ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハーマイオニー視点
全ては私の失態だった。
何とかシリウスの安否を確認する必要がある。そのために私が選んだ手段は……アンブリッジの部屋に侵入し、あの女の暖炉を使うことだった。
正直思いついた時は素晴らしいアイディアだと思った。アンブリッジは今どのような監視体制を城に敷いているか、正直あの女以外の誰にも分からない。でも、あの女が何もしていないとは到底思えない。どこまでのことが可能なのかは不明だけど、必ず監視しているはず。
だからこそ、私はこの学校で唯一アンブリッジに監視されていない場所……つまりアンブリッジ自身の部屋で連絡を取ることを思いついたのだ。
あの女がどんなに性悪であっても、まさか自分自身の暖炉は監視していないはず。それにいざという時のことを考えて、もしかしたら移動手段にすら使える可能性がある。流石にそう全てが期待通りにいくとは思っていなかったけど、それ以外の選択肢がないのもまた事実。なら危険を冒してでも実行する価値はある。少なくともこのまま直接魔法省に乗り込むよりは遥かに安全なはず。
そう思い私はハリー達と共に、アンブリッジの部屋に侵入したのだ。
……今考えると、何故こんな愚かな発想に飛びついたのか、自分自身でも不思議で仕方ないくらいだ。
確かにアンブリッジの暖炉は監視されていなかった。それは結果的ではあるものの、アンブリッジが後で私達が誰と連絡を取ろうとしていたか分かっていないことで判断できる。それに完全な煙突飛行こそ出来なかったけれど、連絡は出来る程の
でも、私はアンブリッジのことを侮りすぎていた。
考えれば簡単なことだ。暖炉は監視ししていなかったとしても……いいえ、だからこそ、部屋自体の侵入を感知する方策は取っていてもおかしくはなかった。ここ最近は特にアンブリッジの部屋に悪戯が仕掛けられることは山ほどあった。ならばそんな悪戯生徒を捕まえるために、アンブリッジが部屋に何も対策をしていないはずがなかったのだ。
その結果、私達はあっという間に危機に陥ってしまった。
アンブリッジと親衛隊に囲まれ、私達は迂闊に逃げ出すことも出来なくなった。挙句の果てにあの女の監視をお願いしていたネビル達も捕まってしまう。その代償に得た成果も、『グリモールド・プレイス』にいるクリーチャーが、今日はシリウスを
こんなことになったのは、全てが全て私のせいだ。このままでは何もかもがアンブリッジ、ひいては『例のあの人』の思い通りになってしまう。
何より……ダリアに余計な負担をかけてしまいかねない。
だからこそ、私は必死に挽回のチャンスをうかがった。スネイプ先生にサインを送った上、
「ま、まだ着かないの! い、一体どこまで入っていくつもりですの!? ここは『
「あともう少しです! それに奥に置いておかないと、生徒や先生に見つかってしまいますから!」
「そ、それもそうね……」
何とかアンブリッジを連れ出すことには成功した。あとは後ろを歩くアンブリッジを何とかし、城に戻ることが出来れば形勢逆転することが出来る。
アンブリッジが功を焦って、どこか冷静さを失っている状態で良かった。ある意味では日々の悪戯が効いたということだろう。悪戯のせいで部屋への侵入が露見したのも確かだけど、こうしてアンブリッジが冷静でないこともまた悪戯のお陰だ。上手くいけばアンブリッジをこの学校からすら追放できるかもしれない。
だからこそ私は今度こそ更に慎重に、決して失敗しない様に言葉を選んでいた。アンブリッジの興奮が冷めない様に、少しでも冷静な思考を取り戻さない様に。その甲斐もあって、アンブリッジは文句こそ言っているものの、決して私達から離れようとはしていない。私の企みは今のところ成功していると言えるだろう。
……尤も、全てが全て思い通りに事が進んでいるわけではない。そもそもこの行動自体が私の失態を挽回するためにしていることもさることながら……何故かアンブリッジにダリアまでついて来てしまっているのだ。
そっと振り返れば、滝の様な汗を垂れ流すアンブリッジの背後にダリアの姿が。曇り空の上、森の中で日光が差し込むことはない。でも彼女は念のために日傘も手に持ち、肌を極限まで隠す格好をしている。しかしそんな恰好であったとしても、彼女は表情同様涼し気な様子で、ただジッとアンブリッジのことを見つめていた。瞳はいつもの金色ではなく、何故か血の様な赤色に見えてしまっている。
私は彼女が本当は優しい子だと知っている。でも何故かあの瞳を見ると……無性に怖くなってしまうのだ。心のどこかで、あの瞳は同じ人間の物ではないと……そう感じているかのように。
そこまで考えた私は頭を振り、余計な思考を排除する。
何を私は馬鹿なことを考えているのだろう。今私のすべきことは目の前のことに集中することだ。ダリアが付いて来たのは想定外だけど、それはダリアなりに私のことを考えてくれたからに違いない。ダリアと私の道はどうしようもなく隔絶されてしまった。それはダフネに誘われて大浴場に行った日、そしてDAが解散させられた日にどうしようもなく思い知った。でも、それでもダリアが積極的に私を陥れる行動を取るとはどうしても思えない。
勿論だからと言って、私はもうダリアに頼りっ切りになることは許されることではない。許されていいはずがない。彼女は私と全く関係のない人間であらねばならないのだ。そうでなければ、また私はダリアに辛い選択をさせてしまうことになる。だから私の今すべきことは、今考えるべきことはただアンブリッジをどうにかすることだけだ。
私は思考を切り替えながら、喚くアンブリッジをひたすら誘導し続ける。
「で、ですが、本当に貴女達は道を分かっているのでしょうね!? このような森で本当に迷っては、」
「大丈夫です、先生。私達は何度も来たことがありますから! だからもう少しなんです! もう少しでつきますから!」
しかし実際のところ、もうそろそろ誘導も限界に近付きつつあるのも確かだった。ダンブルドアの逃走や、生徒の悪戯で冷静さを些か欠いているとはいえ、アンブリッジはどこまでも狡猾な人間なのだ。疲労の中にも、どこか猜疑心の籠った視線を私とハリーに向けつつある。それもそうだろう。よく考えなくとも、私の言う言葉は穴だらけなのだ。事情を知っているDAメンバーだけではなく、パンジーのようなお馬鹿な親衛隊でも少し考えれば分かることだ。
あのダンブルドア程の魔法使いが、たかだか武器を作るために私達学生を頼る? 逃亡中のダンブルドアと連絡を取り合う? 武器をこの『禁じられた森』に隠す?
私であれば信じる気など毛程も湧かないだろう。それでもこうしてアンブリッジを騙せているのは、それだけこの女が冷静でない証拠。そしてそれも限界を迎えつつある。
私の目的地は、この女をグロウプの所まで連れて行くこと。……ハグリッドの弟を巻き込むことに罪悪感を覚えないと言えば嘘になる。世話を押し付けられて迷惑極まりなかった上、実際に世話をしに行ったことなど一度もないけれど、それでもグロウプ自身に罪があるわけではない。悪いのは態々ここに連れてきて、私達に世話をさせようとしたハグリッドだけ。グロウプに一切の非はない。
でも、私にはグロウプしか思い浮かばなかったのだ。この事態を変えられそうな劇薬。私達はアンブリッジに杖を突きつけられ、自分達の杖を奪われてしまっている。この絶望的な状況を覆すには、アンブリッジを杖なしでどうにかしなければいけない。その点グロウプの存在は理想的と言えた。グロウプは巨人なのだ。ならば彼を見た時、そして対処しようとした時、少なからずアンブリッジに隙が生じるはず。それしか私達に逆転の目はなかった。
……尤も、そんな私の目的は、別の手段で叶うことになるのだけど。
「……ミス・グレンジャー。まさかとは思いますが、貴女、私を騙そうとしているのではないでしょうね? よく考えれば、どうやって貴女達はこの森に通って……な、何なのですか、
いよいよアンブリッジが疑いを確信に変えつつあった瞬間、突然私達の歩く音以外の物音が辺りに響き渡ったのだ。
まるで何頭もの馬が走ってきたような蹄の音。予想もしていなかった物音に辺りを見渡すと、そこには……馬の下半身に人間の上半身を持つ、ケンタウロスがいた。
しかも一人や二人ではない。少なくとも50人弱はいる。皆弓を構え、明らかに私達を狙っている。
グロウプに辿り着く前に、どうやら想定外の出来事に巻き込まれてしまったらしい。
ダフネ視点
ダリア達が部屋を出て行ってから数分。アンブリッジの部屋に残された『親衛隊員』は、捕まったDAメンバーを拘束し続ける仕事を与えられていた。
本来ならば至極簡単な任務のはず。少し頭の足りないクラッブとゴイルにでも出来る任務のはずだった。何せ相手は杖を奪われた状態なのだ。しかも簡単な任務の割に、アンブリッジが帰ってきた時に与えられるであろう見返りは絶大なもの。親衛隊員のやる気も満ちており、私とドラコ以外の親衛隊員にとっては、それこそ失敗する要素を探す方が難しかったことだろう。
でも……今この部屋で意識を保っている親衛隊員は、
「ネビル! どういうつもりだい!? そいつは裏切り者……いいや、最初から仲間でも何でもなかったんだ! なんでそんな奴を庇うんだ!」
「ロン! グ、グリーングラスは裏切り者なんかじゃない! そ、それにドラコ・マルフォイもだ! 現に今僕等を助けてくれたのはグリーングラス達じゃないか!」
私とドラコ以外に存在しなかった。クラッブとゴイル、パンジーを含め全員が床に倒れ伏している。この部屋で立っているのは私とドラコ、そして本来なら拘束されているはずのDAメンバーだけだった。
理由は簡単。私とドラコが彼等を裏切ったから。
いや、正確には最初から仲間だと思ったことなど無いわけだけど……ともかくこっそりとDAメンバーに回収していた杖を渡し、私達自身も彼等の無防備な背中を魔法で打ち抜いたのだ。無論彼等に裏切りを悟られるような失態は犯していない。私達は完全に背後から魔法を放ったし、表向きはDAメンバーが突然反撃したように見えるようしていた。後でアンブリッジに睨まれるような……ダリアを困らせるような事態にはならないはずだ。
だからこそ、私達に残された問題は、
「そんなこと関係ない! こいつらはダリア・マルフォイの仲間だ! なら何を企んでるか分かったもんじゃない! なら他の奴らと同じように気絶させた方がいいに決まってる!」
「ぼ、僕はそんなこと許さないぞ! グ、グリーングラスだって僕等の大切な仲間だったんだ! DAでグリーングラスは僕にずっと呪文を教えてくれてた! だから彼女への乱暴は僕が許さないぞ!」
目の前で繰り広げられているDAメンバー同士の争いに他ならなかった。
私とドラコに杖を向けて叫ぶウィーズリー。そんな奴に立ちはだかり、何故か私達を庇おうとするロングボトム。そして二人に困惑した様子のジネブラ・ウィーズリーと、相変わらずどこか遠くを見つめているルーナ。実質争っているのは二人だけだけど、放っておいたらいつまでも争いを続けるか、あるいは自分達で呪いをかけ合いそうな勢いだ。
「ハーマイオニーも言ってただろぅ! グリーングラスがアンブリッジの仲間であるはずがないって! そうでないと辻褄が合わないって! ロンだって本当は分かってるはずだ! 彼女はDAでもいつも真面目に、」
「あ~、盛り上がってるところ悪いけど、ちょっといいかな」
だから私はいつまでも続きそうな争いに、嫌々ながらも介入することにした。私の目的……いや、ダリアの目的を叶えるために。
彼女は
含まれた感情は多々あろうけど、取り合えずこの場にいる全員が私の方に注目させる。
「ウィーズリーは私のこと信用していないみたいだけど、別にそれはどうでもいいよ。実際貴方達を解放したのは、別に貴方達のためというわけではないから」
ウィーズリーがそれ見たことかといきり立ち始めるが、それはそれを無視して続ける。
「でもね、私とドラコはアンブリッジの味方でもない。私達が貴方達を解放したのは、あの女が嫌いだから。私達はあの女の邪魔をしたいの。このままだと全てあの女の思い通りになってしまう。それを何とか阻止したいの」
嘘は言っていない。……全てを話しているわけでもないけど。
尤も私自身が自分がどうしてこのようなことをしたのか、正確なところよく分かっていないこともある。
私はダリアの考えを全て理解しているわけではない。ダリアは親衛隊にDAメンバーがアンブリッジ以外の教師と接触するのを妨害するよう命じた。それはDAがしようとしていることを妨害しようとしたようにも思えるものだ。でも、いざアンブリッジにメンバーが捕まった後は、今度はアンブリッジについて部屋を出て行ってしまった。
『先生に護衛は必要ないと思いますが、万が一ということもあります。何しろ森の中では何が起こっても不思議ではありませんから』
あんなことをダリアは言っていたが、私には分かる。
あれは絶対に言葉通りの意味ではない。あの時のダリアの雰囲気は、私やドラコを守ろうとしている時と同種のものだ。
もしかしたら、アンブリッジがこの部屋に帰ってくることはもう……。
アンブリッジの利になることをしたかと思えば、そのアンブリッジを害そうとしている。私には訳が分からなかった。まるで何かを成し遂げるために、細かな
だから私はどうすべきか……正直私にもよく分かっていない。これで正解なのか。ダリアの目的に本当に沿っているのか。ダリアの迷惑になっていないか。私は本当の意味では分かっていない。
……でも、ダリアが私をDAに参加させた以上、原則的には私の行動は間違っていないはず。……そう信じたい。
それにルーナがパンジーに、そして
無論嫌な気分になったからと言って、それを理由に行動したわけではない。最大の理由はダリアのことだ。しかし理屈でも、そして感情においてもこのような行動を取ったのは間違いない。
この行動が間違っているかも、その懸念は消えることはない。でももう賽は投げられた、いや、投げてしまったのだ。もう今更引き返すわけにはいかないのだ。
「……そんなこと言っても、僕は騙されないぞ。お前は、」
「だから別に貴方からの信用なんてどうでもいいよ。ただ私は私のやりたいことをやっただけ。それより……いいの? こんな風に時間を浪費して。私の認識が正しいのなら、貴方達は何かをしようとして、アンブリッジに捕まったのでしょう? ハーマイオニーとポッターはアンブリッジを禁じられた森に誘導してた。ダリアがいる以上、ハーマイオニーは安全だと思うけど……貴方達がここで無駄な時間を過ごす余裕はないはず。なら、ここで無駄な議論をしていないで、直ぐに行くべきだと思うけど?」
そこまで言ってようやくウィーズリーを含め、ルーナ以外のDAメンバーは自分達の立場を思い出したようだった。
ウィーズリーなど明らかに動揺した様に瞳を揺らしている。こいつも流石に分かっているのだ。私達の意図はどうあれ、自分達に残された時間はほとんどないということを。背後を襲われない様に私とドラコを黙らせようにも、DAでの私の実力も知っているはず。ロングボトムが私を庇っている状態で、ウィーズリーが私をどうにか出来る可能性は皆無だ。だから結局のところ、ウィーズリーは私とドラコを無視する以外に選択肢などない。どんなに私のことを信用しておらず、私とドラコが自分達を解放した意図を量りかねても、こいつに選択肢など無いのだ。
「……僕はお前のことなんか信用しない。ダリア・マルフォイは『あの人』の一味だ。そんな奴の仲間が真面なはずがない。ハーマイオニーは騙せても、僕は騙されないぞ。だから絶対にここを動くなよ。僕等を追ってきたら、その時こそどんなことがあっても僕はお前らを倒してやるからな」
こうして私達が直面している最後の問題が解決した。ウィーズリーは最後まで私達のことを警戒しながらも部屋を出て行く。それに慌てたようにジネブラ・ウィーズリーが続く。
「それじゃぁ、またね。あぁ……あたしはあんたのこと裏切ったと思ってないよ」
そして唯一現状を正しく理解していたであろうルーナが出て行き……部屋には私とドラコ、意識を失った親衛隊、そしてロングボトムだけが残っていた。
ロングボトムは出口に立ちながらも出て行こうとせず、こちらを何か言いたげに振り返っている。……だから私はロングボトムが何か言う前に話し始めた。
「グ、グリーングラス、僕も、」
「ロングボトム……ありがとうね」
本来ならばサッサと行かせるべきところなのだけど、最後まで庇ってくれた彼にだけは言わなければならないと思ったのだ。
「貴方なら知ってると思うけど、私は別に心底DAだとか、ポッターのことを信じてるわけではない。でも……それでも貴方が庇ってくれて、私は嬉しかった。だから……ありがとう。私が言いたいのはただそれだけ」
私の言葉にロングボトムは一瞬驚いた表情を浮かべる。そこまで驚くことかと思ったけど、よく考えればハーマイオニー以外で、感謝の言葉を伝えたのは彼が初めてだった。
でも、
「……グリーングラス。ううん……ダ、
「……駄目だよ、ロングボトム……
彼に感謝こそしても、私は決して彼等の仲間にはなれないし、なるわけにはいかないのだ。
私はダリアの親友であり、どんなに彼等の敵ではなくとも、真の味方にはなれない。
それが誰かに……ダリアに選ばされたものなのではなく、私自身が選んだことだから。
そしてDAの中で私を最も見てきた人間であるネビルは、私の言葉で全て察したのだろう。駄目で元々ということもあったのか、彼はそれ以上言い募ることはなかった。
「……うん、分かった。僕はもう行くよ。君も気を付けて」
「えぇ、貴方も……それと、絶対に帰ってくるのよ。ポッターはどうでもいいけど、貴方に何かあったら、流石に寝覚めが悪いから」
「っ! あ、ありがとう。そ、それじゃあ!」
短い言葉の後、今度こそ彼は部屋を出て行く。そんな彼に私を手を振っていると、最初から最後まで一言も発していなかったドラコがようやく何かを呟き始めていた。
「……グレンジャーが駄目な男が好きと言っていたが、お前も意外に、」
「何か言った、ドラコ?」
「いや、何でもない。さて、やるべきことは済んだな。後はこの部屋でダリアの帰りを待つだけか。流石にこいつらを気絶させた手前、僕等が出れば疑われる。また僕等は待つしかないわけだ……」
結局何を呟いていたかは分からなかったけど、私達に出来ることが終わったことは事実だ。
本当はダリアを追いかけたいけど、それは彼女の本意とは言えないだろう。もし私達がDAメンバーを解放したと親衛隊に露見すれば、その親である死喰い人に私達の裏切りが伝わってしまう。そうなればダリアの立場を悪くしてしまう可能性がある。私達はあくまで裏切りを知られてはいけない立場。ここまでが私達の出来る限界だろう。
私達は適当に床に腰掛け、壁にもたれ掛る。誰かが入ってきた時、今しがた目が覚めたと思わせるためだ。
私とドラコの間に言葉はない。ただ黙ってダリアの帰りを待つ。彼女の無事と……ハーマイオニーにルーナ、そしてネビルの無事を祈りながら。
……しかし結局、この後部屋に誰も帰ってくることはなかった。
最初に部屋に来たのは、
「グ、グリーングラス様」
何故かダリアのしもべ妖精であるドビーだった。
突然バシリと音がしたかと思うと、部屋にドビーが現れる。そして妖精の表情に詳しくない私にも分かる程、顔色を悪くしながらドビーは続けのだ。
「ド、ドビーめは、お、お嬢様に命じられたのであります。
アンブリッジ視点
たかが小娘に騙されたと気付いた時には、もう既に私は半獣共に囲まれてしまっていた。
蹄の音に辺りを見渡せば、そこら中にケンタウロスの姿。私が実際にこの生き物を
しかも魔法を使うことを許されていない生き物でありながら、生意気にもこちらに弓を向けている。小娘はこの汚らわしい亜人共を使って、私との立場を逆転するつもりらしい。
折角手に入りそうだった決定的なチャンスが、たかがマグルの小娘によるブラフでしかなく、こうして小賢しい罠に嵌められてしまった。まんまと禁じられた森に誘い出され、亜人に取り囲まれる。興奮は一瞬にして怒りに変わり、私は自身の杖を強く握りしめた。
……しかし猛烈な怒りを感じると同時に、冷静さを取り戻せたのも事実だった。冷静であるつもりだったが、どうやら違っていたと言わざるを得ない。今考えれば何と杜撰な言い訳を信じてしまったのだろうか。小娘如きに騙されるとは、つくづく私は余裕を無くしていたらしい。
だからこそ、少しでも冷静さを取り戻した私は、周りのケンタウロスを冷静に見ることが出来ていた。
ケンタウロス如きに何が出来るというのか。魔法を使えない亜人にどれだけ囲まれようとも、それは何の脅威にもならないはず。私には杖があるのだ。それにこちらにはミス・マルフォイもいる。闇の帝王にすら認められた娘だ。ケンタウロスなど問題になるはずもない。
私は何故か困惑した表情を浮かべているグレンジャーを睨みつけた後、亜人共に強い口調で宣言する。
「ケンタウロスの分際で何のつもりですか!? 私はドローレス・アンブリッジ! 魔法大臣上級次官、並びにホグワーツ高等尋問官ですよ! 半獣如きが逆らっていい相手ではないのです! お下がりなさい!」
所詮は小娘の考えること。詰めが甘いに決まっている。亜人は魔法使いより劣った生き物。それはこの世界の常識なのだ。
……しかし亜人の反応は私の思ったものとは違うものだった。
私は最初、彼らはこれで大人しく引くものだと考えていた。私は亜人とは
だが現実は違った。私の言葉に返ってきたのは、何と言葉ではなく……放たれた2本の矢だったのだ。一本は私に。
そしてもう一本は……ミス・マルフォイに。
咄嗟の出来事に驚きつつも矢を魔法で防ぐ。そしてミス・マルフォイも難なく矢を防ぐのを横目に見ながら、私は声を上げようとした。なのに、
「な、なんてことを! この半獣が! 私を誰だと、」
「お前は黙っていろ。我々を獣と呼んだお前には相応の罰を受けてもらう。だが、今我々が相手にすべきはお前ではない」
亜人は私の言葉を無視し、ただ背後のミス・マルフォイだけを見つめながら続けたのだった。
「
唐突に亜人の一匹が口を開き、次々と背後のミス・マルフォイに言葉を投げつけ始める。
「ハグリッドが森に巨人を持ち込んでから、この森の平穏は消えてしまった。不吉なモノばかり森に入り込む」
「そもそもフィレンツェが城に行ったのが悪いのだ。ケンタウロスが人間に関わると碌なことがない。この娘が森に入り込んだのもそのせいだ。関わる者は全て破滅する。フィレンツェは良くないモノを森に呼び込んでしまった」
「我々は仔馬を決して傷つけぬ。そこの二人だけが森に入ったのならば関わるつもりはなかった。以前もハグリッドと共に森に入った時は見逃した。だが……我々ケンタウロスを侮辱する魔法省役人と、巨人以上に得体の知れぬ怪物が共にいるのならば話は別だ。お前の目的は一体何だ? このような時期に、何をしに森に入ったのだ?」
亜人共はそこで言葉を切り、ただ私達に……ミス・マルフォイに弓を向けながら黙り込む。それは明らかにミス・マルフォイの答えを待つものだった。が、彼女はそれらに対して無表情を少しも変化させることなく応える。
「……たかが星を見るだけの馬如きが、随分なことを言ってくれますね。何をしに森に入ったか? そんなこと、分かり切ったことでしょう? ……私に出来ることは破壊だけ。誰かを破滅させる、ただそれだけのために存在するモノ。それを貴方方は知っているのでしょう? 貴方方は知ることしか出来ないのだから」
明らかな挑発。私のように立場を分からせるでもなく、ただ亜人共を挑発するためだけの言葉。結果は私が発言した以上のものだった。
交わす言葉もなく、今度は一斉にミス・マルフォイに矢が放たれる。
無論その全てが何かに阻まれたように力を失い、ミス・マルフォイに辿り着く前に落ちた。それをつまらなそうに眺めた後、ミス・マルフォイは、
「潮時ですね……」
何かを呟き……何故か小娘、
「ダ、ダリア、い、一体何を、」
『……貫け、キュトカルネ』
「っ! あぁああ!」
おそらくこの場にいる全員、それこそ亜人共を含めて全員が、彼女の突然の行動に絶句した。彼女の意図がまるで分からなかったのだ。
小娘の心配などは欠片ほどもしていない。ただ単純に、この場でどうしてそのようなことをしたかが分からない。
片足から血を流しうずくまるグレンジャー、そしてそんな小娘をやはり無表情で見つめるミス・マルフォイ。無表情の下で何を考えているのか、私にはまるで分からなかった。杖を握る腕が
「ハーマイオニー! ダ、ダリア・マルフォイ! よくもお前! どうしてハーマイオニーを! 彼女はずっとお前のことを! やっぱりお前はヴォルデモートの手下だ! お前なんか、」
「貴方に用はありません。貴方がどこで何をしようが、私にはどうでもいい。……ただ、グレンジャーさんだけは、これ以上
ミス・マルフォイの言葉はそこまでだった。そこまで話した時、固まっていた亜人共が再び動き始めたのだ。矢が無意味だと悟ったのか、一斉にミス・マルフォイと……私に襲い掛かってきた。それは小娘がこれ以上危害を加えられないようにするためなのだろう。私達に襲い掛かってはいるが、ポッターとグレンジャーは捨て置かれたままだ。
だが、そんな細かいことを考えている場合ではない。
私は襲い掛かる亜人共を何とか押し返しながら、隣ですまし顔で同じく奴等を魔法で拘束しているミス・マルフォイを睨みつける。
本当に理解不能な娘! 馬鹿正直にポッター達の集会が初回だっと報告したり、何者かの血液を持ち込んだり! 今回のこともそうだ! 何故私はこの娘のせいで、こんな状況に陥っているのだろうか!
しかし、私の恨み言も長続きはしなかった。
思いの外亜人共がさばき切れないのだ。一匹倒しても、次から次へと犠牲を恐れず襲い掛かってくる。そして遂には、
「は、放しなさい! な、何をするの! 私は魔法大臣上級次官! お前達が逆らっていいような存在ではないのです! き、聞きなさい! 私は魔法省の役人ですよ!」
亜人に両腕を掴まれ、そのまま持ち上げられてしまった。その拍子に杖も落としてしまい、更に亜人の一匹に杖を踏みつけられてしまう。
私はここに来て、ようやく本当の意味で私が危機的状況にあることを悟った。
杖を奪われ、私を守る存在は一人しかいない。なのにその存在さえ……
「だ、誰か助けて! そ、そうよ! ダ、ダリア・マルフォイ! 今の状況も貴女が悪いのよ! だから私を助けて……え?」
私の味方とは言えなかったのだ。
必死に振り返り、今も問題なく亜人を拘束し続けているミス・マルフォイに叫ぶ。しかし、その瞬間、私は見てしまったのだ。魔法を今も亜人共に放ちながらも……今までの無表情とは違い、酷薄ささえ感じる残忍な笑顔で私を見つめるミス・マルフォイを。
私は彼女の感情や意図を真の意味で理解できたことは一度もない。だが今この表情だけは、彼女が私の破滅に喜びを見出しているようにしか見えなかった。
茫然とする私を亜人共は抱え、容赦なく森の更に奥に駆け出し始める。
何も分からない。何故私のような魔法大臣上級次官が、社会の底辺であり、ただ虐げられるだけの存在のケンタウロスに連れ去られようとしているのか。グレンジャーのような小娘に嵌められ……ミス・マルフォイが何故あのような表情を浮かべていたのか。彼女が一体何をしようとしていたのか。私には……何も分からない。
ただ一つ分かることは……私が手に入れるはずだった栄光は、ただの幻だったということだけだった。