ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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休暇明け直前

 

 ルーピン視点

 

「おい、リーマス。ハリーへの手紙にあんなこと書いていいのか!? ハリーは父親を……ジェームズのことを聞いてきたんだろう!? スニベルスの奴が何をハリーに吹き込んだかは知らないが、あの卑怯者のやることだ! きっとハリーが迷うような下らないことを、」

 

「シリウス。いいんだ。下手に話を美化する必要はない。ハリーが知ったのは一側面でしかないとしても、少なくとも今まで彼が知らなかった一面なんだ。下手に否定しては意味がない。否定すれば、それこそハリーはずっと迷うようになってしまう。知ってから彼なりの答えを出せばいいんだ。信じよう。ハリーにはそれが出来る。……君だって私が狼男であっても、私の数少ない善良な面を見つけてくれたではないか。私達がハリーを信じなくてどうするんだ?」

 

不死鳥の騎士団本部、グリモールド・プレイス12番地の窓からフクロウを飛ばしながら、私は大声を上げるシリウスに応えた。ハリーから手紙が届いたのはつい数時間前のこと。どうやって知ったのかは知らないが、ハリーはどうやら私達とセブルスの学生時代の関係を知ってしまったとのことだった。決して私達だけが正しいとは言えない、寧ろ私達の方が間違っていたとすら言える過去を。その過去を知ってしまった彼は、私達の下に手紙を寄こしてきたのだ。

 

学生時代、私達はセブルスを理不尽な理由で攻撃していたのではないか、と。彼の父、ジェームズ・ポッターはその主導的な立場であったのか、と。

 

今までハリーはずっとジェームズのことを理想的な父親と信じて疑っていない様子だった。理想的な父であり、模範にすべき男だったと。だがここに来て急にどう考えても父親のことを疑っている様子の手紙を送ってきた。何かあったのは間違いないだろう。クリスマス休暇も残りほんの数日。ハリーが『神秘部』前で張り込んでいたアーサーの危機を夢で察知した事件もまだ記憶に新しい。この短い間に何があったのかは知らないが、内容から察するにセブルスと何か……。

だが何があったとしても、私に出来ることは決まっている。ただ正直にハリーに全てを話す。私に出来ることはただそれだけだ。それは私が教師であっても、教師でなくなった今でも変わらない。別に隠していたわけではない。だが私達は自らそれを話すことはなかった。我々はハリーが嘗て信じて疑っていなかったような完璧な存在ではない。今考えるとどう考えても間違ったことも沢山してしまった。その中の一つがセブルスのことだ。勿論私達が一方的に全て悪いことをしたとは思わない。セブルスも私達のことを一方的に敵視していた上、時折意味もなく攻撃を仕掛けてきていた。……それでも私達の方が理不尽に攻撃していたのは間違いないが。

下手に隠すべきではない。ハリーが聞きたいと言うのなら、私達は包み隠さず言うべきだ。我々が嘗ておかしていた間違いを。それがどんなに大人になった今恥ずかしく感じられることでも、それは今ハリーが知るべきことなのだ。知った上で彼は選ぶべきだし、彼なら選ぶことが出来る。

未来ある彼のことを、大人である私が信じなくてどうするというのだ。彼には私達と違い希望があり、未来がある。ならば私達が予定なことをすべきではないのだ。

 

「だが……ハリーは今辛い立場にある。今ジェームズについて下らないことを吹き込まれれば、ただでさえ苦しんでいるハリーを更に苦しめるだけだ。スニベルスはただの卑怯者だ。あいつが吹き込んだかもしれないことを考えれば、」

 

「シリウス。セブルスも今や私達の大事な仲間だ。そんな風にスニベルスなんて呼ぶな。それより、私達には他に考えるべきことがあるだろう?」

 

だからこそ私はシリウスの言葉を受け流し、今私達が最も話し合わなくてはならないことを告げる。

 

「……ここの所騎士団の状況は最悪だ。アーサーは襲われ、『神秘部』の守りに大きな穴が開いてしまった。……今なら敵が部屋に入り込むのも簡単だろうね」

 

今の騎士団には問題が山積みだ。それこそハリーのことだけを心配出来る程の余裕は我々にはない。

その問題の一つが『神秘部』のことだ。いや、我々が今最も頭を悩ませている問題と言ってもいい。それをシリウスも分かっているのか、どこか渋々といった様子で私に応えた。

 

「我々の賛同者はいても、魔法省はどちらかと言えば敵のテリトリーに近いからな。ルシウス・マルフォイのような下衆が要職についているのがいい証拠だ。昔から魔法省はそうだった。魔法省での味方は驚くほど少ない……。だが今に始まったことではないだろう? お前とキングズリーで何とか出来ないのか?」

 

「勿論キングズリーと私が闇祓いとして時折部屋の前を巡回してはいる。しかし、あまり大っぴらにするわけにはいかないんだ。特に今の魔法省はファッジに睨まれれば終わりだからね。私はこの体のこともあるから、いよいよ解雇直前だよ。本当にスクリムジョール局長には頭が上がらない。私がまだ定職にしがみつけているのは彼のお陰だ。本当に彼と……()()には感謝してもしきれないよ。……いや、話が逸れたね。とにかく、今の騎士団では『神秘部』を守り切ることは出来ない。中は『神秘部』の特性上ほとんどブラックボックスとはいえ、いつ敵が()()を手に入れるか分からない」

 

話している内に、より頭を抱え込みたくなるような気持になってしまった。シリウスも同様に顔をしかめている。

騎士団の主要メンバー全員がアレの重要性を分かっている。ダンブルドア曰く、アレは敵に知れ渡ってはいけない代物なのだとか。内容こそ我々には完全に知らされているわけではないが、アレには……あの予言にはハリーの重要性が示唆されているのだとか。敵にそれを完全に知られてしまえば、敵はハリーをより一層付け狙うかもしれない。そうなれば我々に更に勝ち目はなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。ハリーのためにも……この世界のためにも。それが我々騎士団メンバーがダンブルドアから告げられたことだった。

……であるのに、現状我々が出来ることはあまりにも少なくなってしまった。アーサーが襲われる前ですら、あまり人手が多いとは言えない状況だったのだ。それが彼が襲われて更に苦しい状況になった。もはや予言を守れている状態とは決して言えない。当に状況は最悪だ。これで私まで魔法省から解雇されてしまえば……敵がアレを手に入れるのは時間の問題でしかない。

そして何より最悪の状況と言えるのは、この状況を覆す手段が我々にはないということだ。原因は勿論人材不足。シリウスが指摘する通り、魔法省には昔から味方がほとんどいたためしがない。消極的には我々の味方はいるのだが、自ら危険に飛び込んでくれる覚悟のある職員はいないに等しい。それで前回の戦いもクラウチが台頭するまで組織だった抵抗など碌に出来ずにいた。今回はそれ以上だ。コーネリウス・ファッジは今やルシウス・マルフォイの都合のいい言いなり。睨まれれば直ぐに解雇、それどころかアズカバンに送られる可能性もある。そんな状況で私達に手を貸してくれる人間が現れるわけもない。

当に万事休すだ。シリウスとあれやこれや話し合っても答えが出ることはない。ダンブルドアですら頭を抱え込んでいるのだ。我々がここで話し合っていても答えなど出るはずがないのだが、それでも話し合わねば、考え続けなければならない。たとえ決して答えが出ないと知っていようとも。そうするしか不利な状況にある我々に事態を覆す可能性はないのだから。

 

全く様々な可能性を考え、その方策が二人にないことを確認すればする程頭が痛くなる。

前回の戦い以上に苦しい状況だ。問題ばかりが次から次に起こる。予言のことも、そして、

 

「……アレのことはもうダンブルドアに頼るしかなさそうだね。しばらくはキングズリーと私で頑張るが、ダンブルドアの知恵を借りなければどうにもならない」

 

「だがダンブルドアも今は手一杯なんだろう? ここにも最近はめっきり姿を見せない。大方ハグリッドのことで苦慮しているんだろう。……まさかハグリッドが失敗するとはな。彼程の適任はいなかっただろうに。何だったか……黒い靄を纏った『死喰い人』だったか? 何だろうな、そいつ。以前の戦いにはいなかっただろう、そんな奴」

 

新しく現れた敵のことも。

シリウスの言葉に頷く。『死喰い人』は顔を隠す時、趣味の悪い髑髏のマスクを被っているのがほとんどだ。だがそんなことをしても大抵は誰だか分かる。マスクを被る程の幹部は数が限られており、声や仕草で誰か分かるのだ。あのマスクはもしもの時に言い逃れする道具に過ぎない。そもそもあいつ等にとって、『例のあの人』に与えられた殺しの任務は()()なものだ。本来なら自分の素性を隠すどころか、寧ろ誇らし気に自慢し始めるくらいだ。それがここに来て全く正体の分からない死喰い人が現れた。……それこそハグリッドの任務を一人で失敗に追い込む程の。戦闘力に優れた敵は何人もいる。だがそこまで頭が回る敵は今までいなかった。それも全くの正体不明。状況は前回より悪いとしか思えなかった。

 

……だが何故だろう。私はシリウスの言葉に同意しながらも、その新しい敵のことを考えた時……微かに思考にノイズが走るのだ。

本当に……本当に私は新たな敵のことを知らないのだろうか? 

ハグリッドという巨人達を説得する最適な人材を、いとも簡単に押しのける程頭が回る。誰も知らないような闇の魔術を使いこなす存在。そしてクリスマス休暇中に現れたタイミング。

本当に……私はそんな存在を知らないのだろうか? 考えれば考える程、私の脳裏に()()()()()()()()()()()()のことが……。

 

「クソ! 俺がこんな所に閉じ込められていなければ、俺もハグリッドの所にいけたというのに。俺は自分が不甲斐なくて……おい、どうした、リーマス。顔色が悪いぞ?」

 

「……いや、何でもないさ」

 

いや、違う。そんなはずがない。私は先程までの思考を断ち切りながら考える。

あの子はまだ15歳の少女だ。優秀なのは間違いない上、キングズリーの報告が正しければ、『神秘部』の方にも駆り出されているかもしれないわけだが……いくら何でも巨人族の村に派遣されることはないだろう。『例のあの人』が優秀だというだけで、15歳の少女をそんな重要で危険な任務に送り出すだろうか。奴が少女を危険に晒すのを忌避するような倫理観を持ち合わせていないのは間違いないが、そこまで意味のない行為をする程愚かでもない。だからあの子が新しい敵だなんて絶対にあり得ない。あり得るはずがないんだ。

私は自身にそう言い聞かせ、シリウスと議論を重ねる。時折買い物から帰ってきたモリーも交えながら、私達はただひたすら出口のない議論を重ね続けていた。

 

 

 

 

……やはり、何度もあの美しい少女、美しくもいつも冷たい無表情を浮かべていた、どうしようもなく勘違いされがちな()()()()()のことを思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネビル視点

 

いよいよクリスマス休暇も終わり間近。休暇中にあった変わったことと言えば、ある日ハリーが突然夜中悪夢にうなされていたことや、ずっと留守にしていたハグリッドが戻ってきたことくらいだ。僕にとっては、このクリスマスもいつもと同じクリスマスでしかない。違いは家で過ごすか、城で過ごすかの違いくらい。

『例のあの人』が復活しているというのに……僕の生活は驚くほどいつも通りだ。本当に……恐ろしいくらいに。

あの人が復活したというのに、この半年間生活が普通通りなんてどう考えてもおかしい。家に帰っている多くの生徒は、それはハリーとダンブルドアが嘘をついているからと言うのだろうけど……ハリー達のことを知っている僕からすればそれこそあり得ない。なら敵は今も陰で勢力を拡大しているということだ。僕がこうして普通に暮らしている間にも、あいつらは……僕の両親を拷問した奴らは陰で勢力拡大を。なら敵は必ずいつか表に姿を現す時が来る。その時再び始まるのだ。以前と同じ、いや、それ以上の戦いが。

僕達はその時に備えて力をつけなくちゃいけない。たとえどんなに世界が平和に見えても、僕がどんなに何をやっても愚図な人間だとしても、少しでも敵と戦うために。

なのに、

 

「ネビル、大丈夫かい?」

 

「う、うん。でも、ハリーも大丈夫? 何だか顔色が悪いけど」

 

「……僕は平気さ。ちょっと嫌なものを見てしまっただけ……今は関係ないさ。さぁ、集中して。この『守護霊の呪文』は集中しないと成功しないんだ。家に帰っている連中に追いつくなら今のうちだよ」

 

今の僕はどうしようもないくらい訓練に集中出来ずにいた。

うなされていた日から顔色が悪いハリーも、今日は一段と表情を青ざめさせている。昨日の夜も何かあったのだろうか。でも、それでもハリーは集中力だけは失っていない。クリスマス休暇最後のDA。最近忙しそうだったのに、それでも少しでも僕等に色んなことを教えようとしてくれている。なのに僕はそんなハリーの努力も虚しく、こうして呪文に集中しきれずにいるのだ。

僕はただでさえ落ちこぼれだというのに。僕はハリーとは違い、休暇中ただ穏かに過ごせていたというのに。

 

なのに僕は……気付けば『必要の部屋』の中に()()()姿()を探している。あの輝く様な金髪を。あの時折見せる可愛らしく輝かせた瞳を。

僕は気が付けば彼女を……ダフネ・グリーングラスの姿を探し求めていた。

 

そして自分が一体誰の姿を無意識に探しているのかに気付き、すぐさま自分の思考を否定する。

何故僕は休暇中家に帰ってしまっている彼女のことを探しているのだろうか。彼女はスリザリン生なのに。それどころかスリザリンの監督生……『高等尋問官親衛隊』でもあるのに。何故僕は彼女のことを……。

そんな風に自分の思考を否定するのに、気が付けば再び僕は彼女の姿を探している。その繰り返しで、僕は一向に呪文に集中することが出来ずにいた。

こんな状態で『守護霊の呪文』を成功させられるはずがない。それでもハリーは根気よく僕に付き合ってくれているのは、偏にハリーが本当にいい人で、DAのリーダーとして相応しいからだろう。

 

「ネビル……もっと集中してくれ。さっきから上の空じゃないか。君にとって一番幸せな記憶。それに集中しない限り、有体の守護霊は決して出てこない。僕は次の組に行くけど、ちゃんと集中するんだよ。それは成功への第一段階に過ぎないんだ。……後は頼んだ、ルーナ」

 

しかし彼もいつまでも僕に構ってばかりではいられない。僕のペアであるルーナ・ラブグッドに後は任せ、彼は隣の組の指導に行ってしまったのだった。

後に残された僕は、自身のペアであるルーナを見つめる。僕が言えたことではないけど、正直僕らのペアは完全な余り者のペアでしかない。僕は当然あまりにも落ちこぼれだから。そして彼女は……ひどく変り者だから。今も僕の視線に応えず、虚空をジッと見つめるばかりで正直何処を見ているのか分からない。DAの中でも特に変り者であることは間違いないだろう。それでもハリーが彼女に任せたと……どこか釈然としない表情でも言っていたのは、彼女がDAの中でも数少ない『守護霊の呪文』の成功者であるからだ。あのハーマイオニーですら未だ守護霊が出せていない中、彼女の周りを今も銀色の兎が飛び回っている。紛れもなく有体の守護霊に間違いなかった。僕同様決して集中しているようには見えないけれど……。

僕はそこまで考え、すぐにそんなことを考えている場合ではないと頭を振る。年下である彼女に不満を持っていても仕方がない。寧ろ先輩であるにも関わらず、年下の女の子に指導されなければならない自分を恥じなければならない。だからこそ僕は自分の雑念を追い払い、再び杖を振るおうとした。でも、

 

「それじゃ駄目だと思うよ。だってハリー・ポッターの言う通り、全然集中できてないんだもん。ずっとあの人のこと……ダフネ・グリーングラスのこと探してるんだもん」

 

彼女の唐突な言葉に、僕は思わず杖を取り落としてしまった。

集中しようとした矢先に突然かけられた言葉に、僕は少しどもりながら応える。

 

「な、何を言っているんだい、君は!? ぼ、僕がグリーングラスのことを探してる!? そんなわけないだろう!? だって彼女は、」

 

「ダリア・マルフォイの友達。そうだよ。本当にあの人、ダリア・マルフォイのことが大切なんだろうね。あの人のこと話す時、グリーングラス本当に嬉しそうな顔してるんだもん」

 

尤もルーナらしく、僕の言葉を無視して彼女は脈絡もなく続けた。

 

「あんたといる時も、グリーングラス同じ顔してた。多分あんたのことをどうでもいいと思ってたんだね。グリーングラスはダリア・マルフォイのことを悪く言う人は皆嫌ってるもん。……でもあんたのことは、そんなに嫌いじゃなかったんだ。それにあんたも、グリーングラスのこと嫌いではない。見ていれば分かるもん。あたしもあの人のことは好き。だってあの人飴くれるの。ホグズミードで()()()()()()()()みたいだから、そのついでじゃないかな。スリザリンでそんなことしてくれる人はあの人くらいだよ。レイブンクローだって私に飴をくれた人いないんだもん。早く帰ってくるといいね。あんたの守護霊、あの人がいる時の方がよく出来てるよ」

 

本当に僕に話しているのかも怪しい、まるで譫言のような言葉。しかも僕の答えなんて期待していないのか、彼女はそのまま自分の出した銀色の兎と戯れ始めてしまった。残されたのは、突然の言葉に茫然とする僕だけだった。

 

 

 

 

変り者のルーナが一体僕の何を見ていたのか分からないし、彼女の言葉がどの程度本気の物だったのかも分からない。いつもラックスパートなんて意味不明な生き物の話をしているくらいだ。僕とグリーングラスとのことも夢見心地な気分で話しているだけなのかもしれない。DAの中で彼女の話を真面に聞いているのは、友人であるジニーと……何故か彼女のことを気に入っているハーマイオニーとダフネ・グリーングラスくらいのものだ。

でもこの時の彼女の言葉を……僕は何故かどうしても無視することが出来ずにいた。

何故ならこの後も、僕はずっとここにはいない彼女のことを無意識に探し続けていたから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ視点

 

「ダリア、眠たいなら寝ていてもいいんだよ? ……クリスマス休暇中忙しかったんでしょう?」

 

「いいえ、起きてます。まだ貴女とお話ししていたいですから」

 

ホグワーツに戻る汽車の中。私の隣にはダリアが座っていた。

……休暇明けだというのに、酷く疲れた表情を浮かべて。

何があったかなんて聞くまでもない。彼女の家には今『例のあの人』がいる。そして彼女はクリスマス休暇中ずっと任務を与えられていた。休暇なんて名ばかりで、彼女は常に気が抜けない生活を強いられていたのは間違いない。彼女は今ようやく安心できる空間に帰ってこれたのだ。今このコンパートメントにはダリアと私、そしてドラコしかいない。クラッブとゴイルは別のコンパートメントにおり、誰も入ってこないように魔法まで使っている。今ここならダリアも安心することが出来る。

だからこそ彼女はようやく気を抜くことが出来たのか、汽車の心地よい揺れもあり酷く眠そうにしていた。私と話したいなどと嬉しいことは言ってくれているが、今にも眠りそうに頭を揺らしている。

そして数分後、とうとう耐えきれなくなったのか、私の肩に頭を預けながら眠りについてしまった。当然私は彼女を起こすことはない。折角安心しきった状態で眠ってくれているのだ。彼女に今必要なのはまずは休息。私が出来ることは、彼女の眠りを出来る限り妨げないことくらいだ。

 

「……おやすみ、ダリア。本当にお疲れ様。今はゆっくり休んで。私は貴女が無事だっただけで嬉しいよ」

 

私は彼女の頭をそっと撫でる。すると彼女の無表情な寝顔が僅かに綻んだような気がした。

その僅かな笑顔に私も安心し、ジッとダリアの寝顔を見つめているドラコに小声で話しかける。

 

「ドラコも大変だったね。今日も駅に来るのが遅かったし。貴方も疲れているでしょう? 別に寝ていてもいいんだよ。ダリアもこうして寝ちゃったから」

 

最も大変な思いをしていたのはダリアなのは間違いないけど、ドラコもドラコで気苦労が絶えない生活を送っていたことだろう。何せダリアと同じく、今の家は『あの人』に占拠されているのだ。任務を与えられたダリア以上に、ドラコは四六時中『あの人』の気配を感じていたに違いない。その名前を呼ぶことすら恐怖を覚える闇の魔法使い。『あの人』の目的に賛成したとしても、決していつまでも傍に居て欲しい人間ではないはずだ。ドラコも疲れが溜まっているだろう。

そう思い私はドラコに話しかけたわけだけど、

 

「……僕はいい。今日遅かったのは、ダリアが少し()()()に行きたいと言ったからだ。僕は疲れてなんかいない。僕は何もしていないからな」

 

ドラコはやはりダリアの寝顔を見つめながら、私の言葉をにべもなく否定したのだった。

 

「苦労したのはダリアだけだ。僕はそんなダリアの帰りを待っていただけ。クリスマスだって、一応父上や母上と過ごすことが出来たんだ。ダリアは何処とも知らない山奥で過ごしてたのにな。そんな僕が休む? 必要ない。僕もこうしてダリアがゆっくり休んでいる姿を見るだけで満足だ。何せ家でもダリアは碌に眠れていなかったからな。あいつは……『闇の帝王』はダリアを物扱いするばかりで、真面に睡眠時間も与えないんだ。それなのにダリアは僕らのためにずっと……」

 

ドラコはそこで一度ため息を吐き、更に私の方に向き直りながら続けた。

 

「ダフネ。これだけはハッキリ言っておく。お前は絶対に……()()()()()()()()。敵になれと言っているわけじゃない。ただ……()()()()()()、ダリアの足枷になることだけは止めろ。ホグワーツに戻ったら、またポッターの主催する会とやらあるんだろう? ならそちらに顔だけは出しておけ。完全にこちら側だと認識されないために。……今思えばダリアは最初から分かっていたんだろうな。父上が言うような幸福は……ダリアにはもう来ないかもしれない。なのにマルフォイ家は……ダリアはもう抜け出すことも出来ないんだ」

 

ドラコはそこまで言い切り、もう話は終わりだと言わんばかりにダリアの寝顔を再び見つめる。

まるで今だけは……せめて夢の中だけはダリアが幸福であることを祈るように。

私はそんなドラコに反論も、それどころか返事をすることも出来なかった。

ドラコが無力感や罪悪感に苛まれる気持ちは、私にだって痛い程分かるのだ。だって私はドラコ以上に無力であり、ダリアの力にちっともなれていない。それどころか既に足枷になっている。私の行動は全てダリアが決めてくれたもの。ダリア自身の幸福のためではなく、私が少しでも平穏に暮らせるようにと彼女が考えてくれた道。私はそれに沿って行動しているだけなのだ。私が少しでも余計なことをすれば、それは私にではなくダリアに返ってくると知っているから。そんなのはもう足枷と同じではないか。

……私にドラコに反論する権利などありはしない。

 

 

 

 

汽車は刻一刻と城に向かって歩みを進めている。家よりかはマシかもしれないけど、決して城もダリアにとって安心できる場所などではない。

有象無象の生徒に、あの耄碌しきった爺。そして……アンブリッジ先生。ダリアの敵は多く、味方は驚くほど少ない。

仲間を作ろうにも、ダリアの複雑すぎる事情がそれを許さない。ダリアの未来はどうしようもなく行き詰っているように思えた。

だからこそ今だけは。せめて今だけは穏やかな夢を見ていてほしい。必ず私とドラコが貴女を救い出して見せるから。今は無力だけど、いつか必ず私だって貴女の力になって見せる。だから今は……。

そう私は願いながら、今はただ美しい白銀の髪を撫で続けるしかなかった。


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