ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス 作:オリゴデンドロサイト
ドラコ視点
僕は間違っていたのだ。
何を? 決まっている。全てだ。僕は何を自惚れていたのだろう。
シーカーになれば少しでもダリアの力になれる? 僕の頑張りで、ダリアが少しでも元気になってくれる?
僕がただ正々堂々戦ったくらいで……ダリアが勇気づけられる?
何を馬鹿なことを考えていたんだ。そもそもシーカーが誰でどう戦うかなんて、本当はどうでもいいことだったのだ。そもそも前提条件が違う。もはやダリアの立場は生徒に嫌われるとか、嫌われないとかそんな小さなレベルの話ではなくなっている。
ダリアは今継承者と疑われるどころか、あの闇の帝王に行動を日々縛られ続けている。そんな状態のダリアを、学校のクィディッチ試合ごときで元気づけられるはずがない。出来ても一時的なものだとは分かっていたが、それすら認識が足りなかった。
それに何より……僕が正々堂々と戦ったばかりに、僕はまたダリアを一人にしてしまっているのだ。
試合直後、そして新しい『高等尋問官令』が出た時、学校中がダリアとダフネを責めた。
ダリアは権力を得るためだけにアンブリッジに取り入り、神聖不可侵であるクィディッチを貶めた。ダフネ・グリーングラスはそんなダリアの
実に馬鹿馬鹿しい話だが、今ではこの学校中の人間がその妄言を信じ切っている。それこそスリザリン生も含めて。パーキンソンなどダリアのお陰でダフネと同じ地位につけたと大喜びしていた。親衛隊は監督生を超える権限を持っている。監督生になれなかったが、これで他寮の監督生にすら罰則を与えることが出来ると。あいつはダリアに礼すら言っていたのだ。……その時のダリアがどんな無表情を浮かべているかも気付かずに。
しかしどんなにパーキンソンに怒りを覚えようとも、別にあいつが特別なわけではない。この学校中の人間がそうだ。ダリアを責め、ダフネを責め……そして本来同じ立場であるはずの僕を
試合が始まった直後こそ、奴等は皆僕の箒に対し罵詈雑言を投げかけていた。おそらく去年までと同じ戦略でポッターに挑んでいれば、その評価は決して変わっていなかったはずだ。だが僕は正々堂々とポッターと戦って
……結果、僕に対する生徒達の評価は、少なくともダリアよりはマシだというものになっているのだ。
僕の評価が上がっているわけではない。ただ卑怯なダリアより、少なくともクィディッチでは真面に戦った僕の方が幾分かマシだ。そうこの学校中の人間が思っているのだ。事実僕への悪口も漏れ聞こえてくるが、ダリアとダフネに対する物に比べれば遥かに少ない。
つまり僕は……あんな下らない考えで試合に臨んだばかりに、ただでさえ孤立しているダリアとダフネを更に追い詰めてしまったのだ。
もっと僕が勝利にのみ拘っていれば。去年のようにただポッターの妨害にのみ専念していれば。そう僕は思わずにはいられない。勿論あの戦略を取ったからといって、必ずグリフィンドールに試合で勝利したとは限らない。いくらポッターと同じ条件になったとしても、それで必ず勝つことにならないのがクィディッチだ。だが少なくとも、ポッターとまともにやり合うよりかは遥かに勝つ可能性があった。そしてもし試合でも勝っていたならば、そもそもダリアがここまで生徒達に目の敵にされることもなかっただろう。ダリアと、そしてダフネがここまで学校中から非難されるようになった理由は、根本的にはただあのアンブリッジの理不尽極まりない決定に対する八つ当たりでしかない。ただ非難しやすい人間に当たっているだけ。元々ダリアとダフネは、『継承者』とその取り巻きと認識されていた。これ程叩くのに罪悪感の湧かない組み合わせはない。そんな馬鹿馬鹿しい奴らの性根を考えれば、今の現状は実に分かりやすかった。でもだからこそ、もし僕が勝っていれば……勝利にだけ拘っていればと思わずにはいられないのだ。
ダリアとダフネがやり玉に上がり、それに比べて僕に言及されない事実を認識する度に、僕は言いようのない後悔に囚われる。僕の行動で試合自体には負けたことを、スリザリン生がもはや気にもしていないことに対してもだ。せめて僕もダリア達と同様の立場にいたかった。僕にとっても、周りの生徒達など無価値な連中でしかない。そんな連中に非難されたとしても、僕はダリア達と共にいれば無関心でいられただろう。だが現実は違う。僕は……ダリアの隣にいてやることも出来ない。距離は近いのに……何故かこんなにも遠い。寧ろ僕自身もダリアを非難している連中と同じである気さえする。僕はダリアの家族なのに……僕はダリアをこんなにも愛しているのに、彼女と共にいない。それ程罪深いことがあるだろうか。
それなのに、
「おい、そこのお前! お前は『穢れた血』だったな! グリフィンドール10点減点!」
「そ、そんな!」
僕がどんなにダリアの今置かれている立場に行こうとしても、決してそれは叶わない願いだった。
一人で歩く廊下。僕は偶々近くを通りかかっただけのグリフィンドール生に向かって大声を上げる。ダリアは最近この『初代尋問官親衛隊』という立場を利用し、スリザリン以外の寮から度々減点をしていた。それはおそらくアンブリッジの意に反するわけにはいかないという思いからなのだろう。でもそれがダリアの立場を更に悪くしているのは間違いなかった。だからこそ、僕はそんなダリアと同じ立場になるために……クィディッチでの自身の印象を貶めるために、最近はダリアと同じような行動を繰り返していた。グリフィンドールから点数を減点し、それこそダリア以上に理不尽な理由で罰則を与える。それなのに、僕はどうしてもダリアと同じくらい学校中から嫌われることが出来ない。今だって減点を言い渡したグリフィンドール生から睨み返されてはいても、それでダリアに向けられている程の憎悪を受けることはなかった。
何故だ。何故僕はこんなにも無力なんだ? どうして僕はダリアをこんなにも愛してしまっているのに、こんなにもダリアに罪悪感を覚えることばかりをしてしまっているのだ?
いくら考えても答えは出ない。
……いや、正確にはもうとっくの昔に出ている。ただそれを認めたくないだけだ。
結局僕は……何をどんなに努力したとしても、何一つダリアのためにしてやれることが出来ないのだ。以前から薄々分かっていたことではあるが、結局僕は何一つダリアのために……。
スリザリンのシーカー? 今までと違ったプレーでダリアを喜ばせる?
何を悠長なことを考えているんだ僕は。こんな下らないことを考えていた間にも僕は、
『ごめんさい、お兄様……』
いつだってダリアを傷つけてしまっていたのだから。
僕は試合直後のダリアの悲しそうな無表情を思い出す。試合前までは僅かに綻ばせていたものが、直後に悲しみに染まってしまった事実。今でもダリアの表情は一度も明るくなることはなく、何よりもうすぐクリスマス休暇が始まろうとしている。去年までのクリスマスは、ダリアは家族や親友と穏やかな夜を過ごすことが出来ていた。だが今年のクリスマスは
僕は目の前のグリフィンドール生から視線を外し、近くの窓から見える空模様に目を凝らす。外はもうすっかり白くなっており、曇り空からはチラホラと雪が降り始めている。以前はこの景色を見る度にクリスマスが近づいたことを喜んでいたが……。
クリスマス休暇までもう少し。……ダリアが新たな任務を言い渡されるまでもう少し。
僕がダリアの笑顔を見るチャンスは、他ならぬ僕の手で潰えてしまったのだ。
ダフネ視点
「クリスマス休暇も近い! だから休暇前ということで、今回は今までとは違う呪文をやろうと思う! 今までのどちらかと言えば基礎的な呪文ではない。今回皆にやってもらうのは『守護霊の呪文』だ!」
グリフィンドールのクィディッチチームが実質解散になった後、この会は以前と違い頻繁に行われるようになっていた。グリフィンドールチームは勿論、他の寮もクィディッチに対する情熱を大いに削がれてしまったのだろう。頻繁な召集にも嫌な顔をしている人間は極端に少ない。一部の生徒を除けば、皆かなり高い士気を保った状態でここに集まっている。特に今回ポッターが宣言した呪文で、そんな連中は更に興奮している様子だった。
「しゅ、守護霊の呪文だって!? やった! 僕はこの時を今までずっと待っていたんだ!」
「今まではずっと基礎ばかりだったからなぁ。『失神の呪文』に、『妨害の呪文』だろう。ようやくって感じだよ」
メンバーから次々と肯定的な声が上がる。ハッフルパフのアーニー・マクラミンは興奮で奇声を上げ、ザカリアス・スミスも嫌味こそ言っているがどこか興奮した様子だ。ポッターはそんな連中の興奮に応える様に続ける。
「皆も賛成みたいだね。でも、これは僕が言うのも何だけど、正直かなり難しい呪文だ! 僕も習得するのにはとても時間がかかった! でも大丈夫! 僕だって出来たんだ! 皆が出来ない理由なんてない! それじゃあ始めようか! 今回は二人組になる必要はない! それぞれが自分の中で一番幸せだと思える記憶に集中して! そして唱えるんだ! 呪文は『エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ』。もし成功すれば何かしらの動物が出てくるはずだ!」
そしてポッターの演説がようやく終わると、皆部屋のいたる所に散らばりながら呪文を唱え始める。と言っても、全員が一人一人行動しているわけではない。それぞれ集中してと言われても、結局は皆友人同士で固まり練習している。友人同士笑いあいながら呪文を唱えているのだ。当然誰一人として有体の守護霊を出せている様子はない。
私はため息を吐きながら、
「俺の守護霊ってどんな形何だろう?」
「可愛いのがいいな~。兎とかがいいわね」
などと、呪文の結果を夢想する物ばかりだ。成功までの過程ではなく、結果ばかりを夢想する態度。あれで成功するとは到底思えない。
どうやら連中は興奮しすぎて、逆にこの会の初志を忘れてしまっているらしい。……勿論私も一人になったところで、この呪文が簡単に習得できるわけではない。
『エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ』
杖から出てきたのは大量の銀色の靄。周りを見渡しても、これ程の靄が出ている生徒はいない。しかし有体でもない。分かるのは
幸福な記憶に問題があるわけではない。いや、あってはならない。私の幸福な記憶とは、ダリアやドラコと共に過ごしてきた時間。ダリアも同じ記憶で守護霊を作っているみたいだけど、それは私も同じだ。親友との時間以上に幸せな時間などないし、それが間違いであることなんて万に一つもない。
ではどうして私は有体の守護霊を出せていないのだろうか。この呪文が難しいことは間違いないけど、それだけが原因ではないだろう。
……思い当たるのはただ一つ。認めたくはないけど、それ以外にこんな不完全な守護霊しか出せない理由はない。ダリアも三年の終わり、『守護霊の呪文』を習得した後言っていた。自分は幸福な記憶に集中しきれていなかったのだと。だからあんなにも習得するのに時間がかかったのだと。少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらダリアはあの時言っていた。
幸福な記憶に問題はない。呪文の唱え方にもおそらく問題はない。なら考えられる原因は一つ。つまり私はダリアと同じく、自分の幸福な記憶に集中しきれていないのだ。だからこそ、私は今有体の守護霊を出せずにいる。
しかしそれが分かったところで、すぐに集中出来るかというとそうもいかない。記憶に集中しきれていない原因は、今ダリアと
そして私も……。
私は再度大きなため息を吐き、周りで杖を振っている連中を見渡す。するといつの間にかこちらを見ていた連中が、サッと視線を戻す姿が見えた。まるで私のことを敢えて無視するような態度。私はその姿を見て、また一つため息を零してしまっていた。
私が『尋問官親衛隊』に任命されてからというものの、この会の人間の態度は概ね二つに分かれている。一つ目は私に与えられた肩書に恐れることなく、寧ろより挑戦的な態度で臨んでくるようになった生徒。グリフィンドールの、というより主にウィーズリー兄弟がこれに該当している。ハーマイオニーが彼らの開発したと思しき悪戯グッズを没収してくれなければ、私は常に何かしらの悪戯を警戒しなければならなかっただろう。
そして二つ目は私のことをただ怯えたように見つめる、若しくは怯えていなくとも、私を完全にいないものとして扱っている連中だ。チョウ・チャンといつも一緒にいる女生徒など、最近では常に真っ青な表情で私のことを見つめている。その他大勢の生徒は私を遠巻きに盗み見るばかりだけど、私の存在を無視していることに大して変わりはない。おそらく恐怖や疑念が振り切り、もはや敢えて出来る限り関わらない方が自分達は安全だと思っているのだろう。私をここから追い出したくとも、もう私はここのメンバー全員を覚えている。それならここから追い出すより、私を出来る限り刺激しない方が安全だ。そんな小さな考えが彼らの態度から透けて見えていた。
正直あんな連中が私のことをどう思っていようとどうでもいい。私が学校中の人間から嫌われているのは今更のことだ。これ以上悪化したところで、私はダリアとドラコ、そしてハーマイオニーさえいれば後の人間のことなんてどうでもいい。けど、こうもあからさまな態度を周りで取られ続ければ、流石に呪文に集中しきれないことも確かだった。
チラチラと突き刺さる鬱陶しい視線に、私は何度目か分からないため息を零しそうになっていた。
でもいくら私がこの会で孤立していようとも、決して私が完全な孤独な状態になっているわけではない。案の定少しすると、この会で唯一私の友人であるハーマイオニーがこちらに近づいてくる。……いつものようにネビル・ロングボトムも連れてきたのはもはやご愛敬だろう。
しかもハーマイオニーはしかも他の生徒と違い、今私達がすべきことをキチンと理解している。他の生徒のように雑談に興じるのではなく、私の近くに来ると直ぐに『守護霊の呪文』について話し始めたのだった。
「お疲れ様、ダフネ。凄いわね。貴女の守護霊、まだ有体でなくても、かなり形になったものが出ていると思うわ。ハリーを除けば、この会で一番進んでいるのは貴女よ。ねぇ、何かコツとかあるの? 私、中々幸せな記憶というのが難しくて」
どうやら学年でダリアの次に優秀な彼女であっても、この呪文は流石に一筋縄ではいかないらしい。私は自分の問題点を洗い出すためにもハーマイオニーの質問に答える。
「私の幸福はシンプルなことだよ。ただダリアと一緒にいる時間。それが私の幸福な記憶。私にとって、ダリアと一緒に過ごす何気ない時間が一番幸せなことだから。多分これ以上の記憶なんてないし、本来ならこれで有体守護霊が出ると思うんだけど……。まだまだ集中力が足りないみたい」
「そう……そうね。貴女ならそうよね。ダリアとの時間を幸福と言えるのは、それはとても素敵なことだと思うわ。でも貴女の話を聞いて、やっぱり私の記憶では弱いと思ったわ。私は初めて魔法を使えた瞬間を思い浮かべていたのけど、それよりもっと根本的なことを考えないと……」
私に驚いた表情を浮かべているロングボトムを無視し、私はハーマイオニーの言葉に深く頷く。
確かにハーマイオニーの記憶は少し物足りないと思ったのだ。別に魔法を初めて使った瞬間が悪いというわけではない。それも確かに幸福な記憶には間違いないだろう。特にハーマイオニーはマグル出身なのだから、初めて魔法が使えて嬉しくないはずがない。でも、それが守護霊を呼び出せる程のものかと言えば……私にはどうにも印象が弱いように思えた。ダリアの記憶もそうだけど、この呪文にはもっと自分の根幹に関わるような、もっと本当に自分の奥底にある感情に基づていないといけない気がする。そうでなければあの吸魂鬼の空気に抗えない。あの冷たい空気に晒されても、それでも心の奥底から幸せだと思えるような記憶。吸魂鬼にも否定できない幸福。それは決してハーマイオニーが口にした記憶ではないだろう。
だからこそ私はハーマイオニーにそのことを話そうとした。でも、
「そうだね。ちょっとその記憶は……この呪文には弱いかもね。もっとこう、友達のこととか。貴女のグリフィンドールの友達は
「君は本当に……ダリア・マルフォイのことが大切なんだね」
横から声がかかったことによって、私の話は突然遮られてしまった。
おそらく独り言でしかなかっただろう言葉に視線を向けると、そこには先程までと同じく驚いた表情を浮かべるロングボトム。言葉を遮られた私が胡乱気な視線を向けても、彼はただ驚いた表情で私を見つめるばかりだった。
ハーマイオニー視点
「何? 何か問題でもあるの? ダリアは私の親友よ。大切じゃないはずがないでしょう?」
ネビルの呟きに反応するダフネの声は、お世辞にも友好的なものではなかった。
これがもしネビルに向けられるものではなかったら、おそらく今この場で喧嘩が発生していたと思う。でも、実際はそんなことにはならなかった。ネビルはグリフィンドールの中で一番穏やかな性格をした生徒であるし、そもそも彼の言葉は、
「そ、そうだよね。……本当に、そうなんだよね」
決してダフネを馬鹿にするためのものではなかったのだから。
彼はダフネの言葉にもただ驚いた表情を浮かべ、そのまま一人考え込んでしまっていた。そんなネビルの反応に怒りが冷めたのか、ダフネが呆れた表情を浮かべながら私に話しかけてくる。
「……どういうことなの? この人は一体何が言いたかったの?」
「……さぁ。でも、決して悪いことではないと思うわよ」
私はダフネの言葉に少し微笑みながら応える。
ネビルはダフネの友人を慕う言葉に驚いていた。あのダリアを友人とし、彼女をこそ純粋に大切だと言う言葉に。それはネビルが他の生徒と同じくダリアのことを誤解していることに他ならない。でも同時に、そんなダリアと付き合うダフネに驚くということは……ダフネはもう他のスリザリン生と同じだとは思っていないことを表していた。ダフネをダリアの取り巻きとしてではなく、ただ純粋に友達思いの女の子であるのだと。そんなダフネが悪名高いダリアを友人と呼ぶ。その事実にこそ、ネビルはこんな風に驚いているのだ。今までのネビルならそんなことに一々驚かなかったと思う。ただダフネをダリアの取り巻きとしてしか見ていなかった、今までの、ダフネの人となりを知る前のネビルならば。
少しずつ……まだ一人だけど、確実にダフネの味方が増えつつある。今はまだ私とルーナ、そしてネビルだけだけど、ダフネのことをシッカリと見ているスリザリン生以外の生徒が確実にいるのだ。
その事実を私は感じ取り、思わず微笑まずにはいられなかった。
しかしそんな私の考えに気付くことなく、ダフネは胡乱気な表情で私を見つめてから続ける。
「ハーマイオニーも何を言ってるの? まったく……ロングボトムに何をさせたいんだか。まぁ、彼のことはどうでもいいや。そんなことより幸福な思い出の方だよ。さっきも言いかけたけど、今度一緒にお風呂に行こうよ! まだ使ったことはないんだけど、何でも監督生専用のお風呂があるんでしょう? ダリアも監督生の権限を得たことだし、折角だから一緒に行こうよ!」
「……それはいい考えね。私もまだ利用したことがないの。有体守護霊が生み出せるかはともかく、またダリアを誘っておいてくれるかしら? 私が誘っても、ダリアは絶対に来てくれないだろうから……」
「うん、いいよ! 偶然ハーマイオニーが一緒になったことにするよ!」
ダフネが私の言葉に満面の笑みを浮かべる。そんな彼女を横から見つめるネビル。彼の表情には相変わらず困惑が浮かび上がっているけど、それでもその瞳はどこか眩しいものを見つめるものだった。
ダフネは気付いていないのだろう。確かにここのメンバーのほとんどは未だ彼女のことを敵視している。それどころか『尋問官親衛隊』の一件以来、その敵意はより一層激しいものになっている。その事実が優しいダフネの心を僅かに傷つけ、彼女の『守護霊の呪文』を妨げているのは間違いない。そうでなければ幸福な記憶がハッキリしている彼女が呪文を完成出来ていない道理がない。でも同時に、全てが全て悪いことばかりではないのだ。今は辛いことばかりでも、ダフネがダフネであり続ける限り、いつかは皆だって分かってくれる。ルーナしかり、そしてネビルも。彼女の本質に気付き、今まで固執していた歪な偏見を捨ててくれる人だって確実にいる。その輪はネビルを皮切りにいつかきっと……。
城の外は雪が降り始め、一面真っ白な光景になっている。クリスマス休暇まで後もう少し。
私は休暇が迫る中……そんなどうしようもなく
ダリア視点
私の幸福とは家族やダフネと共にいること。それ以上でもそれ以外でもない。だからこそ私は彼らの幸福な姿を眺めるだけで満足であったのだ。
そんな幸福を、他ならぬ私自身が阻害していると心の奥底で感じながら……。
でもそんな認識もルーピン先生のお陰で少しだけ変えることが出来た。こんな怪物でも、彼らと存在していていいのだと。私が怪物であったからこそ、私は彼らと一緒にいることが出来たのかもしれないと。そんな風に少しだけ自分を許すことが出来ていたのだ。本当に……家族やダフネ、そしてルーピン先生には感謝してもしきれない。こんな私でも生きる意味を見つけ出すことが出来ていた。
そう……出来て
いよいよ始まったクリスマス休暇。私とお兄様、そしてダフネはキングズ・クロス駅にいた。外の冷気に吐く息は白い。こればかりはどんなに世間が移り変わろうとも変わらない光景だ。
しかし全てが例年と同じかと言えばそうでもない。辺りを見回しも生徒の数は例年より少ない気がするのだ。老害が世間の信用を失っている以上、皆が皆喜んで城から帰るものだと思っていたが……僅かではあるがポッターや老害の言うことを信じている生徒や家族が存在しているのだろう。少なくとも見える範囲には、ダフネ以外の『ダンブルドア軍団』とやらのメンバーはほとんど存在しない。それは偏に例の会に参加するメンバーのほとんどが、ポッターの言うことをキチンと信じていることに他ならなかった。今は家よりもホグワーツの方が安全。それを彼らは正しく認識しているのだ。それでも帰っている人間はそもそも会に参加しながらポッターのことを信じていないか、それとも
「それでは、ダフネ。よいクリスマス休暇を」
これもいつもとは違うことの一つだろう。いつもであれば、ここで彼女に手紙を書くと言うところだ。でも私は今はそんな
そしてそれをダフネも分かっているのか、その可愛らしい瞳を悲しみに歪ませながら応えた。
「……うん。ダリアも気を付けて。……ねぇ、やっぱり休み中は私も一緒にいてもいい?」
「……いいえ。何度も言ったでしょう、ダフネ。私はおそらく……そもそも家にいることもほとんどないでしょう。私の傍は決して安全な場所ではない。……今はどこも安全とは言えませんが、少なくとも私の傍よりは遥かにマシなはずです」
ダフネの言葉は優しさに溢れたものばかりだ。彼女の気遣いに私はいつだって助けられてきた。私はダフネにもう返しきれない程の恩を受けている。
でも私はダフネが優しいからこそ、こうして彼女の嬉しい言葉さえ断ち切らなくてはならない。私の望みは、私の大切な人達が安全で幸せな暮らしを送ること。そこに私の幸せなど介在する余地はない。彼らの幸せこそが私の幸せであり、そこに私が望む全てなのだ。ダフネや家族と共にいたいなどという感情が邪魔になるのなら……私はいくらでも自分の感情を殺してみせる。いや、殺さなくてはいけない。そうでなければ、私の存在する価値もないのだ。こんな無価値な命に意味と価値を彼女達が与えてくれた。それを彼女達に返すことこそが、私の生きる意味なのだから。
……だから、
「そんなわけないよ! それにどんなに危険でも、私はダリアの傍に、」
「ダフネ、そろそろ時間です」
私は本来なら、決してダフネとの別れを悲しいとすら思ってはいけないのだ。私はピクリとも動かない表情筋を、何とか笑顔に見えるよう努力しながら続ける。
「貴女のご両親も帰りを待っているはずです。大丈夫。別にこれで永遠の別れなんてことはないのです。休暇が終わればまた会えます。確か監督生用の風呂でしたか?
「ダリア……」
果たして私の言葉に意味はあったのだろうか。優しいダフネの気持ちを少しでも和らげてあげることが出来ただろうか。
答えは当然……私の言葉に意味などないというものだ。
私が絞り出した言葉にもダフネの表情が決して和らぐことはない。当然だろう。私がダフネを騙し遂せたことなど今まで一度としてないのだから。
しかしだからといって私のやるべきことが変わるわけではない。私はダフネの頬をそっと撫で、そのまま迷いを断ち切るために歩き始める。背後からは、
「ダリア! 絶対に……絶対に怪我をしないでね! またクリスマス休暇明けに!」
ダフネの大声が響いているけど、私は軽く手を振り返すだけだった。
迷いを断ち切るために私は前を向いて歩き続ける。少しでも自分の中の迷いと自己嫌悪を振り切るために。なのにダフネの他にも、ここには私の迷いを呼び起こす方がもう一人いた。
「ダリア……本当にいいのか?」
前を向く私にお兄様が横から話しかけてくる。それも本当にどうしようもない内容の言葉で。私はお兄様の言葉を感情のままに無視した。おそらくこんなことをしたのは初めてのことだろう。でも、どうしようもないのだ。本当にいいのか? いいわけがない。現状私に出来ることなんて何も無いに等しい。ましてや、
「今ならまだ間に合うはずだ。このままホグワーツに戻ろう。家に帰ってしまえば、お前はまた『闇の帝王』に何か指示されるのだろう? ならホグワーツに戻るべきだ。今ならまだ、」
「いいえ、お兄様。そんなこと出来るはずがありません。ご安心ください。私が必ずお兄様のことをお守りします」
家族に危険が及ぶ可能性がある選択など出来るはずがないのだ。お兄様としては、私が今から行かされるだろう任務が心配で仕方がないのだろう。そしてその認識は間違ってはいない。以前見た夢が正夢なら、私が行かされるであろう場所は決して安全な場所などではない。だが安全ではないからといって私が任務から逃げ出したらどうなるかなど……考えるまでもなかった。ただでさえ
「……僕達のことはどうでもいいんだ。僕はダリア、ただお前のことを心配しているんだ。……そんなに辛そうな表情を浮かべているのに、心配にならないはずがないだろう」
「いいえ、お兄様。そんな表情などしていません」
「してるさ。それに……この前も『守護霊の呪文』が、」
「それこそ関係ありませんよ。お兄様、そのことは忘れてくださいと言いましたでしょう?」
「だがお前の守護霊はあんなにも綺麗なオーグリーだったのに、
「関係ありません。さぁ、行きますよ。
やはりお兄様に
ダフネが『DA』から帰ってきた直後、会で『守護霊の呪文』を習得することになったと言ったのだ。その時彼女に請われ、私はその場で久方ぶりに守護霊を出そうとした。
でも出なかった……。私の幸福の形であるオーグリー。何故オーグリーなのだという疑問は拭い切れないが、それでも私の幸福の形であることに間違いなかった。ルーピン先生のお陰でようやく形になっていたのに……もはや形になってすらいなかった。何の動物か判別することも出来ない、ただの銀色の靄。それが今の私の形だったのだ。
あの時は調子が悪いだけと誤魔化したが、お兄様は、そしておそらくダフネも私の言葉を信じてはいないことだろう。だからこそお兄様とダフネはこんなにも心配そうな表情をされているのだから。
勿論だからと言ってやるべきことは変わらない。私は今度こそお兄様の制止を振り切り、そのままホーム出口に向かって歩み続ける。
私の幸福とは家族やダフネと共にいること。それ以上でもそれ以外でもない。だからこそ私は彼らの幸福な姿を眺めるだけで満足だ。
でもそんな幸福を他ならぬ私自身が阻害していると、私は心の奥底から気付いてしまっている。
一時的に自分を誤魔化せたことはあっても、今はまた……。
そして守護霊を再び失った時、私は同時に気が付いてしまった。
「よくぞ戻った、ダリア、ドラコ。さぁ、ダリア。あのお方がお待ちかねだ」
「はい、お父様。……
ホーム出口には迎えに来てくださったお父様の姿。いつもであれば待ちに待った家族との再会。なのに今は……それをいつもより嬉しく思っていない自分がいるのだった。