ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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遅くなって申し訳ありません!


閑話 かつての仲間

 ルシウス視点

 

アズカバンからの死喰い人大量脱獄。世間では一時的に大きな騒ぎになった事件。日刊予言新聞の一面に載り、客観的に見ればこの事件が多くの人間に衝撃を与えただろうことは明白だ。

だがこの事件のことを覚えている人間が……果たして今現在どれだけ存在しているだろうか。私は疑問を抱かざるを得なかった。

無論覚えている人間は覚えているだろう。その上魔法省に疑問を感じているだろう人間も大勢存在する。我がマルフォイ家に疑いと警戒の視線を送ってくる者達は間違いなく増加した。それは私とて肌で感じ取っている。

だが……結局のところそれだけだ。大勢を覆すには、疑問を抱く人間の数は圧倒的に少ない。何より魔法省に疑問を抱いたとしても、『闇の帝王』の時代を知れば知る程、あの時感じた恐怖から逃げられなくなる。魔法省の発表に疑問を持とうとも、信じざるを得ないのだ。闇の帝王が復活したという恐ろしい真実より、魔法省の穴だらけの報道を。

そしてそんな者達に追い打ちをかけるように、

 

「アハハハ! 見てみなよ、()()()()! あの爺、ホグワーツを追放されたみたいだね!」

 

「……あぁ。全ては我が君の計画通りというわけだ」

 

あの老害……ダンブルドアの反逆という衝撃的な記事が出たのだ。もはやほとんどに人間の頭には、死喰い人のことなど残っていないことだろう。正しく闇の帝王の計画通りと言えよう。

この時点で大勢は決しつつある。もはやどれだけの人間が魔法省に背を向け、我らに警戒心を抱こうとも関係ない。その上で闇の帝王は尚慢心することなく、最後の最後まで必要な手を打つよう指示されておられる。ダンブルドアが追放された今、もはや奴らに勝ち目はないのだ。

私は予言者新聞を置き、テーブルの向かいで奇声を上げる脱獄犯の一人……ベラトリックス・レストレンジに目を向ける。私と同じく記事を読む彼女の姿は、多少年を取ってはいるが収監される以前とほとんど変わらないものだ。我々が助け出した当初は痩せこけていたが、今では我が家の食事で何とか以前の姿を取り戻している。

これもまた私が闇の帝王の勝利を確信する根拠の一つと言えよう。闇の帝王に心底心酔しているが故にアズカバンに入れられた者達。その者達が世に解き放たれ、こうして以前の力を取り戻しつつある。世間の大部分が闇の帝王の復活を知らず、反対に我々は嘗ての力を完全に取り戻した。もはや勝利を疑うことの方が難しいだろう。

 

……尤も不安要素が全くないわけではない。力を取り戻したとはいえ、ベラトリックスを始め、多くの脱獄犯達の精神が以前同様のモノとはまだ言い難いのも事実だ。特に今目の前に座るレストレンジ。以前もあまり大人しい性格とは言い難かったが、解放されてからは精神年齢がどこか退行しているように私には見えた。以前ならこのように人前で奇声を上げるようなことはなかった。おそらくアズカバンに長年収監される内に性格が少しおかしくなってしまったのだろう。

今は未だ雌伏の時。このような精神状態で外にでも出そうものなら問題を起こしかねない。大勢の人間が今はダンブルドア追放のことで頭が一杯とはいえ、流石に問題を起こされれば再び我らに視線が集まってしまう。勝利が確定しつつある中での唯一の不安要素。今はマルフォイ家の中で飼殺すしかない。闇の帝王の偉大なる計画に支障を来すわけにはいかぬのだ。部下に何より完璧性を望む闇の帝王のこと。もしベラトリックスの問題行動により計画に変更を迫られれば、私の方が監督責任を追及されかねない。()()()()()()()()私の立場は辛うじて保たれているが、予言の奪取が遅々として進んでいない以上どうなるか分かったものではない。

 

「本当だね! やっぱり全ては我が君の思い通り! 流石は我が君!」

 

興奮しきった様子で、それこそ唾を飛ばしかねない醜態で叫ぶレストレンジに溜息が出そうだった。

何故勝利しつつある陣営において、私はこのようないらぬ心労を抱えなくてはならないのだ。無論予言のことは私に責任の一端はあるが、このような心労は完全に余計なものだ。シシーの実の姉でなければとうの昔に見捨てている。

何より彼女の不安要素は、

 

「……だけど、だからこそ分からない! どうしてあのお方は私にこそ任務を与えて下さらない!? ルシウス! ましてや()()()()()なんかに任務を与えて、どうして最も忠実な私には!?」

 

アズカバンの後遺症だけではなかった。

先程まで上機嫌であったというのに、突然人が変わったように苛立ちを込めて叫びだすベラトリックス。それも私の愛娘に対する当てつけの様な言葉を。

彼女の言葉に眉を顰めそうになるのを必死に抑える。言及された者が全く関係のない死喰い人であれば、私も無関心でいられただろう。ただ妻の姉に対しての感情しか抱かなかった。だが現実に彼女が嫉妬の感情を燃え上がらせているのは我が娘に対してだ。それもアズカバンに収監されるほど忠誠心溢れた己に対して、たかが小娘の分際で闇の帝王の覚えめでたいという……そんな事実に対する下らない嫉妬を。情緒不安定に陥っている彼女が何をしでかすか分かったものではない。ダリアがホグワーツにいる今は良いが、もしあの子が家に帰ってくれば……。

 

全く……何故私はこのような不安を感じねばならないのだ。

本来であれば、私は何の不安もなく闇の帝王に仕えているはずだった。闇の帝王は勝利する。それは確実だ。何せ負ける要素がない。

闇の帝王は誰しもに訪れる死を克服した。ならば老いるのみのダンブルドアに勝ち目などない。そしてあのお方の下に参集した勢力も以前と同等。……いや、以前と違い、闇の帝王自らが造り上げたダリアが存在する。我が娘は闇の帝王同様完璧な存在。我が娘が参加する以上、我が陣営は勝利する。そうなればダリアを含め、我がマルフォイ家は至高の地位を手に入れるはずだったのだ。全てが私の予想通りに進めば、私は今頃ただ気楽に食卓を囲んでいるはずだった。シシーがいて、休暇にはダリアとドラコが加わる。そんな今までと変わらない毎日を手に入れているはずだったのだ。

だが現実は違う。私は与えられた任務を果たせず闇の帝王に叱責され、私と食卓を囲うのはダリアに嫉妬するベラトリックスのみ。私の望んだ未来は……ここには存在しない。

 

「何度も言わせるな。お前は未だ体力を完全に取り戻したわけではない。それにお前が誰かに目撃される危険性を考えろ。お前は目立ちすぎる。その点娘はまだホグワーツ生だ。休暇のみに制限されるが、あの子であれば、」

 

「だからそれが納得できないと言っているんだ! 何故たかが学生を闇の帝王は!? 随分とおかしな話じゃないかい! たかが小娘如きを闇の帝王が認めるはずがない! ルシウス! お前が何かしたんだ! お前は卑怯な手でアズカバンから逃げおおせた! そんなお前が闇の帝王に何か吹き込んだんだ! だが……ふん、残念だったね! お前は結局闇の帝王のお与えになった任務を果たせていない! お前はもうすぐ闇の帝王から見捨てられる! そうなればその小娘も終わりさ!」

 

私が黙って聞いていられるのはそこまでだった。

いくら目の前にいる人間が妻の姉であり、アズカバンで精神を病んでしまった人間だとしても我慢の限界というものがあった。我が愛娘を愚弄されて黙っていられるはずがない。

 

「……私の任務が順調でないことは認めよう。確かに私は無能やもしれん。だが……我が娘を愚弄することは許さん! 我が娘は完全な存在だ! 何故なら闇の帝王があの子を……いや、そんなことはどうでもよい! よいか!? 私とて貴様には同情している! だがそれとこれとは別だ! これ以上我が娘を侮辱するならば覚悟してもらうことになる! 闇の帝王の不興も買うことになるだろう! だからその口を閉じろ! これは命令だ! お前はただ私の命令に従っておればよいのだ!」

 

当然私の恫喝で黙るような女ではない。ベラトリックスは一瞬呆気にとられた表情を浮かべたが、即座にその表情はこちらを馬鹿にしたモノに変えた。

 

「……おやおや、言うじゃないかルシウス。()()()()なんぞのために。随分と腑抜けたものだね。それでも純血たるマルフォイ家の男かい? 以前のお前も腑抜けた奴だったが、今はそれ以上だ! だから闇の帝王に最後まで忠誠を誓うことも出来なかった! あのお方はお許しになられても、私は絶対に認めないよ! いいかい!? いつか必ずお前と、お前の娘とやらの化けの皮を剥いでやる! 今は闇の帝王のご命令に従うけど、必ず私こそが最もあの方に忠実であり……最も『死喰い人』の頂点に相応しいと証明してやる! その時に自分の愚かさを思い知るんだね!」

 

そう叫んだと思えば、奴は私の言葉を聞くこともなく、手にしていた記事をテーブルに叩き付け部屋を後にする。

残されたのは私のみ。ベラトリックスなどいなくなっても清々するが、異様な程静まり返った書斎に言いようのない寂寥感を数瞬抱いた。

私は頭を抱え込みながら考える。

 

どうしてこうなったのだ。

私は確かに確実に勝利する陣営にいる。闇の帝王も私を許してくださっていた。ダリアも帝王のご期待に応えてくれている。ならば私は……私の家族は幸福であるはずなのだ。

であるのに、どうして私は今……こんなにも惨めな気持ちなのだろうか。

だがそこまで考え、私は直ぐに顔を上げた。私はマルフォイ家の長。シシーの夫であり、ドラコとダリアの父。今は泣き言を言っている場合ではない。

 

どうしてこうなったか?

……いや、考えるまでもない。結局のところ、私が闇の帝王のご期待に応えられていないことが原因なのだ。魔法省は我々のコントロール下にあり、巨人もダリアの手により服従した。だが闇の帝王が今最も欲しておられる成果はそれらではない。

()()。そう予言だ。神秘部にあるとされる、とある予言を手に入れない限り、闇の帝王の御心が真に晴れることはない。

つまりそれを手に入れられずにいる私は、常に闇の帝王より厳しい評価を受け続けることとなる。

私や家族が幸せになるには、今は予言を手に入れる他にないのだ。

 

愚かな気の迷いを振り払うように、私はベラトリックスの去ったドアを睨みつけながら考える。

確かに今のところ私の試みは全て失敗に終わっている。だが幸か不幸か、遅々として進まない計画に、遂に闇の帝王自らが重い腰を上げた。あのお方は気付かれたのだ。()()()()()()()()()()()()()()。機が熟せばそれを利用し、帝王は予言への道しるべを手にすることとなる。私はそれをただ辿れば良い。闇の帝王の深淵なお考えを全て理解することは出来ないが、私とてこれだけはわかる。

要するに、()()()()()()のだ。

その時に失敗しなければ、私は今までの失態を全て帳消しにすることが出来る。

 

私が失敗しなければ、必ずや私は手にすることが出来る。今度こそ望んだ未来を。

私と家族が幸せに食卓を囲む。そんな今まで当たり前だと信じていた未来を。

 

 

 

 

私はこの時、そう信じて疑わなかった。……信じ込もうと必死だったのだ。

……そうでなければ、その未来に疑問を抱かざるを得なかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベラトリックス視点

 

「くそ! ルシウスの奴! 調子に乗りやがって! シシーの夫でなければ、私の手で殺してやるものを!」

 

宛がわれた寝室に入るなり、私は壁を叩きながら叫ぶ。

今この屋敷には闇の帝王もいらっしゃらない。あのお方も普段はこの屋敷にいらっしゃるが、それもいつもというわけではない。あのお方は完璧な存在だ。それこそ死すらも克服する程。今こうしてどこかに行っておられる間も、おそらく我々には到底理解できないような崇高な行動をされているに違いない。無論常にあのお方の存在を感じていたい私としては寂しくはある。

だが今は寧ろそれがありがたくもあった。今あのお方にこのような無様な姿をお見せするわけにはいかない。私は怒りを抑えることが出来ず、今度は家具を呪文で破壊しながら叫ぶ。

 

「何故!? 何故あのお方はあんな臆病者をお使いになるのさ!? 今は私だってお傍にいる! それなのに私をお使いにならず……ましてやたかが小娘なんかに!」

 

闇の帝王に聞かれる心配の無い今、私は自制心をかなぐり捨てつつあった。声は益々大きなものとなり、もはや部屋で無傷な家具は一つたりともない。私の声はルシウスや、それこそ私の実の妹であるシシーにも聞こえているやもしれない。だがそんなこと些細な問題だ。寧ろ奴らは聞けばいいのだ。私は怒っている。こんな理不尽な思いをしているのも、元はと言えばあいつ等が原因なのだ。私がアズカバンにいる間にノウノウと外で暮らし、闇の帝王への忠誠を忘れ果てていた。闇の帝王に従うのは純血の義務だ。あのお方は純血を再び偉大な存在に導いてくださろうとしていた。それを奴らは忘れ、あまつさえダンブルドア率いる下等な連中に従っていた。許されていいはずがない。

……それなのに、現実は私の方がルシウスの下に置かれている。

こんなのはおかしい。どう考えても理不尽だ。闇の帝王にそう訴えても、

 

『ベラトリックスよ。お前の言わんとしていることは、俺様も十分理解している。だが他の連中はともかく、ルシウスは俺様の役に立つ存在を見事に育て上げた。それこそ今までの愚かな行動を許しても余りある程のな。……奴が育て上げた()()()()は俺様の期待通りの存在に育った。アレはルシウスに代わり、今後も俺様の役に立つことだろう』

 

そう仰るばかりで、一向にルシウスを任務から外す様子がない。

アズカバンから救い出され、闇の帝王にようやくお会いした時に感じた高揚感はもう存在しなかった。あるのはこの理不尽な状況に対する苛立ち、不安……そして何故か()()()()()()()という寂寥感。様々な感情が交じり合い、ただ持て余した感情に翻弄される。この感情を誰かにぶつけたい。ルシウス、シシー、そして未だ顔も見たことがない小娘。正確には小娘が赤ん坊の頃会ったかもしれないが、そんなことはどうでもいい。小娘の分際で闇の帝王からの関心を買うなど分不相応にも程がある。とにかくこの三人にこの怒りをぶつけられれば、それこそ呪いでもぶつけられれば鬱憤も晴れるのだろうが、流石にそれが拙いと分かるくらいの理性は残っている。代わりに『穢れた血』やマグルを殺せればいいのだが、それも未だ許可が下りない。とにかく私はこの屋敷の外に出てはならないと言われているのだ。結果私はどこにも発散できない感情を募らせるしかなかった。

 

何故? 何故私はこんな思いを抱えなくてはならないのだ?

こんな感情はとうの昔に()()()()()()()はずなのだ。闇の帝王に出会ったことで、私はこの感情を捨て去ったはずなのだ。純血であり、生まれながらにして偉大である私。なのにホグワーツでも、それこそ実家であるブラック家ですら抱え続けていた感情。そう、子供の頃からずっと母に言われ続けた、

 

『お前達は偉大な純血たるブラック家の娘。その自覚を持ち、ただ純血に相応しい夫に嫁ぐことを考えなさい。それが出来なければお前達に()()()()()。お前達は純血を保つために、ただ私の言う通りに行動していればいいの』

 

そんな()()()()()言葉にいつも感じていた感情。

私はいつだって疑問だった。自分のこの感情は一体何なのだろうか。私は純血で、生まれながらに偉大であるはずなのに。それで満たされたことがない。いつだって心のどこかに穴が開いていた。その上穴は年を取るにつれ益々大きなものになっていく。愚かなアンドロメダの出奔。いつだって私の後ろを歩いていたはずのシシーが……結婚してどこか満たされた表情を浮かべていた時。穢れた血と結婚した愚かなアンドロメダはともかく、シシーは純血と結婚した。なのにシシーの満たされた表情を見た時、私はより自身の中にある底なしの穴を実感したのだ。

 

いつだって私の後ろを歩き、私と全く同じであったはずの妹が……いつの間にか私とは違う生き物に変わってしまった。そう私は何故か感じていた。

 

……だが、その年々大きくなり続ける焦燥感も、闇の帝王が消し去って下さった。

あのお方は本当に偉大だ。我々純血のことを、いや、()()()()()真に理解してくださる。かのサラザール・スリザリン直系の血筋。圧倒的なまでの魔法。そして私にこんな思いを強いる現実を打ち砕くほどのカリスマ性、実行力。

あのお方はこの理解不能な感情を、下等で愚かで()()()()連中に発散する方法を教えてくださったのだ。

 

『ベラトリックス。この俺様に忠誠を誓うのだ。お前は純血であり、何より強大な魔力を有している。お前は俺様の役に立つ。全てが憎いのであろう? ならば俺様はお前に教えてやろう。お前達純血を狭い世界に閉じ込める、愚劣極まりないルールの壊し方をな』

 

()()()()()()()()()。この感情は私の中から生じるものではない。愚かな連中が私に強いるものなのだ。

だから闇の帝王が復活された今、私は幸福な感情で満たされているはずだったのだ。

 

 

 

 

それなのに……何故か全てが上手くいかない。こんなのはおかしい。

私は早く……こんな感情を捨て去りたいのに。

 

思考が振り出しに戻る。何故? 何故私はこんな思いをしている?

そしていつもの結論に至る。

 

誰が元凶か? 私は悪くない。ならば悪いのは誰だ? 誰が私の受けるはずだった闇の帝王からの寵愛を横取りし、私の存在を端に追いやっているのか?

そんなのは決まっている。ルシウスやシシー、そして闇の帝王も何度も口にする名前。

 

その名前は……

 

()()()()()()()()()……。私は絶対に認めないよ。いつかお前の化けの皮を剥いでやる」

 

 


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