となりの相模さん   作:ぶーちゃん☆

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道草と相模さん

 

人生初、異性との二人きりの下校。

 

……すいません見栄張りました。異性どころか同性とも二人で帰ったことなんて無かったです。

え?戸塚?そりゃ戸塚とは一度学校帰りにムー大寄ったことあるけど、戸塚の場合は性別を語ること自体がナンセンスだし恐れ多いんで、ノーカンてことでオナシャス。あれは一緒に下校したんじゃなくて、天使にパラダイスへと導かれたと言った方が正しいのである。

 

とまぁそれはさておき、そんな異性との初めての下校、その相手がまさか相模になるだなんて、一体だれが予想出来ただろうか?

 

…と、チラと隣を盗み見ると、未だ楽しそうにニコニコしている相模の横顔を見た俺がそんなことを思うのだった。

 

 

そんな帰り道もようやく終わる。もう駅は目と鼻の先。

駅で相模と別れてしまえば、そこからは通常通り、愛するマイホームへと自転車を走らせればいいだけの話だ。

 

ようやく…か。ぶっちゃけた話、ようやくだなんてこれっぽっちも思ってないんだよなぁ。なんていうか、意外と悪くなかった。

結構いいもんなんだな。俺と話して笑ってるヤツが隣に居る帰り道ってのは。

 

ま、こんなのは今日限りの特別だ。こんなイレギュラー極まりない下校がもう終わるからといって、別段どうということもない。

べ、別に終わっちゃう事が残念だなんてこれっぽっちも思ってないんだからね!

 

などと一人ツンデレ劇場を開演している内に、気付けば駅前に到着していた。

朝から雨でチャリで登校できなかった、という日でもなければ、こんな時間に近寄る事などない学校からの最寄り駅。

さすが最寄り駅だけあって、駅前は結構な量の総武生で溢れている。時間的に帰宅部組なのだろう。

 

そこで俺はふと気付く。そういや、この状況って…ヤバくない?

どうしよう、もしも今の状況を友達に見られたら、誤解されてからかわれちゃって恥ずかしいよぅ…!

あ、からかってくる友達なんて居なかった。エリートボッチの僕には余計な心配でしたね!

 

 

――違うのだ。そんなお決まりの自虐ネタで笑いを取っている場合ではないのだ。

これは俺だけの問題ではない。というよりは、むしろ俺などどうでもいい。

問題なのは相模だ。こいつ、俺と一緒に帰ってる所なんて誰かに見られても大丈夫なのか?

 

最近は悪くない間柄ではあるものの、周りから見たらやはり俺と相模というコンビはどう考えても異常だ。

なにせ絶対的な加害者と絶対的被害者の俺とこいつ。

席替えしてからこいつがあまりにも自然に隣に居過ぎて忘れそうになっていたが、俺は相模に心ない罵倒を吐いて泣かせた加害者なのだ。

そんな二人が一緒に帰ってる所など見られたら、どんな下らない噂を立てられるか分かったものではない。一時期の雪ノ下と葉山の低俗な噂などとはまた違う、下手をしたら相模に災いが及ぶ可能性のある下卑た噂になりかねない。

 

まぁ教室であれだけ教科書一緒に見たり、たまに隣同士で弁当食ったりしてりゃ、そんなの今更だろ…と思わなくもないが、あれはあくまでも教室内で一番目立たない、一番後ろで一番隅の席だからこそ出来る事。

伊達に高度な一人遊び大会を毎日催すヤツが現われたりなどしない、スペシャルな特等席なのだ。

ちなみに俺のとなりの相模さんは、そんな高尚な趣味は持ち合わせてないからね?

 

あそこで馴れ合っているだけならば(馴れ合ってるとは言ってない)誰も見ていないはずだ。うん。見てない見てない。見ていないはずだと思いたい。

 

 

しかしこの有象無象の目がある駅前という空間ではそういうわけにはいかない。

文化祭から続く俺たちの暗い関係を知っている人間は言うに及ばず、仮に俺たちの関係を知らない人間だったとしても、腐ってもカースト上位を誇るルックスの女子が、腐るまでもなく腐った目のキモい男子と一緒に帰ってる所を見られるのは、こいつにとってかなりのマイナス評価に繋がる事は間違いない。

半年ほど前、由比ヶ浜と行くことになった花火大会。あの花火大会で会った相模は、俺ごときと一緒に居た由比ヶ浜を見て優越感を抱いていた。

たかだか俺と一緒に居たってだけで由比ヶ浜にあんな蔑んだ笑みを浮かべられるような相模なんだから、そんな俺ごときと一緒に帰ったらこういう事態になることくらい、きっちり計算しとけよ…。

 

隣の相模を見ると、やはり先ほどまでの楽しそうな笑顔はすっかりと消え失せ、緊張と不安で表情を強ばらせ俯いていた。

こんな人目のつく所で俺と二人で歩いているというリスクに気付きはしたものの、自分から一緒に帰ると言い出した手前、それを言い出しづらいのだろう。

 

これは早く退散するべきだな。別に相模がどうなろうと知ったこっちゃないが、知ったこっちゃないはずなのだが、でも……周りから蔑みの視線を浴びて嘲笑われるこいつの姿を想像すると、正直あまり面白くない。

だからこれは相模の為ではない。俺が気分が悪くならない為の、つまりは俺の為の行動なのだ。

 

「…じゃあな、俺帰っから」

 

 

そうと決めたら即断即決行動あるのみ。

俺はなるべく相模とは無関係な空気を装い、周りの連中から相模の連れと見られないよう気配を消してその場を去

 

「…ね、ねぇ比企谷」

 

れませんでした。

 

え?なんでこいつ話し掛けてくるのん?

アホだろこいつ。いま話し掛けて来ちゃったら、俺とお前が連れだと思われちゃうよ?

 

そんな心配を余所に、相模は耳まで赤くなった顔を俯かせたまま、俺のブレザーの袖をちょこんと摘んでクイクイと引っ張ってくる。

なにそれ可愛…いやいやそんな場合じゃないから。え、ちょっと意味分かんないんですけど。俺と一緒に居る所を周りに見られたく無かったんじゃないの…?

 

「あの…さ」

 

ゴクリ……と相模の咽喉が鳴る。

 

「お、おう」

 

次になにが起こるのか一切想像出来ない恐ろしさに、俺の咽喉もゴクリと鳴る。なにこのすげぇ緊張感。

 

 

しばらく固まる二人。マジヤバいって。注目集めちゃってね?これ。

すると相模ははぁぁ…と深く息を吐きし、ようやく意を決したのか、真っ赤な顔を俺に向け、ついに口を開いたのだった。

 

「…あの…その……ウ、ウチちょっとお腹空いちゃったんだけどさ、その…ど…どっか寄ってかない…?」

「……は?」

 

 

えーと…今こいつなんつった?

いや、本当にしつこいようだが俺は耳聡い。だからなんて言ったのかなんて余裕綽々で聞き取れてます。

 

じゃあなぜ『こいつなんつった?』などと不毛な思考に陥ったのかと言えば、それはもちろん理解が出来ないからに他ならない。

 

 

お腹空いた→分かる

 

どっか寄って行きたい→分かる

 

なんでそれを俺に訊ねたのか→理解不能

 

「言いたい事は理解した。…で、なんでそれを俺に言うの?」

「全然理解してないじゃん!?」

 

思いのほか激しいツッコミが返ってきました。

だから目立っちゃうってば。

 

「……な、なんで聞くもなにも…あんたに合意を得なきゃ行けない…じゃん」

 

そう言ってまたモジモジし始める相模さん。

あ、もしかしてトイレに行きたいのかな?だからセクハラでお縄になっちゃうってば。

 

「だって、お前が腹減ったからどっか寄りたいっつーなら、好きにどっか寄ってけばいいだけの話だろ。なんで俺の合意を得る必要あんの?」

「あんたも行くかどうか聞かなきゃ寄るに寄れないでしょうが!」

「……へ?」

 

さらに激しいツッコミに一瞬たじろいだのだが、あまりにも理解不能な相模の台詞に脳がクリアになっていく。

ん?俺も行くの?

 

「えっと、俺も一緒に行くのか?」

「だからそう言ってんじゃん!てか、一緒に行く気ないんならわざわざお腹空いたなんて報告しないから!」

 

ああ…な、なるほどそういう事か。

そういう展開なら、そりゃ俺に聞くよね。

 

「すまん。その発想は無かった」

「その発想以外なくない!?」

 

 

――この幾度のやりとりでいくつか分かった事がある。

どうやら相模は俺を放課後デー…げふんげふん。放課後の道草に誘っているらしい。

 

俺が放課後の道草に誘われる……だと?しかも相模に……?

だってそれってあの噂の青春(笑)イベントでしょ?そんな日陰者とは無縁のイベントに、まさかこの俺が誘われる日がこようとは…………しかも相模って。

 

 

そしてもうひとつ分かった事。

どうやら相模はなかなかのツッコミタイプらしい。

あっぶね!もしこれ教室でやられてたら、クラスの連中に仲良しなのかと思われちゃうとこだったわ。

教室ではツッコまれないように発言に気を付けないとね!

 

 

…しかしまさか俺が相模に誘われるとは…これ、どうしたらいいんだろう…。

 

「あー…っと……い、行かなきゃダメなのか?」

 

そこはもちろん俺である。

気を使って誘ってくれたら、迷惑かけないように体よく断るのが礼儀だよね。

だがしかし、なのだ…こいつの場合は…。

 

「…っ!」

 

やはり来たか…。そう訊ねた俺にビクッとした相模は、なんとも哀しそうに目を潤ませる。

やめて!その顔だよその顔!

そんな捨てられた子猫みたいな弱々しい眼差し向けてこないでよぅ…!

 

「…あ、や……べ、別にもし良かったら、ってだけの話であって……む、無理に誘ってるってワケじゃ…ない…から」

 

シュンと目を伏せてしまった相模。

もうそれ反則でしょ相模さん…。

 

「あはは…ご、ごめん、なんでもないから…っ」

「や、やっぱ行こうかなー…?つ、つーか超行きたいまである?」

 

くっそ…やっぱ無理だろコレ。

小町に鍛え上げられたこのオートスキル。とはいえ本当に嫌なら俺は余裕で断るだろう。

だが、シュンとしたあとのこいつの卑屈な笑顔だけは、どうしても堪えらんないだよなぁ。

多分だけど、それはちょっと昔の俺に被るからだと思う。まだ色々と諦めてなかった中学時代。そん時にクラスメイトの前で無理して笑ってた、あの気色の悪い愛想笑いに。

 

「…え、マジで…!?」

 

そしてそのあとのこのパァッと花が咲いたような笑顔を見せられちまったら、そんなの即落ち安定ですわ。

 

「お、おう…別に腹なんか減ってねぇかと思ってたんだが、なんかそう言われたら小腹空いてきちまったわ」

「だ、だったら最初っからそう言えばいーじゃん……ばーか…」

 

なんだよ、結局罵倒されちゃうのかよ。

ちょっとだけ膨れっ面の相模だけど、その頬は今にもニヤニヤと緩んでしまいそうなほどにヒクついている。

そしてそれを誤魔化すように手でぐにぐにとマッサージ。なにそれ可愛い。

 

 

――はぁ〜、たくしゃーねぇなぁ…面倒くさいけど、ここは付き合うとしましょうかねぇ。

 

「あ」

 

そこで思い出す。

そういやこいつ、こんなやりとりを周りに見られちゃってもいいのかよ?

駅前に到着した時、顔すげー強ばってたじゃねーか。

 

「ど、どうかした?」

「な、なぁ」

「え、な、なに…?」

「あー、なんだ……その、いいのか…?周りに総武の生徒たくさん居んだけど…」

 

たぶん腹減りすぎてすっかりその事を失念していたのだろう相模は、その言葉に辺りをキョロキョロと見渡す。

果たして、ようやくマズい事態であると再確認したであろう相模の言葉とは?

 

「は?なに言ってんの?学校からの最寄り駅なんだから、総武生がたくさん居るのなんて当たり前じゃん。あー、ビックリしたぁ。ウチてっきり、用事あったからやっぱり帰るとか言いだすのかと思っちゃったじゃん……!ホントムカつくー。……ていうか、そんな意味分かんないこと言ってないで早く行こっ」

 

あ、あれ?ちょっと予想してた反応と違うんですが…。

これ、あとちょっとでスキップしちゃうんじゃないの?と思えるくらいの軽い足取りで勝手に歩みだす相模の背中を眺め、俺は頭をガシガシと掻きながら思うのだ。

 

 

――先ほどの緊張で強ばった顔は、俺と一緒に居る所を見られるのが嫌だから強ばってたんじゃなくて、どうやら俺を道草に誘うのに緊張してたから強ばってたっぽいな。

まったく…たかだか俺ごときを道草に誘うだけで、お前みたいなリア充がなにをそんなに緊張してんだか。

 

 

そんなことを考えながら、さっきの相模を真似るように左手で頬の筋肉をぐにぐにとほぐしつつ、あの軽やかな背中をゆっくりと追うのだった。

 




今までは1話完結で書いてきたのですが、ちょっとネタ切れなので前回の続き物として書いてみました
次回も引き続き道草回になると思いますがよろしくお願いします


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