ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
今日はスリザリンの新シーカーを選ぶ日だ。試験は他寮に対して秘匿性を守るため早朝行われる。
初めは私も同行したかったのだが、早朝のため日光が低く日傘では防ぎにくいということで、お兄様が私の同行を認めてくださらなかったのだ。そのため、今私は談話室でお兄様を泣く泣くお見送りしていた。
「私も行きたかったのに……。お兄様の雄姿が見たかったのに……」
私は未だにぶつぶつ言っていた。私だってお兄様の飛行姿が見たい。
「……ダリア、」
「大丈夫だよ! ダリア!」
愚図る私にお兄様が何か言おうとしたが、その前に同じく早朝から見送りに来ていたダフネが声を上げる。
「ドラコの姿は私がばっちり撮っておくから!」
そう言ってダフネは肩に下げていたカメラを掲げた。同行させてもらえないと落ち込んでいた私を見かねて、ダフネが写真を撮ってきてくれることを提案してくれたのだ。
この提案をしてくれた時、私にはダフネが天使か何かに見えた。
「……申し訳ありません、ダフネ。お手数ですがよろしくお願いいたします」
いつもはこんなことしないのだが、今回はダフネの手をしっかりと握りお願いする。
私もお兄様の雄姿が見たい。
「いいのいいの! 私もドラコの選ばれる所を見たいしね!」
どうやらダフネも、お兄様が選抜されないとは微塵も考えていないようだ。
やはり落ちるかもと心配しているのはお兄様本人だけだ。いつもはクィディッチに対して並々ならぬ自信を持っているのに、いざという時はやはり不安になってしまうらしい。去年はヘリコプターなる大ぼらまでついて自慢していたというのに。
「……まだ受かると決まったわけじゃない。箒もこれだしな」
お兄様は緊張した様子で、片手に持っていた箒を掲げる。お兄様が掲げた箒は、夏休み中お父様が買ってくださったニンバス2001……ではなく、ホグワーツに大量に在庫してある『シューティングスター』とか言う箒だ。
おそらく箒の能力に頼らない能力を見たいという意図なのだろう。そうでなければ、マルフォイ家のような財産の多い家柄の子が有利になってしまう。スリザリンにおいては普段そちらの方が地位が高いのだが、クィディッチに関してはそこの所は公平だった。
「ああ、その箒、去年の飛行訓練で使った奴だよね。そんな箒に乗るの? はっきり言って、最底辺の箒だよ?」
この箒は
「全員同じ条件です。お兄様は去年それで軽々と飛行されていたのですから、寧ろ丁度いいのでは? お兄様以外にそれを乗りこなせる方なんていないでしょうし。……それに、お兄様がニンバス2001にお乗りになったら、それこそお兄様の選抜にケチがついてしまいます。実力ではなく、箒で選抜されたなんて噂されたら嫌ですからね。無論そんなことを言った人間は、私が捻りつぶしますが」
「そ、それもそうだね。ドラコならこんな箒でも余裕だよ!」
「……ダリア、ダフネ。あまりプレッシャーをかけないでくれるかな?」
そう言いながらも、お兄様は私たちの会話を苦笑しながら聞いていた。どうやら、先程まで感じていた緊張も薄らいだようだった。よかった。これで少しは肩の力が抜けたらいいのですが。何だかんだ言って、お兄様はいざという時緊張してしまい、力が十分に発揮できない質だ。それにここの所、何故かシーカーになることに並々ならぬ執念を燃やしておられたので、少しそれが心配だったのだ。
でもこれなら本番でも大丈夫そうですね。私はホッと息をついた。
そしていよいよ会場に行く時間がやってきた。
「……ダリア、行ってくる」
「はい、お兄様。お待ちしております」
「いや、待ってなくてもいいぞ。まだ朝早いんだ。もう一度くらい寝ていてもいいだろう」
「いえ、ここで待っております。競技場に行けなくても、せめて知らせは一番に聞きたいですから」
「そうか……分かった。すぐ帰ってくる」
そう言ってお兄様は、ダフネを伴って談話室を出て、選抜会場に行ってしまった。
私はそんなお兄様の背中に、
「頑張って、お兄様」
ポツリと小さくつぶやいた。
結論から言うと、お兄様は余裕綽々で試験に通った。約束通り、お兄様は真っ先に私にその結果を教えてくださった。談話室で本を読みながら待っていたところ、ダフネと共に帰ってきたお兄様が満面の笑顔で告げる。
「ダリア! シーカーに選ばれたぞ!」
やる前から分かっていた
試験の内容は、シーカーらしく放たれたスニッチをいかに早く捕まえるかといったごく単純な内容だったらしい。
他の候補は皆『シューティングスター』に翻弄され、案の定まともに飛ぶことすらかなわなかった。その中でも、お兄様は他の候補の半分以下の時間でスニッチを掴んでいた。ポッター程華はないが、お兄様は今までの経験を活かした堅実なプレーで、試験中他を圧倒していたようだ。
そして今、スリザリンは新シーカー誕生のパーティーをしている。
皆が夕食を食べ終えた時間、スリザリン生は皆談話室に集まっていた。テーブルにはお菓子などが大量に置かれており、普段は落ち着いた雰囲気の、悪く言えば暗い色をした談話室の壁が、今日だけは魔法で明るい色に変えられている。キラキラしたグリーンに変えられた壁は、正直目に痛かった。純血の子が多い寮だが、浮かれる時は浮かれるのだ。
お兄様は今回の主役であることもあり、部屋の中心で皆にもみくちゃにされていた。片腕にはパーキンソンがへばりついてゴマをすっている。
「さすがはドラコね! 貴方ならシーカーになれると思ってた!」
「ふん、当たり前だろう!」
試験を受ける前の緊張はどこへやら、いつものように少しだけ調子に乗った様子のお兄様の姿がそこにはあった。
私は、いつもは物静かなスリザリン生達が騒いでいるのを横目に、ダフネが撮ってきてくれたお兄様の写真を眺めている。
写真の中のお兄様は、少しだけ緊張した面持ちでスニッチを追いかけている。そしてスニッチを掴んだ瞬間、お兄様は本当に嬉しそうに笑っていた。
やはり飛んでいる時のお兄様はかっこいい。
「よく撮れていますね。ダフネ、ありがとうございます」
写真をうっとりと眺めながらダフネに礼を言う。
「いいのいいの、これくらい! 私もいいもの見れたしね!」
あっけらかんとしたダフネの返事を聞いていると、もみくちゃにされていたお兄様がこちらにやってきた。
「ダリア、ここにいたのか!」
「ええ、ダフネが撮ってきてくれた写真を見ていたのです」
「そ、そうか」
何だか恥ずかしそうにしながら、お兄様も私の手元にある写真をのぞき込む。
「じ、自分の写真を自分で見るのって、なんだか恥ずかしいな」
「そうですか? でも、かっこいいですよ、この写真。お父様達にも後で送りますね」
「……」
顔を赤らめているが、私の言葉がまんざらでもない様子のお兄様。少しだけ顔がにやついている。そんなやり取りをしている所に、
「ドラコ、よくやったな」
こちらにゾロゾロとスリザリンチームのメンバーがやってきた。彼らの一番先頭に立っているスリザリンチームキャプテン、マーカス・フリント先輩が話しかけてくる。図体のでかい彼は、私たちと同じ『聖28一族』のフリント家であるため、
「しかもお前、試合ではニンバス2001を使うんだろ? グリフィンドールのポッターはニンバス2000を使っているからな。去年は箒のせいで負けてしまったが、これでシーカー対決はもらったようなものだ」
「……ふん、当たり前じゃないか」
お兄様がニンバス2001を持っていることは、スリザリンチームの皆がもう知っていることだった。お兄様が試験に通った後、どの箒を使うのか聞かれた際に、最新型を使うと伝えたのだ。ポッターのニンバス2000以上の最新型を持つシーカーの登場に、皆これで勝てると喜んでいる。これでシーカーは、他寮を圧倒できると。
でも、それ以上のことがあることを、お兄様も含めてスリザリンチームメンバーは誰もこの時点では誰も知らなかった。
私はまだ、最大のサプライズがあることを誰にも伝えていなかった。
そろそろいいタイミングかな。
私はお兄様の肩を叩いて喜ぶメンバーに声をかけた。
「お兄様、そしてチームの皆さん。少しよろしいでしょうか?」
私が話しかけると、チームメンバーはどこか緊張したように、私に振り返った。
「ど、どうかなさいましたか、マルフォイさん?」
スリザリンの生徒のほとんどに言えることだが、何故か同じマルフォイ家であっても、お兄様以上に私を恭しく扱おうとする。先程までお兄様の肩を叩いていたフリント先輩も、私にはまるで畏怖したかのように話しかけてきていた。特に今年の『闇の魔術に対する防衛術』があった日からそれは一層顕著なものになっている。
いつものことではあるが、何故怖がられているか分からない私は頭をかしげながらも、
「実は皆さんにお父様からプレゼントがあります」
「ルシウス氏、からですか?」
「ええ。ではこちらに皆さん集まってもらえますか?」
そう言って、あらかじめ談話室の端に置いてあったプレゼントの山を指さした。
チームメンバーと共に、お父様からのプレゼントに興味をもった生徒が山に集まる。
プレゼントの傍に立つ私を中心に、皆輪になって成り行きを見守っていた。
「マルフォイさん、これは?」
「スリザリンを今年、
私がそう言うと、恐る恐るといった様子でチームメンバーが袋を開いていく。
最初は恐る恐るといった様子だったが、プレゼントの正体が明らかになっていくにつれ、皆驚愕といった表情にみるみる変わっていく。
そして、袋を開け終えた一人がついに大声を上げた。
「こ、これは!?」
「ニ、ニンバス2001だ!」
「しかも全員分!?」
皆驚愕といった顔で私を振り返る。お父様が全員分のニンバス2001を買っているとはまだ知らなかったお兄様も、驚いた様子で私を見ている。どうやらサプライズは成功のようだ。
「そうです。お父様がOBとして、スリザリンチーム全員分の最新型箒をプレゼントしてくださいました」
「さ、流石はマルフォイ家……」
「こ、これさえあれば、確実に優勝することが出来る!」
純血が多いスリザリンは他の寮に比較して上質な箒を使っていた。でも、それも微々たる差でしかなかった。しかし今年は、全員が今までより遥かに高い性能の箒を手に入れることが出来たのだ。チームメンバーだけでなく、スリザリン生全員が今年の勝利を確信し顔がにやけている。
「こ、これで他の寮を圧倒できる。去年はグリフィンドールなんかに負けたが、今年こそは……」
突然のことに、うわ言の様に呟くフリント先輩。
「どうですか? お父様からのプレゼントは気に入ってもらえましたか?」
「……ええ。マルフォイ家に感謝します。流石は純血筆頭、マルフォイ家です」
「ええ。その言葉で、きっとお父様もお喜びになるでしょう」
私は対して表情が変わっていないだろうけど、そうフリント先輩と笑いあっていると、お兄様が神妙な顔つきで近づいてきた。
「ダリア、これは……」
未だに信じられないといった様子で、お兄様が私に尋ねてきた。
「実はお兄様が箒を買っていた日に、お父様がこっそり全員分買っておられたのです。お兄様のシーカー就任祝いだと言って。お父様も私と同じように、お兄様の就任を疑っておられなかったということです」
「そ、そうか」
私の言葉でようやく、お兄様は現実に追いついてきた。
お父様が寄せる期待と信頼が嬉しいのか、お兄様の表情はほころんでいる。
「ダリア、僕は、絶対に今年優勝するからな。見ていてくれ」
「はい、お兄様。非常に楽しみにしています」
私とお兄様はそう言って笑いあった。
ダフネはそんな私たちを、微笑ましそうに眺めていた。
ハリー視点
ロックハートの初授業から数日、僕はコリンとロックハートに追いかけまわされる日々を過ごしていた。ロックハートの初回の授業は、ロックハート自身に関する下らないテストをして、その後彼の本に書いてある場面を再現する劇をするだけの内容だった。最初は実習を予定していたようなのだが、どうやら午前のスリザリンの授業で、実習道具が
そして初めての週末。初っ端から色々あった一週間だったけど、これで今日は休めると思っていたのに、朝早く僕はグリフィンドールのキャプテン、オリバー・ウッドに叩き起こされた。
「な、なにごと?」
「起きろ! ハリー! クィディッチの練習をするぞ!」
寝ぼけ眼で窓の外を見ると、まだ朝日も昇っていなかった。
「オリバー、まだ夜が明けたばかりだよ……」
「その通り! だからこそ、まだどこのチームも練習していない! 我々グリフィンドールが一番乗りになるのだ!」
完全に深夜のテンションだ。でも、一度叩き起こされた上に、こんな風に横で大騒ぎされれば目も覚めてしまう。仕方なく、僕は深紅のユニフォームに着替えて談話室に降りる。そこには、
「ハリー! さっき君の名前が聞こえたから来たんだ! その恰好! もしかして今からクィディッチの練習かい! 僕、クィディッチなんて見たことないんだ! 君ってすごく上手いんだろうね! 僕、飛んだことないけど、僕にもできるかな!? あ! もしかして、それってハリーの箒!? 一番いいやつ!?」
ロックハートに次いで、ここ最近僕を最高に困らせてるコリン・クリービーがいた。
彼は僕と出会う度に写真とサインをねだってきた。しかも、どうやら僕の時間割を把握しているらしく、授業の合間にも異常な頻度で彼と出くわした。
「僕も見に行っていい!? ハリーって最年少で寮代表選手になったんだよね!? 凄いな! ねえ、一緒に行っていいよね!?」
「……別にいいけど」
本当はまったく良くはないのだけど、年下の一年生を邪険に追い払うこともできず、僕は諦めて同行を許可した。
彼は延々とおしゃべりを続け、僕が同行を許可したことを心底後悔し始めたところで、僕らはようやく競技場に着く。
「ここでクィディッチをやるんだ! 僕、ハリーの練習がしっかり見えるように、これからいい席取ってくるね!」
ようやくコリンから解放された僕は更衣室に入る。
「遅いぞ! ハリー!」
更衣室に入ると、僕以外の選手は全員集まっていた。尤もその中で起きているのはウッドだけであり、他の皆は船をこいで寝ていた。
その後、僕らはウッドが夏休み中に考え出したという新戦略を
「まだ練習してなかったのかい!?」
スタンドにロンとハーマイオニーがいたのを見つけ話しかけると、ロンが第一声で声を上げた。
「うん。今までウッドの新戦略を聞いてたんだ」
僕は二人が食べているトーストをうらやましく眺めながら返した。
箒にまたがり、いよいよ練習を開始すると、どこからかカシャカシャという音が聞こえる。言わずもがなコリンのカメラが出す音だ。
「誰だあれは!? スリザリンのスパイか!?」
「違うよウッド、あれはグリフィンドールの一年だよ」
「そうだぜウッド。それにスリザリンにスパイなんか必要ないぜ」
コリンを疑わし気に見つめるウッドに返事をしていると、フレッドが割り込んできた。
「どうしてそんなことが言えるんだ!?」
短気になったウッドに、
「だって、ご本人たちが来てるんだからな」
そう言ってフレッドが指さした先には……グリーンのユニフォームを身に着けたスリザリンチームがいた。
「馬鹿な! 今日は僕たちが予約してるんだぞ! ちょっと行って話をつけてくる!」
猛スピードで飛んでいくウッドに続き、僕とフレッド、そしてジョージが降り立つ。他の選手も続々とこちらに集まってきていた。
「フリント! 今は僕たちの練習時間だ! ここから出ていけ!」
「ウッド、ここは俺たちが全員で使える程広いだろ?」
ウッドも大きいが、それよりさらにでかいマーカス・フリントがにやけながら言った。
「ここは僕が予約したんだ!」
「そうかもしれないが、残念だったな。僕らにはスネイプ先生のサインがある」
そう言って掲げたメモには
『私、スネイプ教授は、本日新シーカーの教育のため、クィディッチ競技場におけるスリザリンの練習を許可する』
そう書かれていた。
「新シーカー? いったい誰だよ?」
ウッドのうめきに合わせて、スリザリンチームの後ろから青白い顔をした、僕がもっとも嫌いな奴が出てきた。
ドラコ・マルフォイだった。
「ルシウス・マルフォイの息子じゃないか」
フレッドが嫌悪感丸出しで呟く。
「そうとも。しかも、それだけじゃないぞ」
フリントを含め、スリザリンチーム全員がにやつきだし、手に持っていた箒を掲げた。
「ルシウス氏から僕ら全員に、最新型の箒を送ってくださった! この、ニンバス2001をな!」
彼の言う通り、スリザリンチームが掲げる箒は皆、最新型の箒になっていた。
僕グリフィンドールチームが唖然としていると、
「どうしたんだ! どうして練習しないんだよ!? それに、なんでそいつがそこにいるんだい!?」
ロンとハーマイオニーが異常を感じてこちらに走ってきた。
「ウィーズリー、僕がここにいるのは、僕こそがスリザリンの新シーカーだからさ」
マルフォイが満足げに言った。
「そして今は僕の父上がチーム全員に送った、このニンバス2001を皆で称賛していたところだよ」
僕たちと同じようにあんぐりと口を開けるロンに、マルフォイの追撃は続く。
「いいだろう? これでクィディッチは優勝したも同然だね。悔しかったら、君らも箒を買えばいいさ。もっとも、」
「そんな箒がなくたって、グリフィンドールは負けはしないわよ! こっちの選手は、
マルフォイの言葉を遮って、ハーマイオニーがきっぱりと言い切った。
ハーマイオニーの言葉で、マルフォイはまるで自分の誇りをひどく傷つけられたように顔をゆがめた。
そして、
「こ、この『穢れた血』め! お前の意見なんて聞いていないんだよ!」
マルフォイはゆがんだ顔のまま、そう吐き捨てるように言った。
でも、言った直後、ハッとしたような顔になる。
まるで
「マルフォイ! お前よくもそんなことを!」
そんなマルフォイの表情に関わらず、彼の言葉で辺りは騒然となった。
フレッドとジョージは、マルフォイに殴り掛かろうとしている。グリフィンドールチームの女性メンバー、アンジェリーナは今にも杖を抜こうとしていた。
僕には『穢れた血』という言葉の意味は分からなかったが、周りの反応からそれが酷い言葉であるということは分かった。
「マルフォイ! 思い知れ!」
飛びかかろうとするグリフィンドール、そしてそれを抑え込もうとするスリザリンの間から、比較的マークの薄かったロンが杖をマルフォイに向けた。
次の瞬間、バーンという音が競技場に鳴り響く。
そして吹っ飛んだのは……マルフォイではなくロンの方だった。
折れたロンの杖が逆噴射したのだ。
「ロン! 大丈夫!?」
ハーマイオニーと共にロンに駆け寄る。
するとロンは言葉の代わりに……ナメクジを吐き出した。
「ちょっと、ロン!」
ハーマイオニーが慌てたようにロンを助け起こす。その様子を、
「ど、どうしよう」
「とりあえずハグリッドのところに連れて行こう。あそこが一番近いし」
ハーマイオニーと一緒にロンを両側から担ぎ、僕らは競技場をあとにした。
その後ろ姿を、ドラコ・マルフォイはさらに青白くなった顔で見つめていた。
ドラコ視点
「こ、この『穢れた血』め! お前の意見なんて聞いていないんだよ!」
ダリアを守るため、実力で手に入れた今のポジションを揶揄され、僕は頭に血が上ってしまった。そして、言ってはいけない人間にそれを言ってしまった。
僕はグレンジャーのことが嫌いだ。彼女はマグル生まれの『穢れた血』だ。そんな奴のことを純血である僕が好きになれるはずもなかった。
でも、ダリアはそうではなかった。
ダリアは、グレンジャーのことを『穢れた血』だからという理由で嫌ってはいなかった。むしろグレンジャーのことを気に入っている様子だった。絶対にそれを口に出しては言わないと思うが。
そんなグレンジャーを僕は嫌いではあったが、ダリアを独りにしない人間かもしれないと思い認めていた。穢れた血ではあったが、確かに彼女はダリアのことを真っすぐに見ようとしているのは、僕にもうすうす分かっていた。
そんな彼女を、ダリアが気に入っている数少ない人間を、僕は傷つけてしまったかもしれない。
グレンジャー以外には、僕は憚らず『穢れた血』といえる。でも、グレンジャーだけは、そうしてはいけないような気がしたのだ。
「ダリアがいなくてよかった……」
唯一の救いは、この場にダリアがいなかったことだ。はじめは選抜試験の時と同じようについて来ようとしたが、今回も同行を許可しなかったのだ。これから頻繁に練習はあるのだ。その度に朝早く起き、尚且つしっかりとした日光対策をしなければいけないのは無理がある。
それが理由で寮に置いてきたのだけど、今回はそれで救われた。
もし、ダリアに今の現場を見られていたら……。
おそらく僕がグレンジャーを否定したことで、ダリアは僕がそう考えるならと思い、完全にグレンジャーと距離を置いてしまうだろう。
数少ない理解者から、ダリアが完全に離れてしまう。ダリアが望んでいないのにも関わらず。
ダリアが自ら完全な孤独になってしまう。
それだけは避けなければならない事態だった。
シーカー不在なため、これ以上練習にならないとグリフィンドール選手達は、僕のことをまだ睨みつけながらここを出ていく。
その様子を見ながら、
「よく言ったな、ドラコ。いい気味だったぞ」
グリフィンドール選手に殴られて、顔に青あざを作りながらにやけるフリントに……僕は肯定も否定もせずうつむくことしか出来なかった。
ハリー視点
ハグリッドの小屋の扉を叩くと、ハグリッドはすぐに出てきた。
「おお、ハリーか! ロンとハーマイオニーもよく来たな! さあ入った入った! お前さんらが来るのを待っとったんだぞ!」
中に入りロンの事情を説明する。するとハグリッドは、
「出てこんよりは出た方がええ」
と言ってロンに大きな洗面器を手渡した。ここに全部吐けということだろう。
「止まるのを待つしかないわ。この呪い、とっても難しいの」
ハーマイオニーがロンの背中をさすりながら言った。
「それで、ロンは誰に呪いをかけようとしてこうなったんだ?」
ロンを顎で指しながら問うハグリッドに、
「マルフォイだよ。マルフォイがハーマイオニーのことをなんとかって言って。それで皆怒ったんだ。僕は意味を知らないんだけど……」
「最低な言葉さ」
洗面器に顔を突っ込みながら、ロンが話す。
「マルフォイの奴、ハーマイオニーのことを『穢れた血』って言ったんだ!」
「なんだと! それは本当か!?」
それを聞いてハグリッドも怒り出した。
「本当よ。でも、私にも意味が解らなかったわ。ものすごく失礼な言葉だとはわかったのだけど」
「あいつの思いつく限りの最低の言葉さ」
少し収まってきたのか、ロンは洗面器から顔を上げながら言った。
「『穢れた血』っていうのは、あいつら純血主義のくそったれ達が使う言葉なんだ。自分達とは違う、両親ともマグルの家庭で生まれた魔法使いを指してそう言うんだ」
小さいナメクジを吐き出しながらロンは続ける。
「純血なんて馬鹿馬鹿しい考えだよ。あいつらは狂ってるんだ。他人をそんな風にののしって悦に浸ってるんだ。その筆頭があいつらマルフォイ家さ。まったく、今時純血なんてほとんどいないのに。マグルと結婚しなかったら、僕らはとっくの昔に絶滅してるよ」
そこまで言い切って、ロンは再び洗面器に顔を入れた。再び波が来たのだろう。
「うーむ。ロンが呪いをかけたくなっても無理はねえ」
ハグリッドがロンのたてる音をかき消すように言う。
「あいつらマルフォイ家はくさっちょる。だけんど、ロン。マルフォイに呪いをかけんでよかった。もし奴に呪いをかけてたら、ルシウス・マルフォイがすっ飛んできたぞ。そしたらお前さんが面倒ごとに巻き込まれる」
「ルシウス・マルフォイが来る前に、ダリア・マルフォイがすっ飛んでくると思うけどね」
僕の脳裏には、去年『禁じられた森』で見たダリア・マルフォイの笑顔が浮かんでいた。もし、ロンの呪いが成功してマルフォイがナメクジを吐いていたら……ロンの命はなかったかもしれない。
去年の光景はそう思えてしまうようなものだった。
「そういえば、あいつはいなかったな……。いっつも兄貴と一緒なのに、どうしたんだ?」
「マルフォイさんは肌が弱いのよ! あんな日光が当たる場所に来るわけないでしょ!」
ハーマイオニーがそう言ってロンの頭を再び洗面器に叩き込む。洗面器の中から再び嫌な音がしていた。
「ともかく、あんな連中とは関わらん方がええ。ハーマイオニーが使えなかった呪文なんぞ、今までに一つもなかったんだ。お前さんは誰が何と言おうと、胸をはっとればええ」
そう誇らしげに言うハグリッドに、ハーマイオニーは寂し気に微笑んだだけだった。
「どうしたんだよ、ハーマイオニー? そんなに暗い顔をして」
ハグリッドの小屋からの帰り道、ハーマイオニーはどことなく暗い顔をしていた。
「まさか、まだドラコのことを気にしているのかい? ハグリッドも言ってたじゃないか。あんな奴の言うことなんて無視すればいいんだよ」
吐き気の収まったロンが元気いっぱいに言う。それに対してハーマイオニーは、
「違うの。もうドラコのことは気にしていないの。ただ……」
「ただ? どうしたのさ?」
ロンが続きを諭すと、ハーマイオニーはややあって話し始めた。
「ねえ、マルフォイさんも、ドラコと同じように、私のことを『穢れた血』って呼ぶと思う?」
「そんなの当たり前じゃないか。あいつらはマルフォイ家だぞ? あいつらは腐ってるんだ。ハグリッドだって、」
「いいえ、マルフォイさんはそんなこと言わないわ」
ハーマイオニーはきっぱりと言い切った。
でも、と彼女は続ける。
「マルフォイさんはそんなこと言わない。でも、
「そうだよ。それがマルフォイ家だからね。それがどうかしたのかい?」
ハーマイオニーが何を言いたいかわからず、ロンが聞き返す。
「……彼女がそうじゃなかったとしても、彼女と私では、生きる世界が全然違うんだなって……。ただ、そう思っただけ」
そう呟いてさっさと歩き出すハーマイオニーに、僕とロンは困惑して顔を見つめあうことしかできなかった。
流石はマルフォイ家! 俺たちにできないことを平然とやってのける! そこにしびれる、憧れる!