ハリー・ポッターと帝王のホムンクルス   作:オリゴデンドロサイト

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あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!


ダンブルドア軍団

 

 ダフネ視点

 

指示されていた時間を疾うに過ぎた時間。私は重すぎる足取りでホグワーツ内を歩く。

一歩進むごとに更に憂鬱な気分になっている。普通に歩けばもっと早くつけたのだけど、どうしても行きたくないという思いが強くてこんな時間になってしまった。

でもダリアに直接言われている以上、まさか実際には行かず、どこかで適当に油を売るなんて選択肢もとれない。

結果時間に大幅に遅れても、

 

「……本当にここなの?」

 

指定された場所に辿り着いてしまった。

そこは一見何もない場所だった。トロールがバレエをしているという奇天烈過ぎる絵こそ掛かっているけど、それ以外は特に何の変哲もない廊下。しかも指定されたのは奇妙な絵の向かい側だ。つまり一見ただの石壁でしかない。ここにドビーの言う『必要の部屋』とやらがあるようには見えない。

もっとも一見何もなくとも、別にドビーの言うことを信じていないわけではない。ドビーがダリアに直接伝えた情報。それが嘘であるはずがない。だから一見何もないとしても、それは確実にここに存在するのだろう。

私はため息を一つ吐くと、ドビーに教わった通りの行動を取り始める。入りたくはないけれど、今部屋の存在を確認しておけば後でダリアと来ることも出来る。ダリアに安心して過ごせる空間を提供することが出来る。そう自分に言い聞かせながら、私は言われた通りのことを考え、一見ただの石壁の前を往復し始めた。

 

『誰にも見つからずに魔法の練習が出来る場所』

 

傍から見れば実に馬鹿なことをしているように見えることだろう。ただ何もない空間で意味もなくブラブラしているのだから。しかし結果は激的だった。思考しながら石壁前を三往復したところで、遂に石壁に変化が現れたのだ。顔を上げると、そこには先程までは無かった扉が現れていた。

……成程、これは『しもべ妖精』くらいしか存在を知らないわけだ。自分の必要な条件を念じながら、こんな何もない空間を三往復する? そんなの、条件を知らなければ誰も見つけられない。見つけられたとすれば余程運が良かったと言える。これならダリアとの時間も邪魔されることはないだろう。

尤もその前に嫌な連中との時間を過ごさないといけないわけだけど。

扉の出現に一瞬驚いた後、私はこれ以上は先延ばしに出来ないと中に立ち入る。そして当然中には私の想像していた通りの人間達が既に存在していた。

中に入った瞬間、中の人間達が一斉にこちらを向く。しかも私のことを認識した瞬間、警戒と敵意に満ちた表情に変わるおまけ付きで。どうやら私が来るとは微塵も考えていなかったらしい。唯一私を歓迎しているのは、

 

「ダフネ! 遅かったわね! 門限はまだ大丈夫だけど、まさかアンブリッジに捕まったのかと心配していたのよ!?」

 

「あ、グリーングラスだ」

 

会の発起人であるハーマイオニーと、そんな彼女の横で小さく手を振っているルーナ・ラブグッドくらいのものだろう。この二人がいなかったら、私はそもそもダリアのお願いであろうともこんな所に来はしない。でも真面な人間が二人いたとしても、ここの連中の大多数が嫌な奴であることに変わりはない。ハーマイオニー達に続き、ザカリアス・スミスが厭味ったらしい声音で話しかけてくる。

 

「驚いたよ。……グレンジャーはこいつが裏切り者ではないって言い張っていたけど、まさか場所と時間まで教えていたとはね。……本当にこいつがいても安全なのかい? こいつはスリザリンの監督生だし、その上アンブリッジの高等尋問官令のこともある。呪いをかけたと言っても、本当にそれが機能している証拠はあるのかい?」

 

一々癇に障る話し方をする奴だ。本当にアンブリッジにこいつだけは通報してやろうか。そんな感想を抱くが、周りの連中はザカリアスの言い方にこそ不快感を抱いても、どうも奴の言い分自体には反論はない様子だ。アーニー・マクラミンとかいう、前回真っ先に私に噛みついてきたハッフルパフ生に至っては大仰な仕草で頷いている。

尤もハーマイオニーも何も考えていないわけではない。おそらく私が来るまでにも同じ話をしていたのか、少し疲れた表情を浮かべながらハーマイオニーが応えていた。

 

「先程も言ったでしょう? ダフネは大丈夫よ。監督生かなんて関係ないわ。それにもし彼女がアンブリッジにここのことを伝えていたら、今頃私達は全員捕まっているはずよ。今は前回と違って、この集会も違反にされたから。……この集会のことをアンブリッジが許可するはずないもの」

 

そしてさり気なく私を守るような立ち位置に移動しながら続ける。

 

「ダフネのことは私が全責任を持つわ。だからこの話はもう終わりよ。これ以上この話をするなら、私がこの会を抜けるわ。そんなことより私達が今すべきことをしましょう。まずはリーダー決めね。勿論ハリーが教師役な以上、彼こそがリーダーに相応しいと思うのだけど。反対の人はいるかしら?」

 

ハーマイオニーも彼等の説得を諦めたのだろう。彼女も私をこの会に残すには、ある程度私に対する意見を無視する必要があるとようやく覚ったのだ。私としては是非とも問題を大きくしてくれた方が大っぴらにここを離れることが出来るのだけど……流石に自分から喧嘩を売るつもりは今のところない。そしてその判断は正しく、少し腑に落ちない表情を浮かべながらも連中は答えた。中でも一人の女生徒が酷く熱心な様子で声を上げる。

 

「いるわけないわ。ハリー以外にリーダーに相応しい人なんているはずがないもの」

 

まるでハーマイオニーのことを、どうかしているんじゃないのかという風な視線で見ている。他の生徒も頷いてはいるけれど、彼女は特に熱心な様子だ。ハリー・ポッターの盲目的信者が多いとは思っていたけれど、どうやらあの女生徒はウィーズリーの妹()()、ポッターに特別な感情を抱いているらしい。本当にやっかいな場所に来てしまったものだ。

しかしそこまで考え、私はある事実に今更ながらに気付く。

前回も酷くポッターにご執心な様子だったけど、よく見ればこの女生徒……セドリック・ディゴリーとクリスマス・ダンスを踊っていた生徒だ。確かチョウ・チャンとかいう名前の。欠片ほども興味がなかったため今まで気付かなかったけど、確かにあの時彼と踊っていた女生徒。それが今ではハリー・ポッターにご執心な様子……いや、正確にはセドリック・ディゴリーはただの友人でしかなかったのだろう。セドリック・ディゴリーはともかく、彼女の方からすれば……。

別にセドリック・ディゴリーに()()思い入れがあるわけではない。でもどうしてだろう。何故かポッターを熱い視線で見つめるチョウ・チャンを見ていると……無性に悲しい気持ちになっていた。

誰が悪いというわけではない。このチョウ・チャンという生徒が悪いわけでは勿論ない。でも、ダリアのことを思うと……。

その事実に気づき少しナイーブな気持ちになる私を他所に、目の前でさして重要でもない話は続く。

 

「そうね。では賛成多数ということで、ハリーがリーダーで決まりね。では次ね。この集会の名前のことよ。いつまでも集会と呼ぶわけにもいかないでしょう? 何かいい案はないかしら?」

 

ハーマイオニーはもっともらしいことを言っているけど、私からすれば名前なんてどうでもいい。

 

「反アンブリッジ連盟なんてどう? あの女……散々私達グリフィンドールを馬鹿にして……」

 

「アンジェリーナ。クィディッチの件で苛立っているのは分かるけど、その名前はあまりに短絡的よ。その名前だと外で口に出来ないわ。どちらかと言えば、聞いても直ぐは私達の目的を悟られない名前。外でも安全に名前を呼べる方がいいと思うの」

 

私にとってこの集会はただ行けと言われて来ているに過ぎない場所。だから名前なんて何でもいい。それこそアンジェリーナとかいうグリフィンドール生の提案する『反アンブリッジ』でもいいくらいだ。どうせダリア以外とこの集会の話をする予定はない。他の生徒と違い、ハーマイオニーとダリア以外にこの集会の話題を振ってるくることもないだろう。

 

でもだからと言って、

 

「なら、『DA』なんてどうかしら。『防衛協会(ディフェンス・アソシエーション)』の略よ。これなら外で話しても問題にならないわ」

 

「……いいわね。それにその略なら『ダンブルドア軍団(アーミー)』の略でもあるわ。魔法省が今一番恐れているのはハリーとダンブルドアよ。これなら嫌がらせの意味も含めることが出来るわ」

 

私のこの世で一番嫌いな人間の名前がつくのだけは、どうしても我慢できなかったけれど。

チョウ・チャンの意見に、ジネブラ・ウィーズリーが余計な意味を加える。

その言葉を聞いた瞬間、私の表情は知らず知らずの内により険しいものに変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー視点

 

「ハーマイオニー……。ここまで来ておいてなんだけど、私やっぱりこの会抜けていい? 私、()()()の名前がついている会に参加するなんて死んでも嫌。反吐が出そう」

 

多数決で会の名前が決まり、いよいよ魔法の練習をするために二人一組になり始めた時……ダフネが私の方に近寄り、開口一番にそう告げてくる。言葉通り表情いっぱいに嫌悪感を乗せた状態で。

原因は勿論先程決まった名前のこと。提案された瞬間から険しい表情を浮かべていると思っていたけど、やはり相当怒り心頭だったらしい。いつもの可愛らしい瞳を今は怒りに歪ませている。

尤も……私はダンブルドア校長のことを尊敬しているけれど、彼女の気持ちも痛い程分かる。今までのことを考えると、ダリアのことを第一に考えているダフネが怒らないはずがない。どんな理由があったとしても、ダンブルドア校長がダリアの苦しみの一端を造り上げているのもまた事実なのだ。校長同様無自覚にダリアを苦しめ続け、今でも彼女を困らせているだろう私にとやかく言う権利などないけれど。

ただでさえ嫌々参加している会に、その憎んですらいる人物の名前がつく。ダフネからすれば、それこそ吐き気がする程嫌な体験だろう。黙って帰ってないことの方が奇跡と言っていい。それだけの権利が彼女にはある。それでも帰っていないのは、偏にこの会の主催が実質私であるからだろう。彼女をここに踏みとどまらせている理由は、親友である私がここにいる以外にない。

でも……だからこそ、私は今彼女をここから帰すわけにはいかない。私もダフネがこの会に参加している以上、出来るならばこの『ダンブルドア軍団』という名前をつけたくはなかった。でも多数決で決められてしまった以上、もう私がいくら言っても意味はない。

それに何より、名前がどうであろうとこの会の趣旨が変わるわけではないのだ。

ダリアは嫌がるダフネを、そうと知りながらこの会に無理やり参加させている。友人や家族のことを第一に考える彼女が必要だと考えたのなら、必ずやそこにはダフネを守るための意図があるはず。なら私に出来ることは、必ずダフネに危険が及ばないように配慮しながら、この会の目的である『自分の身を守る技術を身に付ける』を完遂すること。それはダフネのことも例外ではない。ダフネは気にくわないかもしれないけど、ハリーの教えてくれるだろう話は必ず彼女の役に立つ。

だからまず私がすべきなのは、

 

「あぁ、別に出て行ってもいいんだぜ。こっちもその方が嬉しいくらいさ。なんならスリザリン談話室まで送って差し上げよう」

 

「出口はあっちだぞ。それと、もしダリア・マルフォイやアンブリッジのババアにここのことを教えたら……ただじゃおかないぜ。ハーマイオニーの呪いが出る前に、お前のカボチャジュースにこの薬を垂らして、」

 

「フレッドとジョージは黙っていて。それにその薬も仕舞いなさい。今までは見逃していたけど、もしその薬を実際に生徒に使ったら私も黙ってはいないわ。監督生として先生にも報告します」

 

ダフネを他のメンバーから守り抜くことだった。

ダフネの発言を近くで聞いていたフレッドとジョージに私は鋭い視線を投げる。彼らの手元にあるのは、彼ら自身が作ったと思しき魔法薬。去年ハリーが手にした『三大魔法学校対抗試合』の優勝賞金を資金源に造り上げたものだ。別に致死的な効果があるものではない。彼等が目指しているのは自分達の悪戯グッズ専門店。実験が本格的になり談話室の端で見かけるようになった光景も、ただ鼻血を出したり、一時的に顔色が変わったりと可愛らしいものばかり。どれも命に関わるようなものではなく、少し先生達を困らせる様な物ばかりと言える。でも今までの様に自分達が細々と実験台になるならまだしも、他の生徒、それどころか私の親友であるダフネに飲ませるなんて言語道断だった。何より私のことを信頼してくれているダフネやダリアを裏切ることになる。

 

「な、そりゃないぜ、ハーマイオニー。俺たちはただ、」

 

「まさかハーマイオニー。この腰巾着の肩を持つのかい? こいつのせいでジニーは今も、」

 

「言い訳なんて聞かないわ。ほら、今は組み分けの時間なんだから、早く二人組になって」

 

私は二人を追い払うと、今度はダフネの方に向き合いながら言う。

ダフネの気持ちは分かるけど、今ここで帰せばここまでの努力が全て無駄になってしまう。だから私はなるべく優しい声音を意識しながら言葉を紡ぐのだった。

 

「ごめんなさい、二人が馬鹿なことを言って。……これからも彼等のようなことを言ってくる人はいると思うわ。でも、私が必ず全力で守るから。……それと名前の件だけど、正式には『防衛協会(ディフェンス・アソシエーション)』よ。ダンブルドア軍団は彼等が勝手につけている名前。……私はそう思うことにしているわ。たとえ名前に別の意味を付け加えられようとも、この会の目的自体が変わるわけではない。ダリアもそう思っているからこそ、貴女をここに送ってきているはずよ。私はダリアの思いを裏切らないためにも、今ここで貴女を帰すわけにはいかない。……だからもう少しだけここにいてちょうだい」

 

卑怯な言い方だと自分でも自覚している。ダリアの名前を出して、ダフネが納得してくれないはずがない。

そしてそんな私の予想通り、ダフネは苦虫を噛み潰した様な表情で応える。

 

「……ハーマイオニー。本当に貴女はグリフィンドールよりもっと相応しい寮があったよ。本当にずるい言い方……。ドラコやダリアといい勝負だよ。そんなこと言われて、私がここで出て行くことなんて出来ないじゃない。分かったよ。いればいいんでしょう? まったく……あの糞爺。どこまでも私達の邪魔を……」

 

「ごめんなさい。せめて今回は私が貴女と組むわ。……いつかは違う人とも組んでもらわないといけないけど、それで今回は我慢して。実力が拮抗していないと訓練にならないこともあるから」

 

そうしてダフネは表情こそ厳しいままだけど、どうやら私の言葉に一応の納得はしてくれたらしかった。今すぐにも帰ろうとしていた姿勢を正し、一応私の方に向き合ってくれている。私と二人組になるという提案を受け入れてくれるらしい。

……最初は彼女を守るためにも、私と二人組になった方がいいだろう。実力的にはおそらく彼女もグループの中で頭一つ飛び出ているとはいえ、他の人と組んだ場合何をされるか分かったものではない。勿論最終的には私以外の人とも組んでもらう予定ではある。いつまでも私とばかり練習していたのでは意味がない。でも、今はその時ではない。せめて彼女の実力がハッキリとし、皆が少しでも彼女のことを認めてくれるまでは……。

そしてそんなことを考えていた私達の耳に、遂に教師役であるハリーの声が届いた。

 

「皆、二人組になったね! ではまず練習するのは『エクスペリアームス、武器よ去れ』、そう、『武装解除術』だ」

 

いよいよ始まった『防衛協会(ディフェンス・アソシエーション)』。場所決めから始まり、名前決めまで色々な紆余曲折があったけれど、ようやく私達はスタートラインに立つことが出来た。その栄えある最初の呪文は『武装解除術』となるらしい。私達が二年生の時に教わった呪文。基礎的な呪文ではあるけれど、ハリーが選んだのだからそれは間違いなく必要なことなのだろう。

でも当然納得しない人間もいるわけで、

 

「おいおい、頼むよ! 曲がりなりにもこの会は『例のあの人』から身を守るためのものなんだろう? それが『武装解除術』? そんなものが本当に役に立つのかい?」

 

ザカリアス・スミスが呆れたような声を上げていた。

いつも嫌味な彼はそう言うと予め予想していたけど、他にも何人か同じような表情を浮かべている。見れば目の前のダフネもどこか胡散臭そうな表情でハリーのことを見ていた。しかし今まで数々の実績を成し遂げてきたハリーの意見がそんなことで変わるわけではない。ハリーはそんないくつもの視線にも臆することなく、実力や経験に裏打ちされた余裕のある声音で返した。

 

「そうだ、この呪文は本当に役に立つ。僕が去年あいつと対峙した時もこれを使った。そして僕の命を救ってくれた。基礎的な呪文だけど、練習し過ぎなんてことは絶対にないんだ。それでもこの呪文じゃ程度が低すぎると言うのなら、いつでも出て行ってもいい。では構えて!」

 

集会までは恥ずかしかったのか、どこか嫌々な雰囲気すら感じられたハリー。でもいざ始まってしまえば、やはり私とロンの予想通りハリーは素晴らしい教師役だった。指導に迷いが一切ない。実力は確かにダリアの方が上だろうけど、今まで積み上げてきた経験が他の生徒とは段違いなのだ。冷静な声音に、反対していた誰もが何も言うことが出来ず、渋々ながら練習を開始しようとしている。ダフネもどこか忌々しそうにハリーのことを見つめた後、黙って私の方に杖を構えてくれていた。

そしてようやく、

 

「よーし、三つ数えて、それからだ。いち……にい……さん!」

 

今度こそ、私達の活動は始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー視点

 

部屋中に、

 

『エクスペリアームス!』

 

という叫びが響き渡っている。呪文があちこちに飛び交い、それと同時にいくつかの杖が術者の手元から吹っ飛んでいる。

でも飛んでいる杖も数本でしかない。ほとんどの生徒はお粗末な呪文を放っているか、もしくはそもそも呪文を出せてもいない。やはり基本から始めるべきだという考えは正しかった。真面な呪文を使えているのは……悔しいことにハーマイオニーとダフネ・グリーングラスのペアくらいのものだ。後は呪文を放てていてもギリギリ及第点でしかない。とても実戦に役立つとは思えなかった。

ダフネ・グリーングラスなんかを褒めるのは癪だけど、実戦に耐えれるのはハーマイオニーとこいつくらいだろう。よりにもよって『ダンブルドア軍団』に紛れ込んだ()が一番優秀なんて。

でも今はそんなことを言ってはいられない。ダフネ・グリーングラスがいくらダリア・マルフォイの手下だとしても、この会に参加している以上何か出来るとは思えない。勿論ハーマイオニーのかけた呪いがしっかり発動していればの話ではあるけど、そこの所は僕もハーマイオニーを信用している。正確にはここまで入り込まれた以上信用するしかない。ヴォルデモートの手下であるダリア・マルフォイにもここの情報は伝わらないはずだ。なら僕の今すべきことはグリーングラスに注意を払うことではなく、今呪文を上手く使えていない生徒をサポートすることだ。

 

「ロン、少し誰かと練習しておいてくれるかい? 僕、他の皆の様子を少し見てくるから」

 

そう考えた僕はペアのロンと一旦離れ、まずは一番手近の、そして最も指導しなければならないだろう人物に声をかけた。

 

「ネビル、ジニー。どうだい、調子は?」

 

それはネビルとジニーのペア。『ダンブルドア軍団』の中で最もマズいと思ったペアだ。もっともジニーの方はそこまで問題ではない。荒削りではあるけど、年下であることを考えると十分優秀と言えるだろう。寧ろDAの中で指折りの実力者だ。

そう……問題はもう一人のネビルの方。一見するだけで呪文が出るわけがないと思える程の動きだ。構え方も、杖の振り方も、呪文の唱え方も何もかもが出鱈目だ。このままやっても彼が呪文を習得できるとは思えなかった。そしてそれはネビル自身も分かっているのか、声をかけた僕に青白い表情で応えた。

 

「ハリー……見ての通り最悪だよ。ジニーは本当にすごいんだ。僕より年下なのに、こんなに上手く呪文を使えてるんだから。それに比べて僕は……本当に駄目な奴だよ」

 

「そ、そんなことないわ、ネビル。ほら、もっと練習しましょう! そのための『ダンブルドア軍団』なんだから!」

 

暗い表情のネビルにジニーが励ましの言葉をかける。でもそれすら効果がなかったようで、より一層ネビルの表情は暗いものになっていた。

これではどんな慰めの言葉をかけても無駄だろう。彼に必要なのは第一に少しでも成功したという経験だ。ただでさえネビルは今まで多くの失敗をしてきた。それこそとんでもない物も含めて。成功した経験なんてほとんどなく、得意なのは僕の知る限り『薬草学』くらいのものだろう。それが彼の元からの自信の無さに拍車をかけているのだ。これを断ち切るにはまずはこの呪文を一回でも成功させるしかない。

 

「そうだよ、ネビル。大丈夫だ。君なら必ず出来る」

 

「で、でも、」

 

「でも、なんてない。僕を信じてくれ。まずは構え方からだ。そんなに体を強張らせていたら、出来ることも出来なくなってしまう。もっと体の力を抜いて。次に振り方だ。そんなに小さく振っても駄目だ。……あそこで派手に杖を振っているアーニー程はやらなくてもいいけど、もう少し大きく円を描くように杖を振らなければ。最後に呪文だ。『エクスペリアームス』。君は途中でどもっているんだ。呪文は間違っていないんだから、もっと自信を持て。後は唱えるだけで成功する。ほら、やってみて」

 

「う、うん……やってみる」

 

「大丈夫だ。君はもっと自信を持て」

 

だから僕は見える限りの場所を手取り足取り直し、何とか一回だけは成功させてあげようとする。そしてその思惑通り、

 

「……エクスペリアームス! や、やった! ハリー、ジニー! ぼ、僕出来たよ!」

 

つたない魔法ではあるけれど、何とか一回真面な呪文を放つことが出来たのだった。

別に実戦に使えるレベルのことが出来たわけではない。杖は軽く飛んだだけな上、反撃する気のないジニーに当てただけ。本当の決闘では、相手が杖をただ持った状態で立っていることなんてあり得ない。

でも成功は成功だ。今までの状態に比べれば当に劇的な進歩と言える。

だからこそ僕とジニーは手放しにネビルを褒めちぎった。

 

「すごいぞ、ネビル! やっぱり僕の言った通りだろう? 君は出来るんだ! もっと自信を持つんだ!」

 

「そうよ、ネビル! さぁ、もっと練習しましょう! ハリーの言った通りにやれば、必ずもっと上達できるはずよ!」

 

「う、うん、そうだね……。ありがとう、ハリー、ジニー」

 

もうこれなら安心だろう。この一回の成功で、少なくともコツを掴めたはずだ。ならばもう後は僕が付きっ切りで教えるのは逆効果だろう。何より僕が教えないといけない生徒はまだ大勢いる。未だに大げさに杖を振っているアーニーや、口では大きなことを言っていたけど、その実全く呪文が成功していないザカリアス・スミス。気の乗らない奴もいるけど、この会に参加している以上あいつのことも指導しなければならない。それに何より……この会にはチョウ・チャンだって参加している。彼女のことも僕は指導しなくちゃいけないんだ。

 

「それじゃぁ、ネビル。僕は次の場所に行くよ。ハーマイオニー! 君にも指導お願いしていいかい?」

 

「えぇ、いいわよ! それではネビル、先程出来たことをもう一回やってみせて」

 

そして僕は少しだけ湧き上がったやましい気持ちを抑え込みながら、次に指導すべきペアに向かって進む。

ネビルに自信をつけてもらうための指導だったけれど、僕の方も今ので自信が付いてきた。人に物を教えたことなんて一度もないから自信なんてなかった。でもネビルが自信を持ってくれたんだ。僕だって自信を持たなくては、僕を教師役として相応しいと信じてくれたハーマイオニーにロン、そして僕の言うことを信じてついてきてくれているネビルに申し訳ない。

そう僕は少しだけ胸を張り、でもそれが彼女に嫌味に見えないように注意しながら足を進めるのだった。

 

 

 

 

……だから、

 

「う~ん、ハリーのお陰で基礎は出来ているのだけど、まだ荒削りなのは間違いないわね。杖の振り方はこうよ。ダフネはどう思う?」

 

「……なんで私が。……まぁ、そうだね。ロングボトムはまずしっかりしたお手本を見るべきだと思うよ」

 

僕はうっかり、今しがたネビルの指導を任せたハーマイオニーの傍に……一体誰がいるのかということを失念してしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネビル視点

 

ハリーは本当に凄い。

流石に『例のあの人』と何度も対決した人は実力が違う。とても同い年とは思えない。それに何より実戦だけではなく、教え方の方もとても上手かった。僕は魔法使いだというのに、人生で魔法を上手く使えたことがほとんどない。そんな僕でも『武装解除術』が使えたのだ。ハリーが一番最初に選んだ、闇の勢力と戦うために必要な呪文をだ。

だからこそ僕はハリーの言うように、少しだけ自分に自信を持てるようになっていた。傍から見れば小さすぎる一歩だとしても、僕にとってはそれ程大きな一歩だった。今の僕は到底ハリーが求める様なレベルではない。でもいつかは僕だって、ハリーの教えをちゃんと聞いていれば必ず戦えるようになる。嘗てパパとママがそうであったように、『例のあの人』の勢力と戦うのだ。

そう……思っていたのだ。

なのに、

 

「う~ん、ハリーのお陰で基礎は出来ているのだけど、まだ荒削りなのは間違いないわね。杖の振り方はこうよ。ダフネはどう思う?」

 

「……なんで私が。……まぁ、そうだね。ロングボトムはまずしっかりしたお手本を見るべきだと思うよ」

 

彼女が来た瞬間、僕はまたただ震えるだけの臆病者に逆戻りしてしまった。

ハリーと入れ替わりで僕の指導に来てくれたハーマイオニー。そんな彼女が振り返った先に、あのダフネ・グリーングラスがいたのだ。

話しかけられるとは全く思っていなかった生徒に話しかけられ、僕の体は先程までと同じくらい硬直してしまう。緊張しすぎて何もしていないのに杖を取り落としそうな程だ。そして助けを求めて辺りを見回しても、先程までペアを組んでいたジニーはどこか違うペアの所に行ってしまっていた。……前から思っていたことだけど、少し気の強いところのあるジニーも、ダフネ・グリーングラスのことだけはどうにも苦手の様子だった。年下の女の子を頼るなんて情けない限りだけど……一人になると心細くて仕方がない。

しかも一向に返事をしようとしない僕に業を煮やしたのか、ハーマイオニーが鋭い声音で話しかけてくる。

 

「ネビル、ちゃんと聞いているのかしら? 上達はしているけど、まだまだ実戦には使えないのよ」

 

「ご、ごめん」

 

その冷たい声音に更に委縮してしまう。ハーマイオニーは善意でやってきてくれたというのに、僕が臆病なばかりに彼女を不機嫌にさせてしまった。その事実に僕は身が小さくなる思いだった。

でも僕の謝罪を聞いた瞬間、ハーマイオニーは一瞬背後にいるグリーングラスの方を見たかと思うと、

 

「……あぁ、成程。そういうことね……。でも、ネビルなら……」

 

何か小さく呟き、こちらに再度視線を向けながら優しい声音で続けた。

 

「ねぇ、ネビル。ダフネのことが怖いのかもしれないけど……何度も言うわ。彼女は本当にいい子よ。貴方にいつも悪戯するスリザリン生とは違うわ。貴方も彼女に何かされたことはないでしょう?」

 

「う、うん……それはそうだけど」

 

「なら大丈夫よ。偏見なんて捨てなさい。これからは皆が団結しなければならないの。なら下らない偏見を持っていたら、勝てるものも勝てなくなるわ。まずは慣れる所から始めましょう。ダフネ、ネビルの指導を引き続きお願いできるかしら?」

 

……委縮している間に何かとんでもないことを言われた気がする。何故ダフネ・グリーングラスが僕の指導を?

突然の流れに驚く僕を他所に、話はあれよあれよと進んでいく。

 

「ちょっと待って、ハーマイオニー! さっきから思っていたけど、何故私がロングボトムの相手をしないといけないの!? 私は嫌だよ。ルーナ・ラブグッドならともかく、それ以外の相手なんて、」

 

「ダフネ、お願い! 貴女が嫌がるのも分かるわ。でもこのままではいけないの! ずっと私とだけペアを組んでいるわけにはいかないわ。その点ネビルなら安心よ。……今はこうして貴女のことを怖がっているけど、彼は何と言うか……素直で物事をキチンと見れる子だから。それに他の人とは違って、貴女に問答無用で襲い掛かるようなこともないわ。だからお願い。ネビルの指導をしてくれないかしら?」

 

「……ここに来てからずっと我慢することばかり。この埋め合わせはしてもらうからね」

 

「えぇ、勿論よ。今度ホグズミードに行った時に何かご馳走するわ。それじゃあ、ネビル。キチンとダフネから教えてもらってね」

 

そしてあっという間に、本当に何故か僕の指導をダフネ・グリーングラスがすることになってしまったのだった。僕の意思を完全に置き去りにして。ハーマイオニーは早口に言ったかと思うと、もうどこか違うペアの方に行ってしまった。残されたのは当惑する僕と、不機嫌さを隠そうともしないダフネ・グリーングラスだけだった。

 

 

 

 

……後から振り返れば、これが僕と彼女の奇妙な関係の本当の始まりだった。

今までも何度も彼女と話したことはあった。授業の合間や、去年の図書館での会話。でも表面的な話ばかりで、実際に長時間、そして濃密に話したことなどなかったのだ。

それがこの『防衛協会(ディフェンス・アソシエーション)』の中で、

 

「……仕方ない。じゃあ、まずは見本を見せるから。貴方は緊張しすぎなんだよ。ゆっくりやるから、最初は動きを真似してみて」

 

「う、うん……」

 

僕は今初めて、本当に彼女の人となりを知っていくことになる。

スリザリンだとか、無表情のダリア・マルフォイの友人だとか……色んな肩書に目が眩んでいた僕が、今まで見ようともして来なかった本当の彼女を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()視点

 

()()は非常に機嫌が悪かった。激怒していると言っていいだろう。肉体を取り戻してからというもの、俺様の計画は実に順調であったっというのに、ここにきて全くと言っていい程上手くいっていないのだ。

理由は分かっている。結局のところ、俺様が肉体を取り戻し完璧な存在になろうとも、

 

「……では()()()()。貴様は俺様にこう言うわけだな。()()()を手に入れる算段もついておらず……挙句の果てに()()を説得することも出来ておらんと。……貴様はそう言いたいわけだな」

 

俺様の部下がどうしようもなく使い物にならんのだ。

俺様は目の前に跪くルシウスに視線を向ける。ただでさえ青白い表情を土気色にし、体をいっそ哀れな程震わせている。とても優秀な『死喰い人』には見えない。何故俺様の下にはこのような使いものにならない者しかおらんのだろうか。しかもこのルシウスですら、俺様の現在使える戦力の中では使える方の部類ときている。まったくもって腹立たしい限りだ。

やはり俺様の駒として優秀なのは、現在()()()()ホグワーツに所属しておる()()。そして今はアズカバンに収監されている我が忠実な僕くらいのものだ。ルシウスなどはただアレを育て上げたことで俺様の怒りを買わなかったに過ぎない。本来であればカルカロフと同じく、裏切り者として相応しい末路を与えられるべき愚物なのだ。

しかも、

 

「そ、そのようなことは! わ、我が君! た、確かに現状どちらの任務においても目立った成果は得ておりません! ですが目に見えない成果でも、着実に、」

 

『クルーシオ!』

 

「ぎゃああああ!」

 

俺様に口答えするのだからもう救いようがない。

俺様は目の前でのたうち回るルシウスを見つめながら、疲労感に満ちたため息を一つ吐いた。

肉体を取り戻したというのに、何故俺様はこんなにも自身の無力さを感じなければならんのだろうか。本来であれば今の段階でもっと俺様の計画は進んでいるはずであった。確かに魔法省を骨抜きにするという計画はルシウスによって成し遂げている。だがその他の計画も、本来であればもっと進んでいるはずだったのだ。亜人共の中でも、()()()は俺様の勢力拡大に直接的に影響する。あれ程愚かで、それ故俺様の言いなりになりやすい戦力などそうはあるまい。単純な戦闘力という点においても折り紙付きだ。

そしてあの()()……。俺様が知りえているのは半分のみ。それで俺様は嘗て失敗したのだ。ならばもう半分を手に入れることが出来れば、俺様は今度こそ完璧な存在になることが出来る。

巨人族の懐柔、そして予言の入手。その二つは俺様の躍進に必要不可欠な要素。であるのに、そのどれもが果たされていない。これを無能と言わずに何と言えばよいのだろうか。考えれば考えるだけ怒りが湧いてくるのは当たり前と言えるだろう。

しかし現状俺様の使える戦力はこいつくらいのものだということもまた事実。実に不本意であるが、今はこいつを使うしか俺様には道がないのだ。ペティグリューを使うよりマシだと思うしかない。

だからこそ、俺様は一度大きなため息を吐くと、出来るだけ優しい声音を意識しながら続ける。

 

「ルシウスよ……お前も分かっているはずだ。俺様が求めているのはただ二つだ。たった二つなのだ。そのどちらもそう難しいことか? お前なら分かるはずだ。この俺様の苛立ちが。何故お前はこのような簡単なお使いとも言えることが出来ないのだ?」

 

「わ、我が君……どうかお許しを」

 

だというのに、ルシウスは相変わらず誇りある『死喰い人』らしからぬ言葉を吐くばかりであった。

まったく本当に情けなくなる。出来ることなら今すぐにでも殺してやりたいところだ。こやつにはその罰を受けるだけの資格がある。だが今ここで殺すわけにはいかないことが酷くもどかしかった。

ならばこそ、俺様はもはやこの愚かもにも見切りをつけ、俺様が本当に頼りにしている戦力について言及したのだった。

 

「あぁ、許そうとも、ルシウス。お前に対する罰はこれくらいにしておいてやろうとも。そもそもお前にはそれ程期待してはおらんのだ。本当に俺様が頼りにしておるのは()()()()……と俺様が下賜した()()だけなのだからな」

 

「我が君……ダリアはその、」

 

「あぁ、楽しみだなぁ、ルシウス。確かに今すぐアレを使うわけにはいかんが、少なくともクリスマス休暇にはホグワーツから帰還するのであろう。ならば巨人族の方には使えるはずだ。そうなればアレの実績はお前のモノとも言えるだろう。何せアレを……()()()()()()()()()という名前の()()を、お前こそが育て上げたのだからな」

 

アレのことを話すことで、俺様の機嫌は少しだけ改善していくようだった。

俺様が現状持ちうる最高の戦力。確かに今は隠れ蓑のためホグワーツに通わせているが、戦力としては最高級の物と言えるだろう。何せ俺様の偉大な血を分け、そして夏休みの間だけとはいえ、俺様の知識を存分に与えたのだから。もはや『闇祓い』とてアレに勝てる存在などいはしまい。俺様の期待に応えぬはずがないのだ。

 

「懐かしいな。確かホグワーツのクリスマス休暇まではもう少しだったか。俺様があそこの生徒であったのは遥か昔だが、今でも休暇の時期は変わっていないことだろう。予言についてはまだお前に頼るしかないが……少なくとも俺様の最も信頼するアレの力で前に進むことは出来るであろう」

 

「で、ですが、」

 

「あぁ、楽しみだ。俺様は優秀な駒に対しては寛容だ。アレこそ俺様が造り上げ、あそこまで育て上げた『死喰い人』なのだ。アレはお前達を統べる者。アレが真に完成した時、どれほど俺様の力になることか……今から実に楽しみだ」

 

……そしてそう一頻り自身に言い聞かせたところで、

 

「お父様!」

 

()はようやく目を覚ましたのだった。

あまりの悪夢に息を荒げながら辺りを見回すと、そこは先程まで夢に見ていたマルフォイ邸などではなく、私が本来いるべきスリザリン談話室に他ならなかった。時間は丁度九時を過ぎたか過ぎてないくらいの時間。ダフネが言っていた、集会とやらからもうすぐ帰ってくるくらいの時間だ。周りには誰もおらず、談話室にはダフネの帰りを待つ私しかいない。

……どうやら私はまたあのリアル過ぎる夢を見ていたらしい。

私は急いでダフネのために用意していた紅茶で吐き気を抑え込み、荒い息を整えながら思考を巡らす。

 

この夢が何なのか全く分からない。前から何度か見ているが、正直夢か現実かの区別もついてはいない。

でも何となくではあるが……この夢が現実であるという強迫観念に似た感触を私は感じている。とてもこれがただの夢だと思うことが出来ない。夢にしてはあまりにも実感が伴いすぎている。私の手には今でも……お父様に『磔の呪文』を放った感触が残されているのだ。これが本当にただの夢であるのだろうか。

 

私は紅茶を飲み干し、更に手に残った感触を打ち消すために何度も机を拳で叩く。

何が私の力で前に進むことが出来る、だ。ふざけるな。ふざけるなよ!

私はお前なんかの駒ではない! 私の力も命も、全てマルフォイ家のためのものだ! 

でもだからこそ、

 

「私には……選択肢などない! 私には……私には!」

 

私には……今出来ることなど何一つないのだ。

どんなにお父様の苦境に怒り狂おうとも、私に現状出来ることは嫌々ながらでも奴に従うことだけ。それしか私が今、何よりも大切な人達のことを守る術などない。それが私にはどうしようもなく腹立たしく、悔しくて仕方がないことだった。

紅茶の水面には()()()()瞳が映っている。まるで血のような真っ赤な瞳。いつもであればもはや自我を保ってなどいられていないが、今なら自分が客観的にも怒り狂っていることが分かる。でも、それでも……私が今出来ることなど何一つないことも事実だった。

結局私は……。

 

 

 

 

……ダフネが帰ってきたのは、

 

「ダリア、ただいま! もう大変だったよ! ハーマイオニーが一緒にペアを組んでくれると思ったら、なんか最終的にネビル・ロングボトムと組まされて! まったくハーマイオニーにも困ったもの……ダリア? どうしたの? 顔色が悪いよ? 何かあったの?」

 

「……いいえ、何でもありません。ただ少し……悪い夢を見ただけです」

 

それから数分してからのことだった。

しかし結局……私は夢のことなんて一言も言うことは出来なかった。


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