ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
破れぬ誓い
ダンブルドア視点
ここのところ、ワシの思考は事ある毎に昔の記憶に絡め捕られておった。
考えねばならんことは相変わらず多い。じゃが、
ワシはこの無駄に長い人生の中で、一体何を為し得たのじゃろぅか。もう長いことはない人生で、何を残すことが出来るのじゃろぅか。
間違いばかりを犯したワシの人生は……一体何の意味があったのじゃろうか、と。
幼い頃のワシは、語弊を恐れずに言えば誰よりも賢い存在じゃった。
……少なくとも、当時のワシはそう信じて疑っておらんかった。現在でも客観的且つ、ある
理由は無論、ただ知識や魔法などではない。確かにワシは誰よりも勉学面において
ワシには他の誰にも真似できぬ特性があった。他者がどれ程努力しても不可能であり、ワシだけが出来るただ一つの特性が。
何を隠そう……ワシには未来が見えておったのじゃ。
予言者の力があったわけではない。シビルのように根拠や論理などに頼らず、ただ直感的に未来を見通してはおらんかった。
ワシはただ些細な情報から、その裏側の事実、そしてその先に起こるであろう出来事を分析することが出来たのじゃ。風や天気に始まり、日刊預言者新聞の雑多な記事、他者の表情や仕草まで、ありとあらゆる情報によって先のこと分析しておった。些細なことであれば、おそらくワシ以外の人間であっても可能じゃろう。じゃが、ワシはそれを更に正確且つ広範囲に成し遂げることが出来たのじゃ。
幼い頃、ワシはどうして周りがそんなことも出来ぬのか理解できんかった。明日の天気がどうなるか。相手が次にどのような行動をとるか。世界が今後どのように変動するか。そのことで、更にその周りがどのようなことを考え、行動するか。ワシには手に取る様に分かり、間違うことなど殆どなかった。それはワシが物心ついた頃から出来ておったこと。周囲が何故そんなことも出来ぬのか、ある意味その一点のみがワシには理解できんかった。
常に周囲と、それこそ家族との会話にすら小さな齟齬が生じておった。相手の認識と、ワシの認識が上手く噛み合わぬ。ワシが話す当たり前のことを、相手が真には理解しておらぬ気配。そして後にワシの認識にようやく追いつき、ワシに賞賛や驚愕の視線を投げかける。日常に常に小骨の様に刺さり続ける違和感に、ワシは最初ただ戸惑うばかりじゃった。
そして成長するにつれ、ワシはようやく理解する。
そうか、ワシはただ周囲の人間より賢く……
成長し、家族以外の大勢の他者と出会うことで……ワシはようやくその単純な事実を認識することが出来たのじゃ。
そう思い至った時から、ワシは分析した未来で、更に他人をどのように誘導するかを考えておった。分析するだけではなく、未来を作り出すことに注力し始めたのじゃ。ワシがどのような態度、表情をすれば、他人がどのように考え行動するか。その先にワシがどのような利益を得られるか。賢いワシには実に簡単なことじゃった。未来を分析するように、勉学においても困難を感じたことなど無い。ホグワーツに入学した後も、何故周りがこんなに簡単なことが分からぬのかが分からぬくらいじゃった。無論そんな本心を噯気にも出せば、ワシが周囲から孤立することも理解しておった。じゃからこそ、ワシは心の中で他者を見下しながら、それでも尚彼等を穏やかな笑顔の仮面で導き続けた。ホグワーツでの成績は当然主席。教員からの評価も最優。その上でそれなりに優秀な人材と交流を深め、ワシは未来への展望を深めておった。
ワシに
魔法界を超え、マグル界にすら絶大な影響力を持つ。この世の全てを統べる偉大な存在に。ワシならば成れるはず。何故ならばワシは特別な存在じゃから。
若かりし頃のワシはそう信じて疑いもしなかった。
今思えば傲慢極まりない存在じゃった。未来ばかりを見つめ、仮初の全能感に酔いしれる。賢くはあっても、その実反吐が出る程愚かな存在じゃったろう。
じゃが当時の自身を擁護するのであれば、そんなワシの醜悪さを咎めてくれる存在がおらんかったのじゃ。ワシが隠しておったこともあるが、そもそも気付けた人間が家族を含めておらんかったのじゃ。父は物心ついた頃にはアズカバンにおった。ワシは父親の顔を写真の物しか思い出すことが出来ぬ。母はワシのことを褒めるばかりで叱ることはなかった。優秀なワシより妹のことが心配で、真の意味でワシを見つめる時間が無かったのじゃろう。
そして……その妹である
正直彼女が厄介と感じたことは何度もあった。妹が度々魔力を暴発するせいで、ワシ等家族は『ゴドリック谷』などという田舎に住まねばならんかった上、何より母の関心を一身に集めておった。いくらワシが可愛げのない性格じゃったとはいえ、それは幼い時に面白いはずがない。無論それでもワシはそれなりに妹に愛着を持っておった。いつもワシに学校の話をせがみ、ワシに純粋な好意を向けてくる。煩わしくも、小さくない愛着を抱ける妹。……尤も、じゃからこそ彼女の方がワシを理解しておるとはお世辞にも言えんかったのじゃが。ワシの実態を知れば、あのように純粋な好意を向けられるはずがない。
結果、ワシに正面切って厳しい言葉を吐くのは、この世界に弟のアバーフォースのみじゃった。直情的で、ワシとは違い周囲との衝突が絶えなかった弟。皆は優秀なワシと彼を比較し、いつも彼を愚かと断じておったが、彼だけはワシの本質を見抜いておったのじゃ。
『兄貴がグリフィンドール? 何かの間違いだろう。周りにどんなにいい顔をしても、俺はお前の考えていることを分かってるぞ!』
彼がホグワーツに入学した時に放った言葉。同じグリフィンドール生達に囲まれたワシに、彼は開口一番にこう言い放ったのじゃ。
彼の言葉は何も間違っておらん。実際、『組み分け帽子』は最初ワシにスリザリンを勧めておった。純血との繋がりを考えるならば、それはそれで有用な選択肢じゃったじゃろう。じゃが、ワシは純血貴族の大半がマグルやマグル生まれに対して排他的であることも知っておった。それは最終的なワシの目標にはマイナスとなる。妹のことを考えればマグルのことがそこまで好きではなかったが、排除したいとまでは思うておらんかった。何よりそれなりに
このように、この世界でただ一人ワシのことを真に見抜いておったのは、アバーフォースだけじゃった。彼だけがワシの本質を理解し、真正面からぶつかり、相手をしてくれておった。少々気性の荒い弟であったが、真の賢者とは彼のことだったのじゃろぅ。
じゃが、ワシはそんな理解者がおりながらも、彼を理解者と見なそうとはせんかった。ワシに強く当たる存在は、ワシの最終的な目標の邪魔となる。人格者を演じ、それによって周囲を誘導するワシには邪魔な存在。そう当時のワシは弟を見なしておったのじゃ。だからこそ、ワシは彼とは違い、彼と真剣に向き合おうとせんかった。寧ろ彼の存在を利用し、愚かな弟を優しく対応する……そんな印象を周りに与えることに成功したのじゃ。
アバーフォースのことを考えれば、ワシに擁護できる余地などありはせんが、とにかくワシには理解者と思える存在がおらんかった。そう信じ込んでおった。
全てを予見し、全てを思い通りに操る全能感。そんな中でも感じる孤独感。その孤独感が、より一層ワシの傲慢な欲求を増幅し、よりワシは周囲を操ることに注視する。それが若かりし頃のワシじゃった。
そして……そんな全能感と孤独感に満たされておった時、ワシは
ワシとは違った方法であっても、ワシと同じく未来を知る人間と。ワシと同じく賢く……同じく傲慢な目的を持った魔法使い。
ゲラート・
「……もって
そこでワシはセブルスの声に思考を引き戻される。
視線を上げれば、表情を歪ませたセブルスの姿が。黒ずんでしまったワシの右腕を調べ終えた彼は、痛みに耐えるようにワシの余命を告げたのじゃ。
いつも以上に不機嫌な表情のセブルスから視線を外し、ワシは深い溜息を吐きながら天井を見上げる。そこにはセブルス同様、心配気な表情を浮かべた歴代校長達の肖像画。そして背後からの羽音に振り返れば、ワシと長年共に過ごしたフォークス。彼がこちらに飛ぼうとしておるのを見たワシは、ただ頭を振りながら告げた。
「無駄じゃよ、フォークス。そなたの癒しの涙を以てしても、この呪いを解くことは出来ぬ。……この腕だけに呪いを封じ込めれたのが奇跡なのじゃ。どうあがいても、ワシは1年以内に死ぬ運命なのじゃ」
校長室に悲壮な空気が満ちる。じゃが、ワシには何の慰めの言葉をかけることも出来ん。
全てのワシの愚かしさが原因なのじゃから。
ワシはフォークスからも視線を外し、今度は机に転がる一つの指輪に視線を送る。趣味が良いとは言えぬ些か大きい金の腕に、これまた大きな
これを見つけられたのはつい最近のことじゃ。トムの母親、メローピー・リドルの生家を訪ねた時、ワシはようやく見つけたのじゃ。ヴォルデモートの秘密。今まで奴の日記しか見つけておらんかったが、ようやく他の物を見つけることが出来たのじゃ。ついに見つけた奴を亡き者にする手掛かり。あれ程求めておった物が、こうもあっさり見つかるのは正直拍子抜けじゃった。これ程簡単に見つかるのであれば、最初から奴の生い立ちに関わる場所に目標を絞っておくべきじゃった。
じゃが……思惑通りにいくのはここまでじゃった。奴の母親の指輪を見つけ、それを調べておるうちに知ったのじゃ。知ってしまったのじゃ。
指輪の石には、大いなる力が秘められておることを。この指輪は不死の要因であるだけではなく……『
それもワシが最も求めて止まんかった、『
その事実に気が付いた時、最初ワシは何が自身に起こったの理解出来んかった。当然じゃ。いくら未来を見ることを
……そして誘惑のまま指輪を嵌めたワシは、自身の愚かさを再認識する羽目になったのじゃ。
過ちを正すことなど出来ようはずがなく、ただ指輪に込められた呪いに侵された。何かを得るどころか、逆に全てを失った。それも、自身を賢いと信じて疑っておらんかった頃の……どうしようもなく愚かな夢によって。
まったく……ワシに相応しい幕引きじゃ。じゃからこそ、ついつい考えてしまう。ワシに残された時間が、いよいよ1年と決まった時、ワシは自身を振り返り思うのじゃ。
ワシはこの無駄に長い人生の中で、一体何を為し得たのじゃろぅか。もう長いことはない人生で、何を残すことが出来るのじゃろぅか。
間違いばかりを犯したワシの人生は……一体何の意味があったのじゃろうか、と。
そしてその問いの果てに、ワシは考える。
ワシの人生には……何の意味もありはせんかった。大勢を救いもしたが、その分奪ったものも多かった。賢ければ賢いだけ、過ちもまた大きかった。差し引きすれば何も残ってはおらぬ。ワシは長い時間の中で、何一つ残せはせんかったのじゃ。
じゃが、ならばこそ……無意味な人生の最後に、ワシが何か出来るとすれば、
「ダンブルドア、」
「よい、セブルス。これ以上は無駄なことじゃ。それよりも、こうなってしまった以上、お主にやってもらわねばならんことがある。どうかワシを……
少しでも、ワシの死を意味あるものにすることだけじゃった。
ワシの言葉にセブルスだけではなく、校長室の全員が唖然とした表情で応える。痛い程の沈黙の中、ワシは後悔に満ちながらも、それでも次善の策を必死に考えるのじゃった。
……少しでも、世界をより善いものにするために。
スネイプ視点
窓の外から激しい雨音が聞こえている。まだ日が高い時間だと言うのに、部屋の中も酷く暗い。ここは一年のほとんどを過ごす地下ではないため、日光を取り入れる窓があるというのにだ。外だけではなく、部屋の中も陰気な暗さに満たされていた。
原因は天気だけではない。吾輩が過ごすこのスピナーズ・エンドの家。一年に一度は帰る場所ではあるが、この家は……吾輩が幼い頃過ごした実家は、あまりに複雑な思い出が詰まっているのだ。
マグルの工場地帯のため、魔法が無ければ川の異臭が屋内にも漂ってくる。だが幼い頃、その匂いを遮断する魔法ですら使われることは無かった。マグルの父が、純血の魔法使いである母が魔法を使うことを許さなかったからだ。父は魔法と……何より魔法を使う母を何より嫌悪していた。
『お前も
酒を飲んだ後、いや、酒を飲まなくとも父は何度も吾輩を殴った。両親の不仲がいつ頃からだったのか吾輩は知らない。吾輩が物心つく頃には既に夫婦円満とは言い難い状態であり……父は常に母と吾輩に暴力を振るっていた。今思えば不思議なことだ。幼い吾輩はともかく、本来魔法使いである母は、暴力を振るうマグルの父に対抗する手段を持っていたはずなのだ。だが、母は父に逆らうことはなかった。ひょっとすると母の方は父に一欠けらの愛情を残していたのかもしれぬが、吾輩にとってはどうでも良いことだ。母はいつも父の暴力に無抵抗であり、同時に私に対する暴力にも無関心であったのだ。家庭の中で会話など無い。あるのは罵声と暴力、そして諦観。吾輩がこの家に親しみを覚えるはずがない。母の吾輩に対する愛情を感じたのは、父の反対を押し切り吾輩をホグワーツに送り出した時のみだ。あの時の母が何を考えていたのか、もはや確かめる手段はない。手段があったとしても確かめるつもりもない。どの道、あの時以外に母が吾輩を守ってくれたことなどないのだから。
この家には幼い頃の悲しみが満ちている。だが父と母が死んだ後も、吾輩はこの家を売りに出すことはなかった。ホグワーツに住むことも出来るが、吾輩は毎年一度はこの家に戻ることを選択していた。家に帰る度、この家で過ごした暗い日々を思い出すと言うのにだ。
理由はこの家から少し離れた場所にある。窓からその場所が見えることはないが、幼い子供でも歩いて行くことの出来る
あの公園はリリーと初めて出会い、そして共に幼い頃を過ごした場所だから。
私の幼い頃の記憶は実に複雑な感情に溢れている。この家においても、ここで思い起こす記憶は様々な記憶を呼び起こす。両親のこと、リリーとの出会い、ホグワーツへの入学……そしてリリーとの別れ。ここにいると、明るい記憶も暗い記憶も呼び起こされ、吾輩はいつも以上に陰鬱な気分になる。
尤も、この部屋が
「セブルス、こんな風にお訊ねしてすみません。でも、頼れるのは貴方だけ、」
「シシー、おやめ! 『闇の帝王』はあの場にいた人間以外に話すなと命じられた! 話すべきではないわ! それもよりにもよって、この蝙蝠なんぞに!」
「でも……
吾輩が黙っている間に、目の前の2名が大声を上げ始める。家主を置き去りにして、お互いを睨み合いながら。この目の前で騒いでいる招かれざる客が、いつも以上に吾輩の気分を陰鬱にさせる原因だった。
ナルシッサ・マルフォイに、ベラトリックス・レストレンジ。この2名が何の連絡もなしに家に訪れたのは、つい数刻前のことだった。そして訪れてから今まで、ひたすらにこの調子だ。陰鬱な気分になるのも仕方がない。たとえ天気が晴れであり、ここがホグワーツであっても同じ気分になっていたことだろう。彼女達が……いや、ナルシッサが吾輩に何を求めているか、それが分かっていることだけが唯一の救いか。
吾輩は溜息を押し殺しながら、至って平穏を装い二人の間に割って入った。
「お取込み中すまないが、ここは吾輩の家だ。姉妹喧嘩ならば他所でやるのだ。それに、レストレンジ。貴様が吾輩にどのような印象を抱いているかは知らぬが、吾輩はミセス・マルフォイの言わんとしていることは把握している。隠す必要はない。尤も、吾輩がドラコに与えられた計画を知っているとは、どうやらお二人ともご存じなかったらしいが。もし吾輩が知らねば重大な命令違反でしたぞ」
「……お前が計画を知っている? そ、そんなはずがない。闇の帝王は私達だけの秘密と仰った! 秘密を知る人間は少なければ少ない程いいと! あの方は私達を信用されているから! 闇の帝王がお前なんぞに話すはずがないだろう!」
案の定というべきか、直情的なベラトリックスの標的がナルシッサから離れた。代わりに吾輩に怒りの矛先が向くことになったが、この手の人間の扱いは慣れている。こやつの
ならばこそ、吾輩は適当にベラトリックスの怒鳴り声を聞き流す。ここで闇の帝王に対してした言い訳を長々と垂れ流すつもりはない。
「先程も言ったが、貴様が吾輩にどのような印象を抱いているかなど、どうでもよい。ただ厳然たる事実として、闇の帝王は吾輩のことを信用して下さっている。その事実があるのみだ。……それで、ミセス・マルフォイ。貴女はかの計画において、吾輩にどのような役割をお望みなのですかな?」
「わ、私は……あ、貴方にドラコを……それに
そしてミセス・マルフォイもこれ以上無駄な姉妹喧嘩をしている場合ではないと悟ったのか、不満を隠そうともしていないベラトリックスを無視して用件を話し始めたのだった。
ミセス・マルフォイの性格は以前からよく知っている。闇の帝王がドラコとミス・マルフォイに与えた任務を聞いた時から、彼女がこのような嘆願をしてくることはある程度予想していた。その予想を元に、更にダンブルドアからの
何より、これはダリア・マルフォイについて情報を得る機会でもある。彼女には謎が多い。年を追うごとに謎は深まる程だ。ルシウスから聞く自慢話ではなく、この極限とも言える状況で母親の口から語られる彼女の情報。どんな些細なものでもよい。その些細な情報が、彼女のことを知る切欠になれば良い。俄かには認めがたいことであるが、秘密主義のダンブルドアが溢す情報が無くとも、彼女がこの戦いの生末を左右する重要人物であることは疑いようがない。だからこそ、吾輩は慎重に言葉を選びながらミセス・マルフォイに応えた。
「助ける……。話が見えませんな。まず最初に言っておくが、かの任務を撤回するよう闇の帝王に進言するのは、いくら吾輩と言えども不可能なことだ。あの方がこの計画をドラコに命じられたのは……貴女もご存じの通り、ルシウスへの罰を意味している。彼が任務に失敗した以上、吾輩に彼を庇うことは出来ん」
「ふん、軟弱者の考え方だね。シシーもどうかしているよ。撤回などあり得ない。これは名誉ある任務だ。ルシウスへの罰であったとしても、これが大変名誉な任務であることは変わりないよ。ドラコは誇るべきだよ」
「そ、そんなこと……。あの子はまだ子供なのよ! 名誉だとか、名誉でないとか関係ないわ! ダンブルドアを殺す!? それは闇の帝王にすら出来なかったことなのよ! それがどうしてドラコのような子供に出来るというの! それは死ねと言っているようなものでしょう!」
「シシー、黙りな! それ以上は闇の帝王への侮辱と、」
「いいえ黙らないわ! こんなこと……こんなこと許せないわ! あの子が危険な目に遭うなんて、どう考えてもおかしいことだわ!」
途中ベラトリックスの横やりでミセス・マルフォイも激高し始めたが、吾輩は根気強く話題を誘導し続ける。ドラコではなく、謎めいた存在であるダリア・マルフォイの方へ。
……だが、
「……だが、ドラコにはミス・マルフォイがついている。つい先日吾輩が聞き及んだところによると、ダンブルドアと一時的とはいえ対抗出来たとか。彼女であれば、ドラコの危険も無いと、」
「……ダリアも普通の女の子です。あの子にどんな力があるかなんて……
吾輩の言葉に拒絶反応を示すだけだった。何かを小さく呟いたきり黙り込み、これ以上彼女のことは話したくないと態度で示している。
ベラトリックスの言葉にもその反応は同じだった。
「……まったく、マルフォイ家は腑抜けばかりだね。聞いてあきれるよ。あの小娘……私は最初から疑っていたんだ。あの爺に対抗した? はん! 何を馬鹿なことを言ってるんだい!? そんなの偶然に決まってる! どうせあの小娘は怖気づいたんだ! どんなに闇の帝王の前で息巻いても、あんな小娘に何が出来るって言うんだ! それに……そういえば、シシー。あの小娘のことで、あの方が最後に仰っていたことは一体、」
「あの子のことを話す気はないわ。あの子は私達マルフォイ家の……大切な子供よ。たとえどんなことがあろうと……あの子にどんなことがあろうと、あの子がマルフォイ家の子であることに変わりはないわ」
そう発言した切、再び吾輩に向き直りながら続けた。
「お願いです、セブルス。今回の任務はドラコには危険すぎます。……そしてダリアにも。どうかドラコを見守って、危害が及ばないようにしてください。ダリアがドラコを助けなくとも……あの子自身が手を下さなくともいいように」
どうやらこれ以上詮索することは難しそうだ。分かったことは、ミセス・マルフォイは娘に手を汚させたくない。その事実だけだ。これ以上は寧ろミセス・マルフォイにすら不審に思われる可能性がある。吾輩はこれ以上の詮索を諦め、多少予定外のこともあるが、予め想定していた流れに乗ることにした。
ドラコに任務が与えられたという情報を得た時から、
「そういうことであれば、吾輩にも手助けできる可能性はある。吾輩は、」
「本当ですか!? 本当に、あの子達を助けてくれますか!?」
「あぁ、やってみることは出来る。しかし、」
「シシー、そいつは口約束で終わらせるつもりだよ。約束を守らせるには『破れぬ誓い』を結ばなくては。そうでないと、こいつはまたあの老人に尻尾を振るかもしれないよ」
ベラトリックスの横やりは、ダンブルドアの計画には好都合なものだった。吾輩はつくづく厄介な役を押し付けられる質らしい。
『破れぬ誓い』。文字通り、魔法使い同士の間で結ばれる破れぬ誓い。破れば命を落とす程の魔法契約。
これを結べば後戻りは出来ぬが、ここで躊躇えば吾輩が二重スパイだと更に余計な警戒を抱かれる。ベラトリックスはどうでもよいが、こやつが嬉々として報告するであろう闇の帝王に。
吾輩は歪みそうになる表情を必死に抑え、静かにベラトリックスに応えたのだった。
「破れぬ誓いか。良かろう。結ぼうではないか。それでそなた達が納得するのであれば。……内容はマルフォイ家の子供達に危険が及ばぬよう守ること。そして
……もう後戻りは出来ぬ。この行動の先に、一体何が吾輩を待ち受けているのか分からぬ。ダンブルドア自身もおそらく分かっていないだろう。だが、こうなった以上……ダンブルドアは吾輩に殺されねばならんと決まった以上、もうただ我武者羅に前に進むしかないということだけは分かっていた。