007/暁の水平線より愛をこめて   作:ゆずた裕里

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8.Battle at Red Stingray

 長い階段をのぼった先で、ボンドは朦朧としかけていた意識を取り戻した。

 ボンドは痛みをこらえながらも五感を働かせ、あたりの様子を探った。片方ずつ肩をつかみ、自分を引きずっている男が二人。前には誰もいないが、足音や男たちの会話から、後ろにあともう一人。

 男たちの腰にはホルスター。銘柄はベレッタM92。両側の二人は銃を抜けないが、後ろの男はすでに銃を抜き、自分の頭にいつでも鉛玉を撃ちこめるように銃口を向けているかもしれない。

 少なくとも全員が自分に注意を向けている今の状況では、一気に三人仕留めるのは難しい。せめて一人が他に注意を向けていればあるいは……

 ボンドはただ、その時をひたすらに待ち続けた。

 

 

 ストロンバーグは指令室の中央に腰を下ろし、手元のパネルをいじりながら監視カメラの映像をじっと見ていた。引きずられるボンドと、立ちつくす金剛。二人の行く末を、同時に見届けてやろうという思いがあった。キャビアを口にしながら映像を見ているその姿は、まるでテレビでスポーツ観戦でもしているかのようだ。

 

 

 ボンドは時折首を上げ、一帯に監視カメラがないかを確認した。反撃のチャンスがあっても、監視カメラに捉えられては元の木阿弥だ。それどころか、今度は陸上型の深海棲艦に襲われるかもしれない。そうなっては拳銃しか扱えない今のボンドにはなすすべがない。

 指令室を出てから、ボンドはどこに連れて行かれるものかと考えていたが、十分弱基地内を引きずり回されたところでようやくその答えが出た。銀色に光る取っ手のない自動ドアだ。その向こうが物置なのか独房なのかは分からない。ただ一つ確実なのは、そこがボンドの処刑場になることだけだ。監視カメラは遠くだが、こっちに向けられている。後ろについていた男がゆっくりと、扉のカードリーダーに近づいたその時だった。

 

  ドーン……ドーン……

 

 ボンドの耳に、反響するような鈍い音が飛びこんだ。この基地のどこかが動いたのか……?そうボンドが思ったのもつかの間、耳をつんざく爆音とともに、ボンドのいた階が地震のように大きく揺れた。

 

 ボンドはすかさず体勢をくずしひざまずくと、左隣の男のホルスターから拳銃を抜き、その脇腹を撃ちぬいた。銃声にキーを開けた男がバッと振り向く。

 ボンドは飛んでくるだろう銃弾から身を守るため、右隣の男の腕をつかみ、引き寄せて盾にした。盾の男が身をのけぞらせた瞬間、ボンドは盾の男の肩越しからキーの男の額に銃を向けた。

 直後、キーの男は自分が先ほどボンドを殴った位置に風穴を開けて倒れた。同時に、動かなくなった盾の男もその場に崩れ落ちる。この間、わずか五秒もかからなかった。

 

 「ようやく来たか……」

 ボンドはカードキーを拾うと、爆音の正体を察した。

 

 

 爆音の鳴り響いた直後、基地の指令室はストロンバーグの叫びが響いた。

 

 「この音は何だ!?」

 「爆雷です!おそらく艦娘かと!」

 

 スタッフは叫びながら、潜望鏡からの映像をストロンバーグの眼前のモニターに映し出す。そこには、金剛のカチューシャに仕込まれた発信機の信号に導かれ、「レッド・スティングレイ」の攻撃にやってきた川内たち水雷戦隊の姿が映し出されていた。

 

 「奴らを放て!」

 

 ストロンバーグの号令にスタッフの一人がパネルを操作すると、生簀から駆逐艦が次々と大海原に放たれていく。

 

 「敵の増援が来たら、浮上して迎え撃つ。その準備を」

 

 ストロンバーグは余裕を感じる口ぶりで、静かに指示を飛ばした。

 

 

 

 一方川内たち先陣を切った連合艦隊十二隻は、突如現れた大量の駆逐艦を相手にしていた。川内は、司令部とのやりとりをしながら、次々襲いかかる駆逐艦相手に大立ち回りを繰り広げていた。

 

 「……はい、敵は多数、大和さんたち第二陣と機動部隊は……はい!急いでください!」

 「川内さん、増援は来ないんですか!?」そう叫んだのは駆逐艦、時雨。

 「今こっちに第二陣と機動部隊が向かっているところよ。頑張って!」

 

 そう言った川内は、今自分たちが爆雷攻撃をしていた地点から、何かが浮き上がってきたのに気付いた。

 

 「全員いったん退避!」

 

 退却を始めた川内たちが振り向くと、浮き上がってきたものは巨大な島となっていた。そしてその沿岸には、陸上型深海棲艦やその砲台が次々と並び、すぐにでもこちらを狙わんとしていたのだった。

 

 「まずい……司令部、司令部応答願います!」

 

 応えたのは神崎提督。そばにはタイガー田中もいる。

 

 「こちら司令部、どうした?」

 「……敵の砲台が多数出現しました」

 「どういうことだ?そこは海のど真ん中だぞ」

 「浮上した巨大な敵基地の上部に大量の深海棲艦の砲台があるんです!」

 

 そこまで言ったその時、川内のすぐ近くに敵砲台の弾が着弾し、水柱を上げた。

 

 「ぐうっ!地上攻撃の準備をお願いします!」

 「了解!増援が来るまで持ちこたえてくれ!」

 

 神崎はマイクのチャンネルを変えるとふたたび話し始めた。

 

 「第三陣は魚雷から砲、対地用ロケランがあればそれに積み替えろ!あとは機動部隊を呼び戻し、艦攻を艦爆に積み替え……」

 「待った!」叫んだのはタイガー田中。

 

 「機動部隊を呼び戻して換装するのは時間がかかりすぎる。大和がいるとはいえ、もちこたえられるだろうか」

 「それでも艦攻では陸の敵に攻撃できません!」

 「なら海に敵はいないというのかっ!航空雷撃で海上の敵を一掃してから、陸の敵を残った艦娘と第三陣で叩くほうが犠牲は抑えられるだろう。もっとも、敵の最大数が分からん以上、大きな賭けだがな……」

 「いずれにしても賭けならば……タイガー!ここは私に一任させてください!」

 

 神崎の熱のこもった言葉にタイガーは静かに頷いた。このような状況では、タイガーの力を以ってしてもどうにもならない。人事を尽くし、あとは天命を待つのみだ……

 

 

 

 一方、「レッド・スティングレイ」指令室で戦いの流れを見ていたストロンバーグのもとに、金剛を探していた詠美からの連絡が入った。

 

 「社長、金剛の居場所はどこです!?」

 「待っておれ、今探す!」

 

 先ほどまで基地の底部にいた金剛も、艦娘たちの基地への攻撃と同時に動き始めていたのだ。発信機の信号は基地に届いたものの艤装の無線は妨害電波のためか雑音を発するばかりで、金剛から基地に連絡することはできなかった。

 

 ストロンバーグはパネルを慣れた手つきで触りながら、基地底部周辺のカメラ映像を切り替えていった。十数回映像を切り替えたその時、ようやく金剛がカメラから奥に走っていく映像を見つけ出した。

 

 「見つけたぞ。底部2階のA3廊下を基地前方に向かっている!」

 「了解しました。すぐ捕らえます」

 

 その時、スタッフの一人がストロンバーグを呼んだ。

 

 「ストロンバーグさん!」

 「何だ!?」

 「見てください!」

 

 そう言ってスタッフがストロンバーグの眼前に映しだした映像には、ボンドによって仕留められた三人のスタッフの姿が映し出されていた。

 

 

 処刑の危機から脱したボンドは、拳銃を片手にカードキーで次々と部屋を覗いていった。目的は、この基地の弱点を見つけ出すことである。これだけ大きな基地なのだから、どこかに絶対弱点があるはずだ。

 

 監視カメラに見つからないように基地の最上階にたどりついたボンドは、カードキーで目の前の大きな扉を開けた。扉の向こうは強化ガラス張りの海中トンネルとなっており、ガラスの向こうでは巨大な油圧ジャッキが、さらに巨大な海底基地を地上に押し上げるべくゆっくりと動いていた。そうか、このジャッキで天板を押し上げる仕組みだったのか。別の方向に目を向けると、はるか遠くの洋上で艦娘と深海棲艦が撃ちあいを繰り広げているのか、沈んでいく深海棲艦が見える。

 

 ボンドはこの油圧ジャッキが基地の動力源だと考えた。これと同じものが基地の四方にあって、このばかでかい基地を押し上げている。ジャッキはメンテナンスのしやすさのためか外部にむき出しになっている。潜水艇か、深海側の工作艦にでも修理をさせているのだろう。いずれにしても四本のうち二本を潰せば、基地は傾いて横転する。

 

 だがジャッキをどうやって潰す?あの巨大なジャッキを吹き飛ばすほどの爆薬がどこにある?艦娘たちに攻撃させるにしても、果たして海中にあるジャッキに気付くだろうか?艦娘たちに無線か何かで知らせることができれば……せめて金剛と合流できれば……

 

 そこまで考えてボンドは、基地の最上階、通路の奥に基地の上部へと続く階段を見つけた。

 

 ……艦娘たちに最速で攻撃目標を伝えるにはこれしかない。

 

 ボンドは脇目も振らずに階段を駆け上がり、屋上に続く扉のハンドルを握った。

 


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