ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
世の中が急激に動き始めている。闇の勢力が活動を始めた。今までのように世界の裏側ではなく、表を堂々と。去年までとは比べ物にならない程に。相変わらず騎士団の情報がそこまで手に入るわけではないけど、『日刊預言者新聞』を読むだけでそれを察することが出来た。
ファッジ魔法大臣が失脚し、ルーファス・スクリムジョールという『闇祓い』局長が新しく大臣に就任した。これにより魔法省は
でも、それでも勢いを増したヴォルデモートが止まるわけではない。新聞には何人もの行方不明者が出たと書いてあった。ほとんどは知らない人ばかりだったけれど、知っている人も中にはいる。そう例えば、僕が杖を買ったオリバンダー……。あの人も忽然と店から消えてしまったらしい。そこまで好きな人ではなかったけれど、顔見知りが消えたというのは少なからずショックな出来事だった。
無論消えた原因も分かっている。といより、新聞にも隠さず書いてあった。『死喰い人』が彼を誘拐したのだ。魔法界で一番の杖職人を誘拐する理由は考えるまでもない。この事件に関して、つい
事態が急速に動いている。それは僕にだって分かっている。でも、僕には相変わらず出来ることがない。ただ新聞を読み、時折漏れ聞こえてくる騎士団での情報を皆で共有するだけ。出来ることなんて無いに等しい。出来たことと言えば、
「へぇ。新しい先生って、スラグホーンって名前なんだ。その人をハリーが勧誘にしに行ったわけかい?」
「うん。何の先生になるかは聞かなかったけど、僕が勧誘することが必要ってダンブルドアが……」
「有名な方なの? 今余っている枠は『闇の魔術に対する防衛術』だけど……。ダンブルドアが行くくらいだから、とても強いのかしら」
「そんな風に見えなかったけどね」
ホグワーツの新しい教員をダンブルドアと勧誘に行くくらいのことだった。
夏休み休暇も終わり間近。僕は親友であるロンとハーマイオニーとダイアゴン横丁のカフェで、つい先日あったことを話し合っていた。
ただダーズリー家で『日刊預言者新聞』を読む日々。僕への誹謗中傷は消えたが、決して明るいニュースは書いていない。そんな暗い記事を読むばかりの日々の中、突然ダンブルドアがプリペット通りに現れたのだ。そしてオリバンダーのことを含めていくつか世間話した後、校長はダーズリー一家の許可を無理やり取り付けて僕を連れて『姿現し』をした。それが新しい教員の隠れ家だったというわけだ。
隠れていたのはホラス・スラグホーンという名前の人だった。小太りの老人で、あまり強そうな人ではない。ただダンブルドアは、何としても彼に教員についてほしいらしく、そのために僕を餌に彼を引き入れるつもりだったらしい。何故僕が餌になるのか皆目見当もつかなかったが、結果的にダンブルドアの目論見は成功と言えた。最初こそ渋っていたスラグホーン先生も、僕のことが気に入ったらしく、最後にはホグワーツに行くことを承諾したのだ。
まるで僕をコレクションの一つに加えたいかのように……。
ダンブルドアどころか、これはスラグホーン先生本人が言っていたことだけど、彼は才能ある人間を
彼の僕に与えた任務は、まずはスラグホーン先生を勧誘すること。そして彼と親交を深め、彼からある
何故そんなことをしなければならないのか。僕には全く分かっていない。スラグホーン先生に対しても、僕は今のところそこまで好印象を抱いてはいない。コレクションの一つとして扱われて、とてもいい気がする人間ではないのだ。母とも交流があったと言っていたけど、
『リリー・エバンズ。いつも生き生きとして、魅力的な子だった。何より、彼女は非常に優秀な教え子の一人だった。いつも彼女に言ったものだよ。君は私の寮に……
『……僕の友達にもマグル生まれの子がいます。その子は学年で……
『時折そういうことが起こる。不思議なものだ。ん? いや、無論私は偏見を持っているわけではないぞ! 彼女以外にもマグル生まれの子で私のお気に入りは大勢おる!』
それだけで信用するには些か癖が強すぎる人柄だった。それもスリザリンの寮監。正直上手くいく自信はこれぽっちもない。今あの時の会話を思い出しても、それ程いい気分になることはない。
だけど、今僕に出来ることはこれくらいのものでしかない。ならばこそ、僕はやるべきなのだ。
シリウスが殺されてから、悩まない日なんて一日だってない。今でも彼がアーチの向こうに消えていく光景が脳裏にこびりついている。僕が殺したのだ。僕の軽率な行動によって、シリウスは死んでしまったのだ。自分の気持ちに折り合いがついているなんて、口が裂けても言えない。だからこそ、僕は何か騎士団の役に立つことをしている意識が無ければ、罪悪感で頭がどうにかなってしまいそうだった。無論この前の様に、ただ闇雲に行動するわけにはいかない。僕の軽率な行動で再び誰かが犠牲になるなんてあってはならない。その点ダンブルドアから与えられた任務は、僕にとって非常に有難いものだった。ダンブルドアに従っていれば、僕は間違うことがないのだから。
僕はそんな自戒を込めて、目の前の二人に今までのことを話した。二人も去年のことで何か思うことがあったのだろう。僕の話を聞き終わった後、二人はしばらく何かを考えるように沈黙していた。そしてカフェ向かいに何とはなしに視線を送る。……店主のいない、半壊したオリバンダーの店へと。
何度も実感させられたことだけど、改めて痛感させられる思いだった。ダイアゴン横丁は、僕が初めて魔法の世界に足を踏み入れた場所。奇抜な格好をした魔法使い達で溢れ、常に奇想天外な賑わいに満ちている場所だった。でも、今目の前の光景はどうだ。人通りは少なく、賑わっている場所と言えば、唯一ウイーズリー兄弟が新しく作った『悪戯専門店』くらいのものだろう。あそこだけは異様に賑わっていたけれど、横丁全体が賑わっているとはお世辞にも言えない。挙句の果てにオリバンダーの店だ。今は窓ガラスも割れ、積んであった杖の山も全部黒焦げている。そして何より店主がいない。この横丁も変わってしまったのだ。悪い方向へ。……ヴォルデモートのせいで。
そして、そんな物思いに耽っている時、僕等は更に違和感を覚える光景を目撃したのだった。
視界の端にプラチナブロンドの髪色が映りこむ。僕が知っている中で、その髪色の人間はそう多くはない。それどころか、この髪色を見て不快な気持ちにすらなる。何故ならこの髪色をした人間で、僕が最も顔を知っているのは、
「……ドラコ・マルフォイだ。あいつ、一体何をしてるんだ?」
一年生の頃からお互い憎み合っている奴だから。
僕が気が付いたと同時に、隣に座るロンも奴の存在に気が付いた様子だった。訝し気に通りの向こうを歩くドラコの姿を視線で追う。普段なら不愉快なものを見たと無視するのだけど、ロンも僕もあいつの今の姿にどこかしら違和感を感じたのだ。
キョロキョロと辺りに視線を警戒しながら、まるで隠れるように道の端を歩いている。いつもであれば、自信満々に道の真ん中を歩いていたことだろう。それがまるで今から悪いことをすると言わんばかりの態度で歩いている。いくら父親が死喰い人と世間に露見したからと言って、あいつがそれを理由に態度を改めるとは思えない。寧ろ今まで以上に堂々と道を歩きそうな奴だ。
それに何より、あいつはそのままダイアゴン横丁から外れ、そっと暗い横道に消えて行ったのだ。……2年生の時に僕が迷い込んだ『ノクターン横丁』の方へ。
明らかに何か企んでいる態度で。……誰の護衛もなく、一人で。あいつの傍には、過保護であろう両親の姿も……あいつがいつも一緒にいる
あまりの怪しさに僕とロンは視線を交わした後、そのまま黙って立ち上がる。
ハーマイオニーは一瞬悲しそうな表情を浮かべていたけど、やはり何も言わずに僕等と同じく立ち上がる。そして僕が取り出した『透明マント』に黙って入り込み、そのまま僕等はノクターン横丁の方へ足を向けるのだった。
ハーマイオニー視点
ダリアが今の情勢に巻き込まれている。それは疾うの昔に分かっていたことであるし、私もそれを現実として認めている。ダリアは敵側の人間。彼女が今年、更に厳しい立場に立たされていることは考えるまでもないことだった。
……でも、どうやら巻き込まれているのは彼女だけではないらしい。
「ここ……ボージン・アンド・バークスだ。話したことあるよね? 『煙突飛行』で迷い込んだって。闇の道具ばかり置いていて、」
「ハリー、今は黙って。声が聞こえなくなるわ」
ダイアゴン横丁とは全く違い、辺りは暗い上に小汚い。そんな場所で私達が一軒の店の前に張り付き、こうして窓から覗き込みながら聞き耳を立てている理由は一つ。
「……つまり、これの
「さぁ、私には何とも、
店の中でダリアの兄……ドラコ・マルフォイが闇の道具を買いあさっているから。
今の彼は一人きり。両親の姿も、それこそダリアの姿も辺りには無い。慣れた態度から、彼が度々ここに来ていたことは間違いないだろう。でも、彼がこのような治安が悪そうな場所に一人で来たことがあるとは思えない。ダリアならまだしも、彼には自衛の手段は無いに等しいのだから。
それが危険を覚悟でここに足を運んでいる。そして何より、中で商品を品定めしているのだ。何かあると疑うのは、ハリーでなくとも無理からぬことだった。
私達の疑惑の視線の先で、店主とドラコの会話は続く。覗き見るだけでなく、ウィーズリー兄弟開発の『伸び耳』で中の会話もある程度聞きとることが出来ていた。
「そうか……。ただ、あるとすれば……あそこかもな。それも確かめないといけないが。だが、手段はいくつもあった方がいい。僕のやろうとしていることは、それ程難しいことだからな。取り敢えず、これを誰にも売るなよ。ここに置いておくんだ。それと、このことは誰にも言うな。父上と母上。それに
「も、勿論でございます。
そう言ってドラコは、一見何の変哲もない
「これは……まだあったんだな。この
「え、えぇ……勿論。ですが本当に支払いは、」
「反論するな。僕が必要だと言うんだ。黙って従え」
ドラコは他の商品にもいくつか視線を送り、ようやく外を目指して歩き始める。ただ最後にもう一度、
「……もう一度言うが。ダリアには決して僕がここに来たことは言うな。後日いつもの物を買いに妹がここに来るかもしれないが、絶対に僕のことだけは言うなよ。素知らぬ顔をするんだ。分かったな」
店主に念を押し、彼は店から出てきた。透明マントを被っているとはいえ、監視していた人間が近くを通るのは中々緊張する。しかしドラコはこちらの存在に気が付くはずもなく、そのままどこか悲壮感を感じさせる表情のまま、ダイアゴン横丁の方へ歩き去っていた。
ドラコが視界から完全に消えると、私達はホッと一息つきながら話し合う。
「あいつ、何を買ったんだろう。少なくともクィディッチ用品を売ってる店じゃないだろう?」
「あの棚に……ネックレスって言ってた。棚はともかく、ネックレスは僕も見たことあるような……。何の道具だったか思い出せないけど、決して良い物ではなかったはずだ。あいつ、何のためにそんな物を買ったんだろう」
ハリーとロンの会話を聞きながら、私も思考を巡らせていた。
二人が言っている通り、彼が購入したのは闇の魔術がかかった品だと思う。でも、目的が分からない。ドラコが何かに巻き込まれている。それは間違いないけど、やはりそれが何であるか推察するには、あまりにも情報が少なかった。ダフネの手紙にはこんなこと一言も書いていなかった。そもそも、最近ダリアから
……私がダリアをこちら側に取り戻すためにも。
「二人共ここで待っていて。ちょっと確かめてくるから」
「ちょっと、ハーマイオニー! 君は一体何を、」
私はハリーの制止を無視し、マントから出てそのまま店の中に入る。
ハリーの言う通り、店の中には怪しげな物が満ち溢れている。自分で言うのは何だけど、どう考えても私はここの客層とはかけ離れているだろう。ドラコも容姿だけなら場違いだけど、店主もマルフォイ家の人間だと知っている。ところが私はただのマグル生まれの学生。当然店主は私の登場に不審な表情を浮かべていた。
「……ここに何のようだ。ここはお前の様な小娘が来る場所ではないぞ」
でもここで引き下がるわけにもいかない。私は素知らぬふりをしながら、咄嗟に適当な嘘を吐く。
「いえ、ちょっと素敵な店だなと思って寄っただけです。ここは……そう、わ、私の友人がいい店って言ってたから。彼女、マルフォイ家の子なんです。彼女を知っているのでしょう?」
「お、お前が……い、いえ、貴女はお、お嬢様の御友人なのですか?」
「え、えぇ、勿論。だから、中を見てもいいですよね?」
咄嗟に吐いた嘘だったけど、思いの外効果があった様子だった。やはりダリアの名前はここでも絶大なものらしい。先程のドラコの会話で想像していた通り。店主は未だに怪しんだ表情を浮かべてはいるけど、即座に店から追い出す気はなくなったらしい。黙って私のことを観察し続けている。尤も、この空間の居心地が良くなったわけではない。それに考える時間を与えれば、私の嘘は直ぐに露見してしまうだろう。何故ならダリアがここで買い物をすることを、たとえ友人であっても話すはずがないのだから。ここに置いてある道具はそういった類のものだ。
なるべく、それでも怪しまれない程度に早く終わらせた方が良さそう。私は心の中でダリアに謝りながら、そのまま闇の道具を観察する。説明書きがされている物はあまりない。ただ骸骨に、ひなびた人間の手など、明らかに危険な道具ばかりだった。しかし私が用があるのは、二つの道具でしかない。私はいくつかの商品をカモフラージュで見やった後、本命の道具を観察することにした。
「呪われたネックレス。これまでに19人の持ち主のマグルの命を……」
一つ目は豪華なオパールのネックレス。数少ない説明書きがされた商品であるけど、その説明がそもそも物騒極まりない。こんな碌でもない物を、ドラコはどうして購入したのだろうか。少なくともダリアへのプレゼントでないことは確かだった。
そして二つ目はキャビネット。ネックレスとは違い、豪華な見た目でもない。本当にただの家具にしか見えない。どこに興味が惹かれる要素があるか皆目見当もつかなかった。
駄目。これ以上の情報は掴めない。店主の疑惑もいよいよ限界に近付いている。ここで出来ることは、
「すみません。このキャビネットは何ですか? ……実はダリアにプレゼントを贈りたくて。他の人と被らないためにも、変わった物がいいかなって。……これも商品ですよね? それで、どんな効果がある物なんですか?」
最後に駄目元で店主に直接尋ねることだった。無論これが愚策だと言うことは分かっている。でも今出来る唯一のことがこれだったのだ。現に店主は遂に私への疑いが確信に変わった様子だった。表情を青ざめさせながら、私に大声を上げ始める。
「や、やはりお前……お、お嬢様の友人ではないだろう! このキャビネット!? な、何が目的だ! お嬢様の名前を使うなど、なんて恐れ知らずな! あの方がどんな御方か、お前は知らないのか!? あの方は……いや、今はそんなことはいい! と、とにかく、俺にもう関わるな! 出ていけ! この店から出ていけ! 二度と来るな!」
潮時だ。私は即座に店を出て、そのままダイアゴン横丁に向かって駆けた。後ろから同じく足音が聞こえることから、ハリーとロンも追いかけてきているのだろう。
私は走りながら考えをまとめる。
ドラコは何か良からぬことに巻き込まれている。それもあんな危険なネックレスを必要とするような。キャビネットは結局よく分からなかったけど、あのネックレスだけでも危険なことだと分かる。そして私の予想では……ドラコはダリアを
ドラコの奇妙な行動に……ダフネに手紙さえ送らないダリア。
何か……何か悪いことが起こっている。
私の親友と……その家族に。敵側にいるとはいえ、私が助けたい友人が苦しんでいる。ほとんど何も分かっていないけれど、それだけは私にも分かっていた。