ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
『ダリア』と名付けられた
あれから一年、いよいよ戦争は激化し、魔法界のすべてが暗く重い空気に支配されていた。
あるものは家に帰ると、家の上に『闇の印』があがっていた。
またあるものは仕事に出かけ、ものも言わぬ体になって帰ってきた。
そして、あるものは服従の呪文によって、自ら愛するものを殺すことを強いられた。
そんな数え切れないほどの悲劇が生まれ、人々の何気ない生活の中に疑心と恐怖が忍び込む。
毎日に人々は絶望し、あきらめかけていた。
こんな日々がこれからもずっと続くのだ。
皆、理解してしまっていた。
あの強大な闇の帝王、
そしてそんな絶望が今日も、そして明日からもずっと続いていくと誰もが思っていた。
そう、この運命の日も……。
1981年10月31日。とある屋敷の中。
この日も魔法界に数え切れない悲劇を起こすべく、魔法界を支配し、マグルという下等な生き物に関係する全てを焼き尽くすため、闇の帝王は2人の死喰い人を集めていた。
「これで俺様は、今夜完璧な、不滅の存在となる」
上座の椅子に座る闇の帝王が、そう厳かに、その事実をかみしめるように続ける。
「……」
その右隣に、育ちすぎた蝙蝠のような男が座っていた。彼はその胸の内にあふれる不安を隠しきれずにいた。
それは帝王が先ほど言った、
『ダンブルドアを裏切ったものが、俺様にポッター家の居場所をもたらしてくれた』
との開口一番のセリフを耳にしてからだった。
「どうしたのだ、セブルスよ? 何か不安なことでもあるのか? お前にしてはひどく珍しいではないか?」
帝王は機嫌がいいのか、いつもなら不安をおくびにも出そうものなら叱責、最悪の場合は『死の呪文』が飛んでくるのだが、この時はどこか優しさすら感じられた。
その優しさが逆にセブルスの焦燥感を煽る。
「いえ、闇の帝王、我が君。なにも不安に思うようなことは……」
セブルスがそういつもの渋面に戻ろうとするも、
「隠さずともよい、セブルス。我が忠実なる僕よ。お前のもたらした情報は、一部のみとはいえ、俺様が今日、真に不滅の存在になるのに必要な情報だった。その褒美だと思え。闇の帝王は今日機嫌がいい。お前のもっている不安を口にしてみるがよい」
闇の帝王によって先を促されてしまったのだった。仕方なく、セブルスはおずおずといった様子で話し始めた。
「……では、一つだけ。本当に……ポッター家にいる女は生かしてもらえるのでしょうか?」
それは以前、セブルスが愛する女が予言の子の母親だと知った時に、帝王とした約束であった。
ヴォルデモートは一瞬だけ驚いたような顔をした後、人を恐怖させるような声で笑い声をあげる。前に座る死喰い人二人はそれを恐怖で顔が引きつらぬよう、必死に表情筋が動かないようにする。
他者に振り向くことなく闇の帝王はひとしきり笑った後、
「なんだ、セブルスよ、そんなことか! 心配するな。お前の欲しがっている女は生かしておいてやろうではないか。無論、赤ん坊は当たり前のことだが、男のほうも死んでもらうがな。三度俺様に逆らったのだ、生かしておくことはない」
そんなことを言った。
セブルスはその言葉を聞き頭をさげるが、どうしても胸のうちの不安を消すことができなかった。闇の帝王は必要であれば、いや必要などなくとも、ためらいなく人を殺す。たとえ部下であろうとも、それは自らの駒でしかないのだ。いざとなれば約束など守らず、躊躇わず殺すことだろう。
そう思ったからこそ、彼は今二重スパイをやっているのだ。
セブルスは内心の不安を何とか胸の奥に再び隠す。
謁見がはじまった時に伝えられた絶望的な情報。裏切り者とはいったい……。
……いや、一人しかいない。セブルスは内心憎しみを滾らせる。
今ポッター家の秘密の守り人は、あのいまいましいシリウス・ブラックだ。奴が裏切らない限りこの情報が帝王に流れることはない。はやくこの情報をダンブルドアに伝え、リリーを避難させねばならないが、今は帝王が目の前にいて不可能だ。リリーを救うには、帝王との守られるのかもわからない約束にすがるしかない。
「そんなことよりルシウスよ。
スネイプとの話は終わりだと言わんばかりに、帝王はルシウスに顔をむける。
この場には闇の帝王とスネイプ、そしてルシウスだけが集められていた。
ルシウスは今日、敵の裏切り者の情報によってポッター家の所在がようやっと分かったということを、この呼び出しのはじめに知った。
だが予言の内容を知らない彼は、なぜ今日ポッター家を襲撃することが帝王の不滅につながるかを知らなかった。
この予言の情報は、それをもたらしたスネイプと、そして闇の帝王しか知らない情報であったのだ。闇の帝王は少しでも自分の弱み、完璧な存在ではないかもしれないという情報を教える気など、いくら忠実な死喰い人相手だろうとなかった。
そしてスネイプにもまた、帝王の言葉に不可解な点があった。
それは何故、闇の帝王がルシウスの一娘ごときに気をかけるのか分からなかったのだ。
ダリアの素性は、ルシウス、そしてその妻のナルシッサだけが知りえる秘密だったのだ。勿論ナルシッサの姉妹であるベラトリックスすら知らない。
帝王は、自分の娘として扱われる恐れのあるものの存在を許容しなかった。
自分の娘などと思われれば、自らにだけ向けばよい忠誠心が分散する恐れがある。
それにスリザリンの血統の直系として君臨するのは自分だけでよい。
そのため、ルシウスとナルシッサには徹底した秘匿義務をかしたため、ダリアの真の素性を知るものはこの世に三人以外存在しなかったのだ。
死喰い人の間では、「ナルシッサが二人の子供を生んだ」としか知らされていなかった。ドラコとダリアには1か月と三週間前後の誕生日の違いがあったのだが、二人は双子だとされ、情報統制されていた。
尤も、不可解な点があったとしても今の焦燥感にかられた状態では、疑問にも思わぬ上、それこそ記憶にすら残らない些細なことだった。
「は! なんの問題もなく育っております!」
おおむねダリアもドラコも、人が正常に成長するペースで成長していた。一歳にもなると、二人とも一人歩きをはじめ、「ママ」「パパ」などの一語文の域をでないが、言葉を話すようになっている。兄妹共に順調に成長をとげていた。勿論今だ死喰い人としての教育は開始されていない。一歳にしかなってない娘に魔法はもちろん、人の操り方、苦しめ方、そして殺し方を教えるのは早すぎる。それはもう少し大きくなってからだと考えていた上、闇の帝王もまだそこまでのことをお求めではないだろう。ただし、純血主義については、まだ小さすぎて理解できないだろうと思いながらも、繰り返し話は聞かせていた。
ルシウスはそう子供のことを思いかえし、すぐ返事を返すも、心配事も確かに存在していた。
当然息子のことではない。
ダリアのことである。
当初心配していた吸血衝動だが、それはほとんどないことが分かった。別に頻繁に血を与えなくとも、そこまで困った様子はない。ただ二か月に一度のペースでミルクや離乳食を与えても、まだ何かを足らなさそうにしている時があり、その時に少量の血を与えてみると嬉しそうに一口飲み、満足している様子であった。
問題はダリアの表情。あまりにも無表情であることだった。
ドラコの方はよく笑い、転べば大泣きするし、自分や妻がいないとひどく寂しげな表情をしていた。実に表情豊かな子供だ。
一方ダリアの方は、笑いもせず、転んでも泣かない上、ほとんどその可愛らしい造形をした……一歳児に使う言葉ではないが、その年齢に似合わぬ美しい顔が動くことはなかった。
無表情。ダリアにはほとんど表情がないのだ。
血を与えたときは表情が動き、嬉しそうにはする。だが表情が変わるのは、その時くらいなものだ。またすぐに無表情に戻る。
妻が言うには微妙に表情は変わっているらしく、感情がないわけではないのだそうだ。
だが、彼に娘の微妙な表情の違いを見分けることは非常に難しかった。
感情がないわけではなさそうなので、心配のしすぎだとは思っているのだが……如何せん、帝王に下賜された存在とはいえ、自分の娘の表情を読めないのは些か辛いものがある。
自分の血を分けた子ではないが、妻と共に可愛がっているうちに、ドラコと同じように、ルシウスも自らの娘として愛せるようになっていたのだ。最初こそ、自らを栄達に導くものとしか認識していなかったが、今ではすっかり自分の愛娘だと思っている。
帝王の望むように育てなければならないという葛藤はあるが。マルフォイ家の一年と三か月とはそんな期間であった。
そんな風に考えていると、彼の言葉に満足したのか帝王は、
「順調であるなら、それでよい、あれは俺様がこの世界を支配するのに、将来たいそう
そう言い終わり席を立つ。
慌てて二人とも席を立つと、
「では、俺様は、今よりポッターの家に向かう。そこで俺様は不滅になるための
そう言い残すと「ばしり」という音と共に闇の帝王はポッター家へと姿くらまししていった。