ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダフネ視点
「ドラコ。私はダリアの所に行くよ」
下らない議論に紛糾する談話室の中、私は静かに立ち上がりドラコに告げた。
私はずっと待っている
待って、待って。ただ待って、待ち続けて。ただ漫然とダリアの帰りを待ち続けているだけだった。ダリアが再び平穏な気持ちでいられることを、私はただ待ち望むだけ。そんなの、もう何もしていないのと同じことではないか。
生徒の眼がある? 先生の監視がある? ダンブルドアが警戒している?
そんなもの、ただの言い訳でしかない。ダリアは苦しんでいたのだ。誰も味方はおらず、皆の警戒の中独りぼっちで俯くダリア。それなのに、私が行動しないなんて本来は許されなかった。許せなかった。許していいはずがなかった。
私はもっと知恵を絞るべきだったのだ。どんなことをしても、
それなのに私がしたことと言えば、ただダリアを待つことだけだった。
だからダリアは消えた。『継承者』に『秘密の部屋』へと攫われる……そんな考えうる限りで最も最悪な形で。私が行動出来なかったばっかりに……。
もう時間はない。
私にはもう悩んでいることすら許されない。私は今度こそ行動を起こさなければならない。ダリアを救うために、私は今度こそ手段を選んではならない。
幸いなことでは決してないけれど、生徒の眼、先生の監視、そしてダンブルドアの警戒も今はダリアには向いていない。それらが届かないような場所に、ダリアは連れていかれてしまったのだから。
勿論、それ以外にもまだ問題が山積みなのは分かっている。でももうダリアに、そして私にも、そんなことを気にする余裕はないのだ。
『秘密の部屋』がどこにあるか分からない?
そんなもの言い訳にもならない。分からないのなら、学校中をくまなく探せばいい。何のために、私には二本も足が付いているというのだ。たとえ足が引きちぎれようとも、私は絶対に『秘密の部屋』を見つけ出して見せる。
部屋には伝説の怪物、一睨みで人を殺せるという『バジリスク』がいるかもしれない?
そんなこと関係ない。どんなに危険な生き物がいようとも、ダリアがそこにいる以上私は行かなくてはならない。たとえ私が死ぬことになったとしても、ダリアを独りっきりなんかにしない。
『バジリスク』だけではなく、未だ正体の分からない『継承者』がいる?
それこそ言い訳にならない。寧ろ望むところですらある。どうせダリアに隠れて行動していたような奴だ。ダリアが負けるはずがないし、私もそんな奴を五体満足な状態で部屋から出すつもりはない。ダリアに罪を着せようとしたこと。必ず報いは受けさせてやる。
私はそんな決意を胸に、ドラコに別れを告げた。
これが最後に見るドラコの姿かもしれないのだから。
上手く『秘密の部屋』にたどり着く可能性は極めて低い。でもそれ以上に、『秘密の部屋』にたどり着けた私が帰ってこられる可能性の方が低い。
だからドラコを連れて行くわけにはいかない。ダリアを探しに行くのは、私一人で十分だ。
しかし、どうやらドラコに私の思いは伝わらなかったらしい。
ドラコは私の宣言を受け、ただ一つ頷くと、
「……そうか。そうだな。僕は何をここで待とうなんて腑抜けたことをしようとしていたんだろうな……。行くか……ダリアのところへ」
そう言って立ち上がり、そのまま談話室を出ていこうとしていた。
……どうやらドラコもついてくるつもりらしい。
私は慌ててドラコを止める。
「ちょっと待って、ドラコ! ドラコはここに残っていて!」
「……お前は何を言っているんだ?」
ドラコは怒りに燃える瞳で、私の方に振り返った。
「僕はダリアの兄だ! 僕が行かないで誰が行くっていうんだ! 僕は、」
「だからだよ、ドラコ。貴方がダリアのお兄さんだから。だから貴方は行くべきではないんだよ」
私はドラコの叫びを遮り、ただ淡々と事実だけを告げた。
「ダリアの兄である貴方は、今この学校でダリアの次に警戒されている人間だもの。皆ダリアが攫われたっていうのに、未だにダリアが『継承者』だと思っているみたいだからね。本当に……愚かだよね」
私は周りで頻りに議論している連中を一瞬見やった後続ける。
「もし貴方が今ここからいなくなれば、先生達は全力で私達を探すよ。『継承者』であるダリアと合流しようとしてる……そんなことを
きっと今も、先生達は城の中を巡回しているはずなのだ。それをこれ以上強化されては困る。
でもドラコは未だに納得出来なかったらしく、
「……だが……それでも……。それでも、僕はダリアの兄なんだ。ダリアが苦しんでいる時に……ダリアが危険な目にあっている時に、ただ待っているだけなんて耐えられるわけがないだろう」
ドラコは拳を固く握りしめながら呟いた。
理性では分かっているのだろう。自分がここを離れる意味を。自分が今ここを離れてしまえば、ただでさえ低い可能性が限りなくゼロになってしまうことを。
でも、それでも、ドラコはどうしようもなく家族のことを、
だから私は……酷く冷たい声で言い放った。そうしなければ、ドラコは決して折れてはくれないから。ダリアを救う可能性がなくなってしまうから。
「ドラコ……残念だけど、ここで待ってるのが貴方の出来る唯一のことだよ。貴方が来ると
自分が酷く矛盾していて、尚且つ酷く残酷なことを言っている自覚はある。
バジリスクを相手にする。そんなこと、私にだって出来るはずがない。グレンジャーが暴いた『秘密の部屋』の怪物。バジリスクは一睨みで人を殺すことが出来る怪物だと聞いている。そんなものに対応出来るのは、生徒の中ではダリアくらいなものだろう。私などが相手をするなんて愚の骨頂だ。ドラコよりはましだろうけど、『バジリスク』の前では二人の差にさほど意味はないだろう。同じく無力な人間でしかない。殺すために必要な時間が、一秒から二秒になるだけだ。
それなのに、私はドラコには待つことを強要している。ドラコだって、待つだけはもう嫌だ、そう思っているはずなのだ。ダリアに対する思いで負けているつもりなんてないけど、それでもドラコはダリアのお兄さんなのだ。残っているだけなんて我慢できるはずがない。私だって我慢できない。
でも……それでも私は、ドラコを連れていくわけにはいかない。ダリアを迎えに行く。その可能性を少しでも上げるためには、もう手段なんて選んではいられないのだから。
私は少しだけ口調を和らげながら、こちらを涙を流しながら睨みつけるドラコに続けた。
「ダリアのことだから、攫われたからといって『バジリスク』に大人しくやられているとは思えないよね? 私が『秘密の部屋』にたどり着いた時、ダリアのことだからもうすでに『バジリスク』を倒しているかもしれない。でも、もしダリアがまだ戦っている最中だったら? ダリアが戦っている時、もし兄である貴方がその場にいたとしたら? 貴方は確実に足手まといになってしまう。ダリアは貴方を絶対に見捨てることなんてしないから。でも、私は違う。私ならいざという時、ダリアは
少しの
涙をぬぐいもせず、ドラコは談話室のゴツゴツした天井を仰ぎ見ながら話し始めた。
「お前は酷い奴だ……。兄である僕に、ここでダリアを待てなんて……。お前は酷く残酷で、狡猾な奴だ……。でもそれ以上に……僕はなんて惨めな奴なんだろうな……」
ドラコは表情を悔しさに歪ませながら続ける。
「お前の言ったことは
そう叫んだかと思うと、ドラコはテーブルに血が滲むほど強く拳を打ち付けた。
周りの生徒が一瞬こちらを見やるが、すぐに視線を元に戻した。『継承者』の親族の怒りに関わりたくない。そう言いたいのだろう。
ドラコは拳を打ち付けた体勢のまま、長い長い溜息を一つつき、私に静かに告げた。
「行け……。僕はここで教師共の注意を引き付ける。それは兄である僕にしか出来ないことだからな。でも、絶対に忘れるな。必ずダリアを連れ戻してこい。僕にここで待てと言ったのはお前だ。お前の口車に乗ってやったんだから、失敗なんて絶対に許さない。絶対にダリアを連れ戻してこい。それが出来なければ……僕はお前を絶対に許さない」
こちらを血走った目で睨みつけるドラコに、私はただ頷く。言葉はいらない。もとより私もそのつもりなのだから。ダリアを連れ戻せなかった私を、ドラコが許さないまでもなく、私自身が許さない。
私は頷くとすぐに談話室の出口を目指す。
ドラコを説得するためとはいえ、随分と時間を使ってしまった。もう時間は無駄に出来ない。ダリアのために。そして……ここで待ってくれることを承諾してくれた、ドラコのためにも。
だから当然、
「……お前は本当に狡い奴だよ。ダリアがお前なら見捨てることが出来る? 馬鹿も休み休み言え。ダリアがお前を見捨てるわけなんてないと……お前も知っているはずだ。本当にお前は……狡猾なスリザリン生に相応しい奴だよ」
後ろから聞こえたドラコの呟きを無視し、そっと談話室を後にしたのだった。
これが、私が偶然にも、何か『秘密の部屋』のことについて知っているに違いない4人組を発見する、たった数分前の出来事だった。
私はもう……手段を選ばない。
ダリア視点
『……何を言っているのですか? こんな時に冗談はやめてください』
息も絶え絶えのバジリスクの言葉に対し、私は静かに話し始めた。
『貴方に衝動がない? そんなはずがないでしょう? 貴方も私も、人を殺すためだけに造られた怪物だ。なら私にはあるものが、貴方にないはずなんてことはあり得ない。私達はそういう風に造られているのですから』
彼はサラザール・スリザリンによって。そして私は、先程までここにいたであろう『闇の帝王』によって。私達は彼らによって、ただ邪魔者を殺すという目的のためだけに生み出された存在だ。
なら違いなどないはずだ。いや、
『さあ、勿体ぶらずに
私は捲し立てるように尋ねる。先程から、少しずつバジリスクの息遣いが静かなものに変わりつつある。もはや時間はない。バジリスクが死ぬ前に、私はどうしても答えを得なければならない。彼から紡がれた言葉の中から、私は自分自身が一体何
それに……このどうしようもない殺人への憧憬を抑えこむ方法を、あるいは彼なら知っているかもしれない。
私は期待を込めて、今まさに死にゆこうとしている『バジリスク』を見つめる。
はやく……はやく私に答えを教えて。少しでもはやく、どうか私を安心させてほしい。私達の持つこのどうしようもなく悍ましい感情が、決して
私はそんな思いを胸に、今にも死にそうなバジリスクを急かすのだった。
そして紡がれることになる。息も絶え絶えに、バジリスクはまるで
でもそれは……私の思っていたものとは全く異なるものでもあった。
『俺が一体……何を考えて生きていたか? それをお前ら……パーセルマウスが尋ねるのか……? ふざけるな……。俺は……お前らのパーセルタングのせいで……今まで一度として……
彼の言葉は、紛れもなく怒りに満ちたものだった。
『俺はずっと……眠らされていた……。スリザリンに造られた……その瞬間からずっと……。一度だけ起こされたことがあったが……。それも一瞬だった……。すぐにまた、あいつは俺に……『パーセルタング』なんぞで話しかけやがった……』
ただ黙って話を聞く私に、彼の怒りの声は続く。
『俺には魔法がかけられている……。『パーセルマウス』は本来なら……ただ俺たち蛇と話が出来るだけだ……。だが……俺は違う……。俺は……スリザリンの血が入った人間の命令を聞くように……そう生まれながらに強いられている……』
私はあまりの事実に、その場にへたり込む。
彼の殺意は……彼の物ではなかった。
私は立っている気力も失い、地面にただ蹲る。
それでも尚バジリスクの言葉は止まらない。致命傷を負っているだろうに、彼は無理やり言葉を吐き出し続ける。何故なら……私がそう命じたのだから。
私にはマルフォイ家の血は一滴もなく……ただ
それが紛れもなく、彼の紡ぐ言葉が真実であることを示していた。
彼は苦しそうに言葉を続ける。
『だから……俺は一度として人を殺したいと思ったことなどない……。あったのはどうしようもない空腹感と……命じられた人間を殺さなくてはならないという……
そう言い切ったきり、バジリスクは血を吐くと、再び荒い息を繰り返すだけになった。しゃべり続けさせられたせいで、余計に寿命が縮んだのだろう。先程以上に彼の呼吸は荒く、そして静かなものだった。見るからに、彼の命はもうほんの僅かなものだった。
でも……私には、
私は答えは得たのだから。……ただ私
予感は……確かにあった。
バジリスクを追い求めていた時だって、その可能性がまったく頭をよぎらなかったと言えば噓になる。でも認めるわけにはいかなかった。認めたくはなかった。
だから藁にも縋る思いで、ただひたすらにバジリスクを追い求めていた。答えを得ることで、少しでも早く安心感を感じるために。
そうでなければ……私は自分のことがもっと嫌いになってしまうから。
私はその伝説を昔から知っていた。
『秘密の部屋』の恐怖。『継承者』が『秘密の部屋』を開いた時、それを使ってホグワーツに相応しくない生徒、つまりマグル生まれの子を追放するという。
『恐怖』バジリスクのことだと知った時、私は疑問に思った。バジリスクという怪物が、何故そんな
バジリスクが真に人を殺すことを楽しめる怪物であるのなら、『マグル生まれ』とは言わず、そこら辺の生徒を片っ端から殺していけばいい。バジリスクにとって、学校にどんな生徒がいようと関係ないはず。『秘密の部屋』に閉じ込められていたと仮定しても、部屋自体は今年ずっと開かれていたのだ。事実一時はそこら中で彼の声を聞くことは出来た。誰だって襲える状況であるのに、彼はそれでも頑なに『マグル生まれ』だけを襲っていた。今年に限れば、ゴースト、猫、そして
その事実に、私は希望を持った。
『マグル生まれ』を追い出すために『バジリスク』を造ったのなら、『純血』の生徒まで襲う可能性のあるバジリスクを使うのは危険すぎる。だからサラザール・スリザリンは、バジリスクにあるであろう殺人嗜好を抑える手段を持っていたのだろう。
若しくは、
そう思い、私はずっとこの可能性から目を逸らしていた。答えを『バジリスク』が持っている。私は『バジリスク』と出会うことで、ようやく答えを得ることが出来るのだと。そう安直に思い込もうとしていた。一番楽な手法で、一番能天気な考えに縋りつこうとしていた。
そして……私は真実に裏切られた。私の能天気な希望は、残酷な現実によって一閃された。
確かにバジリスクが制御下にあったという事実は間違いではなかった。
でも、前提が違った。バジリスクは……そもそも誰かれ構わず殺そうとする怪物ではなかったのだ。
彼は……人を一睨みで殺せる能力をもっただけの……ただのとてつもなく大きな
私とは違い……人を殺すことに喜びを見出す怪物などではなかった。彼が人を殺すのは、彼の本能でも、ましてや彼の意志でもなかったのだ。
ああ……なんということだろう……。
私は『バジリスク』から聞こえる荒い息遣いを横目に、ただ湿った地面を見つめながら思う。
人を殺すために造られた怪物である私は、どうしようもなく人を殺すことに喜びを見出している。それは私という存在が、『闇の帝王』にそうあれと造り出されたから。造られた怪物というものは、皆須らくそういう存在であるべきなのだと……私はずっと信じて疑わなかった。
だからバジリスクの存在を知った時、私は期待した。このどうしようもない衝動を持っているのは、この世界に私だけではない。私は独りぼっちなんかではない。そう思い込もうとした。
でも違った。
私はこの世界にただ一人の怪物であり、バジリスクは怪物ではなかった。私は……世界に独りぼっちの怪物だった。
しかも……彼の言葉が示した真実はそれだけではない。
『バジリスク』のこと以上に、私は酷い思い違いをしていた可能性すらある。
私は……一体どうして人を殺すことが楽しいと思っているのだろうか?
私が人を殺したいと望むのは……別に『闇の帝王』の
私はずっと信じていた。この悍ましい感情を持っているのは、決して
それでも私達は、この恐ろしい感情を制御できるかもしれない。創造主の望むあり方ではなく、自分自身の意志で、自分の最も大切な人達の
でも、バジリスクも私と同様の目的で造られたというのに、彼には私と同じ悍ましさはなかった。
私と同じく、人を殺すために造られたというのに……。
この事実が導く答えは一つだけだ。
……私がこんな悍ましい物であるのは、『闇の帝王』がそうあれと造ったからではなく……
『闇の帝王』はただ私の肉体を造っただけ。『闇の帝王』は全く関係ない。
私がこんなにも恐ろしい心を持っているのは、私の
つまり……私がこんなにも悍ましいのは……誰のせいでもなく、ただ
「ああああああ!」
自然に嗚咽が漏れる。
胸が苦しかった。心が張り裂けそうで、私は自分の胸を搔きむしりながら蹲る。
「嫌! 嫌です! どうしてこんな! 私は、もう
こんなことなら、私は最初から知りたくなどなかった。こんな救いのない答えを、私は求めていたわけではない。
私はただ、大切な人達と一緒にいたかっただけなのだ。それ以外、私は何一つ望んではいないはずだった。
それなのに私が得たのは……私が知ったのは、ただ自分がどこまでも悍ましい生き物であるという、たったそれだけの事実だった。
私は胸の内から湧き上がる悲しみに、ただ言葉にならない嗚咽を漏らす。
そんな私に突然、
『……うるさいぞ、小娘……。最期くらい……静かにしていろ……』
横から声がかかった。
それはもはや虫の息になっていた『バジリスク』のものだった。
目を潰され、のどを貫かれたのか頭と口から血を垂れ流している彼は、もはや最後の力を振り絞って話していた。
最期の瞬間を、せめて静かに過ごすために。
今まで縛られていただけの生から、最後の瞬間だけ解放されるために。
『俺は今……とても気分が……いいんだ……。だから……お前は黙っていろ……。忌々しいお前ら……スリザリンの人間の声なんざ……最期に……聞いていられるか……』
私はそっとバジリスクを見やる。
よほど痛むのだろう。よほど苦しいのだろう。スリザリンの血を持つ私に反抗的な態度をとってこそいるが、その実あまり余裕はないことが分かる。時折せき込むように血を吐いている。よく見れば体のあちこちが痛みに耐えるように痙攣すらしていた。
『……そうですね。貴方の今までの生を考えると……私の声なんて聴きたくもないでしょうね……。私と違い、貴方は『怪物』でもないみたいですしね……。最期くらい、穏やかに逝きたいのでしょうね』
悲しみを胸に無理やり押し込めながら、私は静かに立ち上がり尋ねる。
どんなに望んではいなかった答えでも、彼は苦しみながらでも応えてくださった。
スリザリンがバジリスクを部屋に閉じ込めてから1000年。彼の言によると、彼はその生のほぼ全てをこの部屋の中で過ごしていたのだろう。何をするまでもなく、
それなのに、私は彼に答えを強要してしまった。苦しかっただろうに、彼はそれでも私に答えをもたらしてくれた。
何の救いもない、残酷な答えを。
私は純粋な
『……苦しいのでしょう? 楽にして差し上げましょうか?』
真っ黒な杖をゆっくりと持ち上げる私に、バジリスクは即座に応えた。
その声には私への怒りと同時に、どうしようもない喜びが満ちていた。
『断る! 俺は今まで……お前らに強制されるだけの生だった……。最期の瞬間くらい……俺自身が決める……。どんなに苦しくても……俺は今確実に
そう言ったきり彼は再び黙ってしまった。しゃべる余裕がいよいよ無くなったということもあるだろうが、それだけが理由ではないのだろう。
彼は話すのを止めたのだ。一瞬でももたされた自由を謳歌するために。彼は……死ぬ瞬間しか、自由に生きることを
そんな彼の在り方を理解して私は、せめてそれだけは、私と
……結局、これだけの致命傷を受けておりながら彼が死んだのは、それから少ししてからのことだった。1000年も生きる彼の生命力が、彼の苦しみを長引かせてしまったのだろう。
彼が満足していたのは間違いないが、それが良かったことなのか分からない。
かくいう私は、段々と静かになっていく息遣いを聞くしか出来なかった。
私は人を殺すことは得意でも、見るからに致命傷を負っている生き物を癒すことは出来ないのだから。
こうして、1000年もの間ホグワーツ魔法魔術学校の伝説であり続けていた『バジリスク』は死んだ。
そしてやはり私は……そんな彼の死を受けながら、どこか心の中で
部屋に残されていたのは、倒れ伏すポッターとウィーズリーの末娘。
そしてただの『バジリスク』の死体。
立っていたのは……『怪物』である、私だけだった。
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