ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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近くて遠い友人(前編)

 

 ハリー視点

 

『名前を呼んではいけないあの人が復活。このような衝撃的なニュースを、コーネリウス・ファッジ魔法大臣は昨日夜緊急声明を発表した』

 

医務室のベッドで、僕等DAメンバーは皆一つの記事を見つめていた。戦いから城に帰った後、僕等は皆マダム・ポンフリーに強制連行されてしまい、全員医務室で連日目を覚ます羽目になっていたのだ。

そして戦いから数日後、そんな僕等に朝一番に届けられた物がこの記事だった。届けてくれたのはコリン・クリービー。狂喜乱舞した様子で医務室に乗り込んできたのだ。当然怒り狂ったマダム・ポンフリーに彼自身は医務室から摘み出されたが、記事だけは僕等の手元に残されていた。

記事を読みながら、真っ先に声を上げたのはロンだった。

 

「つまりなんだ。これで君は昨日までの頭のおかしい少年ではないってわけだ。あれだけ君を、それこそ狂いに狂った目立ちたがり呼ばわりしていたのにな。しかも僕等が魔法省で戦ってから何日経ってると思ってるんだ? 魔法省の奴らは随分と呑気だな。この間にあと何個予言が取られたか分かったものじゃないぞ」

 

呆れ果てたと言わんばかりの口調。皆も同意見なのか、同じような表情で頷いている。特段喜びの声を上げるメンバーはいない。

ようやく認められた僕の主張。あれだけ否定され、踏みにじられていたのに、それが突然一転したのだ。本来ならば僕等もコリン同様大喜びし、そのまま医務室から叩き出されていたことだろう。しかし実際にそれ程喜べないのは、やはりシリウスが死んでしまったことが原因だった。事情を知らなかったネビルとルーナも、昨日の内にロンにでも事情を聴いたのか、シリウスのことを指名手配犯ではなく、僕の大切な家族だったのだと知っている様子だ。結果誰一人として記事に喜びきれず、半ばただ呆れた表情だけを浮かべるに留まっていた。

重い沈黙の中、再びロンが何とか空気を変えようと声を上げる。

 

「そうだ……予言と言えば、ハリー。昨日ダンブルドアにまた呼び出されたんだ。予言の内容を聞き出せたのかい? あれは君に関わる予言だったのだろう?」

 

「ちょっと、ロン。声が大きいわ。この部屋には私達以外もいるのよ」

 

しかしハーマイオニーがロンを制止し、医務室の一角を指さした。そこには白いカーテンで覆われたベッドが一つ。カーテンのせいで中で寝ている人間の姿は見えないが、中身が誰か僕ら全員が知っている。

それは紛れもなく、今年一年僕等を支配し続けていたアンブリッジ。奴も僕等と同じく、ここ数日医務室の住人の一人だった。本来であれば僕等はこんな会話をして、万が一にも盗み聞かれてはならないような相手。でも、今回ばかりはハーマイオニーの心配は杞憂だろう。

 

「大丈夫さ。君も見ただろう。今のあいつは廃人同然さ。ずっとブツブツ言いながら天井を見てるし、ほらっ」

 

ロンが軽くパカッパカッと舌を鳴らす。すると今まで静かだったのが嘘のようにカーテン越しから悲鳴が響き渡った。そしてカーテンの向こうからアンブリッジが転がり出てくる。その顔には、以前のような人を見下した嫌らしい笑みは浮かんでいない。やつれ果て、どこか病人を思わせる程顔面も蒼白だった。今の奴を見て、あれだけ僕等を苦しめた人間と同一人物とは誰も思わないだろう。

 

「あれが! アレが来たわ! あ、あぁ、アレって……()()()!? 私は何故こんなにも! と、とにかく逃げなくては! また捕まってしまう!」

 

「ドローレス! 一体何事ですか!?」

 

「あ、あぁ、ポンフリー! アレが……いえ、()()が、彼女が来る! いえ、彼女とは……な、()()()()()()()()! 私は一体どうしてしまったというの! 私は森に行ってそれで……。いえ、そもそも私は校長を? 校長をしていたはず! な、何もかも記憶がぼやけて、」

 

「落ち着きなさい! 貴女はパニックになっているだけです! さぁ、深呼吸なさい。そしてベッドに戻るのです。()()には魔法省から迎えが来るそうです。ダンブルドアが今朝生徒にも発表していました。それまでは大人しくしているのです。これ以上貴女に問題を起こされるのは勘弁ですわ」

 

そしてマダム・ポンフリーに奴はベッドに押し戻され、しばらくカーテンの向こうで騒いでいたが、また死んだように静かになった。

医務室にいる間に何回か見た光景だが、とてもアンブリッジが正気を保てているとは思えない。したり顔でロンがハーマイオニーに肩をすくめると、

 

「……来るなら()()ね。……ロン、貴方の言う通りだわ。でも、万が一のことがあるから小声でね」

 

彼女は何か小さく呟いた後、僕に続きを促したのだった。

邪魔者が邪魔にならないことを再確認した僕は、ハーマイオニーに促されるまま先程の話の続きをする。正直なところ誰かに話すような気分ではないけど、医務室にいたハーマイオニーも含め、ここにいるメンバーは皆僕なんかを信じてついて来てくれた。ならば僕は嫌でも話さなければならない義務があると思ったのだ。

だから話した。僕の予言をダンブルドアが以前の戦いの最中に聞いたこと。それが『占い学』教師に復帰したトレローニー先生によるものであること。

 

「おったまげー。なら、君は本当に選ばれし者だったわけかい?」

 

「うん……予言ではそういうことになってるみたい。でも、」

 

「一方が生きる限り、他方は生きられぬ……あぁ、ハリー」

 

そして予言では、自分が殺すか殺されるか、それ以外に道はないとされていること。やはり話して気分のいい話ではない。シリウスのことが無かったとしても、こんな恐ろしい予言だと聞いて、僕は一体どんな顔をすればいいのだろうか。恐怖や不安の前に、どうしてそんなことになったのかと衝撃ばかり感じている。そして予言で名指しされた僕がそうなのだから、予言を聞かされた皆も同じ気分だろう。そんな中、このメンバーの中で最も悲壮な表情を浮かべたハーマイオニーが、せめて他の道は無いのかと縋るような声音で尋ねてくる。

 

「で、でも、ただの予言でしょう? それもあのトレローニー先生の。なら出鱈目の可能性だって、」

 

「僕もそう思いたいけど、ダンブルドアは真実だと思ってるみたいだ。だからトレローニーをずっと城に匿ってたわけだし。それにトレローニーはピーターの逃亡を予言したことだってある。あの時はいつもの頓珍漢な雰囲気ではなかった。多分あの時と同じなんだ」

 

「そんな……。そ、そうだわ。予言ならもう一つ。もう一つの予言があったはずよ。割れた予言はそちらだったのでしょう? なら、そっちに何か救いになる予言が入っていたとか?」

 

ハーマイオニーが僕のことを必死に考えてくれていることは分かる。今回のことだって、結局はハーマイオニーが一番正しかったのだ。ダリア・マルフォイのことを除けば、彼女だけが正解に辿り着いていたと言える。ハーマイオニーがダリア・マルフォイに不意打ちされなければ、僕の愚かな行動を止めてくれたのだろうか。ハーマイオニーはいつだって僕等のことを心配し、正しい方向に導いてくれる。それなのに僕はいつだってそれに逆らい、彼女に心配ばかりさせていた。

残念ながら、今回も僕は彼女を心配させることになりそうだ。僕はハーマイオニーの言葉に首を振りながら答える。

 

「……実はもう一つの予言については、ダンブルドアが内容を教えてくれなかったんだ。今は知るべき時ではないって」

 

「知るべき時ではない!? そんなのおかしいわ! その予言はハリーに関する物なのでしょう!? ならばハリーには知る権利があるはずよ!」

 

「……僕もそう言ったけど、ダンブルドアが譲らなかったんだ。いずれ時が来たら教えるから、今はただ待ってほしいって。その代わり、来年僕に特別訓練をするって言ってたけど……」

 

「貴方達! 何を大声を出しているのですか! そこまで元気になったのなら、もうここにいる必要はないようですね! ミス・グレンジャーは足の怪我がまだ治り切っていませんが、他の子は騒ぐようなら大丈夫でしょう! さぁ、大広間にお行きなさい! 皆貴方達のことを待っていると思いますわ」

 

ハーマイオニーの大声でポンフリーが部屋に乱入し、ハーマイオニー以外のメンバーは全員医務室から追い立てられる。無理やり連れてこられたわけだけど、僕等がいればハーマイオニーの治療にも響くと思われたのか。あるいはマダムなりの気遣いだったのかもしれない。いずれにしろ、医務室から解放されたからといって、僕等の気分が上がることはなかった。

思い返すのは僕の割った予言のこと。ダンブルドアは一旦忘れろと言っていたけど、そう簡単に忘れられるはずがない。時間が経てば感情が少しずつ整理され、その代わり余計なことに思考が奪われ始める。忘れろと言われれば、寧ろ気になるくらいだ。

それに漏れ聞こえた予言の内容も、決して忘れていいような物ではない気がしたのだ。

 

『選ばれた子が生まれる七月の末……気をつけよ、帝王の敵よ。……味方にもなりえない。……破滅をもたらすことだろう』

 

味方にはなり得ない。破滅。不穏な言葉ばかりだ。予言の一部しか知り得ていないわけだけど、冷静さを取り戻せば不安にもなる。

 

……それに破滅なんて不穏な言葉を、僕は()()()()耳にしていたような。

 

「あ! ハ、ハリー! 良かった! 医務室から出れたんだね! そ、それで……今朝の記事のことだけど」

 

大広間に戻れば、大勢の視線が僕に降り注ぐ。そこにはもはや僕に対する敵意や侮蔑は含まれていない。もう僕を嘘つき呼ばわりする生徒は一人だっていないだろう。

当に待ち望んでいた事態だというのに、僕の心が晴れることは一向になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンブリッジ視点

 

暗い鬱蒼とした森の中、場違いな程涼しい声が響く。

 

「先生。探しましたよ。さぁ、城に帰りましょうか。……もう時間は充分です」

 

ケンタウロス共に森の更に奥まで連れ去られ、いよいよ私が拷問されかけた時……ようやく彼女は現れたのだ。

 

「なっ! い、いつの間に追い付いたのだ! 破滅の娘! この得体の知れぬ怪物め! 貴様など、」

 

「もう貴方達に用はありません。貴方達の役割は終わりました。ご苦労様」

 

何の気負いもなく、まるで散歩でもするかのように現れた彼女は、それどころか一瞬の間にケンタウロス共を気絶させてしまった。銀色の閃光が迸った瞬間、私を取り巻いていた風景がガラリと変わる。先程まで防戦一方であったがまるで嘘のようだ。既に立っているケンタウロスはおらず、立っているのはダリア・マルフォイと、傷だらけの私だけだった。

当然、私は倒れ伏すケンタウロスの真ん中で、彼女を大声で非難する。

 

「ミ、ミス・マルフォイ! い、いいえ、ダリア・マルフォイ! 今まで一体何をしていたの! 私がこのような目に遭っているというのに、そんな私を放置して! 貴女は私を助けるべき義務があったというのに! 今の貴女のホグワーツでの地位は、一体誰のお陰だと思っているの!」

 

先程まで感じていた恐怖のせいで、私はマルフォイ家に媚を売らなければいけない事実も忘れ、ただ興奮のままミス・マルフォイを怒鳴り散らす。

 

「何が『闇の帝王』の右腕よ! 私の安全も守れないで、一体何をしていたというの!? 私は高等尋問官であり、この学校の校長ですよ! いくらマルフォイ家とはいえ、私を怒らせればどうなるか分からないの!?」

 

生まれて初めて感じた死の恐怖から目を逸らすため、私はただひたすら大声を上げ続ける。亜人共があれ程恐ろしい存在だなんて、私は全く知らなかった。今まではただ自身の出世のために奴等への恐怖と憎悪を煽っていたわけだが……やはり私は間違っていなかったのだ。私は今日、奴らの脅威を改めて知った。私の人生の中で、これ程命の危険を感じたことがあっただろうか。どんな政敵と対峙しても、私は命の危機までは感じたことなど無かった。それが本当に殺される一歩手前だったのだ。恐怖を感じて当たり前だろうし、私には命を脅かされたことに対して責任を追及する権利がある。

しかし目の前の娘は私の言葉にも眉一つ動かさず、ただいつもの無表情で応えるのみだった。

 

「私の責任追及をされたいのなら、どうぞご随意に。ですが今我々がすべきことはもっと別のことです。ケンタウロスは御覧の通りですが、この森にはまだ他にも危険が満ちています。今ならば私が安全にお連れすることも可能ですが?」

 

その態度に更に怒りを募らせるも、流石に置いていかれては堪ったものではない。私は前を歩き始める小娘を追いかける。無論倒れているケンタウロスの顔を蹴り飛ばすのを忘れない。この愚鈍で下等な獣達。必ず駄馬共に復讐しなければならない。しかしこれ以上ここで亜人共に怒りを発散させる時間はないのも事実。ここは決して安全な場所ではない。それどころか、私は今杖さえ持っていないのだ。まずはここから無事に帰る。そして命の心配の無い場所で、私は必ず復讐してやるのだ。この亜人共に。……この目の前を歩く小娘に。私は暗い道を歩きながら、ただ怒りのままに呟き続ける。

 

「わ、私は高等尋問官で、ホグワーツ魔法学校の校長なのよ。私はそこらにいる無能とは違う。私は昔とは違う……。私は努力して今の地位に就いた。それがこんな危険な目に遭っていいはずがない。なのに何故私はこんな目に……。やはり亜人なんて危険な存在、もっと早く根絶やしにすべきだったのよ。私は間違っていなかった。それを反対する人間は、全て異常者に決まっているのだわ。それに、ダリ……ミス・マルフォイ。先程貴女は私が連れ去られるというのに、笑っていましたわね? 一体どういうつもりだったの? 恩知らずにも程があるわ。私がどれだけ貴女に配慮していたか。私が配慮したからこそ、今の貴女の地位があるのですわ」

 

小声とはいえ、最後は目の前の小娘にも聞こえるギリギリの声音で呟いていた。私は間違ったことを言っていない。ならばこの小娘も罪悪感を感じるべきなのだ。その怒りのまま、私は目の前の小娘に文句を言う。考えれば私が今下手に出る必要などない。それは当然の権利なのだ。何せ私はこの小娘のせいで命の危機に瀕した。マルフォイ家の娘だからといって、許されていいはずがない。ここまで馬鹿にされて、寧ろ黙っている方が沽券に関わる。そうよ、私はもう昔の様な虐げられるだけの存在ではない。何がマルフォイ家。何が闇の帝王に認められた娘。小娘は結局、当然守るべき私を守り切ることが出来なかった。それどころか、私を積極的に危機に陥れたではないか。今この瞬間において、私の方が上の立場のはずだ。

しかし、私の言葉にも小娘は何の反応も示さず、ただ黙々と歩き続けていた。まるで私のことを、そこらの石ころと同じだと思っているように。だからこそ、私は鈍感な小娘が少しでも私の怒りを感じ取れるように、決定的な情報を仄めかすことにした。

 

「そうよ。貴女の立場なんて、私にかかればどうすることだって出来るのよ。少なくともこの学校は、もう私の王国なの。全ての生徒を私は思い通りに出来る。どんな生徒にだって、探し出せば必ず弱みがあるはず。そう、現に貴女の弱みを私は知っているのよ。……マルフォイ家からのお菓子箱。中に随分()()()()を隠していますのね」

 

その瞬間、ようやく前を黙って歩き続けていた小娘が立ち止まる。当然この情報だけでダリア・マルフォイを追放することは不可能だ。それが可能であれば、ポッターなどもとっくの昔に追放出来ている。しかしようやく私は小娘に一矢報いることに成功したのだ。私の心の中に黒い喜びが湧き上がる。私は今まで耐えに耐え、誰からも虐げられない立場を手に入れた。私は虐げる側の人間になれた。この目の前の小娘に対してさえも。

 

……そう、だからこそこの瞬間、ようやく私は僅かに冷静さを取り戻し、思考の端で感じ続けていた違和感に気が付けたのだ。

 

そういえば、そもそも何故小娘は血液など持ち込んだのだろうか。校長として忙しかったこともある上、心のどこかで危険を感じていたからこそ、深くあの血液の正体を考えない様にしていたのではないか。何か危険な魔法薬を作るためと自分を納得させていたけれど、本当にそうなのだろうか。今この瞬間、彼女を陥れることを考えた時、私は小娘への贈り物の正体を本当の意味で考えた。そして自身の中で燻っていた違和感に気が付いたのだ。それと同時に、何かとてつもない危機感も。

ダリア・マルフォイ。マルフォイ家の娘にして、闇の帝王の右腕。優秀過ぎる程の実力、常に魔法の手袋をしていなければならない程の魔法力を持つが、日光には当たれない脆弱な肌。そして何かの材料と思しき血液。

どこにもおかしな所は無いはず。一つ一つの要素は、それ単体で見れば容易に常識的範囲で説明がつく。……であるのに、今私は強烈な違和感を覚えている。

何か……何か見落としている気がする。そう、情報は全て揃っているのに、その事実に目を逸らしているような。そんな違和感を感じる。

しかし、

 

「どうやら貴女は……知りすぎたようですね」

 

私はその違和感の正体に気付くことは無かった。

 

何故なら、目の前で立ち止まっていた小娘がいつの間にか振り返り……私を血の様な真っ赤な瞳で見つめていたから。

森は木々が生い茂っていて、今が昼なのか夜なのかも判然としない程暗い。そんな中でも不気味な赤い光だけが爛々と浮かび上がっている。その真っ赤な瞳が、ジッと私の心の中まで覗き込んでいた。

その不気味な瞳を見た瞬間、一瞬で私の中で燻り続けていた怒りが消し飛ぶ。感じるのはただただ恐怖の感情。何故か先程ケンタウロスに囲まれていた時以上の恐怖を感じている。

 

「ひっ! な、何ですか、その目は、」

 

「まだ私の秘密に辿り着いてはいないようですが、放っておけば危険ですね。予定外でしたが、仕方ないですよね。そう、これは仕方のないことなのです。先生が悪いのですよ? こんな誰もいない場所で……()()()()()()()()()()()()()場所で、そんな大事なことを話してしまったのですから」

 

後退る私にダリア・マルフォイが近づき、私が逃げられない様に腕を掴む。この娘は同年代に比べても小柄だ。それこそ体格だけであれば下級生に見える程。であるのに、掴まれた腕はピクリとも動かせなかった。いつの間にか手袋が外されていた手に掴まれ、私は逃げることすら許さなかった。

 

「は、離しなさい! 離して! 何なのこの力は! わ、私は、」

 

「大丈夫です。すぐに……何を恐れていたかすら、分からなくしてあげますから」

 

その声を最後に、私は意識を完全に失った。

 

 

 

 

夢を見ていた気がした。それも飛び切り恐ろしい夢を。

……次に目を覚ますと、そこは医務室のベッドだった。

ベッドから身を起こした私は混乱した。私が何故医務室のベッドで横になっているのか分からなかったのだ。直前の記憶は、確か森に行って……いえ、()()()()()()()()()()()()()? 森に入ったことは何となく覚えている。であるのに、その前後が酷く朧気だ。

そこまで考え、私は更に混乱する。思い出そうとした瞬間、私は気が付いたのだ。そもそも森に行く前の出来事……それこそ()()()()()()()()()()()()()()の記憶が全て曖昧なのだ。今日がダンブルドアがいなくなった翌日のような気さえする。それだけは違うと分かるのだけど、その過程が何もかも曖昧で、思い出そうとすれば頭痛すらしてくる。マダム・ポンフリーに尋ねても、

 

「ドローレス。何を馬鹿なことを仰っているのです? いえ、そこまで混乱しているのなら、やはり貴女に校長の任は重すぎたのでしょうね。もう数日すれば魔法省から迎えが来るそうです。貴女は校長を解任されたのです。当然ですわ。あれだけ好き勝手されたのですから」

 

などと訳の分からないことを言うのだ。まるで私が校長になった後、少なくとも数か月は経っているかのように。……私はその数か月を全く思い出せないと言うのに。

……僅かに思い出せるのは、

 

「ほらっ。……パカッパカッ」

 

「あれが! アレが来たわ! あ、あぁ、アレって……()()()!? 私は何故こんなにも! と、とにかく逃げなくては! また捕まってしまう!」

 

何かに森の中で捕まった、そんな夢の記憶ばかり。一体何に捕まったかも思い出せないというのに、その夢の中で味わった恐怖感だけが蘇る。頭に過るのはただ黒い影達。そして、

 

「ドローレス! 一体何事ですか!?」

 

「あ、あぁ、ポンフリー! アレが……いえ、()()が、彼女が来る! いえ、彼女とは……な、()()()()()()()()

 

暗闇に浮かぶ、血の様な赤い瞳だけだった。

……一体、私は何に捕まってしまったのだろうか。どんなに考えても、私はどうしても思い出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

ハリー達もいなくなり、今夜医務室にいるのは遂に私とアンブリッジだけになった。会話なんてあるはずがない。尤も、私がどんなに根気強く話しかけたところで、今のアンブリッジが反応を返すとは思えないけれど。

静かな夜。私の怪我もある程度癒え、今ではすっかり痛みも無くなっている。黙ってベッドで横になっていれば、それだけで眠気を感じるものだけど……今はまだ眠るわけにはいかない。

()()()を待ちながら、私はこの数日間起こったことを振り返る。

全ての始まりはハリーの夢。シリウスが『例のあの人』に捕まり、『神秘部』で拷問されるという夢。それを助けに行こうとハリーは主張したけど、私は罠の可能性を考え、まずは真偽の確認を優先した。結果的には私の主張は正しかった。けど、それは勿論結果論でしかない。逆に私の愚かな提案のせいで、アンブリッジに捕まった上、真偽を本当に確認する時間すら失われてしまった。もっとやり様はあったはずなのだ。それを提案できなかった、寧ろ状況を悪化させた段階で、私が誇れることなんて何一つない。

そして事態が悪化したことで、ハリーは敵の罠に嵌められてしまった。医務室にいた私が即座に先生に連絡したことで、少なくとも騎士団員が早期に神秘部に到着することが出来たらしい。けど……戦いの最中、シリウスが殺されてしまった。敵の目的だったらしい『予言』は奪われ、しかも()()()を纏った『死喰い人』が参戦したことで、一旦捕まえた敵も取り逃がしたらしい。幸いにも予言は元々二つであったこと。『例のあの人』の復活がようやく世間に知れ渡ったこと。それらは明るいニュースと言えなくもないけど、逆に言えばそれくらいしか明るい話は無いのだ。

……でも、私は逆にこうも思うのだ。本当に全てが全て敵の思い通りだったのだろうか、と。

確かに結果だけ見れば、敵の完全勝利と言えることだろう。私達の有様は敗北としか表現できない。でも、敵の作戦は正直とても不確定な要素が多すぎるのだ。『あの人』とハリーとの不可思議な繋がり、ハリーの唯一の家族を人質にとること、そしてハリーの性格。それ等を考えると成功率は高いように思える。しかし、もし私だけでなく、ハリーも誰か先生に相談していれば? シリウスと騎士団本部で連絡が取れていたら? 他にも考えられる可能性はいくらでもあり、ちょっとしたことで結果は変わっていたかもしれない。

そう、敵の作戦がある程度上手くいったのは、敵の作戦が上手くいくよう巧みに()()()()()がいたからだ。医務室にいる間、私は()()の行動を必死に思い返していた。そうすることで、私はやっと彼女が何をしようとしていたかを分かった気がするのだ。

……そして、今から彼女のしようとすることも。

 

医務室のドアが静かに開く音がする。時間はもはや深夜とも言える時間。生徒や先生が医務室を訪ねてくるとは思えない。しかしドアは開く音はしたけれど、誰かが入ってきた足音も気配もしなかった。他の生徒なら、ただ風のせいでドアが開いたのかとしか思わないだろう。でも、私は予想していた。足音や気配がしなくとも、その上、

 

「こんばんは、()()()

 

そこに姿すら見えなくとも。

私はカーテンを開け、ただひたすら暗い虚空を見つめ続ける。姿は見えなくとも、必ず彼女は今この部屋にいる。彼女であれば、今晩必ず医務室に来るはずなのだ。

彼女の大切な人を守るために。

そして私の予想は正しく、

 

「……」

 

瞬きした瞬間、まるで最初からそこにいたかのように、目の前に彼女が佇んでいたのだった。

暗闇の中でも分かる程綺麗な顔立ち。どこか輝いてすら思える白銀の髪。そして、髪同様輝く黄金の瞳。

大切な人達のために、今回のことで一人奮闘していただろう彼女がそこにいた。

 


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