ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
「ハリー! や、やっと見つけた! 君の荷物から『忍びの地図』を拝借したんだよ! それで君がここにいるって……ハーマイオニーはどうしたんだ? 地図でも名前が見つからなかったけど」
アンブリッジはケンタウロス達に連れていかれ、ダリア・マルフォイも彼等の残りを魔法で縛り付けた後、どこかへ行ってしまった。
僕は何とか森から帰ってこれたのは、正直運が良かっただけなのだろう。ケンタウロスはダリア・マルフォイ達にかかりっ切りだったし、帰り道で他の動物に襲われなかったのも奇跡に過ぎない。
不幸中の幸いは……
「……ロン、良かった。それにネビルにジニー、ルーナも。君達も抜け出せたんだね。それとハーマイオニーは……今医務室にいると思う。地図を貸してくれるかい?」
ハーマイオニーがドビーに連れられ、医務室にいることくらいだ。
森から何とか城に帰り着いた僕を、捕まっていた4人が大広間で出迎えてくれる。そして僕はロンから『忍びの地図』を返してもらうと、直ぐに医務室に目を向けた。
そこにはハーマイオニーの名前が書かれている。僕はホッと安心しながら、先程森の中で
『貴方に用はありません。貴方がどこで何をしようが、私にはどうでもいい。……ただ、グレンジャーさんだけは、これ以上行かせるわけにはいかない。グレンジャーさんの出番はここまでです』
あいつはハーマイオニーを突然攻撃したかと思えば、そんなことを言ったのだ。そしてアンブリッジが去った後突然、
『ドビー! 聞こえますか!?』
『お、お嬢様! はいです! ド、ドビーめはお嬢様のしもべ妖精です! お呼びとあれば、いつどこでもお応えしますです!』
どこからかドビーを呼び出し続けたのだ。あいつの周りには魔法で拘束されたケンタウロスが多数倒れていた。そんな凄惨な風景の中でも、あいつはケンタウロスに見向きもしていなかった。
『グレンジャーさんを医務室に連れて行ってもらえませんか。どうやらお怪我をされたようでして。あぁ、その後はお兄様とダフネの警護を。二人は放っておくと何をしでかすか分かりませんから。それと……いえ、これはまだ未定ですね。ごめんなさい、ドビー。突然呼び出して。私は貴方に負担ばかりかけていますね』
『い、いいえ! ドビーめはお嬢様に頼っていただいて嬉しいのでありますです! お嬢様の御友人をお守りすることであれば、ドビーめは嬉しいのでありますです! で、ではお嬢様! グレンジャー様はご無事に医務室にお届けするでありますです!』
『ま、待って、ダリア! ど、どうしてこんな、』
『……さようなら、グレンジャーさん。ここまでご苦労様でした』
そしてハーマイオニーの声に応えることなく、ただ淡々とドビーに命じてハーマイオニーを医務室に送ったのだ。
正直、僕は本当にあいつがハーマイオニーを医務室に送ったとは思っていなかった。そもそもハーマイオニーの信頼を
だからこそ、こうして『忍びの地図』を見るまで安心しなかったわけだけど……どうやら真実でなくても、嘘だけは言ってなかったらしい。
僕はハーマイオニーの名前を医務室に確認すると、ひとまず溜息を一つ吐く。これでダリア・マルフォイのことを信用したなんてことは勿論ない。あいつがそもそもハーマイオニーを裏切ったのだ。それ以外の行動も、正直意味不明なことばかり。あいつが何をしたいか僕にはさっぱり分からない。ただ分かることは、あいつが敵であるという事実だけだ。
事実、確かにハーマイオニーが安全な場所にいると分かったとしても、僕が一番有能な仲間を失ったことには変わりないのだ。僕はいつだってハーマイオニーに頼りっきりだ。彼女が言うことはいつだって的を射ていたし、間違うことは……ダリア・マルフォイ以外に関してありはしなかった。そんな彼女が僕の傍にいないという事実が、僕には心細くて仕方が無かったのだ。
でも……ダリア・マルフォイに感謝するわけではないけど、これでハーマイオニーを巻き込まなくて済むのも確かだった。僕はハーマイオニーの名前を確認した後、即座に目の前のロン達に告げる。
「僕は行くよ……。ハーマイオニーの無事も確認できた。なら、僕だけは行かなくちゃいけないんだ。ここまで来てくれたのに悪いけど、君達は城にいてくれ。僕は今すぐ魔法省に……神秘部に行かなくちゃ」
ハーマイオニーが傍にいないのは本当に心細い。彼女が傍にいてくれたらどれ程心強いか。そんな彼女を裏切ったダリア・マルフォイのことを許せるはずがない。でも、そもそもシリウスのことに関しては、ハーマイオニーも含めて、僕は誰も連れて行くべきではないのだ。
僕が今から行くべき場所は、おそらく危険に満ちた場所だろう。そもそもシリウスの傍には、あのヴォルデモートがいる可能性が高い。そんなところに友人達を連れていけるはずがない。
……僕だって本当は誰かについて来てほしい。僕は便宜上DAの教師役をやっていたけど、本当は皆と変わらず無力な存在なのだ。そんな僕一人で出来ることなんてたかが知れている。本当はハーマイオニーが言っていたように、誰か大人を頼るのが一番いいのだろう。僕だけで何かできると考えるのは傲慢なことだ。
でも、だからと言ってどうすればいいのか。シリウスが捕まってから、僕はとてつもなく長い無駄な時間を過ごしてしまった。もう一刻の猶予もないどころか、既にシリウスが殺されてしまった可能性すらある。ヴォルデモートが人を殺すことを躊躇うはずがない。なら、僕はこれ以上無駄に時間を浪費することは出来ない。たとえそこが危険だと分かっていても、それが無駄かもしれないと分かっていても、シリウスという……僕に最後に残された家族を失いたくないのだ。彼を失うくらいなら、僕が死んだっていいと思えるくらい。
シリウスを失ったら……僕はこの世にたった一人になってしまうのだから。
シリウスと出会ったのは、僕が三年生の時。最初こそ彼が両親の仇だと信じて疑っていなかったけど、その誤解は解け、彼こそが世界で唯一僕のことを想ってくれる残された家族だったのだと知った。彼は僕の悩みに、いつだって家族として相談に乗ってくれた。ダーズリー家しか親戚がいないと思っていた僕に、それがどれだけありがたく、なんて幸福なことだったか。他の人間には当たり前のことが、僕にはつい最近まで存在しなかった。他のホグワーツ生、それもハーマイオニーやロンを含めて、皆に嫉妬したことは何度だってある。他人は僕を英雄だの持ち上げるけど、僕は皆と同じ無力な存在で……そして皆が持っている当たり前のモノを持っていない。失われた者は二度と戻らない。そんなどうしようもない事実を抱えた僕は、決して彼等の言う特別な存在ではない。確かに何度も奇跡的な、僕みたいなただの生徒が成し遂げられないことを成しただろう。自惚れがないとは決して言えない。それでも僕が一番欲しいのはそんな特別ではなかった。僕の欲しかったものは、極々普通のものであり、だからこそ決して手の届かない所にいつだってあったのだ。
でもようやく僕は手に入れた。シリウスはアズカバンを脱獄してまで、こんな僕の所に帰ってきてくれた。何もかもが終わったら、僕と一緒に暮らしたいとまで言ってくれた。……彼がどこか父さんの代わりとして僕を見ていることは知っている。でも、それでも彼が僕の名付け親であり、家族であることに変わりはない。最初から無いと思って諦めていたモノを、僕はもう二度と手放したくない。
だから僕はどんなに無力な存在であったとしても、今行動しなくてはいけない。もうこの世にいない両親の様に、ヴォルデモートにシリウスを奪われないために。
……なのに、
「ハリー。ぼ、僕は君が何をしようとしてるか、正直よく分かってない。どうして魔法省の神秘部なんて所に行こうとしてるか、僕なんかにさっぱり分からないんだ。でも、これだけは僕にだって分かる。君だけで行くべきじゃない。僕等も行くよ」
突然今まで黙っていたネビルがそんなことを言い始めたのだった。
僕は突然の発言に……何より
ネビルだって分かっているはずだ。僕がここまで言うということは、この先は決して安全ではないということを。なのに彼は、それを分かっていて尚、僕にそんなことを言い始めたのだ。
彼の表情は僕のよく知る自信のない、いつだって何かに怯えた表情ではなかった。
そこには覚悟を決め、恐れるのではなく、勇気を以てただ自分のやるべきことを見つめるグリフィンドール生の姿があった。
ネビル視点
「……自分が何を言っているか、分かっているのか、ネビル。この際ハッキリ言うけど、これから僕が行く場所は危険なんだ。それこそ……ヴォルデモートがいる可能性すらある。それでも僕が行くのは、そこに大切な人がいるからだ。これは僕の問題なんだ。君達をこれ以上巻き込むわけにはいかない。確かに君達にアンブリッジを監視してくれと言ったのは僕だ。でも、
これから僕がすることは、そんな生易しいものなんかじゃない。それこそ本当に命を失う可能性がある」
僕の言葉に応えるハリーの声音は、明らかに拒絶の色合いを含んでいた。彼は僕等を心配してくれているのだ。
僕だってハリーの立場なら同じことを言うだろう。僕はダフネに協力してほしいと言った。それはアンブリッジくらいの問題なら命のやり取りをする心配はないと、心のどこかで甘いことを考えていたからだ。でも、今からハリーがしようとしていることは、どうやら本当の意味で命に関わることらしい。僕がどんなに覚悟を決めたつもりになっていたとしても、ハリーの言葉に改めて恐怖を覚えたのは確かだ。ハリーに協力を頼まれた時に覚悟を決めていたにも関わらずだ。
ここにもしダフネがいたら、僕は彼女に帰るように告げていただろう。特に彼女はダリア・マルフォイの友達だ。僕等に付き合う義理はない。僕は前言を撤回して、彼女を帰す義務すらあっただろう。ハリーも僕等に対し同じように感じているに違いない。
でも、僕はダフネと違って、自分の意志でDAに参加することを選んだ。彼女がダリア・マルフォイを選んだように、僕も自分自身でDAを選んだのだ。
「……それでも僕は行くよ。そのためのDAだ。そうでなければ、DAの存在意義すら無くなってしまう。君は言っていたよ。僕等が必死に練習したのは『例のあの人』と戦うためだ」
「……正確にはあいつから生き延びるためだよ」
「それでもだよ。僕等はずっと、君と同じで大切な人を失わないために練習してたんだ。なら、ここで僕が逃げるわけにはいかない。ハリー、僕が頼りないことは分かってる。でも、お願いだよ、僕にも手伝わせてよ。ここまで協力したんだ、君が嫌だと言っても、僕はついていくよ」
僕が言い終わると、ハリーの表情は酷く悩んでいるモノに変わっていた。僕の決意が固く、どう説得していいか分からなかったのだろう。
そんな彼に追い打ちをかけるように、僕以外のメンバーも次々と声を上げ始める。
「何水臭いこと言ってるんだよ、ハリー。ハーマイオニーがどうして医務室にいるかは知らないけど……彼女がいない中で、君一人で何が出来るっていうんだ。秘密の部屋にだって一緒に行った仲じゃないか。行くなら参謀役が必要だろう?」
「わ、私も行くわ! 私だってDAメンバーよ! だったら私にも資格があるはずよ!」
「お前は残ってろ、ジニー! お前はダリア・マルフォイに記憶を、」
「あら!? 私は参加した時から優秀だったっと慰めてくれたのは、貴方だったと思いますけど、ロン!」
「そ、それでもお前は、」
「貴方が何と言おうと、私は行くわ! 絶対についていくもの! ハリーが戦うなら、私だって今度こそ戦うわ! 1年の時とはもう違うの! 今逃げ出せば、私はもうずっと変わることが出来ない!」
ロンとジニーが大声を上げ、僕と同じく同行の意思を表明する。ルーナだけは何も言わず成り行きを見ていたけど、帰るつもりは全くなさそうだ。
そしてそんな皆の声で、ハリーはようやく半ば諦めたように言った。
「……分かった。皆で行こう。でもこれだけは誓ってくれ。危ないと思ったら……ヴォルデモートと出くわしたら、迷わず逃げるんだ」
僕等のことを説得する時間は無いと悟ったのだろう。何度も何か言いかけ、僕等の表情を見回して、ようやく本当に諦めた様子で続ける。
「……時間が無い。ハーマイオニーなら先生を探すべきって言うんだろうけど、本当にもう時間が残されていないんだ。これ以上待てない。それに先生への連絡なら、医務室にいる彼女自身がしてくれているはずだ。だから僕はこれから直接魔法省に乗り込む。行く手段は……そうだ、フレッドとジョージがしたように、箒で行けばいい。幸い僕はファイアボルトを持ってる。でも君達は、」
「箒なんて必要ないもん」
でも、彼が移動手段について言及し始めた時、彼の言葉は突然遮られた。
遮ったのは、今まで黙っていたルーナ。いつものどこを見つめているか分からない表情ではなく、ただ真っすぐにハリーを見つめながら彼女は続けたのだ。
「ホグワーツにはセストラルがいるもん。あの子達は箒なんかより速く、遠くに飛べる。この中ではあたしも、ハリーも、それにロングボトムも見えるはずだもん。それに、あたしはあの子達がいつもどこにいるかも知ってる。そっちの方が名案でしょう?」
ハーマイオニー視点
「ミ、ミス・グレンジャー! いつの間にベッドに!? いえ、そんなことより! ど、どうしたのですか、その怪我は!?」
「こ、ここは……医務室?」
先程まで森にいたはずの私は、何故か次の瞬間にはホグワーツの医務室に横たわっていた。
いえ、理由は考えるまでもない。私は本来そこにいるべき『しもべ妖精』を探す。でも、彼はもう違うどこかに行ってしまった後だった。どこに視線を向けても、彼の姿はどこにもありはしなかった。
医務室にいるのは私と、この部屋の主であるマダム・ポンフリーだけ。ドビーも、ましてや先程まで一緒にいたハリーや……ダリアもいなかった。
私は足から感じる激痛の中、何とか思考をまとめようとする。
ダリアが私を攻撃した。でも、それは恐らく私を
でも、それは何故?
「あっ……ぐ。ど、どうして、な、の。ダ、ダリ……」
「動かないで! 理由はともかく、直ぐに治療します!」
マダム・ポンフリーが足に触れたことで、思考に一瞬乱れが生じる。それでも私は必死に考え続けた。
そうだ、彼女の目的ならいつだってはっきりしている。家族とダフネ、そして……私を守ること。彼女の行動原理はいつだって同じなのだ。ならば今回だって彼女は私を守るために行動したのではないか。それ以外に考えられない。
そう考えると、今度は私に怪我させることが何故私を守ることなのかという疑問が湧く。ケンタウロスに連れ去られたアンブリッジはともかく、ハリーは何もされずに放置されていた。何より森まで態々ついて来たの? ハリーを無視して、私を攻撃する理由。私を守るという観点で見れば、まず考えられるのは私をハリーと
そして引き離すということは、ハリーと一緒にいては
そこまで考え、私は痛みとは違う理由で冷や汗をかき始めた。
そもそも私の考えていることが正しいとは限らない。痛みで思考は途切れ途切れな上、私が得られる情報には限りがある。私が確信できることは、ダリアが理由なく私を攻撃するはずがなく……彼女が自身の行動を悲しんでいるということだけ。彼女は2年生の時、私に杖を向けながらも私に呪文を使わなかった。DAがアンブリッジに露見した時も、私には呪文を一切使っていない。そんな彼女が今回は私の足を呪文で貫き、その後
でも、それだからこそ私は嫌な想像を止められずにいる。そもそもハリーがシリウスが捕まっている
私はそこまで考えた瞬間、私の足に包帯を巻いていたマダム・ポンフリーに猛然と話しかけた。
「マ、マダム・ポンフリー! 今すぐ! 今すぐマクゴナガル先生に連絡してください!」
「な! ど、どうしたのです!? 大人しくしていなさい! 傷口は綺麗です! これならば明日にでも怪我は治り、」
「そんなことはどうでもいいんです! お願いですから! ともかくマクゴナガル先生を呼んでください! ハリーが……ハリーが危ないんです! ハリーはあの人の……ヴォルデモートの