ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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閑話 友との再会

 シリウス視点

 

「ここは……どこだ?」

 

気が付けば、私は真っ白な空間にいた。ただ真っ白な空間ではあるが、何故か白いソファーやテーブルが置いてある。火の灯っていない暖炉も。

何もかもが白い。こんな奇妙な空間など知らない。知らないはずなのだ。……しかし、私はこの場所にどこか見覚えがあった。見覚えがあると感じた瞬間、急速にこの場所の正体に思い至る。そうだ、このソファーやテーブルの配置。

 

「グリフィンドールの談話室か」

 

私はこの()()()()空間を覚えている。家具の配置は、嘗て親友達と共に過ごした場所と全く同じだ。私の人生の中で数少ない明るい記憶。親友達と共に将来に何の不安もなく、ただ笑い合い、ふざけ合うだけで良かった日々。あの輝かしい記憶を、私が忘れるはずがない。

だが、そうなるといよいよ分からない。何故私は談話室にいるのだろうか。先程まで私は『神秘部』にいたはず。そこで『死喰い人』と戦っていた。罠に掛けられたハリー達を助け、あのルシウス・マルフォイとレストレンジ達と……。

そこまで考え、私は()()()記憶を思い出す。そして何故私がここにいるかに思い至った。というより、()()理解した。

 

「あぁ……そうか。私は死んだのか」

 

視界の端から飛んでくる緑の光。振り返れば、そこには残忍な笑みを浮かべたレストレンジの顔が。私は間違いなく『死の呪文』を当てられた。なら私が助かる道理はない。

思い出したことで、自然と自虐的な笑みを浮かべてしまう。まさか最後に見たのがあんな奴の顔とは。私とは血縁上の従妹。本当にただ血が繋がっているだけ。お互い血縁だなんて欠片ほども思っていない。会話するよりも、殺し合った回数の方が多い程だ。そんな奴の笑みが最後の思い出とは、つくづく私の人生は惨めなものだったらしい。せめてあんな奴の顔ではなく、ハリーの顔であれば幾分かマシな人生だったろうに。

私は真っ白ではあるが、どこか懐かしいソファーに腰掛ける。死んだというのに、こうしてよく分からない空間にいる。自分の死に不思議と理解と納得感はあるが、まだ実感は湧いてこない。私はただ懐かしいソファーに身を沈め、今までの人生について振り返った。死の実感より、まず自分の人生のあまりの惨めさに笑いが込み上げる。

 

あぁ……本当に惨めな人生だった。幼少期、ホグワーツ、不死鳥の騎士団、そしてアズカバン。大半は暗く、何一つ得られず、ただ奪われるだけの時間。いや、奪いさえした人生。私は本当に、何をするために生まれてきたのだろうか。

 

『本当に……何故お前なんかが生まれてきたのかしら。お前など生まれなければ良かったのに。ブラック家の恥さらしよ。レギュラスはこんなに可愛いらしいのに。お前はどうして……』

 

頭に響くのは母の言葉。私は大人になり、母はとうの昔に死んでいる。なのに私の中で未だに母の言葉が木霊のように響いている。

そして、

 

『ジェームズ! リリー! 無事か!? 返事をしてくれ!』。

 

あの人生最悪の日。私は一日にして、それまで大切にしていた全てを失った。それも自分自身の愚かさによって。その点で言えば、私は寧ろ失ったのではなく、彼等から奪ったとさえ言える。

思い返すまでもなく、私は人生で何も成し得なかった。誰も守ることは出来ず、寧ろ大切な友人達の人生を奪いすらした。私は友人達に全てを与えてもらった。暗い人生の中で、輝いている記憶は全て彼等とのものだ。ブラック家という牢獄から、ただ将来を絶望する私を連れ出してくれた。明るいと信じられる未来を与えてくれた。

なのに、私は逆に彼等に何を与えられた? 私が与えたのは明るい未来などではなく、ただ死と絶望だけだ。何も生み出さないどころか、有害もいいところだ。

結局、母の言っていた通りになったわけだ。私はそもそも生まれてくるべきではなかった。私が生まれてこなければ、親友達も死ぬことはなかったかもしれない。私がいなかったとしても、親友達は親交を深め、きっと現実以上に明るい将来を送っていたことだろう。彼等の存在を汚したのは私だ。私の人生は、結局最後の最後まで惨めなものでしかなかったのだ。

考えれば考える程、もはや私が死んだ後、何故この懐かしい空間にいるかなどどうでも良くなる。ただ分かることは、私の人生は終わり……このただ懐かしいだけの空間にいるしか出来ないということだ。私という罪人を閉じ込める、ただ懐かしいだけの空間だ。どんなに後悔したところで、私にはもう後悔することしか出来ない。私はもう死んでしまったのだから。

私の魂に絶望が満ち、ただソファーに項垂れることしか出来なくなる。

 

だから……突然の声に、私は咄嗟に反応することが出来なかった。

 

「私は何も為せなかった。……ジェームズ、リリー、リーマス。そしてハリー。私は、」

 

「いや、君は良くやったよ、シリウス」

 

私しかいなかった空間に、突然私以外の声が響く。それもこの空間と同じく、酷く()()()()声。どんなに願っても、私が二度と聞くことはないと思っていた声。10年以上前、私の愚かしさが原因で失ってしまった声が。

私が恐る恐る顔を上げると、対面の椅子には一人の男が座っていた。ハリーとそっくりな顔立ちに、ハシバミ色の瞳。失われた日から何一つ変わっていない……私が別れる直前の笑顔を浮かべながら。

そこには絶望も悲しみもなく、ただ再会を喜ぶ親友の姿があった。

 

私は……いつの間にか座っていた()()()()()に戸惑いながら話しかけた。

 

「ジェ、ジェームズ……」

 

「そうだよ、我が友よ。まさか俺の顔を忘れたわけではないだろう?」

 

「そんなわけがあるか! 私がお前の顔を忘れるわけがない! だ、だが何故お前がここに……」

 

「そんなの、君も死んだからに決まっているだろう? だから俺が迎えに来たんだ。ここは君の……なる程、この談話室が君の心象風景というわけだ。この談話室に迎えに来るのは、ここで君と最も多くの時間を過ごした俺が相応しいからね」

 

私は正直なところ、彼が何を言っているのかよく分からなかった。だが分からなくとも、やはり不思議な納得感があるのだ。先程までいなかった彼が、何故このような場所にいるのかも分からない。ただ、不思議とそれ以上の疑問が浮かばない。私と同じく死んだ彼が、そこに座っていることを自然なこととすら感じ始めている。これが死んだということなのだろうか。だからこそ、何故彼がこの白い談話室にいるかなど尋ねなかった。私はただ、

 

「……お前は本物のジェームズなのか?」

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。まぁ、戸惑うのも当然だ。だが、君も今ならば感覚で分かっているはずだ。俺の言っている意味が。俺が本物かどうかを議論しても意味は無いと、今の君なら分かるだろう? それが俺達魔法使いの死だ」

 

「……そうだな。あぁ、何となく分かる。お前の言うことに、不思議と納得してしまうんだ。ここはそういう場所なんだと」

 

最後の念押しをした後、もう今更何の意味もない後悔を吐露したのだった。ただ生前ため込んでいた後悔が、死んだ後溢れ出したかのように。私は意味がないと分かりながら、どうしても我慢することが出来なかった。これは私の魂からの吐露だった。

 

「だが、これだけは言わせてくれ。……すまない。私のせいでお前と……リリーを死なせてしまった。私のせいだ。私がもっと考えていれば、お前達は死なずに済んだ。今も幸せな暮らしをしていたはず。いや、その権利があった。今もハリーと……幸せな生活を」

 

涙が溢れてくる。死んだというのに涙が出るなんて可笑しな話だが、私は涙を流しながら吐露した。

 

「すまない……すまない。今更何を言っても、私がお前を殺してしまったことに変わりはない。お前やリリーが生き返るわけでもない。だが、私は本当に後悔しているんだ。本当にすまない。許せるはずがないのにな……だが、私はもう謝ることしか出来ないんだ」

 

皮肉な話だ。私はどうやら、死んだ後すらも何も生み出せないらしい。こんなことを今更彼に言って何になる。確かに彼は完全な本物と言えずとも、偽物では決してない。それは私も同じことだが、そんなことを死んだ後に議論しても仕方がない。ただ分かるのは、この吐露に何の意味もないということ。彼にはここで許すことも、逆に許さないことも出来はしない。ただ受け止めるだけ。私の吐露で、ハリーが今も生きる現実が何か変わるわけでもない。全てが無意味。

そう、無意味。そうであるはずだった。だが、

 

「シリウス。君は何を言っているんだ。寧ろ君は良くやってくれた」

 

ジェームズはやはり嫌な顔をせず、笑顔のまま続けたのだった。

 

「君は何も為せなかったと言ったな。それは違う。君がいなければ、ハリーはここまで生きていられなかった。……私とリリーは()()()に狙われた時点で、いつかは殺される運命だった。それはピーターではなく、君が守り人であっても変わりはなかっただろう。君のことを信頼していなかったわけではない。だが、()()()はそういう相手だった。実際に奴に殺されて実感したよ。あれには敵わない。それこそダンブルドアさえも」

 

彼にはここで許すことも、逆に許さないことも出来ない。ただ彼の生前の心を投影するだけ。真偽を考えることに意味はない。だが……だからこそ、彼ならば確かにこう言ってくれるだろうとも思った。彼の言葉は私の思考を飛び越え、ただむき出しになった私の魂に彼の心を直接訴えかけてくる。

 

「今のハリーが殺されていないのは、リリーが自身を犠牲に()()()()()をかけたからだ。そして……君が彼を守ってくれたからだ。罠に掛けられたあの子を、君は立派に守ってくれた。名付け親として、君はあの子の危機に駆けつけてくれた。君に恨みなんてあるはずがない。それは()()()()()()()……いや、これは今はいいか。どうせ()()同じ考えなのだから」

 

これは私にとって都合のいい幻想だ。私はそう思えて仕方が無かった。いや、そう思わなければいけないのだ。私は罪人だ。アズカバンに入れられたからこんなことを考えているのではない。私は友人達の死に責任がある。

だが、それなのに私は……。

黙り込む私に、ジェームズは苦笑しながら続ける。

 

「……いいさ、時間はいくらでもある。ここはそういう場所だ。君が戻ることを良しとするとは思えないが、ここで時間をかけていけない理由もない。君なりの答えをじっくり探そう。俺も付き合うさ。俺は君を許した……いや、恨んですらいない。君を許すのは……君だけだ。なに、まだまだ時間がかかるだろうが、残りの親友()も来れば君の考えも否が応でも変わる。……尤も、その内の一人は君以上に僕等に謝り倒すことになりそうだけどな」

 

彼の言う親友達というのが、誰を指しているのか考えずとも分かった。リーマスと……もう一人。

そこまで考え気付く。生きている時感じていた強い憎しみ。そう私が信じ込んでいた感情が、今はすっかり消えている。死んだ後、ここにあるのは剝き出しになった魂のみ。

自分を許すかはともかく……成程、今の私の感情こそジェームズが感じているものなのだろう。暗い絶望を忘れ、私はジェームズと同じ苦笑を浮かべながら応えた。

 

「……()()()が来たら大変そうだな」

 

「あぁ、そうだとも。だがまずは君だ。あいつの予行演習に、まずは君の望むだけ付き合うことにするさ」

 

何とはなしに上を見ると、やはりそこには真っ白な空間。だが懐かしき談話室。私達が青春を過ごした思い出の場所。

ただ懐かしいだけの……魂の牢獄。

そうつい先程まで思っていたというのに、今の私はそうは感じなくなっていた。




次話から新章です。救いなど一欠けらもない新章を始めましょう。

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