俺は褐色ロリなモンスター   作:へべれけだいこん

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第3話 初めてのヌキヌキ

 ペットを飼っているという人は、今のこの世の中では結構多いはずだ。

 犬や猫、鳥、ハムスター、虎、象。色々なペットを飼っている人が存在するわけだが、その全員がきちんとペットの世話をしているかと言えば、否である。

 どんな可愛い動物であろうと、世話がかかる。しかし、皆がこれをきちんと理解し、実行できているわけではないのだ。半分近くの人は、勢いで飼い始めたペットを蔑ろにする。共に楽しい生活を送りたいと引き取られたはずのペットは、生かされているだけの動物へと成り下がる。

 

 このペットに辛い世の中で、ある意味ではペットと呼べるかもしれない俺は、とても幸運なのだろう。

 

 

 そんなペットヤマカを幸運にしてくれている飼い主。ハムヒトという好青年。

 彼の朝は早い。

 間抜けな俺よりもずっと勤勉なハムヒトの朝一番の仕事は、お弁当作りから始まる。

 自分がバイト先で食べるため、家で留守を預かる俺のお昼のためだ。

 朝の4時。そんな、まだ寝ている人も多い静かな時間に、包丁がまな板を叩く音がリズム良く響く。少しすれば、油の弾ける音と香ばしい匂いがふわりと流れていき……

 

 それは、俺の人よりも少し敏感な嗅覚と聴覚をこれでもかと刺激する。

 

 朝起きてすぐに、消え去った我が半身の代わりにムクムクと大きくなるのは俺の内なる3大欲求の一つ。食欲だ。

 しかしそれでも、この驚異的なまでの睡眠欲には抗えず、布団から抜け出そうとは思えない。これが人生の厳しさかうぬぬ、と顔をしかめる俺。

 

 ぐくうぐくう、と鳴り続ける柔らかお腹。それを抑え込むため、もぞもぞと布団に潜り込み、しかし息苦しくなって、はふぅと顔を出して……。そんな奇怪な行動を繰り返している内に、いつもの時間がやってくる。

 

 俺が寝ているのは、2階のハムヒトのご両親の部屋。その部屋の戸からノック音が聞こえてきた。とうとう起床の時間がやってきたのだ。

 

「入りますよヤマカさん」

「んぅ……」

 

 入室してきたハムヒトに合わせて、俺は布団に潜り込む。微睡みから抜け出したくない俺の、精一杯の抵抗だ。

 

「起きてください、もう朝ですよ」

 

 そんなことは言われなくても分かっている。何せ、ハムヒトが起きた時から俺の意識は半分覚醒していたのだから。だから、お前が俺のために朝早くから弁当や朝食。作ってくれていたことも知っている。

 

「うぅ……あと――」

「5分も待ちません。今すぐ、起きてください。すぐに起きた方が、気分も晴れやかになりますよ」

「うそ……」

「うそじゃないです。……ほら、ぱっぱと起きてください」

「うぅ……ぱぱっとらいす」

「お腹空いたのは分かりましたから、早く」

「分かったよ……」

 

 だからあまり肩を揺さぶらないでおくれよハムヒト。

 そう思いつつ、布団から這い出した。

 

「おはようございます、ヤマカさん」

「はよう……」

 

 欠伸をして、伸びをする。

 

「…………」

「なに……? そんなジロジロ見て」

「……いえ何も。あ、ほら、シャツがズレて肩が出てますよ」

「ぬ、本当だ」

「というか、寝巻きのシャツも買ってあげたじゃないですか。なんで未だに僕のシャツ着てるんですか……」

「わ、悪い、つい癖で……。あ、あとで脱いどくよ」

「まあいいです。シャツは洗濯機の方に入れといてください」

 

 どことなく機嫌が良くなったハムヒトは、カーテンと窓を開け始める。

 

「今日は僕、バイトがいつもより早いんです」

「そっか」

「でもって、帰るのも夕方くらいになりそうです」

「…………そっか」

 

 ハムヒトのバイトは普段、朝の9時から昼過ぎの2時まで。だからいつもは、俺が昼食を済まし少しゴロゴロしていれば、帰ってくるのだ。

 

 けれど、今日は夕方までずっと1人。

 

「ちゃんとお留守番、できますか?」

「当たり前だろ」

「そうですか……。じゃあ、朝ご飯にしましょうか」

「おう」

 

 少し独りきりな時間が増えるだけ。きっと平気だ。

 

 

 

 ――――

 

 

 

「行ってらっしゃい。気をつけろよ」

「はい。行ってきます、ヤマカさん」

 

 そんな挨拶を交わしてから、お日様が一番高くなるほどに時間が経過してしまった。

 

「暇……だな……」

 

 リビングの床にごろりと寝転がりつつ呟いた。床のフローリングはひんやりと気持ち良くて、けれどゴツゴツと痛くて。そんな感覚を背中の羽と尻尾で感じ取りながら、天井を眺める。

 

「ハムヒトが作ってくれたお弁当……食べちゃったしなー。なー、なー……」

 

 ごろごろごろり。小さな体を活かして、ソファーや机の合間を縫うように転がり回る。

 お弁当という留守番中で一番の楽しみである物が無くなってしまった。よって、俺こと自堕落モンスターは、いよいよ暇を持て余していた。

 あ、ちなみに最近の趣味は独り言と睡眠とお弁当です。

 

「たまには家事っぽいこと、してみるか……?」

 

 ふとそんなことを思いつけば、いいないいなそうしようきっと喜ばれるぞ、と脳内の全俺が賛同してくる。

 

「何がいいかな……」

 

 家事を手伝うと言っても、そこが悩みどころだ。

 家主のハムヒトは几帳面な性格。対して俺は、どちらかと言えばズボラ。下手に手伝おうとすれば、彼のお眼鏡に叶わず、余計な仕事を増やすだけかもしれない。

 

「普段あいつがあまりやらないこと……うむぅ……うむぅ」

 

 そうして悩んでいると、次第にコメカミ辺りが熱くなってきてしまった。オーバーヒートするのが早い頭だ。

 コメカミの上辺りを押さえつつ、風に当たりに。

 そして足を止める。目に入っているのは、窓から見える庭の草。俺が来てから、余分に家事が増えたからなのだろうか。来たばかりの頃は新築のように整っていた庭も、今では少し荒れている。

 

「うん、決めたっ」

 

 そうだ、草抜きしよう。

 

 思いついてから、行動に移すのにさして時間はかからなかった。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ぬきぬきぬき、ぬきぬきぬき。

 先ほど弁当のお供として見ていた児童向け番組のテーマ曲のリズムに合わせて、そう口ずさむ。

 お気に入りの公人パーカーの姿で、延々と庭の雑草を抜いているのだ。

 

 ひそひそひそ、ひそひそひそ。

 そんな風に小声で会話しながら、俺を遠くから指差してくるのは近所の子どもたち。

 

「痛いな……」

 

 この場合の『痛い』は、ずっと中腰でいることによる腰痛ではなく、遠巻きから眺められていることによる複数の視線の痛さ。

 まあかと言って文句は言わない。

 この体になる前から、そういう視線には慣れているし、俺はこれでも大人だ。大人なレディーらしく、冷静に、優雅に振る舞うべきだろう。

 

「ヌキヌキヌキヌキって、ずっと意味わかんねえこと言ってて恥ずかしくないのか?」

「うっせ」

 

 大人なレディー感が、1秒足らずで崩れ去ってしまった。

 やはり元男のくせにレディーを名乗ろうと言うのが甘かったのだろうか。

 

「女のくせに口悪いなお前。というかお前誰だよ」

「誰って……ヤマカだけど。お前こそ誰だ」

「お前なんかに教えるか」

「えぇ……。そうっすか」

 

 いつの間にか俺の元へとやってきていた、先の子どもたちの内の1人。その坊主頭の似合う少年は、俺を値踏みするような眼で、少しずつ距離を詰めてくる。

 

 しかし少し言葉を交わして分かった。この少年は相当、口が悪い。いわゆる悪ガキと分類されるであろう、厄介極まりない部類の子どもだ。

 

「この庭の草、来留主兄ちゃんのものなんだぞ。勝手に取るなよ」

「取ってない、抜いてるんだ」

 

 さっきも言ってたろうに。ぬきぬきぬき、ぬきぬきぬき、と。

 そしてどうやら、この少年はハムヒトと面識があるようだ。

 

「なんで抜いてるんだよ」

「草抜きだよ草抜き。その来留主兄ちゃんが喜ぶかなーと思ってな」

「ふぅん……。じゃあ俺もやる」

「え……あ、おう」

 

 俺の隣に座って、草を抜き始めた少年。そして思い出したかのように、遠くのお仲間チルドレンに帰れと声をかけ、また草抜きを始める。

 

「…………」

「…………」

 

 おかしいな。俺とこの子は初対面のはずなのだが、どうにも距離が近くて遠慮がない。先ほどまで、俺のことをかなり警戒していたとおもうのだが。何が彼の琴線に触れたのだろうか。俺が紛いなりにも褐色ロリだからか? 違うか。

 

「近くないか?」

「あ? 近くに座らないと話せねえだろ」

「それもそうか」

 

 この一瞬で心の間合いを詰めてくる辺りは、子どもの凄さと言えるところだろうか。大人には到底真似できない芸当だ。

 

「なあ、お前……」

「何さね」

「この前、お前と来留主兄ちゃんが一緒に出かけるの見たんだ。お前、来留主兄ちゃんの妹なのか?」

 

 どうやら、先日のショッピングに向かう姿を見られたらしい。

 ということは、もしかすると帰りの俺のおニューなファッションも見られたのではあるまいな。もしそうだとしたら少し、いやかなり恥ずかしいぞ。あの時は少しばかりテンションが上がってしまって、ハムヒトに笑われたぐらいなのだから。

 

「別に妹じゃないよ」

「じゃあなんで、お前と来留主兄ちゃん、一緒に住んでんだよ。お前みたいなヤツ、最近まで見たことなかった」

「うーむ……」

 

 どう説明したものか、と悩む俺。それに対して、何かを誤解したらしい少年は、顔を赤くしながら言う。

 

「まさかアイジンとか、セフレとか、エンコードとかか!?」

「いや違う」

 

 本当に意味を分かって言っているのか。それに最後はエンコードではなく、援交だろうに。ファイルを圧縮してどうする。

 それに俺とハムヒトは、そんなエロティックでアダルティーな関係ではない。

 

「俺は最近になって、この家に来たんだ。ハムヒト……えっと、来留主兄ちゃんのことな。ハムヒトとはまあ、一時的なペットと飼い主って関係だよ」

「なんだよそれ。来留主兄ちゃんがペットだって言うのか?」

 

 こちらを睨んでくる少年。

 ハムヒトによほど懐いているのだろう。

 

「違うよ。俺がペットで、ハムヒトが飼い主」

 

 俺はコメカミ辺りをさすりながら、困ったように言った。

 

「ふぅん……。じゃあお前、俺ん家のカリバーンと一緒だな」

「誰だソイツ」

 

 選定の剣とか呼ばれてそうな、随分と大仰な名前だ。

 

「俺ん家で飼ってる犬だよ。かっこいい名前だろ」

「ああ、まあ、そうね」

 

 かっこいいとは思うが、犬の名前にカリバーンはどうなのだろうか。

 

「とにかくカリバーンのやつ、いっつも言うこと聞かなくてな? それでな、母ちゃんも餌やれ水やれってうるさくてよ。それでそれで――――」

 

 話がすぐに脱線するのも、子どもだからこそか。

 それから楽しそうに、時に腹立たしそうに家族のことを話し始める少年。彼の会話に頷き、時に意見しつつ耳を傾けていて……

 一つ、分かったことがある。

 

 どうやら、ご近所で俺とハムヒトのことは少し有名になっているらしい。

 やはりと言うべきだろうか。いやむしろ訝しまれない方がおかしいのか。

 それでも直接聞きに来ないのは、ハムヒトが信頼されているからか、皆厄介ごとは避けたいからだろう。両方が理由かもしれないし、もしかすると通報されているのかもしれない。

 

「けどあれだな! 母さんには近づくなって言われてたけど、お前と喋って正解だったな!」

「そうか?」

「おう、だってお前面白いし。俺の話すこと、ちゃんと聞いてくれるしな!」

 

 半分くらいは聞き流していたが、少年がそう勘違いしてくれているなら、そのままにしておこう。

 

「なあお前……じゃなくてヤマカっ」

「何さね」

「お前どこ小だよ?」

 

 時代遅れのヤンキーみたいなことを言ってくる小学生だ。

 

「小学校には行ってない」

「なんでだ? ハッ……もしかしてお前、そんなミクロンレベルの身長でまさかの中学生か!?」

 

 確かに小さいのは認めるが、少し腹が立つ言い方だな。しかしミクロンなんて、難しい言葉を知っていて少し感心したので許してやろう。

 

「もう、行ってないんだ」

 

 だって義務教育過程は、かなり前に全て終了させちゃったもの。今さら小学校なんて御免だ。

 

「ぇ……、あ、そっか。悪い」

「……? お、おう」

 

 途端にしょんぼりしてしまった少年。そこの雑草を、誤って口に運んでしまったりしたのだろうか。

 

「ヤマカ、友だちになろうぜ!」

「友だち?」

「ああ! そしたらお前も寂しくないだろ? それに来留主兄ちゃんだってそれで喜ぶかもしれないしなっ」

「ハムヒトが……? 特に喜ばないと思うけど」

「いいんだよ! ――ほら!」

 

 話しつつも草を抜き続けていた働き者な俺の右手ちゃんを掴み、強引に自分と握手させる少年。

 

「これで友だちな!」

「……。……おう」

 

 なんだか、何かを勘違いされているような気がしないこともないのだが、気にすることでもないか。今は、久方ぶりに出来た新しい友人に喜ぶとしよう。ちなみにハムヒトは友人というより、主人で恩人だから友人には含まれない。

 

「友だち、か……。ちょっと嬉しいかもしれない」

「ほんとかっ? 良かったぜ」

 

 歳は離れているが、新しく出来た友人。近所からどう思われているか、少し把握できたこと。収穫は確かにあった。

 

 ――今日は庭の草抜きをして正解だったな。

 

 そう思った直後だ。

 俺が今まで目深に被っていたパーカーのフード。それが勢いよく脱がされた。

 

「あら、ビンゴ。この子で間違いないわね」

「……え……?」

 

 俺のフードを脱がしたのは、目の前の少年でもなく、ましてや風のいたずらでもない。

 

 突如、後ろから伸びてきた手だ。

 

「小柄な体に黒い肌、カラフルな髪色。それで服の上からだから分かりづらいけど、羽と尻尾ついてるわね。ふふ……、小さいけどコメカミ辺りに角もある。となると……」

 

 いきなりの介入者。俺はそいつに意識を割かれ、今しがた話していた少年をよそに、恐る恐る、ネジの切れかけた人形のように徐に振り返る。

 いきなりフードを脱がされて驚いたこともあるが、何よりその獲物を勘定するかのような声色が怖かったのだ。

 

「あら、白目が黒いし、目の周りに独特の痣もある。うん、連絡にあったのはこの子で間違いないわね」

 

 声の主は俺よりもずっと背が高く、こちらを威圧するような黒塗りの服装。こちらを見透かしてくるような、サングラス越しでも分かる鋭い眼。

 

「あなた、デビル系他種族のレッサーデビルよね? 他種族間交流法により、強制連行するわ」

 

 草抜きしたの、間違いだったかもだハムヒト……

 

 俺は心の中で嘆いた。




お気に入り・評価・感想ありがとうございます。
お陰様で当作品を連載することにしました。更新は遅れがちになりますが、今後ともヤマカとハムヒトをよろしくお願いいたします。

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