ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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束の間の幸福(前編)

 ハリー視点

 

それはほんの少しの出来心だった。いつもの拷問のような特訓の中、スネイプが席を離した時偶々目についた『憂いの篩』。いつも僕を拘束し、毎日のように罵詈雑言を投げかけるスネイプにただほんの少し反抗してやりたい。そんなたった少しの出来心でしかなかったのだ。

……しかしそんな軽い気持ちが、思いもよらない程の後悔を生むことになる。

 

『よーし! 誰か、スニベルスのパンツを脱がせるのを見たい奴はいるか!? こいつは今しがたリリーを……穢れた何とかって呼んだような野郎だ! こんなスリザリン野郎は僕らが成敗してやろう! 皆見世物の始まりだぞ! こいつのパンツが何色か賭けだ!』

 

それはどう好意的に見ても、一言で言えば胸糞の悪くなる光景だった。

スネイプの記憶の中で繰り広げられる光景。それは昼間の校庭の中、大勢の生徒が一人の生徒を取り囲み、魔法で宙づりにしながら晒し者にする光景だった。こんな酷いことはマルフォイだってやらないだろう。兄の方はネビルに酷いことをしたことはあるものの、これ程悪質なことはやったことはない。妹の方は……より酷い惨劇を生み出したことはあるが、こんな風に陰湿な行為ではなかった。正直僕の人生の中で最も陰湿で卑劣な行為が、僕がスネイプの記憶の中で見た光景だった。

尤もそこまでであれば、僕はただ憤るだけで終わっていただろう。ともすればクィディッチ・ワールドカップの時、『死喰い人』がマグルにしていたものと同じ行為。こんな行為をしているのがスネイプで、その被害者が別の生徒。そうであれば僕はただ憤り、帰ってきたスネイプに嫌味の一つでも言って終わっていたことだろう。

でも現実は違った。被害者は寧ろスネイプで……加害者は僕の父さんだったのだ。父さんの周りには若い頃のシリウスにピーター・ペティグリュー。そして一歩下がった場所で困った笑顔を浮かべるルーピン先生。『悪戯仕掛け人』の周りには大勢のグリフィンドール生。どう見ても陰湿な行為の首謀者は僕の父さん、そしてその仲間達だった。

 

僕が見た光景はそこまででしかない。そこまで見た時、怒り狂ったスネイプに記憶から引きずり出されたから、僕はあの後スネイプがどうなったかも分からない。

怒りで顔を真っ青にしたスネイプは僕を部屋から追い出し、最後にはこの特訓はもう二度と行わないと告げた。もうこの拷問のような日々は終わり。僕はこの日をもって解放されたのだ。

……なのに僕の心は決して晴れやかなものではなかった。父さんが嫌な笑みを浮かべ、スネイプを嬉々として宙づりにしている光景が頭から離れない。僕は今まで信じて疑っていなかった。父さんは立派な人物で、当に善人代表のような人だったのだと。スネイプがことあるごとに父さんのことを侮辱していたけど、それはスネイプの性格が捻じ曲がっているから。事実スネイプ以外の人が父さんの悪口を言っていたことはない。だからスネイプこそが悪であり、父さんは完全無欠の善人なのだと……僕は信じて疑っていなかったのだ。

でもそれがスネイプの記憶で覆った。今では父さんが本当に善人だったかも分からなくなってしまった。スネイプの言葉こそ正しく、僕は傲慢で嫌な人の息子なのだろうか。今の僕にはあの時のスネイプの気持ちが良く分かる。どんな理由があったとしても、あんな風に晒し者にされていいはずがない。それが今学校中から理不尽な視線を投げかけられている僕には分かるのだ。2年生の時以上に理不尽で、昨年と同じくらい嘲笑を含んだ視線。そんなものに晒されている僕がスネイプの気持ちを分からないはずがない。

だからこそ、僕はせめて誰かにこの思いを否定してほしかった。変わってしまった僕の認識を正常な元の状態に戻してほしかった。父さんは善人で、スネイプこそ嫌な奴なのだと。そんな元の単純明快な認識に戻りたかったのだ。そこで父さんのことをよく知るルーピン先生に手紙を送った。スネイプと仲の悪いシリウスの方が強く否定してくれるだろうけど、今は指名手配中の彼に不用意に手紙を送るわけにはいかない。それでもルーピン先生だって父さんをよく知る一人だ。なら先生も父さんのことを必ず褒め称えてくれるに違いない。そう思い手紙をルーピン先生に送った。

しかし結局ルーピン先生からの手紙は、

 

『ハリー、それもジェームズの一面だ。彼は仲間内には本当にいい奴だった。だがそれだけではないのも確かだ。君の言う通り、客観的には嫌な面を持ち合わせてもいた』

 

僕の認識を元に戻してくれるものではなかった。

 

『彼は狼男である私を真っ先に受け入れてくれた一人だ。君が今まで彼に抱いていたイメージは決して間違ったものではない。だがそれだけではないのが人間だ。誰しもいい面だけを持っているわけではない。それが君が言うスネイプとのことだ。あれは決してスネイプだけが悪いなんてことはなかった。寧ろ私達の方こそが酷い奴等だったと今では思う。私達は傲慢だった。スネイプになら何をしてもいい。私達こそが正しい。そんな傲慢さを私達は抱いていたんだ』

 

寧ろスネイプの記憶を肯定するような言葉が書かれた手紙。ルーピン先生には悪いけど、より一層悩みが深まった気さえする。本当に足元が崩れ落ちてしまったような気分だった。

僕は今まで何も分かっていなかったのだろうか。スネイプが僕のことを嫌っていたのも理由があった。スネイプの性格が捻じ曲がっているからだと思っていたけど、あの光景を見た後ではそんなこと言えない。結局のところ僕がただ妄信していた世界は……酷く曖昧なものでしかなかったのだ。

 

……でもそんな風に悩んでいられる時間すらもまた、僕にはほとんどありはしなかった。

どんなに僕の根本的な認識が揺るがされようとも、DAを休むわけにはいかない。皆僕のことを信じてくれたからこそ集まってくれているのだ。僕が腑抜けていたら、誰が皆を導くというのだ。

それに何より……休暇が終わり、城に大勢の生徒達が戻ってきたから。スネイプがかつて向けられていたモノと同等の視線を僕に向ける連中。そんな奴らの前で、下手に沈んだ表情を見せるわけにはいかなかった。

クリスマス終わり最初の授業。ようやく帰ってきてくれたハグリッドの最初の授業。本来なら久しぶりに訪れた明るいニュースに僕の心は浮き立っているはずだった。

なのに、

 

「何が『例のあの人』が復活しただよ。休暇中も碌に事件なんてなかったじゃないか」

 

「家でもその話で持ち切りだったよ。日刊予言者新聞にも実に平和なクリスマスって態々書かれてたしな。あれって絶対頭のおかしい連中に対して書いてたよ」

 

周りから漏れ聞こえてくる会話のせいで授業に集中することも出来ない。

それどころか、この場には僕のことを馬鹿にする生徒だけではなく……()()()もいたのだ。

 

「まぁまぁ、随分と大きな怪我をなされているのね。そんな怪我で授業が務まるのかしら? いえ、愚問でしたわ。そんな傷がなくとも貴方は……。これは査察が楽しみですわね」

 

本来ならここにいるはずのない人物。趣味の悪いピンクの帽子にマントを身に着けた、まるでガマガエルみたいな顔をした嫌な女。

僕が今この学校で最も嫌いな人間、ドローレス・アンブリッジが、まるで舌なめずりでもしているような表情で授業に参加していた。

 

 

 

 

……僕には父さんのことで悩み続けていられる程の余裕はない。何故ならクリスマス休暇明け直後だというのに、ハグリッドの授業は無茶苦茶にされてしまいそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

クリスマス休暇終わり直後の授業は、まさかの森番による『魔法生物飼育学』だった。今まで何をしていたのかは……ダリアからそれとなく聞いているが、やはり平穏無事ではなかったみたいだ。

全身傷だらけの姿で、森番は一見何もいない空間を指差しながら大声を上げる。

 

「久しぶりの授業だからな、今回はとっておきの奴らを連れてきたぞ! ほれ、ここにいる連中が見える奴はおるか? いたら手を挙げてくれ! え~と、ハリーにネビル。二人だけのようだな。そんじゃ、ハリー。ここにどんな奴らがおるか皆に説明してくれるか?」

 

「え? えっと……なんだか酷く痩せた馬みたいな……それに蝙蝠みたいな翼が生えてる。ハグリッド、こ、この生き物は一体何なの? 前も僕にしか見えてないみたいだったんだ。こいつらが馬車を引いていたのに……。ぼ、僕は遂に頭がおかしくなったのかと、」

 

「いんや。お前さんがおかしくなったわけじゃねぇ。お前さんの言う通り、こいつらは確かにここに存在しとる」

 

そう言われても、私達にはただ森番が何もない虚空を指差しているようにしか見えない。一瞬頭の方も怪我をしているのかと思った。ポッターとロングボトム以外の生徒は皆不思議そうな表情を浮かべており、アンブリッジ先生に至ってはいつもの気持ち悪い笑みを強めている。ロングボトムはともかく、ポッターと森番はいつ頭がおかしくなってもおかしくない。

しかし森番の次の言葉で、少なくとも私とハーマイオニーの疑問は氷解することになる。

 

()()()()()。それがこいつらの名前だ。お前さんらには見えないようだが、それも無理もねぇ。こいつらを見るには条件がある。それが分かる奴はおるか?」

 

成程、セストラルか……。それならば私に見えないのも納得出来る。森番の言葉が正しいのならば、ここにいる生徒で彼らを見れるのはほとんどいないだろう。

そしてハーマイオニーもそれを理解しているのか、勢いよく手を挙げながら答えを述べる。

 

「セストラルが見れるのは、()()()()()()()()()()()()だけです! その死を()()、それを()()()()人間。その条件を満たした人間だけがセストラルを見ることが出来ます!」

 

「その通りだ! 流石はハーマイオニーだな。グリフィンドールに10点やろう」

 

そう、セストラルならば私達には見えないのも道理だ。セストラルを見るには条件がある。ハーマイオニーの言う通りの条件。人の死を見て、その死を実感で理解する。そんな経験を持つ生徒は中々いないことだろう。ロングボトムはよく知らないけど、ポッターは目の前でセドリック・ディゴリーを殺されている。両親のことは幼過ぎて理解していなかったのが、ディゴリーに関しては去年あったことだ。ならば彼にも見えるようになって当然だろう。彼は馬車のことも口にしていた。おそらくセドリック・ディゴリーの死を目の当たりにして初めてセストラルを見えるようになって……。

 

あれ、そう言えば……。

 

私はそこまで考え、ようやくある事実に気付く。

そう言えば……馬車に関して今年初めて反応を示していた子が、()()()()だけいた。もう半年以上前の出来事だけど、()()()が浮かべていた悲しげな無表情は今でも私の脳裏に焼き付いている。()()は馬車に乗った時、明らかに何かを見つめながら言っていたのだ。

 

『……なんでもありません。ただ少し……外に見える景色に見とれていただけです。お二人が心配するようなことは何もありません』

 

いつもと違う様子の彼女を心配してかけた言葉に対する応え。あの時は何でもないと言っていたけど、今思い返せば彼女にはやはり彼等が見えていたのだろう。

人の死を見て、その死を理解して初めて見れるようになる馬のことが。

 

彼女が一体誰の死を見たのか。そんなことは考えても仕方がない。だって……そんな候補は()()()()()いるだろうから。彼女が今置かれている立場は……そんな人の死と隣り合わせの場所なのだ。

 

そこまで考えた時、私は激しい後悔に襲われる。

あぁ、なんで私は今まで気付かなかったのだろう。何故彼女があんなにも悲しそうな無表情を浮かべていたのに、私はあの時そのままにしてしまったのだろか。半年以上経って、ようやくあの時彼女が感じていた悲しみに気付くなんて。しかもそれを森番如きの言葉で気付くなんて。先程の私は森番やポッターを馬鹿にすると同時に、ダリアのことも馬鹿にしてしまっていたのだ。見えないモノを無いものとして、それが見えてしまっている人間を馬鹿にして。これではこの学校中にいる愚かな生徒達と一緒だ。……私もそのどうしようもなく愚かな人間の一人だ。

でもそんな私の後悔を、まるでノイズのような不愉快な声音が妨害する。ダリアを追い詰める敵の一人である、ピンクガマガエルの甘ったるい声が。

 

「ェヘン、ェヘン! ちょっとよろしいかしら? 私の聞き違いかしら。セストラル……そう仰いました? そんなはずがありませんわよね? それは魔法省が危険生物に分類していますわ。そんな危険な生物を、まさか授業で使うなんて愚かなことをするはずがありませんものね? ……たとえ貴方が頭の足りない亜人であったとしても」

 

ダリアの悪化し続ける状況もあり、私はその状況を作り出す一因であるガマガエルを憎しみを込めて睨みつける。本当に癇に障る喋り方をする女だ。別にグリフィンドール勢に突っかかる分にはどうでもいいけど、こいつがいけしゃあしゃあと何か話しているのが酷く気にくわない。それにこいつは今、亜人全般のことを馬鹿にしたような気がするのだ。ドラコも気にくわなかったのか、表情こそ保っているものの拳を強く握りしめていた。そんな私達を横目に、アンブリッジは笑みを強めながら続けた。

 

「き、危険なもんか! ここのセストラルは大人しい奴らばかりだ! それに何より賢い! こいつらは行き先を言えばどこにでも連れてって、」

 

「まぁ!? 本当にセストラルの危険性をご存じない!? それとも敢えてかしら? 何せ貴方も攻撃的な亜人……生徒達の安全など気にかけてもいないのでしょう。少しでも期待した私が愚かでしたわ。さて、私は今から生徒達から聞き取りして回ります。普段通り……ではなく、出来るだけ大人しく()()()()()をして下さいね」

 

そしてアンブリッジはそう言ったきり、まるでもう森番のことなど眼中にないと言わんばかりに、スリザリン生が集まっているこちらに近づいて来るのだった。当然森番は唖然とした表情で先生のことを見ており、グリフィンドール勢は憎しみすら籠った表情で私達スリザリン生を含めて睨みつけている。勿論そんな視線ぐらいで先生も、そしてスリザリン生をも止められるはずがない。まるで示し合わせたかのように彼女達は白々しい会話を始めた。

 

「ミス・パーキンソン。この授業についてどう思いますか? 率直な意見を聞かせてくださるかしら? そもそも亜人が教員に相応しいと思う?」

 

「い、いいえ。だ、だって、あの人が何を言っているかよく分からなくて。いつも唸っているみたいだから」

 

応えたパンジー含めたスリザリン生の多くが大声を上げて笑い始める。笑っていないスリザリン生はやはり私とドラコくらいのものだ。私とドラコだけが、ダリアと同じくらいの無表情を保っている。

……もはや我慢の限界も近かった。自分の愚かさを激しく後悔した直後ということもあり、今目の前で繰り広げられている光景に、私自身がアンブリッジ側に扱われていることが我慢ならなかったのだ。私はスリザリン側でも、グリフィンドール側でも、ましてやアンブリッジ側でもない。私はダリア側だ。

しかし私とドラコの思いも空しく、パンジーの発言に更に気をよくした様子の先生が今度はこちらに話を振ってくる。それもドラコにとって最も忌まわしい記憶の一つをほじくり返すような話を。

 

「そうでしょうとも。私もそう思いますわ。実は私もあの亜人の言葉がよく聞き取れなかったの。ミス・パーキンソン。純血である貴女と意見が合って、私は非常に嬉しいですわ。……それで、この授業では大きな怪我をした方がいるとか。しかも純血貴族筆頭である、実に尊い血筋の生徒さんを。以前も同じことを尋ねようと思いましたのに……この学校一番の()()()さんに邪魔されてしまいましたから。そうですわね、ミスター・マルフォイ? それにミス・グリーングラスも。貴女もその時すぐ傍で危険な目にあったと聞きましたわ。その時の状況を詳しく聞かせて下さる?」

 

その瞬間、ドラコの表情が一瞬怒り狂ったものに変わった気がした。同じ質問に対し前回はポッターがキレたわけだけど、この話はドラコにとっても不愉快極まりないものなのだ。あの事件はドラコの不注意で起こったもの。そのドラコの不注意によって、ダリアを一日不安にさせてしまったのだから、それがドラコにとって愉快な記憶であるはずがない。

尤もポッターとは違い、彼は自分自身の立場をよく弁えている。自分の軽率な行動が、一体誰に跳ね返ってくるかドラコはこの一年中よく思い知らされている。

だからこそ、ドラコは一瞬浮かび上がった表情を再度隠し、ただ一言だけ返すのだった。

 

「……そんな昔のこともう忘れた」

 

「……そんなことありましたっけ? 私もあまり覚えていません」

 

それがドラコと私にできる精一杯の反抗だった。ポッターみたいに大っぴらに反抗するわけにはいかないけど、アンブリッジの喜ぶ姿も見たくはない。そして案の定ガマガエルは少し興が削がれた様子で、

 

「あら、そうですか? それは残念ですわね。まったく……これだから子供は嫌いなのよ」

 

最後に何か小さくつぶやいた後、次のグループに向かっていった。

 

 

 

 

私とドラコはそんなアンブリッジの背中を再び睨みつける。

やはり……アレは私達の敵だ。

未だに真の敵の姿は見えてこない。世の中は一見至って平和で、誰が足元でとんでもない闇が蠢いていると信じられるだろうか。ドラコはともかく、私は未だにダリアを不幸にしている敵の姿を見たことはない。おそらく本当に敵の姿を見たことがあるのは、この学校でもポッターとダリアくらいのものだろう。

でも今なら分かる。ダリアが最初から警戒していた通り、明確に……アンブリッジも敵の一人なのだ。

明らかに裏で闇の勢力と繋がっているであろう行動。亜人に対する隠すこともない差別意識。たとえ敵の駒の一つでしかないとはいえ、アンブリッジもダリアの敵の一人。同じ陣営に属していようとも、嫌々属しているダリアとは決して相容れない。アンブリッジはそんな、それこそダンブルドア以上に警戒すべき敵の一人なのだ。

そう認識を新たにし、私とドラコはジッと趣味の悪いピンク色の背中を睨みつけていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「あの腐れ、嘘つき、根性曲がり、怪獣ばばぁ!」

 

気が付けば、私の口からそんな人生で一度もしたことがないような罵倒が漏れ出していた。

ハグリッドによる久しぶりの授業。アンブリッジみたいな人でなしがいる以上、決して授業が平穏無事に終わるとは思っていなかったけど……まさかあの女があそこまで酷い人間だとは想像もしていなかった。ハリーへの罰則が分かって以来の怒り。

私は怒りのまま、城への道を歩きながら続ける。

 

「あの女の魂胆なんてお見通しよ! ハグリッドがただ混血だからという理由で毛嫌いしているんだわ! 巨人だとか吸血……亜人がどんな存在かも理解していないくせに! あぁ、本当に腹が立つわ! あの性悪!」

 

話せば話す程怒りが沸き上がるようだった。何故亜人との混血というだけで、あの女はあんなにも卑劣なことが言えるのか。私にはまったく理解できないし、したくもない。こんなことは生まれて初めて思ったけど、出来るなら今すぐあの女に呪いの一つでも放ってやりたかった。

でも私があまりに怒りを爆発させているせいで、逆に周囲の怒りは沈静化してしまったらしかった。先程まで私同様怒り狂っていたロンが、少し冷静な表情を取り戻しながら応える。

 

「お、落ち着けよ、ハーマイオニー。確かにあのくそ婆は狂ってるさ。で、でも今そんな大声を上げても仕方ないだろう?」

 

いつもであればロンの方が大声を上げている場面だけど、私が今までにない罵倒を繰り返していることで気勢が削がれたらしい。その姿に私も少しだけ落ち着きを取り戻す。でも決して怒りが収まったわけではなく、私は声を小さくしながらも不満を漏らし続けた。

 

「そ、そうね。でも、本当に酷い話だわ。査察官なんて言っているけど、あの人授業の内容を評価するつもりなんて最初から無いのよ。スリザリン生と一緒になってハグリッドを馬鹿にして。スリザリンの中で真面なのは……」

 

……そこで私はようやく、そう言えばまだ()()に感謝を述べていないことに気づく。二人はアンブリッジの誘導に対して、現状出来る精一杯の反抗を示してくれた。二人の立場を考えれば、それがどれほどギリギリの反抗であったかは自明の理だ。ロンの言う通り、今は大声で不満をぶちまけていても仕方がない。私にはもっとやるべきことがあるのだ。私は周囲を見回し、こちらに注意を払っているスリザリン生がいないことを確認してから、近くを歩いていた彼女達に声をかけた。

 

「ダフネ……それにドラコも。ありがとう。さっきはハグリッドを庇ってくれたのよね?」

 

私の言葉に二人は振り返る。ドラコはともかく、ダフネは私にとって大切な友人の一人。ならハグリッドを庇ってくれたことにお礼を言わないといけない。そしてそれをハリー達も分かっているのか、いつもはダフネに私が近づけば何としても阻止しようとするのに、今回は微妙な表情を浮かべるのみに留めていた。ドラコに関しては、休暇前のクィディッチ試合で多少彼を見直したこともあるのだろう。でも彼女達から返ってきた反応は微妙なものでしかなかった。

 

「……お前は何を言っているんだ、グレンジャー? 僕が何故あの野蛮人を庇わないといけないんだ? 僕はただあの女の気色悪い笑みをあれ以上見たくなかっただけだ」

 

ドラコのにべもない返答。ダフネもどこか曖昧な笑顔を浮かべるだけで、ドラコの言葉に反論しようとはしない。明らかに私の言うような、ハグリッドを庇っての言動ではなさそうだった。

瞬間ハリーとロンが何か言おうとするけど、私は直ぐに声を被せてそれを遮る。

 

「やっぱりお前たち、」

 

「そ、そう! でも、さっきの授業自体は素晴らしかったでしょう、ダフネ!?」

 

折角二人に話しかけるくらいは、ハリー達も私と彼らの関係を許容してくれるようになったのだ。それがたとえ一時的なものだとしても、それをこんなに早く壊してしまうわけにはいかない。

そしてそんな私の意図を組んでくれた……わけではないだろうけど、ダフネは私の言葉に素直に応えてくれた。

 

「……うん。授業内容については良かったと思うよ。セストラルなんて普段はお目にかからない……まぁ、私には()()見えなかったけど、授業内容で扱われることなんてないからね。それに関しては私も素直に凄いと思うよ」

 

でもハグリッドの授業を評価するダフネの表情は、言葉とは裏腹に決して明るいものではなかった。ドラコも彼女の言葉を受け、表情を暗いものに変えている。何か変な質問をしただろうかと訝しむ私に、ダフネは静かな口調で続ける。

 

「でもね……少し配慮に欠ける授業だったのは間違いないかな。死を見たことがある人間だけが見える生物なんて……。見えた人間がいい気分になるはずがないよね? ロングボトムもいい顔はしていなかった。ポッターだってそうでしょう? あの口ぶりだと、ポッターも去年から見えるようになったんだよね? ()()()と同じように……。どう? 本心から気分のいい授業だったと言える?」

 

……正直な話、私はダフネの今の話を聞くまで、ただハグリッドの授業を絶賛する気でいた。アンブリッジへの怒りで我を忘れ、周りのことを一切見ようとはしていなかった。

セストラルは本当に興味深い生き物だ。あんな素晴らしい生き物を連れてくるなんてハグリッドは凄い教師だ。私もセストラルのことが()()()()()()()()

そんな感想を私は無遠慮に言うつもりですらあったのだ。でもダフネの言葉で私はようやく本当の意味で冷静さを取り戻し、少し決まりが悪い気持ちでハリーの方に振り返る。そしてそんな私の視線の先には、どこか悔しそうな表情を浮かべながらも、やはりダフネの言葉に頷いているハリーの姿があった。

 

「……君の言う通り、あまりいい気分はしなかった。アレを見たら……否が応でもセドリックのことを思い出すんだ」

 

ハリーの発した言葉はそれだけ。でもそれだけで、私もどうしてダフネがこれ程暗い表情を浮かべているのかが分かってしまった。

ハリーの言葉にロンも含めた全員が黙り込んでしまう。彼の言葉は反論が許されない程重いものだったから。沈黙の中、私もただ暗い思考を巡らせる。

ダフネは……あの子も同じと呟いていた。彼女がそう言及する子なんて、私が知る限りでは一人しかいない。そして何より、彼女の立場を考えれば何の不思議もない。それを分かっているからこそ、ダフネはこんなにも暗い表情を浮かべているのだ。

それを私は能天気に、ハグリッドが如何に素晴らしい授業だったかと無邪気に尋ねていた。自覚や覚悟が足りないにも程がある。私はそこでようやく何一つ進歩していない自分を自覚し戦慄としたのだった。

 

 

 

 

私はいつだって後悔してばかりだ。今回のことは些細なことかもしれない。でも私はずっと同じ失敗ばかりを繰り返し、決して前に進めてなどいない。

たとえ不死鳥の騎士団の存在を知っていようとも。たとえDAを作ろうとも。たとえダリアの立場を理解していようとも……。

私は自分の無自覚な失敗に、そんな思いを抱かざるを得なかった。

でもそんな私の後悔を、

 

「……そういえば、ハーマイオニー。今晩時間あるかな?」

 

ダフネの言葉が一時的に断ち切ってくれることになる。

彼女は暗い表情を浮かべる私に近づき、そっと耳元で囁いたのだ。

 

「今日の夜、ダリアと一緒に監督生風呂に行くことになってるの。ハーマイオニーも一緒にどうかな? 以前言った通り、ダリアには貴女が来ることは内緒だけどね」


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