ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
「失礼します」
「入りなさい」
外はすっかり暑くなり、いよいよ試験の季節がやってきた。
最初の科目は変身術。私は試験を行う教室に足を踏み入れる。
「ミス・マルフォイですか。あなたには簡単すぎる試験かもしれませんね」
苦笑しながらマクゴナガル先生は、机の上に置いてあるネズミを指し示す。
「試験の内容は、このネズミを嗅ぎタバコ入れにすることです。美しいものであるほど加点し、ネズミの特徴が残っているほど減点します。では、はじめなさい」
先生のおっしゃるように、私にとってはあまりにも簡単な内容だった。
私はネズミに呪文をかける。
するとネズミはいたる所に宝石が散りばめられた、まるで王室が使っているような嗅ぎタバコ入れに変身した。
「……お見事です。長年この試験を行ってきましたが、ここまでのものを作ったのはあなたが初めてです」
「ありがとうございます」
少し照れながら、先生にこたえる。簡単な内容だったとはいえ、褒められるのは純粋にうれしい。
「試験結果は後日お伝えします。もうよろしいですよ」
試験はその後も順調に進んだ。
全てが私には簡単すぎるものであり、どれもミスなど一つもなく通過できたと断言できるどころか、言われた内容だけでは
特に魔法薬学は『忘れ薬』の作り方を書くというものだったので、ただ教科書通りの内容を書くのではつまらないと、私なりに考えていた薬を作る過程の短縮方法、さらに効果を上げるために使う材料などを余った時間で書いていた。スネイプ先生は途中まで他の生徒の回答をのぞき込んでいたのだが、私の答案をのぞき込んだ時から、私の答案から動こうとはしなかった。最初は思わず羽ペンを止めようとしたのだが、後ろから動こうとしない先生が、
「非常に興味深い。続けたまえ」
と仰っていたことから、別に間違いではなかったはずだ。
唯一点数が
試験自体は簡単な筆記試験であったのだが、試験監督としてクィレル先生がついていたので、私は満足に試験に集中することができなかったのだ。しかも何故か私の近くにずっと待機しており、いつもより至近距離で臭いをかがされる羽目になった。
何か私に恨みでもあるのだろうか。私から先生に何かした覚えはないのだが……。
最後の試験である魔法史が終わり、一年生達はようやく試験から解放される。
「やっと終ったね! ダリア、試験はどうだった?」
「問題はないと思います。ただ、闇の魔術に対する防衛術だけは、少し点数が低いかもしれません。ミス自体はないと思うのですが」
「そっか、あいつ、試験会場でもあの臭い出してたもんね。私も正直臭くてあまり集中できなかったもん」
「そう言うダフネはどうだったのですか?」
「私? まあ、ぼちぼちかな」
ダフネも普段の雰囲気とは裏腹に、非常に真面目な学生だ。彼女の試験結果が悪いとは思えない。
問題なのは……。
ふといつものメンバー達を振り返る。
お兄様もそこそこの手ごたえを感じているのか、表情は明るい。ブレーズとセオドールも同様の表情だ。
ただ、パーキンソンとブルストロードは燃え尽きたような顔をしている。最近一緒に勉強をしていて聞かれるまま勉強を教えていたのだが、どうやら満足な結果は出せなかったらしい。
クラッブとゴイルは……あっけらかんとした表情をしている。おそらく、手ごたえ云々以前の問題だったのだろう。彼らが進級できるのを祈るばかりだ。
「試験結果が出るのに一週間はあるね。これでようやくゆっくりできる!」
「ええ、そうですね」
ダフネに相槌を打っていると、ふと視界の端に慌てたように走っていくグリフィンドール三人組が映った。
「どうしたんだろうね? グレンジャー達、あんなに慌てて」
どうもダフネも少し気になったようだ。試験が終わり、ほとんどの生徒たちはのんびりした表情を浮かべている。だが、彼らの表情は非常に焦ったようなものだった。試験で失敗でもしたのかと思ったが、グレンジャーも同様の表情をしていたのでそれは違うと思いなおす。確かに少し気になることではあるが、
「さあ?」
「ま、どうでもいいか」
別に彼らが何をしているかなど興味はない。ただ単純に、今周りに広がる光景と違ったものが見えたことが気になっただけなのだ。
「とりあえず、談話室でお茶でも飲もうか」
「そうですね」
先程見た光景を忘れ、私とダフネがこの後の話をしていると、
「私たちは少し外にいってくるわね。天気もすごくいいみたいだし」
基本屋内に缶詰にされていたことから、パーキンソン達は外に行きたいようだ。
それもそうか。私は肌のことがあるので、最初から外に行くという選択肢はなかった。しかし普通私たちの年齢の子供であれば、天気がいいのだから外にも行きたくなるのだろう。
「そうですか。私は肌のことがあるので行けませんが、皆試験頑張っていましたからね。思いっきり羽を伸ばしてきてください」
「ええ、それじゃ、また後で」
またねと、パーキンソン、ブルストロード、そして
「ドラコ?」
歩き出そうとしないお兄様を訝しがってパーキンソンが振り返る。
「いや、僕も中でいい。外は暑そうだ。僕も中で休んでいるよ」
「え、そうなの……」
お兄様が行かないということで、パーキンソンは行くか行かないか迷っている様子だったが、外への誘惑には抗えなかったのか、今度こそ外に歩いて行ってしまった。
「お兄様、ダフネ。外に行かれなくてよかったのですか? 私は別に構いませんが」
お兄様達が残った理由は簡単だ。
優しいお兄様とルームメイトのことだ。外に長時間いれず、特にこんな天気の良い日は中にいるしかない私を一人にしないためだろう。
それが同情などではなく、ただ彼らの優しさからだということは分かる。
だからこそ、私
校長室でみた鏡を思い出す。
私は、彼らを傷つけてしまうかもしれない化け物なのだから。
だが、
「いや、いいんだ。外は暑そうだしな。それに、」
「ダリアとお茶をする方が楽しそうだしね!」
言葉をさえぎられたお兄様は、少し不満そうな顔をしていた。
そう言われては何とも言うことができない私も、きっとお兄様と同じような顔をしているに違いない。
その後、結局彼らが外に行くことはなかった。私たち三人は、談話室で試験の問題についてや、この一週間の予定など実に他愛のない話に花を咲かせた。
ハリー視点
「殺せ!殺すのだ!」
クィレルの後頭部にいたヴォルデモートが叫ぶ。
僕は必死にクィレルにしがみつき、彼を
クィレルの悲鳴が響く部屋の中、僕の意識は薄れていった。
試験が終わってすぐ、ハグリッドがドラゴンの卵を手に入れるとき、何者かにフラッフィーの情報をもらしていると分かり、すぐに石が危険なことをダンブルドアに知らせようとしたのだけど、校長は留守の様子だった。
これはいよいよ今夜が危ないと思い、僕たち三人は石をスネイプ、そしておそらく共犯であるダリア・マルフォイよりも先に手に入れることにした。
寮を抜け出す時、僕らがまた外に出ようとしていることに気が付いたネビルに見つかるというアクシデントもあったが、おおむね順調にフラッフィーのいる部屋にたどりつくことができた。
案の定フラッフィーは眠っていた。ハグリッドの情報通り、音楽で寝かされていたのだ。
続く『悪魔の罠』や、箒で数多く飛んでいる鍵を掴む試練を抜け、大きなチェス盤に到達する。ここで僕らはどうやら、駒になってチェスをしないといけないようだった。
そして悲劇が起こる。
ロンが自分を犠牲にしてチェスに勝ったのだ。
ロンは気絶しているだけの様子だったが、僕は心配で仕方がなかった。ハーマイオニーも同様だろう。でも僕らは、前に進まなければならない。
次の部屋にいたトロールはすでに気絶していた。以前見たトロールよりはるかに大きかったので、自分たちで倒さなくてよいことに安堵したが、同時にこれは、スネイプ達がここを既に通ったことを意味していた。
おそらく最後の試練。それはスネイプの試練だった。スネイプの試練は、一人は戻り、もう一人は前に進むことを強いていた。
そして僕が進み、ハーマイオニーが戻ることにした。
「ハーマイオニーは戻ってロンと合流してくれ。そしてダンブルドアに知らせてほしい」
「わかったわ。でも、気を付けて。ここから先に誰がいるか分からないんだから。でも、あなたなら出来る。あなたは私よりずっと偉大なものを持っているから。だから、お願い。気を付けて!!」
「うん」
そして僕らは別れる。
最後の部屋、クリスマスに見た鏡がぽつんと置かれた部屋。
そしてその鏡の前には、スネイプでも、ダリア・マルフォイでもなく……クィレル先生が立っていたのだ。
「あなただったんですか!?」
「そうだ。私だ」
いつものどもりなどなく、クィレルは普通に話していた。その声音には冷たさすらあった。
「で、でも、僕はスネイプだとばかり!」
クィレルは僕の発言をクツクツと嘲笑し、
「いいや、彼ではない。彼はむしろ君を助けようとしていた。最も、彼は非常にはまり役だ。疑ってもおかしくはないさ」
そんなことを言い始めたのだ。
「では、ダリア・マルフォイは!?」
「ダリア・マルフォイ? あの忌々しい小娘か。私に磔の呪文をかけやがって……。あの娘がどうしたというのかね?」
「あいつもクィディッチで僕に呪いをかけたのではないのですか!?」
「……成程。あの時の邪魔はあの小娘か。全くどこまでも私の邪魔をしおって! あいつもお前を助けていたんだよ。誰がスネイプに加担しているか知らなかったが、どうやら彼女だったみたいだな。やはりご主人様が復活したあかつきに罰を与えてもらわねば……」
結局、犯人はスネイプでも、ダリア・マルフォイでもなかった。
「ハーマイオニーが正しかったんだ」
その後、僕は鏡を見たときポケットに入った石を、クィレルの後頭部にいたヴォルデモートから守った。クィレルは僕を殺そうとしたが、彼は何故か僕に触れることができない様子だった。僕に触れると、クィレルの肌が焼けるのだ。
クィレルの叫び声がだんだん静かになってくる。
僕は薄れゆく意識の中で……全く共通点などないのに、ヴォルデモートの表情はあの時のダリア・マルフォイに似ていたなと、うっすら考えていた。
ダリア視点
試験が終わった次の日、学校中は一つの話で持ち切りだった。
あのハリー・ポッター達が、学校にあった賢者の石を、クィレル先生から守った。
そんな話がなぜか学校中に広まっており、クィレル先生が昨夜いなくなったこと、そしてポッターが今医務室にいるということがこの話を裏付けていた。
スリザリン生だけは忌々しそうにしていたが、他の寮生はこの英雄譚でひたすら盛り上がっていた。
「まったく! 忌々しいわね! たかが
当然のごとく、今のこの状況に腹を立てている模範的スリザリン生のパーキンソン。
私はそんなパーキンソンの声を横目に聞きながら考え事をする。
この知らせを聞いた時、正直うれしかった。これであの臭いを嗅ぐと授業ともおさらばだ。うれしくないはずがない。
でも、一つだけ気になることがあった。
それは……クィレルがどうなったかということだった。
クィレルはいなくなった。皆それしか知らなかったし、知ろうともしていなかった。
おそらくこの噂を流した
だが、隠すということは、逆にそこに何があったかを教えているようなものだ。
おそらく、クィレルは死んだのだろう。しかもポッターに
勿論それで善悪など語るつもりはない。その時何があったのかは知らないが、おそらく正当防衛だったのだろう。
でも、どうせ死ぬのなら……私が
先を越されてしまった。
私は無意識にそう思ってしまっていた。