ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

195 / 218
自由への逃走

 ハリー視点

 

「ハグリッド! ぼ、僕たちはどこまで行くの!?」

 

「ハリー! あともう少しだ! もう少し歩けば目的地だ! だからもう少し頑張っちょくれ!」

 

ハグリッドに先導され、僕とロン、そしてハーマイオニーは『禁じられた森』の中を歩いていた。それも奥へ奥へと。道とすら呼べない獣道を歩くせいで、ただ歩くのでさえ苦労する。おまけに辺りは酷く暗い。木立がびっしりと立ち並んでいるせいで、まだ日が出ている時間のはずなのに、もう既に夕暮れ時のような暗さだ。

前を歩くハグリッドはいいだろう。彼は森の中を歩き慣れている。でも僕等は違う。彼が易々と歩いている後ろで、木の枝や刺々しい茂みのせいで傷だらけになっていた。

どうして僕等は傷だらけになりながらも、こんな風に森の中を歩いているのだろう。勿論ハグリッドに呼び出されたからだ。

彼は大広間に食事に向かう僕等に突然話しかけてきた。……それも廊下の陰に隠れながら。無論彼の大きさではどこにも隠れることなど出来はしない。隠れようとしていることが分かるせいで、寧ろ余計に目立ってすらいた。不幸中の幸いは、グリフィンドール寮を出た直ぐの場所ということくらいだ。でもそんな状態で、僕等を見つけたハグリッドは今までになく必死な様子で、僕等について来てほしいと言ってきたのだ。

彼の必死な表情に、僕等は二つ返事で応えた。教員から外された状態の彼がこれ以上目立つのは避けたいという思いもあったけど、それ以上に彼の様子に何か只ならないものを感じたから。

……でもまさか行き先が『禁じられた森』だとは、後ろで荒い息を吐いているハーマイオニーですら予測できなかっただろう。

薄暗い森は不気味で、どんな暗がりにも何かが潜んでいるような不安に陥る。しかも辺りからは僕等の歩く音しか聞こえない。この森の中は本来色々な生物で溢れているはずだ。なのに生き物の音がまるでしない。まるでジッと何かから隠れているように。正直不気味で仕方がなかった。

本当に何故僕等はここに連れてこられたのか。不安と恐怖ばかりが募る。なのに当のハグリッドに行き先を尋ねても、ただもう少しと言うばかりで一向に答えてくれない。

そしていよいよ僕等の不安が限界に達し始め、ハーマイオニーが少し泣き出しそうな声を上げた時、

 

「ハ、ハグリッド。ほ、本当にどこに行くの? 私達、」

 

「すまねぇ、ハーマイオニー。だが心配はいらねぇ。今着いたところだ」

 

ようやくハグリッドの足が止まった。

彼が僕等の方に振り返る。その表情はやっぱり、僕等をここに連れ出した時と同じく悲壮感を漂わせたものだった。

 

「悪いな、こんな所まで連れてきてしまって。だが、もうお前さんらにしか頼めんのだ。本当は関わらせたくなかった。だが俺は……」

 

僕等の息が整うのを待ち、ハグリッドは続ける。

 

「俺はもう……ここを離れにゃならん。お前さんらも知っちょろう? 俺は教員をクビになった。本来ならそれでもここにおれたはずなんだが、あのアンブリッジが俺をここから追い出したがっとる。フィレンツェはもう森に帰った。そのことでケンタウロス共の気が立っちょる様子だが……お前さんらには関係ないな。あいつらは少なくとも子供であるお前さんらに手を出さねぇ。話がそれたな。トレローニー先生はマクゴナガル先生達が匿うっちゅう話だが、俺は無理だ。俺は図体がでかいし、何より先生方に迷惑をかけられん。俺はしばらくホグワーツを離れにゃならん」

 

「そ、そんな! そんなの理不尽よ! ア、アンブリッジにそこまでの権限はないわ!」

 

突然告げられた事実に咄嗟に言葉が出なかった。あまりの内容にここまでのハイキングのことも一瞬忘れてしまう。息を何とか整えたハーマイオニーが反論するも、非情な現実が変わることは無かった。

 

「いんや、権限なんてもうどうでもいいんだ。もうこの学校はアンブリッジの支配下になってしまった。もう誰もあいつを止められねぇ。何かある前に隠れる必要があるんだ」

 

改めて今のホグワーツの現実が突きつけられた気分だ。アンブリッジが校長になってから、確かにいくつもの『高等尋問官令』が出されている。音楽禁止だの、廊下での談笑禁止だの、狂っているとしか思えない内容ばかり。あいつが任命した『高等尋問官親衛隊』の連中も無茶苦茶な理由で他寮に罰則や減点を与えている。生徒の生活は日々狭苦しいものになっている。が、それでも……まさか本当に教師の追放までしようとしているとは。

僕等のDAは解散せざるを得ない状況になってしまった。もう再結成することも出来ないだろう。今までの努力を文字通り白紙にされてしまったことで、僕自身のやる気も無くなってしまった。アンブリッジに反抗する人間はもう誰もいない。何より他DAメンバーだって、口ではDAのことを言っても……記憶を消されるなんて異常事態に晒されたせいで、いざ再結成することには及び腰だった。

それがここまでの事態を招いてしまったというのだろうか。ハグリッドのことだって、教員から外されても、学校から追放されるようなことはないと高をくくっていたのだ。それがいつの間にかこんな事態に。もうここが今までのホグワーツでないことを改めて痛感させられる思いだった。

……でも、ハグリッドの話はそれだけではなかった。

ハグリッドの続けた言葉で、僕等はただホグワーツの今後を憂うだけでは済まない状況に陥ることになる。

具体的には自分の命の心配をしなくてはいけなくなったのだ。

 

「だからお前さんらに頼みたい。こいつ……()()()()のことを」

 

ハグリッドがおもむろに木陰の一角を指し示す。最初はそこに何がいるか僕等に分からなかった。ただ木陰に大きな岩があるとしか思えなかった。

でもよく見るとそこには……大きな岩ではなく、そう見間違える程大きな生き物が横たわっていたのだ。

暗闇に目が慣れてくれば、その岩が規則正しく上下していることが分かる。何より僕等の息が整ったことで、()()の寝息が鮮明に聞こえるようになってしまった。

それが一体何かいち早く気付いたハーマイオニーが、先程までとは違う理由で泣きそうな声を上げる。

 

「ハ、ハグリッド……。ど、どういうこと? 何故こんなところに……きょ、()()がいるの!? この森には流石に巨人はいないはずよ!」

 

彼女の言葉でようやく自分たちの置かれた状況を把握した。

巨大な岩に見間違えるくらいの巨体。よく見ればその寝息に合わせて上下する曲線は、紛れもなく人と同じ形をしたものだった。

 

……本当に何故僕等はここに連れてこられた末に、こんな風に命を危険に晒しているのだろう。

しかもヴォルデモートのような敵ではなく、ハグリッドという味方のせいで。

僕は恐怖で硬直しながら、そんな益体のないことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

「ミス・マルフォイ。そこに掛けたまえ」

 

「はい、スネイプ先生」

 

スネイプ先生の事務室に入った私に、先生は即座に目の前の椅子を指し示す。今から行われるのは5年生全員に実施される進路指導だ。だから無駄話をするような場面でもないわけだが……それにしても先生の機嫌はあまりいいとは言えなかった。

それもそうだろう。何故ならこの部屋には私達の他に、

 

「……高等尋問官殿。どうして貴女がここにいらっしゃるのですか?」

 

「ミ、ミス・マルフォイ。い、いえね、私は高等尋問官として、生徒全員のことを把握しておく必要があるのよ。別に貴女だけ進路指導に付き添うわけではありませんわ」

 

何故かどこか挙動不審なアンブリッジ先生もいたのだから。

まぁ、私としてもスネイプ先生と積極的に話すつもりはない。部屋に二人っきりでないということは有難くもある。以前は親しく会話していたスネイプ先生も、今はどのような立場であるか不透明だ。私からすれば先生が老害の二重スパイであることは明らかなのだ。どの程度私の情報を奴に流しているのか分からない。今年初めに警戒していたような私への監視はないみたいだが、老害が何を考えているか分からない以上、下手な期待は致命的なことになりかねない。ならば今は先生ともあまり会話しない方がいいだろう。その方が先生のためにも良いのだ。

そしてそれはスネイプ先生も分かっているのだろう。胡乱な視線をアンブリッジ先生に送った後、直ぐに自身も席に着きながら続けた。

 

「……招かれざるお方もいるが、ミス・マルフォイの貴重な時間を浪費するわけにはいかん。早速始めるとしよう。さて、聡明な君なら分かっていると思うが、この面接は君の今後に関わる重大なものだ。OWL(ふくろう)は過酷な試験……無論ミス・マルフォイは全ての科目において優秀な成績を収めるであろうが、それは結局のところ試験に過ぎない。どんなに優秀な成績を収めようとも、その先の展望が無ければ何の価値もないのだ。だからこそ吾輩は問おう。ホグワーツ卒業後、何をしたいと考えておるかね?」

 

極々事務的な、それこそどの生徒にもしているであろう質問。先生も本当にただ事務作業としてこの時間を過ごすつもりらしい。

私は表情こそ決して変わらなかったが、内心先生の質問に苦笑していた。勿論先生の態度にではない、質問の内容にだ。

卒業後に何をしたいか? 

分かり切った質問をよくするものだ。アンブリッジ先生がここにいることもあり、スネイプ先生がそれ以外の質問を出来るはずもないことは分かる。

ただあまりにも馬鹿々々しい質問に苦笑を禁じえなかったのだ。スネイプ先生とて聞かずとも答えは知っているだろう。

 

答えは簡単。そんな未来など……()()()()()()()

 

私の未来はどうしようもなく決定づけられている。闇の帝王が存在する以上、その未来は変更することなど不可能だ。

どのような未来を語ろうとも、それはただの夢物語でしかないのだ。

勿論()()()がいる以上、馬鹿正直にそんなことを言うつもりはない。ダンブルドアならいざ知らず、先生も別に悪気があってこのような質問をしているわけではない。

少しだけ悲し気に表情を歪める先生に、私は特段変わらない態度を心掛けながら応えた。

 

「そうですね……魔法省で働ければ良いなと思います。マルフォイ家はお兄様がお継ぎになりますから、私はお兄様のお役に立てる役職に就ければと。……『闇祓い』なんてどうでしょうか?」

 

尤も少し自暴自棄な返答になったのは否めなかった。今の私は未来になんの展望もない。それこそ私の望みは、ただ大切な人達が平穏無事であることだけ。

どんな職業をここで言ったところで、それはただ虚しくなるだけのことだ。

ならばどの道なることはない、それこそ嫌悪してすらいる役職の名前を口にした。ルーピン先生を推薦した職業とはいえ、お父様を苦しめ続けた職に就きたいとは思わない。

どのようなことが起ころうとも、私がマルフォイ家の娘である以上永久に関わることのない職業なのだ。

しかし、どうやらそうとは考えなかった人間が一人いたらしい。

スネイプ先生が何か言う前に、何故かアンブリッジ先生が話始める。

 

「す、素晴らしいですわね、ミス・マルフォイ。えぇえぇ、私本当に素晴らしい考えだと思いますわ! 『闇祓い』になるには最優秀の成績が必要ですもの。貴女の成績なら必ずなれますわ! それに適正もあるでしょう! よろしければ私が推薦いたしますわ!」

 

勢いよく話すアンブリッジ先生に、スネイプ先生が胡乱気な視線を向ける。

しかし、それはスネイプ先生だけではなく私もだった。ここにアンブリッジ先生がいることにすら多少の違和感を感じていたが、流石にこの異常を無視することは出来なかった。

……アンブリッジ先生はここまで愚かな発言をする人間だっただろうか。『闇の帝王』と魔法省との間で蝙蝠を演じている人物だ。先生のことを見た目で馬鹿にしている人間は多いが、決して甘く見ていいような相手ではない。ならばこそ、先生はどう考えてもこのような思慮の浅い発言をする人間ではないのだ。先生とて『闇の帝王』が復活したことは半ば確信している。

なのに私が魔法省に仕える? 私を闇祓いに推薦する?

私に媚を売ろうとしているとはいえ、そのような安直な発言をするだろうか。先生程の人間が、魔法省の在りもしない将来性に気付かないはずがない。

そして一度疑問を抱けば、最初から感じていた違和感にも思考がいく。

そもそも……何故先生はここにいるのだろうか。他のグリフィンドール生なら納得できる。スリザリン以外の生徒をいじめることに生甲斐を感じている先生のことだ。ポッターなどいい標的になることだろう。しかし態々私の進路指導に参加する理由が分からない。先生は私が『死喰い人』の中で一定の地位を築いていることを知っているはず。なのにこの場に態々参加し、あまつさえこのような見え透いた媚を。それに最初のどこか挙動不審な態度。

何かがおかしい。先生は何か私に……挙動不審になる何かを抱いている。それもここ数日の間に。そう疑わざるを得なかった。

何かあったとすれば、真っ先に思いつくのは『ダンブルドア軍団』のことだ。辻褄は何とか合わせたつもりではあるが、些か無理やりであったことは否めない。というより無理やりだった。私が同じ立場であれば必ず疑念を抱く。私がダンブルドアに与しているとは思われていないだろうが、何かしらの疑いは持たれてもおかしくない。

やはりグレンジャーさんのことは見捨てるべきだったのだろうか。だがそれではダフネが……それに、そもそも本当に『ダンブルドア軍団』のことなのだろうか。それにしては態度が謎すぎる。もっと別の……。

私もスネイプ先生と同じく胡乱な視線を向けることで、部屋の中に奇妙な沈黙が満ちる。その瞬間、アンブリッジ先生も自身の失態に気が付いたらしい。今度はしどろもどろな様子で弁解を始めた。

 

「い、いえね、私が推薦すれば、貴女程の才能が有ればどんな立場にでもなれると思ったの。べ、別に何か他意があるわけでは、」

 

話せば話す程怪しい。今までのアンブリッジ先生の態度とは似ても似つかない。

しかし先生がそれ以上の言い訳を並べ立てる前に、先生にとって天恵とも思われる事態が発生する。

 

「な、何事ですか!? この花火の音は!」

 

遠くの方か突然花火のような音が鳴り響いたのだ。それも一回だけではなく、何度も何度も。それこそ今も鳴り続けている。悲鳴などは聞こえず、花火に交じって聞こえるのがただの歓声であることから、おそらくは悪戯の類だと分かるが……アンブリッジ先生はそうは思わなかったらしい。取り繕うように発言した後、そのまま逃げだすように部屋を出て行った。

 

「こ、これは魔法省への反逆行為に違いありません! ミス・マルフォイ、私はこれにて失礼しますわね!」

 

最初から呼んでいないのだから、失礼も何もない。だがこれで邪魔者が消えたと同時に、私とスネイプ先生の二人きりになってしまった。

私は今スネイプ先生と正面から向き合いたくない。以前までとは違い、何を話せばいいのか分からないのだ。

しかもアンブリッジ先生が出て行ったタイミングも話が完全に終わり切る前のこと。このまま私も出ていくのも何だか気が引ける。そしてスネイプ先生の言葉で、いよいよ外に出にくくなってしまった。

 

「……邪魔者は消えたな。……ミス・マルフォイ。先程も言ったが、君の貴重な時間を浪費するわけにはいかん。……君が現状を()()()()()して()()()()()()ことは理解した。だからこそ、もはや他生徒同様の進路指導など意味はない。やらぬわけにはいかんが、これ以上無意味な会話を続けても時間の無駄というものだろう」

 

随分と長い前置きではあるが、それだけ先生も私と久しぶりに話すことに緊張しているのだろうか。

先生は数秒間を置いた後続ける。

 

「……君も今の光景で理解できただろう。高等尋問官殿は君に疑念を抱いている。おそらくポッターの犯した愚行が原因であろうが……その時の君の行動に違和感を抱いておるのだ。……残念ながらその事実を知る前にダンブルドア校長は城を去った。だが吾輩は何故君があのような行動を取ったかは分かっているつもりだ。だからこそ、吾輩は忠告しよう。……気を付けるのだ。吾輩はダンブルドア校長と違い、君を警戒ばかりするつもりはない。吾輩は敢えて言おう。気を付けるのだ。アンブリッジ女史は肩書だけとはいえ校長であることに変わりはない。どのようなことも自分の権限の内だと正当化することは目に見えている。それこそダンブルドア校長すらしなかったことも」

 

この発言で私は改めて先生の立場を理解する。今まで交流自体を避けてきた。しかし、それでも先生の気質からある程度のことは予想していた。

そして、やはり私の予想が正しかったことを再認識したのだ。

 

スネイプ先生は『闇の帝王』ではなく……やはりダンブルドアの二重スパイだ。

 

先生は私が何故ポッター達に対しあのような行動をとったか理解しておられる。その上でそれを黙認し、ただアンブリッジ先生への警戒のみを促しておられる。そんなことをする『死喰い人』がどこにいるだろうか。それは『闇の帝王』ではなく、ダンブルドア側にこそ身を置いている証拠に他ならない。本当に身も心も『死喰い人』であり、これまで『闇の帝王』のためにダンブルドア側に潜伏していたのなら、ある意味では背信行為と言える私の行動に何もしないはずがない。

尤もそんな今まで通りの認識を再確認したところで、現在の状況自体が変わるわけではない。

私は結局のところ、スネイプ先生のような行動は出来ないのだから。

私は曖昧にスネイプ先生の言葉に頷き、何か適当な返答をしようとした。しかし先生も返事が欲しかったわけではないらしく、

 

「そうですね……。今後は、」

 

「返答はよい。吾輩は言ったはずだ。君の時間を無駄にするつもりはないと。……もう友人の下に戻るとよい」

 

そのまま言いたいことは言い終わったとばかりに、私に退室を促したのだった。

私にも勿論異論はない。実際これ以上話せば、ただお互いの腹の読み合いになるのは間違いない。私とて今まで散々お世話になったスネイプ先生にそのようなことはしたくないのだ。私もスネイプ先生に一礼し、そのまま即座に退室する。

部屋を出れば、未だに鳴り響いている花火の音がより大きなものに変わった。方向からすると大広間が発生源だろうか。現在のホグワーツでこのようなことをする勇気……もとい無鉄砲さを持ち合わせている人間はたかが知れている。

まったく余計な事ばかりする()()だ。愚か者は大人しくしていれば良いものを。

しかしそこまで考え私は苦笑する。何を馬鹿なことを。余計なことをしたのは、他ならぬ私ではないか。スネイプ先生程ではないが、アンブリッジ先生にも違和感を持たれてしまった。いくらダフネを……ついでにグレンジャーさんを守るためとはいえ、もっと賢いやり方があったのではないか。今の段階でアンブリッジ先生に疑問を持たれるのは下策だ。闇の帝王と彼女がどのような繋がりを持っているのか不明な以上、私が真に闇の帝王に忠誠を誓っているわけではないと露見しかねない。

私はスネイプ先生に言われた通り、緩みかけた警戒心を改める。ホグワーツに元より安心できる場所など無い。確かにアンブリッジ先生には違和感を持たれた様子だが、まだ致命的ではないはずだ。ならばこれから気を付ければいいだけだ。まだ挽回しようがある。

 

私は自分自身の行動に慎重にならなくてはいけない。そうなれば私だけではなく、マルフォイ家に害が及ぶかもしれない。それだけは絶対に避けねばならないのだ。

……たとえ私自身がどれ程傷つくことになったとしても。

私には選択肢……他の学生達が当たり前に持っている輝かしい未来などありはしないのだから。

 

私はそう考えながら、薄暗い廊下を独り歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「本当に信じられない! 今回ばかりはどうかしているとしか思えないわ!」

 

何とか這う這うの体で城まで帰ってきた私は、去りやまぬ興奮のまま叫び声をあげる。ハリーとロンも声こそ上げていないけど、おそらく私と同じ気持ちだろう。

ハグリッド追放はいつか起こると薄々予感していた。ダンブルドアがいなくなった以上、もうアンブリッジを止められる人間はいない。もう誰がどのような形で追放されてもおかしくないのだ。

……でも、このような形の置き土産をされるとは思わなかった。もはやハグリッドを心配する気持ちはほとんど無くなってしまった。

 

「巨人よ! 巨人! その世話をしろなんて、命がいくつあっても足りないわ!」

 

ハグリッドが態々森の奥まで私達を連れて要求したのは、言葉も碌に覚えていない様子の巨人の世話だった。

無茶苦茶にも程がある。

私はその場で見せつけられた巨人の実情を思い出すと、更に怒りがこみ上がるのを感じながら続けた。

 

「巨人の全てが恐ろしい存在とは言わないわ! 私はそんな愚かなことを言うつもりはない! でも、あのグロウプは別よ! こちらの言葉も分かっていないのよ! あまつさえ興味の赴くまま、私達の方に手を伸ばそうとしていたわ! 掴まれれば怪我で済むとは思えない! どんなにあの子がいい子であろうとも、最低限のコミュニケーションが取れない中で、私達だけで世話するなんて無理なのよ! ハグリッドは私達のことを何だと思ってるの!?」

 

私達の目の前で目を覚ました巨人が最初に取った行動は、なんと私達を鷲掴みにしようとすることだった。何とか全員避けることが出来たけど、私達の代わりに掴まれた松の木の惨状から想像すると……もし掴まれていたら大変なことになっていたはず。ハグリッド曰く、ただ私達と仲良くしたいだけだったらしいけど……そんなことは関係ない。巨大で、尚且つこちらの命を危険に晒すような幼児の世話など無理なのよ。

たとえその幼児がハグリッドの()()()()だったとしても……無理なものは無理としか言いようがないのだ。

そもそもハグリッドにすら世話が出来ているとは言えない。どうやってここまで連れて来たのかと尋ねた時、彼は散々渋った後に言った。

 

『……巨人の村から脱出する時偶然見つけんだ。こいつは巨人の中では小さい方だから、あいつらにいじめられとったんだ。だから人目に付かんように、夜中にこっそり移動させた。どうしても放っておけんかった。……まぁ、苦労はしたさ。何せ帰った時の傷は、村で巨人につけられてものがほとんどだったが……こいつにやられたものも少しはあった』

 

その後も、最初は私達に関わらせるつもりがなかっただの、これは自分の問題だからだの、散々言い訳がましいことを言っていたけれど……本当にどうかしているとしか思えなかった。何一つ安心できる要素がない。馬鹿も休み休み言ってほしい。こう言っては何だけど、ハグリッドの処遇に関してだけならアンブリッジに今は賛成することが出来る。

食事の世話はいらないとの情報は唯一の救いと言えるだろう。森の中で食べ物を確保する程度の知恵はあるらしい。でも安心できる要因なんてその程度だ。近づくだけで命を危険に晒し、そもそも辿り着くためには『禁じられた森』に入らなくてはいけない。

ハグリッドには悪いけど、私は絶対にそんな依頼を受けたくない。受けられるはずがない。

私は金輪際『禁じられた森』に近づかないことを心に誓い、無言の肯定を示すハリーとロンを引き連れ大広間に向かう。

一刻も早く先程体験した危険を忘れ、今まで通りの日常に戻りたくて仕方がなかったのだ。

勿論今のホグワーツは日常的とは言い難い状態ではある。何もかもがアンブリッジの思い通りになっており、毎日馬鹿々々しい『高等尋問官令』ばかり増えている。去年までと違い、城の廊下を歩く時ですら辺りを警戒しないといけない。いつアンブリッジや、あの女に忠実な『高等尋問官親衛隊』が難癖をつけてくるか分からないから。

でも少なくとも、気を抜けば巨人に握りつぶされるような事態は起こらない。

 

「ふぅ……。早く忘れて、今は食事を摂りましょう。今私達に必要なのは一刻も早く休むことよ。ハリー、貴方も明日進路指導があるのでしょう? 明日に向けて早く睡眠をとるのよ」

 

「うん……本当に腹ペコだよ」

 

……しかし、いざ大広間に辿り着いた時、そこは食事ができるような状態ではなかった。

大広間は阿鼻叫喚の様相を呈していたのだ。

 

「何してるのよ、クラッブ! そっちの花火を消さないと、また花火が増えて、」

 

「そ、そんなこと言われても」

 

大勢の生徒が歓声を上げ、そんな中パンジーを含め数人の高等尋問官親衛隊が悲鳴を上げている。彼等の視線の先には、巨大な魔法仕掛けの花火が。全身が緑と金色の火花で出来たドラゴンが大広間中を蠢き、火の粉をまき散らしながら連続で大きな音を立て続けている。そしてその周りには直径1.5メートルはあるだろうネズミ花火も飛び回っている。どれも燃え尽きる様子はなく、それどころか親衛隊員が何か魔法を使う度に数を増やしてすらいた。

当然この状況で食事を摂っている生徒など皆無だ。

皆いつまでも燃え続ける花火と、情けなく花火から逃げ回る親衛隊員の姿を楽しんでいる。ハリーとロンも現在の状況を認識するいなや、先程までの疲労も忘れ周りと一緒に笑い声を上げていた。

かくいう私も『禁じられた森』でのハイキングさえなければ、ハリー達同様笑っていただろう。ここ最近はずっとアンブリッジや親衛隊に煮え湯を飲まされっぱなしだったのだ。こんな風に愉快痛快に反抗出来たらなと考えることは山程あった。無論ダリアとダフネ、そしてドラコを除くメンバーに対してだけど。

幸い今も駆けずり回る親衛隊の中に彼女達の姿はない。ダリアはどこにいるのか分からないけど、ダフネとドラコは大広間の端っこでこの騒動を眺めている。

私はハリーとロンから離れ、疲労困憊な体を引きずりながら彼らに話しかけた。

 

「ダフネ、これは一体どういう状況なの?」

 

「……ハーマイオニー。その前に私も聞いてもいい? どうしてそんなに汚れた格好をしているの? 肩に枝がついてるよ? 一体どこをほっつき歩けばそんなことになるの?」

 

「す、少し森の中をね……。正直私も何故そんなことになったのか分からないから、この話はまた今度。それより、この状況は?」

 

ダフネは私の質問に、私同様疲れた表情を浮かべながら答える。

 

「……概ね見た通りのことが全てだよ。大広間にあの花火が投げ込まれた。それをパンジー達がアンブリッジ先生に媚を売るために消そうとして……見ての通り大失敗してる。あ、ちなみにダリアは今進路指導でスネイプ先生のところだよ。だからこの馬鹿騒ぎを止められる人間はここにはいないってわけ」

 

ダフネも本気になればこの事態を収拾できそうな気もするけど、彼女にはそんなつもりは毛頭ないのだろう。ドラコも含め、私と会話しながらも決して他の親衛隊の手助けをしようとしていない。ただ疲れた表情を浮かべ、大広間の壁に背中を付けている。

原因は考えるまでもない。ダフネとドラコも、アンブリッジのことが嫌いで仕方がないのだ。ほとんどの生徒はそんな簡単なことにも考えが及ばない様子だけど、ダリアは紛れもないアンブリッジの被害者なのだ。望んでもいないのに意味不明な肩書を押し付けられ、そのせいでより一層彼女の居場所を奪われてしまっている。ダリアのことを大切に思っているドラコとダフネが許せるはずがない。

だからこそ二人共、我関せずと言わんばかりの態度なのだけど……だからといって完全にこの事態を楽しみ切っているわけでもなさそうだった。

 

「本当に馬鹿みたい……。こんな状況だと、ダリアが帰ってきても落ち着いて食事が摂れないじゃない。まったく……これだからあの()()()()は」

 

ダフネの剣呑な視線を辿ると、そこには今まさに追加の花火を上げている二人組……フレッドとジョージの姿が。最初から分かりきったことではあったけど、やはりあの二人がこの状況の元凶らしい。

 

「さぁ、親愛なる高等尋問官親衛隊の諸君! 俺達を捕まえられるものなら捕まえてみな!」

 

「そして良心ある紳士淑女の諸君! この花火をお求めの場合は、我々悪戯仕掛け人にお手紙を! 『基本火遊びセット』は5ガリオン、『デラックス大爆発』は20ガリオンだぞ!」

 

少しダフネ達と話している間にも、双子は更に大広間の混乱を盛り上げ続けている。

私はダフネ達と違い、あの双子に思うところはないため苦笑するしかなかった。疲労感で早く食事を摂りたいのだけど、久しぶりのアンブリッジに対する反抗的な光景に胸がすくような思いであることも間違いなかったのだ。

 

でも、やはり今のホグワーツでこの馬鹿騒ぎも長続きすることはなかった。

親衛隊が元凶を断とうと二人に近づこうとし、それに対して二人が更に花火を投げつけ応戦する。パンジーやクラッブとゴイルのような親衛隊が近づけるはずがない。巨大なドラゴン花火に結局追い回されてるはめになっている。

でもそれは結局親衛隊相手でしかない。

 

「こ、これはどういう事態ですか!? 食事の時間に、このような花火を大広間に投げ込むとは!? しかもこれは……。犯人は貴方達ですか、ウィーズリー! これは明らかな反逆です! た、退学です! ここまでのことをされれば、もはや貴方達を庇える者などいません! 私の校長としての権限を以て、今この時をもって貴方達の退学を言い渡します!」

 

遂に今この学校を支配下に置いているアンブリッジ本人が大広間に登場し、形勢は俄かに逆転することになる。

今までどこにいたのかは知らないけど、ようやく大広間に突入してきたアンブリッジが開口一番とんでもない宣言したのだ。今まで騒然としていた大広間も、あまりの宣言に流石に静まり返る。……教職を追われた先生は今までいたが、生徒が退学にさせられたのは今回が初めて。誰もが唖然とし、突然の事態に顔を青ざめさせていた。

今までの馬鹿騒ぎが嘘のようだった。当に一瞬の出来事。先程まで騒いでいた人間は、自分も同罪として扱われるのではないかと恐怖している。

誰もが、それこそDAメンバー以外も、改めて今のホグワーツで最も力を持った人間が誰かを思い知らされた様子だった。

 

尤もその静寂自体も、

 

「おやおや、これはこれは親愛なるアンブリッジ先生! 貴女の到着をお待ちしておりましたよ!」

 

「ダリア・マルフォイがいないのは残念だが……。先生だけでも十分だ。先生、退学ですとな? それはそれは重畳! 我々から申し出る手間が省けたというものです!」

 

あの双子によって再び打ち破られることとなるのだけど。

二人の言葉に、今度は誰もが違う意味で沈黙する。皆何が今から起こるのか、固唾を飲んで見つめているのだ。

 

……ただこの事態にやはり一切興味を示さないダフネとドラコを除けばの話だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「……まったく付き合いきれないよ。阿保らしい」

 

「……さっさと食べ物を持っていくぞ。今日はもう大広間で食事を摂れるとは思えない。ダリアもそろそろこちらに向かっているはずだ。ダリアと合流して談話室で食べるぞ」

 

アンブリッジが大広間に突入し、皆の注意がそちらに集まっているうちに私達はこっそり抜け出していた。

秘密の部屋から帰ってきた時と同じだ。今ホグワーツ内の人間はほぼ全員大広間に集まり、この馬鹿騒ぎに興じている。あそこには私達の居場所などない。居場所など欲しくもない。

だからこうして大広間を抜け出し、私達はダリアの下を目指す。あんな馬鹿騒ぎをしている場所に、ただでさえ心労が溜まっているだろうダリアを連れて行くわけにはいかないのだ。

そして私達の思惑通り、ダリアと私達は廊下で合流する。ダリアが進路指導にそこまで時間をかけないと予想していたけど、その予想通りになったというわけだ。こちらに向かっていたダリアが、食べ物を抱えた私達に驚いた無表情を浮かべながら話しかけてくる。

 

「あら? お二人共どうなされたのですか? そんな食事を抱えて。大広間で何か問題でも……いえ、愚問でしたね。……犯人はウィーズリーですか?」

 

流石はダリア。私達の様子と、そして背後から聞こえてきた今日一番の爆発音を聞いて、直ぐに事態を把握したのだろう。短く犯人だけ尋ねる質問をしてきた。

私も改めて説明せず、少しゲンナリしながら答える。

 

「うん、そうだよ。今のホグワーツでこんなことをするのはあの二人くらいだからね」

 

そして気を取り直し、両手に抱えた料理を示しながら続けた。

 

「そんなことより、談話室で食事にしようよ。今なら皆大広間にいるから、ゆっくり静かに食事が出来るよ」

 

「そうですね……そうしましょうか。私も一部持ちますよ。お兄様も大丈夫ですか? 少し持ちますよ?」

 

「僕は平気だ。お前は疲れているのだから、これくらいは僕が持つ」

 

断られるとは思っていなかったけど、ダリアが頷いてくれたことで私は何だか嬉しくなる。先程まで感じていた不愉快な気分が嘘のようだ。大広間の方から今度は盛大な歓声が聞こえてくるが、もはや私達には一切関係のないことだ。

私はダリアの返答に笑顔で応えながら考える。

未来のことを考えると憂鬱な気分になる。ダリアは家族や私のことばかり考えてくれているけど、その中に彼女自身の未来はいつだって含まれていない。いつだって自分自身が犠牲になるしかないと未来を悲観している。そしてそのどうしようもない未来を……私は否定しきれずにいる。

そんなの間違っている。間違っているべきだと叫びたい。……でもそれを否定するには、私はあまりに無力でしかなかった。せめてもとDAに参加したとしても、それは現状を覆す程のものではなかった。ポッターの力不足と責任転嫁出来れば良かったのだけど、おそらく誰がやっても結果は同じだっただろう。私の心情はともかく、寧ろポッターは良くやっていた方だ。でも、それでも私は現状に甘んじるしか出来ない。

勿論諦めるつもりはない。私は必ずダリアを助け出してみせる。助け出さなくてはならない。でも今は現実を受け入れざるを得ない。自分を正しく認識出来なければ、それだけダリアの足を引っ張ってしまうだけなのだ。

だからこそ私は思う。せめて今だけは私に出来ることをやろう。せめて今だけは日々悩み苦しんでいるダリアに、これ以上の苦痛を与えたくない。せめて少しでも安心できる空間で過ごしてほしい。それだけが今の私の望みだった。

 

……だから、

 

「おや、あれは……ウィーズリー達ですね」

 

「……本当だね。箒に乗ってどこに行くつもりなんだろうね」

 

「……案外あのまま卒業するつもりなのかもしれませんね。今のホグワーツに彼等の求める価値などありはしないでしょうから」

 

最初彼等の行動を私は気にも留めていなかった。

窓ガラスが割れた音で外を見れば、夕暮れの空に飛び立つ双子の姿が見えた。雄たけびを上げながら飛んでいる二人に城のどこかに着陸しようとする気配は一切ない。寧ろみるみる内に高度を上げ、禁じられた森の向こう側を目指してすらいる。

 

まるでホグワーツから逃げるように……外の広い世界に、自由な世界を目指すように。

 

「彼らは……自由なのですね。……私とは違う」

 

……だからこそ、私は最初彼等の行動を気にも留めていなかったけれど、心のどこかで理解していたのだ。

彼らとダリアが……真逆であるということを。

 

一方は誰にも止められることもなく、大勢の歓声の中、手を振り返しながら学校を飛び立っていく。そしてもう一方は……誰もに蔑まれ、城内どころか外にすら自由な居場所がない。

そのどうしようもない事実を、二人の遠ざかる後姿を見て理解してしまっていたのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。