俺は褐色ロリなモンスター   作:へべれけだいこん

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第2話 忘れてしまったもの

『肉食系』という造語がある。

 それについての俺の意見は、「非常によろしいのではないでしょうか」といった具合である。

 異性へのアプローチが積極的なのは、人類の未来にとってどちらかと言えば良いことであるし……子孫を残そうとするのは、生き物として当然のものだ。

 

「ちなみにこの場合の肉食系ってのは、お肉ラブなことを言うわけじゃあない。つまり最近とてもお肉大好きな俺も、別に肉食系じゃないってわけだ」

 

 服も買い終え、待ちに待ったお昼時間。場所は全国規模で有名なファミリーなレストランである。

 俺はそこでチーズインハンバーグを頬張りつつ、以前昼過ぎの通販番組で知ったことの受け売りを話す。

 恐らく目の前で間抜けそうにステーキを咀嚼するこの男は、肉食系の意味を知るまい。大勢の前で恥をかかぬ前に、こやつに教えてあげるヤマカこと俺。なんて慈愛に満ち溢れているのだろうか。

 

「…………」

「ふ……びっくりして声も出ないか。間違いに気付けて良かったな」

「あの……」

「何さ」

 

 恐る恐るといった風に挙手してくるハムヒト。先生は寛容なので、意見具申を許可しよう。

 

「ヤマカさん、それって結構常識ですよ……?」

「……。……ん?」

「いやだから、『肉食系が恋愛とかに積極的な人のことを指す』ってのは、かーなーり常識です」

「……ふむ……」

 

 おかしいな……。確かに昨日のテレビでは知らない人も多いと、そう言っていた。

 だから俺は、ハムヒトもこの驚愕の事実を教えてやろうと思ったのだ。そしてあわよくば、からかってやろう。と、そう思ったのだ。

 

 だというのに――

 

 だのにハムヒトはそれを知っていた。しかも常識だと言う。

 

「ヤマカさん、大丈夫ですか? 茹でてるカニみたいに、どんどん顔が赤くなってますよ」

 

 咄嗟に食材の調理過程で俺を例えてくるとは、なんとも家庭的じゃないか。そういうところ高得点よ俺的に。

 

 ――と、そうじゃなくて。

 

 つまりテレビで言っていたことは間違いで、恥をかいたのは俺、ということらしい。

 

「うぁあぁぁぁ………」

 

 分かってしまえば自ずと、情けない声が口から漏れ始めた。もう嫌だと顔を両手で隠し、いやんいやんと首を振る。

 

「なんですかイヤンイヤンって……」

「ぅぐっ……」

 

 どうやら口に出ていたらしい。俺はとうとう机に突っ伏した。

 ああ、テーブルの冷たさが心地良い。熟れた頬に溜まった熱と羞恥を晴らしてくれる。

 

「飲みます……? 水ですけど」

 

 伏せた顔の隣に差し出されたコップ。恐らくハムヒトの飲みかけと思われるそれ。

 俺は数瞬悩んだものの、ハムヒトの好意に甘えることにし、がばりと起きて水を一気に飲み干した。

 

「落ち着きました?」

「……うん。……あんがと……」

 

 羞恥によってこんがらがっていた思考も、少しばかり回復した気がする。頬は未だ少し熱いので、手で首元をパタパタと扇ぎつつ……俺は思考を切り替える。

 

「それにしてもなんだ。なんか変な味がした」

「……? 水がですか? 特に何も混ざってないただの水だと思いますけど……」

「うん、確かに水なんだけど……なんかこう、な? 本当に分かりづらいんだけど……、俺のじゃないナニカが、ほんのちょっぴり含まれてた気がした」

「ふむ……」

 

 そんな俺の説明に首をひねる男。

 許せ、ハムヒト……。俺だって上手く説明出来んのだ。

 

 恐らくこの身体になって、味覚が人間の時のそれより数倍に跳ね上がっている影響ではないかと思われる。その割にはグルメになったとか、そんなことは無いが。

 

「ううむ……考え中……考え中……」

「あ、はい」

 

 手を組みぬんぬんと唸る俺。気分は一休さんだ。このピンク頭を丸めてみるか?

 褐色坊主ロリとんち。新ジャンルの開拓というわけか。

 

「ああ分かった! これお前の唾液の味だ!」

「ぶふぉあ!?」

 

 閃いたことをそのまま口にすれば、今度はハムヒトの顔が茹で蟹になってしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいヤマカさん!?」

「なんだよ」

「確かにそれは僕の飲みかけでしたけど! その……だ、唾液が入るような汚い飲み方してませんよ!?」

 

 何を言うか。唇とコップが一度でも触れ、口内と水が一度でも通じたならば微量でも唾液が混入してしまうのは必然というものだ。

 

「なに気にするな。唾液が入ったぐらいでなんだ。たかが唾液だ。それに俺は、お前が毎日歯磨きに15分以上時間かけてることを知ってるぞ。お前の唾液は他の奴の唾液より綺麗なんだ。自分の唾液に自信を持っていいんだぞ」

「それもう唾液って言いたいだけですよねぇ!?」

 

 すまぬハムヒトよ。そのあまりの慌てようはとても嗜虐心を駆り立てられるのだ。

 

「ふぅ……」

 

 満足だと言わんばかりの息が口から漏れる。

 ハムヒトをからかったことにより、先の俺の羞恥はほとんど無くなったと言っていいだろう。

 他人をからかって精神の均衡を図ろうとするとは、俺もなかなか業が深くなったものだ。これも肉体の変化の影響か。

 

「じゃあそろそろ、お暇しようか」

「うぅ……そうですね。そうしましょう」

 

 椅子からぽてりと降りた俺。それを追うようにハムヒトも席を立つ。

 

「ヤマカさんの服は買いましたし、お昼も食べましたし……これからどうします?」

「ハムヒトに任せる」

「もう一着ぐらい、可愛い服買いに行きます?」

「本屋に行こうそうしよう」

 

 既に何着買ったと思っているのだ。

 恥ずかしいし、何よりどうしても金額を気にしてしまう。

 

「……しょうがないですね。なら、そうしましょう」

 

 会計の際に店員さんから飴を2つ貰った。子どもに見えますか、そうですか。

 

 

 

 ――――

 

 

 

 ――昨日はありがとう。そして、これからもどうぞよろしくお願いします。

 

 なんて、我が儘を言えたらどんなに楽だろうか。

 

 今日のショッピングは、正直に言ってとても楽しかった。生まれてこのかた、ろくに他人と関わらなかった俺にとって、今日は人生でトップ3に入るレベルでの楽しさだったのだ。

 

 でもだからこそ、だからこそなのだ。

 彼の善意に甘え続けるのは良くない。落ち着いたら、ここを出ていかなければなるまい。俺がこのままこの家に居続ければ、必ずハムヒトに迷惑がかかる。

 

「何せ今の俺はモンスター。他種族になっちゃってるんだからな……」

 

 ――他種族。

 

 この世界には、人間とは似て非なる種族が多くいる。

 ファンタジーにしか存在しなさそうな種族。蛇女だったり、鳥人間だったり、ケンタウロスだったり、悪魔だったり……。そんな人に近いようで遠い外見を持った亜人たち。彼らの大半は人並みの知恵を持っていて、人の生活圏外でひっそりと暮らす。

 しかし例外もいる。人の社会に紛れこみ、人と生きようとする者たちだ。共に歩みたいがため、利用したいがために同じ生活圏にて生活を送る。

 

 人間のような知恵の働く生き物というのは、未知のものに恐怖する。世界各国のお偉いさん方がここ最近まで見て見ぬふりをしてきたため、世間一般での他種族に対する知識は皆無に等しい。つまり大抵の人は他種族に大なり小なり恐怖する。

 どころかその異形な容姿から、勝手に危険だと判断し虐げようとするものまでいる。

 

 今の俺は、中身はどうあれ他種族にしか見えない。

 となれば、他種族を保護しているハムヒトが、周りからどういった目を向けられるかは自ずと見えてくる。

 

「迷惑は……かけられない」

 

 俺は洋式便座にちょこんと座ったまま、顔を暗くした。

 ダメだ。トイレにいるとやはり、狭い閉鎖空間に1人閉じ込められてしまっている感覚が蝕んでくる。おかげで思考がマイナス値を叩き出してるようだ。

 

「トイレは嫌いだな……」

 

 そう呟いて、さささと後処理を済まし、買ってもらったショーツを履く。

 このショーツこと女の子専用パンツは、昨日のショッピングで買ってもらった物の一つである。

 

「むむむっ」

 

 トイレを出た辺りで突然、股間に違和感が走った。

 

「むぅ……またやっちった……」

 

 この体になって、それほど月日は経っていない。

 長年使い古した男の体を解雇され、いきなり少女の体をあてがわれたのだ。俺はこの体を未だ持て余してしまっていた。

 慌てて小さなシミの出来たショーツを脱ぎ、洗面所に向かう。

 

「はぁ……」

 

 洗面台にてショーツをすすいでいると、とてつもない虚しさが去来する。

 せっかくの新品だというのに、早速汚してしまったこと。この歳にして失態を晒していること。下半身丸出しで己の下着を洗っていること。間抜けとしか言いようがないものだ。

 これが美少女な見た目なので聞こえはいいが、いかんせん中身は男である。

 

「ハムヒトに謝らないとな……」

 

 下着なんてどれでもいいと言う俺に、彼は顔を真っ赤にしながらも選んで買ってくれたものなのだから。

 

 と申し訳なさで一杯になっていれば、がちゃりとドアの開く音。

 

「……あ」

 

 音のした方に顔を向ければ、浴室の戸が開き、来留主公人その人だった。あ、ちなみに今のは『公人』と『その人』をかけていたりする。

 

「ご、ごめ――」

「い、いやあああああ!!」

「うぇえ!?」

 

 絶叫を上げたハムヒトは、浴室に閉じこもってしまった。

 下半身丸出しの少女。その手には濡れたショーツ。唖然とする俺。静まり返る洗面所。

 

 一言いいだろうか。いや、言わせてほしい。

 

「なんで男のお前が叫んだし」

 

 

 

 ――――

 

 

 

「いやあ、その……あはは……」

 

 リビングにて、テーブル越しに対面する俺とハムヒト。

 ハムヒトは俺の前で相変わらず顔を赤くしたまま、しどろもどろといった感じだ。仕方がないので俺が話を進めることにしよう。

 

「うむ。その……悪かった」

 

 頭を下げる。

 ハムヒトが風呂に入っていることに気付かず、呑気に洗面所にいた俺が悪いのは確かなことだ。

 何はともあれ、裸も見てしまったわけだし、謝っておくのが筋だろう。

 

「い、いや、謝らないでくださいっ。僕も事前にお風呂に入るなんて一言も言ってなかったですし」

 

 ちなみにだがこの男、裸を見られたことで頭が一杯で、俺が先ほどパンツを履いてなかったこと、それを洗っていたことに気づいていないらしい。良かった良かった。

 もし気づかれてたら、なんでパンツを洗っているのかの理由を問いただされていたかもしれない。

 

「そこで提案なんだけどもさ。2人の生活リズムをあらかじめ決めておくなんて、どうだろう」

「と、言いますと……?」

「例えば7時からハムヒトがお風呂入ってー、俺が8時からお風呂入ってー、みたいな」

「なるほど!」

 

 それはいい考えですね、と顔を明るくするハムヒト。

 どうやら家主の賛同は得られそうだ。

 

「むしろ今までこういったことを考えてなかったのが間違いだったんだと思う。このままだと、今回みたいなことが今後も起きる可能性がある」

「そうですね……。今回は男の僕の裸だったからまだ良かったものの、立場が逆の状態が起きたら大変ですもんね」

「うむ」

「女の子が間違いによって裸を晒してしまうなんてこと、僕は許せません!」

 

 先ほど俺が、無駄に下半身の裸を晒していたことは黙っておこう。

 

「そうだよな。俺だって一応女の子だもんな」

「一応も何も、ヤマカさんはどこからどう見ても可愛い普通の女の子ですよ?」

「お、おう」

 

 ――普通の、女の子。

 

 1人の人間として扱ってくれることに嬉しさ半分。中身が男なのに女の子と言われることに虚しさ半分だ。

 

「お風呂の時間はヤマカさんの案でいきましょう。次にご飯と就寝、起床の時間なんですけど――――」

 

 遠足前のスケジュールを組み立てる時みたいに、ウキウキと話すハムヒト。

 そんな彼を見て思うのは、今日決めたこの生活もいつまで続けられるのだろうか、ということ。

 多分おそらく、これは決して長くはもたない。

 

 褐色ロリなモンスターになった俺の直感が、そう告げているのだ。

 

「あ、朝は10時に起きて、夜は2時まで起きてたいです」

「駄目です。僕がバイトに行く前には起こします」

「……はいな……」

 

 気落ちし、のそりと席を立つ。

 

「……ヤマカさん」

「なになに? 俺お風呂入ろうと思ってるんだけど」

「なんで……」

 

 いつの間にか、再び顔を赤くしているハムヒト。わなわなと震えながら、俺を指す。

 俺が首を傾げたと同時に、ハムヒトは目を見開き大声を上げた。

 

「なんでパンツ履いてないんですか!!」

 

 そういえば俺は未だノーパンだった。




TS褐色ロリ主人公ヤマカの髪色はすごく悩みました。白か、茶か、黒か、ピンクか……
そして、三日三晩悩んだ末でのピンクですっ。

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