ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
警告
ダリア視点
気が付くと、私は辺り一面が真っ赤な空間に立っていた。
「……ここは、どこでしょう?」
訝しみながら辺りを見回す。地平線まで血のように赤い空間。上を見上げても、本来ならあり得ない真っ赤な空が広がっていた。
私は一体どこにいるのだろうと思いながら顔を戻すと、そこには先ほどまでなかった大きな鏡が置いてあった。
鏡に近づくと、私の姿が映り込む。
そこに写っていたのは……真っ黒な自分の杖をいじりながら、ぞっとするような笑みを浮かべている私自身だった。
ああ、これは校長室で見たあの鏡なんだと思い出す。
これが私の望み。私の一番強い願望。
そんなことがあるわけない!
私はこぶしを振り上げ、目の前の鏡を叩き割った。
こんなものが私の望みであるはずがない。
鏡の破片によって傷ついた手を眺めながら思う。
私の本当の望みは、
「ダリア」
突然、私の後ろから声がかかった。
先程までは誰もいなかったのに!
そう驚きながら後ろを振り向くと、そこにはここにいるはずのない、ダフネが立っていた。
「ダリア、どうしたの? 怖い顔してるよ?」
「い、いえ、そんな顔していませんよ。そ、それより、何故こんな所にあなたが?」
夏休みの間、手紙を送ってくるものの、ダフネと直接会ったことはない。
なのに今、彼女がここにいる。こんなどこかも分からない場所に。
「何言ってるの、ダリア? ここにいるのは私だけじゃないよ? ほら」
「ダリア、ここにいたのか」
また後ろから突然声がかかる。振り向くと、お兄様、そしてお父様とお母様も立っていた。
「ダリア? どうしたんだ、そんな怖い顔をして」
「お、お兄様。そ、そんなに怖い顔をしていますか?」
「ああ。まるで
……え?
お兄様、何をおっしゃっているのです?
そう当惑していると、突然辺りが一瞬緑色に光り、後ろから轟音が聞こえた。
振り返ると、ダフネが死んだように倒れていた。
「ダフネ!?」
ダフネに駆け寄ると、彼女は
「ダ、ダフネ! しっかりして!? い、一体なにが?」
再び緑の光が辺りを包み込む。
まさかと思い、先程まで私の家族がいた場所を振り返る。
そこには物言わなくなった、私の家族
「いやあああああああ! お兄様! お父様! お母様!」
ダフネの死体を抱きかかえながら家族に駆け寄る。
やはり、私の家族は死んでいた。
「あぁぁぁぁ!」
どうして!? いったい何が起きているというの!?
「何を驚いているの?」
まともや突然背後から声がした。でも、今回の声は、家族以上に、いつも私が聞いている声だった。
振り返ると、そこには……先程割ったはずの鏡が置いてあり、その中に
鏡の中の私が笑いながら問いかける。
「何を驚いているの? だって
私は冷酷に笑っていた。
「だって、これこそが。
「ダリア」
目を開けると、そこはいつも見慣れている私の寝室だった。
「夢……」
どうやら私は眠ってしまっていたらしい。汗でびっしょりとなってしまっている体を起こすと、お母様がベッドの横に立っていた。
「ダリア。大丈夫? すごくうなされていたようだけど?」
「お母様……い、いえ、大丈夫です。ひどく嫌な夢を見てしまって」
私は先ほど見た夢を思い出す。死んでしまった、いや私が殺してしまった大切な人たち。
その光景が頭に浮かんでしまい、私は思わず、私を心配そうに見ているお母様に抱き着いた。お母様は驚いた様子だったが、すぐに私を安心させるように抱きしめ返してくださる。
「ダリア? そんなに怖い夢だったの?」
「……ご、ごめんなさい、お母様。と、とても嫌な夢で……。すぐに、すぐに離れますから。少しだけこのまま……」
「ダリア。いいのよ。少しだけとは言わず、気が済むまでこうしていてあげるから」
お母様は私を安心させようと、私の背中を撫でてくださる。
撫でられているうちに、私の先ほど見た悪夢からようやく覚めていく気持ちになった。
お母様に抱きしめられると安心する。
ああ、こうして赤子のように抱きしめてもらうのはいつ以来だろうか。
こうして抱きしめてもらうと、私はやはりマルフォイ家の子供なのだと安心できるのだ。
私は人間なのだと思うことが出来る。
どれだけ時間がたっただろう。実際はほんの少しの間だっただろうけど、私にとっては何時間も抱きしめてもらっていたようにも感じられた。
お母様の胸の中からそっと離れる。
「ありがとうございます、お母様。お見苦しい所を見せてしまいました」
「いいのよ、ダリア。あなたはいつもしっかりし過ぎているくらいですもの。こういう時くらい甘えてくれないと、私は寂しいわ」
私の頭を撫でながら、お母様は私に微笑んでくださった。
「さあ、汗をかいてしまってるわ。ダリア、まずはお風呂に入ってきなさい。それからドレスに着替えなくてはね」
「はい、お母様」
今日は私の
お父様がいて、お母様がいる。そして私のお兄様も。
愛すべき私の家族。私の守るべき家族。
私は毎年こうやって祝われる度に、涙が出そうなくらいうれしい気持ちになる。
小さい頃、私のことを初めて知った日。私は自分が彼らの本当の家族でも、ましてや人間ですらないことを知った。
そんな得体のしれない私をマルフォイ家は、本当の家族として思ってくださるし、そして毎年のように祝ってくださるのだ。
生まれてきてありがとう、と。
お風呂で汗を流し、お母様とドレスに着替えると、ちょうどパーティーの準備が出来上がっている時間だった。
「では、ダリア。行きましょう」
「はい、お母様」
二人で連れ立って食堂に入ると、毎年と同じで、やはりお兄様とお父様、両人ともすでにそこで待っていてくださった。
「お待たせしました」
「いや、待ってなどいないさ。それにしてもダリア、本当に綺麗になった。父親として鼻が高い」
「ありがとうございます」
お父様は私に対して少し親馬鹿な所があるので、これは少し盛っているだけだと思われるが、やはり褒められてうれしいのはうれしかった。
「お兄様、どうですか今日のドレスは?」
私は先ほどから何故か静かなお兄様に話しかける。
私は毎年黒を基調としたドレスを着ている。私はいつもつけている黒色の手袋を外せない以上、黒以外のドレスを着たら手袋が目立ちすぎてしまうのだ。だから色ではなく、デザインで毎年アレンジするしかない。
そして今年は私が特に気に入ったデザインをしていた。
それは肩は露出し、胸元も少しだけのぞいている、いつも着ているものより格段に大胆なデザインだった。昔本来こういった派手なドレスを着ないお母様が、一度だけ着ているのを見て以来憧れていたものだった。これを着るとお母様も大絶賛してくださった上、どのみち家族にしか見せることはないのだ。これくらい大胆なデザインでも問題はないだろう。
私の問いかけも聞こえていないようで、お兄様は頬を少し赤らめながらじっと私を見ていた。が、皆の視線に気が付いたのか慌てて続ける。
「き、きれいだぞ、ダリア。す、すごく似合っている。うん」
「あ、ありがとうございます」
思った以上の好感触だったので何だか私まで恥ずかしくなってしまった。
お父様とお母様は、そんな私たちをなんだか微笑ましそうに眺めていたが、ややあって
「さあ、こうしていても始まらん。パーティーを始めよう。なんせ今日はダリアの誕生日兼、ダリアの首席祝いなのだから」
「ダリア、よく頑張ったわね。今日は御馳走よ」
「はい、お父様、お母様」
家族四人。私たちは和やかに食卓を囲む。ホグワーツでのこと、家でのこと。そんなつまらなくも尊い日々の話をする。私の誕生日パーティーは夜遅くまで続いた。
だから気が付かなかった。
本来屋敷にいるべきである、屋敷しもべ妖精の一人が勝手に家から抜け出しているということに。
それが私の
ハリー視点
最低な気分でダーズリー家の階段を上がる。夏休みに入ってから、僕の気分は落ちていくばかりだった。
まず、僕がダーズリー家に帰ってすぐ行われたのは、僕の持つ魔法に関するもの全てを物置に押し込み鍵をかけることだった。
これでは宿題もやることが出来ないと思っていると、次に僕のふくろう、ヘドウィグを鳥かごに閉じ込め、南京錠までかけてしまった。僕が他の魔法使いに連絡できないようにするためだろう。
去年までもひどい扱いだったけど、今年は僕が魔法学校に行っているということもあってさらにひどくなっている。
こうしてダーズリー家と暮らすというだけで憂鬱な気分だというのに、それ以上に僕を憂鬱にさせることがあった。
僕に手紙が一切届かないのだ。
僕の友達であるロン、ハーマイオニー。魔法の存在を知る前、ダーズリー家でひどい扱いを受けていた僕にできた、初めての友達。
彼らなら僕に手紙を送ってくれると思っていた。特に今日は……。
今日は僕の誕生日だ。本来なら、ロンが僕を家に招待してくれるはずだった。夏休みに入る前、僕にロンが約束してくれたのだ。でも、招待状すら来ない。まさか皆僕の誕生日を忘れているのだろうか。
それだけならまだいいが、もし、今年あったことが実は全部夢だったりしたら。
あまりにひどい扱いに摩耗し、そんなことまで僕は疑いだす。
そしてそんなもやもやした不安の中、僕の誕生日はもう夜になっていた。
「今日は大事な商談があるのだ。いいな小僧。絶対に物音ひとつ立てるんじゃないぞ!」
今日はダーズリー家にどこかの金持ちの土建屋が訪ねてくるのだ。穴あきドリルの会社を運営しているバーノンおじさんとしては、この機になんとしても取り入りたい相手なのだろう。
だから当然のごとく、彼らからしたら厄介以外の何物でもない僕は、自分の部屋に押し込められる。絶対に見られるな、聞かれるな、存在するなという命令だった。
忍び足で階段を上がり、部屋に入る。
憂鬱な気分で自分のベットを見ると……そこにはコウモリのような長い耳をして、テニスボールぐらいの緑の目をぎょろぎょろさせた生き物がいた。彼は何故か
一体何だろうかこの生き物は?
そうたじろいでいると、その生き物がお辞儀をしてきた。
「こ、こんばんは」
何か全く分からないが、とりあえず挨拶を返した。
「ハリー・ポッター! お会いできて光栄です!」
「あ、ありがとう」
返事をしたものの、この生物が一体何なのかさっぱりわからなかった。
本当なら、
君は何?
とでも聞きたいのだけど、それでは失礼になってしまうかもしれないので、とりあえず
「君は誰?」
そう聞くことにした。
「屋敷しもべ妖精のドビーめでございます」
屋敷しもべ妖精が一体何かわからないが、とりあえずここにいられてはまずい生き物だということだけは分かった。ただでさえ僕の立てる物音一つに敏感になっているのに、そこにこの明らかにまともじゃない生物がいるという状況は非常にまずい。下手をしたら僕の首が飛ぶ。
「ドビー、それで何の用事でここに来たの? 非常に申し訳ないのだけど、僕にとって君がここにいるのは非常にまずいんだ。だから手早くお願いできないかな」
申し訳ないとは思いつつ、ドビーになるべく早く出て行ってもらうよう伝える。
「はい、そうでございますね」
ドビーは少しの間うなだれていたが、気を取り直したのか、僕に真剣なまなざしをして訴える。
「ドビーめは警告しに来たのです! ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません!」
あまりに大きな声で叫んだので、階下に聞こえてしまったのか下から聞こえる話し声が消えた気がした。正直気が気じゃなかったけど、ドビーの話す内容も僕には看過できることではないので僕もこの状況でできうる限りの声で言う。
「何を言ってるの、ドビー! この家には僕の居場所なんてない。僕にとってホグワーツこそが家なんだ」
「いえ、いえ、いえ」
ドビーは大声を上げた。
「ハリー・ポッターは安全な所にいなければなりません! あなたは屋敷しもべ妖精にとって希望なのです! 屋敷しもべ妖精は『
「それが何で僕が帰っちゃいけない理由になるんだい?」
「罠でございます。今学期のホグワーツには恐ろしい罠が仕掛けられたのでございます。それをドビーめは知ってしまった。本来ならドビーめはそのことをお伝えしてはいけないのであります! これはご主人様を裏切る行為です! ご主人様だけではございません! ドビーめを大切に扱ってくださるお嬢様も裏切る行為なのです! ですがドビーめはお伝えにまいりました! ハリー・ポッターを失ってはいけないのです!」
「罠って何? 誰がそんなものを?」
僕がそう聞き返すと、ドビーは途端に苦虫をつぶしたような表情をして、頭を部屋のタンスにぶつけ始めた。
「ドビーは悪い子! ドビーは悪い子!」
あまりの大きな声と音に、ついにバーノンおじさんが階段を上がってくる音がした。
僕はドビーに何が起こったのかわからなかったけど、とりあえずタンスの中にドビーを隠した。
「お前は一体何をしとるんだ!」
ドビーをタンスに入れると同時に部屋のドアが開き、バーノンおじさんが入ってくる。
「お前のせいでせっかくのジョークも台無しになってしまった! いいか、小僧。次に物音ひとつ立ててみろ。生まれてきたことを後悔させてやる!」
おじさんはドスドス音を立てて戻っていった。
ドビーをタンスから出して言う。
「これでわかっただろう? ここには僕の居場所なんてないんだ。それと、どうしてさっきはあんなことしたの?」
「ドビーめは貴方様にこれ以上言うことができないのであります。これ以上はお嬢様に対するひどい裏切りになってしまうのです。本来ならドビーめはこうして
再びタンスに頭を打ち付けようとするドビーを押しとどめる。
「わかった! 言えないことはわかったから! だからそれはもう止めて! でもドビー、僕はやっぱりホグワーツに帰りたいんだ。あそこには友達もいるしね」
「手紙も送ってこない友達でございますか?」
「そうだね。でも……。ちょっと待って、ドビー。なんでそんなこと知ってるんだい?」
ドビーはしまったという顔をする。
「ハリー・ポッター。ドビーめはよかれと思って……」
「君が僕の手紙を止めていたんだね?」
僕の声は怒りで震えていた。
「ドビーめは考えました。手紙が来なければ、ハリー・ポッターもホグワーツのことを忘れてくれるだろうと」
「今すぐ返して」
「ハリー・ポッターが、ホグワーツに帰らないと約束してくださったなら返します」
「嫌だ! 返して!」
「それなら、ドビーめはこうするしかございません……」
ドビーは言うやいなや、僕の制止を振り切り階下に矢のようなスピードで降りて行った。降りていくと、ドビーが魔法でおばさん特製のデザートを浮かばせていた。
ドビーの見ている方向を見る。そこにはちょうどこの家に来ている土建屋夫婦の奥さんが座っていた。
「だめだよ。ドビー、それは止めて! 殺されちゃう!」
「ハリー・ポッターが帰らないと言わない以上、ドビーはこうするしかないのでございます」
悲しそうな目をして、ドビーはデザートを、客の頭の上に落とした。
辺りが騒然とする中、ドビーの方を見ると、
「ハリー・ポッター、お嬢様、お許しください」
そうつぶやいて消えるドビーの姿が見えた。
こうして、僕の監禁生活が始まったのだった。