ガールズ&フリート   作:栄人

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新しい仲間たちです!……だけど本選でピンチ!

 関東地区予選会の熱狂が冷めやらぬまま、一週間が過ぎようとしていた。

 今日も今日とて、晴風は全国大会本選に向けた演習を行っている。

 今は演習も終わり、学校に帰還している最中だ。日もすっかり傾いている。

「いやぁ~、あたしたちもすっかり有名人だよね」

 西崎芽衣が照れくさそうに言った。というのも、晴風の横を一隻の和菓子屋船が『横須賀女子 全国進出おめでとう!!』という横断幕を掲げてすれ違ったからである。晴風も信号旗を掲げてお礼を言った。

 若干有頂天になっている芽衣に、

「あ、あの和菓子屋さんは杵崎さんのご実家ですね」

 幸子が少し言いにくそうに指摘する。

「なんだ、身内じゃーん」

「でも、普段は千葉の外房で営業なさってるんですって。わざわざここまで出て来て下さったんですよ!」

「え!? マジで!?」

「しかし……、少しは注目を集めるようになりましたね、艦長」

 ましろはそんなやり取りを見つめながら、少し満足にほほ笑んだ。

「うん。他のクラスメイトの子たちにも声をかけてもらえるようになったし、横須賀市の広報誌にも載せてもらえたし!」

 明乃が嬉しそうに答えた。

「入部希望者もちらほらですが来ているみたいですよ! といっても、船がないのでどうしようもありませんが……」

 幸子の言うとおり、あの試合以降、入部したいといっている生徒が徐々に増えているらしいのだが、晴風が割と定員いっぱいであり少し待ってもらっている状態なのだ。

「新しい艦、買わないのかなぁ?」

「厳しいな、うちの予算じゃ晴風の維持管理だけでも精いっぱいだし」

「そんな~」

 鈴の願望をましろは叩き潰す。

 そんなこんなしているうちに、横須賀女子が見えてきたのだが、

『艦長、所属不明の軍艦が一隻、うちのふ頭に入っています』

 マチコからの報告が入った。

「所属不明?」

 それを聞いた艦橋要員一同が首をかしげる。

「校旗や学校ナンバーは入ってる?」

 明乃が尋ねるが、

『いいえ。所属を示すものは、何も』

 帰ってきたのは否定だった。

「もしかして、新しく買ったとか?」

「そんな馬鹿な」

「何も聞いてないんですけどねぇ」

 不審に思いながらも、帰らないわけにはいかないので、晴風はそのまま正体不明艦の隣に入港した。

 横から不明艦を眺める。全長は晴風と同じぐらい。晴風と同じぐらいの単装砲が計五門。

「これは……。まさか」

「わかるの? シロちゃん」

「ええ。恐らく、アメリカのフレッチャー級駆逐艦かと。艦名についてはわかりかねます。フレッチャー級は170隻以上建造されたので」

 その時、フレッチャー級から何人かの人間が降りてきた。

 一人は横須賀女子校長、宗谷真雪。

 後ろには宇佐マリーン軍艦道の司令官、プレシデント。続くように副官であるマンハッタン。

 そしてその後ろには

「もかちゃんっ!?」

 横須賀女子の制服を着たもえかがいた。

 

 明乃はタラップを転がるように降りる。

「もかちゃん!? どうしたの、その服!?」

「うん、実はね……」

「艦長!! 勝手に飛びださないでください!!」

 ましろたち他の乗員も、続々と降りてきた。

 そして全員がそろったのを見計らって、もえかは頭を下げた。

「今日から横須賀女子でお世話になることになりました。知名もえかです。よろしくお願いします」

「「「ええええぇぇぇっ!!!!????」」」

 31人の絶叫がこだまする。そこに、ハリウッドが文句を言いながら降りてきた。

「キャプテーン、先に挨拶するなんてひどいじゃない」

「あ、ごめん、ハリウッド。晴風のみんなが揃ってたから、つい」

「ま、いいわ。ハーイ、晴風のみんな。私はハリウッド。年は16。好物はママのミートパイで、特技は砲戦かな?自慢じゃないけどダンスパーティでペアに困ったことはないわ。これからよろしく」

「「「…………」」」

「ねえ、キャップ。晴風ノリ悪いんじゃない? 私滑ったみたいになってるんだけど」

「見たいじゃなくて滑ってるんだよ。いきなりあのノリについて行けるわけないしょ」

 何とも言えない空気が場に漂う。

「えーと、つまり、その……」

 明乃が全員の気持ちを代弁する。

「どういうこと?」

 

「なるほど、そんなことが」

「ええ、納得してもらえたかしら? 宗谷ましろさん」

「はい。事情は理解できました。尾浜場先輩」

「プレシデントでいいわ」

 場所を晴風内の教室に移し、プレシデントからこの事態の説明が行われた。

「大変だったんだね、もかちゃん」

「ううん。こんな事全然」

「すでに天候に関しては宗谷校長からの許諾もいただいてるわ。私から言うのもおかしな話だけど、彼女たちをお願いね」

 プレシデントが言う。しかし、ましろは渋い顔をして後ろを振り返った。

「お願いと言われましても……」

 そこにいるのは、もえか・ハリウッドに加え、

「キャプテンといっしょの艦に乗りたいんです!」

「キャップと一緒にどこまでも!」

「キャプテン・ロッキーについていきたいんです!」

 一緒に転校してきた二十人近い宇佐マリーン生。

「この人数が、一気にうちに?」

「ええ、宗谷さん。みなさんロッキーのカリスマ性に充てられてしまったみたいね。みんなホノルルに乗っていた子たちよ」

 プレシデントはまるで人ごとのように笑った。

 一方の晴風側。芽衣、鈴、志摩も浮ついたように語り合う、

「いやー、一気に部員増えちゃったねー。うちも二軍とか作っちゃう?」

「そんなことしたら、私二軍落ちだよ~」

「楽しい……」

「楽しいわけあるかぁァァァぁっ!!」

 なんだか和気あいあいと受け入れる雰囲気になっていた晴風クルーに、ましろは怒鳴った。

「見聞を広げるとかなんだといわれたが、単に体の言いスパイじゃないか!! 短期転校ということはいつかは宇佐マリーンに戻るんだぞ!」

「あ、そうか」

「それにだ!! うちには晴風一隻しかない! この人数を裁けるほどの余裕はないぞ!」

「…………」

 ましろの一喝で、場が静まる。

「たしかに、うちの練習法とか盗まれるかもしんないしね」

「宇佐に持ってかれるのは嫌だなあ」

 さっきまでと態度が急転する。

「みんな……」

 明乃は不安そうに瞳を曇らせた。

「それにっ!」

 ましろはキッと、もえかをにらんだ。

 その時、

「あまり見くびらないでくださるかしら?」 

 プレシデントの凛とした声が、この空気を切り裂いた。

「こんなに堂々とスパイを派遣するまでもなく、我々はすでに情報を掴んでいるのよ? マンハッタン」

「はいはーい」

 プレシデントは後ろに控えていたマンハッタンに自分の手帳を渡した。

「まず……、野間マチコちゃん。どう? 東京湾に入る船ずっと数えてて、昨日はとうとう全問正解だったらしいじゃん」

「ど、どこでそれをっ!?」

「次に柳原麻侖ちゃん。すごいね、晴風の高温高圧缶の適性蒸気圧を自分で見つけたんだ。38 kgf/cm²らしいね?」

「なななななななんでおめえが知ってんでぃっ!?」

「そして宗谷ましろちゃん」

「……なんでしょう」

「かわいいよね、ボコ」

「ぎゃああああああああ!」

 秘密が次々と暴かれ戦慄する一同。

 プレシデントはその様子を楽しそうに見つめ、口を開いた。

「先の予選では我が方の油断もあり、ここまでの情報を得ていませんでしたが、これからはそうはいきませんよ? 我がIMF(マリーン学園情報科Fクラス)の諜報力をもってすればこれぐらいは余裕です。彼女たちに頼るまでもありません」

「優秀な諜報員がいてね。仮名・Eさんとでもしとくけど」

 マンハッタンも手帳を返しながら言う。

「ですから、一時のことかもしれませんが、彼女たちのこと、よろしくお願いします。あなた方の仲間として、受け入れてやってくれませんか?」

 プレシデントとマンハッタンが深く頭を下げた。

「や、やめてください!!」

 明乃が慌てて言う。

「そうです! 私のせいなんです! あたしのためにそんな……」

 もえかも二人に駆け寄った。

「お願いできますか? 岬さん」

「もちろんです」

 明乃はまっすぐプレシデントを見据える。

「もともと、私とももかちゃんは親友でしたし。別にチームに所属してたとしても、みんな軍艦道を一緒にやってきた仲間たちですから」

「『海の仲間は家族だから』ね」

「え?」

「いいえ、何でもないわ」

 プレシデントは明乃に手を差し出す。

「協力感謝します。岬艦長」

「尽力いたします。ミス・プレシデント」

 二人は固く握手を交わした。

「そうそう、ここに来るまでに乗ってきたあのフレッチャー級駆逐艦、あなた方に差し上げるわ」

「ええ?」

「名前も、好きなようにつけてもらって結構よ」

「え、いや、でもそんな」

 あんまりに突然な申し出に狼狽する明乃。

「いいのよ、元々未経験者の練習用に所有してたのだけれど、最近新入部員があまり入らなかったからずっと遊んでたの。ここで有効に使われた方があの娘も喜ぶわ」

 プレシデントがほほ笑む。

 明乃は少し困ったように周囲の様子をうかがって、

「……わかりました。大切に使わせてもらいます」

「おお!! じゃあうちもとうとう二隻体制に!? 部員も倍に!?」

「マジ120パーやばいんだけど!!」

「っしゃ!! 祭りだ!! 歓迎祭でぇい!!」

「あ! こらちょっとまて!! おちつけっ!!」

 

 こうして、知名もえか以下22人が新たに入部し、宇佐マリーンからフレッチャー級駆逐艦一隻が寄贈された。この船は明乃によって「有明」と命名されたのだった。

 

 再び数日が過ぎた。

 宇佐マリーンからの転校組はあっという間に晴風メンバーと馴染み、受け入れられた。ただひとり、ましろだけがいまだにもえかを訝しんでいるが。

「……シロちゃん、どうしたらもかちゃんと仲良くしてくれるのかな?」

「それをなぜ私に聞く? 艦長」

 医務机の前で不服そうな顔をしながら塩ココアをすすったのは、

「ごめんね、美波さん」

 船医、鏑木美波である。

「わたしが変なこと言っちゃたから、シロちゃんはまだ……」

「宗谷副長も強情だからな。当人同士の関係が修復されてるのになぜ副長が腹を立ててるのか、理解に苦しむ……、というわけでもないが」

「え?」

「だが、これはもはや副長と知名もえかの問題だ。君子危うきに近づかず。よほどでない限り口出ししない方がいい」

「でも……」

「……『有明』の意味を教えてやろう」

「美波さんが提案してくれたんだもんね。この名前。そうえば理由は聞いてなかったな」

 美波はくるりと椅子を回転させ、明乃と対面した。

「夜明け」

 ぽつりと言う。

「これが、今回の出来事が、私たちにとっての夜明けになればと思ったんだ」

「そうなんだ……」

「夜が明けた後、その日を良いものにできるかは当人の努力次第だがな。知名もえかも宗谷ましろも十分理解しているだろう」

「そっか」

 明乃は立ち上がった。

「ありがとう、美波さん。話聞いてもらって」

「聞くだけならいつでもいいぞ」

 その時、伝声管を通じて幸子の声が艦内に響き渡った。

『本戦一回戦の対戦相手が決まりました! 沿海高校のマクシム・ゴーリキー級軽巡洋艦「ラーザリ・カガノーヴィチ」です』

『沿海高校……、だと?』

 弱弱しいましろの声が後ろからかすかに聞こえたのだった。




ちなみに艦隊戦のエントリー期間は終わっているので横女艦隊(駆逐艦二隻)の出番はもうちょっと先です。
〜登場艦の紹介〜
有明……全長114.7メートル。最大速35ノット。武装は38口径5インチ砲5門。40ミリ対空砲4門。20ミリ対空砲4門。21インチ魚雷発射管10門。爆雷軌条2基。軍艦道初心者用としてポピュラーな艦である。

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