となりの相模さん   作:ぶーちゃん☆

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心配事と相模さん

「あー…身体痛てぇ」

 

ホームルームも終わり、部活へと向かうために立ち上がった俺がボソリと呟く。

 

昨日のマラソン大会はマジでキツかった。葉山の野郎速すぎだっつの。

あのあとにあれ以上のペースで全員ごぼう抜きとか、どんだけ化け物なんだよ。

 

まぁなんとか依頼はこなしたものの、元々だらだら走るつもりだったマラソン大会を120%の力で走る羽目になった為、身体中が軋むように痛くてたまらん。

120%っつっても半分までだけどね。

 

「あ…」

 

すると重々しく立ち上がった俺を見て、お隣さんが何かを言いたそうに小さく声を漏らした。

普段とはちょっと違う弱々しいその声に訝しげな視線を向けてみると、なんだか物凄い遠慮がちな相模が俺を見上げていた。

 

「…あ、や…」

 

どうしたんだ?コイツ。てかこんな感じちょっと久しぶりだな。コイツがこんなに遠慮がちな態度してるのなんて、隣人になった当初以来な気がする。

 

「…どうかしたか」

「あ、んと…」

 

まごまごと慌てる相模は、目を泳がせまくってあはは〜…と卑屈に笑う。

マジでどうしたコイツ。

 

「バ、バイバイ……」

「へ?」

 

蓄めに蓄めた末にそれ?

いやだって、一昔前なら有り得なかった相模からの別れの挨拶も、今や毎日行われるやりとりだろ。

なにをそんなに言い淀む必要があったんだよ。

 

――とはいえ、たぶんコイツは他に何か言いたい事でもあるのだろう。ひと月の付き合い(隣人付き合い)の経験は伊達じゃない!

だから俺は相模にこう言ってやるのだった。

 

「お、おう……また明日な」

 

挨拶返すだけかよ。

 

 

まぁ相模が何かを言いたそうにしていたのは良く分かる。

だってあいつ、俺が教室出るとき頭抱えてたし。

 

だが所詮は俺と相模の謎関係。どんなに毎日のように教科書見せようとも、何度か弁当貰って一緒にランチタイムを過ごそうとも、それでも未だに俺達の間には会話らしい会話は殆ど無い不思議な関係なのだ。

どんなにあいつがおかしな態度だろうとも、あいつ自身が言ってきてくれなけりゃ、俺から詮索なんて出来るわけないじゃない。

 

いやホントすげー気になってますよ?でもやっぱり恥ずかしいんで無理ですごめんなさい。

 

と、我が校の小悪魔生徒会長が脳内に降臨しながらも、俺が向かうのは昇降口。

 

部活じゃないのかよって?

いやだって部室行ったら雪ノ下が「昨日の疲れも残っている事だし、今日はお休みにしましょうか」って顔面蒼白で言ってきたんだもん。

君どんだけスタミナ値低いんだよ。昨日最後まで走ってないよね?

 

まぁ正直な話、俺としても願ったり叶ったりな展開ではある。なんか由比ヶ浜も三浦達と用事があるみたいだしね。

ま、なんにせよ突然休暇になってラッキーって感じだな。身体痛いし、今日は早く帰ってソファーでのんべんだらりと過ごそうぜ!

 

そう意気揚々と昇降口に到着した時だった。

 

「あっ」

 

そこで掛けられた驚きと喜びを孕んだ声。

見ると、ちょうど帰宅するところだったのだろう件の相模が、下駄箱から靴を取り出している所だった。

 

 

「…おす」

 

モジモジして「おす」とか言う女の子って可愛いよね。オラわくわくすっぞ!

 

「…お、おう。いま帰りか」

「うん…えと、比企谷、は?…部活行ったのかと思ってたんだけど…」

「ああ、部室行ったら今日は休みなんだと」

「そうなんだ」

 

そこで打ち切られる会話。

ここ最近はたまに話すようになったものの、やはりこうした不意の邂逅は苦手なんだよなぁ…。

身構えておけるか否かってのは、コミュニケーションが苦手な人間にはかなりでかい要素らしい。

 

と思ったらそんなこと無かった。ソースはコミュニケーションが豊富そうな目の前の相模。

こいつもどうやらそういうのが俺並みに苦手みたいで、髪を弄ったりモジモジしたりと、この不意の邂逅に結構テンパっているらしい。

なんだよ、コミュニケーション豊富なヤツも俺と大して変わんないんだね。八幡安心!

 

…ふむ、このままでいたらどちらも幸せにはなるまい。

そう考えた俺は、とっととこの場から離脱する事にした。

 

「…んじゃ帰るわ」

 

靴を履き替えて相模に帰宅を伝える。

俺が空気を読める男で良かったね。感謝しろよ、相模。

 

「そだね」

 

そのまま振り向きもせずに昇降口を出て駐輪場へと向かう俺なのだが、あれ?なにかがおかしいよ?

なにがおかしいって、背後に気配を感じる辺りがとてもおかしい。

 

立ち止まったりせずに恐る恐るチラと振り向いてみると、なんか相模さんがとてとてと付いてきてますね。なんでー?

ああ、コイツがどこら辺に住んでるとかこれっぽっちも興味が無かったから知らなかったが、もしかしたら相模も自転車通学なのかな?だったらしょうがないよね。

 

なのでとてとてとくっついてくる相模など気にせず、俺は一路愛車を停めているポイントへと向かうのだった。

 

 

「……いやなんでだよ」

「なにが?」

 

きょとんと首かしげて「なにが?」じゃねーよ。なんでお前、俺がチャリの鍵を開けてんのをピッタリと後ろで待ってんだよ。

 

「…何してんの?お前」

「は?何もなにも、あんたが鍵開けてるから待ってんじゃん」

 

そりゃそうだよね!ごめんごめん!

 

いやいや違うから。

なんで待ってんだよって話でしょ?

 

「そうじゃなくてな……お前も自分のチャリんとこ行けよ」

「は?」

 

え?なんかおかしなこと言ったかな、俺。なんでそんなバカを見るような目で見られてるのん?

 

「ウチ別に自転車通学じゃないんだけど」

 

…ああ、そりゃバカを見るような目で見ますよね。だって、存在しない物の所に行けって指示されるんだもの。

 

「いやいや違げーから。じゃあなんでお前駐輪場に来てんだよ」

「…っ!?」

 

すると相模はビクッとして、所在なさげに髪を撫で始める。

俯いた顔を真っ赤に染め上げたコイツは、唇をとんがらせて不満げに小さく呟く。

 

「だって…たまたま昇降口で顔合わせたんだから、一緒に帰るでしょ…普通」

 

そうなの?リア充の間ではそういう習わしがあるものなの?そういう経験が無いから知らないんだけど、それが普通なのか。

 

もちろん断ってすぐさま帰りたい所ではあるが、俺のような世間のつま弾き者がリア充様の習わしに逆らえるはずなどないのだ。

 

「……さいですか」

 

そう答える事しか出来ない俺に、相模はなんだか恥ずかしげに髪を撫でながらも、「ん」と嬉しそうに返してきた。てかなんでさっきからずっと唇とんがりっぱなしなんだよ。

…あーもう、コイツが相模じゃなかったら、確実に勘違いして告白して翌日クラスで晒し者になってるとこだったわ。晒されちゃうのかよ。

 

そんなちょっとだけ可愛……いくもなくもなくもなくもない相模と、並んで校門まで歩き始める。

 

ん?歩くの?なんで俺チャリ通なのに歩いてんの?

 

「……てか一緒に帰るっつっても、チャリも無いのにどうやって一緒に帰んだよ」

 

なんなの?二人乗りとかいくらなんでも恥ずかしすぎて無理だからね?

そもそも俺の後ろは小町の指定席だし。

 

「そ、そんなの駅まで一緒に歩けばいいだけじゃん。いちいち当たり前のこと聞かないでくんない?バ、バカじゃないの……?」

「ああ、そう……」

 

…リア充ってのは面倒くさい人生送ってんのね。

チャリで来たのにわざわざ歩かなきゃなんないとか、どんだけ時間を無駄に使わなきゃなんないんだよ。タイムイズマネーって名言知らないの?

やはりボッチは常人よりも効率的に進化した優れた生命なのか。

 

つーか前々から気になってたんだけど、なんでコイツって俺を罵倒したあとに頭を抱えるのん?たまにぽしょりと「またやっちゃった〜……!」とか聞こえてくるし。

しつこいようだけど俺は難聴系じゃないから、ボソボソ呟いたって結構聞こえちゃってんだかんね?

 

 

そんなこんなで、駅までの短い距離とはいえ、なぜか相模と一緒に帰る事になってしまった帰り道なのだが…………えっと、なんなんすかね…。

一緒に帰る事を強制してきた相模が、校門を出てからもひとっことも喋らないで俯いたままなんですよね。

これって一緒に帰る必要なくない?

いやまぁガンガン話し掛けてこられても対応できなくて困るから結果オーライっちゃ結果オーライなんだけどね。

 

だがそれだけならまだいいのだ。コイツとはいつも一緒に居ても(語弊がありますね。あくまでも教室内で隣同士って話ですよ?)こうして一切会話のない事なんて良くあることだし、最近ではそれは不思議と気まずいものでは無くなって来ている。

認めたくはないが、コイツと無言で教科書を見てる時とか無言で弁当食ってる時とかは、まるで部室で文庫本読みながら美味い紅茶すすってる時のような、暖かく安らいだ空気を感じる時さえある。なんでかは知らんけど。

 

だが今はまったく安らがない。超気まずいまである。

だってさぁ…さっきから相模が尋常じゃなく落ち着かないんだもの。

何か話し掛けてこようかとモジモジしては、あうあう言って俯く。さっきからそのループがずっと視界の端に入ってくるこの状況で、心が安らぐはずがないのである。

 

 

――あぁ、面倒くせぇ…何か話したい事があんならとっとと話してこいよ…。

 

と、そこでふと先程の教室での光景が頭をよぎった。

そういやコイツ、俺が部活行こうと立ち上がった時も、こんな風になにか言いたげにモジモジしてたっけか。

あの時は恥ずかしいからこっちからは何も聞かなかったが、これはこっちから聞いてやった方がいいのかしらん?

 

くっそ…心の底から聞きたくないんだけど、正直このまま駅まで歩くのはかなりキツい。…はぁ、仕方ねぇなぁ…。

 

「…なぁ」

「…っへ!?」

 

いや、いくらなんでも驚き過ぎだろ…。そりゃ俺の方から話し掛ける事なんてかなりレアだけども。

ドギマギと目を白黒させてる相模を無視して、俺は質問を続ける。

 

「…あー、なんだ…、なんか、言いたい事とかあんのか?」

「っ!」

 

べべべ別に言いたい事なんてっ!……とかなんとかボソボソ言いつつ、相模は足を止めて固まってしまう。

どんだけ嘘が下手なんだよ。

 

このままフリーズしちゃって、さらに貴重な時間を潰してしまうのか…と嘆いていると、俯いたままではあるが、意外にも相模は早々に口を開いた。

 

「…べ、別に大して聞きたくもないし、気になってもいないんだけど…」

 

おん?結局話すのかよ。だったら最初っから話せよウゼェな。

 

「ま、まぁせっかくだし、聞いといてあげる…」

「あ、ありがとうございます…?」

 

なにこれ?なんで俺お礼言ってんの?

 

「あんた、さ…、そのぉ………け…」

 

毛?ここでまさかのムダ毛処理事情トーク?

俺男の子だからそういったアドバイスとか出来ないよ?てか男の子だから、あんま女子のムダ毛処理事情とか聞きたくないんだけど。

 

ってそんなこたぁ無い。

そのあと相模が紡いだ言葉は、俺の予想とは180度ほど違っていたのだった。

 

 

「けっ…ケガとか、大丈夫なの……?」

「は?」

 

 

ケガ?なんだケガって。

コイツなんの話してんだ?

 

「…えと、なんの話?」

 

あまりにも斜め過ぎた相模からの質問に間の抜けた質問返しをしてしまった。

そんなポケ〜ッとした間抜け面を晒す俺に、相模はなんとも気まずそうに目を泳がせて弱々しく呟く。

 

「だ、だからさぁ…き、昨日のマラソン大会でのケガよ…。だって比企谷、かなり最後の方にようやくとぼとぼゴールしたかと思ったら、足引きずって保健室に歩いてったじゃん…?だ、だから……平気、なのかな〜って…」

 

え、なにコイツ。あれだけずっと何か言いたそうにモジモジしてたかと思ったら、言いたい事ってソレなの?

てかそんなとこ見られてたのかよ…。

 

 

――アホか。…まさかあの程度の事を気にしてくれてたのかよ。てかケガ気にしてんなら駅まで歩かせんなよ…バカだなコイツ。

それにしてもたかが隣人というだけの間柄なのに、どんだけ心配性なんだ?コイツ。

こんなに良い奴だったっけ。バカだけど。

 

 

だから俺は、上目遣いで不安そうに見つめてくるバカで心配性なこの隣人に、満面の笑顔でこう言ってやるのだ。心配すんなって、大したことないぞって。

 

「…おう、大丈夫だ。別にケガ自体はなんてことない。ま、身体中筋肉痛でバッキバキだけどな」

 

そんな俺の優しく素晴らしい神対応に相模は…。

 

「ぷっ!あはは!」

 

笑った。もう超爆笑。

…あっれぇ?そこは「良かったぁ!」って笑顔を返してきてくれるトコじゃないのん?

 

「なにそれオヤジ臭っ!つうかなんでそんなキモいドヤ顔!?ホント比企谷って笑えるよねー!」

 

そうでしょうそうでしょう。どうですかこの八幡の見事な道化っぷりは。

ふはははは!不安そうな女子に笑顔を取り戻させる為に、あえてピエロを演じてやったんですよ(白目)

…ちくしょう、俺の満面の笑顔ってキモいドヤ顔なのね…。

 

「大体さぁ、なに比企谷のクセに葉山くんに張り合っちゃってんの?比企谷なんかが敵うはずないじゃ〜ん。身の程知らず過ぎー!」

 

引きつった半目になって睨む俺を横に、相模は未だに腹を抱えて笑い続ける。楽しそうでなによりです。

 

 

 

…ったくよ。心配してくれてたんじゃねーのかよ。

あまりにも不安そうに心配してくれてっからって、無駄に気を使っちゃって損したわ…。

 

しかし、はぁ〜…と深い深い溜め息を吐いてガシガシと頭を掻いていたのだが、しこたま笑ってようやく落ち着いたらしき相模が、目元を拭いつつぽしょっと漏らした言葉が俺の鼓膜を揺らし、なんとも居心地悪く、なんともむず痒くなるのだった。

 

 

「……良かったぁ……」

 

 

…バッカ、だから俺は難聴系じゃねぇって言ってんだろが…。

 

 

 




すみません、ちょっとネタに詰まってしまい更新遅くなりました

今後もネタが思いつくまでお時間いただくかもしれませんが、思いつき次第執筆していきたいと思います


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