試合開始から一時間が経過した。時刻は午後二時。
軽巡洋艦『ホノルル』はちょっとしたパニック状態に陥っていた。
「なんで……、晴風がどこにもいないの」
もえかは茫然とつぶやいた。
そう、ホノルルはいまだ試合相手の晴風の姿を捕捉できないでいたのだ。
「何考えてんのよ、晴風は」
ハリウッドもいらだつ。
単艦戦における試合海域は20キロメートル四方であり、環境さえ整えば試合開始時点で相手の艦を見ることができる。
今日はそれほど視界がよくないため、視認できるのはせいぜい5キロほどだが、それでも広いとは言えない海域を晴風はなぜか逃げ回っているのだ。
「どーする? キャプテン」
ハリウッドが尋ねる。
「……どうしても目視じゃ限界がある。レーダーを中心に索敵。それと、
「ホワイ? なんでまた。晴風探さないの?」
「晴風の足の速さじゃ、追いつくのには限界がある。でも逆に、狭い海域をうろつくんだったらここで待ち伏せをしておいた方が出会う確率も高いでしょ」
「オッケー。さっすがキャプテン。頼りになるね」
「あと、魚雷の奇襲に気をつけよう。水測に指示して」
「イエス、キャップ」
対晴風戦において、最も警戒すべきなのは雷撃だ。
戦車道にける日本戦車は、やれ紙装甲だのなんだの言われているが、日本軍艦は世界の四強に数えられるほどの高性能を誇る。
特に晴風もその名を連ねる陽炎型駆逐艦の雷撃性能は、競技で使用が認められている軍艦の中ではトップレベルだ。
だからこそ、ホノルルは魚雷回避の練習を中心に行ってきた。そのうえ水測機器は大変優秀なアメリカ製を使用している。
また日本軍艦はその性能を個人の技量に頼る面が大きい。素人集団の横須賀女子では晴風本来の性能を出し切ることはできない、というのがミーティングを重ねた宇佐マリーンの出した結論だった。
それでも。
「ミケちゃん……。一体何をするつもりなの……?」
もえかは小さく問いかけた。
晴風発見の報がレーダー員からもたらされたのは、待ち伏せを始めてから30分ほど過ぎたころだった。
「晴風発見。十一時の方向。距離二二。南東から北西に向かって航行中」
「
ホノルル左側から右側へと横切ろうとしている晴風と平行になるように、もえかは艦を進める。
「晴風発砲!」
「落ち着いて! まだ晴風の主砲からは射程外だから!」
晴風の主砲、12・7センチ砲の射程は約18000メートル。一方ホノルルの主砲は約24000メートル。砲の射程では圧倒的にこちらが上だ。
「戦闘よーい! 戦闘左砲戦。目標300度距離二〇、晴風! 砲位角右一二〇度!」
「射撃よーいよし! 全砲門オッケーだよ!」
砲術長からの報告を聞き、もえかは腕を振り下ろした。
「攻撃始めっ!」
「Fire!!」
ホノルルの砲塔が火を噴いた。
「着弾・・・・・・今っ!」
双眼鏡を覗いていたハリウッドが叫ぶと同時に、晴風の周囲に水柱が上がった。
「ちっ。命中弾なし!」
舌打ちをするハリウッド。
「攻撃続けて」
もえかは短く指示を出す。が、頭の中には別の考えが浮かんでいた。
おかしい。もうとっくに、相手の魚雷射程に入っているのに、なんで攻撃してこないんだろう。
「晴風、再び発砲!」
「回避!」
それにさっきから無意味だと分かっているはずの砲戦を仕掛けてきている。
「距離一八まで接近!」
「この距離を維持! 砲撃の手を緩めないで!」
「イエス!」
「やるね、向こうの操舵手。見事な回避運動よ」
ハリウッドが悔しそうに賞賛を口にした。
晴風はその機動力を活かしてジグザグに航行しており、ホノルルの砲撃を交わしている。
その時、思いもよらぬことが起きた。
「は、晴風が接近してきます! しかも全速力で!!」
突如艦首をこちらに向けた晴風が猛スピードでつっこんできたのだ。
「なに? 自殺でもしに来たのっ!?」
ハリウッドが困惑する。他の船員も同様だ。
「近づいてきたなら好都合! 斉射続けて! ここで一気に片をつけるっ!」
「休むな!! fire!!」
確実に晴風にダメージは与えられている。
命中まで行かなくても、至近弾の影響で大きく揺れる晴風を見て、もえかはそう確信する。けれども胸中の不安を払しょくすることができない。
「晴風との距離、一五まで接近! は、発砲! これは……」
「どうしたの!?」
「発煙弾です!」
「発煙弾!?」
もえかは驚愕した。
晴風の第一砲塔からは、確かにピンク色の煙が発射され、ホノルルの前を横切っていった。視界が遮られる。
「ま、まさか!!」
ある一つの考えに思い至った。
このままでは、負ける。
「おーもかーじっ一杯! 全速でここから離脱っ!」
「はあ!? どうしたのキャプテン!」
「とにかく急いで!」
晴風の発砲音が聞こえる。こうしている間にも、次々と発煙弾を撃ち込んでいるのだろう。
「見はり! 状況を」
「視界〇! 何も見えません……」
もえかは歯ぎしりをした。
「なるほど、これなら魚雷の航跡も見えないわね」
もえかの考えを読み取ったハリウッドが感心して頷いた。
「だけどキャプテン、こっちのソナーは優秀じゃない。全速で言ったとしても魚雷の音を漏らすことはないわよ」
「ううん。あるの。ソナーを潰す方法が、一つだけ」
短期決戦にかけた自分の負けだ。あそこまで接近されなければこの手は使えなかったのに。
激しい後悔に襲われたもえかの耳に曇った、爆発音が届いた。
「こちらソナーです~。つ、潰されました~」
「レアリ―!?」
ハリウッドが怒鳴った。
「爆雷を使われたの」
もえかは悔しさで手を握りしめて、ポツリと言った。
「爆雷? あれは対潜兵器じゃない! 単艦戦で使うなんて聞いたことない!」
「ソナーは超音波を出して水中の状況を読み取る。爆雷なんかで水中爆発を起こされれば、その性能を発揮できない。そして次に来るのは……」
「魚雷……」
ハリウッドは歯を食いしばった。
もはや耳目潰された状態だ。晴風がどこにいて、どこからどれだけの魚雷を撃ってくるのか皆目見当がつかない。
「……とーりかーじ一杯!!」
これは賭けだ。
「岬艦長。爆雷投下完了しました」
ましろの報告を聞き、明乃は手を握りしめた。次の一手ですべてが決まる。これで失敗すれば、もはや後がない。
「とーりかーじ! 右水雷戦! 魚雷発射よーい! ……」
「どこに撃つ? 艦長」
緊張した面持ちで芽衣が聞く。
ホノルルが右に回避するのか、左か、回避せず直進するのか。
「目標!」
これは賭けだ。
「ホノルル左舷側! 120度!」
「発射用意よし!」
「てっぇぇぇぇぇぇ!!!」
芽衣の号令がこだましいた。
8発の魚雷が次々吐き出される。
この賭けに勝ったのは、
「魚雷命中!!」
「ホノルル! 轟沈判定確認!! よって横須賀女子海洋学校『晴風』の勝利っ!!!」
第64回軍艦道全国大会は、大波乱の幕開けを迎えた。
――――――――――――
晴風とホノルルが死闘を演じていた、ちょうどそのころ。
九州西方、熊本沖300キロの海域。
「艦長。あと半日もすれば、黒森峰の学園艦と合流できます」
「そうか、ご苦労。ミーナ」
ヴィルヘルムスハーフェン校所属ドイッチェランド級装甲艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」は大海原に白い航跡を描きながら進んでいたのだった。
やっとミーナさんを出せました。
これからちょくちょくガルパン本家様に登場した学校を出せたらなーと考えています。