となりの相模さん   作:ぶーちゃん☆

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招かれざる来客と相模さん

 

予期せぬ、そして招かれざる来客の登場により、相模は焦りを隠せない。

…それはそうだろう。だってコイツ等は文化祭での俺の悪評を相模と共に学校中にバラ撒いた張本人なのだ。

そんな張本人の内の一人が当事者と二人で仲良く飯を食ってる所なんて見られたら、これからどんな悪質で下世話な噂が広まる事か。

それを思えば相模も顔面蒼白にもなるだろう。

なにせコイツは周りからの目を人一倍気にする、どうしようもないヘタレなのだから。

 

 

 

――遥とゆっこ。この二人はかつて相模と薄氷のように薄っぺらい友人関係を持っていた。

文実でたまたま知り合いが居たから。その知り合いの仲良しも居たから。だから仲良くした。仲が良いように振る舞った。つまりは利害が一致したのだ。

そうした方が周りから充実した青春を謳歌しているように見えるから。

 

しかしその実この三人の関係は所謂よっ友であった。

それゆえ一度利害が分かれれば、関係が砂の楼閣の如く一瞬で瓦解する事など目に見えていた。否、瓦解では無く崩壊と言った方がしっくりくるか。

なにせ瓦解する程の関係性さえ築けていなかったのだから。

 

だから相模とこの二人は一瞬で敵対した。正確にはこの二人が一方的に相模を見放しただけの話ではあるが。

もちろん見放された原因は調子に乗った相模の浅慮によるものであるし、それに関しては一切の同情の余地は無い。

唯一同情するに足りうる点があるとすれば、そんな薄っぺらな人間関係を真に受けてしまった相模の浅はかさという点くらいだろう。

 

つまり当時の相模は本当にしょーもない奴だった。その一言に尽きる。

ただしそれはあくまでも“当時”は、だ。

少なくとも今の相模はあそこまで酷くはない。酷くないどころか随分と良くなったと思う。アホだけど。

毎日のように教科書忘れるくせに、毎日飴を持ってくるのは忘れないわ雨の日は忘れず他人の弁当は作ってくるわの大アホだ。

 

でも悪い奴では無い。嫌な奴では無い。

教科書見させられるわ隣で一緒に弁当食うわお兄ちゃんスキルをくすぐるような逆らい難い目で見つめてくるわ、ぶっちゃけ以前よりもかなり面倒くさい奴になっちゃった気がしないでも無いけれど、でも……俺はそんな相模を嫌いではない…。

 

だったら、そんなアホで面倒くさくて嫌いじゃない奴が、見てるだけでも胃がムカムカするような、こんな焦燥感溢れる顔をしないで済むようにするには、やはりこんな手段しか無いではないか。

これは俺の責任でもある。自分の立ち位置も相模の立場も理解していながら……先ほどの駅前でこういう事態を招いてしまうかもしれないという危険性を理解していながら、俺はそういった危惧への警戒よりも、相模とのなかなか悪くない道草を選んでしまったのだから。

 

…こんなやり方したら、またあいつらに怒られちまうかな。あと、もう相模に教科書見せる事も隣で弁当食う事も無くなるだろうな。

でもまぁ仕方ない。今この場を切り抜けるには、これしか方法は無いのだ。

いや、俺にはこんな方法しか思い浮かばないだけだな。

 

そして俺は自分の出番が来る隙をじっくりと観察して待とう。

さぁ、とくと御覧じろ、俺の生きざまを。

この生きざまで、この状況を打破してみせようではないか、出来る限りの矮小さで、出来る限りの卑屈さで。

 

 

 

「やっぱ体育祭んトキから怪しーって思ってたんだよねー」

「ねっ、この人と南ちゃん、ちょっと怪しかったよねー」

「…え、なに?…べ、別に怪しい事なんて…」

「だってさー、さがみん文化祭んトキはあんだけこの人の事めちゃくちゃ言ってたのに、体育祭になったら見るからに超頼っちゃってんだもん」

「ねー、この人…ヒキタニとか言ったっけ?この人もあれだけ南ちゃんに暴言吐いて嫌われ者になった癖に、体育祭では妙に南ちゃん庇ってたしさー」

「…そんな事」

 

まるで相模を責めるような言い回しの言葉が続き、そしてどっちが遥なんだかゆっこなんだか分からない片方のモブが、決定的なセリフを吐く。

 

「…この人とさがみんって、やっぱ付き合ってんだねー」

 

言いやがったな、そのセリフを。

一緒に飯食ってるだけで付き合ってるとか、発想が小学生かよ。そりゃ雪ノ下と葉山も、千葉で二人で歩いてただけで恋人認定されちゃうわ。

 

「べっ、別にウチと比企谷はまだ付き合ったりとかは……!」

 

真っ赤になって必死で否定を始める相模。

おい、いくら慌ててるからって『まだ』とか付けんなよ。変な勘違いされちゃうだろうが。

 

まぁいい。今の俺に必要なネタは揃った。『付き合ってるだろ』って低レベルなセリフと、必死で否定する相模というネタが。

だったらこここそが俺の出番。俺だけの出番だ。

 

俺は普段よりも目を腐らせ、普段よりも嫌らしい笑顔を顔に張りつけ、矮小に卑屈にこう言ってやるのだ。

 

「…そ、そうなんだよ〜、俺と南、実は付き合ってんだよ〜…!」

 

その瞬間、この場は凍り付いた。

 

 

俺と相模が付き合っているだなんて、遥とゆっこからしても単なる弄りだったのだろう。“悪意の籠もった”という注釈付きだが。

単にあまり良くない関係の同性を馬鹿にしたいだけ。本気で付き合ってるなんて思ってないが、せっかく目の前に弄れるネタがご丁寧に転がっているのだ。それを使わない手など無い。

だからコイツ等はただ相模を馬鹿にする為だけにわざと言ったのだ。付き合ってんじゃないの?と。

 

だからこその衝撃。まさかこう返ってくるとは全く想像していなかったのだろう。

俺からの予想外の返しに、これでもかってほど慌てふためく。相模が。

お前がかよ。

 

「なっ!なななな……!」

 

本日最大級の赤面を見せる相模。あまりにも動揺しすぎて「な」しか言えないでいる。

いやホントごめんね?でもまだ終わりじゃないから、そんなに涙目になってまで嫌悪しないで!

 

ただちょっと欲しかった反応と違うんだよなぁ。ホントは「はぁ?あんたなに言ってんの?マジキモいっつーの!」とかって相模らしい罵倒が欲しかったのだが、まぁ致し方ない。このまま進めさせて貰おうか。

 

「もうずっと前から付き合ってんのに、南の奴が「あんたなんかと付き合ってない」ってしつこいんだよ〜。まぁちょっと拗ねちゃってるだけだとは思うんだけどさぁ」

 

まるで夢物語でも語っているかのような虚ろな表情を作って、そんな危ないセリフを吐く俺に怪訝な表情をあらわにする遥とゆっこを見やり、内心ほくそ笑む。絶対に顔には出さないけれど。

 

「だから今日はきっちりと話を付けようって呼び出されちまって、ちょっと困ってたんだ。拗ねてっからってここまでくると結構大変だろ?あんたらからも南に言ってやってくれよ〜」

 

……まったく。

普段無関係の他人と話す時は緊張して噛んだりどもったりしちゃう癖に、こういう時だけはペラペラと回る自分の口に呆れてしまう。

これだけ滑らかに喋られるポテンシャル持ってるなら、普段からその能力を遺憾なく発揮しろよ。

 

そんな自分に対して思わず苦笑を浮かべてしまったのだが、その笑い顔でさえもこの場においては効果的だったらしい。

遥とゆっこは俺の歪んだ笑顔を心から気持ち悪そうに一瞥すると、不快感をあらわにボソボソと会話を始めた。

 

「…え、キモ……な、なにこの人……ヤバくない…?」

「…なに……?もしかして南ちゃんのストーカー……?」

 

 

――おお、モブの割には状況把握が早くて正確じゃねーか。

 

…正解だ。俺は相模のストーカー。

一方的に想いを寄せ、自分と付き合っているものだと錯覚しているヤバい奴だ。

重度のストーカー心理ってのは確かこういうものなんだろ?

 

これならばここで二人で食事をしていた事にもそれなりの信憑性が生まれる。

相模とヒキタニは仲良しとかではなく、話し合いの場として食事の席を設けていただけだ。

 

あくまでも相模は被害者でしかなく、今後下世話な噂を流される事もない。

まぁ下手したら俺の名声(ストーカー)は広がってしまうかもしれないが、文化祭であれだけの噂が流れて一躍時の人となったにも関わらず、75日を待たずして飽きられ、以前と変わらず存在を認識されなくなった程の逸材である俺からしたら、その程度の事はどうということもない。

 

「なぁ、なにボソボソ言ってんだよあんたら。早く俺と一緒に南を説得してくれよー」

「…うっわ、さすがにコレはヤバいって〜…」

「ゆっこ、もう行こ…?み、南ちゃんも早く帰った方がいいって…!」

「ね!うちらと一緒に帰ろ…?」

 

…よし、この二人、予想以上に上手く釣れた。

ただ恐がって帰るだけでは無く、被害者である相模に対しての同情心まで芽生えたようだ。

動揺からか俯いたままの相模と、そんな相模に同情して手を差し伸べようとしている遥とゆっこ。

 

心配ではなくあくまでも同情。

同性としてこの境遇を“憐れ”と、この瞬間だけ感じた程度の一過性の感情では、この三人のわだかまりが解けるような事は無いだろう。

他者を想う尊い感情ではなく、あくまでもキモい男に付き纏われて可哀相という憐れむ感情なのだから。

 

だがこれならば、少なくとも相模が不利益になるような噂をコイツ等によって流される心配は無いだろう。

 

あとはコイツ等に手を引かれて一緒に帰る相模が、後で上手く話を合わせてさえくれれば万事解決だ。

今は多少混乱しているかも知れないが、人の目を人一倍気にする相模なら、この事態を把握して上手く話を合わせる事くらい出来んだろ。

 

そう。俺のこの計画は完璧だった。完璧なはずだった。

この茶番劇の主役の、この苦しげな言葉さえ無ければ…。

 

 

「…やめてよ、もういいよ比企谷…………。もうそういうの……ウチ、やだ…」

 

そう弱々しく呟いた相模へと視線を向けると、その頬には一筋の雫が流れていた。

 

 

――もうウチそういうのやだ――

 

遥とゆっこの手を払った相模はそう言った。

そんな相模の台詞と一筋の雫を目の当たりにした遥とゆっこは、怪訝な表情を相模にぶつけた。

 

 

前々からほんの少しだけ考えていた。なぜ相模は俺に対して突然軟化したのかを。

 

始めは単に教科書の貸し借り――一方的に貸してるだけだが――から始まった俺達の不思議な関係性ではあるが、そもそもそのスタートからしておかしいのだ。

例えどんな理由があろうとも、“あの”相模が俺に助けを乞うはずなどないのだ。

 

それからはなし崩し的に少しずつ距離が縮まっていったが、それもまたおかしな話なのだ。

なにせ“あの”相模が“この”俺との距離を縮めようとするわけが無いのだから。

 

そこで出る結論はたったひとつだけ。

 

『相模はいつの間にか“あの”相模では無くなっていた。つまり相模はあの文化祭での真実に気がついている』

 

…いや、正確には気がついているのでは無く、勘違いしていると言った方が正しいのかも知れないが。

だからこそ相模は俺なんかに優しくなったのだ。勘違いしているから。

 

 

だが今はとりあえずそれはいい。そんな勘違いはあとからゆっくり解けばいいのだから。

いま考えなくてはいけない事は、今から相模がやろうとしている事は、この場において悪手でしかないという事。

 

せっかく遥とゆっこの誤解を解く為の下地を準備したのに、相模がその行動を起こせば全てが台無しになってしまう。下手したらあの時の…文化祭後の俺以上の悪意に相模が晒されてしまいかねない。

 

「お、おい、なに言ってんだ相模…」

「…比企谷は黙ってて。…大体さっきまでキモく勝手に南とか言ってた癖に相模に戻っちゃってるし。バカじゃん…?」

「…」

 

語るに落ちるとはこの事か。

あれだけペラペラ回ってた口と頭も、不測の事態であっさりと元通りじゃねーか。

 

そして相模は遥とゆっこに向き直り語り始める。カタカタと肩を震わせながら。

 

「…遥、ゆっこ。今のはコイツの下らない冗談だから忘れて…?」

「え?」

「なに言ってんの?さがみん…」

 

俺の迫真の演技(ストーカー)を真に受けて相模を憐れんだ二人は、予期せぬ展開に理解が追い付かない。

相模はそんな二人の様子など気にも止めずに話し続ける。震える掌を落ち着かせるように、ギュッとスカートを握り締めながら。

 

「…ホラ、もしウチと比企谷が一緒にごはん食べてる上手い言い訳が出来なかったら、遥とゆっこはウチ達の関係を面白可笑しく噂話として流しちゃうかもしんないじゃん…?だから比企谷はそうならないように、自分をストーカー扱いさせようとしただけ。…そうすればウチは被害者になるから、遥たちに変な噂を流されないで済むって思ったんだと思う」

 

始めは呆然と聞いていた二人も、相模の台詞を頭の中で噛み砕いていく内に徐々に理解出来てきたらしい。

つまり今の俺のストーカー的発言は、本気ではなく相模の為に泥を被ろうとしたのだと。

 

しかし噛み砕けたのはそれだけでは無い。むしろ今の相模の台詞は、この二人にはどうしても看過できない内容が含まれていたのだ。

「は?なにそれ!?その言い方じゃ、まるであたし達が悪口言い触らすみたいじゃん」

「だよねー!なんかやなカンジなんですけどー」

 

顔を真っ赤にして激昂する遥たち。

そう。今の相模の台詞は、「あんた達は噂を広めて相手を貶めるでしょ?」と言外で言っているようなものだったのだ。

 

これは相模の失言だろう。確かにそれは本音なのだろうが、人間関係では決して表には出さない本音。

だから俺はてっきり相模は「そういう意味じゃないけど……」等と言い訳するものとばかり思っていた。

だが現実は違った。

 

「…だって、それは事実でしょ…?文化祭での比企谷の悪口を学校中に広めたんだもん」

 

コイツなに言ってんだ…失言ではなく確信犯だったのかよ…。

これには遥とゆっこも黙っていない。まぁもともと一切黙っちゃいないけれども。

 

「…はぁ?なにそれムカつく!なに他人事みたいに言ってんの!?それはあんたもじゃん!」

「そうだよ!なんか知んないけど、仲良くなったら自分は棚に上げちゃうの!?超サイアクー」

 

――遥達の肩を持つわけでは無いが、コイツ等の言っている事はもっともだ。

 

別にあの文化祭で俺の悪評が校内に広められたのは、あくまでも俺の自己責任だと理解している。だから俺自身はこの三人にはその件に関しての悪感情は一切無い。

 

だが今の相模の台詞だけはそうはいかない。なぜなら今の相模の台詞はブーメランなのだ。相模の意見は相模自身にも適用されるのだから。

だから今の台詞で遥とゆっこだけを責めるのは、自身を棚に上げた筋違いな意見でしかない。

 

 

…しかし、そんな事は他の誰でもない、相模自身が一番理解していた。

 

「…そう。ウチはサイアクなの。…なんにも知らない癖に、自分の為に比企谷の悪口を広めたのはウチだから。確かに遥とゆっこもウチの為に悪口を広めてくれたけど…………でもその原因を作ったのはウチ自身。……一番悪いのは、ウチ…」

 

俯いて弱々しく語る相模に、遥達は黙り込んでしまう。

 

「…でも、今の比企谷のやりかた見て遥とゆっこも解ったでしょ…?コイツがどういうヤツかって。文化祭の時に悪かったのは比企谷じゃなくってウチだって。…あのとき比企谷がああしてくれなかったら、ウチがみんなにメチャメチャ責められてたって…

ホントは遥達だって分かってたんでしょ…?だって、体育祭の時ウチに言ったじゃん、『文化祭の時あんなに適当にやってた癖に』って…」

 

そう言われてしまった遥とゆっこは絶句する。

 

…そうか、あの時は特になんとも思わずに聞き流したが、あの時コイツ等が相模を責める為に吐いたあの台詞は、実は自分たちの非を認めてたって事になるのか。

 

「だから……ごめん、遥、ゆっこ。結局一番悪いのはウチだから、ウチを責めるのはいい。ウチの悪い噂話を広めたって構わない。それはウチの自業自得だから…。でも、比企谷の悪口は言い触らさないで欲しい。比企谷は…ホントはウチに暴言を吐いた最低の嫌われ者でも、キモいストーカーでも無いの。捻くれてるけど、ホントは結構良い奴。

…………だからウチはもう比企谷の悪い噂とかやなの……比企谷は、ウチの……ウチの大切な…」

 

相模は相変わらずカタカタと震えたままだ。

弱々しく震え、弱々しい涙目でスカートをギュッと握ったまま。

それでもコイツは僅かに残った勇気と根性で、真っ赤な顔で遥とゆっこをしっかりと見据えてこう言うのだ。

 

「ウチの大切な……お、おとなりさんだから……っ」

 

 

 

 

……大切なおとなりさんってなんだよ。教科書?教科書見せてもらえる的な?

危うく勘違いしちゃうとこだったわ、あっぶね!

 

 

「な、なにそれバッカじゃないの…?」

「なんか、超つまんない……。い、行こ行こ…?」

 

 

そうして招かれざる来客は舞台袖へと捌けて行く。なんとも言えない気まずさを残して…。

気まずさだけを残してくとか、役者としては三流の大根役者だな。

 

 

 

しばしの沈黙。

そりゃそうだ。相模は俯いたままぷるぷるしてるし、俺は俺でどうしていいのか分からない。

この状態どうしてくれんの?

 

 

 

――どういう理由でかは知らないが、相模は文化祭での自身の過ちをきちんと見つめている。

そしてそれによって、俺のあのやり方に対して大変な勘違いを起こしている。

その勘違いは相模の為にもすぐにでも解かなくてはならない。その勘違いは相模にいつまでもまとわりついてしまうからだ。後ろめたさとして。

 

 

…が、それはそれこれはこれ。それはこのあと解けばいい。

だからそれよりもまずはこの新たなる問題へと発展しかねないこの問題を取り上げるべきだろう。

 

「…な、なぁ相模」

 

遠慮がちに訊ねた俺に、相模は口では無く、ビクッとした肩を持って応える。

 

「…今のでマジで良かったのか…?お前、マジで学校中に悪口言い触らされっかもしんねーぞ…?」

 

なるべく刺激しないよう柔らかい口調で言ってみたものの、やはり内容は一切柔らかくなかった。

もう直球。超ドストレート。

 

すると相模はぷるぷる震えながら涙目な顔をゆっくりと上げた。

 

「…ひ、比企谷〜…!ど、どうしよう…?ウ、ウチやっちゃったかなぁ…!?今更ながらめっちゃ恐くなってきちゃったよぉ…!」

「……」

 

やっぱアホだろコイツ。

ヘタレの癖に、悪口を言い触らすような連中に啖呵切るんじゃねぇよ…。

 

「…やっばい…マジで学校中に変な噂流されたらどうしよう…どこ歩いてても笑い者とかになっちゃったらどうしよう…ヘタレなウチにはマジ無理だって…」

 

青ざめた顔してブツブツと独り言を呟くコイツには、さっきまでの堂々としていた男前な姿は一切見られない。

さっき、ちょっと格好良いなコイツ…とか思っちゃった気持ちを返してください。

 

「…で、でも…っ」

 

しこたま呟きしこたま後悔して満足したのか、相模はガバッと顔を上げた。

相変わらずヘタレ感丸出しの情けない涙目ではあるものの、ほんの少しだけ…本当にほんの少しだけ満足げに口元を緩ませた。

 

「……でも、比企谷がキモいストーカーとかって変な噂立てられるよりは……ずっとずっと、はるかに、マシ…?」

 

…なんで疑問系だよ。

お前いまちょっと自分と俺を天秤にかけたろ。

まぁそこら辺が卑屈で正直で、実に相模らしくてなによりです。

 

 

するとすっかりぬるくなってしまったであろう紅茶をこくこくと飲み干して気持ちを整えた相模は、一転真剣な眼差しを真っ直ぐに向けてきた。

 

「…ねぇ、比企谷」

「…おう」

「このあと、サイゼ出てから、あとちょっとだけ時間いい…?あんたに、話したい事あんの…」

 

ちょっとだけ時間いい?なんて言うわりには、俺には有無を言わせぬ瞳。

その目にはお兄ちゃんスキルをオートで発動させるようないつもの弱々しさは見られない。

 

さっきの今だ。コイツの言いたい事はもちろんあの話だろう。

そして俺にもコイツに用がある。相模の勘違いを解くという大事な用事が。

 

「…いいぞ」

 

 

 

そして俺達はサイゼをあとにして、隣の駅までゆっくりと歩き始めた。

これからの隣人付き合いを円滑に進める話し合いの為の、一駅分の長くて短い時間が始まる。

 

 





突然ですが、次回で一応の最終回となります。

とはいえ前回で相模家訪問フラグも立ててしまったので、今後はAfter等でそういった所をまったりと書いていくかも知れませんので、とりあえずの締めという事です。
それでは次回もよろしくお願いいたします。


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