ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
DAのメンバーが増えた。この一点においても、事態が僅かながら好転している証だと僕は思っていた。
僕は今までこの学校内で完全に腫物のように扱われていた。どこに行っても陰口をたたかれ続け、冷たい視線を投げられ続ける。それはグリフィンドール内でも例外ではない。今まで友人だと信じていた生徒からも、僕はずっと裏切られ続けていた。
でも、それが少しでも改善してきたのだ。たとえ死喰い人の大量脱獄のニュースが原因とはいえ、僕らを取り巻く事情は確実に改善しつつあるのだ。DAのメンバーも最初のメンバーより格段に増えつつある。勿論それは脱獄によるものだけではない。DAの最大の頭脳であるハーマイオニーの努力によるところも多分にある。
ハーマイオニーは生徒達の魔法省への信頼が揺らいだ瞬間を見逃さず、更に積極的な行動を取っていた。思えばDAを最初に作ろうと言い出したのも彼女だし、
「……それで、優等生のお嬢さん。お前さんはあたくしに何をしてほしいんざんしょ? わざわざこんな場所まで呼び出して……」
「
こうして僕なんかには到底思いつきもしないことをするのも、いつだってハーマイオニーだった。
クリスマスが明けてもまだ外には雪が降り積もっている。そんな中僕らはホグズミードの一角、ただ表の綺麗な街並みとは無縁の、あのDA最初の会合を開いた汚いパブで顔を付き合わていた。メンバーは僕とハーマイオニー。そして去年散々僕を扱き下ろす記事を書いていたリータ・スキータに、何故かルーナ・ラブグッド。普通では考えられないようなメンバーを、ハーマイオニーはいつもの溢れんばかりの行動力で招集したのだ。
ハーマイオニーの今からやろうとしていることは予め聞いている。彼女はリータの弱みを握っているため、それで奴を脅して僕の主張を何の脚色もなしに記事にさせるのだとか。僕を馬鹿にする記事は今でも溢れかえっているけど、そんな中あのリータ・スキータが僕のことを擁護する記事を書くのは中々衝撃的なニュースになると思う。
でも、そこでどうしてハーマイオニーがルーナのことも呼んだのか、僕には理解できなかったのだ。
しかしそこはハーマイオニー。やはり僕が考えもしなかった理由を淡々と続ける。
「はぁ? お嬢さん、やはりお前さんは相当の世間知らずだね。脅迫状のような手紙を送ってきて、一体何をさせられるかと思えば……馬鹿々々しいにも程があるざんす。いいかい、百歩譲ってあたくしが御前さん達の望む記事を書いたとして、それを『日刊予言者新聞』が載せると思うかい? ファッジがそんな記事を許さないし、読者もそんなもの求めちゃいない。今は特にアズカバン脱獄で皆不安を募らせてる。ポッターの語る恐ろしい真実なんざ誰も聞きたくないざんすよ」
「そうね、貴女の言う通り『日刊予言者新聞』には載せられない。読者の大勢は今の状況でもハリーのことを笑うでしょう。でも、そうでない人だっている。今回の脱獄で、魔法省の言葉それ自体に不信感を持った人も大勢いるはずよ。そんな人達に今こそ真実を届けるのよ。ここにいるルーナのお父さんは『ザ・クィブラー』の編集長。……ほんの
ルーナをこの場に呼んだ理由を僕はようやく理解した。成程、ハーマイオニーの言う通り、確かに今の『日刊預言者新聞』が頼りにならない以上、別の新聞か雑誌を探さなくてはいけない。その点『ザ・クィブラー』はルーナがDAであるため直ぐに僕の記事を載せてくれることだろう。ルーナには初めから話を通していたのか、どこか嬉しそうな表情で頷いていた。……いつも存在自体怪しい生物の特集をしていることに目を閉じれば、実に理に適った選択肢と言える。寧ろそれ以外の選択肢が僕等にはない。
「ザ・クィブラー!? あのボロ雑誌の記事をあたくしに書けと!? あんな雑誌、あたくしなら庭の肥やしにするね! 馬鹿々々しいざんす! あたくしは帰らせて、」
「あら、帰っていいの? いいわよ、別に。でも明日には然るべき所に貴女のことが伝わることになるでしょうね。未登録の『動物もどき』……貴女の書くアズカバン囚人日記はさぞ売れるわ」
「こ、小娘……」
だからこそ、ここまで準備していたハーマイオニーがスキータを逃がすわけもなく、もはや露骨とも言える脅し文句で従わせるのだった。ロックハートを秘密の部屋に落とした時もそうだけど、彼女は時折とことん敵に対して容赦がない時がある。尤もそれが彼女のことが頼もしく思える理由の一つなのだろうけど。
インタビューとは名ばかりの、ただ僕の話を書きとらせるだけの作業が終わり、僕とハーマイオニー、そしてルーナはホグワーツに戻る道すがら話す。
「上手くいくかは分からないけど、これが切欠になればいいわね。今がチャンスなの。大勢の人が魔法省に疑問を持ち出している今だから、ハリーの言葉をもっと大勢の人に届ける必要があるのよ。多くの人がそれでしっかりと事実を知って、少しでも警戒してくれれば……今後の戦いにも影響するはずだから」
「うん、あたしもこれは大切な事だと思うもん。次の特集は『しわしわ角スノーカック』についてだったんだけど、こっちを載せるつもりだってパパも言ってたもん。……あたしはそっちの記事も楽しみだったんだけどなぁ」
「そ、その記事もとっても素敵だと思うわよ? えっと……しわしわ……何とか。わ、私もとても興味があるわ。でも今は一刻も早くハリーの記事を多くの人に届ける方が大切よ」
いつも通り夢見心地の雰囲気のルーナに、ハーマイオニーが気を使ったように話している。DAの時にも思っていたが、ルーナとハーマイオニーは仲がいい。ルーナの語る不思議生物なんて、ハーマイオニーからすればトレローニー先生の語る予言と同じくらいに胡散臭い話だろうに……いつもあまり邪険にせずに話を聞いている。
僕はそんな彼女達の会話に時折相槌を打ちながら今後について考えていた。
スネイプの記憶を見た後は酷く落ち込んだ気分になってしまったけど、落ち込んでばかりいられない程事態は動き続けている。アンブリッジは日に日に横暴さを増しているし、ハグリッド以外の先生達もいつクビにされるか分かったものではない。その上ホグワーツの外でも、脱獄事件のようにヴォルデモートが着々と活動している。いつまでもスネイプのことなんか考えている場合ではない。
今回のことで事態はどのように動くのだろうか。少なくともアンブリッジは激怒することだろう。僕のことをとことん貶めたいと思っている奴のことだ。僕の話が広まることですら嫌に思うに違いない。でもそれがどうしたというのか。怒るなら怒ればいい。望むところだ。僕だってセドリックのことを含めて、あの墓場での出来事を語るのは気持ちのいいものではなかった。誰が好き好んで目の前で人が死んだ時の話をするものか。でもそれを押しても僕は話すべきだと思ったのだ。ハーマイオニーに説得されたこともあるが、僕も今はこういう行動も必要だと思ったのだ。
今僕に出来ることは限られている。DAメンバーに生き残る技術を身に着けてもらうこと。僕に出来ることはこれくらいのものだった。でも今回の行動で、そのメンバーを更に増やすことが出来るかもしれない。そうすればより多くの人が戦いに生き残れる可能性が出てくるのだ。ならば僕の一時的な不快感なんて我慢すべきことだろう。アンブリッジがどれだけ僕を罵倒しようとも、それこそセドリックのことを話したことを非難しようとも、僕は決してあいつに屈したりはしない。これが僕等なりの戦い方だ。
しかし結果的に、僕らのこの企みはあまり効果のあるものではなかった。
確かに大勢の僕の言葉と経験は色んな人に届けられたと思う。ホグワーツの外の読者には何かしらの影響を与えることが出来ただろう。
でも……ホグワーツの中では。
脱獄があって……DAのメンバーが増えた。この一点においても、事態が僅かながら好転している証だと僕は思っていた。
なのに……ザ・クィブラーが僕の特集記事を出す前に、増えるだろうメンバーを受け入れる土台そのものが消滅してしまったのだ。
つまりDAは、『ダンブルドア軍団』は解散せざるを得ない状況に陥ってしまったのだった。
それも僕らの最大の敵、それこそアンブリッジ以上に危険である
ネビル視点
それはあまりにも唐突な出来事で、何の前触れもないことのように僕は思えた。
メンバーが増えたことでDAは活気づき、ハリーが先日『ザ・クィブラー』のインタビューを受けたということで更にヤル気に満ちている。フレッドとジョージのように、皆に配布する用の『ザ・クィブラー』を大量予約した他メンバーは流石にいなかったが、皆一人一部ずつ予約していた。皆ハリーの行動に勇気づけられ、これからのことを考えて興奮していたのだ。
話をしたハリーは本当に辛い思いだったと思う。でも、それを押してでも彼は話をしてくれた。これでより大勢の人が『例のあの人』を警戒することが出来る。これで勇気づけられないDAメンバーは、ザカリアスとダフネ・グリーングラスだけだろう。ハリーの言うことは信じていても、ハリーのことは尊敬していないダフネ・グリーングラスは完全に黙り込んでおり、ザカリアスはいつもの嫌味を口にしていた。でもそんな彼らを除き、皆いつも以上にヤル気に満ちた態度で練習に励んでいた。ダフネ・グリーングラスも別にヤル気がなくなっているわけではなく、いつも通り練習自体は真剣にやっている。
いつも以上の熱気に包まれた『必要の部屋』。僕が考えたいつもと違う印象と言えば、そんな寧ろ好意的なものでしかなかった。
でも、それは唐突に始まったのだ。
それは僕がダフネ・グリーングラスに指導されている時だった。
「うん、以前に比べれば格段に良くなっているわね、貴方の『盾の呪文』。やれば出来たでしょう? ロングボトムはもっと自信を持つべきだよ。今の貴方は他のメンバーとも遜色ないわ」
「そ、そうかな……」
「そうよ。勿論ダリアやハーマイオニーに比べれば足元にも及ばないけど、それでもここの他の連中に比べれば出来ている方よ。だから自信を持ちなさいよ」
クリスマス明けからというもの、何となくグリーングラスがより一層僕に優しくなってくれたような気がする。
僕はここまで来てようやく彼女に教えられることに恐怖感を覚えることがなくなりつつあった。スリザリンだとか、ダリア・マルフォイの取り巻きだとか。どんな事情があったとしても、僕の目の前にいるグリーングラスのことを、僕は他のスリザリン生と同じだとは思えずにいる。そんな内面の変化を僕はようやく肯定しつつあったのだ。だから僕は素直な気持ちでグリーングラスの称賛を受け、他のグリフィンドール生に対するものと同じくらい気兼ねない気持ちで応じていた。
「ありがとう……。君にそう言ってもらえて何だか自信が出てきたよ。それにやっぱり君の呪文も凄いね。ハーマイオニーが手放しで絶賛するだけはある。僕にだって分かるよ。君はハーマイオニーやハリーと同じくらいこの呪文が使いこなせてる。僕が上手く呪文が出せているのも、君が教えてくれたからだよ。本当に……ありがとう」
僕の言葉を受け、面食らったような表情を浮かべるグリーングラス。最近険しい表情しか浮かべていなかった彼女が、おそらく彼女本来の魅力であるはずの大きな目を見開いてこちらを見つめている。
綺麗というより、どちらかと言えば可愛らしいと思えるその瞳で……。
そんな彼女に知らず知らず顔が熱くなる僕に、彼女は少しどもりながら応えた。
「な、何を言っているの、貴方は……。そ、それはここにいるような低能達に負けるようなことは絶対にないけど……。ハーマイオニーに言われるより何だか照れるわね」
まるで普通の、それこそグリフィンドール内でもいる女の子と同じ態度。僕もこんな恥ずかしいことを女の子に言ったことはないけど、今の彼女の表情を見て誰があの悪名高いダリア・マルフォイの取り巻きだと思えることだろうか。皆が話すような悪意の塊でもなく、ましてや『高等尋問官親衛隊』として僕らを見下すようなこともない。
僕はそんな彼女に……。
あれ? 今僕は一体何を考えたのだろうか?
僕は彼女の赤ら顔に不思議な雑念を抱く。何だか胸の中がポカポカするような、何だか不可思議な感情を。
でも……その感情を深く考えることはなかった。
何故なら、
「グ、グレンジャー様! ド、ドビーめはグレンジャー様にお伝えせねば!」
『必要の部屋』に突然、聞いたこともない甲高い声が響き渡ったから。
突然聞こえた声にDAメンバー全員が目を向けると、そこには『屋敷しもべ妖精』の姿があった。僕の家にはしもべ妖精はいないから見たのは初めてだけど、僕だって一応純血の家系だから彼らのことは知っている。でもホグワーツで一度も見たことない彼がどうしてここにいるのか、僕を含めDAメンバーには理解できなかったのだ。
そんな中、名前を呼ばれたハーマイオニーは彼のことを知っていたらしく、呼び声に即座に反応を示していた。
「ドビー! どうしたの! そんなに慌てて……まさか
「い、いえ、お嬢様のことでドビーめは来たのではありませんです! ですが、ドビーめはお嬢様にここに行くようにと! グレンジャー様に直ぐにお伝えするようにと!」
ハーマイオニーと見たこともない屋敷しもべ妖精の会話は続く。隣にいるグリーングラスも彼に見覚えがあるのか目を見開いているけど、おそらく彼女以外のDAメンバーは誰一人として二人の会話を理解してないことだろう。でも、続く言葉の意味は僕等も理解できた。いや、出来てしまったのだ。
「あの人が……
「あの女? あの女って誰の事?」
「アンブリッジ女史です! アンブリッジ女史に、ここの存在が露見しましたです!」
言葉を理解しても、その事実を飲み込むのに時間がかかった。このしもべ妖精が一体誰で、何故こんなことをここに伝えに来たのかなんて誰も考える余裕などなかった。
アンブリッジにここがバレた? 何故? どうして?
僕だけではなく、他のDAメンバーも例外ではないだろう。誰もが口をポカンと開けた状態でその場に立ち尽くしている。
そんな中で動けるとしたら、この中で最も実戦慣れしたハリーくらいのものだ。
「何をグズグズしてるんだ! 逃げろ! 今すぐ自分の寮に帰るんだ!」
ハリーの声に事態を飲み込む前に僕等の体が先に動いていた。何が起こったかは分からなくても、今すべき行動は僕等にだって分かる。
DAは決して『闇の魔術に対する防衛術』を学ぶだけの組織ではない。間違いなくアンブリッジのような人間に反抗するために出来た組織だ。それをあれだけ生徒を抑制するような規則を作っている先生が許すはずがない。
だからこそ僕等は考えるより体を動かしていた。全員が一斉に部屋出口に突進する。隣にいたはずのグリーングラスがいつの間にか
真っすぐ談話室に帰るべきだろうか? いや、でもアンブリッジがここに向かっている以上、ただ真っすぐ帰ればあの人の思う壺だ。ハリーに色々教わった今の僕ならそれは分かる。なら一時的にトイレにでも隠れてやり過ごすべきだろうか。それとも図書館、フクロウ小屋? ここから近くても、あまり怪しまれない場所。今すぐに僕はそこに向かわなくては。
それが逃げ出す瞬間に僕が考えていることの全てだった。
……それはあまりにも唐突な出来事で、何の前触れもないことのように僕は思えた。
今日まで全てが順調のように僕には思えていたのだ。増えたDAメンバー。好意的になりつつあるハリーへの視線。そして……少しずつ打ち解けつつあるグリーングラスとの関係。
僕には全てが順調に思え、こんな日が来るとは正直想像だにしていなかったのだ。
でも、
『インクネイト、ひれ伏せ』
部屋から出た瞬間、あの冷たい声音を耳にした瞬間、僕の中にそんな甘い認識は欠片も残されてはいなかった。
部屋から出ようとした全員が地面に押さえつけられたように呻く中、廊下に彼女の声が響く。あの人を人と認識していないような、ただ冷たい無機質な声音が。
魔法で地面にひれ伏す中、僕は何とか顔を上げる。
そこには予想通り、学校で一番危険な人物として認識されている彼女の姿があった。冷たい声音に、あまりにも冷たい無表情。同じ人間とは思えない程綺麗なのに、ただ冷たさしか印象を与えない目つき。
そんなダリア・マルフォイの視線が、廊下にひれ伏す僕等を冷たく見下ろしていた。
おそらく僕だけではなく、他のメンバーも同じ印象を抱いていたことだろう。
なのに何故だろう……僕には冷たさの中に、何故か迷いのようなものを感じていたのだった。