪い。プラウダのことを「赤校」と呼ぶが、これは両校合同運動会でプラウダが赤組、沿海が白組だから。
ホーキンズ……聖グロ軍艦道提督。口も悪いし態度も悪い荒れくれもの。だが、別に不良というわけではないらしい。プレシデントとは友達。ちなみに聖グロ軍艦道の制服は伝統的に海賊スタイルである。男口調だが、女性である。
ドレーク……ホーキンズの部下。苦労人ポジションである。