ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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蛇の目

 ダンブルドア視点

 

「とうとうドローレスがやりおったのう。時間の問題じゃとは思っておったが、まさかダリアをあのような地位に就けるとは。これで彼女のタガが外れぬとよいのじゃが」

 

「……」

 

クリスマス休暇の校長室。城に残る僅かな生徒達、そして教員達すらベッドに入っておるじゃろう時間帯。そんな時間帯にこの部屋におるのはワシとセブルスのみじゃった。最も信頼するセブルスとの意見交換。しかしワシの愚痴とも言える言葉に返事はなかった。……彼は彼女の実情が明らかになっても、未だにその事実を受けいれられずにおる。

彼とて本当は分かっておるのじゃ。ダリアはもう……以前の彼女ではない。いや、今まで抑えられていたものが遂に解き放たれたと言うべきじゃろうか。報告によれば彼女は思うがままに他寮の減点を行い、罰則を与えるとのことじゃ。当にワシが彼女を監督生にするか悩んだ折の懸念通りの姿になってしもうた。ドローレス一人でも厄介じゃというのに、これでは何もかもがヴォルデモートの思い通りになってしまいかねぬ。それをセブルスとて分かっておる。彼はスリザリン寮監じゃ。寧ろワシ以上に彼女の情報を手にしておるじゃろう。

じゃが彼は未だに彼女の実情を認めようとはせんかった。彼女にも何かしらの事情があるのじゃと繰り返すばかり。勿論ワシとて彼女の立場を考えれば、ある程度あのようなことをせねばならぬということは理解出来る。ドローレスは間違いなくヴォルデモートと繋がっておる。その彼女に表立って逆らえばどうなるか、ワシとて彼女の立場を考えれば理解しておるつもりじゃ。本心から今の行動を取っておらぬ可能性とて十分にあるじゃろう。じゃがそれは彼女が今の立場を望んでいなかったらの場合じゃ。ワシには彼女が今の立場を完全に望んでいなかったとはどうしても思えぬ。今までの彼女の行動を考えれば、彼女が如何に闇の陣営に属しておったかは自明の理じゃ。リーマスが言う優しい一面が彼女に無いとは言わん。じゃが同時に多くの生徒を笑顔で傷つけたのも彼女のなのじゃ。不死鳥の騎士団としては、彼女の時折のみ見せる優しい面だけを評価するわけにはいかん。こうなる前に彼女を何とか自制させたかったわけじゃが……また一歩彼女が闇の魔法使いへの道を歩んでしもうた。彼女に何かしらの思い入れのあるセブルスには申し訳ないが、ワシらは正しく事実を認識せねば前に進めぬ。ワシは黙して語ろうとせぬセブルスを無視し、更に彼の本来の任務について尋ねた。

 

「……まぁ、よい。こうならんよう彼女を監督生にせんかったわけじゃが、現状ワシらに出来ることはない。それよりも今は現状の確認じゃ。セブルスよ、確かにお主にヴォルデモートから指令は来ておらんのじゃな?」

 

「えぇ。闇の帝王からはホグワーツに引き続き潜伏するようにとの指示があるのみです。潜伏し、貴方の行動を監視するようにと。今は闇の帝王も表立っては動けませんから、吾輩もこちらにいた方が有用と判断しているのでしょう。闇の帝王は吾輩が貴方のスパイだとは疑っておりません」

 

セブルスの返事にワシは鷹揚に頷く。ヴォルデモートを倒すには物事を慎重に進めねばならぬ。ワシらの味方は驚くほど少なく、敵の勢力はワシらを遥かに圧倒しておる。少しのミスが大勢の死に繋がるかもしれぬのじゃ。行動は慎重であれば慎重である程よい。そしてそのためにはセブルスの存在が必要不可欠。セブルスがヴォルデモートに信用されてこそ、ワシらは常に敵の裏をかけるのじゃ。その点今のセブルスは本当によくヴォルデモートを騙し遂せてくれておると言えよう。……じゃが同時に、

 

「そのようじゃのぅ。お主には引き続き当たり障りのない情報を流してもらおう。しかし……今の所奴らの情報も中々掴むことは出来そうにないのぅ」

 

現状セブルスの存在をワシらが活かし切れておらんことも確かじゃった。ヴォルデモートは愚かにもセブルスの言うことを疑ってはおらん。それは間違いない。この事実は今後ワシらの勝利に大きく貢献することじゃろう。じゃが現状セブルスはヴォルデモートに信頼されておるが故に、奴の最も警戒するワシを監視する任務に充てられておった。ヴォルデモートは今表立って行動してはおらん。じゃがそれ故に今はどんな些細な情報でも欲しいわけじゃが……全てが全て上手くいくわけではない。慎重にことを進めなくてはならんとはいえ、時を待つだけというのも何とも辛いものじゃ。

尤も敵の情報が全く入ってこぬわけではない。完全とは言えぬがセブルス経由で手に入る情報もある上、その他の団員達が搔き集めてくれておる情報もある。特に『神秘部』の近くには常に団員が張り付いておる。魔法省に潜伏する『死喰い人』達が何度も神秘部に入ろうと試みておるようじゃが、未だに団員達の頑張りによって侵入できた例はない。巨人達に関しても、ハグリッドから少なからず報告が来ておる。

死喰い人の他に、休暇始め辺りから何やら()()()()()()()()()を巨人集落で見かけるとの報告が少々気になるが……ハグリッドのことじゃ。必ず上手いようにことを進めてくれるじゃろぅ。現状巨人集落へ送れる余剰団員はおらぬし、今はハグリッドを信じる他にない。

じゃからこそワシに出来ることはこうして団員達を信じ、陰で蠢く敵が表舞台に出てくるのを待つのみなのじゃが……それを分かっておっても、どうしても何か焦りのようなものを感じるのじゃった。

それにワシが焦っておるのは、何も敵の動きが完全には把握できておらんのが原因ではない。ワシはもう若くはない。今世紀最高の魔法使いと持て囃されようとも、もう全盛期は疾うの昔に過ぎてしまっておるし、最近自身の老いを感じる時が多くなっておる。あまり先が長い人生とはもはや言えぬじゃろう。

ワシにはそんな短い時間の中で、まだやるべきことが少なからず残っておるのじゃ。このまま何もせんで死んでしまえば、それはあまりにも無責任というものじゃ。ワシはもう老いさらばえてしまったが、今の闇に包まれつつある魔法界にはまだ希望となり得る存在がおる。若き不死鳥の騎士団員達。ワシの下で育っておる希望溢れる生徒達。生徒達の中には勿論ダリアのことも含まれておる。闇に落ちさえしなければ、彼女は実に優秀過ぎる程優秀な生徒なのじゃ。今は絶望的にすら感じられるが、それでもワシの生徒であることに変わりはない。そしてワシが未来を憂い、同時に希望を持ちたいと望んでおるのは何も彼女だけではない。ハリー・ポッター。予言で示された選ばれし男の子。彼にもダリアと同じく未来に深い不安と希望を抱いておる。彼にもワシはまだまだやれることがあるはずなのじゃ。希望となり得る存在でも、まだ彼等が未熟であることも間違いないのじゃから。

特にハリーに関しては、ワシはとりわけ彼のことを心配しておった。……。彼にダリアのような()()()()不安を抱いておるわけではない。彼は眩しい程に真っすぐにな少年じゃ。グリフィンドールらしい、良くも悪くも素直な少年。

じゃが……些か真っすぐすぎることがワシにはどうしても不安で仕方がなかった。以前は何の疑いもなく彼の素直さを称賛することが出来ておった。この若さとも言える情熱こそが世の中を変える力なのじゃと。ワシが疾うの昔に失ってしもうた若さという力。それこそが彼の予言に示された力の一端なのじゃと。じゃがヴォルデモートが復活してからというもの、ワシは逆に不安で仕方がなくなったのじゃ。素直と言えば聞こえは良いが、ヴォルデモートはそんな人間を絡めとることを得意としておる。今は良いが、いつかハリーが後悔してしまう事態になるのではないか。特にワシの予想が正しければ、()()()()()にはおそらく……。疑うことしか出来なくなってしもうたワシは、そんな風に彼の純粋さを邪推してしまっておるのじゃ。

ワシは奥底から湧き上がる焦りと不安を抑え込みながら、セブルスに散々催促しておった事項を再度告げる。ハリーが必要以上に傷つくことがないように。

 

「情報のことは今言っても仕方がない。それよりもワシらは今出来ることに専念せねばならん。セブルスよ。以前から言っておるハリーへの()()()()はどうじゃ? お主は嫌じゃと言うが、お主とて必要性は十分分かっておるはずじゃろう? 何を渋っておるのじゃ?」

 

ハリーに対する特別講義。ヴォルデモートの得意とする『開心術』から身を守るために必要不可欠の呪文……『閉心術』を教えるための講義。ワシはそれを以前からセブルスに頼んでいた。

ハリーが時折見ておる夢は現実で間違いない。それもヴォルデモート自身や、奴と一心同体と思われる大蛇とリンクした夢。これ程大きな情報源はない。じゃが今の状況では、それは寧ろもろ刃の刃となり得る。今はヴォルデモートもハリーとの繋がりに気が付いておらんが、いつ気付かぬとも限らん。もし気付かれてしまえば、奴は繋がりを利用してハリーを罠にかけるやも。それだけは絶対に避けねばならぬ。そしてそのためには『閉心術』が必要不可欠であり、呪文の達人であるセブルスに授業を頼んでおるわけじゃが……

 

「……吾輩はお断りしたはずです。吾輩にはあの生意気な小僧を教える気はありません」

 

セブルスの応えは相変わらずにべもないものじゃった。更に彼は続ける。

 

「それに何より、あの小僧も吾輩に教わりたいとは思っておらんはず。必要性を訴えるのなら、貴方こそが奴に教えるべきと吾輩は愚考しますが? 何せ貴方の方が『閉心術』を上手く使いこなせている。貴方の『開心術』と『閉心術』は闇の帝王以上のものだ。何故貴方こそが小僧に教えないのですかな?」

 

「……これも以前言ったはずじゃ。ワシが今ハリーと話すことは出来んのじゃ。彼を特別扱いしておるなどと思われる行動は、今ワシがするわけにはいかんのじゃよ」

 

いつもの催促に、これまたいつもの返事をされてしもうたワシは表情を僅かに歪ませる。

ワシはハリーのために何かしてやらねばならん。これから先彼が直面する未来のことを思うと、その過酷さを知るワシが何もせぬなどという選択肢はありはしない。じゃが方法を間違っては何の意味もない。ワシがハリーを特別視しておると分かれば、それこそヴォルデモートはハリーに集中して狙いを定めかねぬ。未だ戦う準備の整っておらぬハリーに敵が集中すれば、それこそ彼の未来が断たれてしまう恐れがあるのじゃ。特にドローレスやダリアが城におる現状では、ワシの行動が敵に筒抜けになっておる可能性がある。

じゃからこそワシは現状出来ることとして、ハリーにワシとは別に最高の教員をつけてやりたかった。セブルスも無論疑われてはならん立場にある。不死鳥の騎士団としての重要度はワシ以上とすら言える。じゃが監視の目はこのホグワーツにおいてのみであれば、少なくともワシよりは融通が利くはず。ドローレスもダリアもセブルスまではまだ疑っておらんことじゃろう。それにワシの命令でとなれば、セブルスもいざという時に言い訳が立つ。じゃからセブルスにはどうしてもワシの提案に頷いてほしかったわけじゃが……彼は頑なに首を縦に振ろうとはせんかった。

話は平行線のまま、今日もただ焦りと不安ばかりが募っていく結果になりそうになる。

ワシは彼を自室に帰す前にもう一度だけ催促しようとした。じゃが、

 

「セブルスよ。事態の深刻さは分かっておるはずじゃ。お主とて、」

 

「アルバス! 申し訳ありません! ですが火急のことです! ポッターがまた夢を見たとの話です! それもアーサー・ウィーズリーが襲われたと! 貴方の予想していた通りのことが起こったのです!」

 

突然の来訪者によって、事態は今回大きく動かざるを得ない様子じゃった。

ノックもなしに部屋に踏み入ったのは3人じゃった。一人は大声でワシに報告するミネルバ。そしてもう二人は……先程まで話題に上がっていた件のハリーと、そんな彼を支えるロナウド君。

急いでやってきたのか三人共寝巻のまま。じゃが最も目につくのは、余程悪い光景を見たのか、酷い汗をかき震えておるハリーの姿じゃ。

 

……いよいよ本当にやらねばならん時が来た。そうワシと……おそらくセブルスも、ハリーのこの姿を見た時悟ったのじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

休暇前に関してはもはや忘れたいことの方が多くなってしまったけど、クリスマス休暇中だけで言えば……僕の人生の中で最高のクリスマスだと思う。

勿論休暇中も城にはアンブリッジがいるし、残っている生徒も全員が僕の言っていることを信じてくれているわけではない。休暇中も僕は何度も冷たい視線に晒されることがあった。

でもいつもと違い僕には大勢の仲間がいた。彼らは……DAのメンバーのほとんどがヴォルデモートが復活したと信じてくれており、少しでも安全なホグワーツに残ることを選択してくれたのだ。そのため休暇中のホグワーツでは寧ろ僕の味方の方が多い状況だった。アンブリッジに目を付けられない範囲ではあっても、僕を度々庇ってくれさえいた。あんな風に僕の味方の方が多い状況というのは久しぶりだ。ダフネ・グリーングラスやザカリアスは家に帰っているのが尚いい。これで休暇中のDAは真面目に練習してくれる生徒だけが残ってくれた。

……正直な話、ダフネ・グリーングラスは僕から見ても決して不真面目な生徒ではなかった。常に斜に構えた態度のザカリアスとは違い、あいつは練習だけは真剣にいつも取り組んでいたように思う。それどころかDAの中でも一二を争うくらいの実力者だ。認めがたいことではあるけど……。でも、だからと言ってあいつのことを信じられるという話ではない。あいつがどんなにDAで真面目に見えたとしても、あいつがダリア・マルフォイの取り巻きである事実に変わりはない。しかも新しく『高等尋問官親衛隊』なんて地位にも就いている。スリザリン生というだけでも信用できないのに、そんな交友関係を持つ人間を信用できるはずがなかった。だからこそグリーングラスがいない休暇中は、DAにもどこかリラックスした空気が流れていた。下級生は特に安心した表情で練習に臨んでいたし、いつもより呪文の成功率が上がっていた程だ。

だから結局クリスマスで城に残っていたのは、正確には僕の本当の味方がほとんどだったのだ。

ウィーズリー兄弟にハーマイオニー。そしてグリフィンドールの仲間に、寮外の仲間達。休暇前には考えられなかった、それこそいつものDA以上の空間がそこにはあった。

 

それに何より残ってくれているDAメンバーの中には、あのチョウ・チャンがいたのだ。しかもクリスマスの夜、僕は遂に……彼女と()()してしまった。

 

クリルマス中の練習後、僕は勇気を出して彼女に話しかけた。今思えば城中に漂うクリスマスムードに当てられたに違いない。どうしてあんな行動を取ってしまったのか、未だに自分自身の行動が信じられない。クリスマスということで興奮しきっていたのは間違いないけど、それにしても行動が突拍子もない。

でも現実に僕は彼女に、

 

『チョウ……ちょっといいかな? こ、この後時間あるかな? す、少し話がしたいんだけど?』

 

そんなことを言い、皆がいなくなった後も部屋に残るように伝えたのだ。

正直な話、それ以降のことは緊張しすぎてあまり覚えていない。彼女と何を話したのか……今では酷く朧気ですらある。でも一つだけあの夜のことで鮮明に覚えていることがある。それはあの夜、僕はチョウとキスしたことだった。正確にはあの人生初めてのキスが強烈過ぎて他のことなど全て忘れてしまったのだ。近づく彼女の瞳。触れ合う唇。彼女の唇はとても柔らかく……何故か()()()()()。他のことは忘れてしまっていても、きっとあの感覚だけは決して忘れられないことだろう。

彼女が何故あの時笑顔を浮かべながらも、同時に涙を流していたかは分からない。多分嬉し涙……ということはないだろう。でも悲しみによる涙だとすれば、彼女は一体何を悲しんでいたのだろうか。尤も女の子の心はいつも複雑怪奇で僕には理解できた例はない。いつも一緒にいるハーマイオニーのことも分からない時が多いのだ。今までそこまで話したことないチョウ・チャンの気持ちが分かるなんて口が裂けても言えないだろう。

でもそれを差し引いたとしても、あのキスは僕を舞い上がらせるには十分なものだったのだ。彼女が泣いていた事実が魚の小骨のように気になりはしているが、それ以上の幸福に休暇中の僕は満たされていた。ホグワーツでのクリスマスに悪い記憶はそこまで多くはない。……一年毎に何かしらの酷い目に遭うことはあったけど、それでも概ねいい記憶の方が多いと思う。そして今年はその中でも特に素晴らしい年だと言えた。

 

……そう、その夜までは。

 

その日も別に特別何か悪いことがあった一日ではなかった。寧ろ素晴らしい一日でさえあった。数日前からの幸福感に包まれたままロンとハーマイオニーといつもの世間話に興じ、時折DAの今後について話し合う。外に出ればウィーズリー兄弟と雪合戦をし、食事の時に目が合ったチョウ・チャンと頬を赤らめ合う。そんな穏やかで幸福な一日を過ごしていた。

なのに、

 

『な、何故こんな所に蛇が!?』

 

『……邪魔な人間。かみ殺してやろうかしら』

 

僕はその夜とんでもない悪夢を見てしまったのだ。

気付けば僕は地面を這いずっていた。つい先ほどベッドに潜り込んだというのに、どことも知らない石床を這いずっている。しかも僕の体はいつものものではなく、恐ろしく滑らかで力強く、そしてしなやかだった。頭の中にあるのは使命感。

()()()()()の命令を遂行するため、暗く冷たい石床を進んでいた。

しかしそんな私の進みを邪魔する者がいた。居眠りしているのか床に座り目をつぶっている。燃える様な赤い髪を持つ男だ。私は人間の見分けがあまり得意な方ではないが、このような髪を持つ人間はご主人様の部下にはいなかったはずだ。ならば考えられる可能性は一つ。この人間は敵だということだ。

そしてその予想は正しく、私が近づいたことで目が覚めたのだろう。男は立ち上がると同時に、あろうことか私に向かって杖を構えたのだ。明らかな敵対行為に私は本能の赴くまま床から伸びあがり……何度も男の肉に牙を突き立てた。1回、2回、3回。1回毎に男は悲鳴を上げる。肋骨が折れる感覚が私の顎に直接響く。

あぁ、最高の感覚……。最近ご主人様が部屋から私を出したがらなかったため、この様に生き物を殺すのは久方ぶり。この男は敵なのだ。ならば殺しても構わないはず。それどころかご主人様や、()()()()()()()()()()()()()()()()()()も喜んでくれるはずだ。任務は今回も失敗したとはいえ、これでまた一人邪魔者が消える。ならばこのままかみ殺してしまえばいい。

そう私は再度鎌首をもたげたところで、

 

「ハリー! ハリー! どうしたんだ!? 何を叫んでいるんだい! 嫌な夢でも見てるのかい!?」

 

ロンの呼び声で目を覚ましたのだった。

目を開けた瞬間感じたのは、自分が今も体中から垂れ流している冷や汗だった。そして頭が割れんばかりの頭痛。まるで額の傷に火搔き棒を押し当てられたような痛みだ。ベッドに入るまで感じていた幸福感などどこにもない。酷く吐き気がする。僕は心配そうにベッド横に佇むロンを押しのけ、そのまま床に胃の内容物をぶちまけた。

 

「うわ! ど、どうしたんだい、ハリー! 気分が悪いのか!? 病気だよ! 誰か呼ばなくちゃ、」

 

「い、いや、ロン。そ、それより聞いてくれ。君のパパだ……。君のパパが襲われた! 蛇に噛まれたんだ!」

 

「そ、そんな馬鹿なことがあるか! ハリー、どうしちゃったんだい!? 悪い夢でも見たのか!? とにかく、今ネビルがマクゴナガルを呼びに行ったよ! もう少しの辛抱だ!」

 

僕は更なる吐き気を何とか抑え込み、何とかロンに言うべきことを伝える。

でもロンの反応は芳しいものではなかった。僕の危機感がいまいち伝わっていないのか、動揺するばかりで一向に僕の話に取り合おうとしない。同じルームメイトのディーンとシューマスに至っては、近くで僕のことを見つめながらブツブツ何か囁き合うばかりだ。僕だって突拍子のないことを言っている自覚はある。ロンがすぐ信じられるはずがない。でも先程までの現実感が夢であるはずがないのも事実なのだ。あれは僕がいつも見る()()だ。こんな夢を見た時には、いつだって夢の内容は現実に起こっていた。それに今もウィーズリーおじさんに噛みついた感覚が残っている。つまり僕は先程まであの大蛇で、そして……現実にどこか知らない場所で、ウィーズリーさんが蛇に噛まれたのだ。

一刻も早く信じてもらわなくてはウィーズリーさんの命が危ない。焦燥感ばかりが募る。

そしてそんな僕の焦燥感がピークに達しつつある時、ネビルがマクゴナガル先生をようやく連れてきてくれたのだった。

 

「ポッター! どうしたのです!? 夜中に騒いでいるとロングボトムが言っていましたが、具合でも悪いので、」

 

「マクゴナガル先生! 良かった! す、すぐに知らせなくちゃいけないんです! ウィーズリーおじさんが……ウィーズリーさんが襲われました! ど、どこかは分かりませんけど、今しがた蛇に襲われたんです! あの蛇はヴォルデモートの近くにいた奴だ! 僕は見たんです! あいつがウィーズリーさんを噛むのを! はやく助けにいかなくちゃ!」

 

正直マクゴナガル先生が僕の話を真面に取り合ってくれる思っていなかった。心のどこかで、今のロン達と同じ反応をされると思ってしまっていた。

でも、

 

「……ポッター、貴方は見たと言いましたね。それは……一体()()()()で見たのですか?」

 

先生は僕の捲し立てる様な言葉に真剣な表情で……そして何より何か知っているとしか思えない質問を投げかけてきたのだ。

敢えて伏せてはいたけど、こう聞かれてしまえば正直に答えるしかない。何より今一番重要なのはウィーズリーおじさんの安否なのだから。

 

「ぼ、僕が蛇だったんです。僕がおじさんを襲っていたんです! 僕がおじさんを噛んで……それで辺りが血の海に! 先生! これはただの夢なんかじゃない! どうか早く助けを!」

 

「……どうやらアルバスの言っていた通りのことが起こったようですね。分かりました、ポッター。貴方の言うことを信じます。さぁ、すぐに準備なさい。ウィーズリーも同様です。校長室に行くのです! 事態は急を要します。急いでアルバスに相談しなくてはなりません!」

 

やはり先生は何かを予め知っていたのだろう。僕の予想通り、先生はすぐ話に納得した様子で僕達に準備を促す。

先生が何をダンブルドアから予め言われていたかは分からない。ともすれば先生もダンブルドアから詳しい話は聞いてはいないのかもしれない。しかし今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。僕はようやく事態の深刻さを理解し始めた様子のロンに支えられながら、マクゴナガル先生の先導の下校長室に歩みを進める。

 

 

 

 

最高であるはずだったクリスマスは、こうして最低最悪のものへと一晩で変わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリア視点

 

実に3回。私は目の前に横たわる()()()()()()()()()。辺りは血の海と化し、もはや男に抵抗する力も残ってはいない。久方ぶりの餌にありつけて喜ぶ私が……

 

「マルフォイ様! どうかなさいましたか!?」

 

()()()()()と同時に聞いたのは、そんな野太い男の声だった。

辺りを見回せばマルフォイ家所有のテントの中だった。クィディッチ・ワールドカップでも使っていたテント。魔法により空間は拡張され、所々に高価な調度品が品良く置かれている。だが一人で過ごすには些か広すぎる空間には……当然私以外の人間はいない。クリスマス休暇だというのに、私はこんなテントの中で一人寂しく過ごしていた。本来ならば、私はあの愛する家族と共に過ごしているはずなのに……。

尤も全くの一人というわけではない。テントの中に入ることは許可していないが、外には二人程私の()()が待機している。今の声もその一人……ビンセント・クラッブの父親の物だろう。声こそしないが、彼の近くにゴイルの父親の気配もしている。……彼等がいたところで何の慰めにもなりはしないが。

私のうなされる声を心配してくれているのだろうが、いくら幼馴染の親とはいえ気を抜くことなど出来るはずがない。私は冷たい声音で彼に返す。

 

「……いいえ、何もありません。ただ少し悪い夢を見ただけです。お気になさらずに」

 

「そ、そうでしたか。それならば良いのですが……」

 

しかし彼等からすれば小娘としか言いようのない人間に冷たくされても、彼らの声音に不満の色はない。純粋に私に対しての恐怖に彩られた声音だ。思えば彼らは昔からそうだった。お父様に話しかけるものより、その娘に対しての方がどこか恭しかった。息子達にもお兄様より私にすり寄れと言っている程だ。

一体私のような怪物のどこが彼らの琴線に触れたのだろうか。今だってそうだ。闇の帝王の命令とはいえ、自分達の任務の応援に小娘が派遣され、尚且つ小娘の指揮下に入れなどという命令にどうして従えるのか。息子達もそうだが、全く人を見る目がないとしか言いようがない……。

そこまで考え、私はテント中のベッドから身を起こしながらため息を吐く。

いや、本当に愚かなのは私の方だ。寧ろ彼らは考える脳味噌が無いが故に……本能で感じ取っているのかもしれない。私が闇の帝王とは別の系統の()()であると。決して同じ人間とは言えない、人の形を模しただけの()()なのだと。彼らはそれを本能で理解しているからこそ、こうして怪物の怒りを買わぬように必死になっているのかもしれない。

 

……夢とはいえ、人に噛みつくことに喜びを感じるモノを人と定義出来るはずがないのだから。

 

私がテントを出ると、案の定入り口にはクラッブとゴイルの父親達が跪いている。彼等が闇の帝王を迎える時と同じ仕草で。そんな彼らを敢えて無視し、私は目の前に広がる光景に集中する。

時間はもはや深夜とも言える時間帯。しかも今私達が滞在しているのは禁じられた森と同じくらい鬱蒼とした森の中。辺りは真っ暗な闇に満たされている。そんな中でも見える明かりと言えば、木々の間から見える、山の麓にいくつも灯された篝火くらいのものだ。周囲が真っ暗であるが故に、その中で燃え盛る篝火は酷く目立つ。……その間でいくつも蠢く()()()()も。

そして視線を上げれば、私達の向かい側に巨大な山がそびえている。()()()()()は山と山の谷間になっている場所だ。向かいの山に明かりが灯っているわけではないため直に確認することはできないが、おそらく()はあそこに潜んでいることだろう。私がここに来る前に、集落で()()と思しき大きな人影を見たと二人は話していた。老害も闇の帝王の思惑をある程度把握しているはずであることから、ここを完全に放置しているとは考えにくい。老害も確実に説得要員を送り出しているはずだ。ならばあちらの山に潜んでいるのは……。

自分の()()()()()()特徴を再確認していても仕方がない。何より私には……マルフォイ家には時間がない。先程の夢がいつも通り現実であるとすれば、()()()に与えられた任務は失敗したことになる。あの忌々しいウィーズリーを殺せたかもしれないことは実に愉快な事実ではあるが、敵に見つかってしまった事実に変わりはない。()()もあれ以上先に進むことは選択しないはず。これでまたもや闇の帝王は予言を手に入れることに失敗したのだ。ならばその怒りがどこに向かうかといえば……予言を手に入れるよう指示されているお父様に他ならない。

せめてこちらの任務を出来るだけ早く成功させなければ、いよいよ闇の帝王の機嫌を損ねてしまう結果になりかねない。

 

いくら巨人達が最終的にこちらに味方する()()があったとしても、時間をかけてしまえば何の意味はないのだから。

 

「さて、仮眠は終わりです。そろそろ行きましょうか。創造主(マスター)も待ちわびておられます」

 

そう二人に声をかけると、二人とも勢いよく立ち上がる。私のことを恐れているのもあるが、彼等とて理解しているのだ。これ以上闇の帝王を待たせてしまえば、自分達の首が物理的に飛びかねない。彼等の仕事が遅いからこそ私が送られてきたのだ。彼等とてこの任務に文字通り命を懸けている。

そしてそんな彼らを尻目に私は自分自身に呪文をかけ始める。

 

『パラジェンス・テネブリス、闇よ覆え』

 

それは闇の帝王から太陽光を防ぐために教えられた呪文。しかし素性を隠すためにも利用できるため、私は『死喰い人』として活動する際もこの呪文を多用していた。

呪文を唱え終わると私の周りにはまるで黒い霧のように闇が纏わりつく。中からは普通に周りを見渡せるが、外からは()()()()()()()()()にしか認識できないことだろう。

これで準備は整った。後はあの()()()を説得するだけだ。

 

 

 

 

クリスマス休暇。例年であれば、私はこの時間家族と穏やかな時間を過ごしているはずだった。

でも今私がいる場所はマルフォイ家とは似ても似つかない森の中であり、一緒に過ごす相手もただの部下でしかない。

お兄様は今頃何をされているのだろうか? 私が家を出る時、酷く青ざめた表情をされていた。しっかり食事を摂れているだろうか。

お母様は何をされているだろうか? ただでさえ痩せておられたのに、家に帰った時には更に痩せておられた。ちゃんと元気に過ごされているだろうか。

お父様は闇の帝王に苦しめられていないだろうか? 今でもお父様が『磔の呪文』をかけられた光景を思い出すと、腸が煮えくり返りそうになる。お父様のためにも早くこの任務を完遂せねば。

……ダフネは元気にしているだろうか? 手紙のやり取りは、()()()()により途絶えてしまっているが、今頃家族と穏やかなクリスマスを過ごせているだろうか。彼女と会う時間がとても待ち遠しい。

気を抜けば取り留めのない、そしてもはやどうすることも出来ないことばかり考えてしまう。

私は闇の中で頭を振り、余計な考えを外に追い出す。

今はこの任務に集中しなければ。これさえやり遂げれば、私は更に自身の有用性を闇の帝王に証明できる。そうすればマルフォイ家を更に守る権力(ちから)だって手に入るはずなのだ。

 

そう、全てはマルフォイ家を、愛する人達を守るために。……家族と再び、穏やかなクリスマスを過ごすために。

 

私はこうするしかマルフォイ家を守ることが出来ないのだから。

たとえ()()()()()()()()()()()


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