ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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止まった時間

 

 ダリア視点

 

マルフォイ家の自室。今の時間は朝。つまり部屋のカーテンを全て()()()()()()ならない時間。

もうすぐこの部屋どころか、家からも出て行かなければならない。夏休暇が終わったのだ。いつまでも閉じこもっているわけにはいかない。

蝋燭のみが部屋を照らす中、私は鏡に映る自分自身を見つめる。身支度は既に終わっている。身に着けていないのは手袋のみだ。ただ、それでも鏡の前から離れず、私はただ目の前の人の姿をした()()を見つめていた。

 

数年前から何一つ成長していない……時間が止まった()()の姿を。ダフネ達は否定するだろうが、少なくとも人間では決してない。

 

……正直なところ、違和感自体は以前からあった。お母様とドレスの採寸をしても一向に変化が無い。周りの子達が年々成長し、休み明けに再会した時は見違える程大人に近づいている。なのに、私だけは何一つ変わらない。どんどん周りに追い抜かれ、いつまでもどこか幼さを残した容姿をしている。不思議でないはずがない。でも私はそんな疑念に蓋をし続けていた。ただ私は成長の遅い()()なのだ。それに周りより幼い容姿をしているからといって、それで私に不利益があるわけではない。背が多少低いからこそ、ダフネやお兄様もよく私の頭を撫でてくれる。お母様に優しく抱きしめてもらえる。だから私は別に疑念を深く考えることなく、日々何も考えずに生きていたのだ。

しかし、そんな愚かで、薄っぺらな日々は終わった。

私は鏡を見つめながら、あの日のことを思い出す。()()()が何気なく放った言葉を。マルフォイ家に罰を言い渡した後、あいつは本当にただ世間話をするような軽い口調で言ったのだ。

 

『目論見通りお前の肉体年齢も止まっている。多少若年で成長が止まっているところは難点だが、アレらの血を混ぜて造ったことは正解だった。これでお前は他の有象無象が寿命で死に絶えようと、俺様に仕え続けることも出来るだろう。俺様が望む限り、半永久的にな』

 

成長が止まる。混ぜられた吸血鬼の血。……闇の帝王と同じ不死性。

何気ない言葉ではあったが、私に現実を突きつけるには十分なものだった。何せ私を造った本人の言葉だ。否定など出来るはずがない。

何故こんな簡単なことにも気づかなったのか。私の体は人外のモノなのだ。ならばこの異常も、そこに起因しているのが自然なことだった。

吸血鬼の特徴はいくつもある。日光や銀、ニンニクなどの弱点もあれば、その逆に強力な身体能力……そして不老の肉体。最初からその特徴を、私はとっくの昔に知っていたのだ。それこそホグワーツに入学する前から。

なのに、私はその事実を無視し続けていた。これを愚かと言わずに何というのか。その他の特徴は、元から認識していたというのに。いつだって罪悪感を覚え、マルフォイ家に相応しくない自分を恥じていた。それでもこんな私を受け入れてくれた家族にダフネ。大切な人達に申し訳なく思いながらも、それ以上に感謝した。こんな私でも、彼等と共にいていいのかもしれない。ルーピン先生も言っていたではないか。私がこんな存在だからこそ出会えた人達もいる。だから私はこんな体でも、彼等と過ごしていたい。そう思っていたのだ。本当に愚かなことに……。

私は皆と違い、同じ時間さえ歩んでいないというのに。

他の特徴とは全く違う。これこそが『闇の帝王』が吸血鬼を()()にした理由。私に求められているのは半永久的に……それこそ私の大切な人達がいなくなった後も『闇の帝王』に仕えること。未来のことではあるが、私の甘い現状認識を打ち砕くには十分すぎる真実だ。私の存在意義は、マルフォイ家の中には何一つ無かったのだ。私がどんなに望んでいても。それこそ大切な人達がいなくなった後でさえ。今更私の異常性が一つ増えただけという話ではない。これからも大切な人達は成長していく。その中にあって、私の姿だけは永久に変わらない。まるで美しいキャンパスに残る一点の染みのようだ。そして彼等を汚しながら、彼等のいなくなった後も私は残り続ける。皆が成長する度に、私だけ取り残される。大切な人が一人もいない、何の価値もない世界に。その事実が無性に気持ち悪くて仕方が無かった。

私は怪物の姿が映る鏡を衝動的に叩き割る。今は手袋をしていないため、鏡を割るくらい実に簡単なことだ。ただ鏡の破片で手に多少の傷が出来てしまった。尤もその傷さえ、数秒後には消えてなくなるのだけど。

いよいよ自分自身の愚かさ、薄汚さに嫌気が差し、鏡から近くの棚に視線を背ける。棚には手紙の山が置いてあり、全てがダフネから届いた物だった。内容は全て私のことを心配するものばかり。当然だろう。私は彼女の手紙に一度も返事をしていない。私のような怪物でも慕ってくれる優しい彼女のことだ。きっと今は不安な気持ちさえ感じてしまっていることだろう。

でも、それが分かっていても私は彼女に手紙を返すことが出来なかった。というより、この部屋から出たのも一度切りだった。それも他人の血液という私に必要不可欠なものを買い出しに行った時だけ。碌な対応が出来ていないのは、何も手紙を送ってくれるダフネだけではない。部屋に閉じこもる私を心配する家族にすら、私は碌に顔を合わせていない。

……今どんな顔で彼等に会えばいいのか分からなかった。勿論それだけが理由ではない。他にも考えるべきことがあったこともある。が、それでも私は家族に合わせる顔が無かったのだ。私の異常性が一つ増えても、きっと大切な人達は私を受け入れてくれる。それは分かっている。今更そんなことを疑うつもりはない。でも、そんな優しい人達に対して、私自身がどのような態度をとればいいのか分からなかった。

 

「ダリア! 大きな音がしたけれど……手を、手を怪我しているの!?」

 

それはお母様が部屋に入ってきても変わらない。手の怪我が今当に治りつつあるのを確認したお母様は、私を悲し気な表情を浮かべながら抱きしめる。しかしそんなお母様にも、私は碌な反応を返すことが出来なかった。お母様はこんなにも優しい方なのに、私はどこまでも愚かだ。ただ硬直するだけの私に、お母様は優しく抱きしめながら言葉を続ける。

 

「手は大丈夫そうね……。ダリア、大丈夫。大丈夫よ。どんなことがあっても、貴女は私の可愛い娘よ。……たとえどんなことがあっても」

 

お母様が何を仰りたいかは分かっている。このやり取りも、休暇中何度も繰り返されたものだ。お母様は……全てを分かった上で私に話されている。

私の存在意義。生み出された理由。私の異常性の全てを……。全てを分かった上で、お母様はこうして私を抱きしめて下さっているのだ。

そしていつも通り私が大して反応出来ていないのに、それでもお母様はより力強く私を抱きしめながら続けていた。

 

「貴女が思い悩む必要はないわ。……今回の任務も、ドラコや貴女が関わる必要すらないの。貴女達は何もしなくていいのよ」

 

しかし私はお母様の言葉を聞きながらも……いや、お母様の言葉を聞いたからこそ、より一層ただ自分の為すべき()()について考え続けていたのだった。

この私という無価値な存在を、少しでもマルフォイ家の役に立てなくてはならない。今のマルフォイ家の状況も、本をただせば私が原因なのだ。私がマルフォイ家に預けられたばかりに、大切な人達は余計な気遣いをしなければならなくなった。そんな中でも、少なくとも今危機的状況に陥っているお兄様は救うことが出来る。それだけは私にでも直ぐに実行することが出来る。

 

ようはお兄様より……私の方が早くあの老害、ダンブルドアを()()()いいのだから。

 

何も私は家族と顔を合わせないためだけに引きこもっていたわけではない。私のことよりも、もっと重要なことが目の前に横たわっている。

優しいお兄様に殺人などさせるわけにはいかない。死喰い人達とは違い、お兄様は()()()()()を知っている。お兄様が罪悪感を覚えないはずがない。ならば私がお兄様の代わりに老害を殺すのはもはや義務とすら言えるだろう。幸いお兄様の計画は把握出来ている。お兄様の伝手は限られているため、ボージン氏を尋問して正解だった。そして何より……グレンジャーさんもお兄様の計画に気が付いている。ならば彼女もお兄様の計画を妨害してくれるだろう。元から成功率の高そうな計画ではなかったが、これでお兄様が老害を殺す可能性はなくなった。闇の帝王はお兄様が止めを刺せと言ったが、そんなこと知るものか。多少機嫌は悪くなるかもしれないが、ダンブルドアを殺せば功績としてはお釣りがくる。少なくともお兄様に殺人をさせるよりは遥かにマシな結果だ。

 

だから私がダンブルドアを殺すのは義務であり……()()()()()事なのだ。

 

無論私が殺すことも容易ではない。奴は今世紀最高の魔法使い。前回の結果は偶然でしかない。何より奴に勝利したわけではなく、勝利する見込みもない。ただそれでも私は……。

私はそこまで考え、ただ静かにお母様に応える。お母様の優しさにどのような態度をとればいいのか分からない。しかし私のやるべきことは決まっているのだから。

 

「……大丈夫ですお母様。私は必ず……お母様達の役に立ちますから。私の命は……全てお母様達のためのものなのですから」

 

「ダ、ダリア? 何を言っているの……?」

 

顔を上げれば、戸惑ったように私を見つめるお母様が鏡越しに見える。そして割れた鏡には、不気味な()()を浮かべた私の姿も見えた気がした。

いつか校長室で見た、あの魔法の鏡に映った同じ笑顔が……。

 

 

 

 

夏休みが終わる。最後まで、それこそ大切な家族とさえすれ違い続けながら、()()()夏休みがこうして終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナルシッサ視点

 

私達マルフォイ家はどこで間違ったの?

子供達が入学してから、私は毎年子供達が家に帰ってくる時を楽しみにしていた。ドラコはしっかり勉強し成長しただろうか。ダリアは我慢しすぎず、その優しすぎる内面を見てくれる友人を得ただろうか。子供達が目の届かない場所にいるとやはり不安な気持ちになる。だからこそ、子供達が家に帰ってきた時は嬉しく、何より安心することが出来た。

ホグワーツでの小さな自慢話をするドラコ。言葉数は少なくとも、そんなドラコを嬉しそうに見つめるダリア。私の可愛い子供達。休暇を長くすることは出来ないけれど、少しでも二人と過ごしたい。二人の姿を見ていたい。そう私はずっと思い続けていた。

しかし、そんな小さな幸せに満ちた日々は終わりを告げる。

子供達は家に帰っても暗い表情を浮かべている。誰も嘗ての様に笑顔を浮かべない。家も変わってしまった。家の主も変わり、家に満ちる空気が様変わりしたのだ。ここには嘗てあった細やかな幸福などありはしない。以前の戦いの時にさえあったものが、今回は完全に消え去ってしまった。

……こんなはずではなかった。『闇の帝王』は強大であり、またその主張も純血貴族の正義に沿ったもの。少なくとも私達はそうずっと教えられていた。誰もあの方には勝てない。負けることなどあり得ない。ならばこそ、ルシウスは『闇の帝王』に忠誠を誓った。あの方が消えた時こそ主張を翻したが、お戻りになれば再び忠誠を捧げている。全てはマルフォイ家のために。

であるのに私達は……いえ、子供達は全く幸福とは言い難い状態にある。

何かを間違った。それは疑いようのない事実。ただその間違いを、私やルシウスが認めたくないだけ。考え出せば切りがない。ダリアをホグワーツに入れたこと? ダンブルドアに横やりを入れたこと? ……そもそも『闇の帝王』に忠誠を誓ったこと? もはや何もかもを間違っていたとしか思えない。

尤も、今優先して考えるべきことは目の前の問題だった。私は目の前に立つ、愛すべき二人の子供達に目を向ける。

汽笛を鳴らす汽車の前に立つのは、私の愛するドラコとダリア。休暇明けにしても、二人の表情はあまりに暗い。ドラコはどこまでも思いつめた表情を。ダリアは一見いつもの無表情に見えても、母親である私にはこの子の苦悩が読み取れていた。

それもそうだろう。この子達は今非常に苦しい立場に置かれている。それもこの子達の責はないにも関わらず。子供が負うにはあまりにも重い責任を負わされている。全ては私とルシウスが悪いというのに。であるのに、私に出来ることは限られている。ルシウスはこの場にはいない。彼は『死喰い人』だと世間に露見した。このような場所には来れない。だからこそ、私は自身に出来ることを精一杯にするしかなかった。

それがどんなに些細なことであったとしても。それがたとえ自己満足としか言いようのないものだとしても。

 

「ドラコ……。ダリア……。何度も言うわ。私が言えたことではないわ。私を恨んでもいい。でも……決してダンブルドアに手を出してはいけない。それは貴方達がすべきことではない。大丈夫。代わりにことを成してくれる人はいる。だから……貴方達はただホグワーツでの生活を楽しめばいいのよ」

 

私に出来るのは、ただ何の慰めにもならない言葉を吐き続けるだけ。これが自己満足以外の価値がないことは分かっている。事実私の言葉で、二人の表情が明るくなることなどない。私の言葉だけで二人の責任感を覆すことなど出来ない。特にダリアに至っては、より一層決意を固めた表情すらしている。それでも私は言葉を続けるしかない。二人には……特にダリアには殺人などさせるわけにはいかない。その一線を越えてしまえば、ダリアは決してこちらには戻ってこれないだろうから。

ダリア。私が生んではいなくとも、私が愛する我が子。マルフォイ家の大切な娘。どんな目的で闇の帝王がこの子を作り上げたかは知っている。ダリアをルシウスが連れて来た時から。この子の事情が露見すれば、多くの者はこの子を人間ではないと蔑むだろう。しかしそれでも、私にとってこの子は人間であり……可愛い我が子でしかないのだ。それ以外の何者でもない。どんな表情を浮かべていても……それこそいつもの無表情でなくとも、母が愛する我が子の本心に気が付かないはずがなかった。

だからこそ、私は願いを込めて強くダリアを抱きしめる。情けないことに、これが私に出来る唯一のことだから。しかし、

 

「ダリア……貴女は我慢なんてしなくてもいいのよ。マルフォイ家のためなんて、貴女は決して考えなくともいいの。それは私とルシウスの背負うべきもの。だから、」

 

「いいえ、お母様。何度も言います。これは私の為すべきことなのです。お母様こそ責任を感じる必要性はありません」

 

やはりダリアに私の言葉は届くことはなく、ただ悲壮な声で応えるのみだった。

それどころか、ダリアはそのまま私を振り払うように汽車に乗り込んでしまう。それは今までの別れとはあまりに違う姿だった。私は自身の無力さを改めて痛感しながら、同じく硬い表情のドラコに話しかける。

 

「……ドラコ。お願い。貴方はダリアの兄よ。あの子を止めて。ダリアの代わりに目的を果たそうなど考えなくていいわ。……ただダリアを止めて。あの子は決して人を殺すことなんて、」

 

「分かっています、母上。……僕はダリアを人殺しなんかにさせない。あいつにそんな罪悪感は不要だ。優しすぎるダリアは幸福であるべきなんだ。だから僕が……必ずダリアを止めてみせます」

 

 

 

 

私達マルフォイ家はどこで間違ったの?

私に背を向け、汽車の中に乗り込むドラコの背中を見つめながら考える。

ドラコも結局、私の言葉に正確に応えることはなかった。ただダリアを止める。そう応えるのみで……その過程で何を為すかを語ることはなかった。血こそ繋がっていなくとも、妹と全く同じ表情を浮かべながら。お互いがお互いとも、相手が傷つかない様に自分を犠牲にしようとしている。こんな悲しいことがあるだろうか。

こうなればセブルスとの誓いに期待するしかないが……嫌な予感がして仕方が無いのだ。

 

もう何もかも手遅れであり……次帰ってきたダリアは、もう()()()()()()()()()()()()()()()()

そんな気がして仕方が無かった。

 

私とルシウスは何を間違ったの? その問いをただ繰り返す。当然答えなどない。

答えがあるとすればそれは……何もかもが間違っていた。それこそ私達が()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。そんなもはやどうすることも出来ない答えばかり頭に浮かぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

ホグワーツに向かう汽車の中。僕は夏休み中見た光景を思い出しながら考える。

ノクターン横丁でのドラコの行動は、一体どんな意味があったのだろう。

あの時見たあいつの雰囲気は異様だった。行動も普段とは違った。何かを企んでいるのは間違いないのだ。けど、肝心の何を企んでいるのかはさっぱり分からなかった。

その上不可思議なのは、僕達の中で最も賢いハーマイオニーだ。ドラコの行動に対してどのように考えているか聞いても、

 

『……何も分からないわ。……今()()必要なのは、ただ忍耐よ。今はただ待つの』

 

いつもそんな曖昧な答えを返すだけだった。彼女の事だから、ドラコの行動をある程度理解はしているはずだ。その証拠に、僕の質問に何も答えてくれないわけではなかった。

 

『もしかしてハリー、君は……ドラコが死喰い人になったって言うのかい? そんなことあるわけないさ! あいつはとんだ無能な餓鬼だぜ! そんな奴を例のあの人が必要とするわけない、』

 

『いいえ、あり得ない話ではないわ。必要かはともかく……ダリアのことを考えればあり得ない話ではないわ。ただそれがどのような役割か……いいえ、何でもないわ』

 

ドラコが『死喰い人』になった可能性を指摘した時、ロンとハーマイオニーから返された言葉。ロンはともかく、ハーマイオニーは真剣にその可能性について考えてくれていた。なら僕の考えはそう間違ったものではないのだろう。そうでなければハーマイオニーはハッキリと否定していたはずだ。でも僕の言葉を肯定しても、詳細までは語ろうとしない。まるで何かを隠しているみたいに……。

僕等三人しかいないコンパートメント。僕は目の前のハーマイオニーの表情を盗み見る。彼女は真剣な表情を浮かべながら、何かを考え込むように窓の外を見つめていた。

……実のところ、ハーマイオニーが一人で考え込む原因は予想出来ている。ハーマイオニーが思い悩むのは、いつだって()()()のことについてだった。

怪しい行動をとるドラコ。その裏に必ずいるであろう……奴の妹であるダリア・マルフォイ。既に『死喰い人』の中で一定の地位にいる危険な人間。ハーマイオニーがドラコについて考える時、あいつについても考察しているのは間違いないだろう。

僕は溜息を押し殺しながら考える。ハーマイオニーは僕等の中で最も賢いのに、何故ダリア・マルフォイに関してのみそこまで拘るのだろう。あいつはいつだって裏で暗躍していた。去年に至っては、ハーマイオニーはあいつに怪我まで負わされたのだ。なのに一向にあいつについての考えを改めようとしない。以前のようにあいつを庇うことは無くなったけど、それでも何一つ考えを変えてないことは薄々気がついていた。

年々ダリア・マルフォイの危険性が増している。ヴォルデモートが隠れるのを止め、ダリア・マルフォイもこれまで以上に何かを企むはず。それこそ今年に至っては、ドラコまで操られている可能性がある。最大限の警戒をしなければならないところを、どうして余計且つ間違った考えを抱き続けているのだろう。

尤もそんなハーマイオニーの間違いに薄々気が付いていても、彼女が何も言わない以上ここで敢えて指摘するつもりはない。今ここで指摘して彼女の考えを変えられるくらいなら、疾うの昔に変えられている。ダリア・マルフォイの危険性が露になる度に、僕は何度もハーマイオニーに注意していたのだから。今ここで言っても意味はない。

それに僕は、

 

「あの……あ、貴方があのハ、ハリー・ポッターですか? わ、私、この手紙を届けるように言われてきました! どうか受け取ってください!」

 

ハーマイオニーのことばかり考えているわけにもいかなかったのだ。突然下級生の女の子がコンパートメントに入ってきて、僕に紫のリボンで結ばれた羊皮紙の巻紙を差し出してくる。そして顔を真っ赤にしながら、来た時同様転ぶようにコンパートメントを出て行った。

何が起こったのかよく分からず、とにかく巻紙を解いてみると……それは僕への招待状だった。

しかも差出人は、()()スラグホーン先生からだった。

 

『ハリー。コンパートメントCでのランチに参加してくれると大変うれしい。君のことをより知れる機会だ。ぜひ参加を』

 

「差出人は……スラグホーン? そんな教授は……いや、ハリーが休み中に会った奴か」

 

招待状を覗き込んでいたロンの言葉に頷く。正直行きたいかと聞かれれば、僕は行きたくないと答える。ただ相手はダンブルドアが直々に親交を持つよう命じられた人だ。ここで断るわけにはいかないのも現実だった。

 

「……ダンブルドアのこともあるし、行くしかないね。悪いけど少し、」

 

「あぁ、気にするなよ。どうせ僕等も監督生の集まりに顔を出さないといけないんだ。また後で。ランチはどうだったか聞かせてくれよ」

 

「そうね。私も……()()()と少し話したいことがあるから。……彼女も監督生だから集まりには来るはず。また後でね、ハリー」

 

僕は二人の後押しもあり、重い腰を上げてコンパートメントを出る。

考えないといけないことばかりだ。スラグホーン先生の事。ドラコの事。ダリア・マルフォイの事。……ハーマイオニーの事。ただホグワーツの生活を楽しみにしていただけの頃が懐かしい。僕を取り巻く状況は日々悪くなっていくばかりだ。

でも、それでも僕は立ち止まるわけにはいかないのだ。ダンブルドアの言葉が正しければ僕は『予言の子』であり……ヴォルデモートとどちらかしか生き残れないのだから。


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