ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ダリア視点
「よく帰ってきたな。ダリア、ドラコ」
「おかえりなさい。二人とも」
キングズ・クロス駅に着くと、寒い駅構内にお父様お母様共に私たちの帰りを待っていてくださっていた。お父様とお母さまは私たちを送りだした時と同様私の頭を撫で、そして抱きしめてくれる。
「ただいま帰りました。お父様、お母様」
あぁ……やっとこの愛する家族の元に帰ってこれた。
私は家族の温もりを感じた瞬間、ようやく愛する人達の元に帰れたことを実感した。
私たちは姿くらましで家に帰る。まるで引っ張られるような感覚の後、目を開けるとそこはなつかしの我が家だった。
まだ半年もたっていない。なのにここがひどく懐かしく感じられた。
「聞きたいことはたくさんあるが、汽車での長旅は疲れただろう。夜まで時間がある。まずは自分の部屋でゆっくり休みなさい」
私たちの疲れを見抜いたのか、お父様がそう言いだしてくださった。
それに続き、
「ええ、そうね。まずは夜までしっかりおやすみなさい」
お母様もそう言ってくださる。
どうやら二人には
「ありがとうごさいます。お言葉に甘えて少し休ませていただきます。お兄様、行きましょう」
「ああ……」
お兄様も非常に眠そうであった。
確かに汽車での旅に疲れたというのもあるが……実のところ私たちが疲れているのは、昨日の夜
泣き止まない私をずっと慰めてくださっていたお兄様にこんなことまでさせてしまい、私は必死に謝った。が、お兄様は、
『お前が泣き止んだのなら、それでいい……』
そう言って、頬を赤く染めながらそっぽを向いてしまわれてただけだった。
そしてクリスマス休暇初日。
眠ったとはいえ、一晩のほとんどを泣いていた私、そして表情から一睡もしていないと思われるお兄様。
二人共すっかり疲れ果ててしまっており、汽車の中でほとんど眠ってすごしていた。
それでも疲れがとりきれることはなく、お父様達に見抜かれてしまったのだった。
お父様たちに仮眠をとる旨を伝え、私達はそれぞれの自室へと戻る。お兄様もやはりまだ相当眠いのか、私とともにフラフラとした足取りで部屋に入って行かれた。
「では、お兄様。また後ほど」
「ああ。ダリアもしっかり寝ておくんだぞ」
お兄様と別れ、私も自分の部屋に入る。
自室に戻ると、ちょうど屋敷しもべのドビーが部屋の掃除を終わっているところだった。
「ただいま、ドビー。お掃除ありがとう」
「い、いえ。お嬢様! ドビーは当然のことをしただけでございます! お礼などおっしゃっていただく必要はございませんです!」
そう叫ぶドビーに微笑む。実際は一ミリも表情は動いていないが。
彼を見ていると、やっと家に帰って来れたと改めて感じることができた。何故なら彼もまた、私の大切な家族の一人なのだから。
お父様達はドビーのことをお嫌いみたいだが、私はどうしても彼のことを嫌いになれなかった。やはり幼い頃遊んでくれたことから、私には彼を昔からのベビーシッターのように感じられてしまうのだろう。
私はそんな益体のないことを考えながら、微笑を浮かべドビーを観察する。
「ドビー、お父様達にひどいことはされていない?」
「は、はい! ご主人様は決してドビーめをぶったりされておりません!」
昔、ドビーはお父様達に暴力を振るわれていた。屋敷しもべの立場が低いということもあるが、おそらく、屋敷しもべでありながら、どこか屋敷しもべらしからぬ思考を持つドビーのことが特に気に入らなかったのだろう。
でも私には、お父様達は勿論のこと、優先順位は下がるがドビーもまた大切な家族であったのだ。
だからそんな大切な人たちが争っているのが嫌だった。
しかし、昔ドビーが暴力を振るわれているところを一度だけ見たことがある。おそらく私は相当嫌な顔をしていたのだろう。それ以来、今でもドビーのことを嫌ってはいるようだが、お父様達がドビーに暴力をふるうことはなくなっていた。
私がお父様たちのことを嫌いになってしまうかも……そう思われたのかもしれない。そんなことは
しかし私が学校に行っている間、もしやとは思ったのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。やはり私の家族は優しい人達ばかりだ。
そう感慨深く思っていると、ドビーが突然、
「そ、そんなことよりも。お、お嬢様。お嬢様の学年にはもしや、ハ、ハリー・ポッターがいらっしゃるのでは?」
そんな質問をしてきたのだった。
「え? ええ。ポッターも同じ一年生ですけども。それが何か?」
「い、いえ。少しだけ気になったもので」
なぜそんなことを尋ねるのかと思ったが、彼が魔法界一有名なことを思い出した。彼に興味を持つのが普通のことだ。私のように全く興味を持たない人間の方が珍しいのだ。
だからその時、私はドビーの質問をそこまで深く考えなかった。
私がベッドに潜ろうとしている後ろで、彼の表情が思い悩んだもの変わっていることに……私が気づくことはなかった。
自分のベッドで仮眠をとると、今まであった眠気もすっかりなくなっていた。寧ろ夜眠れるかが心配だ。
晩餐の時間になるまで部屋でボーっとしていところ、扉がコンコンとノックされる。
「ダリア、起きているか?」
「ええ、起きています」
部屋に入ってきたのはお兄様だった。
「そろそろ時間だ。一緒に行こうか」
「はい」
二人、久しぶりに帰ってきた廊下を歩く。
「お兄様も眠れましたか?」
「ああ、もうすっかり眠気はとれたよ」
そうおっしゃるお兄様の目には、確かにもうあの大きな隈はなかった。
「お兄様、申し訳ありません。昨晩は、」
「いや、いい。ダリアが元気になったのなら、それでいい。僕はお前の兄なのだから」
お兄様は、やはりどこまでも私を甘やかしてくださった。
お兄様と一緒に食堂に降りる。
マルフォイ家の豪華な食堂には、これまた豪華な食事が用意されていた。
「まだクリスマスではないけど、今日はダリア達が久しぶりに帰ってきたのですもの。今夜はご馳走よ」
久しぶりに私たちが家にいるというのがうれしいのだろう。お母様は本当にうれしそうに私たちを席にさとす。
ホグワーツで出てくる食事も豪華なのだが、やはり我が家で食べる食事が一番だ。
お兄様と笑いあいながら席に着くのだが、
「今日は久しぶりの我が家だ。ホグワーツでのことを聞かせてもらおうか。特にドラコ。お前の成績のことをな」
「……はい」
どうやらお兄様にとっては楽しくない時間が始まりそうな予感もした。
久しぶりの我が家での食事を食べ終え、食後の紅茶を皆で飲む。
食事の席で私たちのホグワーツでの話を、お母様、そしてお父様は嬉しそうに聞いてくださっていた。主にお兄様が話しており、私はほとんど相槌や補足をするだけであったが。
お兄様は様々なことを話していた。寮での生活、クィディッチ、授業、そしてその授業での成績。
……結局お兄様の成績は虚偽の報告がなされていた。
お兄様の成績は悪いということはない。むしろとても良い方だ。だが、報告では私の次にいい成績、つまり学年内で二位ということになっていた。
おそらく、グレンジャーのようなマグル生まれに負けていることを知られたくなかったのだろう。
いずれ成績表が届くのだから、今報告しなくてもいずれ分かってしまうことだろうに。
そんな風に呆れながら紅茶を飲む。
こうして家族で紅茶を飲むのはやはり本当に久しぶりだ。
私は久しぶりにかみしめる幸福を感じながら考える。
やはりこれこそが、私の本当の望みだ。
皆紅茶を飲み終わり、そろそろ皆話疲れ、睡魔が忍び寄ってくる。
「そろそろ寝ましょうか。今日は疲れたでしょう。クリスマス休暇はまだ始まったばかりなのだから、今日はもうおやすみなさい」
そうお母さまが私たちをベッドにさとし、それにお兄様が横で頷き、更に私を目でさとす。
でも私にはまだやるべきことがある。
「はい。ですが、お父様。私、お父様にまだ話さないといけないことがあります。お兄様、先に戻っていてください」
私がベッドに行くのはもう少し先だ。
まだお兄様の前では報告できないことがいくつかある。主に昨日のことだ。
お父様は私が言いたいことを察したのか、すぐ頷いて私と共に食堂を出る。
私は少し心配そうな様子のお兄様、そしてお母さまにお休みを言い、お父様と書斎に歩いて行くのだった。
「……やはりダンブルドアは危険だな」
私は書斎に入ると、お父様に昨日の校長との会話を報告した。ただ、鏡に関することのみは隠してしまった。そのことを話してしまって、もしお父様達に嫌われてしまったら……そう思うと、私にはどうしても昨日のことを話すことが出来なかった。そんなことはないとは分かっている。お父様たちはお優しい人たちだ。知ってもなお、私のことを変わらず愛してくださるだろう。
だが、私はあの時見た姿を思い出す。
血に染まった部屋で、真っ黒な自分の杖をいじり、ぞっとするような笑みを浮かべている私を。
もし私がこんな、体も、そして
そう考えたら、私にはどうしても話すことができなかったのだ。
「はい……。校長は今後も私のことを監視すると思われます」
「そうか……」
お父様はそこで目をつぶり、考え込んでしまう。
たった一年。いや、それどころかたった約半年でこんなにも疑いの目を向けられてしまっている。こんなことでこれからやっていけるのだろうか?
それに……
「お父様をこんな下らないことで煩わせてしまい、」
「いや、かまわない。お前は気にしなくていいのだ。寧ろ謝らねばならないのは私だ。理事であるのに、お前にいらぬ苦労をかけてしまった。情けない限りだ」
「そんなことはありません! 私が悪いのです! 私がいたらないばかりに、こんなことでお父様にご迷惑を!」
「いや、理事であるのに何もできていない私が悪いのだ。お前は決して悪くない。それに、前にも言っただろう。子供は迷惑をかけるものだ。お前が気にする必要はない」
そこで言葉を切り、お父様は言葉を続ける。
「ダリアには悪いが、
「はい」
我慢もなにも、私がぼろを出さなければいいだけの話だ。これ以上、お父様の手を煩わせるわけにはいかない。
そう決意するが、どうもお父様の話は終わっていなかった。
「だが、安心しなさい。来年は、奴も校長の任にしがみついていられなくなる」
お父様は狡猾な笑みを浮かべながら、そう言い切った。
「何かあるのですか?」
「ああ、先日、
ある道具? 校長を追い出せるような?
それがどんなものかはわからないが、道具を使うというのは大丈夫なのだろうか。
相手はあのダンブルドアだ。彼がそう簡単に追い出せるとは思えない。
おそらくお父様もそんなことは分かっておられるだろう。だからこれは私を安心させるためのお父様の優しい嘘だとは思うが、一応お父様に釘を刺しておくことにした。お父様が危険な目にあうことなどあってはならない。
「……お父様、あまり危ないことは、」
「大丈夫だ。お前たちに危険はない」
私はお父様の心配をしているのだが、お父様には伝わらなかったようだった。
「今日はもう遅い。疲れもたまっているだろう。もう寝なさい」
「はい、お父様」
報告が終わり、お父様の書斎を出ようとする。
だが、書斎を出る直前、
「ダリア。学校は楽しいか? 仲のよい寮生はできたか?」
そう、お父様は私に尋ねられた。
「はい……勿論です。学校の授業は新鮮ですし、図書館もあります。寮生とも仲良くやっております」
私はマルフォイ家だ。純血の一族として、少なくとも寮内に敵を作らないくらいの付き合いは保っているはずだ。
スリザリン寮生は勿論、同じ聖28一族であるクラッブ、ゴイル、パーキンソン、ブルストロード、ノット、そしてザビニ。彼らともつかず離れずの関係を保っている。彼らとしては私もっとお近づきになりたいのだろう。だが、彼らの関心は、マルフォイ家に近づきたいという下心に基づいている。
彼らがマルフォイ家を利用したいがためだけに近づいてきている以上、私はおいそれと彼らと関係を持つつもりなどない。
そしてダフネ……。
彼女のことはよくわからない。彼女からは彼らのような下心は感じられなかった。そんなものではなく、彼女の私に向ける感情は……。それに、私も彼女に……。
そこまで考え、頭を振る。
彼女が私に持つ感情など
お父様は、そんな私の様子をじっと見つめていたが、
「そうか……。それなら、いい。もう、おやすみなさい」
「はい。ではお父様。おやすみなさい」
部屋を出た私には、
「……まだ、早かったようだな」
そうつぶやく、お父様の声が届くことはなかった。
ルシウス視点
ダリアが出て行ったのを確認し、書斎机から一冊の本を出す。
その本には、
『トム・リドル』
そう書かれていた。
この本の効果を知ったのは偶然だった。
再び頻度が高くなってきた立ち入り調査。その対策のため道具を整理していた時、たまたまこの本を目にしたのだ。本のページを開いてみるも、何も書かれていない。
これは以前、闇の帝王から預かった道具だった。どのような効果のあるものかも知らぬ上、そもそもこれが何なのか皆目見当がつかなかった。だが、帝王から大切に保管しろと言われたことから、これが普通の道具というわけではないことだけは容易に推測できた。
まあ、今考えても仕方がない。
そう思い、本を横のテーブルに置き、再び整理にうつる。整理の作業など本来なら屋敷しもべにでもやらせるのだが、ここの道具の性質上、難儀だが自分でやるしかない。
一体どれほどの時間がたっただろう。日がまだ高い頃に始めた作業だが、もうすっかり日が沈み始めているような時間だった。
今日はこれくらいにしておくか。
そう思い凝り固まった肩をほぐしていると、ふと手が机の上にあったインク瓶に当たってしまい、瓶をひっくり返してしまった。
まずい!
気が付いた時にはもう時すでに遅く、机の上にあった本にインクがかかってしまっていた。
しかし慌てて被害を確認するために本を開くが、どのページにもインクの染みなどなかった。
一体これは?
そう訝しみながらページをめくっていると、ふと、あるページに、
『僕の名前はトム・リドルです。あなたは、誰ですか?』
そう、今までなかった文字が浮かび上がっていた。
あの後、このトム・リドルなる人物と対話したところ……どうも私の父であるアブラクサス・マルフォイと知り合いであること、そして……
この本は所有者の命を吸い取ることで実体化し、再び部屋を開くのだという。
これさえあれば。
これさえあれば、ダンブルドアをホグワーツから追放することができるかもしれない。
私はそう冷たい思考で考える。
この本が帝王からの大切な預かりものだとは分かっている。だが、帝王はもういなくなってしまったのだ。
それに、これならダリアを守ることができるかもしれない。
ダリアの安全を脅かす、すべてのものから。
「これで、私は
私はこみ上げる笑みを隠すことができなかった。
私は、その時ダリアを守ることで頭がいっぱいで、その事実に気付いていなかったのだ。
この本がもたらす犠牲のことを。
秘密の部屋の存在理由を。
娘が、純血ではないことを。