ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

83 / 218
帰るまでが遠足です。


失われた家族(前編)

ダリア視点

 

「ダリア……そろそろ行こうか」

 

心行くまで頭を撫でていた私に、ダフネが静かに声を上げた。先程まで止めどなく流れる涙を必死になって拭いていたが、どうやら落ち着きを取り戻したらしい。

私は少し残念に思いながらも、一つ頷き手を退ける。確かに、ダフネと一緒にいると言ってしまった手前、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 

私はダフネから視線を外し、一歩目を歩き出そうとして……出来なかった。

 

まだ怖かったのだ。ダフネに言い包められてしまったとしても、私の現実が変わったわけでは決してない。相変わらず私の心の中には、どうしようもない程の恐怖と自己嫌悪が蔓延っていた。

それにここを出ると言うことは、上にいるお兄様と会うということだ。私は随分と長い間お兄様を避け続けた。今更お兄様にどんな顔をして会えばいいのか分からない上に、お兄様がまだ私の真実を知らないことへの恐怖もあった。ダフネには受け入れてもらえたとはいえ、本来なら私は受け入れてもらえるような存在ではないのだ。

 

お兄様に会うのが怖い……。もし、お兄様に拒絶されてしまったら……。

 

一歩目だというのに恐怖で足が前に進まない。立ち止まる私の心の中に、再び『秘密の部屋』に立ち込める暗闇が入り込もうとして、

 

「大丈夫だよ」

 

再度ダフネの明るい言葉によって照らし出された。

視線を向けると、ダフネが泣きはらした瞳でこちらを見ている。そして私の手をそっと包み込みながら、彼女は再びただ一言だけ呟く。私の大好きな、彼女の優しい声音で。

 

「いいんだよ」

 

かけられた言葉はたったの一言。

だというのに、私の心に再び温かいものがあふれ出す。

 

あぁ……本当に貴女は。

 

私が手を握り返すと、ダフネは微笑みながら前へと歩き始めた。

今度は……私も一歩踏み出すことが出来ていた。

 

『大丈夫』『いいんだよ』

 

何を指しているものなのかも分からない短い言葉。でも私には、

 

『大丈夫。貴女は誰かと一緒にいて……貴女の家族と一緒にいてもいいんだよ』

 

そう言ってくれているような気がしたのだ。私が誰かの傍にいてもいいのだと、彼女はたった一言で私を許してくれたのだ。

 

……その言葉を、私は誰かにずっと言ってほしかったのだ。

 

本当に……私はいい友達を持てた。こんな優しい子が、ずっと私の傍にいてくれていたのだ。ずっと私に寄り添ってくれていたのだ。

こんな優しい子が、ずっと私の友達でいてくれたのだ。

 

私の表情が少し明るくなったのが分かったのだろう。

ダフネは小さく頷くと、私の手を握る力を強めながら歩きだす。

そして……ポッターとジネブラ・ウィーズリーを()()()()()言った。

 

……あまりに自然な行為に一瞬反応が遅れてしまった。感動的な場面で突如として行われた暴挙に唖然とする私に、ダフネが不自然な程明るい声をあげていた。

完全に確信犯だった。

 

「さぁ! ドラコだって首を長くして待ってるよ! それに、上の馬鹿どもに今度こそダリアが無実だってことを伝えなきゃ! だから上がろう! ()()()!」

 

……やはりダフネは優しいと同時に、どこまでもスリザリンらしい子だった。

 

「……ダフネ。流石に彼らをここに置いていけば問題になりますよ」

 

二人のことを()()()()()()くらいにしか思っていない様子のダフネに、私は思わず苦笑交じりの声をかけた。

おそらくダフネは、ポッターが私を『継承者』と疑っていたことに腹を立ててくれているのだろう。ここで何があったのかまだ話してはいないが、以前からポッターが私に向けていた視線などから、ここで何があったのか大凡の検討をつけているのだ。ポッターが()()()ウィーズリーを救うために、わざわざこんな所まで来たのだと。

正直、私としては別に彼らからどう思われようがどうでもいいことだし、同時に彼らが()()()()()()()どうでもいいことだ。

しかし彼らを置いていくわけにはいかないのもまた事実だった。

ダフネの話しぶりから、生徒の大半は私が攫われても尚、私が『継承者』だと思っている様子であることが窺える。そうである以上、ここに彼らを放置すれば当然私が犯人だとますます疑われることだろう。私が『継承者』でないことも証明できなくなってしまう。最悪の場合私はアズカバンに送られ、マルフォイ家の名に泥を塗ることになってしまう。

……いや、それより悪いことに……ここで彼らを無事に帰せなければ、私だけではなくダフネも疑われることになってしまうかもしれない。ダフネは私の()()だ。彼女も私の共犯と思われてしまうことだろう。私はともかく、ダフネが傷つくことだけは絶対にあってはならない。

ダフネは賢く狡猾な子だ。私が止めたことで、私の言いたいことは大体理解してくれたのだろう。彼女は本当に渋々と言った様子で頷いてくれる。

 

……本当に残念そうな顔をしながら。

 

「……そうだね。うん、そうだよね。()()()()()だけど。こんな奴ら放っておきたいんだけど、よく考えれば放っておくのも()()()()()()にならないよね……」

 

「いえ、そこまで残念がらなくても……」

 

特にポッターを起こすことを残念がっている様子のダフネを横目に、私は杖を振るう。

 

『エネルベート、活きよ』

 

杖を振るい終えると、ノロノロとした動きで二人が起き上がり始める。そして先に声を上げたのはポッターの方だった。

彼は目が覚めてすぐはまだどこか眠たげな表情で辺りを見回しているだけであったが、私とダフネが視界に入った瞬間目を見開き、

 

「ダ、ダリア・マルフォイ! どういうつもりだ!? 何故君は僕に呪文をかけたんだ!? それに……何故ここにダフネ・グリーングラスがいるんだ!? いや、君がいるなら、ハーマイオニーやロンがいないとおかしい! 彼女達を一体どうしたんだ!?」

 

警戒心にまみれた叫び声をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

意識を取り戻して最初に目に飛び込んできたのは、僕を気絶させたダリア・マルフォイと、ここにいるはずのないダフネ・グリーングラスが手をつないで立っている光景だった。

寝ぼけた思考が一気に冷え切ってゆく。

 

そうだ僕はダリア・マルフォイに!

 

僕は目を覚ますと同時に飛び起き、僕と同時に目覚めたらしいジニーを庇うように立ち上がりながら叫んだ。

 

「ダ、ダリア・マルフォイ! どういうつもりだ!? 何故君は僕に呪文をかけたんだ!? それに……何故ここにダフネ・グリーングラスがいるんだ!? いや、君がいるなら、ハーマイオニーやロンがいないとおかしい! 彼女達を一体どうしたんだ!?」

 

『継承者』でなかったとしても、ダリア・マルフォイが危険人物であることに変わりはない。彼女はダンブルドアに真っ先に疑われる程謎と危険の多い人間なのだ。全ての事件が終わったにも関わらず、僕に突然呪文をかけてきたこともある。僕が気絶している間何をしていたのか……何をされるか分かったものではない。

そして突然現れたダフネ・グリーングラス。彼女はここに来るまでの道すがらにはいなかった。ここまでの道は一本道だったにも関わらず……。ということは、彼女は僕達より後に来たと言うことになる。それは後ろにいるはずのハーマイオニーやロンをやり過ごしここにたどり着いたことを意味する。ダリア・マルフォイの腰巾着であるグリーングラスが、ハーマイオニーやロンが見当たらない中でここに存在している。グリーングラスが二人に何かしたことは明らかで、彼女についても僕が警戒し怒りを覚えるのは当たり前のことだった。

 

しかし警戒心を露にした大声に応えたのは、

 

「……やっぱりダリアがポッターを気絶させていたのね。どうせそんなところだろうと思ってたよ」

 

ダリア・マルフォイからの返答ではなく、訳知り顔で頻りに頷くグリーングラスの冷たい声だった。彼女はどこか納得した表情を浮かべた後、嘲るような口調で話し始める。

 

「ポッター。どうしてダリアが貴方に呪文をかけたかですって? そんなことも貴方には分からないの? そんなの、貴方が邪魔だからに決まってるじゃない。どうせ貴方のことだから、バジリスクと戦っているダリアの邪魔でもしたんでしょう? ダリアが『継承者』だとか戯言を抜かして。寧ろダリアに感謝した方がいいと思うよ。足手まといにしかならない貴方を、ダリアが()()()()()()()()()()()気絶させてくれたんだから。近くをうろつかれるよりよっぽどマシだと思うなぁ」

 

反論など許されない程の勢いだった。矢継ぎ早に繰り出される罵倒の言葉。唖然とする僕に、グリーングラスの勢いは止まらない。

 

「それとも何? 貴方はもしかして、まだダリアが『継承者』だと思ってるわけ? バジリスクが倒されて、今年の事件が終わっているのに? 本物の『継承者』が誰だったのか知らないけど、ここにはもういなくなっているというのに? 馬鹿な貴方ならそれもあり得ると思うけど、それならとんだ()()()だね。貴方なんかが大した力を持ってるはずがないでしょうに。貴方は老害に操られるだけのただの道化の一人よ。勿論、貴方のお友達()()もね。ああ、安心して。彼女達は私が気絶させておいただけだから。少し寝てもらってるだけ。まぁ、一人は眠らせてもあげてないけど、命に別状はないよ。今頃はまだトンネルの中に転がってるはずよ。ダリアが貴方を失神させた理由と同じで、ただの足手まといにしかならなそうだったからね。……グレンジャーだけは、私がここにたどり着くために役立ってくれたけど。でも、貴方達なんて、」

 

「ダフネ。そこまででいいです」

 

あまりの勢いに気おされていたところ、ダリア・マルフォイの声が上がった。突然の言いがかりから助けられたのはありがたかったが、しかし当然、彼女は僕に助けを出すために声を上げたのではなかった。

グリーングラスを遮った言葉は、僕だけに向けられたものではなかったのだ。

 

「彼も流石にもう私が『継承者』だとは思っていないでしょう。私も彼も『継承者』の正体を知りましたから」

 

訝し気なグリーングラスを尻目に、彼女はいつもの冷たい無表情を……僕の後ろに隠れているジニーに、まるで今思い出したかのように向けながら言い放つ。

 

その冷たい声は何故か、憤りと後悔と……そして悲しみに満ちているような気がした。

 

「記憶に過ぎないという彼が、一体どういう手段で……()()使()()()、『秘密の部屋』を開けたのかも……」

 

何故ここにいるのかは分からないが、グリーングラスはまだここで何があったのか、そしてここで明らかになった真実を知らないのだろう。冷たい視線を投げつけるダリア・マルフォイと、睨みつけられているジニーを不思議そうに見つめている。でも、僕には彼女が何を言いたいのか理解できていた。

 

彼女は……ジニーを責めているのだ。意識はなく、ただ操られていただけのジニーを、彼女は何故か責め立て、そしていつも以上に冷たい表情で見つめているのだ。本来被害者として扱われるべきジニーを……。

 

そして彼女が責めていると感じたのは、どうやら僕だけではないみたいだった。僕の後ろにいたジニーはどっと涙を溢れさせながら叫ぶ。

 

「わ、私じゃない! あ、貴女はあの時目が覚めて間もなかったから知らないかもしれないけど! 私じゃないの! 私がやったわけじゃ! 私はそんなつもりはなかったの!」

 

「そうだ。ジニーは何も悪くない。やったのは全部トムだ。それは君も聞いたはずだよ。だからジニーがそんな目で見られる謂れはない」

 

僕はさめざめと泣くジニーを支えながら、ダリア・マルフォイを睨みつける。

確かに、僕が彼女を『継承者』だと疑ったのは悪かったと思っている。でもだからと言って彼女が()()()()()()であるジニーを責めていい理由にはならない。何も知らないのであろうグリーングラスに、無責任なことを言うなんてあっていいはずがない。

ダリア・マルフォイは少しの間僕とにらみ合っていたが、ややあって僕から視線を外し、彼女の後ろに横たわるバジリスクを振り返りながら言った。

 

彼女の表情までは見えないが、やはりその声は……どこか悲しみをはらんでいるように、僕には聞こえた。

 

「……まぁ、いいでしょう。成程、操られていたから罪はない……ですか。全くその通りですね。ええ、本当にその通りなのでしょうね。本当に、羨ましいくらいに当たり前のことです。確かに貴女が本当に()()()()()()()()()、貴女に決して罪はないのでしょう。彼がただの『バジリスク』だったように……。私とは違う……。でも、それなら何故……。あぁ……本当に、世の中は理不尽ですね……」

 

後半何を言っていたのかは分からないが、彼女が少しも納得していないのは明らかだった。

やっぱり、僕はこいつとは相容れない。

僕はさらに鋭く彼女を睨むが、彼女はそれに頓着することなく宣言する。

 

「……今考えても仕方がありませんね。では上がりましょうか。ここにいつまでもいたら、ダフネが風邪をひいてしまう」

 

そう言って彼女はさっさとグリーングラスと歩き出そうとする。もう僕達に用はないと言わんばかりの態度だ。こちらに見向きもせず、ただスタスタと手をつないだ状態で歩き去ろうとしている。

 

が、僕は騙されてなどいなかった。グリーングラスの突然の詰問に驚いてしまったが、僕はまだ彼女達が質問に答えていないことを忘れてはいない。

 

「待て! 君はまだ僕の質問に答えていない! ジニーに言いがかりをつけて、それで話を逸らそうとしても無駄だ! 君はなんで僕に呪文を放ったんだ! それにどうしてこの『秘密の部屋』に、さっきまでいなかったはずのダフネ・グリーングラスがいるんだ!? 答えろ! ダリア・マルフォイ!」

 

このまま適当に流されていいはずがない。グリーングラスの言葉が本当ならば、ハーマイオニーとロンは無事なのだろう。でも、それ以外の疑いに対する答えは得ていない。彼女の答え次第によっては、僕はもう一度『バジリスク』以上の()と戦わなくてはならなくなるのだ。

杖を構えて答えを待つ僕に、彼女はため息一つついた後、

 

「私が貴方に魔法をかけた理由ですか……。質問に質問で返しましょう。逆に貴方は、一体どういう了見で私に『武装解除』を放ったのですか? 『継承者』と戦っている最中であるというのに。お陰様で私は彼に囚われてしまった。『バジリスク』がいつ現れるかも分からない状況で……。一体どういうつもりだったのですか?」

 

逆に質問で返してきた。それは僕にとって最も返してほしくない返答だった。

それを言われれば何も言えなくなってしまう。誤魔化されてはならないと分かっているのに、僕の中にあった敵対心が急激に及び腰になる。僕は少し言葉に窮しながら応えた。

 

「そ、それは、君が『継承者』だと信じていたからで……。あの時の僕はトムが味方だと思い込んでいた。だから君と戦っている彼を、僕は咄嗟に助けなくてはと思ったんだ……。それに関してはごめん……。『継承者』でも何でもなかった君を、僕はずっと『継承者』として疑っていた。それに関しては……本当に悪かったと思ってる……。ごめん……。で、でも、それとこれとは別問題だ。君は全てが終わった後に、僕に呪文をかけた。それは何故だ?」

 

罪悪感に及び腰になる心を必死に叱咤し、僕は再び詰問する。しかし続けられた言葉は、

 

「……()()、私も貴方と同じ理由ですよ。『継承者』を追い詰めるまであと一歩というところで呪文をかけられたので、貴方が敵だと思ってしまったのです。私と同様、貴方も()()()()『継承者』だと疑われていたみたいですしね。それに、全てが終わった状況だと貴方は仰いますが、私はあの時目覚めたばかりだったのですよ? 本当に全てが終わった後なのか分からなかったのです。ごめんなさいね。私も貴方と同じで勘違いしていたのですよ。でも()()()()()()()()()()()? 貴方も勘違いしていたのですから。これでお相子です」

 

胡散臭いにも程があるものだった。彼女が本当のことを言っているとは到底思えない。そもそも適当に相手をされているのがまるわかりの言いようだった。そもそも隠すつもりすらないのかもしれない。

でも、僕はこれ以上の追及を出来なくなってしまった。追求しようにも、僕の心の奥から湧き上がる罪悪感が邪魔をする。彼女がいくら危険人物であったとしても、あまりに酷いことをしてしまったという思いもあるのだ。まったく身に覚えがないというのに、周りから勝手に『継承者』だと、人を石にする怪物だと疑われる気持ちは僕も知っている。あの時の辛い気持ちを、無意識に彼女に与え続けていたというのは本当に悪かったと思う。あの気持ちは、僕と彼女にしか分からないだろう。

だからそのことを引き合いに出されてしまえば、()()()()引き下がるしかなくなってしまったのだ。

全く納得していないものの、僕が不満顔で口をつぐんだのが分かったらしい。再びどうでもよさそうに僕から視線を外すダリア・マルフォイの横で、今度はグリーングラスが口を開いた。

 

「私も貴方と同じ理由だよ。()()()()がそこのジネブラ・ウィーズリーを助けに来たみたいに、私も『継承者』に攫われたダリアを助けに来ただけだよ。()()、あなた達と違ってダリアが()()()()()()だって知ってたからね。それと、私も()()謝っておくよ。貴方の愉快な仲間達を気絶させて。でもさっきも言った通り、命に別状はないから安心してね」

 

「……」

 

今度こそ完全に何も言えなくなってしまう。ダリア・マルフォイの話はどこまでも胡散臭かったけど、グリーングラスの話は()()()()()筋が通っているのだ。ダリア・マルフォイが『継承者』ではなかった以上、僕は彼女の話を否定できない。彼女はダリア・マルフォイの友達だ。彼女も僕がジニーを助けたように、ダリア・マルフォイを助けに来てもおかしくはない。

 

あくまで彼女達が本当のことを言っていたらの話ではあるが……。

 

「じゃあ今度こそ()()()ことがなさそうだし行こうか。ああ、自力で帰れるっていうなら、別に後から来てもいいよ。私も貴方なんかと一緒にいたくもないし。大丈夫。この先で()()()()三人も、こっちで呪文自体は解いておくから」

 

連れだって歩きはじめる二人の背中を悔しい気持ちで見つめながら、僕は真ん中に大きな穴が開いた日記と剣を拾い、ジニーを支えながら立ち上がらせた。

あいつらにハーマイオニーとロンのことを任せられるはずがない。二人の安全を確認するためにも、早くここを出なければいけない。

 

「……行こう、ジニー。あいつらのことはまだ警戒しておいた方がいいと思うけど、今すぐ何かしてくるつもりはなさそうだ。それに、あいつらの言う通りいつまでもここにいるわけにはいかない。特にジニーはさっきまでトムに酷い目に遭わされていたんだ。暖かい場所に早く行かなくちゃ」

 

「うぅ……」

 

項垂れるジニーを何とか歩かせながら、僕は二人の後を追いかけ始める。

 

「あたし、退学になるわ! ビ、ビルがホグワーツに入ってから、ずっとこの学校での生活を楽しみにしていたのに! も、もう退学になってしまうんだわ! パパやママがなんて言うか!?」

 

歩きながらもジニーはやはり悲しみに満ちた呟きを漏らす。

僕はそれに対しただ大丈夫だと繰り返していたが……ふと、そう言えばフォークスはどうしたのだろうと思い辺りを見回した。

僕が目を覚ましてから、まだ彼の姿を見てはいない。あんなに目立つ容姿をしているというのに。まさかあの二人に何かされたかと思い始めていたその時、僕の肩に何かがとまった。

 

慌ててそちらを見ると、そこにはあの美しい不死鳥、フォークスが僕の肩にとまっていた。あいも変わらず優しい視線で僕を見つめてくれている。

 

「よかった、フォークス。そうだ、君にはまだお礼を言っていなかったよね。ありがとう。君には感謝してもしきれないよ」

 

僕は彼の無事に一安心しながら礼を言う。彼のおかげで僕はバジリスクに、『継承者』であるトムに打ち勝つことが出来た。

 

僕はさらにお礼の言葉を重ねようとする中、彼は気にするなと言うように首を縦に振ると……再び飛び立ち、前を歩くダリア・マルフォイの方に飛んで行った。

 

そして何故か彼女の肩にとまり、突然のことに驚いた様子の彼女の頭を、その燃える様な赤い羽根で撫ではじめた。

 

まるで労うように、慰めるように……謝罪するように……。

彼は何の前触れもなく、危険人物であるはずのダリア・マルフォイに親し気な態度を示していた。

 

何故フォークスがあいつの肩に? それに、なんであんなに親しげな様子で?

 

予想もしていなかったフォークスの仕草に僕が疑問を持っていると、僕の耳にダリア・マルフォイの訝し気な声が届いた。

 

「この鳥は一体……。いえ、これは不死鳥ですね。しかし、何故不死鳥がこんな所に? 『秘密の部屋』とは特に関係ないと思うのですが……。いえ……そういえば、どこかでこれを見たことがあるような……」

 

そういえば、フォークスが助けに来てくれたのは彼女が気絶している間のことだった。彼女はフォークスのことを知らないのだろう。『秘密の部屋』には一見何のかかわりもなさそうなフォークスを不思議そうに眺めていた。

 

が、しばらく眺めていると、何か雲行きが怪しくなってきた。

 

「まさか。いえ、流石にそんなことは……。しかし、あの老害なら……。い、いや、そんなことより、もしそうであるのなら!」

 

突然何かに思い至ったのか目を見開き、グリーングラスに酷く慌てたような声で尋ね始めた。

 

「ダフネ! 貴女が来た時、この鳥を見ましたか!?」

 

突然錯乱したように叫ぶダリア・マルフォイに、グリーングラスは戸惑ったように答える。

 

「どうしたの、ダリア? ううん。私は見てないよ。この鳥がどうしたの?」

 

「そ、そうですか……。いえ、見ていないならいいのです……」

 

しかしグリーングラスの返事に完全には満足していないのだろう。グリーングラスが心配そうに見つめる中、ダリア・マルフォイはしばらくブツブツと何か言っていたが、僕とジニーが近づくと……そういえばこいつらもいたと言わんばかりの態度で、

 

「ポッター。貴方はどうやらこの鳥のことを知っているみたいですね。一体この不死鳥は何ですか? それと……こいつは()()()()この部屋にいたのですか?」

 

有無を言わせないような態度で尋ねてきた。彼女の表情はいつもの無表情であったが、何かに焦っているのは明らかだった。

それに対し僕は、

 

「フォ、フォークスはダンブルドアの不死鳥だよ。いつ来たかは……ついさっきじゃないかな?」

 

咄嗟に嘘をついていた。

彼女が突然慌て始めた理由。彼女から漏れ出る呟きで、僕はそれを何となく察したのだ。

 

もしかして彼女は、フォークスに見られたと思っているのではないのだろうか。僕を気絶させた後、彼女がやっていた、誰かに見られてはいけない何かを。

 

彼女の危険性を示す何かを……。

 

もしそうであるのなら、フォークスは全てを見ている可能性がある。フォークスはダリア・マルフォイが気絶している間にここに来た。そして僕が気絶した後に来たであろうグリーングラスも気が付いていなかったのなら、フォークスはダリア・マルフォイに気が付かれることなく、彼女の()()の全てを見ていたかもしれないのだ。

 

なら、僕のすべきことは一つだ。

どんな手段を使うかは想像も出来ないけど、きっとダンブルドアなら、あの世界で最も偉大な魔法使いならフォークスから情報を聞き出してくれるに違いない。今ホグワーツに戻っているのかは分からないけど、必ず先生は戻ってくる以上、僕はフォークスを無事に上に返さなくてはならない。

 

もしフォークスが彼女の心配するようにすべてを見ていたのなら、彼女の秘密を暴くことが出来るかもしれないから。

 

そう、僕は決意と共にダリア・マルフォイに嘘をついた。

 

でも……。

 

「……嘘はいけませんよ」

 

ダリア・マルフォイはそんなに甘い存在ではなかった。

突然彼女が僕の瞳を覗きこんだかと思うと、僕は時折ダンブルドアに見つめられた時と同じ気持ち……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()気持ちになったのだ。

 

何かが……僕の中に入り込んでくる。僕の内側を覗きこんでいる。

 

そしてその感覚は間違っていなかった。彼女はまるで僕の考えを読んだかのように続ける。

 

「……不死鳥がダンブルドアのものであることは間違いなさそうですね。……残念です。でも今さっき来たと言うのは嘘ですね。いつ来たのかは、」

 

何故こんな風に確信をもって……まるで心を読んだかのように話し続けるのか分からない。彼女が心を読んでいる、まるでそんな風に思わされるような確信が彼女の言葉には含まれていた。

 

このままではまずい!

 

僕は思わず杖を構えようとして、

 

「……何の真似です?」

 

フォークスがダリア・マルフォイの視界を羽で覆ったことで未遂に終わった。どうやらフォークスがダリア・マルフォイの注意を逸らして僕を守ってくれたらしい。

彼女の視界が覆われた瞬間、僕の心の中を覗き込まれているような感覚も消え失せた。

 

さっきまでの感覚は一体なんだったのだろう……。

 

『秘密の部屋』に奇妙な沈黙が流れる。ダリア・マルフォイとフォークスはじっと瞳を見つめあっており、グリーングラスはそんな彼らをハラハラした様子で見つめている。

 

しかしそんなグリーングラスの様子に頓着することなく、ただじっとダリア・マルフォイとフォークスは見つめあっていた。ダリア・マルフォイはいつもの冷たい表情で。フォークスは、僕に向けるものと同じ優しい瞳で……。何かを語り合うように、慰めるように……謝罪するように、ただじっとまるで語り合うように見つめあっていた。

 

 

 

 

……どれくらいそうしていただろう。しばらく両者は見つめあった後、ポツリとダリア・マルフォイが呟いたことで、ようやくこの沈黙に終わりが告げられる。

 

「ダンブルドアのペットがいまさら何を。でも……どの道信用するしかなさそうですね」

 

ダリア・マルフォイは一応の納得をしたらしい。

フォークスはフォークスで、苛立たし気に声を上げるダリア・マルフォイの耳を、まるで安心させようとするかのように甘噛みしている。

僕にはただ見つめあっているようにしか見えなかったけど、一体彼らは何をしていたのだろうか。

 

でも、どうやら僕らは事なきを得たらしい。その上フォークスの持っているであろう情報も、ダリア・マルフォイは()()()()()()()()()

一時はどうなるかと思ったけど、これでダンブルドアにここで起こった()()()伝えることが出来る。

でもまだ安心できない。相手はドラコ・マルフォイとは違い、ダンブルドアですら警戒する奴なのだ。

 

「……何を騒いでいたのか知らないけど、用が済んだのならすぐに行こう」

 

僕はダリア・マルフォイに思考するすきを与えないために、まるで急き立てるようにしゃべりながら歩き始めた。これ以上僕を追及できないと思ったのか、まだどこか未練がましくジッとこちらを睨みつけながらも、ダリア・マルフォイもグリーングラスを連れ立って歩き始める。

 

僕はそんな二人の後を追って歩く。

これ以上何かされないために、ダリア・マルフォイの方を決して見ないように気を付けながら。

ジニーを支えている方とは反対の腕に、決して杖を離すまいと握りながら……。

 

『秘密の部屋』を抜け、長い長い薄暗がりに4人分の足音が響く。前から時折何か相談するようなひそひそ話も聞こえるが、少し距離があるせいか内容までは聞こえてこなかった。

 

そして暗いトンネルを数分歩き、そして岩が崩れてしまった辺りに差し掛かった時、

 

「……こいつらも起こさないとだね」

 

ダフネ・グリーングラスの声が響き渡った。見ればハーマイオニーとロン、そしてロックハートが床に転がされている。彼女の言った通り、ここにくるまでの間に気絶させていたのだろう。ハーマイオニーがこんな奴に簡単にやられるとは思えないことから、おそらく岩を必死に除けている隙を狙ったことが想像に難くなかった。

 

「グリーングラス……。これは君がやったのか?」

 

ここまで一緒に来てくれた大切な友達をこんな風にしたことに怒りを覚え、僕は先程から射殺さんばかりに睨みつけているのだが、それを完全に無視して、

 

『エネルベート、活きよ』

 

ハーマイオニーとロンに呪文をかけた後、

 

『フィニート・インカンターテム、呪文を終われ』

 

やはり横たわったまま動かない様子のロックハートに呪文をかけていた。

ロンとハーマイオニー、そして詐欺師がゆっくりと動き始める。そして真っ先に動いたのは……ロンだった。

 

「ジニー! よかった! 生きていたんだな! 夢じゃないだろうな!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

端の方にいる私とダフネの存在にまだ気が付いていないのだろう。ウィーズリーは喜びのあまり末の妹に抱き着きながら叫んでいた。

 

「ジニー! よかった! 生きていたんだな! 夢じゃないだろうな!?」

 

死んだと思われていた妹との再会。おそらく万人にとっては、まさに感動的な場面であるのだろう。

 

しかし赤毛の一族がどうなろうが知ったことではない私としては、当然全く感動出来る様な場面などではなかった。隣のダフネも表情から見るに、全くと言っていいほど感動していない様子だった。先程から、

 

『早く終わらないかなぁ』

 

と言わんばかりの態度で天井を見上げている。

私も私で、ノロノロと起き上がりつつあるグレンジャーさんを何とはなしに眺めていると、どうやらまったくの無関心である私達をよそに話は進んでいたらしい。

 

「ハリーもよかった! トンネルが崩れた時は一時はどうなることかと思ったけど、無事に『バジリスク』とダリア・マルフォイからジニーを助け出せたんだな! そういえば、あいつはどうしたんだ?」

 

妹の無事をひとしきり確認して満足したのか、今度は別のことが気になり始めたのだろう。ウィーズリーはポッターに不思議そうな表情をしながら尋ねている。そしてポッターが黙って指さす方向を振り向くと、

 

「ダ、ダリア・マルフォイ! ど、どうしてここに! それにグリーングラス! そうだ、思い出したぞ! お前は僕とハーマイオニーに! 何でお前らがここにいるんだ! ハリーが倒したんじゃないのか! いったいどうしてこいつらが五体満足でここに立っているんだ! 縄くらいはかけた方がいいんじゃ、」

 

予想通りの反応を示してきた。どうせポッターと同じような反応をするんだろうなと思っていた私達は、面倒だからお前が説明しろと言わんばかりの視線をポッターに送る。これ以上馬鹿と付き合っている程暇も心の余裕もない。

しかしポッターが答えたのは、

 

「……ダリア・マルフォイは『継承者』じゃなかったんだ。彼女もジニーと同じで『継承者』に攫われただけだったんだよ。……だから一応今のところは大丈夫だよ。グリーングラスも、彼女を助けに来ただけみたいだね。多分だけど……。……とにかく、ここから出よう。説明はここから出てからにしよう」

 

酷く短い説明だった。本当に説明する気があるのだろうか。当然ウィーズリーの表情に納得の色は浮かばない。ただ少し訝し気に顔を歪ませただけだ。

でもまあ、ここで長々と話し出されてもそれはそれで困るので、私としても有難いことでもあった。私は『秘密の部屋』にたどり着くために少し濡れてしまっているダフネを見つめながら、ウィーズリーに向かって適当に言い放った。

 

「そういうことです。とにかく、早くここを出ましょう。説明なら後からでも出来ます。貴方もポッターが私を『継承者』ではないと言ったことで満足でしょう? ダフネがあなた達を気絶させたのも……まあ、言ってしまえばただの手違いです。今騒ぐほどのことではない。それよりも、貴方にはやるべきことがあるはずです」

 

今ずぶ濡れの状態でいるのは何もダフネだけではない。寧ろダフネはまだましな方だとさえ言える。

 

「お前の言うことなんて信じられるか……。だから、後できっちり説明してもらうからな。でも、少しでも妙な真似をしてみろ。無事にここを出られると思うなよ。なんでハリーがお前らを野放しにしているのか知らないが、僕は容赦しないからな」

 

ポッターの説明に納得はしていなし、私のあしらうような態度も気に障っているのだろう。力強く、彼の()()()()()()()()()()()()()折れた杖を握りしめている。

しかしそれでも尚、体がすっかり冷え切っている様子のジネブラ・ウィーズリーを、これ以上ここにいさせるわけにはいかないという理性はある様子だった。私を睨みつけながらも、未だに泣きじゃくる妹を支えながら歩き始める。

 

私は小馬鹿にした笑いを漏らしているダフネを横目に歩き出そうとして、そう言えばまだ二名程全く話しだしていないなと思い出し、先程までぼんやり見つめていたグレンジャーさんに視線を戻す。

 

そしてそこには……静かに涙を流しながらこちらを見つめるグレンジャーさんの姿があった。

 

「マルフォイさん……。よかった……。よかった……。無事だったのね……。本当に……よかった……」

 

それは私を責めるものでも、ましてや疑っているものでもなく、ただ純粋に私の無事を喜んでいる表情だった。

 

ダフネが私を見つけてくれた時と同じように。

 

……どうして? 

 

私は戸惑いながらグレンジャーさんの不可思議な表情を見つめる。

彼女は私を嫌いになっているはずだ。そうでなければおかしい。

私はそれだけのことを、彼女にしてしまおうとしていたのだ。あの時私は、彼女を殺すことすら選択肢の一つとして考えていたし、実際杖も向けることまでした。彼女がそれでも私を慕うことなどどう考えてもおかしい。

あまりに予想外の反応に驚く私に、グレンジャーさんは静かに続ける。しかし、彼女の言葉はそう長くは続くことはなかった。

 

「ジニーと貴女が攫われたと聞いた時、私居ても立ってもいられなくなったの……。皆が貴女のことをジニーを攫った誘拐犯だと騒ぎ立てるし……。でも、よかった。ああ……生きてる。貴方が無事で本当に、」

 

「ダリア。そろそろ行こうか」

 

ダフネの冷たい声に、彼女の声は遮られたのだ。私とグレンジャーの間に体を割り込ませながら、ダフネは静かに私に声をかける。先程まで私に向けていた温かいものとは似ても似つかない程冷たい空気。ダフネは、明らかにグレンジャーさんを私から遠ざけようとしていた。それに対して私は、

 

「……ええ、そうですね」

 

今度こそグレンジャーさんから視線を外すことで応えたのだった。後ろから聞こえるすすり泣きを無視するように、ただ前だけを見つめる。

……これ以上、私はグレンジャーさんの視線を受けとめきれなかった。結果的に私が助けていようとも、私は少なくとも一度は彼女を殺そうと思い、そして杖さえ向けてしまったのだ。言うなれば、私は自分の目的のためだけに彼女を殺しかけたのだ。

たとえピクリとも動かないものであっても、どんな顔をして彼女に向き合えばいいのか私には分からなかったのだ。

 

私は咄嗟に、グレンジャーさんへの罪悪感から逃げ出したのだ。

 

そしてようやく私達は歩き始める。私とダフネを先頭に、ウィーズリー兄妹、時折すすり泣き声を漏らすグレンジャーさん。そしてそんな彼女を慰めるポッターと……何だか妙に明るすぎる程のロックハート先生。

 

「どうして泣いているのかな!? やはり暗闇が怖かったのでしょうね!? ということはここに住んでいるわけではないのですね!? よかった! 暗くて怖かったのは私だけではない! しかしそんなことより、前を歩くあの子! 本当に綺麗な子ですね! あの子がなんてお名前か知っていますか?」

 

……おそらく倒れた際頭でも打ったのだろう。妙に明るいと同時に、ただでさえおかしかった頭がさらにおかしくなっている様子だった。

 

しかし私にはどうでもいいことだ。あの鬱陶しいのが話しかけてこなければなんでもいい。

 

後ろで記憶がどうのとか、杖の逆噴射がどうのと話し合っているが、私は極力無視し、ただ隣にいるダフネの存在だけに意識を傾けながら足を進めていた。

 

私の世界には……家族とダフネさえいてくれればそれで幸せなのだから。

私はグレンジャーさんから目を逸らすと同時に、自分の中に生まれた何だかモヤモヤした感情にもそっと蓋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

ここに来た時ほどの緊張はないこと……そして手から感じる親友の温もりが嬉しくて、帰り道はなんだかとても短いもののように感じられた。

馬鹿5人組を引き連れ歩いていた私達の目の前には今、上に伸びる暗くて長いパイプの出口が広がっている。

 

「ダリア。多分貴女は気絶していたから知らないだろうけど、私達はここから『秘密の部屋』に入ったんだよ。どうやって出ようか?」

 

私は完全に後ろの連中を無視し、肩に謎の鳥を載せているダリアに尋ねた。グレンジャーはともかく、このトンネルを登っていく手段が思いつけるような連中ではない。無駄で不快な作業をわざわざする必要はないのだ。

それに比べ、ダリアなら必ず何とかしてくれるという確信があった。私の親友は誰よりも偉大なのだから。

そしてそれは正しい判断だった。

 

「ああ……ここが『秘密の部屋』の入り口なのですね。おそらく地下にあるものだとは思っていましたが、このトンネルが入り口なら納得です。しかし……そうですね。私とダフネだけならともかく、この人数全員を上に上げる手段となると……。箒を呼び寄せるとか……。いえ、それではこの人数を一気に運び出すことは出来ませんね。そうなると私達が取れる手段は……。いえ、そもそも『継承者』はどうやってここから出入りしていたのでしょうね……。あぁ、『バジリスク』ですね。彼は『バジリスク』にでも乗ってここから出たのでしょう。しかし私達には『バジリスク』はいない。いるとしたら……」

 

ダリアは少しの間顎に手を当ててブツブツ呟いていたが、突然何か閃いた様子で、肩に乗っている鳥を()()()()()見つめながら言った。

 

「……『不死鳥』といえば、どんなに重い荷物を持っても飛ぶことが出来ましたね。……そのために、あいつは貴方を送ってきたのですか? いえ、それにしては……。まぁ、今考えても仕方がない。貴方、私達全員が掴んでも飛ぶことは出来ますか?」

 

ダリアに『不死鳥』と呼ばれている鳥が、任せろと言わんばかりに一声鳴いた。

ダリアの肩から飛び立ち、羽をバタバタいわせている。そしてビーズのような明るい瞳でダリアを見つめ、その長い金色の尾羽を振っているのだ。

 

……一体この鳥は何なのだろうか?

 

この鳥はどこからか突然現れたかと思うと、ダリアに異様に親し気な様子で纏わりついていた。

まるで慰めるように。そしてどこか……今までの行いを贖罪するかのように。

 

この鳥が何なのか、そして何がしたいのかは私には分からない。見たこともない種類である上に、唐突すぎる登場をした鳥のことを、私は何一つとして理解してはいなかった。

しかしダリアは私よりかはこの鳥のことを理解しているのか、この鳥が来た瞬間は妙な態度を取ってはいた。今はただ戸惑いと苛立ちを足して割ったような表情で見つめるだけだけど。彼女とこの鳥との間に一体何があったというのだろうか。先程トンネルを歩いた時に尋ねても、今は人目があると言って決して応えてはくれなかった。

 

……後で詳細を聞かないと。先程のダリアは、一瞬ではあるがあの『魔法薬学』の時と同じくらい焦っていた様子だった。それだけダリアにとって、この正体不明の鳥の存在は深刻な問題なのだろう。なら友達である私は、彼女の悩みを聞かなくてはならない。

以前のダリアは話してはくれなかっただろうけど、ダリアはもう私を友達と認めてくれたのだ。だからきっと応えてくれるはず。きっと私にも、彼女と一緒に悩むことを許してくれるはず。だからここを出たらきっと聞こう。今は愚か者が4匹もいるから聞けないけど、ここを出たら絶対にダリアの力になってみせるのだ。

そう思い、私はここから出た後の決意をより強固なものにしていた。

 

そんな私を横目に、ダリアが後ろの馬鹿どもに話しかける。

 

「だ、そうです。この『不死鳥』が上まで連れて行ってくれると言っています。私とダフネはこちらの足を掴むので、あなた方は反対の足を掴んでください。どうせ私と同じ足を掴むのはお嫌なのでしょう?」

 

そしてダリアは『不死鳥』の左足を掴み始める。ポッターとウィーズリーは何か言いたそうにダリアを見つめていたが、この鳥に掴まることくらいしか上がる手段はないと理解したのか、渋々ながらと言った様子で右足を掴んでいた。ウィーズリーは妹を抱え込み、ポッターは不満顔で無能を掴みあげている。ダリアの言う通り、ダリアと同じ部位は掴みたくないのだろう。飛んでいる途中に落とされかねないと疑っているのは火を見るよりも明らかだった。

私は当然ダリアと同じ部位を掴む。そして残った一人、グレンジャーは……図々しいことに、私達と同じ部位を掴もうと近づいてきていた。

 

「……グレンジャー。貴女は当然あっちだよ。私が前言ったこと忘れたの? 貴女はここを掴む()()がないと思うけど……」

 

私は決してグレンジャーのことを許したわけではない。ダリアのことを疑っていなかったとしても、ダリアを取り戻すために存分に役に立ったとしても、私はダリアを傷つけた彼女を決して許しはしない。あの『魔法薬学』で見せたダリアの涙を、私は決して忘れはしない。

 

でも、だというのに……。

 

何故、心が苦しくなっているのだろう。

私の言葉にグレンジャーが表情を悲しみに歪ませるのを見て、私はどうしてこんなにも胸が締め付けられる程の罪悪感を感じているのだろう。

許してなんかいないのに。彼女のことが邪魔なのに。私は一体なぜ……。

 

答えはなかった。そして答えを出す時間もなかった。

グレンジャーが悲し気に反対の足ではなく、『不死鳥』の尾を掴んだと同時に、全身が異常に軽くなったような気がしたのだ。

次の瞬間、ヒューと風を切ったように『不死鳥』と彼に掴まっている7人が飛び上がる。ダリアが言っていた通り、本当に『不死鳥』は飛ぶ力が強いらしい。

そして途中、

 

「すごい! まるで魔法のようだ!」

 

なんて馬鹿なことを言っている魔法教師を横目にダリアとの飛行を楽しんでいると、あっという間に『秘密の部屋』の入り口である3階のトイレに着地した。

 

パイプを覆い隠していた手洗い台がスルスルと元に戻る音を聞きながら、私はダリアに今後のことを尋ねる。

 

「さて、ここまで戻れば大丈夫だね。どうしようか? まずドラコの所に行く?」

 

「……いえ、私の疑惑を晴らさず戻ればいらぬ混乱を巻き起こしてしまいます。まず適当な先生に事情を話させた後、談話室に戻った方がいいと思います」

 

そう言ってダリアは、トイレの扉を開けたと同時にまるで先導するように飛び始める『不死鳥』を指さす。そして、

 

「お先にどうぞ。私が先頭を歩いていると、出合頭にあらぬ誤解をされかねませんからね」

 

後ろにいた馬鹿どもに先を歩くように先を諭した。確かにダリアが前を歩いていれば、ジネブラ・ウィーズリーだけではなく、他のグリフィンドール生と教師までをも人質にとっていると受け取られかねない。

ポッターとウィーズリーは、私達を後ろにして歩けるかとばかりの顔をしているが、グレンジャーが何の疑いも持たずに歩き出したのを受け仕方なさそうに前を歩き始める。

 

そして『不死鳥』に従って7人がたどり着いたのは、マクゴナガル先生の部屋だった。

 

 

 

 

私とダリアはまだ知らない……この部屋で起こった出来事で、ダリアが大切にしていたものの一つを失うことを。

 

 

 

 

世界は残酷で……そしてどこまでも不平等だった。

罪と罰とはいつでも理不尽なもので、けっして公平には与えられないものなのだ。

 

それを示す光景を、私は目の前でまざまざと見せつけれることになる。

人はどんな性質を持っていたとしても、その人間が生まれ持った立場や知識、そして環境によって善にも悪にもなり得るのだと。

 

思えばあの『不死鳥』は、()()()の『もしも』の姿だったのだ。立場や環境、そして穴だらけの知識。それらが取り払われ、ただ寛容と優しさだけでダリアを見つめたらという、あいつのあったかもしれない『もしも』だったのだ。

 

あり得たかもしれないが、決してやってはこない未来の形。

 

そう……私はずっと後、もう事態がどうにもならないことになった後に、そう思ったのだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。