ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
「な、なにを言っているんだい、トム。い、今は冗談を言っているような場合じゃ、」
「いや、ハリー。冗談ではないよ。『継承者』はダリア・マルフォイなんかじゃない。僕こそが偉大なるスリザリンの意志を継ぐ『継承者』なのだよ」
僕の言葉を遮り、トムはゆっくりと噛みしめるように告げる。
言葉の内容とは裏腹に、トムはどこまでも穏やかで、いっそ不気味にすら思える程人のよい微笑みをたたえている。
決して冗談を言っているような雰囲気ではなかった。
意味が分からない。そんなはずがない。これは何かの間違いだ。
そんな思いで僕の心が満たされる。
だから僕は、彼の言葉が冗談であると証明するためにカラカラの声で尋ねる。
「だ、だって、君は僕に50年前のことを教えてくれたじゃないか!? 君は
「勘違い? それこそ君の勘違いだよ」
でもトムの答えは、僕の期待を裏切るものでしかなかった。
「僕はね、ハリー。君に僕を信用させるために、あえてあのウドの大木を
「ト、トム……君は本当に……」
トムの言葉を理解した瞬間、僕の声が怒りで震え始める。
50年前のことは、ただトムが勘違いしただけだと思っていた。ハグリッドは怪物好きという困った趣味がある。そんな彼のことを、トムや当時の先生達が勘違いしただけだ。そう思っていたのに……。
よりにもよってこいつは僕の友達を……。
リドルは怒りで震える僕をあざ笑いながら言葉を続ける。
「君は本当に僕の思い通りに動いてくれたよ。君にハグリッドを捕まえる場面を見せても、君がすぐにはハグリッドが犯人だと思わないことくらい分かっていた。本来なら君を寮内からも孤立させるつもりだったんだが、君が僕を拾ったことで計画を変更したんだよ。どうにも僕の計画は、そこにいるダリア・マルフォイに邪魔されてばかりだったからね。まさかあのダンブルドアまでこの小娘のことを『継承者』だと疑うとは思わなかったよ。実に滑稽なことではあったが、同時に僕の計画を毎回駄目にしてくれるのは腹立たしくもあった。だが……最後に勝つのはやはり僕だ。僕はこうして……目的を果たすことが出来るのだからね」
「ダリア・マルフォイが君の邪魔を……? いったいどういう意味だい?」
僕はトムの続ける言葉で我に返る。
そうだ。そうなのだ。もしこいつが『継承者』であるなら、ダリア・マルフォイは……。
「ふふふ。ここまで言ってまだ気が付かないのかい? そうだよ。君達が散々疑っていたそこの小娘は『継承者』なんかじゃない。そいつがそんな偉大なことが出来る
驚いたように見つめた先には、魔法で縛られながらも、トムと僕をいつもの無表情で見つめているダリア・マルフォイがいた。
僕は彼女こそが『継承者』だと信じて疑わなかった。
彼女はスリザリンでマルフォイの人間だ。心底嫌な奴であるドラコにいつもくっついているような奴だ。そして去年『禁じられた森』で見たあの笑顔。彼女が危険な人間であることは間違いない。彼女なら『継承者』としてマグル生まれの生徒を襲い始めても何ら不思議はない。
そしてその思いは、ダンブルドアも彼女を疑っているという事実によってより強固なものとなった。
ダンブルドアは僕の尊敬する最も偉大な魔法使いだ。彼が間違いを犯すことなんてあるはずがない。だからダンブルドアが『継承者』として疑っているダリア・マルフォイが、『継承者』ではないなんて可能性は考えたこともなかった。
でも……それはトムによって否定された。
他でもない、『継承者』自身によって。
それが事実なら、僕は一体今まで……。
今まで僕は、いや、僕達は彼女を散々『継承者』として警戒していた。彼女が危険人物であるという思いには変わりはない。でも、僕達が今年中彼女を警戒していたのは、彼女が人を石にする『継承者』だと思ったからだ。
でもそれは間違いだった。
僕は『継承者』だと疑われた時感じた視線を思い出す。皆から向けられる警戒と恐怖の視線。決して気持ちのいいものとは言い難かった。その不快さを僕は知っていたのに。僕はそれを、少なくとも今回の事件とは無関係なダリア・マルフォイに向けていたのだ。
「で、でも、君は50年前の人間のはずだ! そんな君がどうやって『秘密の部屋』を開けたっていうんだい!? いや、そもそもどうしてそんな風に存在しているんだい!?」
僕は自分の罪をすぐには認められず、罪悪感を振り払うために大声で叫んだ。
何もかもおかしいことだらけだ。『継承者』ではなかったダリア・マルフォイ。存在するはずのないトムの存在。
意味不明なことばかりで、頭がどうかしてしまいそうだった。
訳も分からず叫ぶ僕にトムは、
「いい質問だね、ハリー。どうやって僕がここに存在しているか、か……。話せば長くなるが、君になら話してあげよう」
愛想よく答えたトムが話し始める。
今年起こった事件の真実を。僕も、そしておそらくダンブルドアでさえ予測していなかった、残酷な真実を。
「君が
トムの目がチラリと
「ハリー・ポッター……君が学校の人気者であること。人気者の君が、自分のことを好いてくれるチャンスなんてないということをね……。まったくうんざりだったよ。何でこの僕が小娘なんぞの下らない悩み事を聞かないといけないのか……。でも、僕は耐えたよ。君のことを徹底的に知るまでは、小娘の情報は少なからず有用だったからね。でも……」
トムはぞっとするような笑みを浮かべて続ける。
その笑顔を……僕は
「君の情報をこれ以上聞けないと思った時。僕は彼女に最後の奉仕をさせることにした。彼女は秘密を僕に書き込むたびに、少しずつ魂を僕に注ぎ込んでいた。彼女の恐れや秘密に触れることで、僕はどんどん強くなっていった。そして小娘が憔悴し、僕の力が彼女を超えた時。僕は彼女に魂を注ぎ返し、彼女の体を操ることに成功した」
「……そ、それって」
絞り出した声はひどくカラカラなものだった。
彼の言うことに、僕の理解がようやく追いついて
自分こそが『継承者』だという言葉。そして今のトムの言ったことを総合すれば、今年の事件を起こしていた人物は、
「そうだよ。君の考えている通りだ。ジニーなのだよ。今年『秘密の部屋』を開き、バジリスクを
最悪の予想が当たってしまった。『継承者』はダリア・マルフォイでないどころか、まさかロンの妹であるジニーだったなんて。
「彼女は最初自分のやったことに気がついてはいなかった。でも、時間が経つにつれ自分自身のやったこと……僕がやらせていたことに気が付いた。そして小娘はあろうことか僕を捨てようとしたんだ。本当に馬鹿な小娘だよ。僕のやらせていたこととはいえ、本当に偉大な事業を自身はなしていたというのにね。でも、それは結果的にはよかったのかもしれないね。僕は最終的に君に拾われたのだからね」
「何が偉大な事業だ!?」
何故か僕の額の傷を舐めまわすように見つめるトムに、僕は怒りのまま声を上げた。
「ジニーがやったというけど、全部君がやらせたことじゃないか! 君がやったことは偉大でもなんでもない! 君のやったことはただ生徒の何人かを石にしただけだ! 猫一匹だって殺せてやしない! それもマンドレイクが完成すれば元に戻る! ハグリッドのことだって、ダンブルドアは全部お見通しだったんだろ!? 君は何も成し遂げなんていやしない! 君は、」
「ハリー……。先程から言ってるじゃないか」
リドルは静かに僕の言葉を遮った。
「僕の目的はもう『穢れた血』を殺すことじゃない。僕の狙いは……ずっと
怒りで拳を握りしめる僕に、トムは話し続ける。
「君の友人である『穢れた血』を殺し、ジニーにメッセージを書かせることで、君をここに誘導することにしたんだ。そう。本来の計画であれば、『穢れた血』は死ぬ予定だったのだよ……。でも、そうはならなかった。そこにいるダリア・マルフォイが邪魔したからね。
ハーマイオニーの言っていたことは間違いではなかった。本当に、ダリア・マルフォイはハーマイオニーを助けたのだ。
「こいつのせいで僕の計画は最後まで散々な結果になったが、同時に彼女の存在で君をここに導くことも出来た。これでようやく……君に色々聞くことが出来る」
「何をだ?」
吐き捨てるように言った僕に、トムは、
「……どうやって」
やはりトムはむさぼるような視線を送りながら言った。
「何の特別な魔力を持たない君が。それも赤ん坊の時にどうやって偉大な魔法使いを破ったんだい? ヴォルデモート卿に狙われたというのに、君はどうやって傷一つだけで逃げ延びれたんだい?」
「何故そんなことを聞くんだい? 君はヴォルデモートのずっと前の人間じゃないか?」
「ヴォルデモート
トムの声は静かだったが、同時に力強いものだった。
「僕の過去であり、現在であり……未来なのだよ」
トムはそう言ったかと思うと、僕の杖を振り上げ、そして……空中に文字を描いた。
『TOM MARVOLO RIDDLE(トム・マールヴォロ・リドル)』
ただの自身の名前を示した文字列。
でもその空中に浮かぶ文字は、トムがもう一度杖を振った時、まったく別の言葉に並び変わっていた。
『I AM LORD VOLDEMORT(私はヴォルデモート卿だ)』
「理解したかい?」
目を見開く僕に、トムはささやいた。
「この名前は僕が在学中の頃から使っていたものだ。僕のような偉大な血筋を引く人間が、いつまでもマグルの父親の名前なんて使うわけにはいかないからね。勿論親しい者にしか明かしてはいなかったが。でも僕は知っていた。この名前こそが、僕の本当の名前になると。この名前こそが、いずれ全ての人間が口にすることも恐れるようなものになるのだと。ヴォルデモート卿である僕こそが、この世界で最も偉大な魔法使いになることを!」
僕の思考は今度こそ完全に停止していた。
こいつが……こいつこそが、将来僕の両親を、それどころか他の大勢の魔法使いやマグルを殺すことになる人間だったのだ。
恐怖。怒り。憎しみ。悲しみ。
様々な感情がごちゃ混ぜになり、僕はただ食い入るようにトムの顔を見ることしか出来ない。
それでもややあって、僕は口を開こうとした。
違う。お前なんかが最も偉大な魔法使いなはずがない。お前はただの人殺しだ!
そう言ってやろうとした。
でも出来なかった。
何故なら、
「あははははは!」
突然、静まり返った空間に笑い声が響いたから。
笑い声の発生源は……魔法で黙らされているはずのダリア・マルフォイだった。
笑う彼女はいつもの無表情ではなく、かといって『禁じられた森』で見た笑顔でもなく……どこか悲しみがにじみ出た表情で、ただただ声を上げて笑っていた。
ダリア視点
滑稽だ!
私は心の底から笑い……そして心の底で泣いていた。
ああ……なんて可笑しな話なのだろうか!
こいつは、こいつこそが闇の帝王だった! 将来最も恐ろしい闇の魔法使いと言われる男。それこそが、今私の目の前にいる少年の正体だった! 私を造った男! 私を死喰い人の長となるように造った男こそ、この少年なのだ!
でも……そんな彼は私を否定した! 私が人間でない、そんな理由で私を否定したのだ!
自分自身が造った存在であるにも関わらず! 自分自身の『偉大なる血』とやらを混ぜ合わせてでも造ったにも関わらずにだ!
なんて滑稽で……なんて救いのない話なのだろうか!
ああ。笑いが止まらない。なんて愚かで……なんて救いようのない! こんなもの、もう笑うしかない!
だって笑わなくては……私の心はもう立ち直ることなんて出来ないだろうから。
私という存在がこんな人間に造られた怪物であると考えると、本当に自分の存在価値が分からなくなってしまうから。
「……魂と肉体が離れているというのは実にやっかいだね。君にはこういった魔法が効きにくいのかもしれないな。しかし……ダリア・マルフォイ、僕の話のどこがそんなに面白かったのかな? ヴォルデモート卿である僕の話の一体どこが、君の琴線に触れたというんだい?」
『継承者』……いや、闇の帝王は自分の話が遮られたことが余程屈辱なのか、私を睨みつけながら口を開いた。
ああ、まだ気が付かないというのか……。私は少しだけ笑みを引っ込め、将来闇の帝王になるという少年に語り掛ける。
笑うのを止めた私の心には、ただどうしようもない悲しみだけが残されていた。
「何が面白いか? 面白いに決まっているではないですか!? なんて滑稽な方なんでしょうね、あなたは。私がマルフォイ家に相応しくないと言っていましたね。ふふふ。馬鹿なことをおっしゃいますね。マルフォイ家に選んだのは
私の言葉を受け、トム・リドルという少年は目を見開いた。私が人間ではないと知っている彼には、私の叫びで今度こそ私の秘密の一端を理解したのだろう。
私がどういう存在であるかという真実の一端を。私という存在が、一体誰によって造り出されたものであるかを。
ハリー・ポッターは私が何を言っているのか分からないのか、ただ訝し気な表情でこちらを見ている。理解できるはずがない。いや、していいはずがない。こんな怪物の事情など、今まで闇に触れてこなかったであろう少年に理解できるはずがない。私という存在が、まさか人間ですらない物であるなんて誰が想像出来るだろうか。
私は……闇に染まった人間にしか理解の追いつかない、どうしようもなく悍ましい怪物なのだから。
「純血に相応しくない? その言葉、そのまま貴方にお返しします! スリザリンの血は何よりも偉大!? そう考えたからこそ、貴方は
私の中には、吸血鬼の血と帝王の血が流れている。子供の頃、私が初めて自身の中に吸血鬼の血が流れていると知った日、お父様は仰っていた。
『闇の帝王はご自分の血と、吸血鬼の血でお前を造りだしたとおっしゃっていた。私たち死喰い人の上に立つ存在として』
亜人であるはずの吸血鬼を、純血主義を掲げる闇の帝王がそう簡単に『死喰い人』の上に立たせるはずがない。だからこそ、自身の『スリザリンに連なる偉大な血』とやらを混ぜ合わせることで、亜人である吸血鬼でも『死喰い人』の上に立てると自分を納得させようとしたに違いないのだ。
亜人である『吸血鬼』は、我々魔法使いより劣った存在である。だがそれ以上に、我がスリザリンの血は偉大である。だからこそ、我がスリザリンの血が微量でも入ったこの怪物は、忠実なる『死喰い人』の上に立つことが出来る……。
そんなことを『闇の帝王』は考えていたのだろう。
それがどうだ。ただ私のことを
だからこそ気が付いた。
こいつの純血主義はただの言い訳だ。中身なんて存在しない。ただ自身を特別だと思おうとするため。ただそれだけのために用意した、ただの言い訳だ。
そうでなければ、私を見た瞬間自分と同じ血が流れていると理解するはずだ!
私は悲しみのあまり、目の前にいる少年こそが『闇の帝王』であることを鑑みることなく声を上げた。
「貴方のやっていることはただの誤魔化しだ! 貴方は先程、自分の父親はマグルだと言いましたね!? それを否定するために、貴方は母親の血に縋りついているだけだ! 貴方に信念なんてものはない! 貴方がやっていることは結局、」
『ステューピファイ、麻痺せよ!』
私の言葉が終わらないうちに、闇の帝王から赤い閃光が放たれる。
薄れゆく意識の中私は、
「……やはり君にも聞きたいことが山ほどあるようだ。ハリーのことが片付いた後は、君にもゆっくりと質問をさせてもらおう」
そんな闇の帝王の声が聞こえていた。