ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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追放(中編)

 ダリア視点

 

私がピクシーを()()して以来、ロックハート先生が教室に生き物を持ち込むことはこなくなった。ロックハート先生の頭がいくら残念なものだと言っても、あれが失敗だったということくらいには流石に理解出来るらしい。かく言う私にとってもあの初回の授業は、お兄様が怪我をしそうになったり、私がピクシーを思わず殺してしまったりと散々な結果だったと思う。

ただ、魔法生物を実際に教室に持ち込み、それに対する対処方法を生徒が実践を交えて学ぶ。その発想自体は非常に的を射ているものであるとも思う。出来ることなら来年以降来るかもしれない()()()()()()には、是非引き続きやってもらいたいものである。あの事件の根本的な問題は、ピクシーを無計画に放したこと。そしてそのピクシーを御する能力を、ロックハート先生が欠片ほども有していなかったことにある。数が多かったとはいえ、ピクシー自体の危険度はそこまで高いものではない。『闇の魔術に対する防衛術』における内容としては、初歩の初歩とすらいえる。そんなものを世界有数の魔法学校、ホグワーツの教師ともあろう者が対処できないことがどうかしているのだ。ましてや自身の著作で書いている事を本当にやったというのならば、対処出来ないということはどう考えてもおかしい。

ただどんなにロックハート先生が無能だったとしても、もう着任している以上は我慢するしかない。来年この無能教師がクビになり、もっとましな先生が選ばれるのを祈るのみだ。ロックハート先生には任期の残りをただただ大人しく過ごしていただきたい。

 

と、思っているのだけど……。

 

今目の前で行われている授業は……ある意味初回のものより酷いものだった。

というより、もはや授業と言えるものではなかった。

 

「ほら、ハリー! 恥ずかしがらずにもっと牙をむき出しにして!」

 

今私の()()()では、ポッターがロックハート先生直々に()()()()されていた。私の思い違いでなければ、『闇の魔術に対する防衛術』の授業とは、教師が生徒に闇の魔術に対する防衛の仕方を教える内容のはずだ。……でも今ポッターがさせられているのは、どう見てもただの演劇の練習でしかなかった。

どこか諦観したような表情を浮かべているポッターは、仕方なさそうに僅かに口を開く。

ポッターはうんざりとした表情を隠してもいないが、先生はそのことに気がつかないらしい。先生は満足そうに、ポッターが口を開けるのを見て頷いていた。

 

この下らない授業というよりただの演劇の時間と化したものは、初回の惨劇より以降ずっと習慣化しているものだった。

初回の授業で惨劇を起こしてしまったスリザリンにだけ行われていたのだと思っていたが、あのポッターの諦めきった表情を見るに、おそらくグリフィンドールでも恒例に行われているものなのだろう。

そしておそらく、先生の抜擢する悪役も、恒例でポッターであることが想像できた。

ロックハート先生は、自分の著作の一部を演劇で再現し、時折相方、大抵は先生にやり込められる悪役を生徒にやらせる。ポッターの知名度に内心嫉妬しているであろうロックハート先生のことだ。グリフィンドールの授業ではさぞ彼を悪役にして楽しんでいるであろうことは、先生の性格とポッターの表情から想像に難くなかった。

ただそれだけなら私も、

 

『有名人は大変ですね』

 

くらいの感想しか持ち合わせていなかっただろう。

 

でも残念ながら……私にとって、今現在ポッターのことは他人事でも何でもなかった。

 

何故なら、

 

「では、ダリア! 君は今襲われそうになっています! 大声で助けを呼んで下さい!」

 

私も今、ポッター同様演技を要求されているからだ。

ロックハート先生はポッターと同様に立たされている私に、にこやかに指示を出した。

 

グリフィンドールと違い、スリザリンにはポッターのように()()()()有名な生徒は存在しない。

だからスリザリンにおいて、悪役として呼ばれる生徒は完全にランダムだ。いつも適当な男子生徒が前に呼び出され、心底やる気のない表情で演技指導されているのが常だった。

 

それが何故か今回、私はポッターと共に呼び出されている。

悪役ではなく、ロックハート先生に助けられるヒロイン役として……。

 

……そもそもロックハート先生の本にヒロインなど存在しない。先生の()()は、終始先生が敵を愉快痛快にやり込める。()()()()()()の内容のはずなのだ。行動の結果女の子を助けた話はあっても、別にその助けられた女性が恋人になったという話はない。

であるのにこの下らない劇では急遽ヒロイン役が追加され、何故か私がそれを担当させられていた。

 

意味不明な上に……鬱陶しいことこの上ない。

 

「ほら、ダリア! 恥ずかしがらずに!」

 

百歩譲ってヒロイン役の追加を許容したとしても、いつも無表情な私がヒロイン役というのはどう考えても適役とは思えない。その旨を最初にそれとなく先生に伝えたのだが、ただ私が恥ずかしがっているだけと判断されたらしく、未だに私はこの無駄な時間を余儀なくされている。半ば強制的に前に連れ出された私は、

 

「……タスケテクダサイ」

 

仕方なく出した声は、案の定ひどく平坦なものだった。

我ながら助けを求めている声でないことは分かっている。今まで出した声のなかで、一番感情のこもっていないものだったことは間違いない。いつもも大して感情のこもった声などしていないが、今日のものは特に酷かった。

何故なら、

 

「ダリア! もっと感情豊かに言わないといけませんよ! 今君は、恐ろしい()()()に襲われる直前なのですから!」

 

私は今、私が最もやりたくない役を演じさせられていたから。

先生は私とポッターを教壇の前に引きずり出した直後、

 

「今日は『バンパイアとバッチリ船旅』での一場面を、皆さんに教えて差し上げます!」

 

と宣言した時から嫌な予感はしていた。

この本は名前の通り、とある吸血鬼とロックハート先生が船旅をする内容だ。その一場面に、一緒に旅をする吸血鬼とは違う()()()()()に襲われるというものがある。そしていつものように()()()()な方法で悪い吸血鬼を退治し、最終的にその吸血鬼を()()()()()()()()()()()()()()()()笑い者にするという内容だ。

この本はその退治方法の斬新さから、ロックハート先生の書いた本の中でも特に売れたベストセラー本になったらしい。

 

この本を初めて読んだ時……私は限りなく不愉快な気分になった。

 

半分吸血鬼である私にとって、この本が面白いものであるはずなどなかった。

ロックハート先生と一緒に旅をしたという吸血鬼も、お人好しだがどこか間抜けな生物として描かれている。先生を襲う吸血鬼も、恐ろしいがどこか間抜なところがあった。

要するに、吸血鬼は人間とは違った、劣った生き物として描かれているのだ。

 

この本を読んだ時、私は思い出してしまった。

……自分が人間ではないということを。

私という生き物が人間などではなく、本来はマルフォイ家の中にいていい生物などではないと、間接的に馬鹿にされているように感じてしまったのだ。

 

お前はマルフォイ家に相応しくないと、そう言われている気がした。

吸血鬼が差別されているとか、そんなことが嫌なのではなく、ただ単純に、私が本当のマルフォイ家の一員でないことを強制的に思い出さされ、ただただ悲しい気持ちになった。

 

そしてそんなただでさえイライラさせられる内容のものを、私がその中の登場人物として演じさせられる。しかも()()()()()()()間抜けな吸血鬼役ではなく、それに襲われるか弱い人間役を演じさせられるということに、酷く吐き気を覚えた。別に吸血鬼の役がやりたいというわけではない。ただ、本物の吸血鬼である私が、目の前で間抜けな吸血鬼を演じられるということに、酷い嫌悪感を感じたのだ。

 

この教室、いやこの学校の中で唯一本物の人間ではない私には、この光景の全てが矛盾していて、何だか酷く歪な光景に見えるのだった。

 

最初は当然のことながら、私はこの役を断ろうとした。でも、半ば強引に演劇を開始されてしまえば、私にはどうすることも出来ない。役を強引に打ち切ろうにも、何故吸血鬼に襲われる役がそこまで嫌なのかと問われれば答えることが出来ない。まさか自分が本当の吸血鬼だからですというわけにはいかないのだ。よしんば強引に断っても、ロックハート先生は気づかないだろうが、私の一挙手一投足に注目しているであろうダンブルドアは気付きかねない。私が吸血鬼だと即座には気が付かないかもしれないが、この役に何かあるということには気が付くやもしれない。そこから連想ゲームで真実にたどり着きかねないのが、あの老害の恐ろしい所だ。今奴の目がどこにあるか分からない以上、下手なことは出来ない。結果、私はこの無意味で不快な演劇に付き合わされている。

ただそうは思っても、内心の苛立ちは抑えることが出来ているわけではない。話が進むにつれて私の苛々した空気が漏れ出しているらしく、授業始めはただ私に警戒心むき出しの視線を送っていたグリフィンドール生の表情が、何だか凍り付いたものに変わりつつある。

そしていつもと同様、グリフィンドールとは反対の席に座っているスリザリン生の表情はというと……私は確認していなかった。スリザリンの方を見れば……私は必ずお兄様とダフネの表情も目に入ってしまうだろうから。

そんな徐々に冷たくなりつつある教室の空気に、ロックハート先生は当初気付かない様子であったが、私の全く気持ちの籠っていない声に、ようやく異変に気が付きだしたらしい。

 

勿論明後日の方角にだったが。

 

私の異変には気が付いたものの、ロックハート先生は私の声が平坦なのは、いつものごとく私が緊張しているからだと勘違いしたらしい。

 

「ダリア! 表情と声が硬いですよ! まだ恥ずかしがっているのですか!?」

 

本当に学習能力のない人間だと思う。私がいつ先生の前で緊張したのだろうか。何度否定しても、彼は私のこの無表情が先生に対して緊張しているからだと思うらしい。何故ここまで自信過剰になれるのか理解に苦しむ。

 

「……いえ」

 

おそらくこの声も、あまり起伏のあるものではなかっただろう。正直、今の精神状態でロックハート先生に応えるのはつらかった。いつまで経っても進まない怪物探し、お兄様達と共にいない生活、常に周りにある監視の視線。度重なるストレスが、確実に私の精神状態を追い詰めていた。

でもそんな私の状態に頓着するはずもなく、ロックハート先生の勢いは止まらなかった。

 

「ではどうしたのですか!? ああ、ダリア! もしかして、君はまだ『秘密の部屋』のことが心配なのですか!? 以前も言ったではありませんか! 部屋はもう閉ざされたのです! 『継承者』は私に恐れをなしたのだと思いますよ!」

 

「……」

 

有名な先生に緊張しているわけではないとは分かってくれたようだが、どうもまたもやあらぬ方向に勘違いしているらしい。

よしんば『秘密の部屋』が、()()()()()()再び閉ざされたのだとしても、少なくとも先生の()()などではないことは明白だった。

私が先生の戯言にどう返答すればいいか悩んでいると……

 

先生は突然とんでもないことを話し始めた。

 

「ほら、ダリア! まだ表情が硬いですよ! これだけ言っても、まだ『部屋』のことが心配なのですか!? ダリアは心配性ですね! 大丈夫ですよ! もしですよ、もし万が一でも、『継承者』が破れかぶれに『部屋』を開いたとしても、()()大丈夫です! この学校で最も闇の魔術と戦った経験のある私は勿論、()()()()()()()君のことを()()()()()()()()()!」

 

ただでさえ冷たかった教室の空気が、完全に凍り付いた。

 

 

 

 

それはまぎれもなく、ダンブルドアが教師を使って私を監視しているということを認める内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラコ視点

 

僕は多分、今人生の中で最も忍耐を要求される時間を過ごしている。拳を必死に握りしめ、無意識に自分の知る限りの呪文を放とうとする自らを抑え込む。多分隣に座るダフネも同じなのだろう。先程から視界の端に、血が滲むほど握りしめられた拳が映っていた。

 

でも、僕達はこんな状況でも我慢しなくてはいけない。

何故なら、見ているだけしか出来ない僕等なんかより……ダリアの方がもっとつらい思いをしているのだから。

 

きっかけは無能教師のいつもの妄言だった。

奴の大のお気に入りであるポッターとダリア。二人が同時に教室内にそろったことに大興奮した様子の奴は、授業開口一番にとんでもないことを言い始めた。

 

「では! 今日はせっかくグリフィンドールとスリザリンが同時に私の授業を受けるのです! グリフィンドールのそこそこ有名であるハリー・ポッターと、学年主席であるダリアに今回の栄えある演技をお願いしましょう!」

 

何を言っているのか、一瞬理解できなかった。こいつが選び出す犠牲は、いつも男子生徒の誰かだった。こいつが求める役は、いつもこいつにやられる間抜けな悪役だったからだ。

突然の事態に理解の追いつかない僕とダフネを後目に、ダリアを前まで半ば強制的に連れ出したロックハートは興奮したように続けた。

その言葉で、僕らの理解はようやく現実に追いつくこととなる。

 

それがいい意味になることは決してなかったが。

 

「今日は『バンパイアとバッチリ船旅』での一場面を、皆さんに教えて差し上げます!」

 

僕とダフネの瞳が、同時に見開かれる。『バンパイア』という言葉に、とても嫌な予感がした。

 

「今回、せっかくグリフィンドールとスリザリンが私の教室内にいるのですから、授業を盛り上げるために私なりにこの感動的な場面をアレンジしてみました! その一環として、ダリアには栄えあるヒロイン役をやってもらいます! 僕に助けられるか弱き女性の役です! 対して、ハリーには彼女を襲う恐ろしい吸血鬼役をやってもらいましょう!」

 

理解が追いついた時、僕は激しい怒りを覚えた。

 

よりにもよってこいつはダリアに……吸血鬼に襲われる役を演じさせるのか!

 

僕はダリアが半分吸血鬼であることを知っている。僕は、いや、父上と母上も含めて、そんなことを気にすることなどない。ダリアがどんな肉体であろうと、たとえどんな存在であろうとも、ダリアは僕らの大切な家族だ。ダリアは誰が何と言おうとも、マルフォイ家に欠かせない一員なのだ。

 

でも、ダリアは僕らがそう思っていると知っていても。どうしても、自分の出自に罪悪感を感じている様子だった。

ダリアが僕らを家族だと思っていないわけではない。

逆に、ダリアは僕らを愛しているが故に、自分の中にある矛盾を無視できないのだ。

 

ダリアはずっと、内心で自分が本当のマルフォイ家でないことを責め続けている。

僕等がダリアを愛しているように、ダリアも僕等を愛しているからこそ、自分の中にある異物に納得できないのだ。

 

そんな自分を責め続けている妹に、よりにもよってこいつは……最もダリアの罪悪感をえぐる役を……。

 

「せ、せんせ、」

 

咄嗟に立ち上がりそうになる衝動を抑えていると、隣のダフネが声を上げようとする。

ダリアの事情を完全には理解できていなくても、ダフネも直感的に理解しているのだろう。ダリアがこの役をやってはならないということを。吸血鬼であるダリアがこの役を演じるということが、決してダリアにとっていいこととはいえないことを。

 

でも、僕はそんな彼女を、

 

「止めろ、ダフネ」

 

()()()。僕はダリアが傷つくのを知っていながら、止めたのだ。何故なら、

 

「……どうして? どうして止めるの、ドラコ? 確かに、私はダリアの事情を完全に理解したなんて、口が裂けても言えないよ。でも、それでもこれだけは分かる。ダリアはこのままじゃ、」

 

「そんなこと……僕だって分かってる」

 

僕は声が周りに聞こえないように必死に抑えながら応えた。

 

「だがな……お前はここで声を上げて。それをどう言い訳するつもりだ?」

 

「そんなの……」

 

僕の言葉に、ダフネの理解はようやく追いついてきたようだった。言葉がしりすぼみになっている。

ダフネも分かってしまったのだ。ここでダリアを庇う意味を。

 

確かにここでダリアを庇えば、一時的にダリアを助けることは出来るだろう。だが、その後は?

ロックハートに絡まれていた以前の状態と違い、今は授業中だ。次の授業を言い訳には出来ない。

そして何より……今ダリアがやらされている劇の内容が問題だった。

もし、これが狼男など、吸血鬼とは全く関係ない内容だったら躊躇わずダリアを連れ出しただろう。遮る理由など、ダリアが困っているというだけで充分だ。どんなに教師陣に睨まれようと、たとえ罰則が与えられたとしても構うもんか。

だが、この劇の内容は……吸血鬼だ。

ダリアの体のことを秘密にする以上、慎重に行動しなければならない内容だ。僕の不用意な行動一つが、ダリアに危機をもたらしてしまうかもしれないのだ。

勿論、こんな無能教師の下らない劇を遮ったくらいで、ダリアのことがバレるとは思わない。

 

ダンブルドア以外には……。

 

ダリアは既に、多くの情報を学校側にさらしている。日光を遮る服と傘。力を抑える手袋。どれもダリアにとって必要不可欠なものだ。だが、確かに一つ一つは結びつかなくても、ダリアが吸血鬼だと分かった上でこの情報を改めて見ると、これらは致命的なものであるように思えた。後もう一つでも情報を老害に与えてしまえば、ダリアが吸血鬼であるという真実にたどり着いてしまうかもしれない。ダリアの秘密は、そんな危ない橋の上に成り立っているものなのだ。

だから僕らは慎重にならなくてはいけない。もし万が一、この劇を遮り、ダリアと吸血鬼を結びつける僅かな可能性を与えてしまったら……。ダリアが吸血鬼だと一瞬でも疑う要素を与えてしまえば、あの老害はダリアの秘密にたどり着いてしまうかもしれない。

平時ならいい。生徒もダンブルドアも、いつもならダリアにそこまで着目しているということはないだろう。それにたとえダリアが吸血鬼だとバレようと、最終的には父上が必ず守ってくださる。多少社会的地位が下がるかもしれないが、父上なら最終的にそんなダリアに対する悪評を打ち消して下さるだろう。

 

だが、今は違う。()ダリアが吸血鬼だとバレるのは駄目だ。『継承者』だと疑われている今、少しでもダリアの不利になることは排除しなければならない。今ばれてしまえば、最悪ダリアこそが『秘密の部屋の恐怖』なんて言われてしまうかもしれない。ダリアもそれが分かっているのだろう。時が経つにつれ不機嫌になっているのが手に取るように分かるが、決してロックハートを強く拒絶出来ない様子だった。

 

だから僕らは……ダリアのためにも、ダリアが苦しむ姿を黙って見るしかなかった。ダリアの我慢を、僕らが無駄にしていいはずがないのだから。

 

「……くそっ」

 

「……」

 

見ていることしか出来ない僕とダフネ。ただただ無力感だけが募ってゆく。

最近こんなことばかりだ。何故ダリアがこんな目にあわなくてはいけないんだ。ダリアが一体何をしたというのだ。

ダリアはただ、表情を作るのが下手なだけだ。

ダリアは確かにいつも冷たい無表情をしている。だが、別にダリアに感情がないわけでも、本当に冷たい人間だというわけではないのだ。

ダリアはただ、少し他人とは違った体をしているだけだ。

ただ少しだけ人間ではない血が混じっているだけ。吸血だって、別に人を襲っているわけではない。ただ単純に、人間とは違ったものを必要としているだけだ。

 

ただそれだけだ。ただそれだけの理由で、どうしてダリアはここまで苦しめられなければならない?

考えれば考える程不当だと思える扱いをダリアが受けているというのに、僕とダフネはやはり黙っていることしか出来なかった。

無力感で頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

そんな時だった。

無能がとんでもないことを言い始めたのは。

 

「この学校で最も闇の魔術と戦った経験のある私は勿論、()()()()()()()君のことを()()()()()()()()()!」

 

この下らない時間においての、二度目の衝撃だった。

 

こいつは今、なんと言ったんだ?

ダリアを……なんだって?

 

どうやら違和感を感じたのは僕等だけではなかったらしい。完全に凍り付いたように静まりかえる教室で、グリフィンドールの一人がそろそろと手を挙げていた。

 

「せ、先生。それは一体どういう意味ですか?」

 

確かあいつは……ポッターとルームメイトのシェーマス・フィネガンとかいう奴だったはず。フィネガンが恐る恐る尋ねると、いつも通り無駄に興奮気味なロックハートが答えた。

 

「うん? 実はダンブルドア先生から私を含めた先生方にお願いがあったのですよ! ダリアをそばで()()()()()()()()! それを聞いて私にはすぐに校長先生の意図が分かりましたとも! ええ、私もダンブルドア先生の意見にも一理あると思いましたね! 確かに、私の存在で『継承者』は恐れをなしたのか部屋を閉じました! しかし、私以外にも彼に()()()脅威になりえる存在がいると、私も認めましょう! それが校長先生と()()()ですね! 先生はおそらく、もし万が一ですよ。万に一つもありませんが、まだ『秘密の部屋』が開かれていた場合、三人の中で最も狙われやすいのは誰かと考えたのでしょう! 私は闇の魔術を何度も撃退したエキスパートですし、ダンブルドア先生も……まあ、()()()()ご経験をされておられるようだ! しかし、ダリアはどんなに優秀だと言ってもまだ学生です! そこで真っ先に狙われてしまうと考えたのでしょうね!」

 

無能はしゃべる度に興奮が増すのか、さらに顔を紅潮させながら続ける。

やめろ……。やめてくれ……。お前らは、ここまでダリアを追い詰めておいて、まだ足りないと言うのか。ダリアは『継承者』なんかじゃない……。ダリアは無実であるというのに……。なのに……。

 

「だから校長先生は、常にダリアを守れるように、先生方の誰かが()()ダリアの周りにいるように指示されたのですよ! 勿論、ダリアを守るのに私だけで充分なのですが、残念ながら君達に『闇の魔術に対する防衛術』をお教えすることも大事な仕事です! ですからダリア、ご安心ください! 君は決して不安に思う必要などないのですよ!」

 

もはや誰もロックハートの話など聞いてはいなかった。

皆一様に青ざめた表情で、教壇の前で俯くダリアを見つめている。

ハッフルパフが襲われてからというもの、この数か月の間誰も襲われてはいない。皆不思議がっていたのだ。

何故、『継承者』は新たな犠牲者を出さなくなったのか? クリスマス明けから夜の外出禁止が厳しくなったが、そんなもので本当に抑え込めるのだろうか?

皆内心で疑問に思っていたことだった。ダンブルドアがとった対策と言えるものは、ただの外出規制だけだ。そんなものが、何故効果を発揮したのか?

でも、その答えが今示されたのだと、皆()()()()思ったのだ。

 

今ホグワーツが平和なのは……夜だけではない。朝と昼さえも、ダリアが監視されているから。

そう理解したのだ。

ダリアに『継承者』である証拠などない。何故ならダリアは『継承者』などではないのだから。

 

だがもし、ここまで徹底的にダリアのみを監視した状態で、不意に何の前触れもなくホグワーツに平和が戻ったら?

 

それは紛れもなく、ダリアこそが『継承者』だったという証拠になってしまうのではないか?

 

ロックハートの声だけが響く中、ダフネが僕だけに聞こえる声で話しかけてきた。

 

「ねえ、ドラコ」

 

その声は、僕が聞いた中で、ダフネの最も怒った声だった。怒りと殺意という激しい感情に満ちた声。

でも、それに僕が何か思うことはない。何故なら、僕も今猛烈に怒り狂っていたから。

 

()()を社会的に抹殺する時にね……お願いだから、グリーングラス家にも一枚かませてよね」

 

僕はダフネの言葉に無言でうなずき返した。

 

あいつだけは……絶対に許してなるものか。

僕は俯きジッと耐えるように地面を見つめるダリアの横で、今も興奮したように話し続ける無能を睨みつけた。

 

ダリアは知っていたのだ。自分が監視されていることを。生徒のみならず、教師にすら監視されていることを、ダリアは知っていたのだ。だからこそ、ダリアは最近一人では行動していなかったのだ。ダリアがスリザリンに戻ってきたのは、学校が始まったからでも、ダリアが僕らを許す気になったわけでもなんでもなく……ただ離れられなくなっただけだったのだ。離れてしまえば、後で何を言われるか分かったものではなかったから。

思い返せば、いくらでも兆候はあった。

授業の合間に、常に誰かしらの教師がいるなとは思っていた。でも、僕は能天気にもそれはただの偶然だと思っていた。そんなわけあるはずがないというのに。

まただ……。ダリアは早くに気が付き、またそれに独り耐えていたというのに……。僕は……。

 

僕が恨みを込めて睨みつけるロックハートの隣には、相変わらず俯き表情の見えないダリアがポツンと立っていた。

 

ダリアは……相変わらず独りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

「では、ここにサインをいただけますかな?」

 

私はただ淡々と、今目の前に座る理事の一人に宣告した。こいつは12人いる理事の一人だ。残りの人間は全員もうこの書類にサインした。まだ()()を終えていないのはこいつだけだったのだ。

 

「……ル、ルシウス。君の気持は分かるが、これはその……。ダ、ダンブルドアを学校から追放するなど、」

 

他の理事の時もそうだったが、こいつも他と同様サインを渋っている様子だった。こいつはこの期に及んでも、未だにダンブルドアが校長に適任だと信じているらしい。

 

ふざけるな……。ダリアを傷つけておいて、何が今世紀最も偉大な魔法使いだ……。

 

私は内心の怒りを抑えながら、平坦な声で続ける。

 

「ほう? 学校がこんな事態だと言うのに必要な措置も取らず、それどころか全く関係のない我が娘を教師を使って監視するなど……。そんなことが許されるとお思いなのですかな?」

 

それを知ったのは、私が今日昼食をとっていた時のことだった。突然ドラコから急ぎの手紙が届けられたのだ。ドラコにはホグワーツで少しでも異変があれば、すぐに連絡するように命じてある。この時間に手紙が届くということは、今日の午前中に何かあったのだろう。私はすぐに中身を確認したところ……。

 

そこには、午前の授業において、あの無能がダリアが監視されていることを暴露したと書かれていた。

 

ダリアが疑われている以上、あの老害のことだ。何かしらの監視は必ず行われているとは思っていた。

だがそれを証明するには、如何せん証拠が足りなかったのだ。あいつは生徒全体に対してやっていることで、これは生徒の安全を守るためだと嘯くばかり。奴がダリアのみを対象にした監視体制をとっていると、証明するものが何一つなかったのだ。

 

だが、今証明された。これで奴は言い逃れが出来なくなる。よしんばロックハートの暴走と片付けようにも、奴にはクィディッチの時の前科がある以上、奴に対する管理不行き届きの誹りはもはや避けられない。

 

これでチェックメイトだ。

 

ある程度はごり押しするつもりであったが、これで奴の追放に他の理事は同意せざるを得ない。後で何を言われようとも、これだけ大きな証拠があれば後でどのような言い訳もすることが出来る。

本当であればロックハートもついでに始末しておきたかったが、理事には校長の任命権はあっても教員の任命権はない。あれは校長の権限だ。その校長を今から追放する以上、あれの始末はもう少し先延ばしにするしかない。全てが片付いた暁には、必ず報いを受けさせてやる。

 

「……だ、だが、ダンブルドアは、」

 

この愚か者は、まだ現状を理解出来ていないらしい。これ以上ダンブルドアを校長の座につかせるということが、マルフォイ家を敵に回すことを意味することを。

未だにサインしようとしないこの愚者に、私は最後の手段を使うことにした。

 

「何か勘違いされているようですな」

 

私の冷たい声に、目の前の愚者は黙り込んだ。

 

「私は別に相談に来ているわけではない。これは決定事項なのだよ。君がこれ以上この件に反対するというのなら、私にも考えがある」

 

一度言葉を切り、私はまるで幼子に言い聞かせるように続ける。

 

「……君の母親は今、聖マンゴ魔法疾患傷害病院にいるそうだね。お可哀そうに、庭仕事中に蛇にうっかり噛まれたとか。確か命に別状はないが、しばらく入院はしなければならないそうだね?」

 

こいつの家族関係はもうとっくの昔に調べ終えている。家族構成から、その者たちが今どうしているかという細かいことまで。だから……

 

「実は我がマルフォイ家は聖マンゴ魔法疾患傷害病院にも出資していてね。私は少々職員の数人に顔が利くのだよ。中には私が頼めばどんなこともしてくれるような連中もいてね……。いや、癒師にはあるまじきことだがね……」

 

「……」

 

「君の母親……生きた状態で病院を出た方がいいとは思わんかね?」

 

足が付かない方法など幾らでもあるのだ。こんな愚か者の家族の一人を消すくらいなんということはない。それをようやく理解したらしく、

 

「……わ、分かった。サインすればいいのだろう……」

 

やっと書類にサインをすることに同意した。まったく……初めからそうしておればよいものを……。

 

「そうですか。分かってくれたようで実に助かるよ」

 

サインしたのを確認すると、すぐさま書類を丸めて帰り支度をする。

急がねばならない。あの老害を一刻でも早く追放しなければ。時間が経てばたつほど、ダリアの心が傷ついてしまう。

 

「では、私はこれで。私にはやらねばならぬことが、まだありますのでね」

 

私は未練がましい視線を断ち切るように扉を閉めると、すぐに次の目的地に姿くらましする。

魔法省大臣、コーネリウス・ファッジの元へと。

 

「もうすぐだ、ダリア……。あともう少しで、お前を守ることが出来る」

 


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