ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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暗殺計画

 

 ハーマイオニー視点

 

たとえ闇の勢力が再び台頭しようとも、私達監督生のすべきことが変わるわけではない。

私とロンはハリーが新しい先生に呼ばれている間、去年と同じく監督生の会合に向かう。私達も6年生。学年で言えば上から数えた方が早い。去年以上に私達には重い責任がある。

……という責任感がないわけではない。けど、本当の目的は違う。実際私が監督生の車両に向かうのは、別に責任感だけからのものではなかった。

車両には彼女もいる。スリザリンの親友の一人。当事者以外で、唯一ダリア達の事情を知っているであろう女の子。邪魔なく彼女と会話するにはこのようなチャンスを逃すわけにはいかなかった。

私は逸る気持ちを抑えながら、それでもなるべく急いで車両に入る。そこには去年と同じく監督生バッジを着けた生徒達がいた。その中には、

 

「……ハーマイオニー。手紙のやり取りはしていたけど、会うのは久しぶりだね」

 

当然ダフネの姿もあった。これで彼女とも再会の喜びを分かち合うことが出来る。

無論ロンはあまりいい顔をしない。未だにロンは彼女を敵だと疑っているのだ。黙ってはいても、鋭くダフネのことを睨みつけている。彼女はDAに参加し、最後には高等尋問官親衛隊から解放した。だから完全な敵とは思っていない様子だけど……それでもいい顔をしていないのは間違いなかった。一見矛盾だらけの行動を取る彼女に疑念を感じているのだろう。

尤も私はそんなロンの考えを理解していても、今更彼の誤解を解くつもりはない。今まで散々説得しても、彼の認識は一向に変わっていない。実際ダフネが私達の完全な味方であるわけでもない。彼女はあくまでダリアの味方で、ハリーの味方ではないのだ。いくら言葉を重ねても、ロンの誤解が完全な間違いでない以上、私の言葉はただ虚しいだけ。この時間が貴重な以上、無駄な時間を過ごしている余裕はない。だからこそ私はロンの視線を無視しながらダフネに応えた。

 

「えぇ、ダフネ! 貴女とは中々会えなくて寂しかったわ! だから色々と話したいことが……どうしたの? 何だか顔色が悪いわよ?」

 

しかし彼女の表情を見た瞬間、私はそれ以上言葉を続けることが出来なくなってしまう。

椅子に座るダフネの表情は、お世辞にも顔色がいいと言えないものだったのだ。青ざめた顔色に、疲れ果てた表情。休み明けには到底見えない。とても私との再会を喜ぶ心情でないことは間違いなかった。そしてそんな私の予想通り、ダフネはただ疲れた表情で応えるのみだった。

 

「うん。ちょっとね。……()()()に久しぶりに会えたんだけど、色々と込み入った事情があってね」

 

色々な事情。彼女の言葉を聞いて最初に思い浮かべたのはドラコの事。そしてその考えはおそらく間違ってはいないだろう。ドラコとダリアは何か良からぬことに巻き込まれている。それが何か分からなくても、巻き込まれている事実は確かだった。実際この場にダフネはいても、ドラコの姿はどこにもない。ドラコが監督生の立場より、ダリアのことを優先している証拠だった。

ダフネとは休暇中ずっと手紙でのやり取りを続けていたけど、詳しい事情は知らないと言っていた。ダリアからは手紙の返事すら無かったと。でも、流石に汽車の中で彼女と顔を合わせ、そこでダフネもある程度の事態を掴んだに違いない。ただそれが分かったところで、他人が大勢いる場所で話すわけにはいかない。

 

「……分かったわ。その話は私も聞かないといけないわ。後でゆっくり聞かせて」

 

「おい、皆集まっているか? ……一人足りないな。おい、スリザリン生。君の相方はどうした? ダリア・マルフォイの兄は、」

 

「ドラコは来ません。体調が悪いみたいなので。彼には私から話しておきます。だからさっさとこの会を終わりにしてください」

 

そしてタイミング良く、7年の監督生が現れる。ダフネの反抗的な態度に表情をしかめてはいた。けど、関わるのも面倒だと思ったのだろう。あるいはダリアの存在を恐れたのか。どちらにしろ彼はそのまま監督生の心得や責任を説明し始める。そしてやはりと言うべきか、どちらかと言えば新しく監督生になった子に向けたものばかりだった。監督生である以上参加しないわけにはいかない。でも今はどちらかと言えば、ダフネと同じく早くこの会が終わることを願っていた。

 

「以上が監督生の心得だ。……この会に参加もしない奴もいるが、君達は責任感を持って行動するように。では解散だ」

 

だからこそ説明が意外に早く終わった後、即座にダフネに話しかける。解散の合図と同時に立ち上がり、そのまま車両を後にするダフネの背中に声をかけた。

……のだけど、

 

「ダフネ! ちょっと待って! せ、折角だから少し話を、」

 

「ハーマイオニー。ごめん、時間が無いの。今は早くダリアと……()()()の傍にいてあげないと。でも……そうだね、貴女には知っておいてもらわないといけないかな。……それを()()()()()()()()()はずだから」

 

ダフネは小さく何か呟いた後、想像もしていなかったことを言い始めたのだった。私の耳元で彼女は小声で続ける。

 

「どんな方法でもいいから、今から私達の会話を()()()()しに来て。……私だけではもうどうにもならないの。お願い……二人を助けてあげて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

『闇の帝王がお兄様に命じたのです。……ダンブルドアを殺せと』 

 

久しぶりに顔を合わせたダリアからされた話は、あまりに衝撃的なものだった。コンパートメントに入るなり聞かされた話に、私は最初言葉を発することすら出来なかった。

去年と全く変わらない美しくも、どこか幼さを残した容姿。しかしそんな美しい顔に、隠しきれない疲労感が窺えた。その疲労感の原因が、まさかこんな恐ろしい事実だったとは……。

勿論それだけが原因とは思っていない。確かに今しがた聞いた事実は恐ろしいものだったけど、それだけでダリアから休み期間中一切の連絡が断たれるだろうか。もっと別に、彼女にとって悲しいことがあったのではないか。私はどうしてもそう思わざるを得なかった。

でも、今そのことを深く追求するわけにはいかない。今話し合わなければならないのは、あまりにも差し迫った問題だから。

一旦監督生の下らない集会に顔を出した後、私は直ぐに()()()ハーマイオニーを連れ、元々いたコンパートメントに急ぐ。

 

……正直なところ、これが正しい選択なのか分からない。私がただ先走っているだけの可能性も十分にある。

でもダリアが私に話した以上、ハーマイオニーにも遅かれ早かれ伝わることは彼女も分かっているはず。ならばダリアが最初に私に話したことには、何かしらの意図があるはず。だからこそ、私はハーマイオニーを敢えて最初から巻き込むことにした。ハーマイオニーであればダリアの意図を読み取れるかもしれない。ならばハーマイオニーを連れて行こう。そう考えてハーマイオニーに声をかけたのだ。ハーマイオニーも、

 

『もう! こんな時に『伸び耳』が無いなんて! こんな時だからこそ必要なのに! でもそうなると……あぁ、ハリー、ごめんなさい! 後で必ず謝るから! だからごめんなさい! 透明マント……これを借りていくわね! これしか方法が無いの!』

 

ポッターの持ち物らしい『透明マント』とやらを被り、私の後をついて来ていた。姿こそ見えなくとも、耳をすませば彼女の足音が聞こえる。ハーマイオニーも知りたいのだ。ダリアに何が起こっているのか。もうなりふり構ってなどいられない。ハーマイオニーが助けてくれるのであれば、私はダリアのためにも彼女に助けを求めるべきだ。

そしてそんな私の考えは、決して間違いではなかった。

 

「……ただいま、ダリア、ドラコ」

 

「……えぇ、ダフネ。おかえりなさい。……無事用事は済ませれたようですね」

 

扉を開けて中に入ると、何か考え込むように瞳を閉じるドラコ。そして……私と、私の背後に目を向けながら応えるダリア。明らかに私の背後に誰かいると気付いていながら、決して何も言うことは無かったのだ。私が不自然に扉を大きく開けても、ダリアはそれでも何も言うことはない。いつもの無表情だけど、私にはダリアの視線がどこに向いているかなんて直ぐに分かった。

しかしそうなると、いよいよダリアの意図が分からない。最初に、それこそ何の前置きもなく裏事情を話したことも不可解だ。今までのダリアはそんなことしなかった。ダリアはいつだって私を厳しい現実に巻き込むまいとしていた。そのため最後まで事情を隠そうとしてばかりだったのに……。真実を話してくれているようで、もっと大きな秘密を隠している。音信不通だった夏季休暇、そして現在の異様な態度から、私はその大きな秘密の存在を半ば確信しつつあった。

でも今は……

 

「それで……最初の話だけど。どういうことかな? ドラコが……『例のあの人』にダンブルドアを殺すように言われたって」

 

まずは目の前の問題に集中しなくては。実際に見えるわけではないけど、何となくハーマイオニーがいるだろう空間が揺らいだような気がした。無論本当に見えるわけではない。目の前のドラコはハーマイオニーの存在に気付くも訳もなく、ただ静かな口調で応えるのみだった。

 

「……()()ダリアの言葉通りだ。僕のホグワーツでの生活は今年で最後というわけさ。……この任務が成功しようと、それこそ失敗しようともな」

 

ドラコはそこで初めて目を開け私の方を見る。しかしその瞳は私を見つめているようで、その実何も見ていないような気がした。ただ静かな決意に満ち、そもそも私の答えなど気にしてもいない様に。彼はただ静かな口調で続けるのみだった。

 

「ダフネ……()()お前に隠し事をするつもりはない。ここまで来たら隠しても無意味だしな。ダリアが言わなくとも、僕はお前に事情を話そう。僕が()()()()()()()()約束を果たす。……僕の任務はあの老人、ダンブルドアの暗殺だ。僕がやるように命じられた。()()()()、ダンブルドアを殺さなくてはいけないんだ」

 

彼は静かに語り続けるけど、私はただ圧倒されるばかりだ。心の準備など出来ているはずがない。私がこの話を聞いたのはほんの数時間前のことなのだ。こんな衝撃的な話、直ぐに受け入れられるはずがないではないか。

私は改めてされた話に一瞬ハーマイオニーの存在すら忘れ、やはり震えながら応えることしか出来なかった。

 

「しょ、正直信じられない。だ、だって……貴方はまだホグワーツ生だよ。ただの学生にそんな大それたことが出来るはずがないよ。それもあいつは……それこそ『今世紀最高の魔法使い』と言われている。そんなあいつを殺すなんて、そんなこと()()()()()()()()()()無理だよ」

 

私の言葉を聞いた瞬間、ドラコは鋭く私を睨みつけてくる。でもそれも一瞬、再びどこを見つめているのか分からない表情を浮かべながら、静かな口調で続けるのだった。

 

「無理かどうかなんて関係ない。これは『闇の帝王』が僕らマルフォイ家に与えた罰だ。父上が任務に失敗した罰。ただそれ以上も、それ以下でもない。僕はやり遂げなくてはならない。マルフォイ家のために。……()()()()やり遂げる以外の選択肢なんてないんだ」

 

ダリアやドラコが何かしらの恐ろしい事態に巻き込まれていることくらいは、私にだって予想出来ていた。『闇の帝王』には隠れる理由がもはやない。ならば表立って動き出し、それに比例してダリア達はより一層下らない任務を与えられるはず。そう予想はしていても、まさかこんなことを予想できるはずがない。

与えられていても、ホグワーツでのスパイくらいの任務だと思っていた。あるいはダンブルドアやポッターの監視くらいか。ただのホグワーツ生に出来る任務なんてそれくらいのものだ。そんなことは誰にだって分かる。ダリアならともかく、ドラコならば特に。彼はマルフォイ家であっても、結局のところただの一般的なホグワーツ生でしかない。ダリアやハーマイオニーのように逸脱した優秀さはないのだ。彼に暗殺任務……それこそ『今世紀最高の魔法使い』と一応呼ばれているダンブルドアの暗殺など出来るはずがない。そんなことを命じたところで無意味だ。それこそ暗殺以外の目的があるとしか思えない。私なんかが予想できるはずがないではないか。

私は衝撃な内容に、ただ呆然とするしかなかった。その間にもドラコは話し続ける。今度は私にではなく、ダリアに向かって。まるで説得するような口調で。

 

「ダリア……僕にはお前の考えていることは分かっている。それに対して僕は何も言わない。ただ僕が言えることは……僕はダリア、お前を必ず守る。ただそれだけだ。お前が余計なことを考える必要なんてない」

 

ダリアはドラコの言葉に応えることはなかった。ただいつもの無表情を向けるだけ。今の私にはドラコが何を言っているのか、ダリアが何を意図し、何を隠しているのか私には分からない。私には……何一つ分からない。

私は言葉もなく、ダリアとドラコの顔を見比べる。二人はただ見つめ合うばかりでそれ以上言葉を交わすこともない。明らかに今まで二人が醸し出していた空気とは違う。私に分かったのは、ただそれだけのことでしかない。

 

 

 

 

去年までこのコンパートメントは、言葉数こそ少ないながら穏やかな空気に満たされていた。

私にそっと甘えるダリア。そんなダリアを優しく見つめるドラコ。外の世界は年々悲惨なものに変わっていたけど、決してこの穏やかな空気自体が変わることはなかった。

でも今年は……そして()()()()()

窓からの景色も段々と暗くなっていく。ホグワーツに刻一刻と近づいている。皆思っていることだろう。外の世界は危険に満ちていても、ホグワーツはまだ安全だと。

実際のところ……特にドラコやダリアにとって、もうこの世のどこにも安全な場所などないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

最後に大きく揺れた後、汽車は完全に停止する。

通路には大勢の生徒が出ており、今か今かと汽車から降りるタイミングを待っている。

それを私は『透明マント』の中から眺めていた。……それもダフネ達のコンパートメントの中で。

結局私はこのコンパートメントを最後まで出ることが出来なかった。私のために扉を開けてくれるはずのダフネが、あまりの事態に茫然自失していたことも理由の一つ。でもそれ以上に、私自身も出来る限りの情報が欲しくて最後まで居座り続けていたのだ。それは今も、

 

「……着いたな。ダリア、それにダフネ。先に降りていてくれ。僕は少し荷物の確認がある。……少し危険な物もあるから、お前達は先に行った方がいい」

 

いよいよ汽車を降りなければならないタイミングになっても変わることはなかった。

ダフネと……それにダリアの視線が私の方に向く。鋭いダリアが私の存在に気が付いていることは分かっていた。この反応でその認識はより一層強固なものになる。でも、それでも私は彼女達の不安げな視線に応じることなく、ただ静かにコンパートメント内に留まり続ける。

ドラコを止める。ダリアはそれを望んでいるからこそ、私の存在を黙認しているのだから。ここで帰っては、本当に知りたかった情報が手に入らない。

ドラコが何をしようとしているかは分かった。あまりに恐ろしい内容ではあるけど、今それを考えても仕方がない。私は受け入れたのだ。ダリアやドラコは残念なことに、敵の陣営に組みしている。組まざるを得なくなっている。その事実を受け入れているからこそ、今私が余計なことを考えている場合ではないのだ。

 

「お兄様、時間はあまりありません。荷物の確認なら後でも、」

 

「いいや、今確認する必要性がある。寮ではクラッブとゴイル以外の目もあるからな。だから先に行くんだ」

 

「……分かりました。直ぐ来てくださいね、お兄様」

 

これ以上ドラコの言葉に抵抗しても意味は無いと判断したのか、最後まで不安げな表情こそ浮かべていた二人も部屋を出て行く。残されたのはトランクの中を覗き込むドラコと、何とか彼のトランクを覗き込もうとする私だけ。透明ではあるが、彼に触れるわけにはいかないため中々上手くトランクを覗き込めない。

彼の荷物の中身自体は予想がついている。彼がボージン・アンド・バークスで購入していた物は二つ。一つはキャビネット。もう一つは呪われたネックレス。それ以上の物を購入している可能性は捨てきれないが、もし私の予想が正しければ……。

しかしそこまで考えていた時、

 

「もういいだろう。……グレンジャー、そこにいるのは分かっている。出てこい。お前に話がある」

 

突然、目の前のドラコが背後の私にとんでもないことを言い始めたのだった。

今度こそ全く予想だにしていなかった言葉に、私は思わず声を上げそうになる。何とか声を抑えることには成功したものの、私は混乱してただドラコの背中を見つめることしか出来なかった。でもドラコは振り返り、私がいる空間を睨みつけながら続ける。

 

「何度も言わせるな、グレンジャー。無駄な時間を使わせるな。お前がそこにいることは分かっている。だから出てこい。それとも無理やり『透明マント』を剥いでやろうか?」

 

ここまで言われた以上、もう私にこれ以上隠れていることは出来なかった。私は迷いながらも『透明マント』を脱ぎ、ドラコの真剣な表情を見つめ返す。

彼は私が何もない空間から現れたというのに、驚くこともなくただ鋭い視線を向けてくるだけ。私は戸惑いながら彼に声をかけた。

 

「……ど、どうして分かったの?」

 

「あまり僕を舐めるなよ。僕はダリアの家族だ。……ダリアの考えていることくらい分かる。だからこそ、今この場にお前が必ずいるはずだと分かった。ただそれだけだ」

 

彼の答えの意味はよく分からなかった。そもそも彼も私の理解など求めてはいないのだろう。

現に彼は私に応えた後、直ぐに静かな口調で続けた。

 

「時間が無いから手短に終わらせよう。……お前も聞いただろう。そしてお前の聞いた通り……いや、聞かせた通りだ。僕はあの方から指令を受けている。ダンブルドアを殺す。それが僕の与えられた任務だ。お前に言いたいことはただ一つ。僕の邪魔をするな。ただそれだけだ」

 

ドラコの行動や話に混乱が止んだわけではない。でも、どんなに混乱していたとしても、それで私の答えが変わるわけではない。何を言い出すかと思えば……。ダンブルドアは『今世紀最高の魔法使い』。たとえどんな危険な呪われた道具を用意しようとも、ドラコに殺せるはずなどない。それを踏まえた上でも、私がすべきことは一つだ。

だからこそ、私はドラコを睨み返しながら応える。それがダリアのためであり……ドラコ自身のためと信じながら。

でも、

 

「馬鹿なこと言わないで。そんな話を聞くわけないでしょう。貴方が命じられているのは殺人よ。……必ず貴方を止めるわ。ダリアもそれを望んでいる。彼女は私のことに気がついていた。それでも黙っていたということは、彼女こそそれを望んでいるということ。そうでなくとも、殺人なんてさせるわけにはいかない。相手が誰であってもね。先生方に報告するつもりはないけど私は、」

 

「お前は何も分かっていない」

 

ドラコは私の答えにも動じることなどなかった。いえ、動揺しないだけではなく……私に先程以上に衝撃的なことを話し始めたのだ。

 

「確かにお前の言う通り、ダリアは僕の失敗を望んでいる。それは間違いない。だからこそ、お前をここに呼んだんだ。ダフネにお前をここに呼ぶよう誘導して、ダリアは僕の目的を徹底的に叩きつくすつもりだ。お前もそれくらいは分かっているのだろう。……でも、それが何故かお前に分かるか? ダリアはお前を使って、本当は何をしようとしているかお前に分かるのか?」

 

ドラコはそこで言葉を切り、表情を悲愴な面持ちに変えながら続ける。

ドラコに与えられた任務。それ以上に衝撃的な話を。

 

「ダリアが僕の失敗を望む理由。それは……あいつが()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ダリアは僕の代わりに……僕の背負うべき罪を被るつもりなんだ」

 

……今度こそ、私はドラコが何を言ったのか理解できなかった。理解したくなかった。ダリアの思惑を完全に理解しているわけではない。そんなことは分かっている。でも、今聞いた話は私にはあまりにも残酷で、恐ろしい話だったのだ。

 

「な、何を言っているの? そ、そんなはず、」

 

「あり得ないと思うか? お前なら分かるはずだ。お前はマグル生まれだが、僕の言葉を理解できない程愚かではない。僕もそれくらいにはお前のことを認めているつもりだ。だからこそ、お前は理解しているはずだ。ダリアがお前をここに呼んだのは、ただ僕の計画を止めるだけだと思うか? ダリアがその程度のことしか考えないと思うか? そんなはずがない。僕が失敗した場合、誰があの老害の暗殺を成功させなくてはならないか。……お前はただ利用されているだけだ。ここまで言えば、お前も理解出来ただろう?」

 

ドラコの言葉数こそ少なかったが、私に恐ろしい可能性を想起させるには十分なものだった。再び私の思考は混乱する。ダリアが何を考えているのか、私には分からなくなったのだ。

いえ、正直なところ、理解できている自分がいるのも確かなのだ。

ダリアが何故この場に呼んだのか。ダフネを介しているとはいえ、ダリアの意思は決定的に明らかだ。ドラコの計画を阻止する。ただそれだけのこと。でも、その根本的な理由を考えた時……私はドラコの言葉を否定することが出来なかった。

ドラコが任務に失敗した時、誰がその任務を代わりに果たすのか。マルフォイ家への罰とはいえ、失敗を許す寛容さが『例のあの人』にあるはずがない。ならばマルフォイ家の人間がドラコの責任を負うことになるのだろうか。そんなこと……ダリアが許すはずがない。

その可能性を考慮した瞬間、私はより一層恐ろしい予感を感じつつあった。

ダリアは優しい女の子だ。でも、そんな彼女にも優先順位というものは存在する。彼女にとってマルフォイ家とダフネは至高の価値を持つ。彼らを守るためならば、他者を犠牲にすることも厭わないだろう。それによって彼女自身も傷つくことになろうとも。

私が恐ろしい可能性に戦慄としている間に、ドラコは扉に手をかけながら続けた。

 

「お前は教師共に報告しないと言ったな。それはそうだろう。僕の計画が奴らに露見すれば、僕もダリアもホグワーツを去らなくてはならない。それどころかアズカバン行きになる。……今のアズカバンに行っても直ぐに出られるが、お前がそれを望むとは思えない。だからお前は個人的に僕の邪魔をするつもりなのだろうが、本当にそれは正しいことかな。よく考えることだな。お前が守りたいものは僕か……それともダリアか。ダリアを本当の意味で助けるには、()()()()()()()()()()()。……お前は僕を見捨てるべきなんだ。ダリアを助けたいのならな」

 

そう言った切り、彼はそのまま部屋を出て行く。

残されたのは茫然と佇む私だけ。ほとんどの生徒も汽車を降りたのだろう。聞こえるのは、遠ざかるドラコの足音。そして荒い私の呼吸だけだった。

 

 

 

 

「ハーマイオニー。いい加減話してくれよ。僕の『透明マント』まで持ち出して……。君は一体何を見たんだい?」

 

ドラコと別れた後、私が大広間にどうやって辿り着けたか覚えていない。

最初は『透明マント』を勝手に持ち出したことに怒っていたハリーも、今は顔色の悪い私の心配をしてくれている。本来ならば私は彼にまず謝罪しなければいけない。でも、今の私にその余裕はなかった。

目の前に御馳走が並んでいても、今はそれらに目を向けることも出来ない。

 

『ダリアは僕の代わりに……僕の背負うべき罪を被るつもりなんだ』

 

何度も先程のドラコの言葉が頭に響く。何が正解なのか、私は何を為せばいいか……私には何一つ分からなかった。


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