「ウィルヘルムスハーフェン校の皆さん、ようこそ! 我が黒森峰女学園へ! 私は黒森峰軍艦道総統、東出瑞穂です!」
黒髪ショートの女性、東出瑞穂は満面の笑みと大げさな身振りでアドミラルシュペーの乗組員を迎えた。
「うむ。出迎え感謝する。私はシュペー艦長で今回の日本留学団団長、テオ・クロイツェルだこれから一年間、よろしく頼む」
テオは小さな体で尊大に腕を組む。
「同じく副長のヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクじゃ。ミーナでよいぞ」
「よろしくお願いします、テオ艦長、ミーナ副長」
瑞穂はニコニコして二人の手を握る。そして急に怖い顔となって、後ろを振り向いた。
「おい、貴様も挨拶しろ。日本の恥を見せる気か」
「うるさいわね、あんたが前に突っ立ってるからでしょ」
後ろにいた人物は瑞穂を押しのける。
「どうも、黒森峰戦車道隊長、逸見エリカです」
「戦車道か。頼まれた部品ならちょうど陸揚げしているところだ」
テオがシュペーから運び出されている大きな木箱を顎で指した。
「輸送協力、感謝します」
エリカが軽く頭を下げる。
「貴様も思い知っただろう、軍艦の偉大さをな。戦車では物資の輸送などできん」
得意満面に言い放つ瑞穂に、エリカは冷たく言い放った。
「そこで優劣をつけるなんて、あなたバカじゃないの?」
「ぐはっ」
「仲、悪いのか?」
ミーナが恐る恐る尋ねると、
「「ええ」」
エリカと瑞穂は息ぴったりに肯定した。
瑞穂は腕を振り上げて力説する。
「そもそも軍艦道と戦車道は不倶戴天の仇敵! あやつらは後から入ってきた新参者のくせにデカい顔をしている生意気ものなのです! 海洋大国日本で!!」
「ロクな成果もあげられず凋落していった競技が何言ってるのよ! 人気がある方が盛り上がるに決まってるでしょ!」
「深刻じゃのう……。ヨーロッパはそんなこともないのに」
「お国柄だな」
ミーナとテオは顔を見合わせる。
ヨーロッパではどちらも女性の近代武道として双方協力して競技の普及に励んでいる。両競技を並行して行う「上陸戦」も盛んだ。
「去年ノルマンディーで開催された上陸戦は最高だったな。全欧選手権でもあそこまでは盛り上がらん。なあ、ミーナ」
「ええ、艦長。ヨーロッパ中の学校が集まりましたからね。負けてしもうたのもええ思い出です」
「今年はシチリアだったな。参加できんのが残念だ」
「日本でもやりませんかね?」
「無理だろ」
二の前でぎゃーぎゃー言い争ってる戦車道隊長と軍艦道司令。これが日本戦車道と日本軍艦道の縮図である。
「だいたい準決勝にも残ったことがない弱小部が大きな口をたたかないでほしいわね」
エリカは爆弾を放った。瑞穂の青筋がぴきっと音を立てる。
「貴様……。言ってはならんことを」
「事実を言ったまでよ」
「ふふ、ふっふっふ。わーっははははははは!! 弱小部。なるほど弱小か。だが!! その汚名も去年でおしまいだぁ!!」
瑞穂はエリカの鼻先に人差し指を向けた。
「貴様ら戦車道が二年連続で優勝を逃しているこの隙に!! 我らが全国制覇し黒森峰に軍艦道ありと知らしめてやるのだぁ!!!」
「どうやって?」
一人盛り上がっている瑞穂に、エリカは極めて冷淡に、仕方なしという風に聞く。
「ここにいるウィルヘルムスハーフェン校の二人は! 全欧選手権で優勝経験があるほどの強豪選手! この二人をすでに黒森峰代表として全国大会にエントリーしてある! そうすればもはや優勝は我が物!! 宇佐マリーンも呉海洋女学校も敵ではない!!」
「……あんた、プライドはないの? 留学生に勝ってもらっていいの? ドイツの威を借るフィンランドじゃない(注・「虎の威を借る狐」と同じ意味。詳しくは「継続戦争」で検索)」
「いい! 勝利こそすべてだっ! 優勝さえすれば予算折衝で貴様らと比べられ生徒会に嫌味を言われることも無くなる! 装備更新、新艦購入、部員数増加だって夢ではない!!」
「…………。せいぜい頑張りなさい」
エリカはあきれを全く隠そうとしなかった。
「おお。吠えずらを掻くがいい!!」
瑞穂はそれに気づかず豪快に笑うのだった。
「不安じゃ」
「ミーナ黙っとけ。あ、そうだ、土産がある。ぜひ受け取ってくれ」
テオが思い出したように足元に置いてあった紙袋を取り出した。
「それはわざわざ……。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
瑞穂とエリカがそれぞれ礼を言って、テオのお土産、外国語の描かれた缶詰を受け取った。
その瞬間、ミーナの顔がゆがむ。
【て、テオ!! あれほど持ってくるなと言ったじゃろ!!】
思わずドイツ語で、しかもプライベートモードで叫んだ。
【? うまいからいいじゃないか。日本じゃ手に入りずらいと聞いてな、箱ごと持ってきたんだ】
テオもドイツ語である。
【なんてことをっ!! 武器輸出三原則に抵触するぞ!! 凶器集合準備罪違反だ!!】
【日本の法律じゃないか、どっちも。関係ない】
「なんていってるんだ? 二人とも」
「さあ?」
ドイツ語の分からない瑞穂とエリカはテオとミーナの会話など分かるはずがない。だから缶詰に書かれている言葉がスェーデン語であることも、その意味が「シュールストレミング」であることも、それが世界一臭い缶詰とうたわれていることも、まったく知る由がなかったのだった。
また、不用意に缶詰を開けたせいで黒森峰の戦車倉庫と黒森峰保有軍艦「アドミラル・ヒッパー」食堂が一時閉鎖されたのは別の話である。
「艦長! テオ艦長! 全国大会一回戦の組み合わせが出ました。我々の相手はアマルダ学院の重巡「カナリアス」です!」
「そうか。何分でやれる? ミーナ」
「会敵後十五分で」
黒森峰女学園から出場した「アドミラル・グラーフ・シュペー」は今年の全国大会の台風の目となりつつあった。
――――――
「ねえココちゃん。他校の組み合わせはどうなってる?」
明乃と幸子はプリントアウトしたトーナメント表を眺めていた。
「ええ。戦艦を主力艦とする学校だけで言うと……、白草農水高校「リットリオ」が継続高校「イルマリネン」と当っています。私たちが一回戦で勝ったらこのどちらかと当りますね。呉海洋女学校「大和」に、聖グロリアーナ「プリンス・オブ・ウェールズ」、それに宇佐マリーン「アイオワ」は表の反対側にいるので決勝まで当たりません。逆に東舞鶴女子の「陸奥」がこちら側にいます」
「ってことは」
「決勝に上がる前に、当たるかもしれません」
「……。いや、今は目の前の試合に集中しよう」
「そうですね。沿海高校は目立った経歴こそありませんが、私たちにとっては強敵です」
『艦長!! 岬かんちょーっ!! 「有明」との試合形式練習の準備が終わりましたよ!!』
「あ、宗谷さんが呼んでますよ、艦長」
「うん! ありがとう、ココちゃん!」
「いいえ! 記録員としての本望です!」
登場人物の紹介
テオ・クロイツェル……シュペー艦長。尊大な口調で話す幼児体型。ミーナとは昔からの親友である。好物はシュールストレミングにサルミアッキ。ちなみに日本語は『0800ダヨ! 総員整列!』という往年のコント番組で覚えた。
ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルク
シュペー副長。ナイスな体型。テオとは昔馴染み。日本食は苦手である。日本語は仁義がない感じの映画で覚えたので、呉方言が混じる。
東出瑞穂……黒森峰軍艦道総統。興奮すると大げさな身振り手振りを繰り出す。やたら大げさにものを言い、いつも怒鳴ってるみたいな口調で話す。戦車道は天敵。黒森峰を軍艦道で染め上げるという野望を持っているが、達成される見込みはない。