ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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張り出し

 ハーマイオニー視点

 

クリスマス休暇を終え、生徒達がホグワーツに帰ってきた。ホグワーツに残っていた私達のクリスマスは、おそらく過去最低のものになってしまったけれど、彼らはそんなことはなかったのだろう。クリスマスプレゼントに久しぶりの家族との時間。寮になだれ込んできた皆の表情は、クリスマス休暇明けらしく非常に明るいものばかりだった。

ただそんな明るい顔の生徒ばかりの中で、私のルームメイト、パーバティ・パチルとラベンダー・ブラウンだけは、彼らとは少し趣の違った表情を浮かべていた。楽し気な周りの空気に反し、二人は()()をありありと浮かべた表情で、私に声をかけてきた。昨日までとは比べ物にならない程の人口密度になった談話室で、パーバティ・パチルが私に抱き着きながら話す。

 

「ハーマイオニー! 大丈夫だった!? 私、クリスマス休暇中あなたが心配で仕方がなかったの!」

 

パーバティの第一声に、とても嫌な予感がした。

 

「私もよ! ホグワーツに残ったマグル出身の子は、ハーマイオニー、あなただけだったもの! 休暇中、あなたが襲われていやしないかと不安だったのよ! それにほら、クリスマスは()()()も残っていたし……」

 

『あの子』が一体誰のことなのかを想像するのは、そう難しいことではなかった。私の思考が勢いよく凍り付いてゆくのを感じる。

二人に悪意なんてないことは分かってる。彼女達は、グリフィンドールの仲間として、『マグル生まれ』の私を純粋に心配してくれただけに過ぎない。

 

でも……今はそれが酷く腹立たしかった。彼女達の言葉の端々に、マルフォイさんが『継承者』だという思いが見え隠れしているから。

 

「……大丈夫よ。私はこの通りピンピンしてるわ……」

 

クリスマスの夜から碌に眠れていない脳から、何とか言葉をひねり出す。それだけしか……今の私には言えなかった。

本来なら、私は既にマルフォイさんの疑いを晴らしているはずだった。いつも私を助けてくれた彼女を、今度は私がこの状況から救い出しているはずだった。校則を破ってまで作った『ポリジュース薬』によって。本当であれば、ここで彼女達の誤解を解くことだってできたはずなのだ。

でも、それは大きな間違いだった。私がやったのは、ただ彼女に薬を()()()だけ。薬がかかったことで、マルフォイさんとグリーングラスさんの間で一体何があったのかは分からない。けど、それによって彼女を傷つけたことだけは確かだった。

 

私は結局……マルフォイさんを傷つけることしか出来なかったのだ。

 

そしてまた一つ、私は彼女を傷つける要因を作ってしまったようだった。

 

「そうは見えないわ!? ハーマイオニー、あなた顔が真っ青よ! まさか、ダリア・マルフォイに何かされたの!?」

 

どうやら私は思った以上に酷い顔色になっているのかもしれない。大丈夫だという言葉とは裏腹に、私の顔色が悪いのを二人は勘違いしてしまったようだった。

私は疲れ切った表情で、首を横に振る。

 

「……違うわ。彼女は何もしていないわ。()()()()()()()()。寧ろ……()()マルフォイさんを傷つけたの……」

 

絞り出すようにそう言った私は、私が何を言っているか分からず怪訝な表情を浮かべるパーバティとラベンダーをしり目に、重い足取りで寝室に上がっていく。これ以上、彼女達の言葉を聞きたくはなかった。そうでないと、ただ私を心配してくれているだけの彼女達に、私が何をしてしまうか分からなかったから。

二人の視線から逃げるように寝室に戻ってきた私は、投げ出すようにベッドに沈み込む。

 

体が重い……。明日からまた授業があるというのに、体はただただ鉛のように重かった。

重い体をベッドに横たえながら、私は明日からの授業について考えようとする。でも、私がどんなに考えようとしても、思考はこれっぽっちも前に進むことはなかった。

明日からどうすればいいのか……私にはさっぱり分からなくなってしまった。

 

明日から私は……一体どんな顔をしてマルフォイさんに会えばいいのだろう。

 

マルフォイさんのことを思うと、心がどうしようもない罪悪感に満たされる。

彼女を裏切るつもりなんてなかった。私はただ、彼女の無実を証明したかっただけなのだ。

でも、私は結果的に彼女を裏切ってしまった。私の気持ちはどうであれ、私の行動は、彼女をさらに追い詰めてしまうものだった。

考えれば考える程、このどうしようもない罪悪感は大きなものになっていく。

 

謝りたかった。ただ彼女に一言謝罪をしたかった。薬をかけてしまったことを。結果的にとはいえ、彼女を疑うような行動をしてしまったことを。去年のホグワーツ特急前でのように。

でも謝りたくても……彼女に謝ることは出来ない。彼女は私のしたことを知らない。知ってしまえば、きっと彼女を今以上に傷つけてしまうから。

 

謝れないのなら、いっそのこと退学になってしまいたかった。それくらいしか、今の私に見合う罰は思いつかなかった。

でも、それも出来ない。私の退学になる理由は、『ポリジュース薬』を作ってしまったこと。しかしそれを先生に話すということは、同時にスリザリン寮であったことを話すことと同義だった。もし、私達の得た情報がマルフォイさんの無罪を証明するものなら、私は躊躇わず先生に話したことだろう。でも……実際は違う。私達の得たものは、彼女の無罪を証明するものでもなんでもなく、ただ彼女が単独犯かもしれない可能性を示すものだった。夜出歩いているという情報だって、それで彼女が犯人だとする理由にはならないだろうけど、彼女の疑いを更に深めてしまうものであることには間違いなかった。

ハリーの意見を先生が鵜呑みにするとは思えない。けどハリーの話は()()()()()()()()()、理解は出来る話だったのも確かだった。

この話を先生にしてしまえば、さらにマルフォイさんを苦境に追いやってしまうかもしれない。それだけは、絶対にあってはいけないことだった。

 

マルフォイさんを助けることも出来ず、挙句の果てに彼女を傷つけ、そしてその罰を受けることも出来ない。

行き場のない罪悪感が私を苛む。眠りたくても眠ることが出来ず、どんどん顔色が悪くなっていく。

そしてそれがまた、私がマルフォイさんに何かされたのではと噂を呼ぶ。何もかもが悪循環だった。

 

……とにかく眠ろう。クリスマス休暇は終わり、明日からは授業が始まる。今日はグリフィンドールの子だけにしか見られなかったけど、明日からは他の寮の子にも見られてしまう。その時顔色が悪ければ、()()私はマルフォイさんを傷つけてしまう。

 

そう頭では分かっていても、やはり中々眠ることが出来なかった。

結局私が眠りに落ちたのは、談話室で土産話でもしていたのだろうパーバティとラベンダーがベッドに入った後のことだった。

 

 

 

 

今回のことで私は、良かれと思っても決してそれがいい結果を呼ぶわけではないことを知った。

一向に前に進まない思考。でも、そんな中でもこれだけは、私は無意識の中で決断していた。

もし、次があるなら。もし、次が許されるのなら、私は次こそは間違えない。次こそはもっと慎重に、完璧に完遂してみせる。そうでなければ、マルフォイさん、そして彼女の友達であるグリーングラスさんに申し訳が立たない。今回の失敗を、必ず次に生かして見せる。謝罪も、罰を受けることも出来ないのなら、次こそ彼女を救わなければならない。

そう、私は鈍い思考の中でぼんやり考えていた。

 

次なんてものが、本当に許されるのかも分からないのに。

 

私はどこか信じていたのかもしれない。甘えていたのかもしれない。

()()()()()

こんな事態になっているというのに、私はどこかそのことに甘えていたのかもしれない。()()()()()私はマルフォイさんに守られ、そして愚かにも私は彼女を傷つけたかもしれない。でも、()()()()()違う。これからは、今回の失敗をいかし、必ずうまくやって見せる。そう、どこか安易に考えてしまっていた。

 

でも、今回の行動の結果は、これまでも、そして()()()()()彼女を傷つけていくことを、私は気が付くことはなかった。

 

愚かにも私は、その()()()()を見た時も、初めはそれに気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

休暇明け初日。今日からまた授業が始まるため、昨日までとは比べ物にならない程人であふれた談話室。でも、人は多いものの、談話室は異様な静けさに満たされていた。皆まるで息を殺したように押し黙っている。

まるでそうしなければ、次は自分が石にされてしまう。そう言いたげに、皆の表情は恐怖に満ちている。

そして皆の視線の先、超満員の談話室の中で唯一ぽっかりと開けた場所に……ダリアが立っていた。

掲示板の前に立つ彼女は、表情だけならいつもの無表情だ。でも、彼女の垂れ流す空気は、傍からでも分かるほど不穏なものだった。いつもはダリアの表情が分かるのは私とドラコだけだ。でも、今は全員がダリアの怒りを分かってしまうほど、彼女の放つ空気は冷たく、痛かった。

 

そんな普段ではあり得ない程怒り狂っているダリアは、ジッと一枚の羊皮紙を見つめている。

その掲示は今朝談話室に張り出されたのものだった。

 

『全校生徒は夕方六時までに、各寮の談話室に戻るように。六時に寮監が点呼をとります。それ以後は決して寮を出てはなりません。しかし、クラブ活動に関してはその限りではありません。それぞれの寮監にあらかじめ許可を貰いにいくように』

 

掲示板の前に立つダリアを遠巻きに見つめている私に、ドラコが声をかけてくる。

 

「……あの爺。どういうつもりだ?」

 

ドラコの疑問は尤もだった。

そもそもこの手の措置は、『秘密の部屋』が開かれた段階で行うべきものだ。それをあの老害は、特に何の手立ても講じず、ただ漫然と今まで事態を放置していた。ただ『継承者』でもないダリアを疑っただけ。そんなものは放置と同じだ。

ところが、クリスマス休暇が明けた瞬間、あの爺は急にこの様な強硬的措置を取り始めたのだ。

クリスマス休暇中、何の事件も起こっていなかったのにも関わらず。

そしてその内容も妙なものだった。何故、()()()()()()()()()。確かに、ミセス・ノリスとグリフィンドール生は夜襲われたものだった。でも、ハッフルパフ生は違う。彼は授業中、つまりまだ日が高い時間に襲われたのだ。夜だけをピンポイントに狙う理由にはならない。本来であれば夜だけではなく、それこそ教室の移動に護衛をつけるなどの昼間の警戒も必要なのだ。

 

クリスマス明けというタイミング。そして()()()を狙った警戒態勢。

不可解なことだらけな中、それでも気づかわし気にダリアを見つめるドラコの横で……私は顔から血の気が引いていくのを感じながら立ち尽くしていた。

 

ドラコと違い、私はこの下らない張り出しが出された()()()()を知っているかもしれない。

そして私の想像がもし正しければ……私は取り返しのつかないことをしてしまったかもしれないから。

 

クリスマス休暇中にあった変わったこと。私が思いつく限りでは、そんなものは一つしかない。

わざわざ『ポリジュース薬』を作ってまで、スリザリン寮に入り込んだ愚か者三人組。これしか私には思いつかない。

彼女達にダリアのことで不利になることを言った覚えはない。グレンジャーはともかく、ポッターやウィーズリーがお気に召すような、ダリアが『継承者』だと示すような話は一切していないはず。

でも同時に、ダリアは談話室にいなかった。もし、彼女達が何かしらの()()に取りつかれ、それを先生の誰かに告げていたとしたら……。

 

私はそれに思い至った途端、未だダリアの怒りに静まりかえる談話室から駆け出す。

 

休暇が終わる直前、ダリアは突然戻ってきた。休暇前ですら帰ってこなかった、門限直後の時間。私とドラコは談話室で待っていてはいたものの、休暇が終わるまでダリアの姿を確認できないだろうと薄々は思っていた。

でも、私達は諦めることなんて出来なかった。いや、諦めることなんて許されるはずがなかった。ダリアを傷つけてしまった私達が、彼女の帰りを諦めることなんて絶対に許されていいはずがなかった。

そんな中思いがけずダリアが帰ってきたことに、私とドラコは狂喜した。邪魔な生徒はいないため、ダリアと話が出来るチャンスかもとも思ったが、ダリアが相変わらず私達を拒絶する態度をあからさまにしていたこと、そして彼女の表情に隠しようのない疲労が見えたため、私達はダリアと話すことを諦め彼女にはすぐ寝室に行ってもらうことにしたのだ。

あの時、私とドラコは本当に喜んだ。

ダリアと必要な話は何一つ出来なかったけど、ダリアの無事を一日でも早く確認することが出来た。

休暇なんて早く終わってほしい。ずっとそう思っていた。彼女のいない休暇なんて、ただただ無価値で無意味な時間だったから。でも、それも終わり。

本当は彼女に言いたいことは山ほどあった。

私のしてしまったことを謝りたかった。ダリアが吸血鬼であると知っていたことを告白したかった。たとえ吸血鬼であろうとも、私はダリアのことが大好きなのだと伝えたかった。

どんなことがあろうとも、ダリアが本当はどんな存在であったとしても、私はダリアの味方であると言いたかった。

でも、それはあの時すべきことではなかった。あの時はただ、ダリアの無事を確かめたかっただけなのだ。怪我をしてはいないか。ちゃんとご飯は食べていたのだろか。ちゃんと睡眠はとっていたのだろうか。

それだけを、私はまず確認したかったのだ。あの時は、ただただ疲れ果てた様子のダリアを休ませてあげたかった。

話は出来なかったけど、ダリアはようやくこんな時間に帰ってきてくれるようになったのだ。今まで許してはくれなかったけど、少しだけ、少しだけは私達を許す気になってくれたのかもしれない。まだまだ避けられるかもしれないけど、ダリアは確かに戻ってきてくれたのだ。明日からゆっくりとでもいい、彼女とまた以前の関係、いや、それ以上の関係を築いていくんだ。

そう私は微かに期待し、()()()()()()()

 

そう、()()()()()()()

 

ダリアが何であんな時間に帰ってきたのか深く考えず、ただもしかしてという甘い考えに縋ってしまった。

少しでも考えれば、あんな時間にダリアが帰ってくるはずなんてないのに……。

私がダリアにしてしまったことは、簡単に許してもらえるようなものであるはずがないのに……。彼女の苦しみを理解したいと思っていながら、私はどこか彼女の強さに甘えてしまっていたのだ……。

 

私はひたすら走る。

お願い。お願いだから、そうであってはくれるな。私の罪を、これ以上増やさないで。これ以上、私はダリアを裏切りたくなんてない。

 

そう願いながら走り続け、ついに目的の場所にたどり着いた。

 

皆が朝食をとるために集まる、ホグワーツの大広間に。

 

大広間には、昨日までは考えられない程の音があふれていた。談話室で身動きが取れなくなっているスリザリンとは違い、他の寮は皆もう朝食をとり始めている。クリスマス明け、そしてこの場にダリアがまだ来ていないこともあって、大広間の空気は非常に明るい。

そんな忌々しい空気の中、私はわき目もふらず、自身の所属するスリザリンではなく()()()()()()()()()()を目指して足を進める。途中、スリザリンである私が何でグリフィンドール席を歩いているのかと、疑問と敵意に満ちた視線を向けられたが、全て無視して前に進む。私にとって、今やこの学校にいるほとんど全ての人間は無価値な生き物だった。あんなに優しいダリアを『継承者』と疑うような低脳など、私にとってどうでもいい存在だ。

 

そんな有象無象の中から、私は目的の人物を探す。

この愚かな寮の中で唯一ダリアを疑っていないものの、同時にこの中で最もダリアを傷つけてしまった女子生徒を。

でも、どこにもいなかった。まだ来ていないのだろうか。

私は内心の苛立ちを隠すことなく、すぐそばでこちらに恐怖の視線を送るロングトムに話しかける。

 

「ロングボトム。グレンジャーはどこ?」

 

スリザリンである私が恐ろしいのか、ロングボトムはしどろもどろに話し始めた。

 

「な、なんで、ハーマイオニーを探してるの? も、もしかして、ハーマイオニーに何かするつもりじゃないだろうな!?」

 

恐怖と警戒に満ちた瞳をしながらも、まるでなけなしの勇気を絞っているような態度だった。スリザリンである私が、彼女に何かよからぬことをしようとしているとでも思っているのだろう。その見当はずれな態度に私はさらに苛立ちを募らせ、声を荒げようとして、

 

「……グリーングラスさん?」

 

背後から声がかかった。振り返ると、それは私の探している生徒のものだった。

 

「……どうしたの? な、何か用?」 

 

ハーマイオニー・グレンジャー。以前見た時より多少顔色の良い彼女は、後ろにポッターとウィーズリーを連れ立っていた。

敵意と警戒に満ちた表情のポッター達と違い、グレンジャーはただ私がここにいることが疑問の様子だ。

私はそんな彼女に、

 

「グレンジャー……。貴女に聞きたいことがある」

 

そう、()()()()()()声で話した。

まだ確証はない。でも、私には彼女達が何かしたという可能性しか思いつかなかった。こいつらには思慮はないくせに、行動力だけは備わっている。

あの掲示は、こいつらの差し金だとしか思えない。

 

「グリーングラス! なんでお前なんかにハーマイオニーがついていかないといけないんだ! ここはグリフィンドールの席だぞ! スリザリンは自分の席に行けよ!」

 

私の敵意に反応して……というより、私のつけている緑のネクタイに反応して、ウィーズリーは私に噛みつこうするが、

 

「ロンは黙っていて! 私行くわ! グリーングラスさん、どこで話すの?」

 

グレンジャーが言葉を遮り、私に了承の意を返してきた。

手間が省けた。もし少しでももたつこうものなら、魔法で脅してでも連れて行こうと思っていたのだ。

私はグレンジャーに返すことなく、無言でついてこいと示し歩き出す。私がクリスマスの夜のように怒り狂っているのが分かるのか、どこか不安そうにしているグレンジャー。そして彼女を心配したのかしらないが、求めてもいないのに彼女に同行するポッターとウィーズリーを連れ、私達は大広間の外に出た。

グレンジャーに心配そうな視線を送るグリフィンドール生達を無視して大広間を出た私達は、そのまますぐ横にある部屋に入った。そこは以前、組み分けの前に一年生が待機させられた部屋だった。

扉を閉めたことを確認した私は、すぐにグレンジャーに質問する。

 

「単刀直入に聞くよ。グレンジャー……。あなた、何をしたの?」

 

「え? どういうこと?」

 

彼女のとぼけた態度に殺意がわいた。何もしていないで、なんであんな張り出しが出ると言うのだろうか。

 

「とぼけないで。今朝の掲示。あんなもの、クリスマスに何かなければダンブルドアが出すはずがない。もう一度聞くわ。……あなた、なにしたの?」

 

「な、なにをしたかと聞かれても……」

 

グレンジャーは尚も応えようとしない。私は内心の怒りを抑えることがいよいよできなくなり、ポケットの杖に手を伸ばそうとしたところ、

 

「グリーングラス。ハーマイオニーは何もしていない。やったのは僕等だ」

 

今まで私を睨みつけるだけの案山子だったポッターが話し始めた。

彼はグレンジャーを庇うような位置に移動する。

 

「……どういうことかな?」

 

「クリスマスの後、ダンブルドアが僕らの話を聞きに来たんだ! ハーマイオニーは関係ない! ダンブルドアは僕らがダリア・マルフォイについて何か知ってるんじゃないかと気が付いていたんだ! だから僕は話した! ダリア・マルフォイは夜中に出歩いているって!」 

 

最悪の予想があたってしまった。よりにもよってこいつは……。

これで全てが繋がってしまった。ダンブルドアは、こいつの話を真に受けてあの晩、ダリアに会いに来たのだ。そしてダリアを寮に送り返し、クリスマス明けにはあんな張り出しを出したのだ。

 

あの張り出しは……ダリアを狙い撃ちにするものだった。

 

「僕達がスリザリンの談話室に入った時、ダリア・マルフォイはいなかった! それに、君達も最近あいつが帰ってこないって言ってたじゃないか!」

 

「……まれ」

 

昔、私は愚かな純血主義者だった。『マグル生まれ』や『血を裏切る者』なんて()()()()()()と言ってしまったことだってある。でも、あれは本気なんかではなかった。ただ、そう言わなければ心を穏やかに保てない愚かな子供だったのだ。殺すなんて、本気で思ってなどいなかった。ただのかっこつけ。愚かにも純血主義を、ただのファッションとして扱っていただけのなのだ。

 

でも、今は違う。多分、これこそが本当の殺意なのだろう。

私は今、ポッターを本気で殺したいと思っていた。

 

「君とドラコはあいつが『継承者』だって知らないみたいだけど、あいつが最近夜誰もいない時間に何かしているのは間違いないんだ! ダンブルドアもそう思っているんだ! だからこそ、今日あんな掲示が出たんじゃないのか!? ダリア・マルフォイの悪だくみを防ぐために!」

 

「……黙れ」

 

ポッターに続きウィーズリーが得意顔で話し出す。

 

「言っておくが、僕達がスリザリンに忍び込んだことを告げ口しても無駄だぞ! ダンブルドアも僕達の話の出所を訝しがっていたけど、証拠がなければ何も出来ないって許してくれたぞ! お前がどういうつもりだったのかは知らないけど、もうお前の持っている『薬』は何の意味もないからな! だから、」

 

「私は黙れと言ってる!! ウィーズリー!!」

 

あぁ……どうして。どうしてこんなにも上手くいかないのだろうか。

私はただ、ダリアが平穏であればいい。そう願っただけなのに。どうしてそんな簡単な願いすら叶わないのだろう。

私はこいつらを退学にしておくべきだった。退学にしておけば、ダリアがあんなに怒ることはなかった。

 

いや、それはないか。こいつらを退学にしようとも、ポッター達は必ずダリアの話をしただろう。それを受け、あの老害が何もしないとは思えない。

こいつらがスリザリンの談話室に入った時から、この未来は決まっていたのだ。

きっとダリアも気が付いている。

こいつらがダンブルドアに告げ口したからとまでは知らないだろうけど、それでも、ダンブルドアが何の目的であの張り出しを出したのかは分かっているのだろう。

だからこそ、ダリアはあんなにも怒っていたのだ。

 

ダンブルドアはダリアに警告しているのだ。

夜お前が出歩き、何か企んでいるのを知っていると。

 

私は敵意を露にこちらを見つめるポッターとウィーズリーを無視し、黙って部屋のドアを目指した。

聞きたいことは全て聞けたこともあるが、これ以上こいつらと同じ空気を吸いたくなかったのだ。

 

これ以上こいつらの話を聞いていると、私はこいつらに何をするか分からないから。

 

しかし部屋を出る直前、

 

「グリーングラスさん……私、こんなつもりじゃ……」

 

今まで絶句したように黙っていたグレンジャーが話しかけてきた。

私は振り返り、グレンジャーの顔を眺める。

ポッター達の話が進むにつれ、顔色がみるみる土気色になっていたグレンジャー。きっと彼女は何も知らなかったのだろう。この様子だと、グレンジャー本人はダンブルドアに話す気などなかったのかもれない。グレンジャーが知らないうちに、ポッター達にダンブルドアが接触したのだと想像できる。

 

でも、それでも私は……。

 

「……疑ってごめん。グレンジャー。貴女が言ったわけじゃなかったんだね……。それは疑ってごめん……。……でもね、一つだけあなたにお願いしたいことがあるの」

 

私は扉を閉める直前告げた。

 

「もう二度と……ダリアに近づかないで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

「言うまでもありませんが、これからの時間寮の外を出歩くことは許されません。早い時間だとは思いますが、これも皆さんの安全のための措置です」

 

コリン以外の全員がいることを確認したマクゴナガル先生は、名前の書いてある羊皮紙をクルクル巻きながら宣言した。先生はそのままグリフィンドール寮から出ていこうとしたところで、

 

「この措置はいつまでやるんですか!?」

 

ウィーズリー兄弟と仲良しである、リー・ジョーダンが先生の背中に大声を上げた。

彼の隣にいるフレッドとジョージもそうだけど、休暇明け早々いつもであればまだ城の中を歩き回れる時間帯に寮に押し込められるということに、彼は強いストレスを感じている様子だった。先生はそんな彼の方に鷹揚に振り返ると、

 

「犯人が捕まるまでです。襲われた者はまだ二人と一匹、そしてニコラスしかおりませんが、このまま襲撃が続けば学校の閉鎖も検討される可能性があります。犯人について何か心当たりがある生徒は申し出るよう強く望みます」

 

そうマクゴナガル先生は話し、今度こそ肖像画の裏の穴から出て行った。

先生が出て行った途端、集まっていたグリフィンドール生は口々に話し始める。

そんな中、一際大きな声で、そして最も注目を集めたのは先程先生に質問したリーだった。

 

「今まで襲われてきたのはグリフィンドールの生徒とゴーストが一人ずつ。そしてハッフルパフが一人。レイブンクローはともかく、こんな状況で最も怪しいのは()()()だけだ」

 

リーの言葉は続く。

 

「先生方は誰も気が付かないのか!? こんなことするのはスリザリンに決まってる。()()()()()()継承者。()()()()()()怪物。全部スリザリンに関係するものばかりだ。それにあの寮には()()()がいる。犯人に心当たりがあるかだって!? そんなのダリア・マルフォイ以外にいるわけないじゃないか! いや、あいつだけじゃない! 他のスリザリンだって、『継承者』じゃなくても、あいつを支持してるのは間違いないんだ。だったら、どうしてスリザリン生を全部追い出さないんだ!?」

 

リーの演説に同感なのか、ほぼ全員が頷き拍手を送っている。

ただ一人、談話室の端で青い顔をするハーマイオニーを除いて。

昨日以上に顔色を悪くしているハーマイオニーは、拍手することもなく、ただ足を抱えた状態で椅子に座り、何をするでもなく宙を見つめている。クリスマス休暇を挟み、ハーマイオニーとは逆に顔色が良くなっているジニーがしきりに話しかけても反応しない様子だった。

 

彼女のこんな姿は、朝食前グリーングラスが話しかけてきてからのものだった。あれからというもの、授業に出ることもなくただジッと談話室で椅子に座っている。クソが付くほど真面目なハーマイオニーが授業をさぼるなど、去年僕らの心無い言葉に傷つきトイレに籠ってしまった時以来だった。

 

「ハ、ハーマイオニー、大丈夫かい?」

 

「……ごめんなさい、ハリー。今は放っておいて……。一人になりたいの……。今、あなたと話したくないの……」

 

ずっとこの調子だ。ジニーだけでなく、僕とロンが話しかけてもただ一人にしてくれの一点張り。後ろにいるロンを振り返るも、彼も途方に暮れているのか、ただ肩をすくめるだけだった。

結局僕らがいくら話しかけても、最後までハーマイオニーがまともに反応することはなかった。

 

「まったく。あいつどうしちゃったんだ? あいつが授業をさぼるなんて絶対おかしいぜ。それこそ世界の終わりが来ようとも、授業だけは出る様な奴なのに……」

 

「そうだよね……」

 

ハーマイオニーがルームメイトに引きずられるように寝室に戻った後、僕らも寝室で彼女の心配をするがやっぱり答えは出ない。

正直彼女が心配なため、寝ているような気分でもなかったが、

 

「……少し様子を見よう。でも、もし明日も授業に行かないって言い出したら医務室に連れて行こう」

 

「……そうだね。それしかないか……」

 

僕等の助けも拒絶するハーマイオニーに、これ以上何が出来るか分からないのも事実だった。

昨日までと違い、明日からも授業が続く。とりあえず今日はもうベッドに入り、ハーマイオニーへの対応は明日考えようということにした。

 

ロンがローブから寝巻に着替える横で、僕も着替え始める。ローブを脱ぐ際、まだポケットに物が入っているのに気づき、中身を机の上に置いた。

 

それは昼に『嘆きのマートル』がいるトイレで拾ったものだった。

 

 

 

 

本日午後。授業に出てこないハーマイオニーを心配しながら次の教室に移動している時、三階の廊下がいつも以上にずぶ濡れになっていることに気が付いたのだ。もう勝手知ったるマートルのトイレに行ってみれば、案の定マートルが癇癪を起しているみたいだった。

 

「どうしたの? マートル」

 

何だか放っておくことも出来ず、僕がマートルに話しかける。

 

「どうしたかですって!? 白々しい! どうせあなたも私に物を投げつけにきたんでしょう!?」

 

どうやら藪蛇だったようだった。酷く面倒くさいことになってしまったが、やはりこのまま無視することも後が引けるので話し続ける。

 

「僕らはそんなことしないよ! 何か投げつけられたの?」

 

マートルは胡乱げに僕を見つめながら、

 

「そこにある本よ。誰が投げたのか知らないけど、私がU字溝で死について考えていた時に、突然頭のてっ辺から落ちてきたの」

 

そう言ったきり、彼女は再び泣きわめきながらトイレにダイブしてしまった。トイレの奥から聞こえるゴボゴボというマートルのすすり泣く音を聞きながら、僕は彼女が先程指示した場所に目を向けた。

手洗い台の下、確かにそこには一冊の薄い本が落ちていた。

 

「なんだろ、これ」

 

落ちていた本は、ボロボロの黒い表紙で、トイレの中の他の物と同じようにビショ濡れだった。

 

「ハリー、触らない方がいいよ! 危ないものかもしれない! 一見そうは見えなくても、危険かもしれない本は山ほどあるんだよ!」

 

ロンは不審げな様子で本を見ていたけど、

 

「だけど、見てみないと危険かどうかわからないだろう?」

 

僕はロンの制止をかわして、本を拾い上げた。

 

後から考えると、おかしなことばかりだった。

何で僕はロンの制止をかわしてまで、あんなボロボロの本を拾い上げたのだろう。別にあんなボロボロな本、放っておいても問題はなかったはずなのだ。

なのに僕は拾った。それどころか、持ち帰ってすらしてしまった。

 

見るからにボロボロで、普段なら何の興味もわかないような代物。

 

でも、それを見た時、僕は何故か()()()()()感じていたのだ。まるでこの本には

最後まで読み終えてしまいたい物語が書いてあるような気がしたのだ。

 

ベッドに座りながら本を開く。

その『トム・リドル』と表紙に書かれた本は、全てのページが白紙だった。

 

でもやっぱり、僕はこの本に、どうしようもない()()()()()感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ???視点

 

全てが計画通りにいっているはずだった。

小娘から聞き出した情報で、ハリーが襲ってもおかしくない生徒を算出する。そしてそれが犠牲となる現場に、たまたまハリーが居合わせるように綿密に計画を練った。おかげで当初はダリア・マルフォイのみを疑っていた生徒達は、ハリーにも疑いの目を向け始めたようだった。

 

僕の計画通り、ハリーは孤独になった。

 

でも、まだまだ足りない。多くの生徒に疑われるようになったとはいえ、まだ彼と同じグリフィンドール生は彼のことを疑っていないとの話だった。

最も偉大な魔法使いである()()貶めたのだ。彼にはもっと孤独を、罰を与えなければならない。

そう思い僕は次なる犠牲者を出そうとして……出来なかった。

 

忌々しいことに、ここに来て小娘、ジニーが僕を疑い始めたのだ。

小娘は僕の日記を開くことも、ましてや書き込むこともなくなった。

そしてついに……僕をトイレに捨てやがった。

 

小娘は僕に魂を注ぎ込み、それによって僕は力を得る。そして僕はそのお返しに、僕の魂を彼女に流し込むことで彼女の肉体を操り、秘密の部屋を開けた。

でも、今僕に出来るのはその程度のことだった。()()、僕は小娘の力を完全に吸い切れてはいない。出来ても短時間小娘の体を使うことだけだ。そしてそれすらも、小娘が僕を使わなくなったことで出来なくなってしまった。

 

不幸中の幸いは、小娘が僕のことを誰にも言わなかったことだ。

僕のことを他の人間に、それこそダンブルドアにでも伝えてしまえば、今この城で起こっている事件は終わりを迎える。残念なことに、どんなに()()偉大な魔法使いだとしても、今の僕はただの日記に過ぎない。今の状態でダンブルドアに対抗することは不可能だ。

でも、この娘は僕のことを伝えなかった。この娘は、僕が乗り移ったとはいえ、自分がやったことが他人に伝わるのを恐れたのだ。他人に知られてしまい、自らが軽蔑され、退学に追いやられるかもしれないことに恐怖したのだ。

僕を放置すれば、さらなる犠牲者が出るかもしれないというのに。

 

本当に馬鹿な子供だ。だが、トイレに偉大なる僕を投げ込んだとはいえ、この愚かさによって僕の命運が繋がったのもまた事実だ。ハリーの情報を僕に書き込んだ功績もある。

だからもし次があるとすれば、その愚かさの褒美に、次こそは完全にその魂を吸い取ってあげよう。偉大な僕の糧になるのだ。さぞかし光栄に思ってくれるはずだ。

 

そう考えながら、僕はジッと次の犠牲者が僕を手に取ることを待つ。

小娘の愚かな行動があったとはいえ、ハリーをグリフィンドール寮以外から孤立させることには成功している。次僕に奉仕する人間は、出来ればハリーに近しい人間が望ましい。そうであれば、今度こそハリーを孤立させるのが容易になるだろうから。

 

 

 

 

そして……ついにその時がやってきた。

だが僕を手に取ったのは、ハリーに近しい人間ではなかった。

しかし、それに僕が不満を持つことはなかった。

 

何故なら、僕を手に取ったのは……ハリー本人だったのだから。

 




 

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