ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
ハーマイオニーはダリア・マルフォイだけではなく、ロックハートのことまで未だに信じている様子だった。
ロックハートの部屋に向かうのに、彼女の足取りはやけに明るい。
ロックハートに頼れば何とかなる。攫われたジニー、そしてダリア・マルフォイ
暗い廊下の中。先を急ぐハーマイオニーの後ろで、僕とロンは互いに肩をすくめあう。
正直なところ、上手くいくという気はあまりしなかった。
ハーマイオニーは未だにロックハートが偉大だと思っているみたいだけど、僕とロンは寧ろあれ程無能な人間を他に知らない。
あいつにバジリスク、そして『継承者』であるダリア・マルフォイを何とか出来る程の能力があるとは到底思えなかった。
でも、今はそれに縋るしかないのもまた事実だった。あいつは驚くほどの無能だ。でも、もし、万が一、ほんの僅かな可能性で、あいつが言う通り『教科書』に書いてあることを、本当にあいつが成し遂げてきたのだとしたら、このどうしようもない状況で火事場の馬鹿力を発揮してくれるかもしれない。
今は残念なことに……そんな万に一つの可能性に賭けるしかないのだ。
ロックハートの部屋にはすぐにたどり着くことが出来た。先導するハーマイオニーの足取りが軽かったのもあるが、警戒していた先生たちの見回りに出くわさなかったことも理由の一つだろう。先生に出くわしてしまえば、必ず寮にまた閉じ込められてしまう。ジニーが攫われたというのに、再び不安な気持ちを抱えたまま寮にいなければいけないなんて我慢できない。
ここまでは全てが順調すぎる程に順調だ。後はロックハートと対策を練るだけ……そう思っていたのだけど、部屋の前についた辺りから少し雲行きが怪しくなった。
部屋の中から、やけに慌ただしい音が聞こえてくるのだ。まるで急いで
しかしハーマイオニーは興奮で音に気が付かなかったらしく、ここまで来た勢いのまま、
ドンドン!
大きな音でノックをした。
中から聞こえていた音が急に止む。そしてドアがほんの少しだけ開くと、隙間からロックハートがこちらを覗いているのが見えた。
「あぁ……ミ、ミス・グレンジャー。それと……ポッター君とウィーズリー君まで……」
何だか非常に迷惑そうな声音だった。
「わ、私は今取り込み中でね。急いでくれると……」
「先生! 私、先生にどうしてもお願いしたいことがあるんです! どうか、どうかジニーとマルフォイさんを助けてください! 先生しかもう、この城で頼りになる人がいないんです! お願いします、先生!」
興奮したハーマイオニーは、扉をこじ開けんばかりの勢いで大声を上げた。
ロックハートはハーマイオニーの訴えを受け、まるで彼女の大声が
「ミ、ミス・グレンジャー! あまり大声を出さないでいただきたい! 他の先生に聞こえてしま……。いえ、なんでもありません。いや、その……まあ、いいでしょう」
まるで意を決したかのように、音をなるべくさせないようにドアを開けた。
相変わらず興奮した様子のハーマイオニーに続き、僕とロンも部屋の中に立ち入る。
しかしハーマイオニーの興奮は、すぐに鎮火されることとなる。何故なら、
「先生! お取込み中ごめんなさい! 先生のことです! もう既にジニーやマルフォイさんを助けるために準備をされていたのだとは思います! でも、私達、どうしても居ても立ってもいられなくて! だから先生にお願いしようと……思って……」
ロックハートの部屋の中は、ほとんど全てのものが既に片付けられていたのだ。あれだけ壁にかかっていたロックハート自身の写真も、机の上の箱に押し込められている。床に置いてあるトランクからは、いつもロックハートのしているような派手な色のローブがいくつかはみ出していた。
それはどう見ても、今からジニーを助けに行く準備をしていたようには見えなかった。
どう考えても……これから
万に一つの可能性は望むべくもない有様だった。
「先生……どちらに行かれるんです?」
部屋に入るなり見えてしまった光景に、未だに理解が追いつかず口を開けたままのハーマイオニーの代わりに、僕はそっと尋ねた。
「あ~。その~。まあ、なんだね」
ロックハートは残り少ない自身の写真を取り外しながら話した。
「私は緊急の用事が出来てしまってね……。だから仕方がないんだよ……」
それがロックハートの答えだった。片付けられた部屋、そして今の言動。これらから、こいつの今やろうとしていることの全てが分かった。
こいつは学校の教員でありながら……ジニーを見捨てる気なのだ。城が大変な事態だと言うのに、我先にと逃げ出す腹積もりなのだ。
「僕の妹はどうなるんだ!」
ロンが顔を真っ赤にしながら叫んだ。
しかしロンの怒りに頓着することなく、ロックハートはただ迷惑そうな表情を作りながら応える。
「あ~。妹ね。そう。そのことだが……まったく気の毒なことです。ですが……あ~。まあ、私も残念には思っているよ。そう。残念だ。この学校で一番そう思っていますよ」
あまりの言いぐさに、僕の堪忍袋の緒が切れた。
「あなたは『闇の魔術に対する防衛術』の先生じゃありませんか!? それなのに、」
「ああ、ハリー、ハリー、ハリー。そうなのですけどね。でも、職務内容にはこんなことは含まれてはいなかった。だから私は……行かなくてはいけないのですよ」
呆れて物も言えない。ただあまりにも情けない人間に、僕とロンは一瞬茫然としてしまった。
その間に、今まで黙っていたハーマイオニーがようやく口を開いた。
「先生……。冗談ですよね? そんな、先生が逃げ出すなんてことあり得ませんよね? だって、先生は本に書いてあるような、あんなに素晴らしい偉業をいくつも成し遂げてきたではないですか。だから今回だって、」
「ああ、ミス・グレンジャー。君は誤解しているようだ。本は誤解を招くものなのだよ」
ロックハートは微妙な言い回しをした。
「ちょっと考えればわかることだろう? どうして私の本があんなに売れていると思う? それは本に書かれている話が、私こそがやったことになっているからだ。『チャーミング・スマイル賞』を受賞している、この私がね」
ロックハートの世迷言は続く。ハーマイオニーは、彼の話をただ静かに涙を流しながら聞いていた。
「それがどうだい? もし、本当の話を書いていたとしたら? 私ではなく、あの醜い魔法戦士がやったと、本当のことを本に書いていたとしたら? 結果は分かり切っている。誰も本を買いはしなかった。売り上げは半分以下だっただろう。要するに……真実なんてそんなものなのですよ……」
「それじゃあ、先生」
ハーマイオニーが絞り出すような声で尋ねた。
「先生の本は……。先生の書いていたことは、本当は他の人がやったことなのですか? 他の人がやったことを、さも自分がやったことのように書いていた……。そう、先生は仰っているのですか?」
信じたくない。自分の信じていた先生が、ただ上っ面だけの人間でしかなく、それどころかただのペテン師でしかなかったなんて思いたくない。
そんなハーマイオニーの思いが伝わってくるような。そんな悲しみに満ちた声音だった。
でも、ハーマイオニーの祈りは届くことはなかった。
ハーマイオニーの信頼は……ダリア・マルフォイ
「ミス・グレンジャー。そんなに単純な話ではないのですよ。私は私なりに仕事をしましたとも。私の仕事はね、まずそういう素晴らしい活躍をなした人を探し出すこと。そしてどうやってそれを成し遂げたかを聞き出し、最後に……その活躍を
聞くに堪えない話が終わると同時に、彼の
「さてと。支度は完了しました。
ロックハートはそう言うと、今までの彼からは想像できない程の滑らかな動きで、杖を僕達三人に振り上げた。
杖が折れているロンは勿論、未だに茫然自失している様子のハーマイオニーは対応できない。
ロックハートはそんな彼らに杖を振り下ろそうとして、
『エクスペリアームス、武器よ去れ!』
僕の放った魔法で後ろに吹っ飛んだ。積み重なったトランクの上に倒れこみ、杖は空中に高々と放り投げられる。それを僕は急いでキャッチすると、躊躇わずへし折った。
「『決闘クラブ』を開催したのは間違いでしたね」
僕がそう冷たく言い放ちながら杖を突き付けると、ロックハートはひどく怯えた表情でこちらを見返した。
「わ、私にどうしろというのだね?」
「一緒に来てもらおう。あなたは教師としての義務を果たすべきだ」
僕は怒りのままロックハートを立たせると、部屋の外に追い立てた。
もう時間がない。他の先生を頼っている時間すらもうないかもしれない。
ジニーを助けるには、もう僕達だけで行動を起こすしかない。
ロックハートに杖を突き付けながら部屋を出る僕の後を、僕同様、自力で妹を助ける決意を固めたロンと、勢いよく涙をふくハーマイオニーが続く。
僕達に何が出来るか分からない。怪物の正体が分かっていても、そもそも『秘密の部屋』の場所すら分かっていない。
でも、行動しなければ確実にジニーはダリア・マルフォイに殺される。このまま引き下がるなんてことは許されないのだ。
そう決意を新たにした僕達は、暗い廊下の中で足を進めるのだった。
廊下には……
ダリア視点
目が覚めると、私は酷く薄暗い場所に寝そべっていた。
「……ここは?」
まだ覚め切らない思考で辺りを見回す。すると薄暗い視界の向こうに、蛇の絡み合う彫刻が施された石の柱が見えた。それも一本ではない。同様の柱が何本も辺りには立ち並んでおり、上へ上へとそびえ立っている。柱を伝い視線を上げるが、相当高い場所にあるのか暗くてよく見通せない。
完全に見覚えのない空間だ。一体私はどこにいるのだろう? 私は先程まで大広間にいたはず。それに、私は気を失う直前……。
そう不明瞭な思考で考えている私に、すぐ後ろから聞き覚えのない声がかかった。
「目が覚めたようだね、ダリア・マルフォイ」
見回した時はいなかったというのに、振り返った先には、
背が高く、黒髪の少年。十代だと思われる少年は、ホグワーツの制服を着ており、そのネクタイは緑色をしていた。
こんな生徒、スリザリンにいただろうか? 私の交友関係は広いわけではないが、一応スリザリン寮に所属している人間の顔くらいは覚えている。その中に、こんな生徒は存在していなかった。
それにこの少年は……。
私はポケットに杖はないものかと探りながら、少年を静かに観察する。
ハンサムな顔立ちをした少年は、人を魅了するような表情を張り付けながら、ジッと私を見つめている。
そんな少年の輪郭は……何故かぼやけていた。まるで曇りガラスの向こう側の人物を見ているようだ。ここが薄暗いこともあるが、それにしては輪郭がぼやけすぎている。
明らかに彼は、人間ではない存在だった。
「あなたは……一体
一向に見つからない杖を探りながら、私はそっと声をかける。
見覚えのない、明らかにまともでない場所にいる、明らかに人間ではない少年。警戒しないはずがない。私は混乱しそうになる思考を理性で抑え込みながら尋ねた。
そんな私の警戒感丸出しの態度を受け、彼は、
「何とは……随分なご挨拶だね。まったく。君にだけは言われたくないよ」
先程まで浮かべていた人の好い微笑みを引っ込め、まるで嘲笑うようなものに変えた。
「君には聞かなければならないことが山ほどあるが……。まあ、いいだろう。時間はたっぷりある。
彼は話しながら手をポケットに入れると、
「ここから出ることはないのだからね」
私はこの瞬間確信した。目覚めた瞬間に現れた得体のしれない男。そしてその口ぶりや態度。こいつは……私の敵だ。
「……それを返してもらえますか?」
「いいや。これはもう君には必要のないものだ」
苛立ちを露にした私の声を受けても、少年は私の杖をいじるだけだった。どうあっても返す気はないらしい。それどころか、こいつの言が正しければ、こいつは私を……殺す気なのだ。
でも同時に、すぐには行動する気はないのだろう。特に何かするわけではなく、ただ私をあざ笑うように杖を弄んでいる。
「そうですか……それは、まあ、残念です。それで、あなたは一体何ですか? それに、ここは一体……?」
ここで殺されるつもりなど毛頭ない。私にはまだやるべきことがあるのだ。こんなわけの分からない状況で、こんなわけの分からない奴に殺されてたまるものか。
私は隙を伺うためにも、実際今気になっていたことを尋ねた。
少年は私の全く動かない表情同様、私の心が一切自分に恐怖感を持っていないことを感じ取ったのだろう。少しの間胡乱気に私の無表情を眺めていたが、
「僕が一体何か、か……。その質問に答える前に、ここがどこかという質問にお答えしよう」
少年は手を広げて宣言した。
「この場所こそ、偉大なるサラザール・スリザリンが残した部屋。そう、君達の言う『秘密の部屋』だよ」
演説でもするように大仰に話す少年の言葉を受け、私は思わず辺りを再び見回した。
「ここが?」
確かに言われてみれば、ここの内装は『秘密の部屋』に相応しいものだった。どこもかしこも蛇の彫刻だらけだ。
「ふふふ……。光栄だろう? なにせ
「開いた……? ということは、あなたは、」
「そうだ。僕こそが『継承者』なのだよ。ハリーでも。ましてや君などでもない。僕こそが『継承者』だ。まあ、残念ながら、今回は僕だけの力で『秘密の部屋』を開いたわけではないけどね」
そう言って彼は部屋の奥を指示した。その先に目を凝らすと……暗闇の中に、忌々しい赤毛が転がっていた。
「あれは……ジネブラ・ウィーズリー? 何故『秘密の部屋』に? いえ、あなたの言葉から察するに、彼女がここを開いた? それに私が気を失う直前、確かにあの忌々しい赤毛を……。でも、何故ウィーズリーの末っ子が……?」
「そう、君の考えている通りだよ。たかだか『血を裏切る者』の小娘ごときが、『秘密の部屋』を開けられるわけがない。そんな偉大になる資格など、あの馬鹿な小娘に本来あるはずがないだろう? だが……そう、それこそが、君の最初の質問に対する答えに繋がるものなのだよ」
彼は私の杖をしまっていた方とは反対のポケットから、今度は一冊の日記帳を取り出した。
「僕は50年前の記憶だ……。僕の偉業を引き継ぐための、『秘密の部屋』を再び開くための記憶なのだよ」
彼は日記帳を愛おしそうに捲りながら続ける。
「僕はずっと待っていた。そして選ばれたのだ。あの小娘が。僕は彼女の魂を吸い取り、逆に僕の魂を彼女に注ぎ込むことで、再びこの偉業を成し遂げることに成功した。あのダンブルドアの目をすり抜けて、僕は、」
私はそっと手袋を外しながら、酔いしれたように話す彼の言葉を適当に聞いていた。
意味不明な言葉の羅列。そもそも私に理解させるために話してはいないのかもしれない。奴の言葉通り、単純に暇つぶしでしかないのだろう。
私も私で、こいつの話をもはや話半分でしか聞いていない。確かに『秘密の部屋』を開くための記憶と言った辺りは、少しだけこいつに興味がわいた。もしやこいつも『バジリスク』や私と同じような存在だと言いたいのか? そう思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。
『秘密の部屋』を開くことを、こいつは
こいつは……私とは違う。こいつは人間ではないが……怪物でもない。
とりあえず意味は分からないが、こいつがウィーズリーの末娘を使って『秘密の部屋』を開いたことは分かった。こいつが結局どういう存在なのかは分からないが……まあ、どうでもいいことだ。
そんなもの、今の私にとっては些末な問題だ。私の目的はたった一つなのだから。
もういいだろう。こいつには時間があるかもしれないが、私には時間がない。それに、グレンジャーを助ける代わりになくなった『バジリスク』と話すチャンスが、再び巡ってきたのだ。ここが本当に『秘密の部屋』なら、ここには必ずバジリスクがいるはずだから。
杖がなくとも、私には相手を無力化する手段などまだいくらでもある。
元々、私には『継承者』に対する興味は全くない。私は『継承者』の御託を無視し、行動を開始しようとして、
「さて、僕の話はこれくらいでいいだろう。そんなことより……君は僕に一体
私の動きが止まった。
「君は……一体
ハーマイオニー視点
「
「アイタッ!」
今までこんな奴を信じてしまっていたと考えるだけで、私は腸が煮えくり返りそうだった。
思い返せばいくらでも予兆はあった。あまりに実践的とは言い難い授業内容。クィディッチ試合の時、ハリーに対して行われた
それなのに、私はずっとそれらから目を逸らしていたのだ。彼にも不調な時がある。彼はただ私達を試しているだけだ。そう思うことで、私は彼の作り上げてきた幻想に固執してきた。
でも裏切られた。あの数々の偉業は、この無能によって行われたものではなかった。私の信じていたこの男は、『忘却術』を使って他人の功績を奪い取っていただけの、ただのペテン師でしかなかった。
「アイタッ!」
苛立ちのままに再度無能の足を蹴りあげる。あんなに素晴らしいと思っていた声音が、今では聞いていて最も不快な音でしかなかった。
私は足を進めながら、また足を蹴り抜こうとしたところで、
「ハーマイオニー……。気持ちは分かるけど、今はそれどころじゃないんだ……。そいつのことは後回しにしてくれるかい?」
「……ええ、そうね。確かに、こんな奴のことで時間を使っている暇はなかったわね」
前方を歩くハリーから声がかかった。
そうだった。
でも、
「で、これからどうするんだい? 結局、僕らはまだ『秘密の部屋』の入り口がどこにあるかすら分かっていないんだぞ」
ロンの言う通りだった。無能を頼れば何とかなると思っていたけど、それはもう幻でしかない。こんな状況の中、私達は自分自身の力で入り口を見つけないといけない。
そう考えていると、突然廊下の向こうから物音が聞こえてきた。おそらく、生徒が歩いていないか見回っている先生の誰かだろう。
「とにかく、いったん考える時間が必要だわ。誰も来ない場所……。そうだ、『嘆きのマートル』のトイレに行きましょう。あそこなら近いわ」
私の言葉を受け、ハリーを先頭に私達は階段を下り、ミセス・ノリスが襲われた暗い廊下をひた走る。
そして半ば私達の秘密基地と化している女子トイレに駆け込むと、急いで扉を閉めた。
「ハーマイオニー。こうなったら君だけが頼りだ。怪物の正体を見破った君しか、もう入り口を見つけられる人間はいない」
震えるペテン師に杖を突き付けながら、ハリーは訴えるように私に言った。
「分かってるわ。少しだけ。少しだけでいいの。考える時間を頂戴」
そうは言ったものの、すぐに入り口が見つかるとは思えない。確かに私は怪物の正体を見破った。でも、それで終わり。私はその先の秘密に未だ手が届いてはいない。
それでも私は今ここで、『秘密の部屋』の真実にたどり着かなければならない。
それが出来なければ、私は妹のように可愛がっていたジニーも、私が憧れ、そして対等になりたいと願っていたマルフォイさんも死んでしまうのだから。
「バジリスク……。人を視線だけで殺せる蛇……。そもそも何故、今までの犠牲者は死なずに石になっているのか……」
私はブツブツ呟きながら、水浸しのトイレの中を歩き回る。
手持ちの情報は少ない。私は今まで得た情報に少しでもヒントがないか考える。
トイレの中には、私の呟きと、マートルが立てるゴボゴボという音だけが響いていた。
「死なずに石になった理由……。それは皆直接はバジリスクの目を見ていないから……。ジャスティンはニックを通して……。コリンはカメラを通して……。そしてミセス・ノリスは……」
私はそっとトイレの床を見つめた。床は
「……水に映った姿を見ただけだから。それは分かってる。でもだめ……これでは入り口は分からない」
私は思考を別のことに移す。
「バジリスクはどうやって移動してるの……。あの巨体、普通に移動していては人目に付きすぎる。それに、ハリーの聞いていた声……」
泳ぐ私の視界に、一本のパイプが映った。
「そうよ……。パイプだわ。バジリスクは配管を使って移動しているのよ。でも……駄目だわ。これも……」
必死に考える。今まで得た情報を全て考え直すのだ。そうでなければ、ジニーとマルフォイさんは……。
私は焦りそうになる思考を必死に抑える。まだある。まだ私の手持ちの情報が尽きたわけではない。この時のために、私はマルフォイさんを傷つけてしまってまで情報を得たのだ。
「50年前……。トム・リドルとハグリッドはなんて言ってた? 確か『秘密の部屋』が開かれた時、女子生徒がトイレで死体になって見つかったって……」
パイプ……トイレ……女子生徒……。何だか引っ掛かる情報な気がした。どこかで……どこかでこれら全て連想させる情報を得ている気がする。
思考にどこか違和感を覚えながらトイレの中を歩き廻る。そして一番奥の小部屋のトイレの前を通りかかった時、
「ねぇ、さっきからブツブツうるさいのよ。私は自分が死んだときのことをゆっくり考えているのよ。用がないなら出て行ってよ」
突然、『嘆きのマートル』に声をかけられた。
そりゃ、彼女にとっては私達の存在はさぞ迷惑だろう。でも、私には今彼女に付き合っている時間はない。
そう私は苛立ちながら口を開こうとして……止まった。
思考が急速にある可能性にたどり着く。
いや、そんなことあるのだろうか? そんな奇跡のような可能性が。だって私達は数か月ずっとここにいたのだ。もし、私の今考えていたことが当たっていたとしたら、私達はずっと……。でも、もしこれが正しかったとしたら……。
私は内心の興奮を抑えながら、努めて冷静にマートルに尋ねる。
「マートル。ごめんなさい、あなたの思案を邪魔して。でも、よければ貴女が死んだときの様子を聞かせてくれない?」
マートルの変化は一瞬だった。今まで苛立ち気に私を見つめていた表情から一転、ひどく嬉しそうなものに変わっていた。
「怖かったわ!」
内容のわりに誇らしげだった。
「ここよ。私はここで死んだのよ! よ~く覚えてる。私、あの日は眼鏡のことでからかわれたの。だからここに隠れて、ずっと泣いていたの。そしたら、誰かが入ってきたわ。何を言ってるのか分からなかったけど、声から男が入ってきたのだと分かったわ! ここは女子トイレなのに! だから、私は出て行けって言おうとして、この小部屋からでたの! そして……」
マートルはたっぷり時間をためた後、
「死んだの!」
やはり誇らしげに言った。
「……ここで死んだってことは分かったわ。でも、どうやって死んだの?」
「分からないわ。覚えているのは、最後に見たのが大きな黄色い目玉だってことくらい。それを見た瞬間、私は死んでたの」
大きな黄色い目玉。間違いない。それはバジリスクの目玉だ。
彼女は……まぎれもなく50年前の被害者なのだ。
まさか、本当にこんなことがあるなんて……。私はそっと額を抑えながら確信した。
ここだ。こここそ、『秘密の部屋』の入り口だ!
突然黙り込んだ私に、ハリーが声をかけてくる。
「ハ、ハーマイオニー、どうし、」
「ここよ! ここが『秘密の部屋』の入り口よ! まったく何で気付かなかったのかしら! 私達はずっとここで過ごしていたのに!」
私の突然の大声に驚くハリー達を横目に、私はトイレを調べだす。
ここが入り口なら、必ず『秘密の部屋』を示す目印があるはず。パイプ、便座、目に入るものは全て調べた。
そして……
「見つけたわ!」
それを見つけた。
手洗い台の蛇口。そこには……小さな蛇の彫刻がなされていた。
私達は、ついに『秘密の部屋』の入り口を見つけたのだ。