ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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神秘部での戦い(後編)

 ルーピン視点

 

シリウスが死んだ。

先程まで一緒にいた親友が、何の前触れもなく逝ってしまった。そのどうしようもない事実に、私の認識は現実に追い付いていない。

そもそもこの戦いは、正直なところ勝てて当たり前と言えるものだった。ハリーが何かしらの罠にかけられた可能性を報告したセブルス。そして怪我を負いながらも、迅速にハリーの居場所を伝えてくれたハーマイオニー。二人のお陰で、僕ら『不死鳥の騎士団』は速やかに救出チームを編成することが出来た。寧ろ奴らを一網打尽にするチャンスですらあったのだ。

無論侮ったつもりはない。長年アズカバンに収監され、力が昔より遥かに衰えているとはいえ……相手はあの『死喰い人』。子供が相手だと奴らは侮っており、尚且つ奴らの目的である予言を損なわないためには、あまり派手に暴れることも出来ない。それらを踏まえて我々の方が遥かに優位な状況だと思っていたが、決して油断しているつもりはなかった。

……しかし、実際のところ私達は油断していたのだろう。油断していなかったのは、歴戦の猛者であるマッドアイくらいのもの。私にトンクス、キングズリー。……そしてシリウスは、心のどこかで戦いを侮っていたのだ。

その結果が、今目の前の光景だった。

 

「……皆、怪我はないかい?」

 

「う、ううん。僕等は全員大丈夫。そ、それよりハリーを」

 

「あぁ、分かってるさ。今すぐ追いかける。君達はここから動かない様に。いいね、ネビル」

 

「わ、分かりました。それと……あいつは。あのベラトリックスは僕の、」

 

「それも分かっているさ。奴も必ず捕まえる。では、私は行くよ」

 

私はネビルやロン、それにジニーにルーナの無事を確認した後、一瞬辺りを見回す。

『死喰い人』はここにいないベラトリックス以外は全員拘束されている。奴らのリーダーであるルシウス・マルフォイもだ。彼には『闇祓い』に推薦してもらった恩があるが、敵である以上容赦していない。それに対し、()()()()()()()『不死鳥の騎士団』メンバーは誰一人怪我もしていない。予言も()()()のモノ以外は無事だ。今はネビルが大事に抱えている。一見何の異常もないはずなのだ。ただベラトリックスを追いかけたハリーと……アーチの向こうに消えてしまったシリウスがこの場にいないことを除けば。

一瞬の出来事。『死喰い人』と戦い、奴らをこのアーチのある部屋まで追い詰めた。次々と『死喰い人』を拘束し、遂にベラトリックスとルシウス・マルフォイのみになった時、偶然ベラトリックスが放った『死の呪文』がシリウスに当たったのだ。

……そして薄いカーテンに巻き取られるように、シリウスはアーチの向こう側に消えてしまった。この場には……いいや、おそらく彼はもうこの世のどこにもいない。

親友の死。それも死体がどこにもないことで、私の認識が全く現実に追い付いていない。だが、今は行動しなければならない。非現実的な事実に、悲しみを感じ切れていないことが上手く作用している。私が今為すべきことは、逃げたベラトリックスを追いかけたハリーを引き戻すこと。怒りと悲しみに我を忘れている今のハリーは、どんなことをしでかすか分かったものではない。最悪ベラトリックスの挑発に乗り、彼の方が返り討ちにあう可能性だってある。シリウス以外の犠牲者を出さないためにも、今私はただ行動し続けなければならないのだ。

 

「トンクス、キングズリー! すまないがここで子供達を守っていてくれ! それに『死喰い人』の監視も! アラスターは私について来てくれ!」

 

「言われるまでもない。人選としてはそれで良かろう。……小僧にしてはよく耐えたな。冷静さを失ってはおらん。それでは行くぞ! 残る二人も油断するな!」

 

「わ、分かったわよ。リーマス、気を付けて! 貴方にまで何かあったら……」

 

「あぁ、分かっているよ、トンクス。それではハリーを、」

 

私とアラスターはそう言って勢いよく部屋の出口に向かおうとした。

全てはシリウスの死を無駄にしないために。ハリーという未来を守るために。

 

しかし、それは出来なかった。

何故なら部屋の出口に……今までこの部屋にいなかった存在が佇んでいたのだ。

 

「……噂の新しい『死喰い人』か?」

 

「……どうやらそのようだね。ハグリッドの報告にあった特徴と同じだ」

 

全く気が付かなかった。先程までいなかったというのに、いつの間にか当たり前のように部屋の出口に佇む存在。何の気配も感じなかったというのに、視界に収めた瞬間、異様な存在感を醸し出している。それは黒い靄を纏った()()……としか言いようのない存在だった。

人型ではない。おそらく中身は人間なのだろうが、まるで辺りをうねる様に黒い靄が纏わりついている。『オブスキュラス』という存在があるが、それに近い印象を受ける。おそらくあの黒い靄も攻撃に使うことが出来る。そう我々の直感は告げていた。こんな奴は以前の戦いにはいなかった。そして私達の妨害をするように立ちふさがり、何一つ言葉を発しない。つまり目の前の存在は……明らかに我々の敵で間違いない。

()()()()()()()()()()()()()

()()は今ホグワーツにいるはず。ならばやはり私の杞憂だったのだろう。そう私は自身に言い聞かせ、油断なく杖を黒い靄に構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシウス視点

 

私はダリアの実力を知っている。いや、知っているつもりだった。

幼い頃から優秀だった。優秀でない時など存在しなかった。何を教えても直ぐに習得し、更には知的好奇心も旺盛。運動能力も優れており、当に完璧な存在とすら言えるだろう。流石は我がマルフォイ家の娘。幼い頃の実力でも、そこらの『闇祓い』に負けるはずが無かったのだ。今ならば圧倒してもおかしくはない。そう考えていた。

……だが、ここまでとは私とて想像していなかった。

 

「な、なんだこの動きは!? くっ! アラスター! そっちに、」

 

「キングズリー! 口より前に手を動かさんか! ぐぁ!」

 

「アラスター!」

 

未だ拘束されたままの私は、茫然と目の前で繰り広げられる光景を眺める。

黒い靄を纏ったダリアは、状況を窺うように数秒杖を構える騎士団員共と睨み合っていた。しかし次の瞬間、キングズリーとか言う闇祓いに目にも止まらぬ速さで呪文を放った。その上奴がそれを間一髪とはいえ防いだのを予測していたのか、そのまま今度は決して人間では出せない速度で接近し、そのまま纏っていた靄でムーディを包んでしまった。当然マッドアイも抵抗し呪文を放っていたが、その全てを靄は無効化している。そして靄が奴から離れた時には、奴は体中から血を流しながら倒れ伏していた。

あの動きから察するに、ダリアは今手袋を外しているのだろう。吸血鬼の力を使った、それこそ『闇の帝王』にすら不可能な動き。事情を知らぬ騎士団員共が初見で対応できるはずもない。しかし不意打ちとはいえ、ここまで圧倒的に、それも騎士団員の中で最も脅威であるマッドアイを無力化するとは。私を含め、この場にいる全員が唖然とした表情でダリアのことを見つめている。

そして当然、これだけではダリアの快進撃は止まらない。

 

「くそ! よくもアラスターを!」

 

「待て、早まるな! キングズリー!」

 

今度は猪突した『闇祓い』の呪文を軽くいなし、やはり反応出来ない速度で何かしらの無言呪文を放つ。するとその呪文に当たった『闇祓い』は怒りの表情から一変し、どこか恍惚とした表情になった上……女の『闇祓い』に杖を向けたのだった。

 

「な、何をしているの、キングズリー! 何故私に杖を!? ま、まさか、ふくじゅ、」

 

『失神せよ!』

 

そこで初めてダリアが何の呪文を使ったのか、私はようやく理解した。ダリアは奴に『服従の呪文』を使ったのだ。そして私の予想は正しく、キングズリーなる『闇祓い』は女を失神させた後、そのまま自身にも呪文をかけて気を失った。

もはや蹂躙と言っていい程の実力差だ。おそらくムーディが撃破されたことで冷静さを失ったのだろうが、それでも蹂躙と言える程のものだ。残るは狼男のみ。ポッター以外の子供がまだいるにはいるが、ダリアに敵うはずもない。ダリアの勝利は確定した未来だった。

だが私は自身がダリアの力を過小評価していたことに歓喜すると同時に、自分自身のことが恥ずかしく思わざるを得なかった。

私は本当に情けない父親だ。『闇の帝王』に与えられた使命も果たせず、あろうことか我が娘に助け出されてしまった。予言は二つであったというのに、一つは戦闘中にポッターが不注意にも割ってしまい、もはや我々が手にすることはない。いくら目的の予言を手にしたとしても、予言の全容が分からなければ振り出しもいいところだ。闇の帝王が喜ぶはずがない。そして本来ならばダリアがここにいるはずもなかった。ダリアの登場など計画にはなく、そもそも娘にはこの計画を伝えてすらいない。それなのにダリアがここに来たのは、偏に彼女が優秀極まりないからこそだ。おそらくポッターの愚劣な行動から、闇の帝王の意図を正確に読んだのだろう。そして意図を読み、どうやってか本来ならば『姿現し』出来ないホグワーツからここまで来た。それも不甲斐ない私を助けるために。

その助けが必要ないと……私は言える立場にはなかった。これを情けないと言わずに何と言えばいいのだ。

しかし、そうやってただ自身の情けなさを再確認してばかりもいられない。私が呆けている間にも、

 

「……ダリア。ダリア、なのかい?」

 

「……」

 

「そうか。それならば、まだ間に合う。君はまだ人を殺したわけではない。これだけの実力があるのに、私達を殺してはいないのが証拠だ。君はまだ引き返せる。だから、」

 

「失神せよ。さようなら……」

 

ダリアは邪魔者を全て片付けてしまったのだ。

 

「……ダリア・マルフォ、」

 

「……貴方達もここまでお疲れ様。生き残れて良かったですね。これは私が貰います」

 

残る有象無象の子供達をも最後に無力化し、靄の中から手袋をしていない手が伸び、我々の最初の目標であった予言を回収する。

 

「さぁ、帰りましょう、お父様。……他の方も起こした方が良さそうですね」

 

そして何でもないことのように、我が娘は私に手を差し伸べるのだ。まるでそれが当たり前のことであり、自身に課せられた義務であるかのように。

私は内心の情けなさ、罪悪感を噛みしめながら、表面上は取り作り応えた。

 

「あ、あぁ、そうだな。すまないな、ダリア。他の連中も連れて帰らねば、闇の帝王に私だけ逃げ帰ったと思われるからな」

 

何故とは問わない。ダリアの行動に疑問の余地など無い。それくらいのことは、私とて娘を理解している。だからこそ無駄な問答はしない。無論、無駄な時間をここで過ごす余裕がないこともある。私はダリアと協力し、他の死喰い人達を解放していく。

 

「……お、お前は。い、いえ、貴女は、」

 

「無駄話をしている余裕はありません。直ぐにここを離れますよ。人払いされているみたいですが、それも限界でしょう」

 

「こいつらはどうします? 殺しておきましょう!」

 

「……そんな時間もありません。目的は達しました。今は速やかに撤退することが重要です。これ以上ここにいるのは無意味です」

 

ダリアと他の『死喰い人』との会話を尻目に、私は自由になった体で辺りを見渡す。石のアーチを中心とした部屋には、先程ダリアが沈黙させた不死鳥の騎士団員、ホグワーツ生が転がっている。誰も死んではいない。ただ気を失っているだけだ。そしてダリアはそれらを殺さないと言った。名目上は時間が無いとのことだが、本当のところはどうなのだろうか。

いや、それこそそんなことを考えても仕方がない。今はただ脱出あるのみ。ダリアをこれ以上ここにいさせるわけにもいかない。私も私で、急ぎ今回の事態を闇の帝王にお伝えしなければ。失態は失態でも、それを最小限に抑えなくてはならない。遅れれば遅れる程それも叶わなくなるだろう。

黒い靄の中からでもダリアの威圧感を感じ取ったのか、死喰い人達は倒れ伏した敵を名残惜しそうに見つめながらも、渋々と言った様子で外に出て行く。当然私も奴らに続く。ダリアを一刻も早く安全な場所に退避させなければならない。それが私に残された唯一娘に出来ることなのだから。

 

 

 

 

……だが、

 

「……やはり来ておったか。それに他の死喰い人達も一緒とは。アラスター達はどうしたのじゃ? 答えによっては、ワシも容赦せんわけじゃが。どの道ここから逃げられると思わん事じゃ」

 

私はやはり、どこまでも情けない父親でしかないらしい。

魔法省ロビー。ここまで来れば、後は煙突飛行で撤退するのみ。その段になったというのに、我々の前に一番会いたくない敵が待ち構えていたのだ。

ロビーのあちこちに、今しがた大規模な戦闘でも行われたかのように大穴が開いている。そして遠巻きにいるはずのない魔法大臣含め、魔法省役員が数人おり……戦闘跡の中心に、ハリー・ポッターと、アルバス・ダンブルドアが佇んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドア視点

 

危ないところじゃった。そうワシはハリーの危機を間一髪で救った時思うた。

 

守護霊の呪文による伝令。ミネルバより送られた守護霊は、ワシにいよいよ戦いの時が来たことを教えてくれた。じゃからこそ、ワシは急ぎ魔法省に『姿現し』した。ヴォルデモートの狙いは予言。ならばこそ敵が罠を張るであろう場所も容易に予想できた。

ホグワーツから離れ、多くの時間があったというのに、ワシはまだ何の成果も得ておらん。トムの母親の生家を次に調べようと思うておったが、それも期待薄じゃろう。

そんな中もたらされた知らせ。ワシは自身の無力さを情けなく思いながらも、敵の思い通りにさせるわけにはいかぬと急ぎ飛ぶ。

そして飛んだ直後に見た光景が、何とハリーがベラトリックス……そしてヴォルデモートに囲まれておる光景だった。当に間一髪と言ってよいじゃろぅ。

ベラトリックスは問題にならん。あ奴は確かに『死喰い人』の中でもかなりの実力者じゃが、長年のアズカバン暮らしで以前より弱っておる。尚且つ、全盛期であってもワシに及ぶものではない。じゃが、ヴォルデモートは違う。奴をワシより格下と侮ることなど出来ぬ。負けるつもりもないが、勝つのは至難の業じゃ。それ程奴は危険な存在に成り果ててしもうておる。そして予想外じゃったのが、奴自身がここに現れたということ。今まで裏に隠れ続けておった奴が現れたということは、今回予言を手に入れる作戦が上手くいかず、奴自身が現れるしかなかった所作でもあるが……同時に敵の準備が整った証拠でもある。

やはりいよいよというわけじゃ。もっと有利な状況で戦いを始めたかったわけじゃが、残念じゃ。ハリーを救うためにも、ここで奴と戦うしかない。

 

「……ダンブルドア。こうして直接会うのは何年ぶりだ? 老いたものだな」

 

「久方ぶりじゃというのに、随分な挨拶じゃのぅ、トム。お主も随分と様変わりしてしもうた。それに……ワシの生徒に何をしようとしておるのかね?」

 

「教育。そう、教育だとも。このポッターは俺様が求めてやまぬ物を壊したのだ。悪戯をした生徒に罰を与える。当然のことであろう? お前は生徒に対し随分甘いようだからな。俺様が代わりに教育しようというのだ」

 

そこまで言った直後、奴から強烈な殺気が吹き上がる。蛇の様に鼻の削がれた顔に、血のように赤い瞳。禍々しい光を放つ瞳は真っすぐにワシに向けられておる。

遠い昔、ワシが出会った幼い頃の彼とは程遠い姿形じゃ。人間性などもはやどこにもない。

湧き上がる後悔、罪悪感をひた隠し、ワシは淡々と奴に杖を向けながら続ける。

 

「ここに現れるとは愚かじゃな、トム。いくら人払いをしておるとはいえ、それも有限じゃ。ワシ等が戦えば、いずれ騒ぎを聞きつけて誰かがやってくることじゃろう」

 

「ふん。そんなことはもはやどうでも良い。予言が失われた以上、もはや俺様が隠れている意味はない。全ての準備は整った。それに、そうでなくとも無用な心配なのだ。何故なら……俺様は直ぐにここからいなくなる。そして貴様はこの世から消えておるのだ、ダンブルドア!」

 

そしてワシへの応えは、奴の放った『死の呪文』であった。奴が得意とする、最も強大且つ残忍な魔法。ワシは呪文で軌道を逸らし、尚且つ敵に囲まれておるハリーをこちら側に引き寄せる。ベラトリックスもヴォルデモートもハリーに攻撃を加えようとするが、その追撃も呪文で防ぎ、ハリーを保護することに成功した。

 

「ハリー! 今は後ろに隠れておるのじゃ! 下手に手を出そうと思うでない! 今は我慢の時なのじゃ!」

 

「は、はい」

 

これで不安要素は消えた。じゃが正直なところ、ここからのヴォルデモートとの戦いは予想外のものであった。それも嫌な方向に。

戦い自体はワシの方が優勢に進めたといえるじゃろう。『死の呪文』を防ぎ、逆に辺りに散乱した瓦礫を浮かせ、変身させ、様々な手段で相手を翻弄した。誰がどう見ても、それこそヴォルデモートさえそう思った事じゃろぅ。ベラトリックスは既に気絶しており、ヴォルデモートも歯軋りせんばかりにこちらを睨みつけておった。ワシとハリーには傷一つついてはおらん。

じゃが実態は違う。奴と戦い、優勢であるからこそワシには分かる。ワシと奴には差など無い。寧ろ地力であれば()()()()()()()()すらおる。闇の魔術は強力であり、一瞬の油断さえ許されん。それなのにワシが勝っておるのは、ただワシの杖が奴の物より優れておるからじゃ。

そう、ワシの杖は全ての杖に勝る『ニワトコの杖』。『死の秘宝』が一つであり、嘗てグリンデンバルドより勝ち取った物。杖からの忠誠さえ得られれば、持ち主に絶大な力を与えてくれる。杖の秘密を知らぬ奴は気付かぬじゃろうが、杖の力を知るワシとしては寧ろ心穏やかではなかった。

優勢じゃが、心穏やかではない数分間。幾多もの呪文がお互いを飛び交い、辺りはもはや元の状態を思い出せん程の惨状に成り果てておった。そしてその時間にもようやく終わりが来る。

 

「い、一体何の騒ぎだ! ダンブルドア! 貴様、魔法省に遂に乗り込んで……っひ! あ、あの人が!? あの人がいる!」

 

ようやく騒ぎを聞きつけたのか、ロビーに人が集まり始めたのじゃ。

 

「……潮時か。ダンブルドア、今回は退いてやろう。だが近いうちに、貴様に必ずや残酷な死を送ってやろう」

 

「ワシは死を、そしてお主を恐れはせんよ、トム」

 

いくら準備が整ったとはいえ、流石に人目が集まる中で戦う気は無かったようじゃ。奴は気絶したベラトリックスを回収し、そのままどこかへと消えてしまった。

突発的な戦いであったが、ようやく終わらせることが出来た。ヴォルデモートが消えたことで、この場には緊張が切れて座り込むハリー、

 

「ファ、ファッジ大臣! どういうことですか!? あの人が! あの人がいた! あの人は復活していたんだ! 貴方は違うと言っていたではないか!」

 

そして騒然とする人々と、今後のことに思いを馳せるワシだけが残されておった。

 

……危ないところじゃった。

今回は何とかヴォルデモートを退けることが出来た。今後については不安要素ばかりじゃ。ヴォルデモートがここに来たことから、奴らの作戦は()()()()()()()()()ことは分かる。おそらく下の階では駆け付けた騎士団員達が『死喰い人』を取り押さえておることじゃろう。予言も守れたに違いない。じゃがヴォルデモートは予想以上に強大であり、そんな奴を倒す手段はまだ確立できておらん。ワシはまだまだ奴の不死身の秘密を探り続けねばならん。戦いは始まったばかりじゃ。

じゃが、今だけは……今だけは急場の危機を脱することが出来た。それだけは数少ない明るい事実じゃのう。

 

そうワシはハリーの危機を間一髪で救った時……()()()()()()()()()のじゃ。

 

 

 

 

()()がロビーに現れるまでは。

 

『インクネイト、ひれ伏せ』

 

それは騒がしい中でも、不思議と全員の耳に届く声じゃった。大きな声というわけでもない。それどころか、男の物なのか、ましてや女の物なのか、それすら思考に霞がかけられるように判別できぬ声じゃった。じゃが何故かこの場にいる全員がその呪文を唱える声が聞こえておった。

その証拠にこの場におる全員が声のした方向に振り向き、そのまま地面に押し付けられたかのように倒れこまされてしまった。この場で立っておれたのは、咄嗟に防御したワシのみじゃった。

気を抜きかけた瞬間の出来事に、ワシは再び先程以上の警戒感を抱く。

何故ならワシの視線の先には、捕縛されたはずと確信しておった死喰い人共の姿が。作戦が失敗したからこそヴォルデモートが現れたはずであるのに、何故か多くの死喰い人が捕縛されずに立っておった。

そして何より……奴らを先導するように、以前の戦いでは見たこともない存在が佇んでおったのじゃ。

黒い靄をまとい、声も正しく認識出来ぬようにされておる。おそらく認識阻害の呪文を使っておるのじゃろう。完全に正体不明の……新しい()。それも騎士団員を破る程強力な。

 

ソレが現れたことにより、ワシはまだ今回の戦いすら終わっておらんことを悟ったのじゃった。


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