ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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ナメクジ・クラブ

 

 ハリー視点

 

「ようこそ、ハリー! 君を待っていたぞ! さぁさぁ、席について! 何せ君は今回の主賓だ! 皆が君のことを知っている!」

 

コンパートメントCに辿り着いた瞬間、夏季休暇中に会ったスラグホーン先生の声が響く。テカテカの禿げ頭に巨大な銀色の口髭。金ボタンのスーツを着たオットセイのような先生は、僕がコンパートメントに到着した瞬間高らかに宣言した。

他の物より遥かに広いコンパートメントを見回すと、そこには先生以外にも何人もの生徒が机を囲んでいる。しかも顔見知りが何人かいた。というより、ほとんどが見知った顔だった。ネビルにジニー。そして()()()。『ダンブルドア軍団』のメンバーが三人もいる。他にはスリザリン生の……確かダリア・マルフォイの取り巻きの一人であるブレーズ・ザビニ。グリフィンドール生のコーマックも既に席についていた。何とも統一感のないメンバーだけど、僕は何とかにこやかな表情を意識しながら先生に応えた。

 

「先生。招待していただいて嬉しいです。こんな会に招待してもらって、」

 

「いいや、気にすることはないとも! 君のことは皆知っているのだから! 何せあのハリー・ポッターだ! いや、前口上はこれくらいで構わないな。さて、全員揃ったことだ、ランチを始めるとしよう!」

 

先生の示した席に着きながら、再度周りの招待客を見る。ネビルとジニーは何故この場にいるのか分からないと言わんばかりの表情を浮かべている。ルーナはいつも通りどこを見ているのか分からない。コーマックはしきりにジニーに視線を送っており、ブレーズ・ザビニは退屈そうな表情を隠しもしていなかった。最初の印象としては、どうにも統一感のない集まりという印象を拭えなかった。

僕の困惑が伝わったのか、隣に座ったスラグホーン先生が上機嫌に他メンバーの紹介を始める。

 

「さて、ハリーも来たことだし、改めて紹介しようか。と言っても、ほとんどは顔なじみではないかね? こちらはブレーズ・ザビニ。彼の母親とは知り合いでね。非常に綺麗な方で、色々と噂は絶えないが……それだけ皆に注目されているということだ。ブレーズ君も母に似て非常に顔がいい。ホグワーツでもさぞハンサムと有名なのではないかね?」

 

本人もだが、ジニーも先生の言葉を小さく鼻で笑っていた。確かにブレーズ・ザビニの顔立ちは整ったものだ。スリザリン生のためあまり詳しくは知らないが、スリザリンの何人もの女子と話している場面を見たことはある。ただやはりスリザリン生ということと……性格はともかく、もう一人顔立ちだけなら突き抜けた奴が一人いることで、ザビニくらいの顔立ちならば他寮で話題になることも無かったのだ。ハンサムとしてホグワーツで話題になっていた男子はセドリックくらいのものだろう。ザビニ本人もそれを自覚しているらしい。ただ目を閉じ、先生の紹介が終わるのをジッと待っている。そんな奴の様子を気にすることもなく、先生は次のメンバーの紹介を続けた。

 

「こちらはコーマック・マクラーゲン。同じグリフィンドール生なら知っているね。彼の叔父さんと私は友人でね。よくノグテイル狩りに行ったものだ。知っているかね、ノグテイル。優秀なハリーは知っているだろうが、あれを狩るには白い犬が必要でね。それを……いや、話が逸れたね。とにかく、彼の叔父さんとはよく会っていた。その時にルーファスとも出会えた。無論彼が今の魔法大臣になる前のことだ。叔父さんとはよく会うのかね、コーマック?」

 

「は、はい。叔父とはよく会っています。スクリムジョールさんとも何回か」

 

先生に話しかけられたことで、ジニーから視線を外したコーマック。コーマックの返答に更に上機嫌になった先生が、彼の方にパイの載ったお盆を押す。

ノグデイルが何かはさっぱり分からなかったけど、ここまで聞いた僕はこの集まりの目的には薄々気が付き始める。要するに、ここに招かれた客は有名人や有力者と繋がりのある人間なのだ。

 

「ネビル・ロングボトム。……君の両親も私は知り合いでね。実に……実に力のある、有名な闇祓いだった。君もさぞ優秀な成績を残しているのではないかね?」

 

その証拠にネビルの紹介も、彼の両親の話から始まっている。尤もネビルは先生の話が不快だったらしく、多少居心地の悪そうな表情を浮かべるのみだった。

僕はネビルに同情の視線を送りながら考える。

やはりスラグホーン先生に今のところいい印象はそれ程抱けていない。ここにいる生徒は、それこそ僕も含めて、先生にどこか品定めされているように感じる。まるで自分の人脈コレクションに加えるべきなのかを判断するように。有名になりたいと思っていない僕としては、あまり気持ちのいいものではない。悪人ではないのだろうけど、好印象かと聞かれれば何とも言えなかった。

ただその品評会に不釣り合いな人間達がいることも確かだった。この中で二人だけ、それ程両親に手広い人脈があるとは思えない子達がいる。僕がこの会の目的を確信しきれないのもそれが理由だ。いよいよ疑念が強まった頃、先生は遂に件の人物達に触れ始める。

 

「そしてこちらにいる可愛らしいお嬢さんは、君達の知り合いだとか! ジネブラ・ウィーズリー! いや、実は他の車両を通り過ぎた時、偶々彼女のことを見つけてね! あまりに見事な『コウモリ鼻糞の呪い』だった! あまりの見事さに思わず拍手を送った程だよ! まだ私は赴任していないからね、減点などしないとも。そんな彼女を誘ったところ、ハリーとそこにいる……えぇと、ル……そう、ルーナ・()()()()()さんも参加するならと言ったのだよ! いや、私としてもこの会に可憐な華が加わって嬉しい限りだ!」

 

「……ラブグッドだもん」

 

成程、家柄以外の理由もあるのか。僕はジニーとルーナの参加理由にようやく理解する。しかし理解しても、納得したかは別問題だ。先生はジニーのことは認めていても、ルーナをただのおまけ程度にしか考えていない。実際ルーナの抗議は聞き流されていた。

ジニーの才能を見抜くのは素直に凄いと思う。DAでもジニーは指折りの実力者だった。それこそ上級生にも負けない程の。でも、ルーナも素晴らしい魔法使いだ。確かに少々……いや、多分に変わったところはあるけど、本当は実力、洞察力共に優れた魔法使いなのだ。たとえ妙なコルクを眼鏡からぶら下げていても、彼女の実力が損なわれるわけではない。更に言えば、危険を顧みずに魔法省までついて来てくれた。彼女のことを馬鹿にしていいはずがない。

あまり先生の機嫌を損ねるわけにはいかないが、ルーナのことを馬鹿にされたままでいいはずがない。先生のルーナへの態度に、僕は細やかな抵抗をする。

 

「先生。僕はジニーのことは勿論、ルーナのことも知っています。二人共、僕と一緒に魔法省で戦った仲です。彼女達は命の危険があるというのに、最後まで僕と一緒に戦ってくれた。彼女達がいるなら僕にも楽しい食事会になると思います」

 

些か浮ついたセリフであったが、ルーナの重要性を先生に認識させるにはこれくらい言う必要があると思ったのだ。実際僕の目論見通り、先生は今まで少しも興味を抱いていなかったルーナをマジマジ見つめた後、彼女にも笑顔とパイのお盆を向けて始める。

 

「ほう! それは実に興味深い! ルーナ・ラブグッドさんだね、君もどうやら素晴らしい才能を持っているようだ! 君も是非この会を楽しみなさい!」

 

だが、どうやら僕の言葉は先生に要らぬ口実も与えてしまったらしく、そのまま僕にとってはあまり愉快ではない方向に話が進みだしてしまうのだった。

 

「ただ……そうか、魔法省での戦い。食事をしながらする話として、大変興味深い内容だ。皆、そろそろ食事も摂りたいだろう。このまま食事を摂りながら続けるとしよう。コーマック君、そこの雉肉は絶品だ。是非食べてみてくれ。ラブグッドさんもパイを食べるといい。さて、ハリー! 君の紹介は不要だ。君は何せあのハリー・ポッターだ! 夏休みに会ったのは数分のみだったが、無論君のことを私は知っていたとも! それこそ君が赤ん坊の時からね。そして君の赤子の時示した才能はつい最近も証明したね! 君の言うところの魔法省での戦い。それを経て、君はその才能を魔法界中に認めさせた! もう君のことを馬鹿にする記事などない! だからこそ私としては、件の戦いに興味があるわけだ。今日は是非その話を詳しく聞かせてもらいたいものだ」

 

そこからは先生からの質問攻めだった。どうやら僕を招待した理由は、この話を詳しく聞き出したい思惑もあったらしい。ただあの戦いは楽しい話題であるわけがない。そもそもあの戦いは敵の罠であり、僕は愚かにもその罠にかかっただけ。その結果……僕はシリウスを死なせてしまった。あの時のことを話したくなるはずがない。それもこんな何の関係もない人達に。

僕は勿論、ネビルとジニー、そしてルーナもあの時のことに関して固く口を閉ざす。結果先生は今までこの会……『スラグ(ナメクジ)・クラブ』に参加した有名人の自慢話をする合間、何度も魔法省でのことを聞き出そうとしていた。だが何度聞かれようとも、僕等が詳しいことを話すわけがない。

結果だらだらと時間だけが過ぎ、最後の方はただ苦痛な時間でしかなかった。失礼にならずに出る方法の見当もつかず、逃げ出すわけにもいかない。ルーナやジニーのように平然と眠りこける勇気もなければ、先生の機嫌を損ねられない事情もある。よって僕がこの会から解放されたのは、いよいよ日が沈みかけた時間になってからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネビル視点

 

酷く場違い。それが僕の嘘偽らざる感想だった。僕の両親は立派な人達だ。それは間違いない。でも、そんな両親の才能を僕が受け継いでいるかと言えば、そんなことは全くないのだ。僕には先生の言うような、誰からも注目されるような才能なんて一つもない。僕に才能を求められても、ただ先生の期待を裏切るだけだ。

それに先生がもし僕から魔法省でのことを聞くために呼んだのだとしたら、それこそ期待に応えることなんて出来ない。ハリーのために。あの戦いに参加した仲間のために。……そして何より()()のために。

何度目か分からない質問がされた後、先生はようやく現在の時間に気が付いた様子で宣言する。

 

「ん? おお、なんと! もうこんなに暗い時間なのか! いやはや、あまりに楽しくて時間を忘れてしまっていたよ! 皆帰ってローブに着替えた方がいい。皆、いつでも私の所においで。君達は特別な生徒だ! いつでも大歓迎だとも! 特にハリー! 君はリリーの息子だ! 何か困ったことがあれば、いつでも相談するのだよ!」

 

正直この会に参加していたほとんど全員がホッとしていたと思う。

ジニーとルーナは退屈そうな顔を隠しもしていなかったし、質問攻めにあっていたハリーもどこか安心した表情を浮かべている。ブレーズ・ザビニは何を考えているか分からない無表情ではあるけど、どこかようやく解放されたという空気を醸し出していた。残念がっているのはコーマックくらいのものだろう。彼だけはジニーに自分のことをアピールするチャンスだとでも思ったのか、先生に応えるようにひたすら親戚の自慢を繰り返し、その度にジニーの方に視線を送っていたのだ。無論ジニーはその全てを無視していたけど。

先生とコーマックから解放されたジニーが、まずハリーに声をかける。

 

「ハリー、お疲れ様。酷い会だったわね」

 

ハリーはジニーの言葉に苦笑いを浮かべながら応えた。

 

「うん……正直なところ、次があっても()()()()()()()参加したくないよ。それでジニー。どうしてここに参加する羽目になったの?」

 

「あぁ、私がザカリアス・スミスに呪いをかけるところを見られたの。あいつ、しつこく私に魔法省でのことを聞いてきたのよ。挙句の果てに自分も呼ばれたら勇敢に戦ったとか言っていたわ。あまりにも腹が立ったから呪いをかけてやったの。それをスラグホーンに見られたのよ。まぁ、正直今ではザカリアス・スミスの方が可愛らしかったわね。あの先生もしつこかったから。それにコーマック。あのナルシスト。本当に鬱陶しくて仕方が無かったわ。あんな奴がいると知っていれば、この会に参加しなかったのに。……いくらハリーがいても、あまりにつり合いが取れないもの」

 

「……君も本当にお疲れ様」

 

僕とルーナも二人の会話に深く頷く。次呼ばれたとしても、僕等はもう参加することはないだろう。呼ばれたとしても、それは魔法省での戦いを聞き出すためだ。先生には失礼かもしれないけれど、そんな会に僕等が参加することはない。

たとえ敵の罠だったとしても、僕等があの場で共に戦った事実は揺るがない。僕等は同じ戦いを生き残った仲間だ。なら僕等の中で裏切りなんてあるはずがない。

それがハリーにも伝わったのか、先程までとは違い笑顔を浮かべてくれていた。

 

「……皆ありがとう。今回は皆がいてくれて、本当に心強かった。それにあの時のことを話さないでくれて……」

 

でも、僕等が話していられるのはそこまでだった。もう日が沈んでいる。ならもう直ぐホグワーツに到着するということだ。そろそろローブに着替えなくてはならないだろう。

ハリーもそれに気が付いたのか、慌てたように続けた。

 

「先生の言いぐさではないけど、もうこんな時間だ。そろそろ着替えないと。皆、大広間で会おう」

 

「……そうね。私達も行こうか、ルーナ。ではネビルも、また後でね」

 

「うん。ネビル、また」

 

皆それぞれのコンパートメントに帰っていく。僕も彼等の背中を見送ると、直ぐに元々自分がいたコンパートメントを目指す。

まさかこんなに長い時間拘束されるとは思っていなかった。僕はすっかり暗くなった外に視線を送りながら考える。

本当はもっと違う人とこの汽車での時間を過ごすはずだったのだ。

魔法省で共に戦ったわけではない。寧ろ()()は僕等を罠に誘導してしまった。それでも、僕は彼女のことを大切な仲間だと……()()()()()だと思っている。

 

出来るなら彼女と……ダフネ・グリーングラスと過ごしたかった。

 

特に彼女はスリザリンである関係上、学校では中々一緒の時間を過ごすことが出来ない。DAのような集まりがまたあればいいのだけど、再結成されたとしても彼女が参加することはもうないだろう。なら彼女と落ち着いて話を出来る機会はこの汽車くらいのものだった。それを僕は無駄にしてしまったというわけだ。

彼女のことを考えると、心の中が寂しさと、それ以上に熱い何かで満たされる。思い出すのは去年彼女と過ごした日々のこと。輝く金色の髪に、パッチリとした可愛らしい瞳。いつもは不機嫌そうにその瞳を歪ませていたけど、ハーマイオニーやダリア・マルフォイといる時は本来の輝きを放っていた。最初は彼女のことが怖くて仕方が無かったのに、無節操にも今の僕が思い出すのは彼女の笑顔と……悲しそうな表情のみだった。

 

彼女のことを思い浮かべ、改めて思う。……本当に無駄な時間を過ごしてしまった。ハリーは心強かったと言ってくれた。しかし、そもそも参加すらしなければ先生に秘密を漏らすようなこともない。僕が参加したばかりに、寧ろハリーにいらない心労を負わせてしまった可能性すらある。先生からの呼び出しだと臆病になった僕自身のせいだ。

彼女は今も……親友であるダリア・マルフォイと共に敵側に捕らわれている。ダリア・マルフォイに関してはまだ信じ切れていないけど、ダフネが『闇の帝王』の味方でないことは間違いない。そんなことは僕だって確信出来ている。ならダフネは今非常に苦しんでいるはずだ。去年とは違い、敵は表を堂々と闊歩し始めた。ダリア・マルフォイも今まで以上に敵側に拘束されているはず。それをあんなにも友達思いのダフネが悩まないはずがない。そんな()()()を助けると、僕は去年誓ったのだ。なら僕はこの汽車での時間くらいは無駄にしてはいけなかったというのに……。

そこまで考え、僕は頭を振る。今更こんなことを考えても仕方がない。どんなに後悔しても、無駄にした時間が戻るわけではないのだから。

 

 

 

 

尤も、その後悔自体が完全に消えるわけではない。

それは、

 

()()()()()()()。いい加減話してくれよ。僕の『透明マント』まで()()()()()……。君は一体何を見たんだい?」

 

大広間で何一つ食事を摂らず、ただ青ざめた表情を浮かべているハーマイオニーの表情を見て一層強まったのだった。

皆が宴会の食事に舌鼓を打つ中、ハーマイオニーと……スリザリン席のダフネだけが暗い表情を浮かべているのが見える。ハーマイオニーに至っては、ハリーの呼びかけにも全く反応すらしていない。彼女達は共に監督生だから汽車の中でも顔を合わせただろうし……何より二人共ダリア・マルフォイのことを慕う親友同士だ。汽車の中で、僕がスラグホーン先生の会に参加している間に何かあったのは間違いなかった。

僕の知らない間にも、色々な事態が進み続けている。その事実が、僕の大切な人を守ることが如何に難しいかを物語っているような気がした。

 


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