ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ハリー視点
『……セブルスよ。状況が変わったことはお主も理解出来ておるの? ならばこれは今までのような頼みではなく、ワシからの命令じゃ。事態は急を要する。今すぐ取り掛かるのじゃ』
ここ数日、僕は碌に眠れていない。
あの夢をダンブルドアに伝えた後、先生は即座にどこかに連絡し終えるとスネイプにそう告げたのだ。そしてスネイプは僕をすぐに地下室に監禁し、
『誠に不本意であるが、君の低脳さは吾輩の想像を遥かに上回っていたようだ。校長の仰る通り、もはや一片の猶予もない。非常に不本意極まりないことであるが……校長は喜ばしくない仕事を他者に押し付けること特権と思っている様子。ならば吾輩がやるしかない』
僕にこう続けた。
『吾輩が今から教えるのは『閉心術』という呪文だ。世間にはあまり知られておらん呪文であるが、君のような愚かな生徒には必要不可欠なものだ。この呪文をポッター、君がもし万が一習得することが出来たのだとすれば、先程のように
それから始まった特訓は……決して特訓と呼べるような代物などではなかった。
訳も分からないうちに特訓を言い渡され、挙句の果てに教えるのはあのスネイプ。正直『閉心術』というものが一体何かも理解出来ていない。ヴォルデモートとの繋がりを断ち切る? 確かにあいつと繋がりがあるというのはいい心持のする話でない。でもだからと言って、こんな風に無理やり地下室に閉じ込めるなんてどうかしている。どうして僕がこんな扱いを受けなくてはならないのだろうか。これではまるで僕の中にヴォルデモートが潜んでいると言わんばかりではないか。僕はウィーズリーおじさんの危機を知らせたんだ。こんな危険人物に対するような扱いはあんまりだ。
なのに理由を聞いても、
『……僕はどうしてその『閉心術』を学ばなくてはならないのですか?』
『……やはり愚かだなポッター。分からないのなら教えてやろう。危険だからだ。君がではない。
僕の反論など一切考慮されず、いきなり拷問のような時間が始まったのだ。
宣言と共に始まるスネイプによる心の蹂躙。何かが僕の中に侵入するような感覚に身の毛がよだつ思いだった。ダンブルドア校長と目を合わせた時も、時折
『……まったく自制心がない。傲慢で愚か。ポッター、貴様に忍耐や自制心というものはないのか。吾輩を全く拒絶出来てはおらん。お蔭で吾輩は君の下らない記憶を見る羽目になっている。クリスマスにキス? 英雄殿は実に有意義なクリスマスを送っていたと見える。実に下らん、反吐が出る。貴様は自身の置かれた状況を理解しておらんのか?』
言葉からも、そして感覚からもスネイプが僕の記憶を盗み見ているのは間違いなかった。
なのに僕はどう頑張ってもスネイプの侵入を阻むことが出来ない。訳も分からず記憶を盗み見られ、何度も何度も罵倒を浴びせられるのだ。当然成果なんてあるはずもなく、ただただ疲労ばかりが溜まっていく。スネイプに対する不満を覚えても、それすら盗み見られて罵倒される。せめて僕が何故こんな特訓をいきなり言い渡されたのか、そしてそもそも何故僕がヴォルデモートと繋がりがあるのか。……僕はあいつと繋がっていることで、どんな人間に変貌しつつあるのか。少しでも僕の中で渦巻いている疑問を解消してほしかった。なのにスネイプはそんな僕の疑問を見ているだろうに、そこには一切触れず、
『……集中しろ、ポッター。これは騎士団のためであり、そして貴様のためのものなのだ』
そう繰り返すばかりで一切疑問に応えようとしなかった。もう意味が分からない。それともスネイプ自身も答えを持ち合わせていないのだろうか。
あんなに楽しかったクリスマスはもはやどこにもありはしない。スネイプの特訓もあの日だけではなく、それから毎日のように繰り返されている。しかもアンブリッジにバレないようにと夜遅くの時間帯。お蔭で寝不足で毎日が辛くて仕方がない。ここ最近でいいニュースと言えば、
でもそれだけだ。おじさんを救えたことがどんなに喜ばしくても、その喜びをスネイプが容易く塗りつぶしてくる。最近はDAも出来ず、チョウとも会うことが出来ていない。僕のクリスマス休暇はこのままスネイプ色に染め上げられるのではないかと半ば絶望していた。
……でも僕の絶望に反し、流石にクリスマスが完全に暗いものになることはなかった。それはそんな絶望にうなされている最中のことだった。
いよいよクリスマス休暇終わりが見え始めた日。スネイプの拷問が終わり、僕が談話室で項垂れていた時、
「あら!? み、見て、ハリー! ハグリッドの小屋の明かりがついているわ!」
心配して僕の帰りを待ってくれていたハーマイオニーが大声を上げたのだ。
この半年間何の音沙汰もなく消息を絶っていたハグリッド。ハーマイオニーの声にロンと一緒に窓辺に駆け寄ると、確かに今まで人の気配もなかったハグリッドの小屋に明かりが灯っていた。
ハグリッドが、僕らの友人がようやく帰ってきた!
その後の僕らの行動は早かった。監督生であり、あの規則の守護者であるハーマイオニーですらも、何も言わずとも外に出る準備を始める。スネイプのせいで今の時間帯は深夜だ。休暇中とはいえ、決して生徒が外を出歩いていい時間ではない。なのにハーマイオニーも含めて、僕らは何も言わずともあの友人の下に今すぐ駆けつけたくて仕方がなかったのだ。
この半年間、教師の役目を放ってどこに行っていたのか? 一体何をしていたのか? 戻ってきてくれたということは、休暇明けには『魔法生物飼育学』をまた担当してくれるのか?
聞きたいことは沢山あった。でもまずはハグリッドの安否を確かめたい。本当に彼が帰ってきたのか、彼が無事であることを確認したくて、気付いた時には体が勝手に動いていた。
そして僕らは最低限の防寒具を着こみ、すぐに『透明マント』を被ると談話室を発つ。誰もいない廊下を駆け抜け、雪が降り積もる校庭を進む。
積もりに積もった雪をかき分けて行けば、目の前には煙突から煙を吐き出している森番小屋。より近づけば、ハグリッドの声までこちらに聞こえてきそうだ。僕等はマントの中でより一層確信を強くする。
本当に……本当にハグリッドが帰ってきた! この味方の少ない城の中で、一人の本当に心強い仲間が帰ってきてくれたのだ!
僕らは勢いのまま小屋の扉を叩く。中からファングの吠え声が響く。そしてそんなファングの吠え声の合間から、
「誰だ!? こんな夜遅くに!」
半年ぶりの友人の声が響いてきたのだった。
「ハグリッド! 僕達だよ!」
「む!? この声はハリーか!? まったく、帰って数分も経っておらんのに! まっとれ! 今開ける!」
中から閂が外され、扉がギーッと開く。……しかしその顔は、
「ハ、ハグリッド!? どうしたの、その顔!?」
何故か
ハーマイオニー視点
ハグリッドもまだ帰ったばかりなのか、暖炉に火は灯っていても小屋の空気はまだまだ冷たい。
そんな小屋の中を、
「まったく、本来はいかんのだぞ。こんな夜遅くに出歩くのは。だが来ちまったものは仕方ねぇ。待ってろ、今茶を淹れるから」
ハグリッドがそろりそろりと歩いていた。
肋骨でも折れているのだろうか。体を動かす度に苦悶の表情を浮かべている。尤もその表情も、所狭しと埋め尽くす傷でいまいち判然としない。ムーディー先生の方が、今なら余程健康的に見えそうだった。当然そんな状態の彼にお茶を淹れてもらうわけにはいかない。
「何を言ってるの!? ハグリッドは座っていて! お茶なら私が淹れるから! い、いえ、それよりも今すぐ手当てすべきよ! 早くマダム・ポンフリーのところに行きましょう!」
どう見ても重症な状態である彼に私は着席を促す。そしてそれ以上に直ぐに治療を受けるよう言ったわけだけど、
「い、いや、それは出来ねえ。マダム・ポンフリーの所には行けねえ。今俺は城に行くわけにはいかねぇんだ。今日帰ったことを、あまり知られちゃいけねぇんだ」
彼はそれを拒否し、ただ席に着くだけに留まっていた。挙句の果てに彼は懐から緑色をした生肉と思しきモノを取り出し、そのままソレを顔に張り付け始める。
「あ~、やっぱりこれが痛みに効く。ズキズキ痛むのは、これで大分楽になるわい。ほれ、これで治療になる。だからマダム・ポンフリーには俺のことは言わんでくれ」
どう考えてもただの民間療法にしか見えず、根本的な治療になっているとは思えない。
でも彼が何かしらの任務のために今まで雲隠れし、こうして帰ってきてからもコソコソ隠れているのは十分に分かってしまった。ハリーとロンもそれは理解出来たのか、私がお茶の準備をするのを手伝いながらハグリッドに尋ねる。
「ハグリッドがそこまで言うなら……でも、本当にどうしたんだい、その怪我? どう考えても普通じゃないよ。まさか転んだだけなんて言わないだろう?」
「そうだよ。それに今までどこに行ってたの? 授業も放っておいて。今までずっと心配していたんだよ? 何の連絡もないんだもの」
しかしハグリッドの答えは相変わらずにべもないモノでしかなかった。尤も、
「すまねぇな。随分心配させたな。でも言えねんだ。任務で
答えはハグリッドらしく、隠していても隠しきれていないものでしかなかったけれど。
深い森。危険な連中。騎士団の任務。
これだけヒントがあれば、彼に与えられた任務を察するのは簡単だった。ハグリッドの生い立ちを知っていれば尚更。ダリアの事情なんかより単純極まりない。
ハリーとロンは分かっていない様子だけど、私は全員分のティーカップを配りながら言う。
「……そう、騎士団の任務で
あれだけ言っておきながら、本当に隠し遂せると思っていたのだろう。ハグリッドは驚きのあまり椅子からずり落ち、生肉も床に落としてしまっている。
「ハ、ハーマイオニー! だ、誰から聞いたんだ!? 巨人なんぞと、一体誰がお前さんに教えた!? それは秘密のはずだ!」
「いえ、貴方が今しがた言ったことよ」
彼の怪我のことも忘れ、私は一瞬ただ呆れ返る。本当にダンブルドアは彼に重大な任務を任せて大丈夫だったのだろうか。一年生の時もそうだったけど、絶望的に秘密保持が出来ていない。
ハリー達も私の言葉とハグリッドの反応に真実に気付いたのか、すぐさま彼に質問する。
「ほ、本当に巨人に会いに行ったのかい!? すげー! 森ってどこだい!? よく見つけられたね!? なんでそんな場所に行かされたんだい!?」
そしてそんなロンの質問に対して、相変わらず秘密を持つことが苦手なハグリッドが話し始めたのだった。
本当にこの先騎士団は大丈夫なのかしら?
全員分のお茶が揃うと同時に、ハグリッドはいかにも仕方がないと言わんばかりの口調で続けた。
……ハグリッドが今まで城にいなかった理由を。そして……おそらく
「……仕方ねぇ。お前さんらみたいな知りたがり屋は初めてだ。だが、そこまで知られてしまえばもう隠す意味はないな。……そうだ。俺はダンブルドアの命令で巨人を探しちょったんだ。奴らを何とか味方にするために」
ハグリッド視点
これが本来言ってはならんことは分っとる。だが相手はロンやハーマイオニー。そして何よりあのハリーだ。そこらの生徒達とはわけが違う。
秘密は守ってくれるだろうし、何よりハリーには知る権利があると思ったのだ。この子は今まで多くの戦いを乗り越えてきた。そしてこれからもまた過酷な運命が待ち構えちょる。そんな子が何も知らんと言うのは、流石に酷な話だと俺は思ったのだ。
ハリーは何より敵のことを知らなくちゃなんねぇ。
だからこそ俺は話し始める。ハーマイオニーが何か呆れた表情でこちらを見ちょるが、ここまで知られてしまえばもはや話しても話さんでも同じだ。根掘り葉掘り聞かれて俺がボロを出してしまうより、そっちの方は遥かにえぇ。
何より……どの道俺の任務が
あの
「まずロン、どこの森に巨人がいるかという話だが、奴らを探すのはそんなに大変なことじゃねぇ。ダンブルドアがある程度の場所は知っていらしゃった上に、何より奴らはでかい。見つけるのはそんなに苦労はせんかった。マグルですら奴らを見つけられるんだ。ただマグルの場合、出会えば必ず殺されちょる。そうなった場合、マグルの中では遭難という形で処理されとるだけだ」
巨人は魔法使いにとって危険な存在として認識されとる。そんな奴らが案外近くにおることに、三人共驚きを隠せていない様子だった。
だが俺の話の本旨はそこじゃねぇ。俺は驚き口をあんぐりしとる三人を無視し続ける。
「そんであいつらを見つけた俺は、まずは贈り物をすることから始めた。何せあいつらは森の中に
「……クラッブにゴイル。確かにあいつらの父親もあの墓場にいたよ。それじゃぁ……ハグリッドのその怪我は、あいつらにやられたものなの?」
ハリーの言葉に俺は表情を歪めた。任務を失敗したことに対する自責の念のためだ。
俺は頭を振り、少しだけ冷静さを取り戻しながらハリーに応える。
「いんや、あいつらじゃねぇ。あいつらだけなら、俺はこんな目には遭わなかった。任務も順調だったんだ。ダンブルドアから与えられた任務は、巨人共を味方に引き入れること。少なくとも敵にならんようにすることが俺の任務だった。それは数日前までは順調だったんだ。味方になったとは言わん。だが少なくともそこまで敵対ではない関係性までは築けとったんだ。クラッブとゴイルなんて相手にもなんねぇ。あいつらは巨人共より馬鹿な連中だからな。巨人を説得できるわけもねぇ。巨人共に体格は似てるがな。……話が逸れたな。まぁ、あいつらが相手の内は、全ては順調に進んどったんだ」
そこで俺は一度ハーマイオニーが淹れてくれたお茶を飲み、言葉を続けた。
今でも夢に出てきそうになる、あの見たこともねぇ死喰い人のことを。
「だがな……
「何だいそりゃ。黒い靄? どうしてそいつが死喰い人だって分かったんだい?」
「時折警戒しとる巨人共に何か話しかけとる様子だったからな。クラッブとゴイルもあいつの後ろに付き従っとった。あいつが何者かは分からんが、クラッブとゴイルの父親を従えとったんだ。クラッブとゴイルの父親は頭は息子達同様だが、純血であることに間違いないからな。死喰い人の中でもそれなりの地位にいたはずだ。それを従えとる奴が普通の死喰い人であるはずがねぇ。流石に『あの人』ではねぇと思うが、少なくとも並の死喰い人ってことはねぇはずだと俺は考えとった」
ロンの質問に応えながら俺は続ける。
「そんな俺の考えは間違っておらんかった。……悪い意味でな。最初はそんなわけの分からん奴が一人加わっても、大して状況は変わらんと考えとった。だがな……あいつが現れてからというものの、日に日に巨人共が俺のことを拒絶するようになった。俺の贈り物に喜んでいた連中も、また贈り物を渡しても喜ばんようになった。微妙な表情を浮かべるばかりで、贈り物には何も言わん。更にあいつらはこう言うようになった。『こんなもの貰わんでも、
実のところ傷が出来た原因は
任務はあいつのせいで失敗した。それは間違いねぇ。クラッブとゴイルの父親だけで巨人共を説得できるわけがねぇ。あいつは今まで見たこともない脅威だ。前の戦いの時にはいなかった、新しい敵だ。ダンブルドアが折角俺を信用してくださったのに、全てはあいつのせいで……。
だがそれを今ここでずっと愚痴っていても仕方がねぇ。ここまで話したのは、ハリー達に知ってもらうためだ。敵の恐ろしさを。敵の姿を。何も知らねぇで、こんな小さな子供達が戦いを強いられるなんてあってはならねぇ。俺は落ち込みそうになる自分自身をもう一度叱咤し、暗い顔で考えこんでおるハリーとハーマイオニー、それに顔を青ざめさせておるロンに話しかけた。
「……あの様子だと、巨人共の中で俺達に味方するのはそう多くはねぇだろう。俺の失敗のせいで、今回の戦いも奴らは敵になっちまった。あいつらは馬鹿だが、それでも力に関してはどの亜人よりも強ぇ。それだけでも十分な脅威だ。今回の戦いも厳しいものになる。だからこそ、ハリー。それにハーマイオニーもロンも。お前さんらには知っておいてほしいんだ。敵は強大だ。魔法省があの体たらくな現状、前より戦いは厳しくなるかもしれん。だがお前さんらは戦わなくちゃならねぇ。どんなに敵が強大でも、それを知った上で立ち向かわなくちゃならねぇ。辛いかもしれんが、それだけは覚えておいてくれ。……大丈夫さ! お前さんらは今までも大人でも出来んかったことを沢山やり遂げてきた! それに俺達にはダンブルドアが付いておられる。あの方がおられる限り、必ず何とかして下さるはずだ」
敵を知らなければ話にならない。同時に奴らの強大さを知って絶望もしちゃなんねぇ。だからこそ俺は絶望的な話をしながらも、最後には俺達の知る中で最高のお方の名前で話を締めくくった……わけだが、最後まで、ハリーとロン、それにハーマイオニーの表情が明るくなることはなかった。特にハーマイオニーに至っては、
「あの子だわ……あの子以外、そんなことが出来る子はいない。でも……あぁ、本当にどうしてこんなことに」
何か呟き続けるばかりで、俺の話を最後まで聞いているかも怪しい。
結局俺のことを心配してくれてここまで来てくれた彼女達は、帰る際も暗い表情で城に戻っていくことになった。
ダリア視点
「ダリア、ご苦労だったな。見事初任務をこなしたというわけだ。やはり俺様の判断は間違ってはいなかった。……なぁ、そうであろう、ルシウス」
「は、はい。勿論です我が君。よくやったな、ダリア」
およそ文明が行き届いているとは言えない山中から帰還し、真っ先に私にかけられた言葉はそんなものだった。ここは私が最も愛するマルフォイ家のはずなのに、まるで別の人間の家みたいだ。ここはもうマルフォイ家の屋敷ではなくなったのだ。
この家の主はもはやお父様ではなく……私という怪物を作り出したこの男、闇の帝王なのだから。
正直声を聞くことすら汚らわしい。私の最も大切な名前をお前なんかが呼んでいいはずがない。ダリアはマルフォイ家が私に与えて下さった名前だ。何故お前のような怪物にこの名前を気安く呼ばれなければならないのだ。
しかしそんな不快感をおくびにも出すわけにはいかない。私の表情筋が自身では動かせない程剛直で良かった。それがたとえ私が怪物である証明だとしても、大切な家族がほぼ人質に取られている現在の状況では寧ろ好都合だ。そして案の定私の内心を読み取ることはなく、闇の帝王は機嫌よく続けた。
「俺様は久方ぶりに非常に機嫌が良い。最近は腑抜けた部下共のせいで、俺様の計画は遅々として進んではいなかったからな。……そうだな、ルシウス」
「……申し訳ありません、我が君。で、ですが、」
「そうであろう、ルシウス。お前に与えた任務は遅々として進んではおらん。魔法省でそれなりの地位に着いておりながら、未だに
私をダリアと呼ぶどころか、偉大なお父様をこのように脅すとは……本来なら殺してやりたいくらいだ。しかしこいつは殺しても殺しきれない謎の不死性を有しており、尚且つ私では決して敵わない程の力も持ち合わせている。それはこいつに闇の魔術を教示された時に嫌という程実感した。ならば私の今出来ることは、内心の怒りを何とか抑え込み、こいつの御機嫌が少しでも長く続くようにすることだけだ。
私はなるべく平坦な声を意識しながら答えた。
「特別なことは何も。……ただ彼等に自覚させただけです。ダンブルドア……あの老害の手下は彼等にこう言っていたそうです。ダンブルドアはお前達を気にかけて下さっている。お前達を今までずっとよくして下さっていた……と」
だから、と私は続ける。
「だから私は更に彼等に言いました。
私からしたら実に簡単な任務だった。寧ろ何故こんな簡単なことも出来ないのかと、クラッブとゴイルの父親達の能力を疑ってしまう程だ。
そこまで考え、私は内心自問自答する。
いや……それは酷な話かもしれない。純血貴族は勿論、あの老害達ですら根本的には
私の知る限り、出来るとすればルーピン先生くらいなものだ。先生が相手であれば私も失敗していたかもしれない。森番では力不足だ。彼も虐げられる側であったが、真の意味で他者を傷つける恐怖を感じたこともないだろうし、何よりダンブルドアのお陰で何不自由なく過ごすことが出来ている。巨人達に老害の偉大さとやらを説くだけの人間が、私の相手になるはずがない。
確かに老害は巨人達のことを気にかけてはいただろう。先の戦いのこともあり、彼らは皆殺しにされなかっただけでも有り難いことなのだ。実際アンブリッジ先生はそのようなことを主張していたという話は聞いている上、それを押しとどめたのもダンブルドアとも聞いている。老害は老害なりに彼らを気にかけているのは間違いない。森番という前例もある。
だが
だからこそ……彼らは私の言葉に簡単に傾いてしまった。森番が
……勿論その先にどんな未来が来るかも知っていながら。おそらくそんなことをしても誰も幸せにはならないだろう。広い世界に出ても、待っているのは闇の帝王に酷使される更に窮屈な生活。大勢の人間が死に、大勢の人間が不幸になることだろう。そんな未来を私は予測しながらも、彼等に安易な未来選択を提示した。
何故なら……私も彼等と同じく、他者を踏み台にしてでも大切なモノを手に入れたいから。……いや、それだけならば良かったが、私はそれ以上に……他者の不幸の上にしか幸福を成立させられない怪物でしかないから。きっとこれから起こるであろう地獄を想像して私は、
「そうか、やはりお前は素晴らしい手駒だ。……しかし、それしか道がないか。ククク……傑作だな。ダンブルドアも愚かだが、やはりそれ以上に巨人共は愚かだ。魔法も使えない連中など、捨て駒にしかならんというのにな。実に……実にこれからが楽しみだ。お前も楽しみなようだな、ダリア」
内心は兎も角、表情は彼らの破滅を楽しんでいるとしか思えない笑顔を浮かべているだろうから。
目線を上げた先、こちらに気持ち悪い笑みを浮かべる帝王の赤い瞳には……同じ笑みを浮かべた私の顔が写りこんでいた。
魔法使いは巨人達のことを怪物と呼び閉じ込めているが……そんな彼らを更に食い物にする私は、一体何と呼ばれる怪物なのだろうか。
そんな益体のないことを、私は血のように綺麗な紅い瞳を見つめ返しながら考えていた。