ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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あけましておめでとうございます!(遅刻)


少女の正体

 ダフネ視点

 

「ワシの話は以上じゃ。……不安もあるじゃろうが、学生の本分は勉学であることに変わりはない。皆、休みの間に今年学んだことを忘れておらんことを祈っておるぞ」

 

長い一年がようやく終わった。老害のいつもより長ったらしい話がようやく終わり、私とダリア、そしてドラコは連れ立って大広間を後にする。

ホグワーツ生全員が外を目指すため、大広間外の玄関ホールには生徒が溢れかえっている。……しかし、いつもの如く私達だけは全生徒に距離を置かれているため、私達の周囲数メートルは随分歩きやすい空間になっていた。それどころか、心なしか今まで以上の距離を取られている気さえする。

彼らがいつも以上に私達を……ダリアを恐れる理由は単純明快だ。今のダリアを刺激すれば、何をされるか分かったものではないと思っているのだ。

心神喪失したアンブリッジがホグワーツを去り、『高等尋問官親衛隊』という馬鹿げた組織もなし崩し的に解体された。それどころか今まで『親衛隊』が好き勝手に減らしていた他寮点数も元に戻された。ついでにアンブリッジが増やしていたスリザリンの点数もちゃっかり無効にされ、スリザリンは逆に寮杯最下位に転落したのだった。だからこそスリザリンを除く全員が、ダリアの醸し出す暗い雰囲気の原因がソレだと考え、軽く優越感を含んだ視線を送りながらも距離を必要以上に取り続けているのだ。

正直なところ、呆れてものも言えない程の能天気さだ。私の勘違いであれば良かったのだけど、周りから微かに漏れ聞こえるヒソヒソ声から私の想像通りで間違いなさそうだ。

何故そんなに能天気でいられるのだろうか。遂に『闇の帝王』の復活が公のものとなり、老害もそのことについて先程言及していた。魔法省が『あの人』の復活を恐れるあまり隠匿し、それに抗ってハリー・ポッターは声を上げ続け、そして自衛を学ぶ組織を立ち上げていた、と。日刊予言者新聞でようやく認められたこともあり、もう誰一人としてポッターを嘘つきと思っていない。つまり今日の老害の言葉を聞くまでもなく、皆既に『闇の帝王』の復活を認めざるを得なくなっているのだ。

それなのに、まだこの程度の能天気さを発揮しているというのか。もっと真剣に考えれば、こんな風にダリアに対し馬鹿な言葉を吐かないはずだ。本当にこいつらときたら……。

しかしそこまで考え、私は頭を振って思考を止める。

……いや、彼等はおそらく、知ってはいても実感できていないだけなのだ。『死喰い人』の2度目の大量脱獄……どころか遂に『吸魂鬼』がアズカバンを放棄し、囚人ごと『闇の帝王』の下にはせ参じた。でも、まだ人が死んではいない。無罪認定されたシリウス・ブラック以外は……。そのせいで、恐怖はあってもまだ認識が追い付いていないのだろう。心の準備を整えるのに、そう長い時間があったわけではない。現時点で現状を正しく()()しろなんて酷な話かもしれない。

それに私こそ、彼等の能天気さを糾弾している場合ではないのだ。私には心の準備をする時間はいくらでもあった。ならば私が考えるべきことは、周りの有象無象のことなどではない。能天気なのは私の方だ。

私は周囲へ向けていた視線を、隣で無表情ながら憂鬱な空気を醸し出すダリアに向ける。彼女の機嫌が悪いのは寮杯が原因……なんてことは当然なく、彼女が現状を正しく実感しているから。ダリアからは決して話してもらえなかったけど、私はハーマイオニー経由であのDAメンバーが捕まった日に何があったのかを聞いた。ダリアが何を考え、何を為し……何を守ろうとしていたか。ダリアの現状を正しく実感していれば、私は他のことに構っている場合ではない。唯一の例外は、

 

()()()……ごめん。少しだけいいかな?」

 

「……()()()

 

私のせいで命の危機に晒されたDAメンバーのことだけだ。

声に振り返ると、私達を囲む輪からこちらに入り込んだネビルの姿が。当然彼も好奇な視線に晒されているが、真っ直ぐに私のことを見つめていた。以前のただ臆病だった彼の姿はない。彼は覚悟を決めて私に話しかけてきた。話の内容は当然あの日のことだろう。なら私も応えなくてはいけない。それが私の義務だから。

 

「ダリア、ごめんね。少しだけ先に行っていてくれる? 私は彼と話さないといけないことがあるから」

 

「……私もついていきましょう。貴女は何も悪くない。悪いのは全て、」

 

「ううん、大丈夫。これは私のためでもあるから。ドラコ、後はお願いね」

 

「あぁ……こちらは任せておけ」

 

ダリアに断りを入れ、私はネビルと共に輪から外れる。ダリアの視線を背後に感じるけど、ダリアを守るためにも、私は自身のやったことに……これからやることに正面から向き合わないといけない。ダリアは私に事情こそ話さなかったけど、ハーマイオニーから事情を聴いたことは察しているはずだ。だからこそ先程は私を庇うような発言をしかけていたのだろう。でも、私は決して責任から逃げてはいけない。ネビルやルーナのためにも。そして何よりダリアのためにも。ダリアの視線に後ろ髪を引かれながらも、今は我慢するしかない。

私とネビルはいつもハーマイオニーと密会していた大広間横の倉庫に入る。そして先に話し始めたのは私の方だった。結論が出ている以上、黙っていても時間の無駄だと思ったのだ。

 

「ネビル。貴方が何を話したいのか、私には分かっているつもりだよ。……私が貴方達をハリー・ポッターの場所に行くことを許してしまった件だよね」

 

「……う、うん。その様子だと、やっぱり僕等のことを聞いたんだね。……それはダリア・マルフォイから?」

 

「いいえ。ダリアは何も教えてくれない。私を出来る限り巻き込みたくないんだろうね。私に教えてくれたのはハーマイオニーよ。彼女が教えてくれたの。私が貴方達を解放した後、一体何が起こったのか」

 

単刀直入に話す私に、先程輪の中に勇敢に入ってきた彼も、流石に面食らった表情を浮かべていた。でもそれも一瞬のこと。彼は彼で私の少し急いでいる雰囲気を察して、そのまま結論を話し始めた。尤もその結論は、

 

「ぼ、僕、君に改めて言わないといけないと思ったんだ。ありがとう。君に助けられたことで、僕ら……()()()()()()()()()()()。結果は散々なものだったけど、それでも戦わないより良かったと、僕は思ってるんだ。だから、」

 

「ネビル。嘘をついたら駄目だよ。戦わないより良かった? 本当にそんな風に思ってるわけではないでしょう?」

 

随分歪曲しきったものでしかなかったけど。そもそも私の聞いた限りでは無用な戦いかつ、結果は目的の物を守れなかった上……人が死んでいる。戦ってよかったなんて結論に達するはずがない。

彼がこのようなことを言った理由は分かる。彼は私を庇おうとしているのだ。私は彼等の背中を最後の最後に押してしまった。私に責任が無いとは言えない。言ってはならない。私はダリアの望む通りに行動した。DAメンバーと私が対立することを望んでいないダリアならば、私がこうすることを望むだろうと考えたから。それは実際間違っていなかった。ただダリアの思惑が、それを見越した上だっただけ。ダリアは私が彼等を逃すことを前提として、その上で彼等を戦場に誘導した。それで誰かが死ぬ可能性を知った上で……。

それをネビルは分かっているから、()()()罪が無いと言おうとしている。私はただ彼等を助けようとしただけで、ダリアの思惑とは無関係だ、と。

彼が私を庇おうとしてくれていることは素直に嬉しい。DAで出来た数少ない……()()()と言っていいメンバーの一人が、私を見捨てずにいてくれているのだ。嬉しくないはずがない。

……でも、それとこれとは違うのだ。彼はとんでもない思い違いをしている。

 

「貴方達は私のせいで命の危険に晒された。今回死んだのは一人だけだった。でも、もっと死んでも本当はおかしくなかった。それこそネビル、貴方が死んでもおかしくはなかった。それにルーナも……。私はあの子のことが好きよ。あの子はいつだって偏見無くダリアを見ているから。……でも、そんな貴方達を危険に晒したのは、他でもない私なの」

 

「いや、それは君もダリア・マルフォイの考えていることを知らなかったか、」

 

「それに! 私は確かにダリアの考えていることを能天気に推し量れなかった。でも、そんなこと関係ない! ダリアがどんなに非情な結論を出していても……私は彼女の決断に従っていたはずだもの。……たとえどんな犠牲を払ったとしても、私は彼女が大切にしたいと願ったものを最低限守るために動く。その犠牲が貴方やルーナであったとしても。私はダリアのことだけは裏切れない」

 

「……ダフネ」

 

そう、彼は思い違いをしている。結局のところ、彼とルーナが助かったのは結果論でしかない。私がダリアの思惑を量り切れなかったことも、結局のところ何の言い訳にもなりはしない。

私は決めたのだ。ハーマイオニーがダリアの敵であることを決意した様に。私もどんな手段を使ってもダリアの傍に居続けることを決意したのだ。それは今回の事件があったからではなく、それこそホグワーツに入学する前から。私もハーマイオニーと同じくずっと悩み続けていた。どうしたらダリアを救い出せるか。どうしたらダリアが幸せに、穏やかな生活に戻ることが出来るか。色々悩んだ上、今でも悩みが消えることはないけど、それは全てダリアと……親友とずっと一緒にいるため。その原則だけは絶対に変わることはない。

今回のことも、本当にダリアの幸福を願うのであれば、ネビル達を見捨てるべきではなかったのかもしれない。現にダリアは彼等を見捨てたことに罪悪感を覚えているし、もし彼等が本当に死んでしまうようなことがあったのなら、その罪悪感は決して拭い切れないものになってしまったと思う。……でも、彼女を取り巻く現実はどこまでも非情であり、理想論だけでどうにかなるものでは決してない。少なくとも私には思いつかないし、あのハーマイオニーですら現状を半ば受け入れてしまっている。

だからこそ、私が今出来ることはダリアに常に寄り添い、多少なりともダリアの罪悪感を引き受けることだけ。そこにどこまで意味があるかは分からない上、実際のところただの卑怯者の戯言でしかない。先程のダリアの様子から見ても、私の考えや行動で何かが改善したとは到底思えない。でも、それでも私に今出来ることはこれくらいなのだ。()()これくらいしかない故に、これだけはしなくてはいけないのだ。だから私はネビルの優しさに現実を突きつけなければいけない。私は貴方達を死地に送った上、それは決して変えようのない事実だ、と。たとえそれが死地だと事前に分かっていたとしても、私は何度だってそうする。……()()貴方達を切り捨てたのだ、と。私は彼と……何より自分自身にそう言い放ったのだった。

部屋は沈黙で満たされる。ネビルは何度も口を開き何かを言いかけるが、結局何も言うことが出来ない様子だった。結論から入った短い会話だったけれど、彼にも私の意図は伝わったのだ。何度も口を開け閉めし、その都度悔しそうな、そして悲し気な表情を浮かべた後、最後に絞り出すように私に尋ねてきた。

 

「もう、君に呪文を教えてもらうことは出来ないのかな……」

 

「……そうだね。そういうことになると思う」

 

私は彼等の敵になりたいわけではない。ダリアもそれは望んでいない。ただ味方ではなく、限りなく敵に近い何かというだけ。ネビルもそれは最初から分かっていた。……ただ現実が思った以上に厳しかっただけ。でも、そうであったとしても、嘗ての様にネビルと仲良しごっこをすることはないだろう。私もそこまで厚顔無恥にはなれない。死んでもおかしくない場所に実際に送り出しておいて、今更仲良し面など出来るはずがない。

それに、ネビルには両親のこともある。彼は悲し気な表情のまま、絞り出すような声音で話す。

 

「……僕、『神秘部』でレストレンジを見たよ。アズカバンから逃げ出したとは知っていたけど、実際にあいつに会うことはないと思ってたんだ。でも……『神秘部』で見たあいつは笑ってた。僕の両親をあんな目に遭わせたのに、あいつは今もノウノウと外を歩いてるんだ。……そんなこと、許せるはずがないよ。あいつに味方する奴も……。だから……僕は正直、ダリア・マルフォイのことも許せない。彼女も『神秘部』にいたんだ。姿こそ隠していても、()()は確実に彼女だった。彼女があいつと行動している以上、僕は彼女のことを許せない……」

 

当然のことだろう。私はネビルの言葉を黙って聞いていた。ダリアの行動は全て家族の安全を守るためのもの。でも、それはもう一方の側からすれば身勝手なものでしかない。それはダリアも……そして彼女を擁護する私にも分かっていることだ。大っ嫌いなポッターにも言えることだけど、この点において私達に言い訳できる要素などあるはずがない。ただどちらかの安全と幸福が、もう一方の犠牲になるしかない。ただそれだけの残酷な真実があるだけ。家族のためだから正義なんてことは、天地がひっくり返ってもあり得ない。両親との時間を永遠に奪われたネビルに、私が反論出来ることなんて何一つない。反論していいはずがない。

私はネビルの話を黙って聞く。これで彼と話すのは最後になると思いながら。過程は酷く歪で、どちらかと言えばハーマイオニーに強制された部分は多々あるけど、それなりに彼とは打ち解けられたと思っていた。何も起こらなければ、私達はもっと仲良くなれていたかもしれない。でも、そんな未来はもう来ることはない。私と彼との道は別れ、もう取り返しのつかないものになってしまった。

そう私は覚悟を決めていた。なのに、

 

「……でも、僕はどうしてもダフネ、君のことが嫌いになれない。僕は君が……す、す……。い、いや、何でもない。と、とにかく、僕はダリア・マルフォイのことを許せなくても、君のことは嫌いになれないんだ。君の言いたいことは分かってるつもりだよ。君は僕達の味方ではない。でも、だからと言って敵ではない。そうだろう?」

 

ネビルはこの期に及んで、まだそんなことを言い始めたのだ。私の言葉を理解していると思っていたけど、実際のところは違ったのだろうか。そう思い始めた時、彼は更に続けた。

 

「だから……僕はダリア・マルフォイのことも、本当は敵ではないと思った。……いや、敵ではないと信じたいと思ったんだ。レストレンジと行動していても、本当はあいつの味方ではないと……僕は信じたいんだ。君と彼女は親友だから。君は言ってたじゃないか。彼女は強いけど……本当は寂しがりやだって。だから君の親友が、僕達が今まで思っていたような悪い奴とは思えない。……この考えは間違っているかもしれない。たとえ正しくても、ダリア・マルフォイがレストレンジと一緒にいることは間違ってる。だから……僕はダリア・マルフォイと君を、いつか絶対にこちら側に()()()()

 

私は相変わらずネビルの言葉を黙って聞いていた。けど、今度は全く違う理由からだった。

……目の前の男の子が、やはり昔とは見違える程の存在になっていたから。

 

「これは()()()()()()()()()()だけど、僕も同じことを決めたよ。今は一緒にいられなくても、いつか必ずレストレンジと『例のあの人』を倒して、君達を解放する。そのために、僕はDAに入ったんだから」

 

彼はそう言ったきり、そのまま部屋から出て行ってしまった。私と同じく、結論だけを伝えるように。

私は唖然としながら、ただ彼が出て行った部屋の出口を見つめ続ける。私が正気に戻ったのは、それから数分後のことだった。

 

 

 

 

長い一年が終わる。『闇の帝王』の復活に、アンブリッジの就任。……そしてDA。色々なことがあった割に、何一つ私には出来ず、何一つ手に入れることは出来なかったと思っていたけど……どうやら全くの無駄ではなかったらしい。

この繋がりが何を私やダリアにもたらすかは分からない。でも、もしかしたらダリアはこういうことを願って……。

そう、私は一年の終わりに朧気に考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ視点

 

「あぁ、ようやく帰ってきたのだな。我が忠実にして、最も頼りになる僕よ。さぁ、もっと近くに寄るがよい」

 

「はい……創造主(マスター)

 

いつも以上に憂鬱だったホグワーツでの生活が終わったというのに、僕が家に帰ってまず最初に見た光景は更に憂鬱なものでしかなかった。

家に帰るなり僕等は応接室に連れられ、そこで僕達を待っていたのは父上と母上に、僕の叔母であるベラトリックス・レストレンジ……そして『闇の帝王』その人。僕等マルフォイ家の主にして、ダリアを支配し続ける()()

骸骨よりも白い顔、細長い真っ赤な不気味な目。蛇のように平らな鼻に、切れ込みを入れたような鼻の孔。一目で人を恐怖させる姿をした『闇の帝王』が、その口元を残忍な愉悦に歪ませながら、僕の最も愛する家族の名前を呼ぶ。しかも、

 

「それと……ふむ。確かドラコという名だったな。ドラコ・マルフォイ。貴様もこちらに来い。そして俺様の下にひれ伏すのだ。お前にも()()()()のだからな」

 

「……」

 

「なんだ、緊張して声も出んか。返事はどうした、ドラコ? この俺様が直々にお前に声をかけているのだぞ」

 

「は、はい……我が君」

 

()は僕にも声をかけてきたのだ。

恐ろしくないはずがない。初めて実際に顔を合わせたベラトリックス・レストレンジが、何故か憎悪としか言いようのない表情をダリアに向けているが……それを気にする余裕もなかった。黙っているのに、目の前の化け物はそれ程の存在感を発している。『闇の帝王』がこの家を根城にして1年。そんな中、僕がこいつと顔を合わせたことは殆どなく、会ってもこいつは僕のことなど気にも留めていなかった。それでも、この家中に『闇の帝王』の寒気がするような気配を感じ、常に緊張を強いられていたのだ。実際に声を掛けられた今、背中を冷や汗が伝っているのを感じた。

一体僕に何の話があるというのだろう。僕はダリアの隣で奴に跪く。顔を伏せ、内心で湧き上がる恐怖と()()を隠しながら言葉を待つ。しかし奴は僕を無視し、まずダリアに言葉をかけた。

 

「さて、まずは俺様はお前を褒めねばならぬ。実に……実に素晴らしい働きだった。お前は学校に縛られているにも関わらず、俺様の助けになるよう必死に行動した。その成果が()()というわけだ」

 

奴の手には小さなガラス玉が一つ。それが何なのか僕には全く分からなかったが、それを奴は撫でながら続けた。

 

「俺様は思い違いをしていた。俺様が嘗て手に入れた予言は半分のみ。その半分のみ知り得なかったため、俺様は致命的なミスを犯したのだと考えていた。だが、どうやらそうではなかったらしい。もう半分を聞いても、やはりポッターには何か特別な力があるとは予言されてはいなかった。俺様とポッター。勝者はどちらかのみ。どちらかが必ずや死なねばならん。予言はそれのみしか言っておらん。……言われるまでもない。俺様は完全な存在であり、そうでなくてはならぬ。ならばこのままポッターを野放しにすることなどあり得ぬ。この俺様自らの手で殺す。予言にポッターの特別な力が何か明言しておらん以上、奴はやはりただ運が良かっただけなのだ。ならばもう俺様は予言などに煩わされることなく、心置きなく奴を殺すだけでよい。そう、()()()()()()俺様はそう結論付けるだけで良かったのだ。だが……」

 

そこで奴は突然不機嫌な声を上げ始める。

 

「だが……俺様はお前の成果を素直に喜ぶことが出来んのだ。お前はよくやってくれた。それは間違いない。流石は俺様が最も信頼する僕だ。お前はまだ学生の身でありながら、既にいくつもの成果を上げている。()()を厳選した甲斐があったというものだ。本来であれば、俺様はお前に何か褒美の一つでも与えていたことだろう。だが、そんなお前の成果を台無しにした者がおるのだ。そう……この部屋の中にな」

 

横に跪くダリアの表情は見えないが、微かに肩が揺れたのが横目に見えた。しかし、それを気にしている人間はこの部屋には誰もいない。部屋に同席していた大人達から微かな悲鳴が漏れ聞こえる。

 

「ベラよ……俺様はお前がアズカバンから帰還した時、俺様に対する真なる忠誠を嬉しく思っていた。活躍の場こそ与えていなかったが、お前も俺様の忠実なる部下に間違いはない。いずれお前に相応しい舞台を用意するつもりであった上、その舞台こそが今回の任務だった。だが、お前は俺様の期待には応えなかった。確かに俺様は……ダンブルドアに予言は一つだと思い込まされていた。それが二つあったのだ。予想外であったことは否定しきれん。それは認めよう。……だが認めた上で、俺様は敢えて言おう。ベラよ……俺様は失望した。たかがお使い一つ満足にこなせんとは。罰こそ与えんが、これではお前に与える仕事も選ばねばならんだろうな」

 

そして、奴は更に不機嫌な声音で続けた。

 

「……尤も、俺様はお前だけを責めるつもりはない。寧ろお前は足を引っ張られたものと考えている。そう、今回の計画で最も俺様を失望させたのは……ルシウス、お前だ。これまで何度も失望させられたが、今回も見事に俺様の期待を裏切ってくれたな、ルシウス。お前のお陰で、俺様の計画は振り出しに戻ってしまった。予言を手に入れたというのに、それは未だ半分のみ。もう一つの予言に何が示されているか分からん以上、俺様は慎重にならねばならん。これではポッターの問題は後回しにせざるを得んわけだ。これもお前が俺様の予言を全て持ち帰らなかったことが原因だが、何か俺様に申し開きはあるか?」

 

「わ、我が君。し、しかしあの状況では、」

 

「ルシウスよ。言葉は慎重に選ぶことだ。俺様は今非常に気が立っている。これ以上俺様を失望させれば、俺様はまたお前に少々()()を与えねばならん」

 

「お、お許しを、わ、我が君」

 

もはや部屋の空気は最悪のものだった。『闇の帝王』に返事を求められている父上も、もはや恐怖で呂律が回っていない。こんな父上の姿を見るのは初めてだ。父上はいつだって冷静で、純血貴族らしい気品を保っておられた。それが今、ただ目の前の『闇の帝王』に怯え切った表情を浮かべている。それは母上も、そして先程まで違う表情を浮かべていた叔母上も同様だった。誰もが恐怖し、ただ身を縮こませながら黙り込む。ただ一人、

 

創造主(マスター)。どうか発言のご許可を」

 

「……ほう。やはりお前だけはこの連中とは違うようだな、ダリア。良かろう。発言を許す」

 

ダリアを除けば。声に思わずダリアの表情を見ると、彼女は無表情で『闇の帝王』を見上げている。でも僕には分かる。僕だけにはダリアの表情を読み取ることが出来る。ダリアは今……怒り狂いながらも、声音だけは冷静に言葉を発していた。

 

「では。恐れながら創造主(マスター)。今回の件でお父様……いえ、ルシウス・マルフォイに責任は無いものと考えます。情報になかった事態に、騎士団の早期介入。予言を一つでも手に入れた手腕こそ評価すべきです。……失敗の責は寧ろ私にあります。私が早く魔法省に到着していれば、予定外の予言も手に入れられたかもしれません。全責任は私にあります。責めるのであれば、私にこそ罰をお与えください」

 

表情を読み取れる僕は、今ダリアが本当に言いたいことを分かっていた。本当はこの目の前の男にあらん限りの罵詈雑言を浴びせたいのだろう。今のダリアはそういった無表情だ。何も知らなかった僕でも、アンブリッジが森に入った日に何かしらの大がかりの作戦が行われたことは察している。それにダリアが巻き込まれたわけだが、作戦の大本がこの男であることは間違いない。なら失敗の責任はそもそも()()()にある。ダリアもそう考え、ただ父上に責任を押し付けるこいつに激怒しているのだろう。

……無論、そんな怒りをおくびにも見せるわけにはいかない。相手は『闇の帝王』。誰にも倒せない程の圧倒的な力を持ち、純血の頂点に君臨している。逆らえばどうなるか考えるまでもない。反抗はおろか、機嫌を損ねるような行為もしてはならない。だからこそダリアは内心とは裏腹に、ただ自分が責任を被ろうとするのが精一杯な様子だった。

部屋にいる全員の視線がダリアに集中する。ダリアの発言に対する反応は別々だ。叔母上は再び憎々し気にダリアを見つめており、父上と母上はダリアの表情に気が付いたのか、どこか戸惑った表情を浮かべている。そして件の『闇の帝王』は……先程までと打って変わり上機嫌な声音で応えていた。()()()()のことだが、『闇の帝王』にダリアの表情は読み取れなかったらしい。

 

「……実に殊勝な心掛けだな、ダリアよ。どうだ、ルシウス。このように庇われて、貴様は恥ずかしくないのか? 寧ろ俺様は恥ずかしい。お前の様な部下を持っていることにな。その点、ダリア。お前の忠誠心は素晴らしい。無論当然のことではあるがな。お前はそのために生まれてきたのだから。お前の様な存在が()()()()おれば、俺様は何の不満も持つことはなかろうな。そしてお前の責任だが……勿論お前に責任などあるはずがない。ホグワーツにいるお前に俺様の作戦を伝えてはおらんかった。それでも尚、お前は忠実に俺様の期待に応えたのだ。お前がいなければ、予言は二つどころか、一つたりとも手に入らなかったことだろう。お前に責を負わせるなど出来ようはずがない。責はルシウス……お前が負うのだ」

 

ダリアの表情が更に激情にかられたものに変わる。よく見れば手袋を付けた手が、少し杖に伸びかけているようにも見える。もし万が一、『闇の帝王』がこの場で父上に手を掛けるようなことがあれば……。

しかし、僕がダリアの表情を見つめていられるのはここまでだった。『闇の帝王』が唐突に、今度は僕に言葉をかけてきたのだ。

 

「だが、そうだな。お前にはもう何一つ期待しておらんが、チャンスを与えるのはやぶさかではない。……俺様は寛大にもお前の責任を帳消しにするチャンスを与えよう。無論お前に何一つ期待しておらん以上、ダリアの言ではないが……お前とは別の人間が責任を果たすことを認める。……そう、()()()()()が責任を果たすことを、俺様は寛大にも認めようではないか」

 

おそらくダリアも含めて、部屋にいる誰一人として奴の言っていることを最初は理解できなかっただろう。言及された僕も何を言われたのか理解できず、ただ唖然としながら奴を見つめることしか出来なかった。奴の言わんとしていることを理解し始めたのは、奴がやはり上機嫌に言葉を続けてからだった。

 

「なに、簡単なことだ。お前のお陰で、俺様はポッターを消す算段を練り直さねばならん。ならば今最も早急に排除せねばならんのは……アルバス・ダンブルドア。あの忌々しい老人の方だ。そしてあのダンブルドアを排除することが出来れば、それは今までの失態を帳消しにすることが出来る程の功だ。幸いお前の息子はホグワーツにいる。ならば奴を殺す機会も十分にある。……そうであろう、ドラコ? ドラコ、お前も父親の無様な姿は見たくなかろう? お前にも選ばせてやろうではないか。お前が父親に代わって責任を果たすか、父親のもがき苦しむ様を見るか。どちらをお前は望むのだ?」

 

この瞬間、ようやく僕は何故ここに呼ばれたのかを理解した。

さも今思いついたとばかりに『闇の帝王』は話しているが……結局のところ、これは最初から決定事項だったのだ。そうでなければ最初から部屋にいるよう指示するはずがない。予言とやらを手にし損ねた父上への罰。直接手を下すのではなく、奴は僕を見せしめにすることで、父上に精神的な罰を与えるつもりなのだ。

唐突な言葉に頭が混乱しているが、これだけははっきりしている。ダンブルドアを殺す。そんなことが僕に出来るはずがない。僕は今無理なことをを命じられてる。奴は老害であるが、曲りなりにも『今世紀最高の魔法使い』とされている。ダリアならいざ知らず、ただのホグワーツ生である僕が逆立ちしても勝てる相手ではない。ダンブルドアも、自らを殺そうとした人間に穏便に対応するはずがない。いや、よしんば成功したとしても、直ぐに他の魔法使いの報復にあうだろう。つまりどの道僕は死ぬことになる。これを見せしめと言わずして何というのか。

 

それに、これは『闇の帝王』は意図したことではないだろうが、()()という行為は……。この行為の意味を、僕はダリアを通して嫌という程……。

 

僕は突然の出来事に混乱し、ただ空回りする思考を取り続ける。しかし、目の前の男が待ってくれるはずもない。

 

「どうしたのだ、ドラコ。何を悩んでおるのだ? この俺様が聞いておるのだ。何故俺様の言葉に直ぐに頷かん。それとも……父親のもがき苦しむ様を見たいのか?」

 

僕に選択肢なんてない。ダリアがこの男に従わざるを得ないのと同じように。

 

「お、お待ちください、我が君! ば、罰であれば私が、」

 

「……やります、我が君」

 

だから僕は考える前に、ただ『闇の帝王』の言葉に頷くしかなかったのだ。

父上の言葉を遮り僕が答えることで、全員の視線が僕に注がれる。満足そうにしているのは『闇の帝王』だけであり、他の人間は全く違う表情を浮かべていたけれど。

 

「そうかそうか。やってくれるか、ドラコ。どうやらお前は自分の置かれた立場を理解するくらいには賢いらしい。お前には()()()()()()()。ルシウス、良かったな。息子がお前の代わりに俺様の期待に応えてくれるらしい。お前も嬉しかろう?」

 

「……は、はい」

 

父上と母上は引きつった表情を浮かべており、叔母上は今度は僕のことを睨みつけている。そしてダリアは……僕が目を向けた時には再び『闇の帝王』の方を向いており、その表情は先程と同じ激怒した無表情だった。

 

 

 

 

長い一年が終わった。だが、どうやら来年も暗く、どこまでも長い一年になりそうだ。いや、そもそも一年間僕が無事でいられる保証もなくなった。ダリアが身を置かされていた世界に、僕も遂に引きずり込まれてしまったのだから。だからこそ、ダリアはこんなにも怒っている。

尤もダリアは、

 

「……創造主(マスター)。私もホグワーツに在籍しております。ですので……私にもお兄様と同じ任務をお与えください。必ずや果たしてみせます」

 

「ふむ、そうだな。ダンブルドアをいざという時排除する意味でもお前をホグワーツに残しておったのだ。お前の兄が……まぁ、もし実行したとすれば、お前もどの道城にはおれなくなる。ならば多少の手助けを認めよう。だが、あくまでお前は手助けだ。それでは罰にならぬからな。実行は必ずお前の兄にやらせるのだ。……くくく、それにしても」

 

奴の何気なく発した言葉に、僕のことで怒っているだけにもいかなくなるのだが。

 

「お前は本当に期待通り、いや、期待以上の存在となったな。『神秘部』でのお前の健闘は知っている。ダンブルドアの足止めに成功したとな。俺様ですら手こずったのだ。真っ向から戦っては奴を殺せんが、お前であれば搦め手ならあるいは……」

 

奴はダリアを見つめながら、本当にただ世間話をするような軽さで……その真実を口にしたのだった。

 

「やはり俺様の理論は正しかったというわけだ。実力もそうだが、その肉体もな。この一年で()()()()()()()ところを見ると、目論見通りお前の()()()()()()()()()()()。多少若年で成長が止まっているところは難点だが、アレらの血を混ぜて造ったことは正解だった。これでお前は他の有象無象が寿()()()()()()()()()()、俺様に()()()()()ことも出来るだろう。()()()()()()()()()()()にな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドア視点

 

生徒が全員帰宅し、ようやく長い一年が終わった。本来であれば、ワシを含めて全ての教員が一時の休暇を満喫しておったことじゃろう。

じゃが、残念ながら、今の状況でそんなことが出来ようはずがない。教員の誰もが程度の差があれ『不死鳥の騎士団』に関わっておる。ヴォルデモートの復活がいよいよ表沙汰になった以上、ワシ等に休みなどありはせん。それぞれが戦いに備えねばならん。かく言うワシもそうじゃ。寧ろ騎士団を曲りなりにも率いておる以上、ワシは常に考え、行動し続けねばならん。

最優先事項は、無論奴の異様な不死性の秘密を暴くことじゃ。大方の予想は出来ておるが、如何せん()が分からぬ上、未だ見つけ出した物は()()のみじゃ。闇雲に探しても埒が明かぬ。この休暇中に奴の母親の生家に行ってみるつもりじゃが、はてさてどうなることじゃろう。正直なところ当たりとは思えぬが、この問題を解決せねば我々に勝利はないのじゃ。ハリーとヴォルデモートの繋がり、そしてドローレス。この問題は何とか片付けることが出来た。じゃからこそ、ワシはこの残された最大の懸案事項に改めて集中せねば。そう……考えておったのじゃ。

……じゃが、

 

『ルシウス! い、今のうちだ! この場はあの方に任せて、我々は直ぐに撤退するぞ!』

 

『だ、だが、ダ……あの方が戦っておられるのに、私が逃げるわけには。そうだ、私も手助けをせねば。私は何を呆けているのだ。それが私の出来る、』

 

『馬鹿を言うな! ……さぁ、さっさと行くぞ! あの方がダンブルドアを食い止めておられる間に!』

 

『は、放せ! 私は()()()を、』

 

どうやらヴォルデモートとは別に、ワシは恐ろしい事実を直視せざるを得んらしい。

それは最初、ある種の気分転換のつもりでしかなかった。奴の不死性の鍵を握る唯一の人物。自らの足でそれらを探す傍ら、ワシは()に秘密を聞き出すため手紙を送り続けておった。じゃが一向に彼から色よい返事が来ぬ。中々思うように進まぬ事態に、ワシは一旦別の事も思案することにした。それは魔法省で対峙した新たな『死喰い人』のこと。あの者は危険じゃ。明らかに前回の戦いにはおらんかった上、その実力も脅威としか言いようがない。ヴォルデモートの秘密よりは優先順位が下がるが、無視するわけにもいかん。じゃからこそ、ワシは空いた時間でようやくあの魔法省での出来事を『憂いの篩』で振り返ったわけじゃが……。

 

「……リーマスの言う通りだったわけじゃな。あの『死喰い人』は……()()()。お主じゃったのじゃな」

 

ワシはこの恐ろしい事実を突きつけられてしもうた。

予感が無かったわけではない。実際に戦ったリーマスもワシに言うておった。

 

『あの……ダンブルドア。これは私の予想でしかないのですが。あの子、いえ、あの黒い靄の死喰い人は……ダリア。ダリア・マルフォイではないでしょうか? いえ、確証があるわけではないのです。ですが……私にはあの子にしか思えないのです。……ダンブルドア、こんなことを言っておいて恐縮ですが、私は信じられないのです。あの子は本当に……()()()()の人間なのでしょうか。私はどうしてもそう思えないのです。あの子は嫌々あちら側にいる。あの子の気質を考えると、私にはそう思えて仕方が無いのです』

 

歯切れの悪い発言ではあったが、ワシも彼の言うことをある程度認めてはおった。彼女の人間性はともかく、彼女が例の『死喰い人』である可能性は最初から考えておった。ただ認めがたかっただけじゃ。今回の戦いで初めて現れた脅威であり、それ程の実力を持つ人物。そんな条件に該当する人物を、ワシはそう多くは認識しておらぬ。じゃが条件に合う人物じゃからと言うて……それこそヴォルデモートに認められておるという情報があるとはいえ、やはりただの生徒であるダリアを危険な『死喰い人』と認識することに些か抵抗があったのも確かじゃ。セブルスからも彼女の闇の陣営にての立場が知らされておってなお、ワシは理性のどこかでその情報を否定しておったのじゃ。

それがこうして事実を振り返れば、ワシはいよいよ事実を認めねばならんくなった。

ルシウスがあれ程までに動揺する人物。そして実力。それは彼女以外におらん。何と言うことじゃろぅ。今更であるが、大変認めがたい。いや、認めとうない。じゃが事実を認めねば、対策することすら出来のうなる。

ワシは椅子に座り、溜息を吐きながら思案する。

いよいよ彼女の脅威度が跳ね上がり、生徒としても見れぬ段階に入り始めてしもうた。しかも彼女の場合、一時的とはいえワシとの戦いで拮抗さえしておった。彼女の実力は確かに脅威じゃ。じゃが、流石にワシと拮抗できる程のものではない。ならば何かカラクリがあるはずじゃ。そう、例えばハリーとヴォルデモートの時の様な……。

そこまで考え、ワシは戦慄とする。今何とは無しに考えておったが、戦かった時の感覚からも……この可能性が一番高いように思える。

 

「ワシとダリアの杖が……()()()じゃと」

 

じゃが、果たしてそんなことが本当にあり得るのじゃろうか。ワシの杖は『ニワトコの杖』。決闘において、所有者に最強の力を与える『死の秘宝』。そんな物に対抗できる兄弟杖? 本当にそんなものが存在するのじゃろうか。

尤も、このことについて今考えても意味はない。ワシは杖の専門家というわけではない。事実を確かめるのならば、オリバンダーに聞くのが一番じゃ。ダリアも彼の店で杖を買ったのじゃろうから、彼ならば彼女の杖についても覚えておることじゃろう。ならば今ワシが考えるべきことは別のことじゃ。

いざ『死喰い人』の正体がダリアだと分かれば、それだけ他の疑問も湧き上がってくる。いや、寧ろ疑問だらけじゃ。

杖のことは置いておくとしても、あのとてつもない動きは一体何なのじゃろうか。あれは決して人間が出せる動きではない。魔法を使ったといえばそこまでじゃが、ワシの勘は違和感を覚えておった。あの時、杖無しでダリアは雷を発しおった。それと同時に、更に動きを早くする魔法を使えるものじゃろうか。そんなことが出来るのであれば、もはやワシ以上の力を有しておる。そんなことはないはずなのじゃ。じゃが、そうでなければ何故彼女はそのようなことが出来たのじゃろう。実際に出来た以上、何かしらの原因があるはずなのじゃ。

そして彼女が戦闘中に負ったと思われる傷。ワシが放った魔法の剣は、確かにあの靄の中をいくつか掠めておる。決して致命傷を与えるものではなかったが、それなりの傷を彼女に与えたはずじゃ。であるのに、以降の彼女にそのような素振りは微塵も感じておらん。この事実にも、ワシは強烈な違和感を覚えざるを得んかった。

正体が分かったというのに、逆に彼女の正体が謎に包まれてゆく。実力だけでは説明がつかん、何か得体の知れぬ感覚。

 

強靭な体に、謎の回復力。それはまるで……。

 

そこまで考え、ワシは先程以上の戦慄を覚えた。

ワシは今、何を考えかけた? 何に思い至ってしまった? 『死喰い人』の特徴が、あの()()に似ておる? そんなことがあるはずがない。ワシは何を馬鹿なことを考えておるのじゃろうか。ダリアは純血貴族であるマルフォイ家の娘。ならば、彼女が純血以外である可能性はない。であるのに、ワシは一体何に思い至ってしまったのじゃろうか。

ワシは自身の妄想を否定すべく、彼女の記憶を『憂いの篩』で振り返る。彼女と初めて会話した日の記憶。

 

『その手袋。それは魔法のかかったものだそうじゃな。その魔法の効果を教えてほしいのじゃよ。わしもこの学校の校長じゃからのう。念のためとはいえ、安全なものであるか確認したいのじゃよ』

 

『これは私の魔法力を抑えるものです。私は力が強すぎるのか、これがないと力が暴走してしまうのです』

 

そして彼女が2年生の時。

 

『は、離してください! わ、私は肌が弱いから、この席に、』

 

『そんなに恥ずかしがらなくてもいいのですよ! 大丈夫! 私が君にしっかりとクィディッチの楽しさを教えて差し上げますよ!』

 

あの闇の魔術のかかった手袋が、文字通り彼女の尋常ならざる力を抑えるものであったのならば? そして彼女が日光に当たれない理由も、ただ肌の問題でないとしたら?

一つ一つは些細な事象でしかない。じゃが、もし彼女が本当に()()であるのなら……全ての点が一本の線として繋がってくる。確認すればする程、思い返せば思い返す程、ワシは徐々にそうとしか思えんくなってくる。相変わらず荒唐無稽としか思えぬことじゃが、もしワシのこの思いつきが正しいのであれば、

 

「ダリア、お主は……()()()なのか?」

 

ワシはとてつもなく恐ろしい真実に辿り着いたのやもしれんかった。




不死鳥の騎士団終了です。
一話閑話をはさんで、いよいよ半純血へ

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