ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 いらだち

ドラコ視点

 

「こ、怖かった……」

 

「私、マルフォイさんの表情って初めて見た……。あんな風に笑うんだね……」

 

ダリアとダフネが去った後、緊張が解けたのか、スリザリンの中でそんな声が漏れ聞こえていた。誰が口にしたのか分からなかったが、そんなのはどうでもいいことだろう。

何故なら、口にしないまでも、皆同じ感想を持っているのが表情からわかるからだ。

兄である僕がいるから多くの者は何も言わないが、おそらく僕がいなければもっと多くの人間が同様の、いやそれ以上のことを口にしていただろう。

 

お前らはダリアのことを何も知らないくせに! あんな表情一つで、ダリアの何を分かった気になっているんだ!

 

元々彼らがダリアを内心では怖がっていたのは知っていた。大勢の者にとって、マルフォイ家のダリアは格上の存在だ。尚且つ無表情で冷たい雰囲気のため恐ろしく思っていたのだろう。それが今回の一件、いや表情でその恐怖は確信に変わってしまった。

 

ダリアは本当に恐ろしい人間なのだと。

 

勿論、今まで以上に恐怖されると言っても、孤独に()()()()()()()()()()()考えているダリアは特に表面上は気にはしないだろう。ダリアにとって、兄である僕、そしてダフネ、後おそらく忌々しいことに()()()()()()さえいればどうでもいいと考えていることだろう。

 

でも、それはただダリアが諦めてしまっているだけだ。ダリアも本当は……。

自分の身を守るため、そして僕ら家族を守るために、ダリアは秘密を守り続けている。そのために、ダリアは家族以外の他者を寄せ付けないようにしているのだろう。最も、ダリアにそのつもりがなかったとしても、表情を変えることが出来ないダリアに多くの人間は寄り付かないかもしれないが……。

 

だが、それでもダリアは、本当は寂しがり屋の優しい女の子なのだ。

 

その証拠に……ダフネだけは距離感を掴みかねている様子だった。

距離をとらねばならないと思っているのに、純粋に自分を慕ってくれているダフネを邪険に扱いきれないのだろう。

グレンジャーに関しては……離そうとしても何故か離れないという印象だが。

 

僕はそんなダリアを怖がる連中に、たまらなく腹が立った。

あんな表情一つで恐怖する連中に。本当はダリアが優しい子だと理解できない連中に。

 

でも、僕も本当はあいつらのことを言えない……。

だって僕は、ダリアが本当は優しい子であるということ()()知らない。

ダリアのことを、そんな()()()()()()()()()分かってやれていない。

 

僕は、ダリアのことを()()()()()()()()()()()()()

 

「……昼食に行くぞ」

 

こんな雰囲気な場所から一刻も早く離れたくて、比較的恐怖の薄そうなクラッブとゴイルに声をかける。幼い頃からダリアの雰囲気に中てられていた二人は、先程のダリアの表情にそこまで驚いていない様子だった。もっとも、昼食の時間ということで、彼らの中で空腹の方が強いということもあるのだろうが……。

 

結局、昼食の間にダリアが現れることはなかった。おそらく着替えるのに時間がかかっているのだろう。ダリアがいない状態では何となく手持無沙汰だったので、気分転換のために中庭に向かう。

しかし、外は僕の気分と同じような曇り空であり、あまり気分が変わることはなかった。

 

それに気分転換のために行った中庭には腹立たしい先客がいたのだ。

ポッターと愉快な仲間たちだ。

 

三人は仲が良さそうにベンチに座っている。ポッターとウィーズリーは楽しそうに談笑しているし、グレンジャーは本を読んで会話にこそ参加していないが、非常に彼らを信頼している雰囲気を醸し出している。

 

その姿が今の僕にはたまらなく腹立たしかった。

 

だって僕は……彼らのように、ダリアのことを全く知らない。

 

今の僕は、彼らを見ているとたまらなく自分が情けなく思った。それがとてつもなく腹立たしく、それを到底認めることなどできなかった。

 

そんな風に苛立ちながら眺めていると、彼らにグリフィンドールの一年生と思しき生徒が、カメラを携えてポッターに話しかけるのが見えた。どうやらポッターに写真とサインを求めている様子だった。

これは丁度からかうためのネタが出来たと思い、ポッターに近づく。

 

「サインだって!? ポッター、君はサイン入り写真を配っているのかい!?」

 

僕は胸の中にくすぶっている苛立ちのまま、中庭にいたポッターに大声を上げた。

これが八つ当たりでしかないことは、僕も何となく気が付いている。でも、それに気が付いてもなおやってしまっていた。この胸の内の苛立ちを、彼らにぶつけたくて仕方がなかった。

 

「マルフォイ!」

 

僕の突然の揶揄に、ポッター達はいきり立ったように立ち上がる。

 

「皆並べよ! ポッターがサイン入り写真を配ってくれるぞ!」

 

「黙れ! マルフォイ!」

 

僕はいつもこうだ。去年ダリアに散々言われたというのに、彼らを見るとどうにも腹が立って、こんな風に喧嘩を吹っかけてしまう。

いつものように止まれなくなった僕とポッター達がにらみ合っていると、僕の突然の登場に唖然としていた一年生が声を上げた。

それは今の僕には胸に刺さる言葉だった。

 

「君、やきもちやいてるんだ」

 

一年生の言葉に内心どきりとした。

 

「なんだって?」

 

「君はハリーにやきもちをやいてるんだ! ハリーが偉大だから、君は嫉妬しているんだ!」

 

僕は一瞬言葉が詰まった。何故なら、それが図星だったからだ。別にポッターが偉大だから嫉妬しているわけではない。

 

僕には、彼らの本当に信頼しあっている様子が、たまらなくうらやましかったのだ。

まるでお互いのことで知らないことなんてないような、そんな親密さが。

僕が生まれてから、ずっと一緒にいるダリアにもできていないことが、去年の一年だけで出来ている彼らのことが。

 

「なんで僕がポッターに嫉妬しないといけないんだ? ありがたいことに、僕には頭に醜い傷なんてないもんでね」

 

でも、それが分かったからと言って、彼らに自分の非を認めることはできなかった。

それを認めてしまえば、まるで本当に僕らは理解しあえてないと思っていることを認めてしまう気がしたのだ。僕はそんなことで彼らに嫉妬していると、認めることが出来なかった。

 

「ナメクジでも食らえ、マルフォイ」

 

「言葉には気をつけろよ、ウィーズリー」

 

今にもこちらに殴り掛かりそうなウィーズリーに、吠えメールの一件を揶揄しようとしたが、

 

「やあやあ! 皆さん! いったい何事ですか!? こんな所に集まって!?」

 

先程散々な授業をし、ダリアにあんな表情をさせるきっかけを作ったクズ教師が現れた。自分で解き放ったピクシーに対処することもできず、部屋に引きこもっていたはずだが、どうやらダリアが対処したことで部屋から出てきたらしい。あのまま引きこもっていればいいものを……。

 

僕はこいつのことが先程の授業で心底嫌いになっていた。

散々な授業をしたから。

ピクシーを解き放ったことで、ダリアがあんな表情を作るきっかけを作ったから。

 

そしてダリアの名前を、ダリアが最も大切にしている名前を気安く呼んだから。

 

「おや、ミスタ・マルフォイではありませんか!? ダリアの姿が見えませんが、どうしたのですか?」

 

「……さあ?」

 

先程の授業で、こいつがダリアに興味を持っていることは分かっている。その気持ちだけは分からないでもない。

ダリアは非常に美人だ。無表情と冷たい雰囲気で、他寮どころかスリザリンにさえ怖がられているが、それはダリアの顔立ちが異様に整っていることもあるのだろう。事実遠目に見る分には、他寮の生徒もダリアに見とれる姿がよく散見された。

 

でも、いくらダリアを恐れずに近づいていても、こいつだけはダリアに近づけたくはなかった。なんの覚悟もなしにダリアに近づいてきているのが目に見えたし、それにダリア本人もこの愚かすぎる男の事を好きではない様子だった。他の人間には分からないだろうが、こいつがダリアのことを『ダリア』と呼ぶ時、僕には表情を不快気にゆがめているように見えていた。

そんな大っ嫌いなクズ教師だが、どうやら僕からダリアの情報が聞けないと思ったのか、今ここでの興味の対象はポッターに移ったようだった。

 

「そうですか、それは残念! そんなことより、ハリー! これはどういう事態ですか!? おっと! 言わなくてもよろしいですよ! 私にはすぐにわかりましたとも! ハリー、君がサイン入り写真を配っていたんだね!」

 

そんなロックハートの言葉を受けて、ポッターは顔をゆがめている。見ていて腹立たしい奴ではあるが、今は何だか少しだけポッターに同情した。

それでも発端となったのは僕だが、これ以上ここにいても馬鹿らしいだけだと判断してこの場を脱出することにした。ポッターを囮にして。

これ以上ロックハートと同じ空気を吸いたくない。ポッターがロックハートに絡まれながら送ってくる恨めしそうな視線を無視し、中庭を急いで離れた。

 

それにここで離れないと、ダリアが奴の視界に入ってしまう。

ロックハートが中庭に入ってきた直後に、僕の視界の端に白銀の髪が見えていたのだ。

 

「ドラコ! こっちだよ!」

 

日光の関係で中庭に入ってこれないダリアの横で、ダフネがこちらに手を振っているのも見える。ただの八つ当たりだったポッター達などもはやどうでもいい。

 

早くダリアの傍に戻りたかった。

中に入ってみると、手を振るダフネの傍の日陰に、ダリアが立っている。

ダリアの表情はいつもの無表情に戻っていた。

 

僕はダリアのいつもの無表情を見て安心すると共に、再び苛立ちを感じた。

勿論ダリアに対しての苛立ちなどではない。

 

僕はダリアのことを何も知らない。僕は、ダリア()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

僕はダリアの苦しみを真に理解してやれていない。

 

なのに、

 

「お兄様? どうかなさいましたか?」

 

ダリアはいつものように、僕の表情を読んで心配してくれている。無表情だが、僕には確かに彼女が心配そうな表情をしているように見えた。

 

「……いや、なんでもない」

 

僕はただでさえ自分のことで精一杯のダリアを、これ以上心配させまいと言った。

 

本当に自分が情けなく思う。

先程の授業だってそうだ。ロックハートがあんなことをしたのが悪いとはいえ、僕がピクシー如きにやられたのが悪いのだ。僕があんな風にやられなければ、ダリアが暴走することだってなかった。ダリアが皆の前で、あんな表情をすることはなかった。

 

でも、だからこそ僕は誓うのだ。

 

「……ダリア、お前を絶対に独りにはしないからな」

 

僕が守るべきダリアどころか、あの『穢れた血』のグレンジャーにも魔法で劣っていることは分かっている。唯一自慢できるクィディッチすら、あのポッターより劣っている。でも、それでも僕は、ダリアを守ると決めたのだ。

 

だからこそ、僕には立ち止まることは許されない。手始めに、まずはクィディッチのシーカーにならなくてはならない。

シーカーとは、寮におけるヒーローみたいなものだ。シーカーはクィディッチを制するポジションだ。そして、クィディッチは寮杯に大きく関係する。だからこそ、シーカーこそが寮で最も注目され、最も発言力があると言っていい。尤もスリザリンは寮の特性上、純血こそが最も発言力を持っている特別な寮だ。でも、そんな寮で純血筆頭である僕がシーカーをやれば、寮においての発言力はさらに絶大なものになるだろう。

 

同じマルフォイ家であるけれど、僕の影響力はダリアのものより遥かに劣っている。

僕は寮で何かを変えられるほど地位が高くない。昔からずっと一緒にいるクラッブとゴイルだって、本当はダリアに媚びを売りたいということは何となくわかっている。

だからこそ、授業直後も僕がいるというのにも関わらず、ダリアを恐れたような発言をする生徒がいたのだ。

 

そのことで、僕がダリアに嫉妬することはない。

ただ、ダリアを守ってやれない程情けない自分が悔しくて仕方がないだけだ。

 

でも、僕がシーカーになることが出来れば……。その発言力を持ってすれば、体の関係で孤立しがちなダリアを守ってやることもできるかもしれない。

 

僕は、自分がダリアに守ってもらうだけの存在ではなく、僕がダリアを守ることができる人間なのだと証明したかった。

 

 

 

 

去年から抱いていた、僕のスリザリンのシーカーになりたいという欲望は、もはやシーカーにならなくてはならないという義務感に変わっていたのだった。


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