ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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告発(後編)

 ハリー視点

 

「ダ、ダンブルドア先生」

 

まるで初めからそこにいたかのように現れた先生に、僕とロンは驚きの声を上げた。

 

「ほっほっほ。驚かせてしまったようじゃのう」

 

「い、いえ」

 

朗らかに笑うダンブルドアはいつも通りの優しい声音であったが、先生の突然の来訪に僕達は内心慌てふためいていた。退学はもうないと思っていたが、実はグリーングラスがもう僕達の鍋を先生に渡しており、スネイプではなくダンブルドア先生が直々に退学を言い渡しに来たのかもと思ったのだ。しかしダンブルドアは、僕達の焦りに反して相変わらず穏やかな声音で続けた。

 

「せ、先生、どうしてここに?」

 

「いや何、先程言うた通りじゃよ。君達がクリスマス明けじゃというのに、朝から随分と顔色が悪そうじゃったからのう。ちと気になってしもうたのじゃよ。特にハリー、君は去年『鏡』のことがあったからのう。ただの年寄りの心配性じゃ」

 

先生はどうやら退学を言い渡しに来たわけではなく、朝から表情の優れない僕達が、また去年と同じく厄介なことに巻き込まれてはいやしないかと心配して下さっただけのようだった。

確かに、僕が去年『みぞの鏡』の虜になってしまったのも、このクリスマス休暇中の出来事だった。人の心の奥底にある望みを見せるという鏡に、僕はもうこの世のどこにもいない『家族』を見た。僕の背後に立つ、ヴォルデモートに殺されてしまった両親や親戚。もう絶対に手に入ることのない光景に、僕はどうしようもなく引き付けられてしまった。

でも、それはただの幻でしかなかったのだ。

鏡に映るのはただの『のぞみ』。決して現実を映すものではなかったのだ。

しかし僕はそうとは考えることが出来ず、ついには鏡の虜となり、もうすぐで生きることすら忘れてしまう寸前にまでなってしまった。僕を心配するロンの静止を無視し、毎日のように鏡の前に入り浸った。

そんな時に救ってくれたのが……ダンブルドア先生だった。僕に鏡の現実を教えてくれた。僕をそっと教え導き、鏡から僕を引き離してくれた。

思えば、僕がダンブルドアと会話したのはあの時が初めてだった。

あれからというもの、いつもここぞという時に僕を導いてくれたのは、いつもダンブルドア先生だった。鏡の時しかり、賢者の石を守った時しかり、そして……僕が『継承者』と疑われた時も。

 

僕はダンブルドア先生の優しい口調に、内心の不安が少しだけ和らいでいく気がした。この人なら、本当に僕らを心配して来てくれただけなのだと思った。

でも、ロンはそうは思わなかったらしく、

 

「ぼ、僕達、別にどこも悪くは……」

 

早くこの場から離れたいと言わんばかりの様子だった。僕もロン程不安に思う気持ちはなかったが、早く寮に帰った方がいいという考えには賛成だった。ダンブルドアがたとえ僕達を心配して来ただけとはいえ、あまり長々と話すとボロが出てしまうかもしれない。ダンブルドア先生は、僕が知る中で最も偉大な魔法使いだ。彼なら僕らの些細な異変からでも真実にたどり着いてしまうかもしれない。僕らが校則を破ったという真実に。

 

「ふむ……」

 

でも、もう遅かったのかもしれない。ダンブルドアは挙動不審な僕達の瞳を、あの()()()()()()()()()()()眼差しで見つめた後、一つ頷くと、

 

「ポッター君、ウィーズリー君」

 

そうやわらかな口調で話し始めた。

 

「確かに君達は体調には問題なさそうじゃのう。じゃがそれとは別に、何かワシに言いたいことがあるのではないかね? そうじゃのう、例えば……今ホグワーツで起こっている痛ましい事件のことで……」

 

まるで心の中を見透かされたようにピンポイントな質問だった。

 

「ど、どうしてそう思われたのですか?」

 

「ほっほっほ。何、ただの年寄りの勘じゃよ。ワシはち~とばかし君らより長生きしておるからのう」

 

ダンブルドアは再び朗らかに笑った後、

 

「しかしのう、もし君達が何か知っておるのなら教えて欲しいのじゃよ。恥ずかしい話じゃが、今回のことでワシは()()()証拠を掴めておらんのじゃよ。些細なことでもよい。気になることがあるのなら、是非教えて欲しいのじゃ。……グレンジャーさんのためにものう」

 

最後の言葉に、僕達は雷に打たれたような衝撃をうけた。

そうだ……。退学が怖くて言えなかったが、これは本来先生達に伝えないといけない情報なのは間違いないのだ。僕が以前聞いた『声』の話とは違い、これは今回の事件に深く関わる話なのだ。ダリア・マルフォイに裏切られるかもしれないハーマイオニーのためにも、あいつの今やっていることだけは絶対に先生に伝えないといけないと思った。それに、薬なら今あのグリーングラスが持っているのだ。ハーマイオニーの話ではもう証拠にならない可能性は高い。なら、うまく僕らのことを隠しながらでも、あのダリア・マルフォイのことを伝えるのは可能だと思った。

 

「せ、先生。実は……」

 

そして僕達は話し始める。ダリア・マルフォイが夜中城をうろついていること。それはもしかしたら、あいつが次の生贄を求めての行動かもしれないこと。僕達は、昨日得た情報の大部分をダンブルドアに話した。言わなかったのは、やはり自分たちがどうやってその情報を得たかだけだった。

僕らの話をダンブルドアは静かに聞き終えた後、

 

「成程のう……。ダリアが夜出歩いておる。そう、二人は言いたいのじゃな?」

 

そう、事実を噛みしめるように言った。

 

「はい。先生」

 

「……それが真実じゃとすると、驚くべき情報じゃ。無論それが彼女が『継承者』であると断言するモノではない。じゃが、ワシは彼女がもっと品行方正な優等生じゃと思っておったのじゃがのう」

 

僕達は、ダンブルドアにダリア・マルフォイが『継承者』である証拠を伝えれたと喜んだ。でも、話はそれだけではなかった。次の言葉で、僕達の表情は再び凍り付くこととなる。

 

「しかし、ハリー。君の話には一点だけ抜け落ちている所があるのう。この驚くべき情報は……一体どうやって手に入れたものなのかのう?」

 

まったく誤魔化せてはいなかったらしい。

 

「え、えっと、その」

 

僕等はしどろもどろに答えるしかなかった。先程の話も、まるで僕らがいつの間にか手に入れた情報のようにしか話さなかったのだ。

喜びから一転、再び訪れた退学の恐怖に挙動不審になる。

 

「……ポッター君、ウィーズリー君。ワシは以前、君たちが次校則を破ろうものなら、二人を退校処分にせねばならぬと言ったのう?」

 

口の開閉をただ繰り返すばかりの僕らに、ダンブルドアは静かに続ける。

 

「ワシとしては、君たちが如何にしてこの情報を掴んだかも非常に気になるところじゃ」

 

終わったと思った。奇跡的にスリザリンの告げ口を回避したと思ったのに、まさかダンブルドア先生に自分自身で罪の告白しないといけないのかと絶望した。

次の言葉で、ダンブルドアは僕達に退学を言い渡すのかもと絶望し、僕らは項垂れた。しかし、

 

「もしや君達が、()()校則を破ったのではと勘ぐってしまうのじゃが……。証拠がないからのう」

 

僕とロンははじかれたように顔を上げた。

 

「……それに、君達は友達を思って行動したのじゃろう? それは称賛に価することじゃ。どんなに困難な時も、その友情があれば大丈夫じゃ。それを大切にするのじゃぞ。グリフィンドールに点を与えたいところではあるが、生憎今は休暇中じゃ。これで我慢してくれるかのう?」

 

そう言って僕らにレモンキャンディーを差し出すと、ダンブルドアは最後に優しく微笑んでから、どこかに歩き去ってしまった。

残されたのは、レモンキャンディーを三つ手渡された状態で硬直する、僕とロンだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

クリスマス休暇、生徒が戻ってくるまでの最後の夜。私は誰もいない廊下を相変わらず一人で歩いていた。

遠くで時計の鳴る音がする。この音は、門限まであと僅かであることを示していた。今このホグワーツに残っている数少ない生徒達は、この音を聞いて自分の寮に戻っていることだろう。

 

でも、私は地下の談話室には足を向けなかった。寧ろ反対方向に足を進める。

 

……まだ戻るわけにはいかない。まだ会いに行くわけにはいかない。

まだ……そばにいるわけにはいかない。

あの声から『答え』を得るまでは。

 

だというのに……。

 

クリスマス休暇に入り、私はさらに長い時間をあの『声』探しに費やすようになった。休暇には授業も、そして生徒達の鬱陶しい視線もない。時間も人目も気にすることなく私は『怪物探し』に専念できる。これなら、少なくとも休暇中には『答え』を得ることが出来る。

 

そう思っていた。それなのに……。

 

休暇前は、あの声を私はよく耳にした。声の正体に気が付いてからはタイミングが悪いのか中々聞こえてこないが、意識を集中すれば、気配だけはちゃんと壁の中からいつも感じ取ることが出来ていた。

それがどうだ。休暇に入ってからというもの、一度たりとも『声』が聞こえてこない。それどころか気配すらしない。まるで最初からそんなものは存在しなかったかのように。

 

何故? 何故怪物を見つけ出せない? こんなに探しているのに、それこそ寝食の時間すらつぎ込んでいるのに、何故未だに声すら聞こえてこない? 私はこんなにも『怪物』を求め、必要としているのに。

 

 

壁に書かれた文字を信じるのなら、秘密の部屋はもう開かれている。怪物は今も壁の中を這いずり回っているはずなのだ。事実、休暇前はそこかしこで声を聴くことができた。

それがどうして、休暇に入った途端聞こえなくなってしまうのか? 何故、私が探し始めた途端、私のもとに現れてはくれなくなったのか。怪物が何かを殺すことを()()()()生き物なら、何故獲物を、『継承者の敵』を探していないのか? こんなことは絶対に()()()()()()

 

そうでなければバジリスクは……。

 

休暇ももう終わる。明日にはまたあの忌々しい視線が戻ってきてしまう。あと僅かな時間しか残っていないことに焦り、そしてある可能性から()()()()()()()()、私はほとんど走るような勢いで足を進める。走っていないと、頭が焦りと不安、そして頭から離れないこの恐怖でどうにかなってしまいそうだった。足を進めなければ、怖くて仕方がなかった。

階段を足早に駆け上がり、大広間の前を横切りながら考える。

 

こんなはずではなかった。今頃はバジリスクから答えを得ているはずだったのだ。

怪物が何であるか。私が『何』であるか。

何も知らない私が、ようやく自分自身を知ることが出来る。

私の中に潜むこの悍ましさが、一体どこから来るものなのかを。

 

私がはたして……このまま大切な人のそばに、存在していいのかを。

 

心にへばり付いて離れない恐怖感を振り払うように、私は大広間前の階段を駆け上がる。

そして階段を登り切り、そのまま廊下に入ろうとして……止まった。

 

いや、止まらざるを得なかった。

 

目の前の光景に、言いしれない違和感を覚えたのだ。

違和感と言っても、そこに特別何か変わったものが見えているわけではない。

ただ何か……何かがそこにいる気がした。透明な何かが、ジッとこちらを見ているような……そんな気がした。姿こそ見えないが、確かに目の前には何かがいるような気配がした。

 

私の気のせいだろうか? いや、そんなはずはない。ここには、確かに透明になっている()()()存在する気配がする。ここは魔法学校だ。透明になることが出来る存在など幾らでもいる。

でも、私の呪文を見破る存在はそこまで多くはない。

 

今の私は『目くらましの呪文』をかけている。この呪文は一年生の頃から使い慣れており自信があった。自慢ではないが、この呪文を見破るのは並の魔法使いには不可能だ。でも、この透明な何者かはこちらに明らかに視線をよこしている。透明になるという高度な呪文が使え、尚且つ私の呪文を見破ることが出来る程の能力を有する。

そんな()()は、私が思いつく限りで一人だけだ。

 

「……何をしておられるのですか? ()()()()

 

私が不機嫌な声音で話しかけると、今まで何もなかった空間に、髭の長い老人がまるで最初からそこにいたかのように姿を現す。予想通り現れたのはダンブルドアだった。老害は私に魔法がバレていたというのに、それに全く頓着なくいつもの()()()好々爺のような表情をしていた。

面倒な人間に、面倒な時間に会ってしまった。

 

「こんばんは、ダリア。何、年寄りの些細な悪戯じゃよ。それにしても……よくわかったのう」

 

いつも通り、()()()()()朗らかに取り繕ったダンブルドアはおどけた様に話す。それに対して、私は表情に現れることのない不機嫌さを、声で表現しながら返した。

 

「……気配だけはしましたので」

 

「流石主席じゃのう。ワシも学生の頃は主席じゃったが、君ほど優秀ではなかったのう」

 

「……御冗談を。それに、姿こそ透明でしたが、本当は隠れる気はなかったのでしょう? 先生程の方が、私くらいに気付かれる魔法をお使いになるはずがありません」

 

この老害は、曲がりなりにも『今世紀最も偉大な魔法使い』と称される程の存在だ。本気で隠れるつもりがあったのなら、私くらいの小娘に見破られるはずがない。ならばこれは、本当にこいつの言う通りただの()()だったのだろう。見破れたのならそれだけ私の実力を証明でき、見破れなかったらそれはそれで私を驚かせるつもりだったのだろう。驚かせれば、最初に少しでも自分の有利な方向に話を持っていくことが出来る。少なくともこいつが、私と下らない世間話をするつもりでここにいたわけでないことくらい分かっている。その証拠に、こいつの目だけはいつも通り警戒感を露にしていた。

 

「買いかぶりすぎじゃよ。じゃがまぁ、確かに君と話をしたかったのは事実じゃよ。気付かなんだら、こちらから声をかけるつもりじゃった」

 

ダンブルドアは一呼吸置き、

 

「ダリアよ。ワシが呆けておらなんだら、もうすぐ門限の時間じゃと思うがのう。なのに君はどこに行こうというのかな? こちらもワシが覚えて折る限りでは、スリザリンの寮は地下にあったはずじゃが?」

 

私は咄嗟に舌打ちしそうになるのを我慢しながら謝罪する。どうやら有耶無耶にはさせてもらえないらしい。

 

「……申し訳ありません。その通りです」

 

「そうじゃろうて。休暇とはいえ、こんな遅くに出歩くのは感心せんのう。休暇ということで減点こそせんが、以後気を付けるのじゃよ」

 

「……はい」

 

普通の生徒なら、減点されなかったことで安心するのだろうが、私は騙されはしなかった。こいつはこんな場所で、態々透明になってまで私を待ち構えていたのだ。こんなことで話が終わるはずがない。

これがこいつのやり方であると、私は去年のクリスマスに痛い程学んでいる。

そして案の定こいつの話には続きがあった。朗らかな仮面を捨て、真剣な面持ちでダンブルドアは言った。

 

「ダリアよ、君の事じゃ。ウィーズリー兄弟とは違って、()()()()()に、君は無意味に夜歩き回るようなことはせんじゃろう?」

 

それは、こいつにだけはされたくない質問だった。

 

「君はどうして夜歩き回ろうと思うたのかな? いや、夜だけじゃないのう。君は最近いつも共におる友達から離れて行動しておるのう。 何か……悩みでも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

今ほど自分の無表情が有難かったことはなかった。

そうでなくては多分……私は冷静な表情を保てなかっただろうから。

心の中をどす黒い感情が暴れまわる。禁断の森やロックハートの授業でお兄様が襲われた時とは違う、でもそれと同じくらい強い怒りと殺意で心が満たされていく。

お前に何がわかる。私はお兄様達から離れたくて離れてるんじゃない。こうして夜出歩いているのだって、お前が私に『鏡』さえ見せなければ!

 

私は思わず杖に手を伸ばしかけ……止まった。

 

落ち着け。こいつは私の反応を見ているのだ。こいつに私の心を見せてはいけない。

それに、こいつの言うことは何も間違っていない。……本当は分かっている。『鏡』のことだって、こいつはただ私に見せただけだ。あの鏡にあの光景を見たのは、私が化け物だからだ。こいつにその責任はない。お兄様やダフネから離れたのだって、私がこんな怪物だから。それだけだ。これは()()()なのだ。こいつを責めるのはお門違いだ。

 

私は自分を何とか納得させ、でも少しぶっきらぼうに答えた。

 

「……考えすぎですよ。ただ、まだ眠れそうにないと思っただけです」

 

納得はしても、決して頭から怒りが消えたわけではなかった。これ以上こいつの顔など見たくない。そうでないと、またこいつを()()()()()()()()()()()()

 

「すみません。もう門限の時間ですので帰ってよろしいでしょうか? ()()()()()ですし」

 

私の応えにダンブルドアが何か言う前に、私はそう宣言する。こいつの口ぶりからすると、こんな危険な時期に私が出歩いていることに警戒している様子だった。だからそれを逆手に取った。こんな時期に、生徒である私をこんな所にとどめておいていいのかと、私は言外に問うたのだ。こいつの質問に何一つ答えていないため、多少警戒されるかもしれないが、それは今更だ。

ダンブルドアは一瞬警戒した視線を強めたが、同時にこれ以上留めることが出来ないとも思ったらしく、

 

「そうじゃのう……。引き留めてしもうて悪かった。おやすみ、ダリア」

 

そう、私を解放した。

 

ダンブルドアの目は、やはり最後まで私を警戒しているものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドア視点

 

遠ざかってゆくダリアの背中を見つめながら、ワシは昔のことを思い出していた。

 

この光景は……あの時と同じじゃ。あの時、トムがハグリッドに罪を擦り付ける直前の時と。

あの時も、トムは精力的に夜ホグワーツを歩き回っておった。ダリアと違い、当時のディペット先生に呼び出されたという言い訳が用意されておったが、確かにトムは夜に出歩いておった。彼の罪を肩代わりする生贄を探すために。

 

何もかもが、とても偶然とは思えない程の一致が、ダリアとトムにはあった。

今思い返せばあの時、トムと話した場所すらも、この大広間前の階段上じゃった。

 

あの時の後悔が蘇る。わしはあの時、愚かにもトムが何か企んでいると感ずいておりながら、彼の犯行を見逃してしもうた。愚かにもトムをそのままにしておいてしまった。その結果、ハグリッドはホグワーツから追放され、杖も折るように言い渡された。最終的にはワシがディペット先生に頼み込むことで、ハグリッドは森番としてホグワーツに留まり、杖は今も折られず彼の傘の中に隠されている。じゃがそれでも彼の人生を大きく狂わせてしまったことには変わりはない。

 

わしは一体……あの時どうすればよかったのじゃろうか。

 

わしは昔から、人一倍他者より賢かった。じゃが、その分間違いも他者より人一倍大きかった。

年を取り、周りからは今世紀最も偉大な魔法使いともてはやされてはおるが、実際は後悔ばかりの人生じゃ。

ハリーのこと。リリーのこと。ジェームズのこと。ハグリッドのこと。トムのこと。ゲラートのこと。

 

そして……アリアナのこと。

 

長く生きた分、数えきれない程の後悔が生まれた。いや、おそらく後悔だけならワシと同じ長さを生きた人間でも多い方じゃろう。

 

そして今も、その数多い後悔の一つがわしを苛む。

 

わしは一体どうすればトムを止められたのじゃろうか。一体どうすれば、ハグリッドを犠牲にせずにすんだのじゃろうか。

答えはなかった。全てが過去。もうどうすることも出来ぬこと。考えても、全てはたらればの話でしかない。

 

じゃが、これだけは分かる。

あの時と同じことを繰り返してはならぬ。

あの時と同じように、一人の少年が居場所を失い、そして一人の少年が闇に落ちたことを繰り返すわけにはいかないのじゃ。

 

じゃが、それが分かっておりながら、ワシに出来ることはあまりに少なかった。ダリア・マルフォイが『継承者』であったとしても、彼女の犯行を証明するものは何一つとして存在しない。トムの時と同じように。

じゃからワシが大ぴらに何かをするわけにはいかぬ。あからさまに何かすれば、ダリアと裏で繋がっているであろうルシウス・マルフォイが、ワシをここから追放するじゃろう。それはあってはならない。ハリーがトムと戦えるようになるまで、ワシはここから追放されるわけにはいかん。

 

じゃからせめてワシに出来ることは……。

今後の計画を練りながら、ワシはあるべき未来に思いをはせる。

 

今度こそ、誰も死人が出ることがないように。誰も罪を擦り付けないように。

 

トムと同じ空気をした生徒が、これ以上闇に落ちることがないように……。


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